□王都アルテア・<マリィの雑貨屋> 【
「いらっしゃいませ〜、<マリィの雑貨屋>にようこそ〜。新人冒険者さんかしら?」
「あ、はい。アイラさんの紹介で来た<マスター>ですけど」
「あらそうなの、あの子のスパルタ訓練を潜り抜けたなら将来有望ね〜。それに<マスター>は私も【
「て事は貴女がアイラさんのお母さんのマリィさんなんだ。……え、本当に?」
冒険者ギルドの初心者講習を終えた私達は受付嬢のアイラさんから地図に載っていた<マリィの雑貨屋>にやって来たんだけど、そのお店ではアイラさんに似た顔立ちで銀髪金眼のおっとりとした雰囲気の美人が受付をやっていた。
……と言うか、アイラさんと同じぐらいの二十代にしか見えない外見なんだけど。アイラさんも実年齢30代って言ってたけどそうは思えない外見だったしどうなってるのか。
「あ、耳が長い。ひょっとしてエルフとか」
「おや、<マスター>さん達はエルフを見るのは初めてかしら。まあ私はハーフエルフだから半分だけね」
どうやらマリィさんはファンタジーお約束種族のハーフエルフらしい。彼女の見た目が子持ちとは思えないぐらい若々しいのもアイラさんが30代に見えないのもエルフの血を引くからなのだろうか。
「この王国にはエルフみたいな亜人も結構いるからね。私含めて隣の<レジェンダリア>から移住して来た人が多いから」
「へー、レジェンダリアってめっちゃファンタジーな国みたいだしいつかは何時かは行ってみたいかも」
「まあ観光に行くぐらいなら楽しめると思うわよ。……行くなら事前に色々調べておいた方がいいけどね。クソハイエルフとかクソ真妖精とかいるし」
……おっとぉ? マリィさんの空気がいきなり怖くなったからこれはちょっと地雷踏んじゃったかな?
「えっと、今日は初心者用の装備品とかアイテムを買いに来たんですけど」
「あらごめんなさい、ちょっと昔のキライな連中を思い出しちゃってね。初心者用装備と中古アイテムはあっちにあるわ。案内するわね」
上手くお兄ちゃんが話を逸らしてくれたお陰でマリィさんの雰囲気は元に戻ったけど、レジェンダリア関係の話題はもう少し情報を集めるまでは避けようと思いました。
それは兎も角として彼女に案内されたエリアに行くと、そこには『初心者歓迎! 中古装備セール中!』と書かれた張り紙と武器や鎧や衣服やアクセサリーやポーションなど様々なアイテムが並んでいた。
「おーいっぱいあるね。値段もアイラさんのクエスト報酬があれば十分買える値段だし。……へーこのアクセサリー装備するだけでSTRが200も上がるんだ」
「レジェンダリアとかではよくある初歩的なマジックアイテムよ。まだ下級職一つ目の初心者が装備するには十分なアイテムだから、私が自分で作って商品にしてるのよ」
「この【ライオット】シリーズは中古品だけど良さげな性能をしてるな。セット補正でHP増加とダメージ軽減がある。武器はまだ【スティールソード】で良さそうだが、傭兵系統へ弓も使えるし遠距離攻撃武器として【ショートボウ】もありか」
「僧兵用の装備でMP補正と《格闘適正》が着く【修行僧の法衣】とか強そうですね。中古品でもちょっとお高いですけど。回復魔法を補助する【ヒーラーロッド】とかもありますのです」
中古品だからちょっと傷んではいるけど十分使えそうで性能も高い装備が多いから良い店だね。STR補正アクセサリー以外にもSTR補正が掛かる【蛮族の皮衣(女性用)】があるから買っておこう。
アイラゼミは特に勉強が大変だったけど戦闘訓練でレベルも上がって報酬で装備も整えられたし、これならデンドロ初日から他の<マスター>に差を付けるスタートダッシュが出来そうだよ。
◇
そうして装備品を整えた私達がやって来たのは王都東にある初心者狩場<イースター平原>。そこで出て来る【リトルゴブリン】や【パシラビット】を狩って経験値とドロップアイテム稼ぎというRPG序盤らしいムーブを満喫中。
私だとこの辺りの敵なら【ギガース】と各種装備品で強化されたSTRがあればメイスの一撃で粉砕出来るし、予備武器として買った【ミートチョッパー】って鉈もいい感じにモンスターを真っ二つに出来る。
「やっぱり序盤は通常攻撃の威力を上げて雑魚狩りをしやすくするSTR特化が正義だね。攻撃は避ければいいから装備防御力とか要らないし」
