ダンジョンに鬼がいたらそうなる件   作:マイナーチョコ

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第31話:神会(デナトゥス)と、枠に収まらぬ鬼

迷宮都市オラリオの中心にそびえ立つ、白亜の巨塔バベル。

その最上階にある『神々の宴』と呼ばれる円形広間では、三か月に一度開催されるオラリオの最高会議——神会(デナトゥス)が行われていた。

天界から下りてきた神々が円卓を囲み、眷族たちの成長を報告し合い、新たに頭角を現した冒険者たちへ『二つ名』を授ける、神々にとって最大の娯楽にして最も重要な会議である。

 

「がーっはっはっはっは! どや! 見たかお前ら! ウチのフィンたち三人が、揃いも揃って前人未到の『Lv.8』到達や!! 泣いてひれ伏すがええわ!」

 

円卓の最も目立つ席で、ロキが両足を机の上に乗せ、ふんぞり返りながら高笑いを響かせていた。

その手には、フィン、ガレス、リヴェリアの三幹部の更新されたステイタス用紙が握られ、周囲の神々に向けてこれ見よがしにひらひらと振られている。

「う、嘘だろ……Lv.8だと!? オラリオの歴史上でも数えるほどしかいない領域に、三人も同時に……!?」

「ロキ・ファミリアの勢いはどうなっているんだ! 少し前までLv.7だったはずだろう!」

 

驚愕と嫉妬にどよめく神々を尻目に、ロキはご機嫌に酒杯を煽る。

フィンには『勇者(ブレイバー)』、リヴェリアには『九魔姫(ナイン・ヘル)』、ガレスには『重傑(エルガルム)』という、これまで通りの偉大な二つ名が据え置きで承認され、ロキ・ファミリアの絶対的な権威はもはや誰の目にも疑いようのないものとなっていた。

今回が初参加となるヘスティアも、円卓の末席で「ろ、ロキのやつ、なんてデカい顔してやがるんだ……」と悔しそうにハンカチを噛んでいる。

 

「まあ、ウチの眷族が優秀なのは天界におる時から決まっとったことやしな! 今夜は最高級の神酒(ソーマ)でも空けて、盛大にお祝いやで!」

 

ロキが意気揚々とそう宣言した、その時だった。

 

「……なぁ、ロキ。お前の眷族が優秀なのは認めるが、最近ずっとお前の隣に引っ付いている、あの『赤髪の男』は何者なんだ?」

 

円卓の向かいに座っていた男神の一人が、面白半分に口を挟んだ。

「ああ、ボクも見かけたよ! 凄まじい美丈夫だけど、ファミリアの遠征にも参加せず、いつも黄昏館の庭掃除や買い出しをしてるって噂の」

「ロキが自分の稼ぎで囲っている、ただの『ヒモ』だって話じゃないか。オラリオ最大の主神ともあろう者が、人間の男に入れ込んで骨抜きにされているなんて、天界の笑い者だぜ?」

 

ニヤニヤと嘲笑を浮かべる神々。

彼らにとって、神が下界の人間を寵愛することは珍しくないが、ロキほどの武闘派ファミリアの主神が、戦いもしない男(主夫)を侍らせているという状況が、ただの格好のゴシップの的に過ぎなかったのだ。

 

——ピキッ。

 

円卓に、硬いものがひび割れる音が響いた。

「……あァン?」

 

先ほどまで満面の笑みだったロキの顔から、一切の表情が消え失せた。

代わりに、彼女の細められた朱色の瞳から、ドス黒く、そして絶対零度の『神威』が立ち上る。

ロキが机に置いていた両足を下ろし、ギリッと円卓の端を握りしめると、分厚い大理石のテーブルに無数の亀裂が走った。

 

「誰が……ただのヒモやと?」

 

地鳴りのような、底冷えのする声。

周囲の神々が「ヒッ」と息を呑み、酒杯を持っていた手を震わせる。

 

「あのな、お前らみたいなポンコツ神と一緒にすな。ウチの旦那はな、ただのヒモやない。家事も料理もオラリオ一の腕前で、ウチのファミリアの連中を誰よりも愛してくれとる、正真正銘の『主夫』や」

ロキは立ち上がり、円卓をバンッ! と叩き割る勢いで身を乗り出した。

「それに! 毎晩ベッドの上でも、ウチの心も身体も極上に満たしてくれる、世界で一番ええ男なんやぞ! そのうち、あいつの子ォ孕んだるわい!!」

 

シーーーン……。

 

