【異世界版】ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になって色んな世界に転移・召喚される話 作:ポップ
校門を通り抜けた直後、凛は足を止めた。
後ろを歩いていた生徒がぶつかりそうになり、慌てて横に避けていく。それにも構わず周囲に意識を向けると、校門の外では感じなかった不快な気配が、薄い膜の様に体にまとわりついてきた。
魔力そのものは希薄だが、校舎やグラウンドの一部に仕掛けられた程度のものではない。目には見えない巨大な網が、穂群原学園の敷地全体に張り巡らされている。
「どうしたの?」
すぐ隣からバニーの声が聞こえた。
「今は喋らないで」
凛は周囲に聞こえない程度の声で注意し、何事もなかった様な顔を作って昇降口に向かう。
下駄箱が並ぶ校舎内に入ると、近くの壁に指先を触れた。魔術回路を僅かに開くことで、建物を満たしている淀んだ魔力が先程よりも鮮明に伝わってくる。
間違いない。
何者かが、この学校に結界を仕掛けている。
「遠坂、おはよ」
後ろから声を掛けられ、凛はすぐに壁から手を離した。
振り返ると、同じ学年の美綴綾子が不思議そうにこちらを見ている。
「あら、美綴さん。おはようございます」
それまでバニーに向けていたものとは打って変わった穏やかな声と笑顔で挨拶した途端、
「ぷっ」
何もない場所から、小さな笑い声が聞こえた。
「ん?」
美綴が足を止め、辺りを見回す。
「今、誰か笑わなかった?」
「……気のせいじゃありません?」
笑顔を崩さずに答える凛のこめかみが、ピクピクと動いていた。
姿の見えないバニーがどこにいるのか、凛には気配で分かっている。
(後で覚えてなさいよ)
口には出さず、視線だけをそちらに向ける。
「そうかな。まあいいや。それより遠坂、何してたの?朝から壁と睨めっこ?」
「少し立ち眩みがしただけです。もう大丈夫ですよ」
また近くから笑いを堪えている様な気配が伝わってきたが、凛は無視することにした。ここで反応すれば、美綴に余計な疑問を抱かせるだけだ。
「本当に?何か顔色悪くない?」
「昨日、少し夜更かしをしたので、そのせいだと思います」
「遠坂が夜更かしなんて珍しいな。試験前でもないのに勉強?」
「似た様なものです」
英霊召喚をしていました、とは当然言えない。
美綴は完全には納得していない様子だったが、登校してくる生徒も増えてきたため、それ以上は追及しなかった。
「無理しない方がいいぞ。辛くなったら保健室に行きなよ」
「ありがとうございます」
美綴と別れて教室に向かいながらも、凛は校舎内を流れる魔力を探り続けた。
結界はまだ完成していない。
現時点では校内にいる人間から微量の生命力を吸い取る程度だが、このまま魔力を蓄積させていけば、いずれ本来の機能を発揮することになる。
何を目的とした結界なのかは、詳しく調べなければ分からない。少なくとも、放置していいものではなかった。
教室に入ると、凛は自分の席に鞄を置いた。姿の見えないバニーも近くにいることは、気配で分かる。生徒にぶつからない様、教室の後ろに移動したらしい。
担任が入ってきて朝のホームルームが始まっても、バニーは約束通り一言も喋らなかった。
もっとも、じっとしているつもりもない様だった。
一限目の途中には教室の後ろにあった気配が窓際に移り、その後は黒板の近くまで動いている。学校の授業自体が珍しいのか、見えない姿であちらこちらを見て回っているらしい。
教師に名前を呼ばれた凛は普段通り立ち上がり、質問に答える。昨夜ほとんど眠れていないとはいえ、授業で失態を晒すつもりはない。
周囲から見た遠坂凛は、今日も変わらず成績優秀な優等生なのだから。
一限目が終わり、教師が教室を出ていくと、休み時間になった途端にクラスメイト達が立ち上がり、教室内が騒がしくなった。
凛は教科書を片付けながら、バニーの気配を探した。
いない。
少しすると、廊下側の扉が誰も触れていないのに僅かに動いた。
