アストレア・ファミリアの少女たちを後方で完全にメロメロにし、その場を後にしたマヤは、従順に後ろをついてくるヴァレッタを連れてオラリオの人目につかない廃墟街へと足を踏み入れていた。
先ほどまでの圧倒的な恐怖と絶望はどこへやら、今のヴァレッタは、マヤの圧倒的な包容力と「メイドとしての更生」という絶対的な光を与えられたことで、どこか虚ろでありながらもマヤを絶対の主と仰ぐような異様な熱を瞳に宿していた。
「——さて、ヴァレッタ」
古い石壁にもたれかかったマヤが、ポケットから手を抜いて静かに振り返る。
「お前を生かすにあたって、避けて通れない問題がある。ロキ・ファミリアの一員として迎え入れるためには、まず元のファミリアから『改宗(カイソウ)』しなきゃならんわけだ」
「……はい。改宗の儀式をしなければ、恩恵(ステイタス)は書き換えられません……」
縮こまりながらも、ヴァレッタは忠実に答えた。
「でだ。お前の今の主神は誰だ?」
「……タナトス様、です」
「ほう、あの死神か」
マヤはふうむ、と顎に手を当てる。改宗のルール自体は、昔ロキから聞いて熟知していた。原則として、主神の血(ファミリアの聖印)を消去し、新たな神の血を注がなければ改宗はできない。そして、主神自身の意志がなければその血を消すことは不可能——つまり、通常であれば元の神の許可が不可欠となる。
だが、マヤにとってそんな神の都合など知ったことではない。
「そいつの根城は、お前なら知っているな?」
「っ……! た、タナトス様の隠れ家の場所なら、分かりますが……」
「ここに呼び出すことはできるか? さもなければ、俺が今すぐそこを丸ごと叩き潰しにいくが」
「ひっ……!」
ヴァレッタが恐怖に青ざめる。タナトスがいかに闇派閥の黒幕の一人とはいえ、この赤髪の化け物が本気を出せば、隠れ家ごと消し飛ぶことなど秒針の動きよりも容易いと、彼女の直感が告げていた。
「もしかして、お前を連れてその根城に逃げ帰り、隠れようとか考えてるか?」
マヤは冷ややかに目を細め、ヴァレッタの顔をじっと覗き込んだ。
「無駄だぞ。もうお前との契約は成っている。——『鬼の契約』だ」
「き、契約……?」
「お前は、自らの意思で俺の保護下に入ると誓った。そうだろ?」
「は、はい……!」
ヴァレッタが震えながら頷くと、マヤの深紅の瞳が怪しく、しかし底知れぬ暗い光を帯びた。
「鬼との契約は、形だけの約束じゃない。お前の魂の深くに直接刻み込まれている。もし俺を裏切れば、その瞬間にお前の魂は内側から食い潰され、二度と転生すらかなわぬ消滅を迎える。……鬼とは地獄にいるよな? それと同じだと思え」
実際には彼の持つ極限の術式と事象改変の応用による心理誘導だが、恐怖と崇拝の入り混じった今のヴァレッタにとって、それは絶対の神罰(あるいは呪い)に等しかった。
「う、裏切りません……! 決して、マヤ様を裏切ったりは……ッ!」
「分かっているならいい」
マヤはふっと表情を緩め、ポケットに手を戻すと、どこか面倒くさそうに息を吐いた。
「正直、今の俺個人としては、闇派閥のゴタゴタになんて興味はない。お前さえ更生させればそれでいいんだ。だから、俺が直接乗り込んでタナトスをシメる前に、お前に一つ『選択肢』をやろう」
マヤは指を一本立て、淡々と告げた。
「お前自らがその根城に戻り、タナトスに『ロキ・ファミリアへ改宗したい』と告げてこい。それを成し遂げるんだ」
「わ、私一人で……? タナトス様のところに……?」
