ダンジョンに鬼がいたらそうなる件   作:マイナーチョコ

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第20話:絶望の産声とアストレアファミリア

迷宮の深淵、第30階層。

蒼鉛の壁と水晶が鈍く光る無機質な空間に、狂気を孕んだ乾いた哄笑が響き渡った。

 

「ハハハハハハッ! 終わりだ、お前らァ!」

 

闇派閥(イーヴィルス)の残党、ジュラ・ハルマー。長きにわたり彼を追い続けてきたアストレア・ファミリアの乙女たちは、今、かつてない死地の只中に立たされていた。

アリーゼ、リュー、輝夜、ライラ。正義を掲げる彼女たちの剣先と魔法は、確かにジュラを袋小路へと追い詰めていた。しかし、血走った眼を剥くジュラの手には、過剰なまでの致死量を誇る大量の火炎石が握られていたのだ。

 

「オレを殺す気なら、ダンジョンごと吹き飛べッ!」

「ッ、全員退避!!」

 

団長であるアリーゼの悲痛な叫びも虚しく、迷いなく叩きつけられた火炎石が階層の壁を連鎖的に爆破する。轟音と共に迷宮の大地が深くえぐり取られ、周囲一帯が凄まじい炎と瓦礫の嵐に飲み込まれた。

爆煙と粉塵が視界を奪う中、アストレア・ファミリアの面々は結界魔法と身体強化で辛うじて即死を免れていた。

 

だが、真の絶望は爆発そのものではなかった。

爆煙が晴れかけたその時、迷宮が、けたたましい『悲鳴』を上げたのだ。

 

自らの肉体を大規模に破壊されたダンジョンが、防衛本能——免疫機能を強制的に起動させた。

ドォン、ドォンと、周囲の魔力(ダンジョンの脈動)が異常な高まりを見せ、瓦礫の山から『それ』が産み落とされた。

漆黒の甲殻、異様に長い尾、そして冒険者を両断するためだけに発達した凶悪で巨大な爪。それは通常のモンスターではない。ダンジョンを傷つける者全てを排除し、殺戮することのみを目的に造られた、破壊の化身『ジャガーノート』であった。

 

「な……なんだ、あれは……?」

リューが息を呑み、愛用の木刀を構え直す。

しかし、エルフの中でも随一の敏捷を誇る彼女の動体視力すら、その化け物の初動を捉えることはできなかった。

 

シィン——。

耳障りな甲高い音と共に、ジャガーノートの姿がブレる。

次の瞬間、超音速で放たれた漆黒の爪が、前衛陣である輝夜とライラへと襲い掛かった。

 

「くっ……!」

「うそっ!?」

二人が辛うじて武器を盾にしたものの、けたたましい金属音と共に、両者の体は容易く宙を舞い、蒼鉛の壁に深く叩きつけられた。

 

「輝夜! ライラ!」

アリーゼが叫び、同時にリューが即座に動く。

「ルミノス・ウィンド!!」

無詠唱による最速の風魔法。緑の光を帯びた無数の風刃がジャガーノートを的確に捉え、その巨体に殺到した。

だが——。

 

「な——」

リューは自らの目を疑った。

ジャガーノートの艶やかな漆黒の甲殻は、魔法の直撃を受けた瞬間、緑の風刃を完全に弾き返し——あろうことか、全く減衰していない威力のまま、術者であるリューたちへ向けて跳ね返したのだ。

 

魔法反射。

後衛の術師からすれば、それは絶対的な死の宣告に他ならない。

 

「ルミノス・ウィンドが……!」

自らの魔法が牙を剥き、再び加速する殺戮者の爪が同時に迫る。

満身創痍で動けない仲間たちを背に庇い、アリーゼはルミノス・ウィンドの余波とジャガーノートの突撃を、身を挺して受け止めた。

 

「がはっ……!!」

「アリーゼッ!?」

 

鮮血が舞い、アリーゼが膝をつく。

圧倒的、かつ理不尽なまでの絶望。

(ここまで、か……)

誰もが、己の死を覚悟した。

安全地帯から様子を窺っていたジュラが、醜く顔を歪めて嗤う。「ハハハッ! そいつの餌食になって死ね、正義の面ェかぶった小娘ども!」

 

