我等は神秘に溢れた世界で   作:匿名の読む専

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第一話、始まります。


憧れた者たち。
第一話 海の向こうは何色だ


 

潮待ち島の朝は早い。

 

空が白み始める頃には漁船が港を離れ、魚市場には威勢の良い声が響き始める。

 

そんな島の防波堤の上で、一人の少年が海を見ていた。

 

防波堤の上ならば少しベタつく潮風も届かない。

 

少年は、高所特有のサラサラとした風に煽られながら心地よさそうに目を細める。

 

「……広いなぁ」

 

レイは顎に手を当てながら呟いた。

 

毎日見ている海だった。

 

生まれた時から見ている。

 

それなのに飽きない。

 

むしろ年々気になる。

 

水平線の向こうに何があるのか。

 

あの先へ行ったら何が見えるのか。

 

どんな人がいて、どんな島があって、どんな景色があるのか。

 

考え始めると止まらない。

 

「またやってる」

 

後ろから声がした。

 

振り返るとミナがいた。

 

背中には地図を入れた筒を背負っている。

 

まだ十二歳だというのに既に地図職人見習いとして働いていた。

 

「何がだよ?」

 

「海を見てる」

 

「海は見るだろ」

 

「普通はそこまでずっと見ないわよ」

 

「そうか?」

 

「そう」

 

ミナは即答した。

 

レイは納得していない顔だった。

 

「海の向こうが気にならないのか?」

 

「気になるけど」

 

「じゃあ同じじゃん!」

 

「違う。私は地図にしたいだけ」

 

「俺は見たい!」

 

「ほら違う」

 

「ん〜?違う…のか?」

 

言われてみれば違う気もした。

 

その時だった。

 

遠くから声が聞こえた。

 

「レイ〜!」

 

二人が振り返る。

 

港の方から大柄な少年がレイの名を呼びながら歩いて来る。

 

ガルドだ。

 

「やっぱここにいたか」

 

「んお、どうした?」

 

「フィオが怒ってるぞ?」

 

「え…なんで?」

 

「お前が魚持っていったから!」

 

「あっ…スゥー」

 

レイは目を逸らした。

 

ミナが呆れた顔になる。

 

「レイ…また?」

 

「昨日の晩飯の残りだし……」

 

「フィオのおかずだった」

 

「マジ…?」

 

レイは冷や汗を垂らしながらガルドに問いかけると

 

「マジ」

 

ガルドは無慈悲にそうこたえた。

 

その瞬間。

 

「レーーーーーーイ!!」

 

今度は別の方向から声が響いた。

 

少女が猛スピードで走ってくる。

 

フィオだった。

 

そして。

 

「返せぇ!私の焼き魚ーーーー!!」

 

木のしゃもじが飛んできた。

 

レイは反射的に避けた。

 

しゃもじは海へ落ちた。

 

「ふぉあ!?危ない!しゃもじ投げんな!?」

 

「魚泥棒が何言ってんの!」

 

「一匹だけじゃん!」

 

「最後の一匹だったのよ!」

 

「悪かったよ!知らなかった!」

 

「知ってたらやらなかったの!?」

 

「……うん…」

 

「やるじゃん!その間は!」

 

結局追いかけ回されることになった。

 

ミナは呆れた顔。

 

ガルドは笑っている。

 

そして。

 

「朝から元気だなぁ」

 

最後の一人が現れた。

 

セイルだった。

 

本を抱えながら歩いてくる。

 

島の本屋の息子である。

 

「あ!セイル!助けてくれ!」

 

レイは助けを求める!

 

「自業自得」

 

しかし、バッサリと切り捨てられた!