「そうだ。その道中で、お前の裏切りに気づいた仲間に襲われて死ぬかもしれないがな。……だが、こう付け加えろ。『私を殺そうとすれば、あの鬼がここへ来る。そうなれば、お前たちの隠れ家も闇派閥も、今日で完全に終わる』ってな」
脅しではない。事実の宣告だった。
「条件がある。無事に改宗を済ませて、俺の元へ戻ってきたなら——今この瞬間だけは、お互いに不干渉だ。明日が来るまではな。どうだ? できるか?」
「で、できなかった場合は……?」
「俺が直接行き、すべてを暴力と理詰めで暴き出し、タナトスごと根城を更地にする。……さて、選択肢は全部で3つだ」
マヤは指を三本に増やし、冷徹かつ慈悲深い笑みを浮かべた。
「1つ。お前が単独で根城に行き、タナトスを説得(あるいは改宗の許可を取って)無事に生きて帰ってくること。お前のメイドとしての初仕事だな」
「2つ。お前が単独で根城に向かい、途中で仲間たちに消されるか失敗すること。その瞬間から、闇派閥の命日は本日付けに決定する」
「3つ。タナトス自身が、今すぐこの場にのこのこやって来て、自らの手でお前の改宗手続きを済ませること」
「……っ」
どれを選んでも、ヴァレッタにとっては命がけ、あるいは組織の崩壊に直結する究極の二者択一、いや三者択一だった。
しかし、その選択権を突きつける青年の瞳には、冷酷な処刑人のような光だけでなく、奇妙なまでの熱が宿っていた。
マヤは震えるヴァレッタの頭にポンと手を置き、優しく、しかし逃げ場を塞ぐ声音で言った。
「簡単な選択だろ? ヴァレッタ」
「……」
「俺は、お前を救うと言った。だから、お前がどうあがこうと、最終的に俺のところに辿り着く道しか用意してないよ」
恐怖の底で、ヴァレッタの心臓が激しく波打つ。死神(タナトス)に背く恐怖と、この絶対的な「鬼」に絶対服従する快感が彼女の脳を焼き尽くしていく。
彼女は震える両手を強く握り締め、覚悟を決めたように顔を上げた。
「……行ってまいります、マヤ様」
「ああ。せいぜい生きて帰ってこい。冷えたお茶と、床磨きの雑巾を用意して待っててやるよ」
オラリオの暗部を震撼させる死神と闇派閥の運命は、今や、一人の赤髪の青年の手のひらの上で、あまりにも理不尽に、そして優しく転がされていたのだった。
オラリオの暗部からさらに外れた、人目のつかない廃墟街。
崩れかけた石壁に背を預けたマヤは、自身の足元で震えるヴァレッタに対し、静かに三本の指を立ててみせた。
「さて、選択肢は全部で3つだ」
一つ。ヴァレッタが単独でタナトスの根城に行き、改宗の許可を得て無事に生きて帰ってくること。
二つ。途中で仲間に消されるか失敗すること。その場合、闇派閥(イヴィルス)の命日は本日付けに決定する。
三つ。主神であるタナトス自身が、今すぐこの場にのこのこやって来て、自らの手で改宗手続きを済ませること。
「簡単な選択だろ? ヴァレッタ。お前がどうあがこうと、最終的に俺のところに辿り着く道しか用意してないよ」
「……行ってまいります、マヤ様」
ヴァレッタが青ざめた顔で廃墟を飛び出していくのを見送りながら、マヤは小さく鼻で笑った。
「行ってこい」
その頃、オラリオの地下深くにある闇派閥の隠れ家では、凄惨な空気が漂っていた。
「——ヴァレッタ。お前、よくも抜け抜けと帰ってこれたな」
暗がりから現れた闇派閥の暗殺者たちが、ボロボロになって逃げ帰ってきたヴァレッタを取り囲み、殺意を剥き出しにしていた。
「アストレア・ファミリアを仕留める完璧な罠だったはずだ。それが、お前一人だけ逃げ帰ってくるとはどういうことだ。タナトス様の顔に泥を塗った落とし前、ここで命で払ってもらおうか」
暗殺者の刃がヴァレッタの首筋に迫る。
