ダンジョンに鬼がいたらそうなる件   作:マイナーチョコ

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第76話 過去から未来へ

 

 

夜の帳が完全に下りた黄昏館の訓練広場。魔石灯の青白い光が、石畳に幾つもの長い影を落としていた。

リリとオッタルによる前代未聞の模擬戦が終わり、圧倒的な敗北を喫したフレイヤ陣営に、マヤが『等価交換』という名の理詰めと優しさを提示した直後のことである。

 

静まり返っていた広場の空気を、マヤの通る声が切り裂いた。

 

「よし、例のいくか。アイズ、双子、稽古だ」

 

その一言が発せられた瞬間、ロキ・ファミリアの少女たちの目の色が劇的に変わった。

「やったぁ!」とティオナが両手を上げて歓喜し、ティオネも「今日は絶対に一撃当ててやるわ!」と好戦的な笑みを浮かべて武器を構える。アイズ・ヴァレンシュタインに至っては、無表情ながらも背後に見えない尻尾がブンブンと振られているのが分かるほど、全身から喜びのオーラを放っていた。

 

だが、ただ一人。さっきまで見事な槍さばきを見せていた小人族(パルム)の少女、リリルカ・アーデだけが顔面蒼白になっていた。

 

「えっ……マヤ様、リリは? リリのお稽古は!?」

「リリはさっきオッタルとやったばかりだ。今回は見学に回れ」

「そ、そんなぁ! 私もそっちがよかったよぉぉぉ!! ボコボコにされて回復される側がよかったですぅぅぅ!!」

 

リリは巨大なリュックを背負ったまま、地団駄を踏んで本気で悔しがった。

傍から見れば完全に言動がおかしい。自称最強の武人を倒した直後に、なぜわざわざ自分からボコボコにされたがっているのか。オッタルは胃を押さえながら「まだ痛むというのに……あの小人は狂っているのか?」と理解不能なものを見る目を向けた。フレイヤも「……稽古? ふーん」と、どこか気のない返事をして扇子を揺らしている。

 

マヤはそんな外野の反応を意に介さず、フレイヤへと真っ直ぐに向き直った。

その深紅の瞳には、かつてないほど真摯で、大人の男としての静かな凄みが宿っていた。

 

「フレイヤ。お前はもう何十年も俺を見てきていた。俺を覗き見し、そして、なぜウチと他のファミリアでここまでレベルが開くのか知りたがっていたな」

 

ビクッ、とフレイヤの肩が跳ねる。長年、彼女が神の目(オクルス)を通して執着し続けてきた事実。

 

「俺はそれを知っていたさ。いきなり魅了(チャーム)をかけるような真似じゃなく、違う形で出会っていれば……結果も少しは違ったかもな」

 

マヤの声は穏やかだった。そこに過去の覗き見や襲撃に対する怒りはない。

 

「でも、俺の愛はロキとファミリアのもんだ。だが今、お前と俺の昔の遺恨はなくなった。これからは、たまに同じ釜の飯を食う仲になる」

 

マヤは一つ深呼吸をし、オラリオの頂点に立つ美神に対して、かつてないほどの敬意を込めて告げた。

 

「なら、義をもって礼を尽くし、真実に敬意を払おう。……お前が知りたがっていた、ウチの最大の秘密を見せてやる」

 

それは、ロキ・ファミリアの絶対的な強さの根源である『門外不出のレベリングシステム』を開示するという宣言であった。

隣で聞いていたロキが、ニシシとドヤ顔でフレイヤを指差す。

 

「よう聞いときや、フレイヤ。この秘密、外でしゃべったら即、天界へ送還やで。ウラノスに突き出したるからな。……よう見とき、これがウチの惚れた男(オーズ)や」

 

ロキの誇らしげな言葉に、フレイヤは無言のまま、しかし真剣な眼差しでマヤを見つめ返した。

 

マヤは訓練広場の中央へと歩みを進めながら、周囲の面々に声をかけた。

 