円卓が、文字通り静まり返った。

初参加のヘスティアは「な、なななな何を言ってるんだこの変態ロキはぁぁぁッ!?」と顔から火を噴いて机の下に隠れ、他の神々も口をあんぐりと開けて固まっていた。

 

「は、孕むって……ロキ、お前頭おかしくなったのか!? 神と下界の者の間に、子供ができるわけないだろう!」

「神の理を忘れちまったのか! 冗談にもほどがあるぞ!」

 

神々からのツッコミが殺到するが、ロキは鼻で笑い飛ばした。

「ふんっ! お前らのちっぽけな常識なんかで、ウチの旦那が測れるかい! ウチの旦那の愛と血はな、神の理なんて軽々とぶち壊すほど規格外なんや! 実際に見てみな分からんやろが!」

 

その自信満々で、一切の迷いもない正妻としての圧倒的なマウント宣言。

もはや反論する気すら失せた神々の中で、一人の神が咳払いをして話題を戻そうと試みた。

 

「ごほんっ。……と、とにかく。お前がそこまで言うなら、ただのヒモではないのだろう。神会(デナトゥス)の規則に則り、その男のステイタスを提示しろ。ファルナを刻んでいるなら、ギルドに登録されているはずだ」

「せやな! 数値を見れば、そいつがヒモかどうかの証明になる!」

 

「……ふん。見たら腰抜かすなよ」

ロキはニヤリと笑い、懐から一枚の羊皮紙を取り出すと、それを円卓の中央へと滑らせた。

神々が一斉に身を乗り出し、その用紙を覗き込む。

 

そこにあったのは、確かにロキの神聖文字(ヒエログリフ)で記された、マヤの正式なステイタスだった。

 

【Lv.0】

筋力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

 

「……………………は?」

覗き込んだ神々が、一斉に目を点にして固まった。

 

「な、なんだこれはぁぁぁッ!?」

一人の神の絶叫を皮切りに、円卓が大パニックに陥った。

「ゼロ!? 初期値ですらない、完全なオールゼロだと!?」

「ありえない! 下界の生き物である以上、どれほどひ弱な赤ん坊でも『I』の最低数値は存在するはずだ! ましてや『Lv.0』など、ファルナのシステム上絶対に存在しない数値だぞ!」

 

「システムのバグか!? ロキ、お前ちゃんと血を混ぜて更新したのか!」

「ウチはちゃんとやったわ!」

ロキは腕を組み、誇らしげに胸を張った。

「お前らの作ったファルナのシステムがポンコツなんやろ! ウチの旦那の総量が凄まじすぎて、システムがパンクしてメーターが振り切れてしもたんや! つまり、カンストしすぎてゼロに戻ったってことやな! がーっはっは!」

 

ロキのめちゃくちゃな論理に、神々は頭を抱えた。

「カンストしてゼロに戻るシステムなんて作ってないわ!」

「いや、待て。もしこの数値がバグだとして……この男、魔力が0なのにどうやって生きているんだ? まさか、本当にシステムの外側にいる存在(イレギュラー)なのか……?」

 

神々が疑心暗鬼に陥り、大激論を交わし始める。

「何か強力なマジックアイテムで数値を偽装しているに違いない!」

「いや、そもそもこの男は人間なのか!? どこかの秘境の怪物なのでは!」

 

そんな騒ぎの中、円卓の一角で、優雅に頬杖をつきながら静かに微笑んでいる女神がいた。美の象徴であるフレイヤだ。

(……ただのヒモ。システム外のバグ。神々はそう騒いでいるけれど……)

フレイヤは、豊穣の女主人で出会ったあの赤髪の男の姿を思い出し、舌なめずりをするように唇を湿らせた。

(あの日、私の眼に映ったあの男の『魂の色』。……あれは、バグなんかじゃなかった。神々すらも凌駕するような、底知れぬ光り輝く気高さ……。ロキ、あなたはとんでもない宝物を隠しているのね)

フレイヤだけは、マヤの異常性の本質を肌で感じ取り、その銀色の瞳に狂おしいほどの執着の炎を静かに燃やしていた。

 

「——静粛に」

大混乱の円卓を鎮めたのは、最奥に座るウラノスの重々しい声だった。

「ロキよ。この男の数値がどうあれ、ギルドに登録されている以上、何らかの『二つ名』を決定しなければならん。本人の希望、あるいは主神の提案はあるか」

 

ウラノスの問いに、ロキは待ってましたとばかりにニヤリと笑った。

「おう! 二つ名ならもう決まっとるで! あいつ自身が『これにしてくれ』って言うた、最高の名前があるんや!」

「ほう。なんという名だ」

 

