【異世界版】ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になって色んな世界に転移・召喚される話 作:ポップ
冬木の街が眠りについた深夜、遠坂邸の地下工房では、時計の針が日付を跨いだ後も灯りが消える気配はなかった。
床には召喚のために整えられた魔法陣が描かれている。その中央に置かれているのは、凛が今回のために用意した赤い宝石のペンダントだった。
遠坂凛は陣の外から最後の確認を済ませると、小さく息を吐いた。
これから行うのは、第五次聖杯戦争へ参加するための英霊召喚。
七人の魔術師がそれぞれ一騎のサーヴァントを従え、万能の願望機とされる聖杯を巡って争う。その参加資格を得るためには、まず自らのサーヴァントを召喚しなければならない。
狙うならセイバー。
これは以前から決めていた。
三騎士と呼ばれるクラスの中でも安定した能力を持ち、白兵戦なら最優とされるクラスだ。無論、望んだからといって必ずセイバーが召喚されるわけではない。どの英霊と縁が繋がるか、その英霊がどのクラスへ当てはまるか、召喚にはこちらの都合だけでは決められない部分がある。
それでも準備出来ることはしてきた。
あとは、自分がしくじらなければいい。
凛はゆっくりと右手を持ち上げ、意識を体内へ向ける。
魔術回路を開いた。
瞬間、体の奥を熱が駆け抜けた。
普段の魔術とは比較にならないほど大量の魔力が召喚陣へ流れ込み、床に描かれた線が淡く輝き始める。
「素に銀と鉄。
礎に石と契約の大公。
祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
詠唱を進めるにつれ、地下工房の空気が変わっていく。
張り詰めるという表現では足りない。
召喚陣を中心として、目には見えない何かが巨大な渦を作り始めている。閉め切った地下だというのに髪が微かに揺れ、棚に置かれた小瓶がカタカタと音を立てた。
凛は召喚陣から目を離さない。
まだ始まったばかりだ。
ここから先、一つでも手順を誤ればどうなるか分からない。聖杯戦争に参加するための儀式である以上、英霊を呼び出せなければ話にならないし、かといって無理に魔力を注ぎ込めばいいというものでもない。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ満たされる刻を破却する」
陣の光が強くなる。
その光景を見ながら凛が次の工程へ意識を移した、その時だった。
微かな振動が足元から伝わってきた。
「……?」
地下工房全体が、僅かに揺れている。
地震。
そう判断するまでに時間は掛からなかった。
揺れ自体は大したものではない。棚の小物が音を立てる程度で、この屋敷がどうにかなるような規模では到底なかった。
普段なら気にも留めなかっただろう。
だが、今は最悪だった。
既に召喚術式は起動している。
しかも、よりによって陣の中央には小さな台の上にペンダントを置いていた。
嫌な予感を覚えた直後、その台が僅かにずれた。
赤い宝石が揺れる。
「ちょっ……」
コトン。
ペンダントが落ちた。
台から床へ転がり、そのまま勢いを失わず召喚陣の外へ出ていく。
凛は反射的に手を伸ばしかけたものの、すぐに思い留まった。
今ここで術式を放り出し、発動中の召喚陣へ踏み込むわけにはいかない。
「冗談じゃないわよ……!」
よりによって、なぜ今なのか。
歯噛みしたところで状況は変わらない。
そして地震も、まだ完全には収まっていなかった。
カタカタと棚が鳴り続ける。
その音に混じって、背後からガタンと一際大きな音が聞こえた。
凛が横目を向く。
棚の上段。
そこには、この地下工房へ移して以来ほとんど触れていなかった物が幾つも置かれていた。
その一つが傾いている。
一本の空瓶だった。
「あ……」
覚えている。
昔、父が飲んでいた酒の瓶だ。