「アスフィ、お前もやるか?」

「わ、私はアイテム作成がメインなので……レベルは上げたいですけど、今回は見学でお願いしますぅ……!」

最近加入したばかりのアスフィは、アイズたちが放つ異常なやる気に怯え、メガネをずり下げながら丁重に辞退した。

「そうか、ゆっくりやっていけばいいさ。相手のレベルによって手加減はするからな」

 

マヤはそのまま視線を横に滑らせ、壁際で静かに見学していたLv.8の三大幹部たちを捉えた。

 

「なぁ、フィン、ガレス、リヴェリア。お前らも久々にやるか?」

 

ビシィッ!!

その声がかかった瞬間、オラリオ全土に名轟く最高峰の冒険者である三人が、まるで軍隊の新兵のように一瞬で直立不動の姿勢をとった。

 

「い、いえ! 今日はその、大丈夫です!!」

「わしらのような年寄りがしゃしゃり出る幕ではないわい!」

「そ、そうだ! 若い者の育成に専念してくれ!」

 

尋常ではない速度での全力辞退。彼らの顔には、先ほどまでの威厳は欠片もなく、細胞の髄まで刻み込まれた『何か』に対する純粋な恐怖が張り付いていた。

 

「そうか。まあいい」

 

マヤは肩をすくめると、舞台の中央に立つ少女たち——アイズ、ティオナ、ティオネの三人に向き直った。

 

「アイズ、お前は強くなった。本来なら『綺麗なほう』で今までやってきたが……もうすぐLv.7に上がるだろ? 選べ」

 

マヤは空間収納から三つの得物を取り出し、彼女たちの前に提示した。

 

「ただの『綺麗な棒』。そして……『血濡れの棒(マキシム棒)』」

 

かつてオラリオ最強と謳われたゼウス・ファミリアの豪傑マキシムを、無限治癒のタコ殴りで地獄へ叩き落とした伝説の凶器。

それを見た瞬間、アイズ・ヴァレンシュタインの金色の瞳が、極端に歪んだ歓喜に染まった。

 

「血濡れだ!! ざっこ♡ ざっこ♡ ざーこ♡」

 

無表情の奥から溢れ出す、強烈なまでの自虐煽り(メスガキ化)。絶対的な盾であるマヤへの狂気的な信頼(甘え)があるからこそ、彼女は自身の精神的リミッターを完全に外し、極限まで自分を追い込む構えをとる。

 

「アイズ煽ってるけど、それ全然マヤに効いてないからね! 自分に言い聞かせてるだけじゃん!」

双子のティオネが鋭くツッコミを入れるが、アイズは聞く耳を持たず、剣を正眼に構えてブルブルと武者震いをしている。

 

「よし。アイズは血濡れだな。双子はまだ『綺麗な棒』でやってやる」

 

マヤは右手にどす黒い染みのついた無骨な木の棒を、左手には滑らかな白木の棒を逆手に構えた。

 

「三人同時でいいぞ。いつでも来い」

 

オッタルは、その光景を見て眉間を深く寄せた。

 

「……何を言っているんだ? ただの木の棒ではないか。第一級冒険者を相手に、あのような小枝で……我らを馬鹿にしているのか、ヒモ男」

 

オッタルのいぶかしむ声に、マヤは答えない。

ただ、深く、静かに呼吸を落とした。

 

——シュンッ!

 

開始の合図すらなく、アイズの姿が神速で掻き消えた。

風の魔法『エアリエル』を纏ったLv.6最上位の超高速機動。瞬きする間にマヤの死角へと入り込み、愛剣デスペレートが容赦なく彼の首筋を刈り取りにいく。

並の冒険者であれば、反応する前に首が飛んでいる神速の一撃。

 

しかし。マヤは振り返りもしなかった。

 

ただ、すり足で『半歩』だけ軸をずらした。

それだけで、アイズの必殺の剣閃は空を切り、彼女の無防備な腕がマヤの眼前へとさらけ出された。

 

「遅い」

 

マヤの右手に握られた『血濡れの棒』が、アイズの腕に向かって極めてコンパクトに振り抜かれる。

 

パシィッ!!