 

「仲間だろ!?」

 

「仲間だから言うんだよ」

 

正論だった。

 

レイは追い詰められた。

 

その時。

 

上空から白い影が降りてくる。

 

一羽の海鳥だった。

 

「馬鹿だな」

 

鳥が喋った。

 

全員が見上げる。

 

「何だと!?クロ!」

 

「魚を盗むからそうなる」

 

「いやお前も食っただろ!」

 

「少しだけだ」

 

「共犯じゃねぇか!」

 

「証拠は?」

 

「ワタ取り出したろか!?」

 

クロは面白そうに羽を揺らした。

 

潮待ち島では有名な鳥だ。

 

何故か喋る。

 

本人も理由は知らない。

 

島の誰も知らない。

 

昔からそうだった。

 

気付いたら喋っていた。

 

それだけである。

 

「ほらあれ見ろ」

 

レイが後ろを見るよう促す。

 

クロはフィオを見た。

 

「まだ怒ってる」

 

「見れば分かるだろ…」

 

「逃げろ」

 

「テメェ…!人の肩に乗って楽してんじゃねぇぞ!?」

 

レイは再び走り出した。

 

その後ろをフィオが追う。

 

港中を駆け回る追跡劇が始まった。

 

いつものことだった。

 

島の人々も気にしない。

 

「また騒いでる」

 

くらいの反応である。

 

昼過ぎ。

 

騒動が収まった頃。

 

五人と一羽は港の端に集まっていた。

 

フィオも機嫌を直している。

 

代わりにレイが昼飯を奢らされた。

 

「納得いかねぇ……」

 

「当然」

 

ミナが答える。

 

「ところで」

 

セイルが本を閉じ、唐突に話始める。

 

「みんな将来どうするんだ?」

 

「急だな」

 

「いや、本を書いてたら気になって」

 

セイルは父親の店を手伝いながら記録を書くのが好きだった。

 

今日も何かを書いていたらしい。

 

「俺は船大工になる」

 

ガルドが即答した。

 

「親父さんみたいな?」

 

「うん」

 

彼の父親は島一番の船大工だった。

 

「私は料理人」

 

フィオが言う。

 

「世界中の料理作る」

 

「世界中?」

 

「うん」

 

「行ったことないのに?」

 

「だから行くんじゃん」

 

フィオは当然のように答えた。

 

レイが笑う。

 

「それいいな」

 

「でしょ?」

 

「ミナは?」

 

「地図」

 

「だけ?」

 

「だけ」

 

「短っ」

 

「地図を完成させたいのよ」

 

ミナは海を見た。

 

「まだ白紙の場所いっぱいあるから」

 

レイは少し驚いた。

 

普段無愛想な彼女だったが、その時だけ目が輝いていた。

 

「セイルは?」

 

「本」

 

「本?」

 

「世界中の話を書きたい」

 

「おお」

 

「超面白そうだろ?」

 

「超面白そう!」

 

そして。

 

全員の視線がレイへ向く。

 

「お前は?」

 

レイは少し考えた。

 

本当はずっと決まっていた。

 

かなり前から。

 

「俺は…海の向こうを見たい」

 

「またそれ?」

 

ミナが言う。

 

「でも本当にそれなんだよ」

 

レイは水平線を見る。

 

「なんかさ」

 

「うん」

 

「この島好きなんだ」

 

「知ってる」

 

「だけど」

 

海は広い。

 

空も広い。

 

世界も広い。

 

なのに。

 

「向こうが気になる」

 

誰にも分からない。

 

自分でも分からない。

 

ただ。

 

心がそこにある気がするのだ。

 

「行きたいんだよな…」

 

静かに言った。

 

その言葉に誰も笑わなかった。

 

何故なら。

 

全員同じだったからだ。

 

行きたい場所は違う。

 

見たいものも違う。

 

だけど。

 

この島の外へ出たいという気持ちは同じだった。

 

そんな話をしていた時だった。

 

港の見張り台から鐘の音が鳴った。

 

カン。

 

カン。

 

カン。

 

「船だ!」

 

ガルドが立ち上がる。

 

沖に一隻の船が見えた。

 

見慣れない船だった。

 

大きな商船。

 

白い帆。

 

黒い船体。

 

潮待ち島へ近付いてくる。

 

「商船かな」

 

フィオが言う。

 

「たぶん」

 

セイルが答えた。

 

「珍しいわね」

 

ミナが目を細める。

 

潮待ち島は大きな交易港ではない。

 

来客はある。

 

だが頻繁ではない。

 

船はゆっくりと港へ入ってきた。

 

