街の便利屋魔術師少女、国中の有力者から依頼が舞い込む 作:便利屋アネちゃん
やりたいことだけをして生きていきたかった。
面倒なことからは逃げたいし、楽しいことだけしていたい。
ある意味で、人間の本質みたいなものだろう。
転生した私にとっての”やりたいこと”は魔術を使って生活を便利にすることだ。
異世界は何かと不便が多い、だから生活を改善したい。
ついでに周囲の環境も改善すれば、隣人からの感謝ももらえる。
そういう素朴な感謝は、気持ちいい。
そんなんだから、私は街の便利屋に落ち着いたのだ。
一時は魔術学校に通って、一大派閥を築いた……というか気付いてたら派閥ができていたこともあったけど。
そんなの私の柄じゃない。
私は小市民的な人間で、得られる報酬は自分が抱え来てる程度のものでいい。
英雄として称えられたり、賢者として頼られたり。
そういうのは私の柄じゃないんだよ。
使い切れない報酬なんていらない、必要なら必要な分稼いでくるだけだ。
だから、私に面倒事を持ってくる客じゃない連中に言いたい。
私に頼めば、何でも解決するってわけじゃないんだぞ!
■
『便利屋アネット』。
私の名を取って名付けられたその店は、私が暮らすアガスタの街で起きた魔術的なトラブルを解決したり、住民に魔術を教えるのが主な仕事。
適当に私の作った魔道具を並べてあったり、雑貨も多少置いてある。
一見するとごくごく普通の商店、それが私の店の内装だ。
その日の私は、カウンターで読書をして過ごしていた。
特にすることのない日は、研究で裏に籠るかカウンターで読書だ。
店を開けている必要もないんだけど、町の人が魔道具が壊れたと飛び込んでくるかも知れない。
そういう時に、すぐ対応できたほうが便利なのである。
まぁその日は――
「いらっしゃ――」
「アネットちゃぁん! 助けてちょうだぁい!」
「お帰りください」
――やってきたのは客じゃなかったんだけど。
見た目はどちらかと言えば小柄な私より、さらに小柄な幼い少女だ。
それがピンク色のフリフリドレスを着ていて、一見すれば人形かなにかにしか見えない。
しかし侮ることなかれ、彼女は人ではないし、御年数百歳の老獪だ。
「またそうやって、リシェラに意地悪するぅ! アネットちゃんひどいんだぁ!」
「ぶりっこぶるな老いぼれ学園長。私は忙しいんだぞ、来るなら百年後くらいに来てください」
「見るからに暇そうじゃない。というかそれだとアネットちゃん死んじゃってるし! いや、本当に百年後に死んでるかは微妙だけどぉ」
「些細な理由で長命になるからなこの世界……じゃなくて、私は帰れって言ったんですよ。聞こえなかった? 耳も遠くなった?」
「人をかわいいお婆ちゃん美魔女扱いしないでしょうだい!」
「かわいい」と「お」と「ちゃん」と「美」が余計だな。
このロリババアの名はリシェラ。
私が去年まで通っていた魔術学校の学園長である。
見ての通り、言動の通り、一癖も二癖もある人物だ。
学生時代から、私に面倒事しか持ってこなかった奴でもある。
「それで、一応要件だけは聞くけど、一体何しにきたんです?」
「わーいそうやって話は聞いてくれるアネットちゃん大好きぃ」
「はよ話せって言ってるんだ、ボケ老人」
「――学園で封印してた壺から、悪魔が逃げちゃって」
「チッ」
思わず派手に舌打ちが飛び出た。
ひぃんと泣くリシェラ学園長、勘弁してほしい。
悪魔と言えば、あの悪魔だ。
人々に契約を持ちかけ、その対価として魂やらなんやらを持っていく危ない連中。
悪魔にも色々と種類がいるが、壺の封印した悪魔となると、私が学生時代に封印した奴だろう。
アレは本当に大変だった。
「まさか私にそれをまた封印しろと? 学園まで行って?」
「そ、そこまでは頼むつもりないわよぉ。今完全になくなったわぁ」
「ワンチャン狙いはあるんじゃねぇか。……要するに、いなくなった悪魔を探したいんですね」
「そうそう、見つけさえすればなんとかするから、見つける方法を考えてほしいなぁ……って」
そんな学園長の言葉に、私は大きくため息を付いた。
学生時代から、私は何かと人に頼られることが多い。
確かの魔術師としての才能が優秀であることは、自分でも自覚している。
学校でも抜きん出て成績が良かったことも確か。