(勝手に出ていったわね……)
授業中よりは自由に動けるとはいえ、敵のマスターやサーヴァントが校内にいる可能性もある。戻ってきたら注意しなければならない。
ただ、校門を通った時、凛が異常に気付くのとほぼ同じ頃にバニーの気配も変化していた。
昨日まで魔術という言葉さえ知らなかった彼女だが、魔力そのものを感じ取る能力は持っているらしい。
昼休みになり、凛は適当な理由をつけて教室を出た。いつの間にか戻っていたバニーの気配も、後ろから付いてくる。
人の少ない特別教室棟まで移動し、階段の踊り場に誰もいないことを確認してから足を止めた。
「午前中、どこに行ってたの?」
「学校の中を見て回ってたのよ」
姿は見えないままだが、声は凛のすぐ近くから聞こえた。
「勝手に離れないで。敵のサーヴァントが学校にいる可能性だってあるんだから」
「それは悪かったけど、凛も何か気にしてたでしょ?私も、この学校に入ってからずっと変な感じがしてたから」
「どんな感じ?」
「何て言ったらいいのかな。空気に薄くて汚い布を被せられてるみたいな感じ。それと、所々に特に気持ち悪い場所があるわね」
バニーは校舎内で見つけた場所を順番に挙げていった。
西側の階段、弓道場に繋がる通路、二階の空き教室の近く、そして屋上に続く階段。
凛が朝から調べていた場所と、ほぼ一致している。
「あなた、この結界が分かるの?」
「結界っていうのかは知らないけど、魔力が変な流れ方をしてるのは分かるわよ。何ヶ所かから少しずつ集めて、上に送ってる感じね」
凛はノートを取り出し、校舎の簡単な見取り図を描いた。バニーが見つけた場所に印を付けていくと、校内に仕掛けられた術式の形が少しずつ見えてくる。
複数の呪刻を中継点として魔力を巡らせ、それを中心となる起点に集めているらしい。
「随分と手の込んだ結界ね」
「何をするためのものなの?」
「今はまだ完成していないけど、発動したら校内にいる人間の生命力を一気に奪う可能性があるわ。もっと酷いものかもしれない」
それを聞いたバニーは、僅かに眉をひそめる。どうやら、こういう無関係な人間を巻き込むやり方は好きではないらしい。
「今すぐ消せないの?」
「一ヶ所ずつ呪刻を壊しても、起点が残っていれば修復される。学校に人がいる間に下手なことをして、術者に気付かれるのも避けたいわね」
「じゃあ、夜に調べるの?」
「そのつもり。放課後に一度帰って、夜になってから戻るわ。まずは起点を見つける」
「分かった」
昼食を済ませたあと、凛は教室に戻り、午後の授業も表面上は何事もなく進んでいく。
生徒達は普段と変わらず笑い、教師もいつも通り授業をしている。この学校全体が危険な結界に覆われていることなど、誰一人気付いていない。
凛は教科書を開きながら、結界を仕掛けた相手について考えていた。
これだけ大規模な術式を構築出来るのなら、キャスターが関わっている可能性は高い。しかし、他のクラスのサーヴァントが特殊な宝具を持っていることも考えられるし、マスター本人が優秀な魔術師という可能性もある。
今の時点では何も決めつけられない。
授業が終わると、凛は部活動に向かう生徒達に混じって校舎を出た。
途中、廊下の窓から中庭を見ると、赤みがかった髪の男子生徒が工具箱らしきものを抱えて校舎の裏手に歩いていく姿が見えた。
衛宮士郎。
誰かに頼まれて、また学校の備品でも修理するのだろう。教師や生徒から何かと雑用を頼まれていることは凛も知っている。本人も嫌がっている様子がないため、周囲も余計に頼みやすくなっているらしい。
凛は少しだけその姿を眺めたあと、正門に向かい始また。
◇◇◇
日が完全に沈み、住宅街から人通りが少なくなった頃、凛とバニーは再び穂群原学園に戻ってきていた。
施錠された校門を越え、明かりの消えた校舎に近付くと、昼間は大勢の生徒達の気配に紛れていた淀んだ魔力が、夜になったことで一層はっきりと感じ取れる。
「朝より気持ち悪く感じるわね」
レムオルで姿を消したバニーが、周囲を見回しながら呟いた。