特別な魔術的価値があるわけではない。魔術礼装でもなければ、何かの儀式に使った品でもない。ただ父が飲み終えた後、捨てずに残されていた。それだけの品だ。
その瓶が棚から落ちた。
一段下の棚板へぶつかり、向きを変え、床へ落下する。
割れなかった。
分厚いガラスが鈍い音を響かせ、横倒しになった瓶はそのまま床を転がっていく。
そして、凛が止める間もなく召喚陣の内側へ入った。
「嘘でしょ……!」
外へ転がり出たペンダント。
代わりに陣の中へ入った酒瓶。
あまりにも最悪な入れ替わりだった。
凛の意思などまるで無視して、召喚陣が一際強い光を放つ。
術式が反応した。
それが分かる。
「待ちなさいよ、こんなの触媒でもなんでも――」
言い終える前に地下工房を強い風が駆け抜けた。
もう遅い。
儀式そのものが次の段階へ入っている。
中断するという選択肢はなかった。
ここで無理に止めれば何が起きるか分からないし、少なくとも召喚術式は何らかの対象との接続を開始している。
凛は酒瓶を睨み付けた後、すぐに意識を切り替えた。
起きてしまったものは仕方がない。
なら最後までやるしかない。
「――Anfang(アンファング)」
開始を告げる。
召喚陣から吹き上がった魔力が、地下室の空気を掻き回した。
髪が大きく舞い上がる。
凛は術式の制御へ集中する。
「告げる。
汝の身体は我が下に、我が命は汝の剣に。
聖杯の寄るべに依るなら、この意、この理に従うならば答へよ」
詠唱を重ねるごとに、右手へ熱が集まっていく。
令呪。
これが反応しているということは、召喚そのものが完全に失敗しているわけではない。
問題は、何が呼ばれるかだ。
セイバーを狙っていた。
そのために準備していた。
だが、本来使うはずだった触媒は陣の外に転がっている。
今、中央にあるのは何の神秘もない酒の空瓶。
普通なら、そんなものから特定の英霊へ縁が繋がるはずがない。
それでも術式は止まらない。
凛の魔力を呑み込みながら、どこか遠い場所へ手を伸ばしている。
「誓いをここにとわん。
我は世界の全ての善となす者、
我は世界の全ての悪を敷く者」
光が白さを増した。
目を開けているのも辛い。
令呪の熱も強くなっている。
何者かが来る。
その実感だけが、はっきりとあった。
「纏う三大の言の棟字、
抑止の輪より来れ、
天秤の守り手よ――」
最後の言葉と同時に、召喚陣が爆発するような輝きを放った。
轟音が響いた。
吹き荒れた風に凛は片腕を顔の前へ上げる。
白い光が視界を埋め尽くし、召喚陣の中心が見えなくなった。
それでも気配だけは感じる。
いる。
何かが。
今まで存在しなかった誰かが、そこに立っている。
やがて光が弱まった。
舞い上がった埃がゆっくりと降りていく中、凛は腕を下ろした。
人影が見えた。
女だ。
最初に目についたのは、黒い網タイツに包まれた長い脚だった。
そこから視線を上げる。
ピンヒール。
黒いハイレグの衣装。
大きく露出した肌。
首元には蝶ネクタイ。
手首には白いカフス。
そして頭には長いウサギの耳。
凛は黙った。
何度見ても変わらない。
そこにいるのは騎士でも戦士でもなく、どう見てもバニーガールだった。
しかも召喚された本人も、自分がどうしてここにいるのか全く理解していないらしい。
女は目を瞬かせながら地下工房を見回し、床に描かれた召喚陣を見下ろした。次いで正面にいる凛へ視線を向ける。
「……ここ、どこ?」
第一声がそれだった。
凛は数秒答えられなかった。
自分が今見ている光景を、頭がまだ処理し切れていない。
英霊召喚をした。
召喚自体は成功している。
令呪もある。
つまり、目の前にいる人物は英霊という事だ。
ここまではいい。
なぜバニーガールなのか。
「……遠坂邸よ」
「トオサカ?」
女が聞いたことのない言葉を確認するように繰り返した。
「冬木市にある私の家。ここはその地下工房」
「フユキ……」
やはり知らないらしい。
女は少しだけ考え込んだ後、もう一度周囲を見回した。