島の人々も集まり始める。

 

レイは立ち上がった。

 

「見に行こう!」

 

「絶対言うと思った…」

 

ミナがため息をつく。

 

「だって外から来た船だぞ!」

 

「分かったわよ、一人じゃ心配だし私も行くわ」

 

「ミナ…アイツもう行ってる」

 

レイは既に走り出していた。

 

「…あのバカ…コラー!アンタ一人にすると何しでかすか分かんないんだから単独行動するなー!?」

 

「早めに捕獲しないと何しでかすか分からんぞ…」

 

「もう!少しは落ち着きなさい!レイがやらかしたら私らまで説教くらいかねないんだから!」

 

「アイツ無駄に足速いのやめてくれないかな…」

 

他の四人も後を追う。

 

クロは上空へ飛び立った。

 

港へ向かいながらレイは思う。

 

あの船はどこから来たのだろう。

 

どんな人が乗っているのだろう。

 

どんな景色を見てきたのだろう。

 

もしかしたら。

 

自分の知らない世界の話を聞けるかもしれない。

 

胸が高鳴る。

 

風が吹く。

 

潮の香りがした。

 

レイは今はまだ名前の無い感情に突き動かされて走り出した。

 

………………………………

 

「速い速い速い!」

 

「だから待てって言ってんだろ!」

 

ミナとガルドの声を背中に受けながらレイは港へ駆ける。

 

レイが走る。

 

ミナとガルドが追う。

 

フィオも続く。

 

セイルは少し遅れて歩く。

 

クロは上空からついてくる。

 

潮待ち島は大きな島ではない。

 

だから港まではすぐだった。

 

既に多くの島民が集まっている。

 

漁師。

 

商人。

 

子供達。

 

市場の人間。

 

そして…

 

「あ!」

 

レイが声を上げた。

 

港の中央に見慣れた人物がいた。

 

木箱に腰掛けている。

 

警備団の制服。

 

帽子。

 

眠そうな顔。

 

昼行灯で知られている警備団員。

 

ラズが居た。

 

「…寝てる?」

 

「寝てるな」

 

「仕事中だよな?」

 

「仕事中だね」

 

全員が頷く。

 

ラズは完全に寝ていた。

 

周囲が騒がしいのに起きる気配もない。

 

その時。

 

船が岸壁へ横付けされた。

 

船員達が慣れた手付きで綱を結ぶ。

 

大人達が動き始める。

 

荷物を運び。

 

挨拶を交わし。

 

取引の準備をする。

 

レイ達は少し離れた場所から眺めていた。

 

「大きいな」

 

ガルドが呟く。

 

船大工の息子だけあって真っ先に船へ目が行くらしい。

 

「見たことない形してる」

 

「そうなのか?」

 

「ああ」

 

彼は目を輝かせていた。

 

「船首の作りが違う」

 

「んん?分からん…」

 

「帆の張り方も違う」

 

「もっと分からん…」

 

「甲板の幅も」

 

「全然分からん!」

 

ガルドは楽しそうだった。

 

その横でミナは別のものを見ている。

 

船体側面。

 

描かれた紋章。

 

「北方の船かしら?」

 

「分かるのか?」

 

「たぶんね」

 

彼女は少し考える。

 

「セイルの本で見た気がするわ」

 

「便利だな」

 

「本屋の息子だからな」

 

「便利使いされてる事は良いんだ…」

 

そんな会話をしていると。

 

船から一人の男が降りてきた。

 

四十代くらい。

 

立派な髭。

 

豪華な服。

 

笑顔。

 

いかにも商人という格好だった。

 

「皆様!」

 

大きな声が港に響く。

 

「この度は我々を迎えていただきありがとうございます!」

 

愛想が良い。

 

実に愛想が良い。

 

島の人々も歓迎していた。

 

拍手まで起きている。

 

「良い人そうだな」

 

レイが言った。

 

「そうか?」

 

突然セイルが首を傾げた。

 

「え?」

 

「いや」

 

セイルは男を見つめる。

 

「なんか変だなって」

 

「ん〜?…どこが?」

 

「分からない」

 

