ダンジョンに鬼がいたらそうなる件   作:マイナーチョコ

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第47話:迷宮の楽園と、同志の邂逅

迷宮(ダンジョン)第18階層。

天井を覆い尽くす巨大な水晶群が、青白く、そしてどこか温かい光を放ち、地下深くでありながら白夜のような空間を作り出している。

モンスターが自発的に産み落とされない絶対の安全地帯(セーフティ・エリア)——『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』。

 

「はぁっ……はぁっ……っ」

「……どうにか、着いたな……」

 

中層での果てしない撤退戦を潜り抜け、リヴィラの街の入り口へと転がり込んだベルとヴェルフは、肩で息をしながらその場にへたり込んだ。

全身は泥と返り血にまみれ、体力はとうに限界を迎えている。それでも、二人の瞳には死線を自らの足で乗り越えた確かな光が宿っていた。

 

「ヴェルフさん……怪我は……」

「ああ、お前が完璧に後ろを捌いてくれたおかげでな。……へっ、上に戻らずに下層へ逃げ込むなんて、とんでもねぇ逆転の発想だ。改めて、お前の胆力に惚れ直したぜ」

「ヴェルフさんが背中を守ってくれたから、走れたんです。……本当に、よかった」

 

ベルが安堵の笑みを浮かべた、その時だった。

 

「ひひっ。おい見ろよ、中層で追い剥ぎにでも遭ったのか? えらくボロボロな白ウサギと鍛冶屋じゃねえか」

 

下劣な笑い声と共に、街の入り口から数人のゴロツキ冒険者が現れた。

顔に傷のある大柄な男——モルドを中心とした悪党たちだ。彼らは疲労困憊のベルたちを格好のカモと見定め、武器をちらつかせながら下卑た笑みを浮かべて距離を詰めてくる。

 

「おい新人。ここは安全地帯だが、タダじゃねえ。俺たちがその荷物と命を守ってやるから、身ぐるみ置いていきな——」

 

モルドが凄み、ベルたちに手を伸ばそうとした、まさにその一瞬。

 

「はいそこッ! 冒険者同士の私闘、および恐喝はギルド法違反よ!」

 

シュパンッ!! という小気味良い風切り音と共に、モルドの顔面に強烈な飛び蹴りが炸裂した。

「ぶッべぁ!?」

巨体が宙を舞い、地面に激突する。同時に、周囲を取り囲んでいたゴロツキたちの背後から、黒髪の剣士と小人族(パルゥム)の少女が音もなく忍び寄り、手首を捻り上げて瞬く間に地面へと押さえつけた。

 

「い、いってぇ! 何しやがる——ひっ!?」

「ア、アストレア・ファミリア……ッ!?」

 

「問答無用。リヴィラの治安を乱す輩は、私たちが許しません」

静かな、しかし有無を言わせぬ冷気を含んだ声。エルフの少女——リュー・リオンが木刀の切っ先をモルドの喉元にピタリと突きつけていた。

 

モルドたち小悪党の目論見は、開始からわずか1秒。パトロール任務中の正義の乙女たちによって、文字通り物理的に完全制圧されたのであった。

 

***

 

「まったく、少し目を離せばこれなんだから。……君たち、怪我はない?」

 

モルドたちを縛り上げて路地裏へ放り投げた後、団長のアリーゼがベルたちを振り返って朗らかに笑った。

「あ、ありがとうございます……!」

「助かったぜ、あんたたち」

ベルとヴェルフが頭を下げると、そこに「——待ってくれ!」と悲痛な声が割り込んできた。

 

駆け寄ってきたのは、血まみれの千草を背負った桜花と、その後ろを歩く命たちタケミカヅチ・ファミリアの一行だった。彼らもまた、別のルートから命からがらこの18階層へ辿り着いていたのだ。

 

「すまなかった……!!」

桜花は千草を命に預けると、ベルとヴェルフの目の前で、地面に額を擦りつけるほどの勢いで土下座をした。

「俺たちの力不足のせいで、お前たちにモンスターの群れを押し付ける形になってしまった……! どんな罵りも受ける。だが、どうか……っ」

 

大柄な男が、震える声で謝罪を口にする。

ベルは驚いて目を丸くしたが、すぐに首を横に振って桜花の前に歩み寄った。

 

「桜花さん。頭を上げてください」

「だが……!」

「上層への道は塞がれていました。あのまま戦えば、千草さんは間違いなく助からなかった。……桜花さんの判断は、生き残るための決断です。謝らないでください」

 

ベルのその言葉に、桜花は顔を上げ、言葉を詰まらせた。

「俺は、必ずこの恩を返す……! 地上に戻ったら、ファミリアとしてしっかりと詫びと礼をさせてくれ」

「はい。まずは、怪我の治療を優先しましょう」

 

ベルが優しく微笑むと、一部始終を見ていたアストレア・ファミリアの面々も頷いた。

「事情はなんとなく分かったわ。ほら、アーディ、ライラ! 彼らの治療を手伝ってあげて!」

 

アリーゼの号令で、正義の乙女たちによる手厚い治療と野営の準備が瞬く間に整えられていった。

 

***

 

「それにしても……君、すごく理にかなった動きをするわね」

 

傷の手当を受け、支給された温かいスープを飲んでいたベルの前に、アリーゼがしゃがみ込んで顔を覗き込んだ。

「えっ?」

「さっき、剣を鞘に収める所作や、身をこなす重心の置き方を見てたんだけど……なんていうか、一切の無駄がないのよ。新人とは思えないくらい、冷徹で洗練されてるっていうか。……誰かの立ち回りに、すごく似てる気がするのよね」

 

アリーゼの鋭い観察眼に、ベルの背筋に冷たい汗が流れた。

(——まずいッ!)