その仕草には混乱こそあるが、取り乱している様子はない。
凛の方は逆だった。
「ちょっと待って。こっちから聞かせて」
「うん?」
「あなた、サーヴァントよね?」
「サーヴァント?」
予想していなかった反応に、凛の眉が寄る。
「知らないの?」
「知らないわね」
即答だった。
凛は右手を見る。
令呪は間違いなく刻まれている。
召喚陣も正常に反応した。
なら、目の前にいる女が自分のサーヴァントであること自体は疑いようがない。
「じゃあ……マスターって言葉には覚えがある?」
女は少し考えた。
「それは、まぁなんとなく?」
「聖杯は?」
「それも……何か頭に思い浮かんでくるけど、よく分からないかも」
どうやら召喚に伴って与えられる知識そのものは存在するらしい。
ただし完全ではないのか、それとも召喚直後だから整理出来ていないのか。
凛には判断がつかなかった。
「あなたのクラスは?」
「クラス?」
「サーヴァントには役割があるの。セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー。そのどれか」
女はしばらく黙った。
その間に何かを確かめているらしく、やがて「ああ」と声を漏らす。
「アーチャーみたい」
凛は目を閉じた。
セイバーではなかった。
しかし、まだ落胆する段階ではない。
アーチャーも三騎士の一角である。
クラスとしての性能そのものが低いわけではないし、優秀な英霊であれば十分に聖杯戦争を勝ち抜ける。
凛は気を取り直して女の全身を見た。
弓を持っていない。
……あれ?
腰にも背中にも、それらしい武器が見当たらないんだけど。
「弓は?」
「えっ?無いわよ?」
「…………」
凛はもう一度女を見た。
聞き間違いではなかったらしい。
「あなた、アーチャーなんでしょう?」
「そう出てるけど?」
女の方も困ったような顔をしている。
自分でクラスを選んだわけでもないのだから、そこら辺はまぁ仕方ないのだろう。
「じゃあ剣は?」
「使えない」
「槍は?」
「使えないわね」
凛の表情が段々険しくなっていく。
「……武器は?」
「持ってないけど?」
……待ちなさい。
凛は額へ手を当てた。
(どういうことよ……)
クラスがアーチャーである以上、何らかの理由はあるはずだ。
聖杯の召喚システムが、何の適性もない人間を適当にアーチャーへ押し込むとは考えにくい。
それとも、今回の異常な召喚そのものが原因なのか。
凛の視線が床へ落ちる。
そこには、召喚の余波で転がった酒瓶があった。
原因らしきものを見るだけで頭が痛くなってくる。
「魔術は?」
状況を整理するため、とりあえず戦闘手段になりそうなものを順番に確認する。
しかし女は、そこで初めて本当に意味が分からないという顔をした。
「魔術?」
「ええ」
「なにそれ?」
凛は口を閉じた。
女もそれ以上は何も言わない。
数秒間、地下工房に妙な沈黙が流れた。
凛は魔術について説明しようとして、やめた。
今は質問すべきことが他にいくらでもある。
「……まあいいわ。それは後で説明する」
女はあっさり頷いた。
凛は改めて彼女を観察する。
バニーガール。
アーチャー。
弓は使えない。
それどころか、武器も持っていない。
魔術という言葉そのものも知らないらしい。
しかし、一見すると只のバニーガールにしか見えないかもしれないけども、その割には、目の前の女性には妙な落ち着きがある気がする。
勿論、最低限の警戒はしているようだが、凛を恐れているわけでもなければ、慌てて逃げようとしている訳でもない。逆に、何が起きたのかを理解しようと周囲を観察している。
少なくとも、何も考えていない女ではないらしい。
「名前は?」
凛が尋ねる。
「バニー」
「……名前を聞いてるんだけど」
「だからバニーよ」
見たままではないか。
そして、やはり英霊として召喚されたにも関わらず、その名は聞いた事がない。
凛は一瞬そう言い掛けたが、余計な話になりそうなので飲み込んだ。
