月が綺麗なことは知ってる系男子 作:月でゴロゴロする兎
―――失敗作達さんが、みんなで和気あいあいと月見している
そんな幻影を見ただけなんです。許せ、サスサス。
「...なんで、まだ...あ゙?」
目の前には見覚えない天井があった。
人工的で真っ白だけども、温かさというか、親切さというか、そんなものがあった。
人間の声がきこえた。
空気が震えて聞こえる音、体の中の骨を伝ってくる音、喉が揺れているというような感覚がして、これが自分の声なんだとわかった。
なぜ、人間の言葉を話せるのか分からなかった。
わからないことだらけ。
ただ、点滴や、こちらに伸びる
「...何が...なに?」
なにも面白くないが?
何もわからないのは普通に怖いが?
病院にいるのは嫌だが?
というか体は動かせるし調子も悪くないし俺がここにいる意味はないが?
帰りたいが?
仲間どこに行ったのかわからないので早く帰りたいが?
「...えぇ...?」
「ッ...!! オールマイトさんッ!!!」
なんだよ大声で叫ぶな。オールマイト? えなんかドタバタしてる。
あ、なんか来た。え、なんか目にうるさい服着てる。髪型すごー、セット何時間すか?
つか筋肉ヤバくてワロタ―笑てる場合やない――。背ぇたっか。服がピッチピチすぎるけど。そのせいで筋肉の形浮き上がっててもはや山脈なんすけど。
すんません。大胸筋の頂上(〇首)、測量してきていいすか?(錯乱)
やっば。貫禄がありすぎてえぐい。もうこいつ上位者でいいだろ。
額に汗が浮かんでる。多分、焦ってるってことでいいんだろう。それに、目をかっぴらいて、最早目玉がこぼれるんじゃないかと言うほどに開いている。
焦ってる? うわ、なんかこっちに向かってくるんですけど。
「少年っ、聞こえるかッ!? 大丈夫か!!?」
「えぇ、あぁ..うっす?」
「良かった...ッ!!! 本当に、良かった...!!」
「うん、え、えぇ...?」
いや怖いって。いや、ちょ、泣いてるのコレどうしたらいいんですか? あの、許してくれませんか? え、なに、まじでなに?
「あの...えっ...と、何があって...?」
「きっ...みは...その――」
「おけ。言いづらいならいいっすわ。俺天才ちゃんなんで、全部理解しました」
「っえ? でも、君がっ、こんな目に――」
「まあまあ。指の数違わんだけまし。ましまし、マシッソヨ~」
ん...やっば、眠い。
なんで? こんな起きて、こんな短い時間で、また寝るんすか? 俺? まじか。えてか皆は?
どこに行きました? えっ、ごめん。俺、置いてかない方がいいぞぉー? えーまじかー。まじかー。
まじかー。やばくね俺。てかみんなどこ? みんなマジでどこ?
まじかー。まっ、その判断力、ナイスっ!!!
あっ、眠。おやすみー。
「ふぁ~あ......ありゃ、もう夜かね」
気づけば、病院の電灯は全て消されていた。朝、というか昼らへんに見た景色とはずいぶん違う。清潔感のあった昼の雰囲気とは違って、なんか、そう、怖い感じ。
てか、いい思い出とかないんで、早く出ていいっすか?
見たところ、体が縛られていたり、固定されていたり、ということはないらしい。今にでも抜け出せる様な感じ。
ただ、この病院から抜け出すとして、体に打ち込まれている点滴だけが少し心配だ。
怪我だったり、肉体の不調だったりは全然感じない。このベッドから飛び降りても、歩くとか、日常的な動作に何ら支障は出ないだろう、という感じだ。頭の中に、野原で蝶々を追いかけている自分の姿が浮かぶ。
ただ、だからこそ心配だ。この点滴が。
本当に、数えるのも億劫なくらい、竹やぶの竹みたいな密度で体に伸びている点滴の軍団。
もしや、自分にも知覚できていないような大怪我が? それとも、リハビリとかをしないと、いずれ体が崩れてしまう、とか!?
いくらなんでもそれはないだろう。ないよね?