 

乾いた打撃音が響いた。

木が肌を打っただけ。青あざができる程度の、傍から見れば軽い接触。

 

「が、はぁぁッッ!?」

 

アイズの口から、凄まじい絶叫が爆発した。

ただの打撃ではない。打突の瞬間に流し込まれた浸透魔法(チャクラ)が、物理的な防御を完全に透過し、アイズの神経網へダイレクトに理不尽な激痛を伝達したのだ。

燃え盛る鉄の杭を骨の髄に打ち込まれたような激痛に、アイズの全身が痙攣し、剣を取り落としそうになる。

 

マヤは容赦なく、その悶絶するアイズの顎を下からすくい上げるように、血濡れの棒で打ち抜いた。

ゴキィッ! という嫌な音と共に、アイズの口から鮮血が噴き出し、小柄な体が宙に浮く。

 

だが、次の瞬間。

マヤの空いた手から淡い緑色の光——医療忍術のチャクラ——が放たれ、宙を舞うアイズの体内に一瞬で流れ込んだ。

砕けた顎の骨、焼き切れる寸前だった神経が、地面に落ちる前に細胞レベルで活性化し、完全修復される。

 

「あはっ……! ざっこ♡ 私、よわ……っ♡」

 

地面に激突しながらも、痛みが嘘のように消え去ったアイズは、口元の血を拭いながら狂ったような笑みを浮かべて即座に跳ね起きた。

 

「アイズだけにいい格好はさせないよ!」

「いくわよティオナ!」

 

アイズが吹き飛ばされた隙を突き、双子のアマゾネスが左右から同時に襲いかかる。

大剣ウルガと、双手剣。怒涛の連撃がマヤを挟み撃ちにする。

だが、マヤはここでも定位置からほとんど動かない。

 

左手の『綺麗な棒』が、まるで舞を舞うような滑らかな軌道で宙を薙ぐ。

カンッ! カンッ!

ティオナの大剣の腹を叩き、ティオネの双手剣の柄を的確に叩く。

 

「ひぎゃあっ!?」

「あぐぅっ!?」

 

それだけで、二人のアマゾネスは電撃を浴びたように激痛に悶絶し、膝から崩れ落ちた。

マヤはすぐさま二人にも医療チャクラを飛ばし、即座に戦闘に復帰させる。

 

打撃。激痛。瞬時の超回復。そして再びの特攻。

外から見れば、大の大人が少女たちを一方的にいたぶっている胸糞の悪い光景。しかし、当の少女たちは目を血走らせ、狂ったように笑いながらマヤへと斬りかかり続けていた。

 

そのやり取りが数十回繰り返された頃、マヤはふと動きを止め、少し思考するようなそぶりを見せた。

 

「……リリ。お前も槍で参加しなさい」

「はいぃぃっ!! ありがとうございますぅぅぅっ!!」

 

見学を命じられていじけていたリリは、ぱぁぁっと顔を輝かせ、自分より長い槍を構えて猛然とマヤへと突撃した。

 

「いけぇぇぇっ!」

 

だが、彼女の渾身の突きはマヤの横を空しくかすめるだけ。

そのすれ違いざま、マヤはリリの小さな背中へ『綺麗な棒』をペチッと当てた。

 

「ひぎゅっ!?」

 

浸透する激痛と衝撃に、リリの体が地面でバウンドする。マヤはさらに下から棒でリリをゴルフボールのように打ち上げ、空中にいたアイズめがけて一直線に弾き飛ばした。

 

「きゃあぁっ!?」

「うわっ!」

 

空中でアイズとリリが見事に激突し、もつれ合って地面に転がる。

すぐさま飛んでくる回復のチャクラ。

 