「ミカの一撃でさっきまでゴブリンだったモノが辺り一面に散らばるからな。それにしてもその【蛮族の皮衣】は露出度高くないか?」
「いやーんお兄ちゃんのエッチ!」
「見た目が臍丸出しで短パンな世紀末蛮族スタイルだから色気は一切感じないがな。むしろイロモノ度合いが高いのが問題だ」
お兄ちゃんはゲームでもキャラの見た目をちょっと気にするタイプだからね。私は性能最優先だけど、性能が良いならチグハグな装備でもイベントで入手したネタ装備でも付けるタイプ。
「STRが上がる【パワーリング】は私も付けたかったんですけど、指輪型だから格闘すると壊れそうで」
「ミュウちゃんは代わりにMPに補正が掛かるネックレスを付けてるんだっけ」
「ええ、お陰でバフスキルが使いやすくなってるので助かってますが、それでも素手だからか攻撃力が足りないんですよね。でも【
「<エンブリオ>の孵化にも個人差があるみたいだからな。まあ焦らずともその内目覚めるだろう」
「そうそう、それにミュウちゃんも今の状態で普通に戦えてるから問題ないと思うけど。……ん?」
自分だけ<エンブリオ>がまだ目覚めていない事に不満を覚えているミュウちゃんをお兄ちゃんと宥めていると、突然“女の子の悲鳴”が聞こえて来たので私達はそちらに行ってみる事にした。
『『『『GOBUBUBU!!!』』』』
『マスター、この戦力差では敵を全滅させる前にマスターが死にます。撤退を進言』
「分かってるけど包囲されてて逃げられないよ【ワルキューレ】! 本物のVRは凄いけど画面の中のキャラ動かすのと違って上手く動けないぃ! と言うかリアル過ぎて怖! みぎゃ!?」
暫く歩くとそこには結構な数の【リトルゴブリン】の群れに囲まれながら戦ってる女の子と、その子を守る様にゴブリンを殴って戦う女性型の人形みたいな存在の姿が見えた。
女の子は初期装備の剣を振り回すものの腰が引けてるのでゴブリンに当たらず逆に殴られて、人形がそれをフォローしようとするも敵の数が多過ぎて女の子の方に行けないみたい。
「ふむ、女性の左手に紋章があるから“また”<マスター>だろうな。あっちの人形……ゴーレムはガードナーの<エンブリオ>か?」
「あの人も多分ジョブには就いてないと思いますのです。センススキルの補助もないみたいですから少なくとも戦闘系ジョブではないでしょう。兄様姉様どうしましょうか?」
「リアルスキルもなくてVRでの動きに慣れてる感じもしないね。でももしかしたら自分を囮にして狩りをする作戦かもしれない」
「横入りはネトゲ的にマナー違反だから帰るか「待ってくださ〜い! 作戦とかじゃなくて普通にピンチだから助けて! ドロップ品とかは全部渡すので!」聞こえてたのか、耳がいいな」
そういう感じで半泣きの女の子から救援要請を受けたお兄ちゃんは弓を装備、彼女を襲うゴブリンの頭部目掛けて矢を射かけて見事に命中させる。此処に出るゴブリンぐらいなら低級の弓矢が急所に当たれば倒せるからね。
「お見事! 誤射もしてない辺り流石お兄ちゃん」
「“姫”のやつと比べれば大した腕でもないが、それよりゴブリンがこっちに気付いたぞ」
「オッケー、じゃあ蹴散らそうか」
「分かりましたのです。《剛健の構え》」
ゴブリンの群れの半分ぐらいがこっちに向かって来たので私は両手のメイスと鉈でゴブリンを潰し、ミュウちゃんはスキル発動の構えを取って自分のSTRにバフを掛けてから向かって来たゴブリンを殴り付けた。
アイラゼミでやったけどミュウちゃんが就いてる僧兵系統は自己バフによる格闘戦を得意としていて、今使った《剛健の構え》も素手状態かつ決められたポーズを取る必要がある代わりに【
「他にも土下座状態で防御力を上げたり坐禅を組んで状態異常耐性を上げられるスキルもあるんだっけ。私の【戦士】は武器強化のパッシブスキルぐらいしか覚えないから、バンバンスキル使えるのはゲーム的で羨ましいよ」
「一々敵の前でポーズを取る必要があるのは使い勝手が悪いんですけどね。それにMPも食うので継戦能力にも問題がありますのです」
「そもそもお前が最終的に“じゅもんつかうな”で“たたかう“連打する方が得意だろ」
「MPはボスに取っておきたい精神があるんだよ。MP回復スキルを覚えたら適度に雑魚的にもスキル使って効率化するけど」