そう思いながら、布団の下で、手を、閉じたり開いたりしてみる。足を曲げ、あぐらを搔いて、同じようにぐっぱ、ぐっぱ。手で足裏をほぐしてみたり、手で、もう片方の手の平を押してみたり。
不調はない。いつも通りだ。もっというなら、手の指はどちらも5本。もっともっと言うなら、なんか体が子供だ。
どちらかといえば痩せているんだろうけど、それでも肉はちゃんとある。血管が浮き出ていたりはまだしてないし、肌ツヤはいいし、爪は結構綺麗に切りそろえられていて、月の光を滑らかに反射している。
髪には簡単に指が入り、手櫛で梳かすのも簡単だ。サラッサラやな!! 自分でやっておいて結構驚く。毛先をつまんでくるくると捩じった。指の腹に触れる髪の毛の感触から、若さを感じる。
ふむ。やればやるほど、俺が入院している理由がわからんな。その上、まわりに、他の患者の方の姿が見受けられない。
何故? 大体、一つの個室に4、5人くらいが、カーテンで仕切られて、いる、というのが想像なのだけど。でもまるでいない。あるのは、点滴まみれの俺のベッドと、スライド式の扉、衝立が2つ、そして、目の前のカーテンのかかった四角い窓。
それらが、一つのベッドを置くとするなら充分な位の広さをした、長方形の部屋に配置されている。
ああ、なるほど。確かにこっちの世界ではそうなのか。
見覚えこそあまりないが、一人の患者に対して一つの個室、というようなパターンのそれだ。
さっきの、あのゴリゴリマッチョさんが来たときは困惑ばかりで全然わからなかった。頭の中で情報が飽和して、全然理解できているようで理解できていない。
少し一息ついて、天井を眺めた。
点滴って、どうすれば外せるんだろう。ちゃんとしたやり方があるのだろうけど、あいにく俺はそれを知らない。腕を眺め、点滴が刺された部分をなでてみる。痛みはなかった。
俺が、なんで入院してるのかも不思議だし。あのゴリマッチョさんが誰なのかもわからんし。
わからんことじまいだ。ベッドに倒れこむようにして体を預けると、ぼすっ、とした音がして、体が沈んだ。
窓から月光が漏れている。カーテンを透過して青白い光が優しく部屋を濡らしていて、部屋の床に、淡い陽だまりを残していた。
陽だまりというか、月だまり? まあ、どちらでもいいか。
寝ることもできないし、なんともなくぼーっと床の光を眺めていることにした。
病院には嫌な思い出しかないから、取り敢えずここから出たいっていうのは、それはそう。でも、外に出たとして、どうしよう、というのは確かにある。
一人で生きていく? それはいくらなんでも無謀だろ。腹はすくし、いつまでも外で散歩しとくっていうのも、危険で仕方ない。衣食住、それが成立してないと、生きるのはなかなか難しいのだ。
一人でなんて生きられない。悔しいし面白くないけど、それが事実。
どうするかどうするか、頭をひねっていたところで、何か、視界に変化をとらえた気がして、意識が戻された。さながら潜水中に引っ張り上げられたような。
どこの変化だ。どの変化だ? 猫を意識して、目を少し細めてみる。今の俺の視線、鋭くなってますか?
少し見たところ、ネズミとか、小動物ではないような気がした。真っ黒なものが動けば案外わかるものだが、それを見つけられない。
気のせい? でもなんだか、心が落ち着かない。
段々と、心臓の鼓動が近づいてくる。
すっと、影が動いた。視界に変化を捉えた。そんな言い方が正しい。
そして、どこの動きか。それもまた、すぐに分かった。
『床』だ。床の、その、淡い陽だまり。
そこに影があった。人型の。頭のような「丸」と、恐らくは胴体に当たるのだろう、寸胴のような形。もう一本影が生えてきた。腕だ。服のたるみと、人間の手の、特徴的な形。
そして、ピシリ、と、氷がきしむような音がした。
パキン。ガラスが割れる。風が吹いてカーテンが開いた。夜風が脳を撫でる。高速で回っていた脳を強烈に冷まされ、獲物を捕らえようとしていた瞳が否応なく開かされた。
眼球に月光が突き刺さる。逆光で黒く塗られたシルエットの奥で、大きな満月が浮いていた。
「やぁ。久しぶりだね」
シルエットが笑う。嫌に耳に障る声だと思った。
シルエットの手元に、明るい球体が浮かぶ。それは、電気を取り出して固めたらこんな風になるのだろうなという感じにエネルギーが渦巻いていた。
太陽の様だと思った。
「...だから、病院は嫌なんだ」
瞬間、ゆっくりと吹き飛ぶ瓦礫を見ながら、自分の体が膨張した熱に押されるのを感じていた。