【異世界版】ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になって色んな世界に転移・召喚される話 作:ポップ
カーテンの隙間から差し込んだ朝日が、遠坂凛の瞼を容赦なく照らしている。
昨夜は結局、ほとんど眠れていない。
得体の知れないバニーガール姿のアーチャーを召喚したあと、最低限の説明と確認を済ませ、自室に戻った時には既に空が白み始めていた。それからベッドに入ったものの、目を閉じるたびに地下工房の召喚陣と、その中央に転がり込んだ酒瓶が浮かんでくる。
自分は本当に英霊召喚を成功させたのだろうか……
令呪が存在する以上、契約そのものは成立している。アーチャーと名乗った彼女からも、サーヴァント特有の気配を感じ取ることが出来た。
だというのに、本人は死んでいないと言い、自らを英霊だとも思っていない。弓を使えないばかりか、魔術という言葉さえ知らなかった。
「何でこうなるのよ……」
枕に顔を埋めたまま呟いても、答えが返ってくるはずもない。
凛は枕元の時計を確認すると、重い体を起こした。
学校を休むという選択肢はない。
聖杯戦争が始まったからといって、それを理由に昨日まで続けてきた生活をいきなり変えるつもりはなかった。遠坂凛は表向き、穂群原学園に通う高校生であり、周囲からは成績優秀で品行方正な生徒として見られている。
わざわざ自分から不自然な行動を取る必要はない。
身支度を整えた凛は制服姿で一階に下りた。
昨夜、バニーには客室を使うように言っておいたはずなのだが、その扉は開いたままになっている。
嫌な予感を覚えながらリビングを覗くと、案の定、客室は使われていなかった。
黒いバニースーツを身に着けた彼女が、ソファーを占領してぐーすかと眠っていた。
長い脚は肘掛けから半分ほどはみ出し、片腕は床に向かって垂れている。頭に着けていたウサ耳は邪魔だったらしく、ローテーブルの上に放り出されていた。ソファーに置いてあった薄手の毛布も使っているが、寝返りを打ったせいで腰の辺りまでずり落ちている。
凛はしばらく無言でその姿を眺めた。
私と少し話したとはいえ、彼女からすれば、いきなり連れてこられたという事になる筈なのに。勿論それは、彼女がまだ生きていて、酒場で飲んでいたという話が本当であればということなのだが、敵地である可能性も考えず、召喚された当日にここまで無防備に眠れる神経は理解し難い。
もっとも、凛を信用しているというより、危険が迫ってもどうにか出来ると考えているだけなのかもしれないが。
昨夜、戦えるのかと尋ねた時も、彼女は躊躇なく戦えると答えていた。
その自信がどこから来るのかは、未だに分からない。
凛はキッチンに入り、湯を沸かした。棚からカップを二つ取り出してコーヒーを淹れていると、漂い始めた香りに反応したのか、リビングの方から身動きする音が聞こえてくる。
「んん……」
寝惚けた声に続いて、毛布が擦れる音がした。
凛が二つのカップを持って戻った時には、バニーがソファーの上で上半身を起こし、乱れた髪を直しているところだった。
「おはよう。よく眠れたみたいね」
「あ、おはよう、凛。今何時?」
「もうすぐ八時よ」
「八時かぁ」
バニーは窓の外を眺め、軽く欠伸をする。
凛が差し出したカップを受け取ると、立ち上る湯気を不思議そうに眺めた。
「これ、なに?」
「コーヒー。飲んだことない?」
「ないと思う」
慎重に一口含んだバニーは、予想以上の苦さに少しだけ眉を寄せた。
「苦いわね」
「砂糖とミルクはそこ。好きに入れて」
「凛は入れないの?」
「私はこのままでいいのよ」
バニーはテーブルに置かれた砂糖を二杯ほど入れ、ミルクも少し加えた。スプーンで混ぜてから改めて口をつけると、今度は気に入ったのか、満足そうに頷いている。
昨夜召喚したアーチャーと朝からコーヒーを飲んでいる。
その光景だけを切り取れば、これから聖杯戦争に参加する魔術師とサーヴァントには到底見えなかった。
「私はこれから学校に行くわ」
「学校?」
「子供や若者が勉強をする場所よ。そのくらいは分かるでしょう?」