私達がそんな会話をしている内にこっちに向かって来たゴブリンの群れはあっさり全滅しており、女の子を襲っている方のゴブリン達も数が少なくなった事で連れていた女性型ゴーレムに倒されていた。
「助けてくれたありがとうございました。私はエルザ・ウインドベルと言います。こっちは私の<エンブリオ>の【ワルキューレ】です」
「どういたしまして。俺はレント・ウィステリアと言うが、一応聞いておくけどジョブには就いてるか?」
「へ? ジョブ?」
「やっぱりこのパターンね。ああそんなに気にしなくていいよ。君で“5人目”だし」
実は私達が<イースター平原>に出てからどう見ても始めたばかりでジョブにも就いていない<マスター>がモンスターに襲われている所に、既に四回ぐらい遭遇して今回の様に助け船を出していたのだ。
パターンとしては本物のVRゲームに感動してログイン直後にフィールドを走り回ったりしてモンスターに遭遇って感じみたい。気持ちは分からなくもないし、多分同じ事して既にモンスターにやられてデスペナになった<マスター>が結構いると思われ。
「……このゲームって目覚めた<エンブリオ>で戦うゲームじゃないんですか?」
「そうではありますが<マスター>自身もジョブについてレベルを上げてステータスを強化しスキルを覚える要素もあるのです」
「ちなみにジョブに就かないとどれだけモンスターを倒してもレベル0のままだよ」
「そんなぁ、キャラクリの時はそんな事言われなかったし説明書にも書いてなかったのに」
ホントにね。デンドロの運営はちゃんとゲームシステムについて説明する気があるのかと言いたい。敢えて情報は教えずに<マスター>自身に攻略させる方針なんだろうけど。
とりあえずエルザさんにも簡単にこの世界の情報を伝えるとお礼にドロップアイテムを渡そうとして来たので遠慮なくしつつ、まずは冒険者ギルドで説明を受ける事を最後にお勧めして王都の方に行く彼女を見送ったのだった。
「さてと、まだ此処で狩りを続ける?」
「討伐クエスト達成まであと少しだからそれまではな。……アイラさんから結構報酬を貰った筈なのに装備を整えるだけで一気に減ったしな。この世界準備をするだけでも金が飛ぶ」
「沢山稼いだ筈なのに新しい装備を買うと一気に所持金が減るのはゲームあるあるだけどね」
「ちゃんとクエストをクリアしてお金を稼がないといけないのです」
最初のクエストでこれだけ報酬貰えば暫くお金には困らないぜ!……って思ってたけど装備やアイテムを整えるだけで一気に所持金が減ったね。この世界で強くなる為にはめっちゃお金が掛かるみたい。
「ただレベルも上がり難くなって来たから此処でのクエストが終わって冒険者ギルドに報告したら別の狩場に行くか」
「次の適正狩場は<ノズ森林>でしたか。少しレベルを上げた下級職一職目ぐらいが適正の」
「それじゃあ狩りの続きをしようか。まだ<マスター>が少ない初日に一気に他を引き離すのだー」
そういう訳で私達は暫く<イースター平原>での狩りを続行して冒険者ギルドで受けたクエストを達成し、その間に更に2人ぐらいモンスターに襲われる初心者<マスター>と出会って同じく救助と説明をしたりした。
それから王都に戻ってから冒険者ギルドでクエストを報告して、<ノズ森林>で受けられるクエストを引き受けたてから王都の露天で焼き鳥とかデザートを食べたりして少し散策しながら<ノズ森林>に繋がる北門へと向かったのだった。
◇◇◇
□<ノズ森林> 【僧兵】ミュウ・ウィステリア
「……そんな感じでこのゲームはジョブレベル製でフィールドにはモンスターが出るから、ログイン時点でいきなり走り回るとすぐデスペナだよ」
「ちなみにデスペナはログイン不能24時間っぽいのです」
「え、マジで? デスペナキツくね?」
王都観光を満喫した私達は北門の先にある<ノズ森林>で【ティール・ウルフ】や【ポイズン・ホーネット】などのモンスターを狩っていたのですが、その途中で3度ほどジョブにも就かず森を歩いている<マスター>と遭遇したので助けつつ説明をしました。
「とりあえず冒険者ギルドとかでジョブに就いてからフィールドに出る事をオススメするがな。経験値も無駄になるし」
「あ、ああ、助けてくれてありがとうな!」