以前の彼女なら、命乞いをするか逆ギレして暴れるかの二択だった。しかし今の彼女の魂には、あの赤髪の鬼の『絶対的な恐怖と支配』が刻み込まれている。
「ネ……やれるものなら、やってみなさいよ」
ヴァレッタは血走った目で暗殺者たちを睨み返し、ギリッと歯を食いしばって叫んだ。
「私を殺せば、あの『鬼』がここへ来る! そうなれば、お前たちも、この隠れ家も、闇派閥も……今日で完全に終わるわよ!!」
その常軌を逸した剣幕と、彼女が放った『鬼』という言葉の異様な響きに、暗殺者たちが思わず怯んだ。
その時である。
「——ほう。我が可愛い眷族をそこまで怯えさせる『鬼』とは、ずいぶんと興味深い響きだね」
地下室の奥から、軽薄でありながらも、背筋が凍るような冷たい神威を纏った青年の声が響いた。
闇派閥の黒幕の一柱であり、死を司る神——タナトス。
彼はゆっくりと歩み出ると、床にへたり込むヴァレッタを見下ろして薄く笑った。
「それで? アストレアの小娘たちを嬲り殺しに行った君が、どうしてそんな無様な顔で私に助けを求めているのかな、ヴァレッタ」
「タ、タナトス様……ッ! 申し訳、ありません……!」
ヴァレッタは震える声で、先ほど起きた一部始終を語った。
完璧な死の罠が、たった一人の赤髪の青年によって花火に書き換えられたこと。一切の暴力を振るわれず、ただ理詰めと言葉だけで自分たちを蹂躙したこと。そして——。
「……その鬼は、私を生かす代わりに、自分のもとへ『改宗』させると言いました。そして……タナトス様ご自身が今すぐ指定の場所へ出向き、その手続きを行えと。さもなければ、この隠れ家ごとすべてを暴き出し、叩き潰すと……!」
「…………」
報告を聞き終えたタナトスは、目を丸くして数秒間沈黙した。
そして次の瞬間。
「あはははははっ! これは傑作だ!」
タナトスは腹を抱えて大笑いし始めた。
「ただの人間——それもロキの眷族が、この私に呼び出しをかけて、パシリのように改宗の手続きをやれと? 断ればアジトを更地にすると? あははっ、なんて傲慢で、不敬で、最高に狂った男だ!」
「タ、タナトス様……ここは危険です。拠点を移しましょう……! あいつは、本物の化け物です……!」
震えるヴァレッタの忠告を、タナトスはひらひらと手を振って遮った。
「馬鹿を言うなよヴァレッタ。そんな面白いオモチャが、わざわざ私を待っていてくれているんだ。死と絶望を愛するこの私が、その『鬼』の顔を見に行かずに逃げるなんてあり得ないだろう?」
タナトスの瞳には嗜虐的な好奇心が浮かんでいた。
「神を脅す人間の顔が、絶望に歪んで死んでいく瞬間……ああ、想像しただけでたまらない。いいだろう、私自らが出向いて、そのふざけた鬼の息の根を止めてやろう」
タナトスの心の中には、微塵の危機感もなかった。
神である自分が、ただの人間に後れを取るはずがない。圧倒的強者の余裕と、死神としての傲慢さ。
彼は完全に、マヤが仕掛けた網のど真ん中へと、自らの意思で喜んで飛び込んでしまっていた。
夕闇が迫り、深い影が落ち始めたオラリオの廃墟街。
崩れかけた石壁に腰を下ろし、その辺で拾ってきた木の棒で無心にナイフの素振りをしていたマヤの前に、二つの人影が姿を現した。
一人は、案内役として青ざめた顔で歩を進めるヴァレッタ。
そしてもう一人は、まるで休日の遠足にでも来たかのような、極めて軽薄で余裕に満ちた足取りの黒装束の青年だった。
「やあやあ。君が、私の可愛い眷族をずいぶんと可愛がってくれたという『鬼』くんかな?」
闇派閥の黒幕の一柱、死を司る神タナトスは、マヤの数歩手前で立ち止まると、芝居がかった手つきで両手を広げた。