「人がいなくなった分、感じ取りやすくなってるだけだと思うわ。行きましょう」
凛は簡単な解錠の魔術で校舎に入り、誰もいない廊下を進んでいく。
昼間に印を付けておいた場所を確認すると、壁の隅や階段の裏側など、普通に生活していれば気にも留めない場所に赤黒い文様が刻まれていた。
一つ一つは小さいが、それぞれが細い魔力の流れで繋がり、学校全体を巨大な術式に変えている。
「これが呪刻?」
「そう。触らないでね。異常があれば術者に伝わる仕掛けがあるかもしれないから」
「分かった」
魔力の流れを辿りながら上の階に進んでいく。
屋上に続く階段まで来ると、淀みは一層濃くなっていた。凛は扉を開け、慎重に屋上に出る。
冷たい夜風が髪を揺らした。
月明かりに照らされた屋上を見回すと、給水塔の近くにこれまでとは明らかに異なる複雑な文様が刻まれている。込められている魔力の量も違っていた。
「見つけたわ」
凛はその前にしゃがみ込み、慎重に構造を調べる。完全に結界を破壊することは出来なくとも、ここを潰せば発動を大幅に遅らせることは可能だろう。
「アーチャー。周囲を見張ってて」
「分かった」
バニーの気配が少し離れる。
凛は左手に刻まれた魔術刻印を起動し、呪刻に自分の魔力を流し込む。異なる術者によって作られた術式同士が反発し、赤黒い文様の表面に小さな火花が散り始める。思っていた以上に複雑で、古い神秘を感じる。
その一部を切り離そうとした時、頭上から男の声が降ってきた。
「そいつを消すつもりか。随分と真面目な奴だな」
凛は即座に作業を中断し、声のした場所を見上げると、給水塔の上に一人の男が立っていた。
青い髪に、体に密着した青い装束。右手に握られているのは、月明かりを受けて不気味に輝く真紅の槍。
いつからそこにいたのか分からない。気配を感じ取った時には、既に相手から攻撃を仕掛けられてもおかしくない距離まで近付かれていた。
「この結界、あなたが張ったの?」
凛は立ち上がりながら尋ねる。
男は鼻で笑った。
「俺じゃねぇよ。こんな陰気臭い仕掛けは性に合わん」
結界を仕掛けた人物とは別人。
少なくとも本人はそう主張している。
だが、右手に握る真紅の槍と、その身から感じる人間とは比較にならない魔力を考えれば、何者なのかは明白だった。
「ランサー……」
「ご名答」
男の口元が僅かに吊り上がる。
「それなら、何の用?」
「俺の用はそいつだ」
ランサーは槍を持ち上げ、凛から少し離れた何もない空間を指した。
「姿は見えねぇが、サーヴァントの気配までは消せてねぇ。そろそろ出てきたらどうだ」
短い沈黙のあと、バニーの声が聞こえた。
「あ〜、やっぱりサーヴァントには分かっちゃうか」
レムオルが解除され、黒いバニースーツ姿が月明かりの下に現れる。
ランサーはその姿を見ると、一瞬だけ言葉を失った。
「……随分と変わったのを連れてるじゃねぇか」
それには凛も同意出来るのか、特に何かをいうこともせずに黙っている。しかし、言われた本人であるバニーからすれば、自分に文句でもあるのかと言わんばかりのようだ。
「何よ?」
「いや……何のクラスか、見た目じゃさっぱり分からねぇな」
「アーチャーよ」
「お前が?」
「ちょっと、アーチャー!何いきなりバラしてんのよっ」
ランサーはバニーの両手を見る。
弓どころか、武器らしいものは一つもない。
「弓兵には見えねぇな」
「私もそう思うわ」
バニーが苦笑する。
「得物は出さねぇのか?」
「今は持ってないわよ」
「へえ」
ランサーの目から僅かに笑みが薄れた。
「まあいい。戦えるかどうかは、やりゃ分かる」
言葉が終わるより早く、ランサーの姿が消えた。
実際に消えたわけではない。給水塔の上を蹴った瞬間、凛の目では捉えきれない速度まで一気に加速したのだ。
赤い槍が真っ直ぐに凛の胸を狙う。
「っ!?」
迎撃を指示する余裕などなかった。
穂先が凛に届く寸前、横から飛び込んできたバニーの脚が槍の柄を蹴り上げて、激しい音が屋上に響いている。