私達の説明に納得した<マスター>の男性は急いで王都に向けて走って行きました。もう10回目ぐらいなので慣れて来ましたけど、多分デンドロが“本物のVRMMO”だとリアルで知られて来てログインする人が増えて来てるからなのか<マスター>との遭遇機会も増えて来てる気がします。
「リアルでもそこそこ時間が経ってるだろうから<Infinite Dendrogram>のが“本物”だと広まってプレイする人も増えてるんだろうな。そこに初日故に情報がない事が合わさって初心者<マスター>がモンスターたっぷりのフィールドにジョブ無しで出る状況になってると」
「ジョブに就ける事すら説明所やキャラクリの時に言わないレベルだからねこのゲーム。説明とか聞かずにとりあえずフィールド行こうな人もいるかもだけど」
「私達みたいにそれに気が付いてちゃんとジョブに就いて戦ってる<マスター>も結構いましたけどね。それぞれ色んな<エンブリオ>を使っていたのです」
遠目から見た限りでもTYPE:アームズらしき盾でモンスターを殴ってたりTYPE:ガードナーらしき怪鳥と一緒に戦ったり、TYPE:チャリオッツらしきサーフボードで地面を滑りながらモンスターを轢いたりTYPE:キャッスルらしき家の中に引き篭もってモンスターから身を守るなどと多種多様な<エンブリオ>がありましたね。
……ちなみに私の<エンブリオ>はまだ第0形態の卵形のまま目覚めません。大分寝坊助なのでしょうか。
「リアル側で情報が広まれば初心者デスペナも少なくはなるだろうが、ゲーム系の掲示板で情報でも上げた方がいいかね」
「初心者には優しくしてコンテンツの沼に沈めないとね。それにレベル0の人を助ければ良い事がある気がするし」
「私達もまだログイン一日目の初心者だと思うのです。まあ情けは他人の為ならずとも言いますので人助けする事には否はありませんが」
アイラさんのお陰で他の<マスター>よりはスタートダッシュを切れてるとは思ってますし、VRなのでリアルの戦闘技術を持ち込めるからほかの初心者よりも私達は上手く戦えていますから余裕もありますし。
そんな話をしながら私達は<ノズ森林>の奥へと歩いて行き、それに気付いて襲い掛かって来るモンスターを返り討ちにしていきます。奥の方ではモンスターが木々に紛れて奇襲を仕掛けて来る事もありますが、姉様の“直感”があれば奇襲は効きませんし私も兄様もリアルスキルで殺気を読むぐらいは出来ますから大丈夫なのです。
「うん、直感はこの世界でも機能してるから奇襲は大丈夫だね。戦士系統で覚える汎用スキルには《殺気感知》ってのもあるみたいだけど」
「それなら【
「兄様は本当にレベル上げるの早いですよね。そういう<エンブリオ>とジョブのシナジーってやつでしょうか……兄様姉様、向こうから戦闘音が聞こえます」
私の言葉に2人は即座に警戒態勢を取ります。直感では姉様には劣りますが“戦闘”に特化した私の身体は単純な五感の精度においては一番鋭いのです。
……体型などで現実の身体とは異なるアバターの筈ですが、思考だけでなく運動神経や五感に関してはほぼ変わらない辺り凄いですねデンドロ。むしろレベルが上げる度に五感の精度も僅かに上がってる気もしますが。
「初心者が此処まで来て戦えるとは思えんから他のジョブに就いた<マスター>かティアンかね? さてどうするか」
「<マスター>なら横入りはマナー違反だと思いますが、ティアンだと見殺しになるのはちょっと気分が悪いのです」
「とりあえず様子見してから決めれば? まあそう悪くはならない“気がする”から大丈夫だよ」
姉様の意見にそれがベターだと考えて私達は戦闘音が聞こえる方角に急いで向かう事にしました。様子見して大丈夫そうならスルーで救援が必要そうなら助ければ良いのですから。
……そう考えて森の奥に進んで行った私達でしたが、そこで見たのが30ぴき以上の【ティール・ウルフ】と
『『『『『GAUUUU!!!』』』』』
『クマー! 数が多くて超キツいクマー! しかもめっちゃ連携取れてるクマー!』
「うーん、着ぐるみを着てるって事は<マスター>かな?」
「まあ着ぐるみを着て戦うティアンがいるとは思えないし、あんな奇体をしてるのはネタに走る<マスター>ぐらいだろ」
「あの着ぐるみが<エンブリオ>なのでかもしれません。マリィさんのお店に売ってた着ぐるみと似たデザインですけど」