「リリ」

マヤは呆れたように息を吐いた。

「いきなりの直線的な突撃は、見え透きすぎてる。お前の強みは隠密だろ。もっと翻弄してから使え。……まあ、まだお前らも喋る余裕があるみたいだな。どんどん来い」

 

「……な、なんてことなの」

 

広場の隅で見学していたアスフィは、両手で口を覆いながら震えていた。

Lv.6の第一級冒険者たちを、一歩も動かずに木の棒一本であしらい続ける異常な光景。

 

「マヤさん……とんでもなく、強いのね……」

恐怖を感じるはずなのに、なぜかアスフィの胸の奥で、ドクン、ドクンと心臓が熱く高鳴っていた。(なんだか、胸がドキドキするわ……)

絶対的な強者が見せる、理不尽なまでの暴の支配。その毒気に、彼女もまた中てられ始めていた。

 

「んふふ〜。さすがやのー。ほぼ底から動いてへんやん。……また惚れ直してまうわぁ♡」

ロキは頬杖をつき、うっとりとした顔で旦那の無双ぶりを眺めている。

 

その横で、三大幹部のフィン、ガレス、リヴェリアの三人は、複雑な表情でその光景を見つめていた。

 

「……いいな。あのくらいで済んで」

「うむ。アイズたちには血濡れの棒でも、まだかなり手加減しとるのが分かるわい」

「昔の私たちなら、あれの一撃で三日は寝込んでいたからな……」

 

彼らの呟きは、過去にマヤから受けた地獄の特訓(トラウマ)の深さを物語っていた。

 

「年季の差ですかね?」

 

フィンが、ふと思わず口に出してしまった。

その言葉は、激しい戦闘音の中でも、マヤの耳にはっきりと届いていた。

 

ピタリ、と。

マヤの動きが止まった。アイズたちも、教官の異変を察知して動きを止める。

 

「……ほぉ?」

 

マヤはゆっくりと首を巡らせ、フィンたちの方を見た。

 

「年季の差か。良い事を言う。……確かに、お前たちはこの訓練を二十年近く受けてきている。もう俺の動きにも、チャクラの痛みにも『慣れた』ってことか?」

 

「あっ」

フィンが青ざめる。リヴェリアが慌ててフィンの口を塞ごうとする。

「ち、違うわマヤ! フィンの言っていることが漏れているわよ! 勘違いしないで!」

「フィン、お前どうするんじゃ!! 藪蛇もええとこじゃぞ!!」

ガレスが頭を抱えてしゃがみ込む。

 

「い、いや、違うんです! じゃあ、えっと、えっと……あ、そうだ!」

極限のパニックに陥ったフィンは、足元に落ちていた『ただの木の枝』を指差し、苦し紛れに叫んだ。

 

「そ、そこの『枝』で! 久々にどうですか!? 初めての時みたいに……!」

 

(((お前正気かァァァァッ!! なにか頭打ったのか!?)))

ガレスとリヴェリアの心の絶叫が黄昏館に木霊した。

『枝』。それは武器としての強度がないため、フィンが初めて選んだ武器である、その強度はなく、繊細なコントロールをしないと折れてしまうようななものだ。

 

だが、マヤはふっと表情を和らげ、懐かしむように空を仰いだ。

 

「懐かしいな、枝か。……よし、その時の加減でやってみるか。いいぞ。三幹部、全員舞台に上がれ。他の奴らは一回下がれ」

 

その声と共に、アイズたちはホッとしたように、しかし疲労困憊の様子で舞台を降りた。アイズの服は自分の血で染まり、リリは少ししか参加できずに不満顔。双子は満身創痍で肩で息をしている。

「ありがとうございました……ざっこ♡」

「おう、よく動けてたぞ」

マヤは少女たちを労い、足元に落ちていた枯れ枝を拾い上げた。

 

広場の中央に向かい合う、一本の枝を持ったマヤと、完全武装したオラリオ最高峰、Lv.8の三大幹部。

 

