サキュバス編集さんと馬鹿作家 〜そのパンティが動かぬ証拠です〜 作:ガイコツ番付
●正体について
「編集さんの正体がわかりました」
「サキュバスです!」
私は編集さんを問い詰めていた。
編集さんは机の上に。
馬鹿みたいにデカい乳をのせて。
姿勢ひとつ崩さない。
編集さんは謎が多い。
きっちりとスーツを着こなしているくせに。
バカみたいにデカい乳と尻をしている。
それだけでも怪しかった。
「……根拠をどうぞ」
「私がサキュバスだと断定するだけなら」
「推理ではなく妄想です」
「馬鹿なエロ小説の原稿なら」
「面白くない」
「差し戻しです」
どうやら認めないつもりだ。
「いや」
「絶対にそうです!」
証拠は必ずある。
そうだ、フェロモンだ!
「下着を貸しなさい!」
「妖怪退治の専門家に渡してきます!」
「それで判明するはずだ!」
編集さんは顎に手を当てて考えた。
どうやら、私の考察は間違っていないらしい。
「分かりました」
「検査用の袋を一つ渡します」
「封は開けず」
「そのまま然るべきところへ」
「寄り道もしない」
「それが守れるなら」
「どうぞ」
●証拠品の確認
思いの外。
すんなりと。
編集さんは捜査に協力した。
私は袋を預かり。
部屋を出る。
必ず祓い手に届けて、とっちめてやる。
必ず。
編集さんは異様に乳と尻がデカくて。
腰が細くて、態度も最悪なのに。
不必要なほど、エロいんだよなあ。
そうだ!
これは捜査だ。
祓い手に持っていく前に。
もう少し調べておく必要がある。
邪な気持ちなどない。
捜査のためだ。
絶対に。
やめるべきだった。
私は袋を開け。
中身を確認した。
「ふむ」
「怪しすぎるな」
下着の周囲だけ。
薄いピンク色の靄がかかって見えた。
調べる必要がある。
私は手に取り。
「んおおおおおおおおおおあお!」
意識を失った。
●そのパンティが動かぬ証拠です
しばらくして。
意識が戻った。
痙攣して倒れていたらしい。
編集さんは。
笑っているのか呆れているのかわからない顔で。
私を見下ろしていた。
「……普通の人間は」
「女性の下着を自分で嗅いで」
「床へ転がり」
「のたうちまわりません」
「証明されたのは異能ではなく」
「あなたが異常だということです」
「それに」
「まだ手に持っていますよ」
いや。
そんなはずがない。
「いや」
「これは計画的な犯行です!」
「私が編集さんの下着なんか渡されて」
「大人しく持っていけるはずがない!」
「それを見越した行動と言わざるを得ません!」
「この手に握ったパンティが動かぬ証拠だ!」
私は。
拳を強く握った。
「責任転嫁です」
「封を開けたのも」
「嗅いだのも」
「手放していないのも」
「すべてあなたでしょう」
「それに」
「あなたが勝手に『んおおお!』することは」
「私の正体とやらに何の関係もありません」
●検証の方法
「いや」
「しかし」
「下着で起きた現象は」
「異常です!」
「そこは譲りません!」
「フェロモンが」
「ここまで強力だと仮定すると」
「人間ではありえない現象です!」
さあ、言い逃れはできないぞ。
「私は意外と理系です!」
この害悪サキュバスめ。
「理系を自称するなら」
「こと認められません」
「被験者一名」
「対照群なし」
「盲検化なし」
「そのうえ『きっと効く』と期待して開封している」
「変態一名」
「期待効果と選択バイアスの見本です」
なるほど。
なら乗ってやろう。
「この手に握っているものが下着であることは確かです」
「間違いないですね?」
私は編集さんのパンティを握りしめる。
必ず追い詰める。
「ええ」
「下着であることだけは認めます」
「ですが」
「私の所有物か」
「着用品か」
「特殊な成分があるか」
「あなたの反応と因果関係があるか」
「それがサキュバス由来か」
「全部」
「未証明です」
「五段階も論理が飛んでいます」
「そして『動かぬ証拠』と言いますが」
「床の上でいちばん激しく動いていたのは」
「あなたでしたよ」
やかましい。
「査読結果は重大修正」
「確定したのは」
「『馬鹿な作家が指示を守らず封を開けた』ことだけです」
「変態の証明ですかね」
「さあ」
「回収しますから渡しなさい」
「今すぐ」
何やらごちゃごちゃと。
屁理屈を言っている。
一つずつ潰してやろう。
「他人の物なら」
「規則にうるさいあなたが入れるはずがない!」
「未使用品を職場へ持ってくるのも不自然!」
「そして」
「いつもなら即座に否定するあなたが」
「検査に協力した!」
「さあ」
「逃がしませんよ!」
あなたのミスは一点だけだ。
「私が証拠品を大人しく祓い手へ届けると思ったこと!」
「それこそが間違いでしたね!」
突きつける。
屁理屈には。
屁理屈!