私達が何処か気の抜けた雰囲気なのは十中八九着ぐるみが<マスター>であろうからなのもありますが、その着ぐるみを着た怪人が相当に腕が立つ事が見れば分かったからでもあります。
実際に着ぐるみで動きにくそうにしているにも関わらず集団で襲い来る【ティール・ウルフ】の動きを凄まじい先読みで見切り、回避不能な位置に拳を置いて一撃で倒しながら上手く囲まれない様に立ち回っているので相当な手練なのは一目で分かりましたのです。
「……と言うかあの動き、見覚えがあると言うか回転運動を前提としたアレは私も使ってる樹廻流っぽいですね」
「やっぱりか。“中身”の詮索はマナー違反ではあるが放っておいても大丈夫な相手だろうな」
「じゃあもう帰ってもいいかな。……って言いたいんだけど」
『いやそこの3人! のんびりと見ている暇があるなら手を貸して欲しいクマ! それにはコイツらには
謎の同門っぽいクマさんがそう言った直後、私達に向けて森の中から一匹の大きな狼が飛び出して来ました……が、真っ先にそれに気付いた姉様がメイスを奮って噛みつこうとした牙を防ぎつつ狼を吹き飛ばします。
しかし軽く振るっただけとは言え【ティール・ウルフ】程度なら粉砕する筈の姉様の一撃を受けてもその狼は死んでおらず、その頭上にはティールウルフとは違う【ブラック・ウルフ】と言う名前が浮かんでいました。
『GORURURU……!』
「確かアイラゼミでやったね。【ティール・ウルフ】の進化系で一職目下級職カンストぐらいの能力はあるんだっけ」
「つまりコイツが【ティール・ウルフ】の群れを率いてるリーダー……じゃないな。ミュウちゃんは右」
「了解なのです。《剛健の構え》《疾風の構え》」
『『GOAAAAA!!!』』
直後、木々に隠れながら接近していた二匹の【ブラック・ウルフ】が左右から襲いかかって来たのですが、そちらにも気付いていた兄様が左から来たウルフの噛みつきを剣で防ぎ、同じく右から私を狙って来たウルフの鼻っ柱にSTRとAGIバフを詰んだ正拳突きを打ち込んで迎撃します。
そして動きが誰かに従っている様なものだった事からしてこの三匹の【ブラック・ウルフ】も群れのリーダーではなさそうと思った時、森の奥から数匹の【ティール・ウルフ】を連れた【ブラック・ウルフ】よりも一回り大きな狼が姿を現しました。
「【ストライク・ウルフ】ね、アイラゼミだと【ティール・ウルフ】のレア進化先だったっけ」
「滅多に出ないが希少で強力な種だと言われたな。ステータスは下級職2職分カンスト程度らしいが」
「あの狼が群れのリーダーですね。どう見ても周りの狼達を従えてますし」
『GAW!』
私達がアイラゼミでも情報を思い返していると【ストライク・ウルフ】が一吠えし、それに従う様に私が殴り飛ばした【ブラック・ウルフ】が戦い続けているクマさんの元に行き、代わりにボスである【ストライク・ウルフ】自身が私に狙いを定めて来ました。
……ふむ、多分クマさんと兄様と姉様を【ブラック・ウルフ】と取り巻きの【ティール・ウルフ】で抑えつつ、一番弱そうな私を自分が早急に始末して数の有利を作って押し切るって戦術を狙ってる雰囲気ですね。頭も結構良いみたいなのです。
「つまりそれは私なら簡単に倒せると思われているのですね。まあステータスが一番低いからとかでしょうけど」
『GAAAWU!!!』
とは言え、そのステータスは下級職をカンストもさせてない私よりも【ストライク・ウルフ】の方が圧倒的に上、更に木々の間を高速で駆け抜ける事で障害物で邪魔されて人間が攻撃しずらい様に動いて来るので中々厄介です。
どうにか動きを先読みして相手の爪牙を回避、更に攻撃直後の隙を突いてカウンターを入れたりもしますが単純にバフ込みでも私の攻撃力が相手のENDより低いのか大したダメージは与えられません。
『GURRRUUU!!!』
「STRとAGIにも大きな差がありますね。狼系モンスターはこの2つのステータスが高いと言う話ですし。……兄様と姉様は戦闘中ですし余り負担は掛けたくないのです」
兄様と姉様、それと謎の樹廻流使いクマさんは【ブラック・ウルフ】に率いられた【ティール・ウルフ】の群れと戦っています。それぞれ凄腕なので負ける事はないでしょうが、敵の連携が取れているので容易く倒すとは行かない状況です。
