小四で死んだ幼なじみに再会したら「わかれて」といわれた話   作:嵯峨野広秋

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リターン

 友だちに彼女ができた。

 おめでとう、とおれは言った。

 

 以上だ。

 

 けっしておれは〈自分も彼女をつくりたい〉なんて思わない。

 

 どんなことがあっても―――

 

 そう、たとえばあそこにいる、橋の手すりに腕を組むようにして寄りかかった、

 スタイルのいいポニーテールのあの女の子が、

 おれに告白してこようとも――

 

(は。妄想もたいがいにしろよ、おれ)

 

 しかし、彼女に近づくにつれわかったことだが、

 じつに変わった制服だ。

 

 真っ白いセーラー服。

 

 上も下のスカートも。

 

 スカーフだけが黒い。

 

(こんな制服の高校……あったっけな……)

 

 もしかしたら県外の子かもしれない。

 

 とすると、駅前でもなんでもない、こんなハンパな場所に立っていることに違和感がある。

 

 横顔を向けて―――なにかをなつかしむような表情で、川の上流の、遠くの山のほうを見つめているけど。

 

(まぁ、かんけーねぇか)

 

 風でふわふわ浮き上がる短いスカートに思わず目線がいきそうになるが、

 それではただの変質者なので、おれは逆方向を向くようにして、しれっとうしろを通りすぎ、

 

 通りすぎ……

 

(!)

 

 瞬間。

 

 なつかしいにおいがして、おれはある女の子のことを思い出した。

 

 

 幼なじみ。

 

 

 バカなおれのせいで、命を落とした幼なじみ。

 

 

「……メアちゃんっっ!! パパ! メアちゃんが! おねがい、助けてよっ!」

 

 

 おれはあの日からしばらく、父親とも、母親とも口をきかなかった。

 見捨てたと思ったからだ。

 大人なら、どうにかできたはずなのにって。

 でもあとあと、おれにも状況がのみこめた。

 

 

 あんなに下流に流されていたら、どんな水泳選手だって、彼女に追いつくことさえできなっただろう。

 

 

 あのときのあの小さな手。

 

 

 必死になにかをつかもうと、水面から出していた手が、いつしか沈み、見えなくなって――

 

 

「……ねえ」

 

 

 知らず知らず、立ち止まっていたところに女の子の声。

 その声で思い出のイメージから現実へと引き戻される。

 

「キミ、大丈夫?」

「………………」

 

 おれはまだ地面を一点見つめしていた。

 いや。ちゃんと顔をあげないとな。うしろでヘンなことをしようとしてたとか、ヘンにうたがわれてもこまるし。

 

「すいません、おれ、ちょっと考え事を……」

「ふぅん。どんな?」

 

 初対面なのにふみこんだことをきく人だ。

 一瞬、メンドくさい人なのかなと思った。

 

「いや、たいしたことじゃなくて。じゃあ、もう行くんで」

「ひどいじゃん」

「え?」

「『たいしたこと』でしょ? かわいいかわいい、おまけにも(ひと)つかわいい、幼なじみのことを考えてたんじゃないの?」

 

 そこでおれは微妙にそらしつづけていた視線を、

 ビッ、とまっすぐ彼女に向けた。

 

 夕焼けを背景にたたずむ白いセーラー服の女子。

 

 その顔。

 

 ダイブするようにおれの心に飛びこんでくる。

 

 そんなはずは、と思うも、あまりにも似すぎている。あのあどけなさに七年の成長を加えたら、きっとこんな感じだ。

 

「ちょっ、もしかして、うそだろ。メア……ちゃん?」

「そうだよ」

 

 あっさり認めた。

 いや、あっさりすぎる。

 

「ここでずっとまってた。ズーくんをね」

 

 ズーくん!

 なんて久しぶりの響きなんだ。

 おれを……川岸(かわぎし)一人(かずと)をそう呼ぶのは、この世ではあいつしかいない。

 

「ごめん、時間がないや。大事なことだけ言うね」

「え? や? あの、その、どうして……」

「まーまー。そういうのいいから」

 

 両方の手のひらを10時10分の角度にして、ニコッと笑う。

 

「えーっと、なにからだろ……」人差し指の先を口元にあてる。「あのね、あっちで私たち、結婚する予定なのね」

「えっ、けっこ……」

「なんか冥婚(めいこん)っていうらしいよ? 私のお母さんの、おじいちゃんおばあちゃんのほうの田舎の風習らしくて」

「めいこん?」

「そうそう」やけにうれしそうに笑顔でいう。「冥土(めいど)のミヤゲの冥に結婚の婚。こどものうちに亡くなった子が、あっちでも一人じゃかわいそうだからって」

 

 なんかすごいことが起こりすぎて現実感がない。

 橋の歩道にはおれたちだけで、車道はたえまなく車が通りすぎている。

 

「あの……メアちゃん。よくわかんないけど、おれずっと、キミにあやまりたかったんだ」

「あやまる? なんで?」

「それは―――」

「あやまるのは私のほうだよ。ごめんね」

「へっ?」

「あなたとの結婚、なかったことにしてほしいの。私、向こうで超絶スパダリみつけたからさ」

 

 カタカタカタと音をならしておれの頭がフルでうごいた。

 が、せいぜいスパダリがスーパーダーリンの略だということしかわからない。

 

「ところで、そろそろあなたの誕生日でしょ?」

「あ、うん」

「何月何日?」

「10月31日」

「いくつになるのかな?」

 

 そうきかれて、おれは胸がチクっとした。

 おれは年をとるけど、死んだ幼なじみは年をとらない。

 

「じゅう……17、だよ」

「うちのおじいちゃんが、ズーくんの年を一つまちがえててさー」

「ちょっとまってくれよメアちゃん。話がぜんぜん見えないよ」

「その日、あっちのあなたが18才になるの。はい。18才になってできることといえば?」

「えっ、えっ」

「け、っ、こ?」

 

 両手をうしろで結んで、たのしそうにおれの顔を下からのぞきこむ。

 

「……ん」

「そう! 大正解!」

 

 ぱちぱち、と音のならない小さい拍手をする幼なじみ。

 音はするのだろうか? とふと思う。

 この体ははたして……〈さわれる〉のか?