「いやはや、驚いたよ。まさか下界の人間が、本当にこの私——神を直接呼びつけるとはね。君のその無知なる傲慢さには、ある種の敬意すら表するよ。でもね、神を舐めるのも大概にしたまえ。君は自分がどれほど恐ろしい存在をこの場に引きずり出したか、まるで分かっていないようだ。私は死神、下界の矮小な命など……」
タナトスが、特有の冷たい神威を漂わせながら、自らの恐ろしさと下界の人間への優位性をベラベラとまくし立てる。
それは、神としての絶対的なプライドと、人間を見下す三流悪役特有の長ったらしい前口上だった。
——しかし。
「ヴァレッタ。よくやったぞ。いい子だ」
「あ……、マヤ様……」
マヤは、目の前で悦に入って喋り続けているタナトスを完全に『空気』として扱い、一切の視線すら向けず、ヴァレッタの頭を優しく撫で始めた。
「無事に帰ってきたな。怖かっただろうが、よく逃げずにタナトスを連れてきた。お前は俺のメイドとして、最初のテストに満点で合格だ」
「う、うぅ……っ」
マヤの厚く温かい手に頭を撫でられ、ヴァレッタは先ほどまでの死神への恐怖を完全に忘れ、張り詰めていた糸が切れたようにポロポロと涙をこぼしながらマヤの足元にすり寄った。
神である自分が長広舌を振るっている目の前で、繰り広げられる完全な無視と、従属の儀式。
「……おい。人間の分際で、神の言葉を無視する気かい?」
タナトスの顔から薄ら笑いが消え、額にピキリと青筋が浮かんだ。苛立ちを隠そうともせず、不機嫌にマヤを睨みつける。
そこで初めて、マヤは素振りをしていたナイフをしまい、ゆっくりとタナトスへ深紅の瞳を向けた。
一切の熱も、畏敬の念も、恐怖すらも存在しない、ただ『路傍の石』を見るような絶対零度の眼差し。
「……安心しろ。お前ごとき神に、刃は向けないさ」
「なんだと?」
「ここに来たってことは、改宗の手続きをするということだろ?」
マヤは立ち上がり、ポケットに手を入れたまま淡々と事実だけを告げた。
「無駄口はいいから、とっととやれ」
「ぐ、ぬぬ……っ!」
神に向かって「とっととやれ」と言い放つ、あまりにも不敬で堂々たる態度。タナトスは歯ぎしりをして、ギリッとマヤを睨みつけた。
「ふざけるなよ、小僧。私がわざわざ出向いてやったのは、君というイレギュラーに少しばかりの興味が湧いたからだ。私をただの事務員か何かと勘違いしているのなら、その命をもって後悔——」
「俺の目の前に立った。その時点で、もう勝負はついてるんだよ」
タナトスの言葉を、マヤの冷徹な理詰めが真っ向から切り捨てた。
「お前は自身の『好奇心』に負けた。どんなイレギュラーな男か顔を見てやろうという、神特有の傲慢な興味にな。……そこがお前の敗因だ、タナトス」
「敗因、だと……? 冗談を言うな。私がいつ負けたというんだい?」
「分かってないな。神といっても、天界の力(アルカナ)を封じられたこの下界の中じゃ、お前はただの『ちょっと頑丈な人』に過ぎない」
マヤは一歩、タナトスへと距離を詰めた。
「俺がその気になれば、今この瞬間、魔法も武器も使わずに、お前の首根っこを掴んで簀巻きにし、地上のギルド本部の前に放り出す(突き出す)ことだって簡単にできるんだぜ?」
「っ……!」
タナトスの背筋を、本能的な悪寒が駆け抜けた。
マヤの歩法には、一切の隙がない。本気を出せば、タナトスが瞬きをする間に拘束され、神としての威厳も何もかも剥ぎ取られて無様に引きずり回される未来が、極めて現実的な『事実』として叩きつけられたのだ。