……まだレベルが低いので【ストライク・ウルフ】を手早く確実に素手で仕留めるだけのステータスが足りません。私がボスを倒せれば敵の連携が崩れて勝負は決まると思うのですが、このまま防戦に徹するだけでは兄様達の足を引っ張ってしまいます。
『……成る程、では僕の在り方は君に足りないモノを補うカタチになるだろう』
「え?」
『GAW!?』
そう私が思案していていると突然左手の<エンブリオ>が輝き始め、それを警戒した【ストライク・ウルフ】は距離を取りましたので私も一旦距離を取ります。
そうして光が収まると私の目の前にはショートカットの黒髪黒眼で、黒い学生服の様なデザインの衣装を身に纏った高校生ぐらいの女性が立っていました。
「目覚めが遅れた事は謝罪しようマスター。僕はミメーシス、<エンブリオ>、TYPE:メイデンwithテリトリー【模倣肖女 ミメーシス】。貴女の願いと衝動より生まれて貴女が望みに迎える様に助けるモノだ、よろしくね」
「メイデン? レアカテゴリーってヤツで……危ない!」
『GAAAAAA!!!』
その女性──ミメーシスがこちらに手を伸ばして握手を求めて来ましたが、まずは増えた敵を減らす事を考えた【ストライク・ウルフ】が彼女に対して牙を剥き出しにしながら突っ込んで来たので、私はその手を引いて攻撃を回避させようとしました。
……が、私が彼女の重心を操って動かすよりも早くその姿は霞のように消えてしまい、攻撃対象が消えてしまった【ストライク・ウルフ】の攻撃は空を切りました。
『GAA!?』
「これは……?」
『TYPE:メイデンは人型と<エンブリオ>体の2つの形態を持つハイブリッド型。テリトリーでもある僕は<エンブリオ>体となれば実体は消えるのさ。そしてこの状態でこそ僕の固有スキルは発揮される。対象【ストライク・ウルフ】のSTR及びAGI!《オーバーライト・アビリティ》!』
ミメーシスの声は脳内に直接聞こえて来る感じなのに少し驚きましたが、攻撃対象を見失った【ストライク・ウルフ】はすぐにターゲットを私に変更して襲い掛かって来たので、一旦その場を飛び退いて攻撃を回避……しようとしたら想定よりもずっと遠くへと跳躍してしまいました。
「これはミメーシスのスキルの効果ですか? ステータスの向上?」
『正確に言えば“ステータスの上書き”さ。僕のスキル《オーバーライト・アビリティ》は対象のHP、MP・SP以外のステータスの内2つまで選択、その選択した“現在の数値”をマスターのその項目の“基礎ステータス”に上書きするんだ。今回は【ストライク・ウルフ】のSTRとAGIをマスターのSTRとAGIに上書きしたよ』
「なるほど、ステータスのコピーですか。ですが今の動き【ストライク・ウルフ】よりも若干速かったみたいですが」
『それはマスターが使ったバフスキルの効果だよ。僕が上書きするのは“基礎ステータス”だから上書きしたステータスに更にバフを乗せる事も出来るのさ』
相手次第ですが常にステータスを上回る事も出来るスキルと言うわけですね。使っていた僧兵系統のバフのお陰で今の私はSTRとAGIに関して【ストライク・ウルフ】を上回ったと。
『ただしスキル発動時にコストとして上書きした数値の合計値分MPを消費するからね。今回が僕自身のMPを使ったけどスキルの効果時間は1分間、効果時間が過ぎても効果を延長したいなら一分毎に同じ分MPを支払う必要があるから。効果を解除したら長めのクールタイムもあるし』
「コストは重めですか。……まあステータスさえ上回っていれば勝負を決めるのに1分も掛かりませんのです」
『GAAA!?』
ミメーシスからの説明で大凡スキル効果を把握したので私は強化されたSTRで地面を踏み込み、同じく強化されたAGIで引き上がった行動速度で【ストライク・ウルフ】に接近してその横っ面を殴りつけます。
相手も反撃しようと爪を振るいますがAGIが上がったお陰で余裕を持って見切って躱す事が出来ました。多分デンドロのAGIって脚力とかじゃなくて自分の時間加速みたいなものっぽいですね、腕力脚力はSTRの領分なのでしょう。
『GAAAAAAA!?』
「……隙を見せましたね。
先程までと違ってダメージになる攻撃を喰らい焦りながらこちらを仕留めようと爪牙を振るう【ストライク・ウルフ】でしたが、その焦り故に攻撃が大雑把になった隙を突いて全力の回し蹴りを頸部に叩き込んで首の骨をへし折りました。