「……論証は無茶苦茶ですが」
「完全な間違いでもありません」
「ただし」
「最初の前提は未証明です」
「私があなたの指定どおりの物を入れた」
「という前提です」
もし本当に。
着用していない下着だとしたら。
「み、未使用でも」
「このフェロモンだというつもりですか?」
とんでもなく。
能力の高いサキュバスかもしれない。
しかし。
負けられない!
「机へ置きなさい」
「置けたら敗北ではありません」
「生まれて初めて正しい撤退ができたと認めてあげます」
そんな簡単に引き下がれるか。
「置きません」
「未使用品でこの力なら」
「何かしらの方法で」
「記憶まで曖昧にされるかもしれない!」
「私は格上の存在との戦いを」
「慎重に進めますよ」
流石の編集さんも。
こうも慎重な人間にはビビっていることだろう。
「……いいえ」
「本当に格上のサキュバスとの戦い方を知る人は」
「未知の作用を疑う物へ何度も自分から触れないでしょう」
「返却を求められた物を抱え込むのは」
「戦術でも証拠保全でもなく」
「ただの変質者の犯行です」
決定打はまだない。
少なくとも。
私はそう思っていた。
面白くなってきやがった。
●対照実験
「私の身を呈した痴態!」
「これこそが」
「あなたがサキュバスである証明です!」
「人間は普通の下着を嗅いでも」
「『んおおお!』とはなりません!」
ここは譲らない。
「再現できたのは」
「せいぜい」
「『変態作家が下着を嗅ぎ痙攣をした』ということだけです」
「原因がフェロモンだとは証明できません」
「ですので」
「実験をしましょう」
「同じ袋を三つ用意します」
「一つだけが」
「あなたの言う『本物』」
「残り二つは未使用の対照品です」
「目隠しをしたあなたに検証してもらいます」
「本物を当てたなら」
「あなたの主張は一段階進む」
「外した場合は」
「『すべて自分の思い込みでした』と署名していただき」
「警察に突き出します」
「どうします?」
「自称普通の人間の、理系の作家さん」
く!
長々と喋られて。
意味がよくわからない。
「一つ確認です!」
「サキュバスの下着についたフェロモンに」
「普通の人間が耐えられるはずがない!」
「そこは認めますね!」
わからないが。
これだけは真実のはずだ。
「条件付きなら認めます」
「仮にサキュバスのフェロモンが人間へ作用するなら」
「何らかの影響は現れるかもしれません」
「しかし」
「強さも個人差も未検証です」
「何より」
「あなたを」
「普通の人間の代表とすることには」
「重大な異議があります」
「まだ三つの検体も用意していないのに」
「『サキュバスの下着』という言葉だけで」
「もう顔が崩れてますから」
「それでも続けますか?」
おかしい。
少しずつサキュバスの存在を認め始めている。
ように聞こえる。
しかも。
私を普通の人間から外している。
ここは感情的な馬鹿のふりをする。
「話をネリネリと」
「逸らさないでください!」
「あなたがサキュバスなら」
「そのフェロモンを吸った下着に触れた私は」
「『んおおおおおお!』となる!」
「ここを認めないと」
「あなたの実験も前提から崩れます!」
小さなことから認めさせて。
真実へ辿り着くんだ。
必ず。
「……分かりました」
「今回の前提として認めます」
「もし私がサキュバスで」
「下着にフェロモンが残っているなら」
「触れたあなたは『んおおお!』となる」
「本物だけで反応すれば主張は一段階進み」
「全部で反応すれば」
「あなた自身の問題です」
問題はそこではない。
私が変態かなど。
どうでもいい。
狙いは編集さんの自白だ。
「そして」
「本物なら私は失神する」
「そこも認めてください!」
「n数が少ないなどは言い訳になりませんよ!」
そう。
ここだけは認めさせる。
「……認めます」
「本物から前回と同じ作用を受ければ」
「あなたは『んおおお!』となった末に意識を失うでしょう」
「これで満足ですか?」
もちろん、満足するわけがない。
引き出してやったぜ。
●自白と正体
私はパンティを突きつけた。
「認めましたね!」
「あなたは理で詰めているようで」
「自分に有利な状況にしか進めていない!」
「どちらに転んでも」
「自分が勝つ条件を用意していた!」
「さあ」
「言い訳できますか!」
編集さんは面倒くさそうにため息をついた。
次の瞬間。
ショッキングピンクの光が、編集さんの身体を包んだ。
甘い香りが漂う。
眼鏡の奥の瞳が桃色に染まる。
頭から二本の角が生え、額に紋様が浮かんだ。
まずい。
力ずくで来られることは想定していなかった。