「学校は知ってるわよ。でも、昨日これから殺し合いが始まるって言ってたから、こんな時でも行くんだと思っただけ」
「聖杯戦争が始まったからといって、急に休んだら逆に不自然でしょう。それに学校に他のマスターがいないとも限らないし」
凛はコーヒーを飲み終えると、カップをテーブルに置いて立ち上がる。
本音を言えば、正体も能力も分からないサーヴァントを屋敷に残していくのは不安だった。それ以前に、既に聖杯戦争が始まっている以上、サーヴァントと離れて行動すること自体が危険である。
「あなたも一緒に来て。霊体化して付いてきてちょうだい」
「霊体化ってどうするの?」
凛は、鞄を持ち上げた姿勢のまま止まってしまった。
振り返ると、バニーは冗談を言っている様子もなく、本当に分からないという顔でこちらを見ている。
「どうするって……サーヴァントなら普通に出来るでしょう?」
「そんなこと言われても、やったことないもの」
「昨日、クラスに関する知識は頭に入ってきたって言ってたじゃない」
「アーチャーとかマスターとか、言葉の意味はなんとなく分かるわよ。でも霊体化は分からないわね」
バニーはそう言って首を傾げた。
凛は頭痛を覚え、眉間を押さえる。
昨夜、彼女は召喚される直前まで生きていたと言っていた。
通常の英霊を召喚したのではなく、本当に生きている人間がそのままサーヴァントとして呼び出されてしまったのなら、他のサーヴァントと違って霊体化出来ないという事も分からなくはないけど……。
それでは学校に連れていけない。
この格好の彼女を連れて登校すれば、とんでもなく目立つ。ただでさえ目を引く格好なのに、そのまま校内に連れ込むわけにはいけないし……。
「霊体化しないと困るの?」
「普通の人に見つからなければいいんだけど……」
「それなら大丈夫じゃない?」
「え?」
バニーはコーヒーカップをテーブルに戻して、ソファーから立ち上がる。それから普段と変わらない調子で呪文を唱えた。
「【レムオル】」
次の瞬間、バニーの姿が消えた。
気配はまだ感じられるが、姿が透明になったのだ。
「どう?見えないでしょう?」
姿のない場所からバニーの声が聞こえる。
凛は目を見開いた。
「えっ……?アンタ、昨日魔術は知らないって言ってたじゃない!」
「いやいや、これは魔法だから。あれ?でも、もしかして言い方が違うだけなのかな」
バニーの姿が現れる。どうやら効果を解除したらしい。
凛は彼女の顔を凝視したあと、昨夜交わした会話を思い返した。
魔術とは何かと尋ねた時、バニーは確かに「なにそれ?」と答えていた。
知らないふりをしていたという訳ではなく、自分が使っているものを魔術とは呼んでいなかったということなのかもしれない。
「……先に確認するけど、あなたのいたところでは、今みたいなものを魔法って呼ぶわけ?」
「うん。私はそう習ったもの」
「なるほどね……こっちの世界では少し違うわ」
凛は時計を確認した。
まだ少し時間はある。
このまま言葉の意味を合わせないでおけば、これからも同じような食い違いが起きるだろう。
「いい?この世界では、魔術と魔法は明確に分けられてるの。魔術は、神秘を使って通常とは違う過程で結果を起こす技術よ。見た目がどれだけ不思議でも、同じ結果を科学や技術で再現出来るなら、それは魔法じゃなくて魔術になる」
「透明になるのも?」
「人の目や光に干渉して姿を見えなくする術式は存在するから、少なくとも結果だけなら魔術の範囲ね。あなたの【レムオル】がどういう仕組みなのかは分からないけど」
「じゃあ、魔法は?」
「その時代の人類が、どれだけ時間や資源を費やしても絶対に実現出来ない結果を起こすもの。単に魔術より強力だから魔法と呼ばれるわけじゃないのよ」
「へえ」
「現在、魔術協会が魔法として認めているものは五つだけ。その一つが並行世界の運営で、他にも魂の物質化なんかがあるわ。どれも現代の魔術師が努力すればいつか使える、なんてものじゃない」
「なるほどね〜」
バニーは分かったような、分かっていないような調子で頷いた。
「じゃあ、私達が魔法って呼んでたものの大半は、この世界だと魔術になるのかもしれないわね」