「ここで俺に興味が湧いただの何だの言って、俺を品定めするような三下小悪党のセリフを垂れ流すつもりだったか? 生憎だが、俺はそういう茶番に付き合う趣味はない」
マヤはため息をつき、タナトスの逃げ道を完全に塞ぐ。
「何かの手札を切って、今ここでオラリオに災厄を産むってのも考えたが……お前はこんなタイミングで、しかも自身の命(送還のリスク)が手元にある状況で、そんな無茶をするような奴じゃない。お前は安全圏から盤面を引っ掻き回すタイプの臆病者だからな」
神の思考と行動パターンを、論理の刃で完全に解体していく。
「お前が俺のテリトリーにのこのこ足を踏み入れた時点で、お前が切れるカードは一枚も残っちゃいない。……つまり、もう『お・は・な・し』は終わってるんだよ」
マヤはタナトスを見下ろし、顎でヴァレッタをしゃくった。
「さっさと、手続き(改宗)をしろ」
暴力は一切使っていない。
ただ、神という絶対的優位性を「下界のルール」と「物理的な実力差」という理詰めで完全に剥ぎ取り、相手のプライドを根底からへし折ったのだ。
タナトスは悔しさに唇を噛み締め、ギリギリと拳を握りしめたが……マヤの言う通り、ここで彼が取れる行動は「言う通りにする」以外に残されていなかった。
「……いいだろう。君のその傲慢さ、いつか必ず地獄を見ることになるよ」
タナトスは負け惜しみを吐き捨てながら、懐から神の血を抽出するための針を取り出した。
「ほら、ヴァレッタ。背中を出せ。やってもらえ」
マヤに促され、ヴァレッタが背中の衣服をはだけさせる。そこには、闇派閥の象徴たるタナトス・ファミリアの紋章が刻まれていた。
タナトスが屈辱に顔を歪めながら、ヴァレッタの背中に触れる。
神の血が術式を解除し、背中に刻まれていた紋章が、ステイタスの文字群と共にスゥッと薄れて消滅していく。
元の主神の承認による、正式なファミリアの脱退(ロック)手続き。これがなければ、ロキの血を入れて恩恵を上書きすることはできない。
「……終わったよ。これで満足かい?」
タナトスが忌々しげに言い捨てる。
「ああ。ご苦労だったな」
マヤはヴァレッタの服をそっと直してやると、タナトスに向かって冷ややかに告げた。
「約束通り、明日までは不干渉だ。今日はおとなしく根城に帰って寝るんだな」
マヤはそこで言葉を区切り、懐から一本の『木の棒』を取り出した。
それは、数日前にゼウスとヘラの両陣営を血祭りにあげた、ど黒い血がべっとりとこびりついた悪夢の棒である。
「その後、その悔しさをバネに、遠くからコソコソと何かを企むのもいいが……」
マヤは血濡れの棒を肩でトントンと叩きながら、深紅の瞳に『修羅を滅ぼした鬼』の絶対的な殺意を微かに滲ませた。
「その時は、こちらも遠慮はしないぞ?」
「ッ……!」
死を司り、自らも死を愛するはずのタナトスが、そのただの木の棒から放たれる『本物の死の気配』に、思わず数歩後ずさった。
神である自分が、人間の放つ殺気に明確な恐怖を抱いたという事実。
タナトスは完全に顔色を失い、もはや気の利いた負け惜しみを口にする余裕すらなく、ただ忌々しげに舌打ちをして闇の中へと逃げるように消えていった。
「……さて。邪魔者も消えたし、帰るぞヴァレッタ。お前の新しい主神(ロキ)に挨拶しなきゃならないからな」
「はいっ……マヤ様!」
恐怖に逃げ帰った死神とは対照的に、ヴァレッタはすっかり憑き物が落ちたような、忠誠と安堵に満ちた顔でマヤの背中を追いかける。
神を言葉だけで完全に屈服させ、最低のクズを忠実なメイドへと更生させる。
最強の鬼による暗黒期の清掃作業は、オラリオの裏側で、極めて静かに処理された。