彼女の瞳は、毛細血管がちぎれんばかりに充血し、手にしたモップをギリギリと握りしめるその姿からは、ど黒い殺意のオーラが立ち上っていた。
「……お前ら、ウチのマヤ様に……なんっっっっっっっっっっって口を利いたァァァァァァァッ!!」
「えっ!?」
「メイド!?」
ヴァレッタが地を蹴った。
その速度と踏み込みは、どう見てもただのメイドのそれではない。完全にLv.4の第一級冒険者に匹敵する『本物の殺意』を乗せたモップの刺突が、ティオナの顔面へと迫る。
「うおっ、速ぇっ!?」
ティオナが間一髪で双刃(ウルガ)を盾にして防ぐが、その規格外の重い一撃に、Lv.3のティオナの体が数メートルも後方へと弾き飛ばされた。
「ティオナ! あんた、ただのメイドの分際で!」
ティオネが怒り狂い、ヴァレッタに向かって斬りかかろうとする。
しかし、ヴァレッタは完全に戦闘狂の笑みを浮かべ、モップを槍のように振り回しながら叫んだ。
「この汚らしい猿どもが! マヤ様を侮辱した罪、その薄汚い命で贖いなさい! 床のシミにして拭き取ってあげるわぁぁぁッ!!」
【恩恵(ステイタス)開示】
ヴァレッタ・グレーデ
Lv.2
力: E400 / 耐久: F350 / 器用: S999 / 敏捷: D500 / 魔力: C600
《スキル》
『狂愛の奉仕者(マッド・メイド)』
・平時は家事全般および器用ステータスに極大補正がかかるメイド特化スキル。
・しかし、主(マヤ)への侮辱や危害をトリガーとして闘争本能が爆発。理性を失う代わりに、一時的に全ステータスが【Lv.4相当】にまで跳ね上がる極端な狂化仕様。
「し、死ねぇぇぇぇぇっ!!」
「なによこいつ、力がどんどん上がって——」
血走った目で襲い掛かるメイドと、防戦一方になるアマゾネスの双子。
中庭が修羅場と化そうとした、その時。
「——そこまでにしとけ」
トンッ、と。
マヤがいつの間にかヴァレッタの背後に立ち、彼女の頭にポンと軽く手を乗せた。
「あ……」
その瞬間。ヴァレッタの瞳からすっと血走った色が消え去り、ど黒いオーラが嘘のように霧散した。
「はひぃっ!? ま、マヤ様! 申し訳ありません、私としたことがつい……!」
「お前の忠誠心は嬉しいが、中庭を壊されたら困るからな。窓拭きの続き、頼むぞ」
「はいっ! すぐにピカピカに磨き上げてご覧に入れますぅぅ!」
ヴァレッタは頬を真っ赤に染め、嬉しそうにモップを抱えて窓ガラスへとすっ飛んでいった。
「……な、なんなのよ今の……」
ティオネとティオナが、呆然としながら武器を下ろす。
そんな双子の前に、マヤはゆっくりと歩み寄った。
「すまなかったな。ウチのメイドは、少々気が短くてね」
マヤはそう言うと、一切の殺気も出さずに、するりと双子の懐へと入り込んだ。
アマゾネスの闘争本能が「危険だ」と警鐘を鳴らす間もなく、マヤの大きく温かい手が、ティオネとティオナの頭をそれぞれ優しくポンポンと撫でた。
「っ……!?」
「女が、そんな物騒な顔をして血を流すもんじゃない。お前らみたいな器量よしの娘は、笑ってる方がずっと綺麗だぜ」
「え……あ……」
マヤの放つ、圧倒的な『雄(アルファ)』としての器の大きさと、底なしの優しさ。
ただ撫でられただけだというのに、双子の心臓はドックンと大きく跳ね上がり、褐色の肌がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。
「あ……あはは……なんか、すごい、ドキドキする……」
妹のティオナは、完全にマヤの規格外の包容力に当てられ、両手で頬を押さえながらへにゃりと座り込んでしまった。彼女の直感は、目の前の男が本物の『英雄』であることを強烈に悟っていた。
「な、なによ……っ。子供扱いしないでよね……っ!」
姉のティオネもまた、顔を真っ赤にしてプイッと視線を逸らした。
(確かに、とんでもなく強くて……器の大きい『男』だけど……!)
ティオネの脳裏に、マヤの顔と共に、もう一人の男の顔が浮かぶ。
(それでもアタシは……どっちかっていうと、あの金髪で小柄な団長(フィン)の方が、好み、かも……っ!)
マヤの圧倒的な雄の魅力に絆されつつも、ティオネの乙女心は別のベクトルへと見事な着地を見せていた。
【恩恵(ステイタス)開示】
ティオネ・ヒリュテ
Lv.3
力: B750 / 耐久: C600 / 器用: B700 / 敏捷: A800 / 魔力: I0
《スキル》
『大怒蛇(ヨルムンガンド)』
・負傷するほどに攻撃力に補正がかかる。怒りが頂点に達すると狂化。
ティオナ・ヒリュテ
Lv.3
力: A850 / 耐久: B700 / 器用: C600 / 敏捷: A820 / 魔力: I0
《スキル》
『大熱波(ロラン・アマゾーン)』
・戦闘における高揚感に比例して全ステータスに補正がかかる。
そんな中庭のやり取りを、縁側で優雅にお茶を啜りながら見守っている三人の姿があった。
「やれやれ。ヴァレッタの奴、またスイッチが入っていたな」
フィンがティーカップを置きながら苦笑する。
「ああ。あの元・絶対悪の幹部を、あそこまでの狂信的なメイドに仕立て上げるとは……相変わらずマヤ殿の手腕には背筋が凍る思いだ」
リヴェリアも深く頷き、呆れたようにため息をついた。
「がははっ! だが、あのアマゾネスの小娘たちも、旦那の頭撫で一発で骨抜きじゃ。これでまた、ファミリアが賑やかになるわい」
ガレスが愉快そうに笑い声を上げる。
彼ら三首領は、ヴァレッタの極端な狂信ぶりと、新たに入団した血気盛んな少女たちがあっけなくマヤの手のひらの上で転がされる様を見て、ロキ・ファミリアの盤石な日常にどこか安心感を抱きながら、深く頷き合うのだった。