でも、私以外にも優秀な生徒はいたし、教師だってこの国有数の魔術師ばかり。
相談を持ちかけてくる学園長にいたっては、そもそもこの世界でもトップの魔術師の一人じゃないか、と言いたくもなる。
なのに、彼らは皆私の元へとやってくるのだ。
「……何か考えはないんですか、学園長」
「私は……ほら、協定で俗世に関わることへの制限もあるし」
「他の人を頼ればいいでしょう」
「それがねぇ、どうしたって誰にでもあるじゃない。――
原因は、様々だ。
貴族であるせいで、迂闊に敵対貴族に協力できなかったり。
所属している教室同士の仲が悪かったり。
その点私は、平民で師匠もおらずしがらみってやつが存在しない。
学生時代はアネット派閥なんてものができてたりもしたけれど、それも私を慕ってる連中が勝手に言っていたことなので、私個人を縛るものではなかったし。
だが、結果はこの体の良い小間使である。
まったくもって、冗談じゃない。
「それに、ほら――あるんでしょう? アネットちゃんになら、解決策が」
「…………」
「その顔は、”ある”って顔だぁ」
ただまぁ、一番の問題は――私ならそれを解決できてしまうこと。
「……あの壺は、私が作ったものですから。
「へえ」
「特殊な魔力を中に充満させてあるんですよ。長くそれに漬けられていた悪魔は、当然その魔力が今も付着しているはずです」
「プンプンに匂うってことねぇ。悪魔を壺漬けにするなんて、アネットちゃんってばやることがえげつなぁい」
私は自分の魔術を完璧だと過信はしていない。
だから、もし仮に私の使った魔術で問題が起きた時、対策を取るのは至極当然のことだ。
魔術とは人々を豊かにするものであり、それで誰かを傷つけるなんてのはとてもじゃないけど”楽しい”とは言えない。
私の魔術へ対する矜持に反する。
「魔力の波長はこんな感じ、学園長なら覚えてすぐに教えられますよね」
「まかせて。……うふふ、こうやってアネットちゃんのところに来ると、去年までの楽しかった日々を思い出すわぁ」
「楽しかった? 騒がしかったの間違いじゃないです?」
「どっちも同じことでしょう、それに――」
学園長は、狐のような笑みを浮かべて、言う。
「やっぱり、アネットちゃんはアネットちゃんだわ。
まるで、自分と同じであるかのように、言う。
「意味がわかりません」
「もう、いけずなんだから。うふふ、でもありがとねぇ、これで悪魔を捕まえられそうだわ」
「もう二度と来ないでくださいね」
私の言葉に、リシェラ学園長は答えない。
ただ、懐から袋を取り出して、カウンターに置く。
どさり、と結構な重さの硬貨が入っていると伺えた。
「というわけで、お代よ」
「……まったく受け取らないと、それはそれで舐められるので受け取ります。だけど、こんなにはいりませんからね。今はお金のかかる研究もしてないし」
「うふふ、受け取ってちょうだい。これは貴方に対する正統な報酬なのだから」
そうして学園長は去っていった。
時間にしては本当に短い時間でしかないのに、ドッと疲れた。
今日は工房に引きこもって、店じまいにしてしまおうかな。
とは思うものの、万が一町の人がやってきたら困るのと、書き置きを残すのが面倒だったため、このままカウンターで読書を続けることにするのだった。
■
アネット・リフェラール。
背丈は百五十中頃、細身で顔立ちは愛らしい。
素朴な長い黒髪の少女である。
平民でありながら、マギステール魔導学園に特待生として入学した少女。
面倒事が嫌いで、一人でいることを好む性格。
しかし困っている人を放っておけず、感謝にやりがいを感じる気質の持ち主でもあった。
そんな彼女には、
魔術において、もっとも稀有とされるその才能は、彼女を優秀な魔術師へと育て上げた。
だが、同時に彼女の才能は、魔術以外にも発揮されたのだ。
結果として、多くの事件をたちどころに解決し、人々の注目をアネットは集めてしまう。
しかし、どれだけ注目を集めてもアネットの
常に自分のやりたいことを優先し、面倒事を遠ざける。
その中に、たまたま事件を解決するという内容が含まれていることがあるだけで。
――だからこそ、そんなブレないアネットの姿に、憧れを抱くものも現れるのだろう。
これはそんなアネットが、日々をゆるく過ごしつつ、時には大事件を解決する物語。