アリーゼは血を吐きながらも、決して剣を落とさなかった。

自分が囮になれば、せめてリューたちだけでも逃がせるかもしれない。正義の乙女としての矜持と、仲間への自己犠牲の決意を胸に、彼女は悲壮な笑みを浮かべ、最期の命令を下そうとした。

 

——その時である。

 

「あーあ。だから言っただろ、リヴェリア。中途半端な正義感ってのは、極限状態になるとすぐあぁやって独りよがりの自己犠牲(ヒロイン・プレイ)に走るんだ」

 

極度の緊張感と死の気配に支配された空間に、ひどく場違いな、のんびりとした足音が響いた。

 

「全く……。お前の言う通りなのが腹立たしいが、少しは彼女たちに配慮してやれ。これでも正義の乙女と名高い連中だぞ」

「正義だろうが何だろうが、自分の命を安っぽく天秤にかけるようなバカは、俺の指導対象外だ。……おい、そこの赤毛。勝手に悲劇のヒロインぶって満足してんじゃねぇぞ」

 

振り返ったアリーゼたちの目に映ったのは、普段着のような身軽な出立ちで、ポケットに両手を突っ込んだまま歩いてくるマヤと、その後ろを呆れ顔で歩く王族エルフ、リヴェリアの姿だった。

 

「マ、マヤさん……!? どうして、こんな所に……!」

リューが、信じられないものを見るように目を見開く。

 

マヤは、今まさに自分たちを皆殺しにしようと標的を切り替えるジャガーノートを、まるで路傍の石ころでも見るかのような流し目で一瞥した。

「リヴェリアへの『野外授業』だよ。本当はもう少し上の階層でやる予定だったんだが、お前らが随分と景気良くド派手な花火を上げるから、教材として丁度いい化け物が湧いたと思ってな」

「きょ、教材……?」

アリーゼが呆然と呟く。オラリオの歴史上でも類を見ない殺戮兵器を前に、この男は今、教材と言ったのだ。

 

「チィィィィッ!!」

マヤという存在を直感的に『最大の異物』と認識したジャガーノートが、アリーゼたちを完全に無視し、マヤの首を刎ね飛ばすべく超音速の爪を振り下ろした。

 

「マヤさん、避けてッ!! そいつは魔法を弾くし、速度が——」

 

リューの絶叫が響く中。

マヤはポケットから右の片手だけを出し、まるで顔の周りを飛ぶ羽虫でも払うかのような、極めて無造作な動きで——自身の首元に迫った超音速の巨大な爪を、木の棒でで弾いた。

 

ガァァァァァァァンッ!!!!

 

凄まじい衝撃波が階層全体を激しく揺らした。

 

「……ギ、ィ……?」

ジャガーノートの巨大な右爪が、マヤの木の棒一つで弾き返され、あろうことか硬質な甲殻ごと根元から粉々に砕け散っていた。

絶対的な破壊の化身が、産まれて初めて経験する『理解不能な物理的破壊』に、ビクンと痙攣して動きを止める。

 

「う、嘘だろ……」

安全地帯にいたジュラが絶望的な声を漏らし、アストレア・ファミリアの乙女たちは全員、完全に思考を停止させた。

あの化け物の爪を、木の棒一つで粉砕した。魔法でもスキルでもない。ただの理不尽な暴力(極限の魔力操作による肉体強化棒に浸透させている)だけで。

 

マヤは退屈そうに首を鳴らし、後ろで杖を構えるリヴェリアへ視線を向けた。

 

「ほら、リヴェリア。よく見とけよ。これが『本物の前衛(ストッパー)』だ」

 

マヤの深紅の瞳が、絶対的な強者の威圧を帯びて妖しく光る。

 

「後衛(女)に傷一つつけさせず、悲劇のヒロインなんかやらせない。前衛ってのはな、ただな力と計算で、敵の理不尽を全て真正面から叩き潰す存在のことを言うんだよ」

 

そう言い放ち、マヤは絶望の象徴であったはずの破壊の化身に向かって、ゆっくりと一歩を踏み出した。

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