「なんだそれ」

 

セイル自身も説明できないらしい。

 

「気のせいかもな」

 

そう言って本を開く。

 

結局誰も気にしなかった。

 

その日はそのまま終わった。

 

………………………………

 

翌日。

 

レイは父親の漁を手伝っていた。

 

「網引け〜」

 

「重い!」

 

「重くない、引け」

 

「重いって!」

 

「魚はもっと重いぞ」

 

意味が分からない。

 

しかし反論しても無駄なので引く。

 

魚が何匹も上がった。

 

「おお!」

 

少し嬉しい。

 

父親は笑う。

 

「上達したんじゃねえか?」

 

「本当か?」

 

「ああ」

 

褒められると悪い気はしない。

 

その後。

 

昼過ぎには解放された。

 

レイは真っ先に港へ向かう。

 

当然のように全員集まっていた。

 

「暇人共め」

 

クロが言う。

 

「お前もだろ…」

 

「私は鳥だ」

 

「関係あるかぁ!」

 

ないと思う。

 

「そうだ」

 

フィオが突然手を叩く。

 

「商船見に行こう」

 

「おっ」

 

レイが反応した。

 

「行く!」

 

「即答ね…」

 

ミナが呆れる。

 

結局全員で行くことになった。

 

商船はまだ停泊していた。

 

荷下ろしも続いている。

 

珍しい品物が並んでいた。

 

見たことのない果物。

 

奇妙な装飾品。

 

外国の服。

 

「すげぇ……」

 

レイは感動した。

 

島では見られないものばかりだった。

 

その時。

 

商人の一人が近付いてきた。

 

「興味あるかい?」

 

若い男だった。

 

笑顔を浮かべている。

 

「ある!」

 

「なら見ていくといい」

 

親切そうだった。

 

男は箱を開く。

 

中には様々な小物が入っていた。

 

レイ達は夢中になった。

 

異国の硬貨。

 

小さな望遠鏡。

 

見たことのない楽器。

 

どれも面白い。

 

「これは?」

 

ガルドが聞く。

 

「北方の釘だ」

 

「釘?」

 

「普通の釘じゃないぞ」

 

男がそう言うとガルドの目が輝く。

 

完全に職人の顔だった。

 

その横で。

 

ミナがふと首を傾げた。

 

「どうした?」

 

セイルが聞く。

 

「いや」

 

ミナは商船を見ている。

 

「地図と違う」

 

「何が?」

 

「船」

 

「船?」

 

「うん」

 

「船が地図と違って何…?」

 

「本とかじゃ無くて?」

 

ミナは考え込む。

 

「なんか変」

 

まただ。

 

今度はミナ。

 

しかし理由は説明できないらしい。

 

「ん〜?気のせいじゃないか?」

 

レイが言う。

 

「かも」

 

ミナは納得していない顔だった。

 

その頃。

 

ラズは相変わらず寝ていた。

 

警備団の詰所の前。

 

椅子に座って。

 

完全に寝ている。

 

「ラズ」

 

レイが呼ぶ。

 

「……ん」

 

返事はした。

 

目は閉じたまま。

 

「起きてる?」

 

「起きてる」

 

「いや寝てるだろ」

 

「起きてる」

 

どっちなのか。

 

誰にも分からない。

 

「商船来たぞ」

 

「知ってる」

 

「見たか?」

 

「見た」

 

「どう思う?」

 

ラズは少しだけ片目を開けた。

 

港を見る。

 

そして。

 

「別に」

 

閉じた。

 

終わりだった。

 

「参考にならねぇ〜」

 

「期待する方が悪い」

 

ミナが言う。

 

全くその通りである。

 

「目の前で話すとは…ま、子供特有のクソ度胸に免じて見逃してやろう」

 

………………………………

 

夕方。

 

五人は再び防波堤へ集まった。

 

夕日が海を赤く染めている。

 

静かな時間だった。

 

「なあ」

 

レイが言う。

 

「俺さ」

 

「うん」

 

「いつか船に乗って旅に出たい。」

 

少しの沈黙。

 

答えたのはフィオだった。

 