「私は遠坂凛」
「凛ね」
「……まあいいわ」
呼び捨てにされたことより、今は確認事項の方が重要だった。
「あなた、召喚される前はどこにいたの?」
「酒場」
「酒場?」
「うん。普通に飲んでたわ」
そこでバニーは少し眉を寄せた。
「それで、急に足元が光ったと思ったらここにいたのよ。だから私も何が起きたのか聞きたいんだけど」
凛の表情が変わった。
「待って。召喚される直前まで普通に生活してたっていうの?」
「そうだけど?」
「あなた……死んでないの?」
「死んでないわよ」
あまりにも当然のこととして返され、凛は言葉を失った。
サーヴァントとは、英霊の座に存在する本体から現世へ写し出された分身のようなものだ。
英雄として歴史に刻まれた者。
過去の英雄だけとは限らないとしても、生身の人間をどこかから直接連れてくるような術式ではない。
少なくとも凛の知識ではそうだった。
「本当に?」
「なんでそんなことで嘘つくのよ」
確かにそうだ。
凛は右手の令呪を見た後、女へ視線を戻す。
契約は成立している。
目の前の存在もサーヴァントとして現界している。
なのに本人は死んでいないと言う。
しかも召喚される直前まで酒場で飲んでいた。
何もかもがおかしい。
「……あなた、どこの出身?」
「アリアハン」
聞いたことがない。
凛は記憶を探ったが、そんな国名にも都市名にも覚えはなかった。
召喚に伴う知識で日本語が通じている以上、海外の英霊である可能性そのものは当然ある。
だがアリアハンという地名は、少なくとも凛の知る世界史には存在しない。
「国?」
「そうよ」
「どの辺り?」
「どの辺りって……」
今度はバニーが困った。
「ロマリアとか、イシスとかなら分かる?」
「知らない」
「じゃあポルトガ?」
「知らないわよ」
二人揃って黙り込む。
どうやら互いに知っている地名が一つも一致しないらしい。
凛は床の酒瓶へ目を向けた。
「これ」
拾い上げる。
「召喚する時、本当は別の触媒を使う予定だったの。でも地震でそれが外へ落ちて、代わりにこれが陣の中へ入った」
バニーは瓶を見た。
「それが?」
「昔、父が飲んでいた酒の空瓶よ。何か見覚えはない?」
「ないわね。まぁ、強いていうならお酒繋がり?」
……お酒繋がり?
えっ、それだけなの?
困惑している凛に対して、バニーも自身がいだいている疑問を問い抱える。
「じゃあ、その瓶のせいで私がここに来たってこと?」
「断定は出来ない。でもタイミングを考えれば、その可能性は高いと思う」
「変なの」
「こっちが言いたいわよ」
凛は酒瓶を棚の上へ置いた。
本来なら触媒は特定の英霊との縁を結ぶために使われる。
しかし、この酒瓶と目の前の女には何の縁もない。
ならば触媒として機能したのではなく、もっと別の理由で術式に影響したのか……それとも、本当に只の酒好きというだけなのか。
考えても答えは出ない。
それに、召喚事故の原因究明より先に知らなければならないことがある。
「バニー」
「なに?」
「あなたは今、私と契約しているサーヴァントになってる」
「そうみたいね」
「それで私は、これから聖杯戦争に参加する」
バニーが黙って凛を見る。
凛は簡潔に説明した。
七人のマスターがいること。
それぞれがサーヴァントを一騎ずつ召喚すること。
最後まで勝ち残った者が聖杯を得ること。
そして聖杯戦争という名前ではあるが、単なる試合ではなく、場合によってはマスター同士が殺し合うこともある。
最初は静かに聞いていたバニーの表情が、最後の部分で僅かに変わった。
「え〜っ、殺し合うの?」
「そうなることもあるわ」
「サーヴァント同士だけじゃなくて?」
「マスターを倒した方が早いと考える人間だっている。私を殺せば、基本的にはあなたとの契約も維持出来なくなるから」
バニーは何も答えなかった。
さっきまでと違い、少し真面目な顔で凛を見ている。
「つまり凛も狙われるってこと?」