「実際に見てみないと何とも言えないけどね。呼び方だけが違う可能性もあるし、根本的に別物って可能性もあるわ」
凛はそう言いながらも、魔術師としての興味が湧いてきていることを自覚していた。
短い一語を口にしただけで、自分だけでなく身に着けていた衣服まで完全に見えなくしている。事前準備も触媒も魔法陣もなく、発動までの時間もほとんど存在しない。
現象そのものが魔法に相当するとは思えないが、その行使方法は凛の知っている魔術とは随分違っている。
「あなた、そのレムオルっていうのを使う時、何をしてるの?」
「何って、魔力を使って呪文を唱えてるだけよ」
「術式とか魔術基盤は?」
「じゅつしき?まじゅつきばん?」
「……やっぱりいいわ。今聞いてたら学校に遅れる」
説明しなければならないことが、また増えた。
凛は二人分のカップを片付け、鞄を持って玄関に向かった。バニーも後ろから付いてくる。
「外に出る前に、もう一度レムオルを使って」
「はいはい。【レムオル】」
バニーの姿が再び消えた。
「学校に着くまでは私からあまり離れないで。それと、人がいるところではなるべく喋らないこと」
「分かったわ」
「今も声が聞こえてるから、気を付けなさいよ」
「あっ、そっか」
凛は小さく息を吐いてから玄関の扉を開けた。
朝の冷たい空気が流れ込んでくる。
門を出て屋敷に鍵を掛けたあと、凛は学校に向かって歩き始めた。
住宅街を抜けるまでは人通りも少なく、二人の間に会話はない。
大通りに近付くにつれ、通勤や通学に向かう人の姿が増えてくる。道路には自動車が行き交い、信号が一定の間隔で色を変え、電線の張り巡らされた頭上を鳥が横切っていく。
姿の見えないバニーは言いつけを守って黙っていたが、気配が頻繁に左右に動いている。物珍しそうに周囲を見回しているのだろう。
人通りが途切れた細い道に入ったところで、すぐ隣から小さな声が聞こえた。
「やっぱり、私が住んでたところとは全然違うわね」
「へぇ〜、どの辺りが?」
「全部よ。頭の中では聖杯からの知識ってやつで、あれが自動車で、あっちにあるのが信号だっていうのも分かるんだけど、実際に見るのは初めてだからねぇ。馬もいないのに大きな鉄の箱があんな速さで走るなんて、変な感じ」
今回の召喚では、何故か生きている人間が召喚されてしまったが、召喚された際に与えられる知識は、完全ではないにせよ機能しているらしい。
「アリアハンにはなかったの?」
「ないわよ。街の大きさとか人の多さなら、どちらかというとオラリオの方が近いかもしれないけど、あそこにも自動車なんてなかったしね」
「オラリオ?」
「迷宮都市オラリオ。地下に大きなダンジョンがある、ここに来る前にいた世界では一番の都会よ」
「えっ?街の地下にダンジョンがあるの?」
「正確にはダンジョンの上に街を造ったみたいだけどね。地下から魔物がずっと出てくるから、冒険者達が潜って倒して、魔石や素材を持ち帰って暮らしてるの」
凛には全く馴染みのない話だった。
霊脈の上に魔術師が工房を構えることなら珍しくもない。しかし、一つの巨大都市を支えるほどの地下迷宮から魔物が無数に生まれ、それを倒すことが職業として成立している世界など聞いたことがない。
その上には世界最大級の都市が築かれて、人間達は日常的に迷宮に潜って魔物を倒している。
「そんな危険な場所が、どうして世界で一番の都会になるのよ」
「ダンジョンでしか手に入らない物も多いし、強くなりたい人とか、お金を稼ぎたい人が世界中から集まってくるのよ。それに神様達も沢山いるから」
凛の足が僅かに鈍った。
「今、神様って言った?」
「言ったわよ」
「何かの宗教団体とか、神様を名乗ってる人間とかじゃなくて?」
「本物の神様。ずっと天界で暮らしてたんだけど、長く生き過ぎて暇を持て余した神様達が、自分達の能力を普通の人間と同じくらいまで落として下界に来たんだって。人間達と一緒に生活して楽しんでるのよ」
凛は歩きながら片手で額を押さえた。
まず、地下から無数の魔物が生まれ続けるダンジョンがある。
その上には世界最大級の都市が築かれて、人間達は日常的に迷宮に潜って魔物を倒している。
さらに、神話で語られるような神々が天界での生活に飽き、自らの力を制限して人間達と一緒に暮らしているという……