ランサーが給水塔に姿を現した時点で只者ではないと判断していたバニーは、凛を攻撃する直前に【ピオリム】【スカラ】【バイキルト】を唱え終えていた。
強化された蹴りによって槍の軌道が逸れ、真紅の穂先が凛の制服を掠めて床に突き刺さる。
「最初から私狙い!?」
凛が急いで後ろに飛ぶ。
「そりゃ〜、マスターを殺すのが一番手っ取り早いからな」
ランサーは床から槍を引き抜き、その勢いのままバニーに横薙ぎを放った。
バニーは上半身を反らして躱し、すぐさま踏み込む。バイキルトの乗った拳がランサーの顔を狙うが、僅かに首を傾けただけで避けられた。
続けて放った回し蹴りをランサーは槍の柄で受けるものの、想像以上の重さに靴底が床を滑る。
「どうやら、見た目だけの姉ちゃんじゃないらしいな」
「そういうあんたも、とんでもなく強そうね」
返事をしながら更に距離を詰めようとしたバニーの目の前で、ランサーの槍が翻った。
一度引いたはずの穂先が、全く異なる角度から跳ね上がる。
バニーは咄嗟に体を捻ったが、完全には避け切れず、槍が左腕を浅く切り裂いた。
「アーチャー!」
「大丈夫。掠っただけよ」
凛にそう告げた直後、バニーは傷口に手を添えて呪文を唱える。
「【ホイミ】」
柔らかな光が左腕を包み、ランサーの槍によって切り裂かれていた傷がみるみると塞がっていく。
「……治癒魔術だと?」
ランサーが目を細めた次の瞬間、再び真紅の槍が動いた。
治療を終えた直後を狙った鋭い突きに、バニーは体を大きく反らして対応する。鼻先を穂先が掠めていくと、休む間もなく二撃目、三撃目が異なる角度から襲い掛かった。
ピオリムによって動きを強化しているにもかかわらず、ランサーはそれを上回る速さで槍を繰り出してくる。
正面からの一撃を躱せば、その先には既に次の穂先が待っている。槍の間合いから逃れようと横に跳べば、今度は長い柄がバニーの脇腹を狙って薙ぎ払われた。
スカラによって防御力は上昇しているものの、完全に衝撃を消すことは出来ず、バニーの体が床を滑っていく。
ランサーは追撃を止めない。
踏み込んでくる青い姿に、バニーは指先を向けた。
「【ギラ】!」
人差し指の先から、灼熱の閃熱が一直線に迸ってランサーに放たれる。
「指先から炎まで出しやがるか!」
ランサーは咄嗟に上体を傾け、顔面に迫った光を避けるも完全には逃れられず、青い装束の肩口が焼け焦げたが、僅かに表情を歪めただけで動きは止まらない。
距離を取って呪文を使わせるつもりはないらしく、一息でバニーの目前まで迫ると、赤い槍を下から跳ね上げた。
バニーは穂先を避けながらランサーの懐に入ろうとするが、流石はランサーのサーヴァントというべきか、間合いが近くなれば柄を持つ位置を瞬時に変え、石突きまで用いて攻撃してくる。
腹部に向けて突き出された石突きを両腕で受けると、鈍い衝撃が体内に響いた。
バニーの体が後方に押し飛ばされる。
着地する前に、ランサーが追い付いていた。
「【イオラ】!」
バニーが呪文を唱えた瞬間、ランサーの周囲で空気が急激に膨張した。
一発ではない。
逃げ道を潰す様に爆発が複数箇所に連続して生まれ、ランサーを包み込んだ。
轟音と爆風が屋上を駆け抜け、巻き上げられた煙と埃によって青い姿が見えなくなる。凛が腕で顔を庇った直後、煙の中から真紅の穂先がバニーに向かって飛び出した。
バニーは首を傾けて避けたが、ランサー本人は既に彼女のすぐ目の前まで迫っている。
振り抜かれた槍の柄が脇腹に直撃し、バニーの体が横に弾き飛ばされた。床に手をついて転倒を防いだものの、その眼前には次の刺突が迫っている。
そこへ、凛が指先をランサーに向けた。
「私を忘れてるんじゃないわよ!」
撃ち出されたガンドをランサーが槍で弾く。
その僅かな隙に、バニーは大きく後ろに跳んだ。
凛も宝石に込めた魔力を解放し、ランサーの側面から閃光を放つ。だが、ランサーは屋上の床を蹴って一気に位置を変え、追い縋ったバニーの拳まで紙一重で躱してみせた。