「そういうこと」
「ふーん……」
短く答えた後、バニーは召喚陣の外へ歩き出した。
ピンヒールが床を打つ。
地下室の入口や階段、その周囲を一度見回し、また凛の方へ向き直った。
「分かった」
「何が?」
「とりあえず、状況は」
それ以上の大仰なことは言わなかった。
自分が守るとも、絶対に勝てるとも言わない。
ただ先ほどまでより少しだけ表情から緩さが消えている。
凛はその変化を見逃さなかった。
「随分あっさりしてるのね」
「だって、今ここで騒いでも元の場所に戻れるわけじゃないんでしょう?」
「……今のところはね」
「だったら、まず何が起きてるのか分からないとどうしようもないじゃない」
凛は少し意外に思った。
格好と最初の印象から、もっと適当な人間だと思っていた。
少なくとも突然見知らぬ場所へ飛ばされ、殺し合いに巻き込まれたと聞いた直後に、取り乱さず状況を受け入れようとしている。
ただし。
凛にはそれ以上に大きな問題が残っていた。
「その前に一番重要なことを聞いておきたいんだけど」
「うん?」
「あなた、戦えるの?」
「まぁ、戦えるわよ」
今までで一番即答だった。
凛は思わず目を細めた。
「弓も剣も槍も使えないのに?」
「武器がなくても戦えるでしょ?」
あまりにも普通のことのように言う。
「どうやって」
バニーは少し考え、自分の脚へ視線を落とした。
「蹴ったり?」
凛もつられてその脚を見る。
細い。
少なくとも、見た目だけなら鍛え抜かれた戦士の脚には到底見えない。
「……本気?」
「本気よ」
「相手はサーヴァントよ?」
「そのサーヴァントがどのくらい強いのか、私はまだ知らないもの」
それはそうだ。
凛は返す言葉を一瞬失った。
今この女は、聖杯戦争について概要を聞いただけだ。
他のサーヴァントの身体能力も、宝具も、戦闘能力も知らない。
その状態で勝てるとも負けるとも言えないのは当然だった。
「じゃあ、あなたがどの程度動けるかは後で確認する」
「いいわよ」
「ステータスも確認するから」
「ステータス?」
「それも後で説明する」
説明しなければならないことが、どんどん増えていく。
凛は疲れたように息を吐き、床に描かれた召喚陣を見た。
召喚自体は成功。
クラスはアーチャー。
だが弓は使えず、他の一般的な武器についても頼りになりそうにない。
魔術という言葉さえ知らず、英霊として召喚されたはずなのに本人は生きていると言い、出身地は凛が一度も耳にしたことのない国。
そして、そんな得体の知れない存在を呼び寄せた原因と思われるのが、父の残した酒の空瓶。
予定していた召喚とは何一つ合っていない。
それでも令呪は確かに右手にある。
目の前の女も、この世界では紛れもなくアーチャーのサーヴァントとして存在している。
ならば今すぐ出来ることは一つだけだった。
「上へ行くわ」
凛は階段へ向かう。
「ここで話してても仕方ないし、確認したいことが山ほどある。あなたにもこの世界のことをもう少し説明しないといけないし」
「分かった」
後ろからピンヒールの音が付いてくる。
階段へ足を掛けた凛は一度だけ振り返った。
地下工房の光に照らされたバニーガールが、当然のようにこちらへ歩いてきている。
その姿だけを見れば、どう考えても聖杯戦争へ参加する英霊には見えない。
凛は眉間へ指を当てた。
「一つだけ言わせてもらっていい?」
「なに?」
「なんでアーチャーなのよ、あなた」
「私に聞かれても知らないわよ」
至極もっともな答えだった。
凛は何も返さず階段を上った。
バニーもその後へ続く。
こうして遠坂凛の第五次聖杯戦争は始まった。
最優と呼ばれるセイバーではなく。
弓を使えないアーチャーと共に。
そしてこの時点では、凛もまだ知らなかった。
自分が召喚した女について判明していることなど、実のところ何一つないに等しいということを。
もし良かったら、評価や感想を頂けますと嬉しいです。
どうぞ宜しくお願いしますm(_ _)m