「武器も本気でいいぞ。リヴェリア、あまり特大の魔法は撃つなよ? 館が壊れる。だが……うまく逃げろよ?」

マヤが枝を軽く振るう。

「そちらが仕掛けたら、開始でいいぞ」

 

その言葉が終わるか終わらないかの瞬間。

勇者フィン・ディムナが、一切の躊躇なく動いた。

 

「——魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て」

 

超短文詠唱。自らの理性を代償に、全ステータスを極限まで引き上げる狂戦士化の魔法。

「『ヘル・フィネガス』!!」

 

真紅に染まった瞳。莫大なオーラを纏ったフィンが、不可視の神速でマヤへと突撃する。

一切の手加減なし。Lv.8の狂戦士による、山をも穿つ必殺の槍撃。

 

「ほう、それいきなりか。やるじゃないか!」

 

マヤが、笑った。

アイズたちの時にはほぼ定位置から動かなかったマヤが、明確に『数歩』踏み込んだのだ。

 

(えっ!? マヤ様が、動いた……!?)

見学していたアイズたちが驚愕に目を見開く。

 

マヤはフィンの神速の槍を紙一重で躱し、その懐へと潜り込む。

「だが、判断が鈍い」

 

ピシッ!!

 

ただの枝が、フィンの脇腹を的確に叩いた。

かつてであれば、この一撃で骨が砕け、内臓が破裂し、悶絶して倒れ伏していたはずの一撃。

 

しかし。

「……え?」

 

フィンは倒れなかった。

確かに衝撃はある。チャクラの痛みもある。だが……『あまり痛くない』のだ。耐えられないほどの激痛ではない。

 

フィンが驚愕している間にも、後方でリヴェリアの長文詠唱が完成しようとしていた。

 

「終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風(うず)を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地——」

 

マヤはフィンから離れ、さらに数歩移動してリヴェリアの詠唱を止めにかかる。

だが、その進路に巨大な盾を持ったガレスが立ち塞がった。

 

「わしが受ける!! 撃て、リヴェリア!」

「ふむ。相変わらず良い壁だ」

 

ピシッ!!

マヤの枝がガレスの盾を回り込み、巨漢の膝裏を叩く。

かつてなら一撃で体勢を崩されていた攻撃。しかし、ガレスは踏みとどまった。

(え……? 痛みが、あまりない……!?)

 

その隙に、王族エルフの絶対零度の魔法が完成する。

「吹雪け三度の厳冬——我が名はアールヴ! 『ウィン・フィンブルヴェトル』!!」

 

第一階位攻撃魔法。広場を覆い尽くすほどの極寒の三条の吹雪が、マヤを完全に包み込んだ。

「よし!」

だが、吹雪が晴れた後、そこにマヤの姿はない。

 

「後ろだ、リヴェリア!」

フィンの叫びと同時。バックステップからの超高速の横移動で一気に距離を詰めたマヤが、リヴェリアの背後に立っていた。

 

「魔法の威力は上がったが、撃った後の隙は相変わらずだ」

ピシッ!

マヤの枝が、リヴェリアの美しい顎を軽く叩き上げた。

脳が揺れる衝撃。かつてならこれで意識を刈り取られていた。だが、リヴェリアもまた、倒れなかった。

(痛みが……あの時ほどじゃない……?)

 

広場の中央で、フィン、ガレス、リヴェリアの三人が、硬直したまま互いの顔を見合わせた。

 

「どうした?」

マヤが枝を下ろし、満足げな笑みを浮かべた。

 

「フィン、初手からフルスロットルで来たのは良かったぞ。ガレス、ナイス盾だ。リヴェリアも、詠唱がよく完成してギリギリまで動けたな」

 

「マヤ殿……これは、一体……」

「お前、手加減を……?」

 

信じられないものを見るような三人に、マヤは静かに首を振った。

 

「手加減はしてない。この枝の威力が、昔……お前たちが初めて俺の特訓を受けた時に受けていた力と、全く同じ力だ」

 

「——っ!!」

 