「じゃあ料理人は必要だね、レイ一人じゃ船の上で餓死しそうだもん」

 

「海図を書ける航海士も必要でしょう?地図の見方を一番知ってるのは私だもの」

 

ミナが言う。

 

「船大工も必要だな、お前は海の真ん中でも船を壊しそうだ」

 

ガルドは頷く。

 

「書記係もいたほうが良いだろう?せっかくの船旅だ…それに、僕なら船医もこなせる」

 

セイルは笑った。

 

「そっか…じゃ、決まりだな!」

 

全員が海を見る。

 

遠く。

 

水平線。

 

その先には何があるのだろう。

 

まだ知らない。

 

だけど。

 

知りたい。

 

その気持ちだけは確かだった。

 

 

 

そして…港にはまだ商船が停泊している。

 

島の人々は歓迎している。

 

誰も疑っていない。

 

誰も気付いていない。

 

だが。

 

セイルの違和感。

 

ミナの違和感。

 

それは確かに存在していた。

 

ほんの小さな。

 

些細な引っ掛かり。

 

けれど。

 

大きな事件というものは。

 

案外そんな小さな違和感から始まるものだった。

 

潮風が吹く。

 

海鳥が鳴く。

 

クロは空を見上げた。

 

「嵐の匂いがする」

 

「晴れてるぞ?」

 

レイが言う。

 

クロは答えない。

 

ただ。

 

遠くの空を見つめていた。

 

………………………………

 

まだ誰も知らない。

 

この島の日常が。

 

少しずつ。

 

本当に少しずつ。

 

動き始めていることを。

 

 

 

………………………………

 

 

 

翌朝。

 

レイは父親に叩き起こされた。

 

「起きろ」

 

「あと五分……」

 

「魚は待たんぞ?」

 

「んぅ〜…魚に言ってくれぇ……」

 

「アホ言え」

 

布団ごと引きずり出される。

 

「うわあああ!」

 

「おし、起きたな」

 

「起きてないですぅ!」

 

「目ぇ開いてるし喋ってるだろ」

 

反論できなかった。

 

結局漁へ連行された。

 

港へ向かう途中。

 

朝の潮待ち島は静かだった。

 

市場もまだ準備中。

 

店も開いていない。

 

遠くで波の音だけが聞こえる。

 

レイは嫌々歩きながら欠伸をした。

 

「なぁ親父」

 

「なんだ?」

 

「昔さ」

 

「おう」

 

「旅してたんだろ」

 

父親は少しだけ笑った。

 

「誰に聞いた」

 

「ラズ」

 

「余計なことを…」

 

「本当なのか?」

 

「まぁ、本当だ」

 

「どこ行ったんだ?」

 

「色々だよ」

 

「答えになってない」

 

「答える気がない」

 

そう言われると気になる。

 

レイは食い下がった。

 

「どんな島があった?」

 

「色々」

 

「何見た?」

 

「色々」

 

「雑だな!」

 

父親は声を出して笑った。

 

珍しい。

 

普段は穏やかな人だが、あまり大声では笑わない。

 

「お前も行けば分かるさ」

 

「え?」

 

「旅だよ、船旅」

 

レイは目を丸くした。

 

反対されると思っていた。

 

「行っていいのか?」

 

「駄目と言ったら諦めるか?」

 

「諦めない」

 

「だろうな」

 

それだけだった。

 

レイは少し嬉しくなった。

 

港へ着く。

 

船へ乗る。

 

そして。

 

「レイ」

 

「ん?」

 

「船を降りる時は必ず海を見るんだ」

 

「なんで?」

 

「船乗りの癖だ」

 

「理由になってないじゃん」

 

「そうかもしれん」

 

父親は海を見た。

 

どこか遠くを。

 

少しだけ懐かしそうに。

 

「でも覚えておけ」

 

レイは不思議に思った。

 

だが何となく頷く。

 

「分かったよ」

 

それ以上は聞かなかった。

 

その日の昼。

 

レイは解放されるなり島を走っていた。

 

目的地は一つ。

 

港近くの広場。

 

いつもの集合場所。

 

案の定。

 

全員いた。

 