 

「私、結婚しようと思ってるの」にっこりと微笑む。「あなたじゃない人と」

 

 冥婚。

 死んだはずの幼なじみ。

 

 おれの頭の中で、ゆっくり理解がすすんで情報がリンクされてゆく。

 

 超絶スパダリ。

 結婚をなかったことに。

 

「ズーくん?」

「いや……わかったよ。うん、そうだよな。あのときのこともおれのせいだし、おれこんな感じで……なんていうか、()えないもんな。メアちゃんと結婚する資格なんかないよ」

「あれ? あー、そういう受け取りかたしちゃった?」

「なにが?」

「べつに私、あなたにうらみがあるとかじゃないんだけど」

「……」

「それに」上から下まで、おれの全身を見わたす。「ズーくん、とってもいい男の子になってるよ?」

「そう、かな」

「うん! がんばればイケメンになれるかもしれないポテンシャルの可能性はギリある! 雰囲気で勝負するタイプっていうか」

 

 ヘコみそうな言葉にもきこえたが、まあ、わるいようには言われてないようだ。

 

「ありがとう。それで……おれはどうしたらいい? 向こうの世界の〈離婚届〉みたいなやつでもあるの?」

「それそれ。それなんだけどさ――――」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 次の日の放課後。

 おれはクラスメイトの女子を、校舎の裏に呼び出していた。

 

 

「どうしたんだよ(かわ)。教室じゃしにくい話か?」

 

 

 まあな、とおれはつぶやく。

 

 けだるそうにショートの髪をくしゃっとかきあげる彼女。

 

 中二で出会い、なんの(くさ)(えん)か高二の今までつきあいがある。

 

 つきあいっつってももちろん男女のソレじゃない。

 

 おれは友だちの一人としかみてないし、彼女もたぶん恋愛感情はないだろう。

 

 つまりおれが今からしようとしていることの成功確率はかぎりなくゼロ。

 

「川。はやくしろよー。私、これからバスケ部あるんだから」

「あ、ああ……えっと、おまえに大事な話があって」

「……」

 

 なにかを察したのか、おどけた表情からグラデーションでマジな顔つきになっていく。

 ふざけずにだまっていると、こいつ本来のととのった容姿が際立ってくる。

 部活の後輩たちから〈王子様〉とあがめられてるだけはあるというか。

 

(くっ。勇気がでない!)

「そーいや、(りゅう)がカノジョできたってな」

 

 龍とはおれとこいつの共通の友だちでありクラスメイト。春園(はるその)龍。

 

「一年下の子だって? はっ、やばいよな。なんとか条例にひっかかんじゃねーの?」

「はは……」

「あ。ラインきた。はやく練習こいって」

「そうか」

「私に用があるんだろ? もしかして告白とかか?」

 

 あっ、とおどろく。

 先に「告白」と口にされてしまった。

 

「まさかとは思うけどねー……。川も、こんな男みたいな女とつきあいたくねーよな?」

「いや、おれは」

「ん?」

「つきあいたいんだ。おまえと……近見(ちかみ)友希(ゆうき)と!」

 

 言った。

 この時点で、おれの体内の勇気は全部つかいはたしてしまっただろう。

 これでいいんだ。これで。

 

 あいつとの約束――

 

 

「いい? あっちでの結婚をなかったことにする方法は一つ。結婚式の日までにだれかに想いを伝えて、オッケーをもらうこと」

 

 

 ようするに告白だ。

 期限は17日後の17才のおれの誕生日。

 

 こんな短い日数で間に合わせようと思ったら、

 ある程度親しい女子、

 おれにとってそれは、中学からのつきあいがあるこいつだけ。

 

 もしことわられたら、とんでもなくハードなことになる。

 

 いや信じよう。

 

 今の今まで、いくつかの告白を()って彼氏もつくらずにいたのは、近くに好きな人が……

 その好きな人というのはだれでもない、目の前の、お……

 

「ムリ。だって私、もういるもん」

「ふぇっ!? い、いる?」

「ごめんごめん。てかこれ、ただの冗談だろ? 本気で私にした……んじゃないよな?」

「あ、ああ」

「な! ほらやっぱり!」

 

 あはは、とあいつは笑い飛ばした。

 

 笑顔をみせながらうしろ歩きで遠ざかっていく。

 

 おれは笑えなかった。ふがいなさで胸がいっぱいだ。

 

 あのときみたいに。

 

 

「ズーくん! みて! おっきな魚がいるよ!」

 

 

 おれの家とあいつの家でいっしょにいったキャンプ。

 

 大人たちはバーベキューを用意していた。こどものおれたちは川辺で水遊び。水着じゃなく、足元までつかるとこにいただけ。

 

 ほんのちょっとの時間だった。

 

 どっちの親もおれたちから目をはなし、おれも遊び疲れていたときに、

 

 あいつは――

 

 

「メアちゃん? どこー?」 

 

 

 ――魚も幼なじみも、もうそこにいなかった。

 

 小学四年生のときのことだ。

 

「魚がいるよ」と声をかけてきたときに、すぐに反応してついていっていれば、きっと助けることができたはずなんだ。

 

 きっと。

 

 だから今度ばかりは助けたい。

 

 その次の日。

 

 朝一番に友だちに言った。

 

「おれも彼女をつくりたい」と。

 

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