速い。
バニーは既にピオリムで素早さを上げている。スカラで守りを固め、バイキルトによって一撃の威力も大幅に増しているはずなのに、それでもランサーの方が僅かに上回っていた。
単純な速度だけではない。
僅かな視線や肩の動きから次の攻撃を読み取り、バニーが動き出す前に槍を置いてくる。攻撃呪文を使おうとすれば即座に距離を詰め、凛が援護すれば無理に攻めず、二人を同時に視界に収められる位置まで下がる。
凛もガンドや宝石魔術を使って援護しているが、それでも戦況はランサー側に傾きつつあった。
バニーが繰り出した蹴りをランサーは半歩下がって避け、足が伸び切ったところに槍の柄を叩き込む。
体勢を崩したバニーが床を転がり、すぐに立ち上がるのだが……。
「う〜ん、このままだとちょっとヤバいかも……」
「なんだぁ?もう観念しちまうのかよ」
ランサーは赤い槍を肩に担ぎ、せっかく面白くなってきたのに、もう音を上げるなら期待外れだとでも言いたげに表情を歪める。
「正直、サーヴァントっていう存在を甘く見てたかもしれないわね。これはちょっと本気を出さないと危ないかも……」
「へえ、そいつは面白え。てっきり、もう本気になっていたもんだと思ったぜ」
それは、ランサーの油断や思い上がりから出た言葉ではなかった。
彼は数多の戦場を潜り抜けてきた熟練の戦士である。相手の呼吸や足運び、魔力の流れ、攻撃を受けた時の反応を見れば、まだ余力を残しているのか、それとも既に限界が近いのかを見極めることが出来る。
余程の事がない限り、戦った相手が力を伏せているかどうかを見誤ることはない。
そして、今戦ってみたバニーからは、現在使っている以上の力を隠し持っている兆候は感じ取れない。
少なくともランサーには、彼女が本気で戦っているように見えたのだ。
しかし、バニーは自信ありげに笑みを浮かべて、
「まあ、見てなさいって」
と答える。
そして、目を閉じてからある言葉を呟く。
「【賢者の回帰(ルビス・メモリア)】」
次の瞬間、バニーの体を眩い光が包み込んだ。
屋上に膨大な魔力が溢れ出し、凛は反射的に腕を顔の前に上げる。ランサーも、突如湧き上がった魔力を警戒して槍を構え直す。
黒いバニースーツと網タイツが光の中に消えていく。
代わりに現れたのは、至高の魔力を宿した『神鳥の法衣』。頭には星の輝きを閉じ込めた『ほしのサークレット』を戴き、左腕には神々しい装飾が施された『女神の盾』、右手には見る者に畏敬さえ抱かせる『神鳥の杖』が握られている。
姿が変わっただけではなかった。
彼女から溢れ出す魔力量も、サーヴァントとしての存在感も、一瞬で別物に変わっている。
「なっ……」
そこで、ランサーが初めて明確な驚きを見せた。
凛も言葉を失っている。
更に、バニーは腰に下げている古びた道具袋に手を入れ、その中から『星降る腕輪』を取り出した。
何気なく出してみせたこの腕輪も、自身の素早さを倍にしてくれるという、伝説級のアイテムの一つである。
バニーがそれを右腕にはめた途端、これで準備は万端とばかりにニヤリとして、ランサーに語りかけた。
「さぁ、第2ラウンド開始よっ!」
バニーはニヤリと笑い、屋上の床を蹴って走り出す。
その動きは、既に凛の視界から消えている。
「なにっ!?」
ランサーが声を上げた時には、既にバニーは懐に入り込んでいた。
顔面に向けて拳が突き出される。
ランサーは反射的に首を傾け、強烈な右拳を紙一重で躱したが、しかし最初の一撃を避けただけで終わりではなかった。
踏み込んだ勢いを殺さず、バニーが鋭い回し蹴りを放つ。
ランサーは咄嗟に両腕を交差させて受け止める。
重い衝撃が腕を通して全身に伝わり、ランサーの足が床から少し浮いた。そのまま数メートル弾き飛ばされ、着地したあとも勢いを殺し切れずに大きく体勢を崩す。
そして、バニーは既に背後に回り込んでいた。
両手を組み、ランサーの後頭部にダブルスレッジハンマーを叩き込もうとする。