「……どこから突っ込めばいいのよ」
「確かに、ちょっと普通じゃないもんね」
最初は自分も戸惑ったものだと、バニーは笑いながら話している。
「おかしいに決まってるでしょう!少なくともこの世界では、神代なんて遥か昔に終わってるのよ。現代に神霊が肉体を持って何柱も暮らしてるなんて、魔術協会が知ったら大騒ぎになるわ」
「そうなの?」
「そうなのよ!」
「でも神様って、結構自由よ。働かないで昼間から飲んでる神様もいるし、借金を抱えて逃げ回ってる神様もいるわね」
「私が知ってる神話の神様と随分印象が違うんだけど……」
「まあ、下界では神様の力を使っちゃいけないって決まりは守ってるみたいよ。それぞれ自分の眷属を集めて、ファミリアを作って暮らしてるの」
「眷属?」
「神様から恩恵をもらった人達のこと。背中に神様の血で印を刻んでもらうと、その人が持ってる力とか才能を引き出せるようになるの。神様を中心にした家族みたいなものね」
魔術刻印とはまるで違う。
少なくともバニーの説明をそのまま受け取るなら、神自身が人間に何らかの加護を与え、その成長にまで干渉しているということになる。
「バニーも、その神様達に会ったことがあるの?」
「何人か……何神?何柱かって数えるんだったっけ。勿論会ったことはあるわよ」
あまりにも軽い返事だった。
凛は思わず隣を見たが、レムオルで透明になっているバニーの姿は当然見えない。
「会ったことがあるって……話をしたって意味?」
「するわよ。同じ街に住んでるんだから」
「じゃあ、あなたもどこかのファミリアに入ってたの?」
「色々あって、ロキっていう神様の眷属にしてもらったわ」
凛は今度こそ足を止めた。
後ろを歩いていた女子生徒が不思議そうに凛を避けて通り過ぎていく。
「ロキって……北欧神話の?」
「う〜ん、多分そのロキだと思うけど」
「バニー!あなたそれ、とんでもないレベルの大物じゃない!」
思わず声が大きくなった。
前を歩いていた何人かが振り返り、凛は咄嗟に口元を押さえた。
誰もいない場所に向かって叫んだように見えただろう。
周囲の視線が離れるのを待ってから、凛は声を落とした。
「ロキは北欧神話でも特に有名な神なのよ。その神の眷属になって、直接恩恵まで受けてたっていうの?」
「そう?私が聞いた話だと、天界では悪戯ばかりしてたり、神様と神様を殺し合わせたとかいう話しか聞いたことないけど……でもまあ、気のいい神様ではあるわね。よくお酒も一緒に飲むし」
凛は言葉を失った。
神話に名を残す神の眷属になったというだけでも大概なのに、その神と一緒に酒まで飲んでいたという。
「神様とよくお酒を飲むって……あなたって、もしかして実はとんでもなく凄い人?」
姿の見えないバニーが楽しそうに笑った。
「なわけないじゃない。私はただのバニーガールのお姉さんよ」
「普通のバニーガールは神様の眷属になったりしないのよ……」
凛は呆れながら再び歩き始めた。
少し先には穂群原学園の校門が見えている。登校する生徒達の姿も増えており、これ以上、周囲を気にしながら話を続けるのは難しそうだった。
昨夜の時点で分かっていたのは、弓を使えず、魔術さえ知らないアーチャーを召喚してしまったということだけだった。
しかし、一晩明けて新しく分かったことは、それ以上に奇妙なものばかりだった。
見たこともない方法で姿を消し、彼女の世界ではその力を魔法と呼んでいるらしい。
地下迷宮と神々が存在する、こことは丸っきり別の世界で暮らし、北欧神話に名を残すロキの眷属となり、本人と酒まで飲んでいた。
それでいて、自分はただのバニーガールだと言い張っている。
昨夜より謎が減るどころか、かえって増えていた。
「ここが学校?」
すぐ隣からバニーの声が聞こえ、凛は周囲に人がいることを思い出して顔を引きつらせた。
「だから人がいるところでは喋らないでって言ったでしょう!」
再び何人かの生徒が振り返る。
凛はすぐに何事もなかったような表情を作り、普段通りの足取りで校門を通り抜けた。
誰にも見えない、不思議なバニーガールを連れて……。
見て頂いて有難う御座いますーヽ(;▽;)ノ