 

ベルの動きは、隠れ里でアルフィアやヘラたちから叩き込まれた暗殺術やサバイバルの基礎が骨の髄まで染み込んだものだ。

しかし、ここで「里の修行で」などと口を滑らせれば、どうなるか。

ほんの数日前、『豊穣の女主人』でマヤがわざわざ初対面を装い、ロキ・ファミリアとの関係を完全に隠蔽して『防壁』を作ってくれたのだ。自分がマヤの身内であると匂わせるような発言は、絶対に避けなければならない。

 

ベルは咄嗟に機転を利かせ、勢いよく立ち上がって叫んだ。

 

「ぼ、僕……! マヤさんに、心から憧れているんですッ!!」

 

「——え?」

アリーゼが目を丸くし、近くでポーションを整理していたリューや輝夜たちの動きが、ピタリと停止した。

 

「あ、あの……マヤさんの戦う姿や、誰かを守るための強さに……僕もあんな風になりたくて、マヤさんのような本物の漢を目指して、勝手に真似をしているというか……その……っ!」

 

しどろもどろになりながらも、ベルの瞳には、マヤに対する一切の嘘偽りのない純粋な「熱意」と「憧憬」が燃えていた。

その真っ直ぐな言葉を聞いた瞬間。

 

アストレア・ファミリアの乙女たちの顔が、一斉にパァァァッ! と花が咲いたように輝いた。

 

「な、なんだ君……っ! すっごく見る目あるじゃないの!!」

アリーゼがベルの両手をガシッと握りしめ、目をキラキラと輝かせる。

「そ、そうですよ! マヤさんはああ見えて、誰よりも優しくて、いざという時は絶対に守ってくれる最高にカッコいい方なんです!」

普段は物静かなアーディまでが、興奮気味に身を乗り出してくる。

 

「……ふむ。あの御方の強さと、真の優しさを理解していると。……貴方、なかなかに見込みがありますね」

リューに至っては、長いエルフの耳を真っ赤に染めながら、咳払いをして必死に平静を装いながらベルを絶賛した。

 

「よし決めた!!」

アリーゼがビシッとベルを指差す。

「君は今日から『マヤさんに憧れる同志』よ! マヤさんの素晴らしさを分かち合える後輩として、私たちが責任持って面倒見てあげるからね!」

「えっ? あ、はい! ありがとうございます、アリーゼさん!」

 

ベルは戸惑いながらも、陣営の垣根を完全に越え、マヤへの絶対的なリスペクトという一点で繋がった乙女たちからの熱烈な歓迎に、ホッと安堵の息を吐き出していた。

 

***

 

しかし、その和やかで微笑ましい光景を。

リヴィラの街を見下ろす高台の物陰から、ひどく冷めた、底知れぬ狂気を孕んだ目で見つめている男がいた。

 

「……あーあ。ダメじゃないか」

 

旅人のような外套を羽織った神——ヘルメスは、手すりに寄りかかりながら深いため息を漏らした。

「タケミカヅチの子供たちからモンスターを押し付けられ、絶望の中で彼がどう足掻くか……せっかくの『英雄の試練』の舞台だったのに。アストレア・ファミリアにまで保護されちゃって、これじゃあお遊戯会だ」

 

「ヘ、ヘルメス様……まさか、あなた……」

 

背後に控えていた従者のアスフィが、主神から放たれ始めた異様なプレッシャーに気づき、顔色を変えた。

ヘルメスの瞳には、ゼウスの思惑などではない、彼自身の内奥にある純粋で狂気的なエゴが渦巻いていた。

 

『新しい英雄が見たい』

『絶望の底から這い上がり、世界を照らす最後の光が見たい』

 

そのためならば、盤面を自らの手でひっくり返すことすら厭わない。

「ぬるま湯に浸かっていては、本物の輝きは放てない。……そうだよね? ベル君」

 

「やめてください、ヘルメス様ッ! ここは迷宮の——!」

 

アスフィが止めに入ろうと手を伸ばした、その時。

ヘルメスはニヤリと笑い、意図的に、己の内に秘めた『神の気(アルカナ)』の封を、ほんの僅かだけ解放した。

 

カァァァン……ッ!!

 

目には見えない、しかし世界の理を根底から揺るがす神の波動が、18階層の空気を震わせた。

それは、神を極端に憎悪する迷宮(ダンジョン)にとって、決して許されざる最大の禁忌。

 

——ドクンッ!!

 

直後、18階層全体が、まるで巨大な生物の心臓のように大きく脈動した。

「な……っ!?」

談笑していたベルやアリーゼたちが、足元から突き上げるような異様な振動に顔を上げる。

 

ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!!

 

脈動は次第に激しさを増し、天井を覆っていた巨大な青水晶が次々とひび割れ、砕け散っていく。

そして、安全地帯のルールを完全に破壊するように、水晶のドームの中央が黒く染まり、そこから『漆黒の汚泥』のようなものが滝のように降り注いだ。

 

汚泥は瞬く間に寄り集まり、硬質な装甲と異常な質量を持った巨大な肉体を形成していく。

体長十メートルを超える、漆黒の巨人。

本来この階層に産み落とされるはずのない、Lv.5相当のイレギュラー——階層主の亜種『ブラック・ゴライアス』が、そのおぞましい産声を上げた。

 

「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!!!」

 

迷宮の楽園は一瞬にして、絶望の咆哮が支配する漆黒の地獄へと変貌を遂げたのであった。

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