ランサーは頭上から迫った気配に反応し、前方に身を投げ出して攻撃をかわすことに成功する。組み合わされた両拳が、直前までランサーのいた場所に振り抜かれる。
転がる様にして攻撃を避けたランサーが振り向く。
バニーは空振りしたことなど気にせずに、腰に付けていた神鳥の杖を引き抜いていた。
「【メラゾーマ】!」
杖の先から巨大な火球が放たれる。
ランサーは横に飛んで最初の一撃を避けたが、この火球に関しては杖の効果で使えるから魔力は必要ないので、バニーは間を置かず二度、三度と同じ呪文を重ねていく。
次々と生み出される巨大な火球が、避ける僧兵に追い迫る。
ランサーは槍を振るって正面から迫った炎を切り裂いたり、跳躍して避けている。しかし、空中では自由に方向を変えられず、時間をずらして飛来した三発目がその体を掠めた。
轟音と共に火炎が弾ける。
「ちぃっ!」
爆風に煽られたランサーが床に降り立つ。
対魔力によって威力を削いでいるものの、全てを無効に出来るわけではない。青い装束の脇腹から肩に掛けて大きく焼け焦げ、露出した肌にも火傷が刻まれていた。
それでもランサーは止まらず、炎の中からバニーに向かって走り出す。
バニーは接近してくるランサーを見ながら、自分の足元から少し先に魔法を放つ。
「【イオラ】!」
屋上の床で爆発が起きた。
砕けたコンクリートと大量の埃が巻き上がり、メラゾーマによって生じていた黒煙と混ざり合う。視界を埋め尽くした煙の中では魔力まで激しく渦を巻き、バニーの気配が一瞬だけ判別出来なくなった。
ランサーは煙を槍で薙ぎ払いながら、先程まで彼女が立っていた場所に踏み込む。
だが、そこには誰もいない。
「どこに行きやがった!」
左右を見回すが、煙の中にも給水塔の陰にもバニーの姿はなかった。
ランサーが煙幕に意識を向けている間、凛は頭上から感じられる魔力の流れに気付いて、顔を上げる。
「嘘……」
なんと、バニーは屋上より遥か上空に浮かんでいた。
何もない空中に立つ様に、夜空に静止している。
この世界においての浮遊魔術は、浮かせる物の質量が大きければ大きくなるほど、必要となる魔力も急激に増えていく。小石を浮かせる程度なら見習いの魔術師でも可能だが、成人一人分の肉体を空中に浮かせて、更に自由に飛行させるとなれば話がまるで変わってくる。
人間単体の飛行に関しては、現代の魔術師が容易に実現出来るものではなく、まさにそれは神代の魔術師並の領域だった。
凛が呆然と見上げる中、バニーは眼下のランサーを見つめ、誰にも聞こえないほど小さな声で、ある言葉を呟く。
「【魔力覚醒】」
途端に魔力が、膨れ上がった。
煙の中にいたランサーも、その異常な魔力の高まりを感じ取る。
そして、弾かれた様に顔を上げると、
「飛んでいるだと!?」
夜空には、両手を左右に広げたバニーがいた。
次の瞬間、彼女の両手から激しい炎が噴き上がる。
左右から伸びた炎は頭上で繋がり、巨大なアーチを描いていく。その熱量によって周囲の空気が歪み、離れた場所にいる凛の肌にまで焼け付く様な熱気が届いた。
ランサーは真紅の槍を構えたまま、上空で広がっている炎を見上げる。
「……てめぇ、アーチャーじゃなかったのかよ」
「アーチャーよ?ちゃんと遠距離攻撃してるじゃない」
バニーの広げていた両手が、体の正面で合わされる。
頭上に描かれていた炎のアーチが形を変え、ランサーが立っている場所に向かって照準が合わされていく。
「【ベギラゴン】!!」
そして、極大の閃熱呪文が解き放たれた。
上空から降り注いだ凄まじい熱量の炎が、巨大な濁流となってランサーに襲い掛かる。
轟音と共に屋上が赤く染まり、荒れ狂う炎が青い槍兵の姿を完全に飲み込んでいく。
その光景を目の当たりにした遠坂凛は、口を開けたまま、ただ呆然と夜空を見上げていた。
恋姫とFateとHUNTER×HUNTERのクロスを作ってみたいと思って作らせて頂きました。
…Fateのお話が最後まで行かなくても、他の世界に転移していく話を書かせてもらっても大丈夫ですよね?^^;