ホムンクルスとの模擬戦で首の骨を折れば普通の生き物は即死する事は学びましたので、通常のステータスではワンチャン打撃で首の骨をズラして呼吸出来なくするとかしか手が無かったんですがこれだけのSTRがあれば骨を折るのも余裕です。
「あ、ステータスが元に戻りましたね」
『《オーバーライト・アビリティ》は任意のタイミングで解除出来るけど、コピー元の対象が死亡した時にも解除されるよ』
「そういう事ですか」
首の骨を折られた【ストライク・ウルフ】は間も無く死亡して光の塵となり、同時に上書きされたステータスも元に戻りました。このスキルは強力ですが多人数戦闘では使い難いかも知れませんね。
そしてボスが倒された事で他の狼達は動揺して連携が崩壊し、当然ながら他の3人がその隙を見逃す筈もありません。
『『『GAAAAAAA!?』』』
「……ボスがやられて連携が乱れたな」
「ミュウちゃんならやってくれると思ってたよ!」
『やっと使えるな。【ストレングス・キャノン】!』
連携が崩れた狼達に対して兄様が【ブラック・ウルフ】の喉を剣で貫き、姉様が鉈で【ブラック・ウルフ】の頭部をカチ割り、謎の樹廻流クマさんがいつに間にか右手に装備した大砲の一撃で【ブラック・ウルフ】を吹き飛ばします。
そうして厄介だった上位の狼達が全滅した所で形成は完全に傾き、ボスがやられて早期に逃げ出した一部以外は【ティール・ウルフ】が全員討伐された事でこの場での戦いは終結しました。
「やっと終わりましたか。えっとミメーシスでしたね、人型には戻れますか?」
「勿論。……改めてよろしくね、マスター」
「ミュウちゃんお疲れ、そっちの子はひょっとして<エンブリオ>?」
「人型? ガードナーとも違うみたいだがレアカテゴリーってヤツか」
『<エンブリオ>は随分と多種多様みたいクマね。それと加勢助かったクマー』
とりあえずミメーシスについて兄様と姉様に軽く説明してから自然な形で会話に加わって来た謎の着ぐるみクマさんを見ます。
『ああ自己紹介が遅れたクマ。俺はシュウ・スターリング、<マスター>で【
「これはご丁寧に、私はミュウ・ウィステリアと言うのです。……貴方なら1人でも何とかなりそうですけどね、着ぐるみ樹廻流使いさん」
「ミカ・ウィステリアだよ。よろしくねクルーズゴールドやってそうな着ぐるみさん」
「レント・ウィステリアだ。狼が襲って来たから返り討ちにしただけだし気にするなアンクラで優勝してそうな
『……バレてーら。と言うかお前ら加藤さん家の三兄妹だろ。
話に着いていけないミメーシスが疑問符を浮かべてますけど、このシュウ・スターリングさんのリアルは母様の実家でやってる武術である樹廻龍の門下生で実家に里帰りした時に私達とも面識があるのです。
そして相当な有名人でもあるので名前は覚えていましたからネームがそのもじりだと気付きましたし、そもそも私にとっては同門なので着ぐるみ越しでも動きのクセで中身が誰だかわかっちゃうと言う事です。
「へーつまりマスター達とそこのクマさんは知り合いだと」
「そうなりますね。と言うかミメーシスは私の思考が読めるんですか?」
「僕達<エンブリオ>は<マスター>の心から生まれたモノだから思考や記憶はある程度分かっちゃうんだよね」
「そうですか、まあリアル側の問題をこっちに持ち込むのは余り良くないのでスルーした方が良かったですかね」
そんな感じでVRMMOの初ログインで着ぐるみネタプレイをしてるリアル知り合いと遭遇してしまって微妙な雰囲気になりましたが、とりあえずネトゲのマナーとしてリアル側の事はこっちでは基本的に話さない感じスルーしようって話で纏まりました。
「それはそれとしてどうしてシュウさんは着ぐるみなの? 別に強力な装備って訳でもないみたいだけど」
『ヨヨヨ、この着ぐるみについては語るも涙、聞くも涙の話があるクマ……』
「長くなるから3行で」
『キャラクリのときにリアル自分ベースに作ろうとしたらうっかり何もカスタムせずに決定。
管理AIが作り直しさせてくれなかったから仕方なくログインして即着ぐるみ購入。
尚クマ着ぐるみお値段4980リルだったから初期費用は飛んだ』
……うわー、それはまたご愁傷様と言うか何というか。シュウさん有名人ですからリアルまんまの容姿を晒してプレイとかは色々と危ないですよね。