三人の息が止まった。

昔は、この一撃で骨が砕け、死の恐怖に涙を流し、絶望に這いつくばった。

だが今は、耐えられる。倒れずに立っていられる。

 

「分かったか? お前たちは、ちゃんと成長してるんだよ。強くなったんだ」

 

マヤの、優しく、深い承認の言葉。

二十数年。血の滲むような修練を重ね、この理不尽なまでの強者の背中を追いかけ続けてきた日々。

それが決して無駄ではなかったと、彼自身の口から証明されたのだ。

 

「マヤ殿……っ!」

「旦那ァ……っ!」

「マヤ……!」

 

オラリオを代表するLv.8の三大幹部が、まるで子供のようにボロボロと大粒の涙をこぼし、声を上げて泣き崩れた。

 

「「「ありがとうございます……っ!!」」」

 

「いい笑顔だ。それが一番見たかったよ。よく頑張ったな、三人とも」

マヤは微笑みながら、三人の頭を順番に撫でていった。フィンの金髪を撫で、ガレスの兜の上から撫で、そして最後にリヴェリアの翡翠色の髪を優しく撫でた。

 

「……っ」

その瞬間。

長年マヤの背中を見続け、誰よりも彼の不器用な優しさを知っていたリヴェリアの胸の中で、抑えきれない『何か』が限界を突破した。

 

彼女は感極まったままマヤの首に腕を回し、背伸びをして——

 

「んっ!」

 

マヤの唇に、己の唇を強く重ね合わせた。

 

「えええええええええええっ!?」

広場にいる全員の目が点になる。あの厳格な王族エルフが、衆人環視の中で堂々とキスをしたのだ。

 

「あー……」

縁側で見ていたロキの頭頂部で、浮気感知の雌猫センサーがピコピコと激しく反応する。

だが、ロキは深くため息をつき、お茶を一口飲んだ。

「まー、今回は……しゃーないか。あんだけ頑張ってきたんやし、今日だけは見逃したるわ」

正妻としての絶対的な余裕。

 

***

 

そんな涙と感動(と修羅場)の光景を、広場の端から見つめていた二人の存在があった。

 

フレイヤと、オッタルである。

 

オッタルは、全身の産毛が逆立つほどの戦慄を覚えていた。

(なんだ、あの男は……)

ただの木の棒、ただの枯れ枝。それで第一級冒険者たちを赤子のように手玉に取り、神経を焼き切るような激痛を与え、かと思えば超位魔法を無傷で躱す。自分の「最強の武」が、いかに狭い世界での自惚れであったかを、細胞のレベルで理解させられた。

 

そして、フレイヤは扇子を口元に当てたまま、完全に悟っていた。

 

「……そういうことなのね」

 

アイズたちに行われていた、激痛と瞬時の超回復のサイクル。

それは、フレイヤ・ファミリアが日々の『死合い』で互いを傷つけ合い、血反吐を吐きながら成長を促しているやり方の、究極かつ完全な『上位互換』だった。

 

『即死級のダメージを与え、限界を超える莫大なエクセリアを獲得させ、その瞬間に完全回復させる』。

神が定めた恩恵のシステムの穴を完璧に突き、リスクゼロで極限の成長を促す、狂気の無限レベリング。ウチと他でレベルが開く理由は、この理不尽なまでのシステムを運用できる『規格外の男』がいるかいないか、ただそれだけのことだったのだ。

 

リヴェリアの頭を撫でながら、不意にマヤがフレイヤたちの方へと視線を向けた。

 

「これが、俺の真実だ」

 

マヤはニヤリと笑い、腰を抜かしかけている自称最強の猪へと声をかけた。

 

「ヒモ、ヒモって言われてるがな。……オッタル。これが、ロキの『ヒモ野郎』ってやつさ」

 

マヤという男の強さの根源と、底知れぬ狂気、そしてファミリアへ向ける果てしない愛情。

そのすべてを目の当たりにし、美の女神と自称最強の武人は、もはや完全に言葉を失い、ただ圧倒されることしかできなかった。

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