「遅い」

 

ミナが言う。

 

「漁だよ」

 

「魚臭い」

 

フィオが言う。

 

「まぁ魚だからな」

 

「意味分からん」

 

ガルドが笑う。

 

セイルは本を読んでいた。

 

クロは木の上。

 

いつもの光景だった。

 

「暇だな」

 

レイが言う。

 

「暇だな」

 

ガルドも言う。

 

「宿題は?」

 

セイル。

 

「やった」

 

「本当か?」

 

「昨日」

 

「珍しい」

 

「失礼だなオイ!」

 

そんな話をしていると。

 

港の方が騒がしくなった。

 

また商船だ。

 

島の子供達が集まっている。

 

「人気だな」

 

フィオが言う。

 

「外から来た船だからな」

 

レイは当然のように答える。

 

「お前が一番興奮してる」

 

「まぁ否定できない」

 

実際そうだった。

 

外の話は面白い。

 

それだけで胸が躍る。

 

五人は商船の方へ向かった。

 

すると。

 

昨日見た商人の男が手を振った。

 

「ああ、君達か」

 

「どうも」

 

セイルが返事をする。

 

男は気さくな人物だった。

 

昨日も色々見せてくれた。

 

「今日は珍しい話をしてあげよう」

 

「本当か!」

 

レイが食い付く。

 

「世界の果ての話だ」

 

全員が止まった。

 

レイなんか完全に目を輝かせている。

 

「果て!?」

 

「あるのか!?」

 

「さあ」

 

男は笑う。

 

「見たことはない」

 

「なんだよ」

 

「だが噂はある」

 

噂。

 

その言葉だけで十分だった。

 

「昔」

 

男は語り始める。

 

「世界の果てを探した船団があった」

 

「おぉ〜!」

 

「だが誰も帰らなかった」

 

「〜…お?…怖い話か?」

 

レイが聞く。

 

「違う」

 

男は首を振った。

 

「帰ってこなかった理由が分からないんだ」

 

「沈んだとかじゃなくて?」

 

「そう」

 

不思議な話だった。

 

「その船団は消えた」

 

「ふーん」

 

ミナはあまり興味が無さそうだ。

 

しかしレイは違う。

 

完全に引き込まれている。

 

「その先は?」

 

「その先は知らない」

 

「えー!」

 

「私も聞いた話だからね」

 

男は笑った。

 

「でも」

 

そこで少しだけ空を見上げる。

 

「未知を追う人間はいつの時代もいる」

 

「……」

 

「だから世界は面白いんだろうな」

 

レイは黙った。

 

何となく。

 

その言葉が好きだった。

 

男は去っていく。

 

荷運びの仕事があるらしい。

 

その背中を見送りながら。

 

レイは呟いた。

 

「いいな」

 

「何が?」

 

フィオが聞く。

 

「旅」

 

全員が少し黙る。

 

風が吹いた。

 

潮の香り。

 

遠くの水平線。

 

いつか。

 

きっと。

 

そこへ行く。

 

そんな気がした。

 

その頃。

 

広場の隅では。

 

ラズが椅子に座って寝ていた。

 

本当に寝ていた。

 

警備団員なのに。

 

近くを通った老人が声を掛ける。

 

「ラズー」

 

「んー」

 

「寝るな」

 

「起きてる」

 

「目閉じとるぞ」

 

「眩しいから」

 

老人は諦めた。

 

島の誰もが知っている。

 

この男はこういう人間だ。

 

そして。

 

誰も知らない。

 

この昼寝好きの警備団員が。

 

昔は海を駆け回っていたことを。

 

その事実を。

 

今の子供達はまだ知らない。

 

レイ達も知らない。

 

ただ。

 

少しだけ。

 

憧れている。

 

海の向こうに。

 

まだ見ぬ世界に。

 

そして。

 

自分達の知らない昔に。

 

潮待ち島の夏は続く。

 

事件も冒険もまだ遠い。

 

今はただ。

 

五人の子供達が。

 

同じ空を見上げていた。

 

海の向こうは何色だろう。

 

そんなことを考えながら。

 

 

 

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