ロキは、かつて拠点でのファルナ更新の際、マヤ本人がタトゥー感覚で言い放った自虐ジョークを、今こそ世界に轟かせる時だとばかりに声を大にして叫んだ。

 

「その名も——『Love0(ラブゼロ)』じゃ!!」

 

ビシッ! とポーズを決めるロキ。

しかし、神々の反応は彼女の期待とは全く違うものだった。

 

「「「……ラブ、ゼロ……?」」」

「愛が、ゼロ……?」

「つまり、ロキへの愛は全くないってことか!?」

「やっぱりただのヒモじゃないかぁぁぁッ!!」

 

「ちゃうわアホォォォッ!!」

ロキが再び机を叩き割る勢いで立ち上がり、激怒した。

「お前らホンマに察しが悪いな! この『0』はな、メーターが振り切れるほどカンストした愛って意味や! 愛がデカすぎてシステムがパンクしたから、あえての『ゼロ』なんや! あいつなりの、ウチへの最大級のノロケやろうが!」

 

必死にマヤの(適当に放っただけの)ジョークを深読みし、壮大なノロケとして解説するロキ。

しかし、神々には全く伝わらなかった。

「いや、どう聞いても『愛がない』にしか聞こえないぞ……」

「可哀想なロキ。男に騙されて頭が……」

「誰が騙されとんじゃコラァ! ぶっ飛ばすぞ!!」

 

収集のつかなくなった大乱闘寸前の神会。

最終的に、ウラノスが深い深いため息をつき、木槌を鳴らした。

 

「……ステイタスがシステム外であり、評価基準が存在しない。加えて、名称の解釈に神々の間で著しい相違が見られる。——よって、この赤髪の男の二つ名は、特例として『保留』とする」

「ほ、保留!? ちょっと待てウラノス、ウチの旦那の『Love0』が承認されへんのか!?」

「保留だ。次の会議までに、もう少し分かりやすい名札を考えておけ」

 

こうして、オラリオの歴史上でも前代未聞の『ステイタスLv.0』にして『二つ名保留』という、神々の枠組みを完全に破壊した鬼の存在が、公式に(そして最高にシュールな形で)ギルドの記録に刻まれることとなった。

 

***

 

数時間後。

神会を終え、黄昏館の巨大なエントランスの扉を開けたロキは、すっきりとした顔で「ただいまー!」と声を上げた。

 

「お、帰ったかロキ」

エントランスに出迎えたのは、黒い戦闘服の上にフリルのついたエプロンを身につけ、お玉を手にしたマヤだった。

「神会はどうだった? フィンたちの二つ名は更新されたか?」

「おう、みんな今まで通りでバッチリやったで!」

ロキはパタパタと走り寄り、エプロン姿の巨大な夫の腰に勢いよく飛びついた。

「それにしても、お前らみたいなポンコツ神に、ウチの旦那の規格外な愛の深さ(ラブゼロ)は一生理解できへんわ! まったく、いい気味やで!」

「ん? なんだ、俺の話題も出たのか?」

不思議そうに首を傾げるマヤに、ロキは満面の笑みで頷いた。

 

「出たで! ウチが『そのうちこの男の子ォ孕んだる!』って宣言したら、全員腰抜かしてドン引きしとったわ! がーっはっは!」

 

「……ぶっ!」

マヤが思わず吹き出し、額を押さえて天を仰いだ。

「お前、神々の会議でなんてこと宣言してんだよ……。フィンが聞いたらまた胃に穴が開くぞ」

「ええんや! 事実やしな!」

ロキは悪びれもせず、マヤの首に腕を絡ませて背伸びをし、その頬にチュッと音を立ててキスをした。

 

「今日の晩飯、なんや?」

「お前が神会で疲れてるだろうと思ってな。スタミナがつく特製の肉料理だ。ガレスの酒も用意してある」

「最高や! やっぱりウチの旦那が世界一やな!」

(マイ・ダーリンのほうがよかったかなぁ)

 

神々の常識も、ステイタスの理も、何一つ彼らには届かない。

ウダイオスを屠る強さを持とうが、ファルナがバグろうが、この赤髪の鬼はいつだって、愛する正妻の帰りを温かい料理と共に待つ最高の『主夫』なのだ。

 

オラリオ最大の派閥を率いる主神は、愛する男の手料理の匂いに腹の虫を鳴らしながら、世界で一番幸せな笑顔で自身の帰るべき場所(マイ・ダーリン)の腕の中へと飛び込んでいった。

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