『しかもこの着ぐるみ中から外が見える視覚補正や中が暑くならない冷房機能はあっても装備としての防御力は皆無だクマ。だから狼達に襲われた時には装備を壊されそうでマジでやばかったクマ。危うくデンドロ初日から詰みに陥る所だったクマ』
「それはまあご愁傷様と言っておくが、そのクマ語尾はなんでやってるんだ?」
『もうデンドロでは一生着ぐるみ生活が確定だから、いっその事着ぐるみ系ネタプレイヤーに走った方がいいんじゃないかと思っただけクマ。……まあちょっとヤケ入ってるが』
「……えーっと、初心者用中古装備が安く手に入るお店を紹介しましょうか?」
『ありがとうクマ、ミュウちゃんの優しさが身に染みるクマー』
流石にちょっと不憫過ぎたのでシュウさんにはこの世界の情報と<マリィの雑貨屋>の場所を教えてあげて、そしたら『何か困った事があったら遠慮なく言ってクマー』とお互いにフレンド登録する事になりました。
そこからはそろそろ晩御飯の時間なので私達は資金稼ぎにもう少し狩りをするシュウさんと別れて王都に戻り、冒険者ギルドでクエスト達成報告をした後で色々あった<Infinite Dendrogram>初日は終わりを告げたのでした。
◯【模倣肖女 ミメーシス】
(@_@)<末妹の<エンブリオ>で能力特性は“ステータスの
(@_@)<《オーバーライト・アビリティ》で参照する対象のステータス数値はバフデバフ装備補正などが反映されている現在値
(@_@)<その現在値を対応する末妹のステータスの基本数値に上書きする事でバフ込みなら相手のステータスを上回れるメイデン
(@_@)<対象にできるのはステータスがある存在だけでスキルの最大射程もあるので超遠距離にいる相手を対象には出来ない
(@_@)<上書きコピー出来るのはSTR・AGI・END・DEX・LUCの5ステータスで第一形態では最大2つまで選択可能
(@_@)<コピー&ペーストで同期はしないので一度スキルを使用した後に対象のステータスが変化しても上書きステータスは変わらない
(@_@)<スキル使用時に上書き数値の合計分MPを消費して1分間効果が継続して1分毎に追加で同じ分MPは支払わなければ解除される
(@_@)<解除後に一定時間クールタイムが発生して同じ相手には1日1度しか使用出来ない
(@_@)<ステータス補正はスキルコストに必要なMPに特化しておりHP・SPは低くそれ以外は上書き前提なのでオールG
(@_@)<メイデン体はブレザー制服っぽい服を来たボクっ娘で食癖は“マスターと同じ物しか食べない”
(@_@)<メイデンな理由は【ストライク・ウルフ】ではなく末妹自身のデンドロ世界とそこの自分自身への無意識の危機感が由来
(@_@)<
(@_@)<モチーフの“ミメーシス”は『模倣』や『擬態』を意味する古代ギリシャ語で哲学や芸術の概念の一つ
(@_@)<ただ模倣するだけで終わるのか、それとも模倣から何かを見出せるかはマスター次第な<エンブリオ>でもある
◯<マリィの雑貨屋>
(@_@)<王都アルテアの冒険者ギルド近くにある店で初心者冒険者用のアイテムが充実しており買い取りも初心者には色を付けてくれる
(@_@)<店主のマリィ・ローランはレジェンダリア出身のハーフエルフで魔道具職人でもあり初心者用自作アクセサリーを店に並べたりしている
(@_@)<ハーフという事でエルフ関係で色々あってレジェンダリアを出奔して今は王国第一騎士団団長の夫と結婚して王国に移住した
(@_@)<魔道具職人としては一流なので本職はそっちであり店自体は趣味と娘のアイラを手助けする目的で最近始めた
(@_@)<アイラ以外にも娘が後2人いるが最近の悩みは娘達に浮いた話がなく孫の顔を見られそうにない事
◯シュウ・スターリング
(@_@)<みんな大好きクマニーサンだがリアル側で面識があり各々着ぐるみの中身が分かる能力持ちな三兄妹にはバレた
(@_@)<【ティール・ウルフ】の群れに苦戦してたのはまだレベル一桁で店売り着ぐるみ(4980リル)の破損を気に掛けていたから
(@_@)<バルドルは群れのリーダーがいる事が分かっていたのでそいつに使う為に温存していた
(@_@)<この後倒した【ブラック・ウルフ】のドロップを<マリィの雑貨屋>で売ってようやくまともなアイテムと武器をを手に入れた模様