「編集さん」
「待ってください」
「まずは話し合いましょう」
存外と冷静な声で。
編集さんは口を開いた。
「……言い訳はありません」
「ええ」
「どちらに転んでも」
「最終的な管理権が私に残る条件を用意しました」
「ですが」
「正体の疑わしい相手に実験設計を任せたのは」
「あなたですよ?」
姿が変わっても。
編集さんの声だけは。
原稿を差し戻す時と同じ温度だった。
「それから」
「角と乳ばかり見ないでください」
「女性に対して失礼です」
角を見ることも失礼なのか。
「まだ吸精は始めていません」
「始まっていたら」
「あなたなんて意識すらありません」
「ですが」
「実験の非対称性に気づいたことだけは評価します」
「私が一つ」
「認めましょう」
「あなたのことは」
「もっと頭の悪い変態だと思っていました」
「訂正します」
「異常に執念深い」
「性欲の強すぎるオスだと」
●逃走許可
もはや交渉しかない。
「例えば」
「私があなたの下着」
「つまり証拠品を持って」
「全力で専門家のもとへ走るのは」
「今さら許可してもらえませんか?」
もちろん。
そんなこと許可されるはずがないだろう。
しかし。
この状態で正面から勝てると思うほど愚かではない。
時間を稼ぎ。
逃走経路を導き出す。
「……認めますよ」
「証拠品を持って」
「向かいなさい」
「私は追いません」
「武力も能力も使いません」
「吸精も」
「搾精も」
「洗脳もしないと約束します」
「無事に届けられたなら」
「好きなだけ調べてもらえばいいでしょう」
「途中であなたが勝手に」
「『んおおお!』となって動けなくなった場合だけ」
「私が回収します」
「どうして驚くんです?」
「私は一度も」
「あなたを逃がさないとは言っていません」
「ただ」
「あなたが本当に寄り道せず」
「辿り着けるのか」
「少し見たくなっただけです」
編集さんは。
椅子から立ち上がりもしなかった。
この馬鹿デカい乳のサキュバス。
一体どこまでが本心だ。
「退治される可能性まである」
「それでも私を逃がすと?」
何か裏がある。
しかし。
まだわからない。
「ええ」
「退治されるかもしれませんね」
「私が本当にサキュバスで」
「その祓い手が私より強ければ」
嘘だろ。
「祓い手より強く」
「どんな人間が来てもあなたの食料にしかならない」
「そういうことですか?」
そういうことか。
それならば納得がいく。
「……私は一度も」
「誰より強いなどと言っていません」
「あなたが勝手に想像したことです」
く、何か策があるということだ。
ここで制圧するか。
無理だ。
失敗したら殺される。
「どうしても確かめたいのなら」
「祓い手の目の前で握手してあげましょう」
「第三者がいれば」
「あなたが妙なことになっても証言が残ります」
流石にそれには乗りませんよ。
編集さん。
「直接サキュバスに触れるほど」
「私もバカではありません」
危なかった。
あの柔らかそうな手に。
触れたらどうなるか妄想していた。
「賢明です」
「能力があるかもしれないと疑っている相手へ」
「素手で触れるほど馬鹿ではない」
「……下着は自分から嗅いだのに」
「安心なさい」
「私は無理に触れたりしません」
「そんなことをしなくても」
「あなたは勝手に妄想して」
「勝手に追い詰められてくれますから」
●反則
「では」
「接触なしで一つだけ確認しましょうか」
ん?
「いや」
「遠慮しておきますよ」
編集さんの方を向く。
編集さんの目が光った。
え……?
嘘だろ……?
なんで……?
手が勝手に動く。
サキュバスのパンティだぞ……!?
そんなものを顔の前へ持っていったら……!
死。
快楽。
永遠。
絶望。
そんな言葉が頭をよぎる。
必死で息を止めた。
「んんんんんんんん……」
だが。
許せない。
私は目で卑怯だと訴えた。
「……私としたことが」
「少々」
「やりすぎましたね」
手が。
自由に動くようになった。
息を整える。
編集さんは俯きながら。
言葉を続けた。
「あなたの意思に反して身体を動かした時点で」
「これは実験ではありません」
「私の反則です」
「効果は解除します」
「勝負も一時中断」
「卑怯だという、その目は正しいですよ」
「今回はあなたの一本です」
●和解
なんだ。
この編集さん。
勝手に悪者だと思っていたが。
私もアツくなりすぎた。
「こちらこそ、すみませんでした」
サキュバスだから悪いなんて。
偏見かもしれない。
編集さんは。
人だって殺していないかもしれない。
「では」
「お言葉に甘えて」
解除されたと思った。
息を吸った瞬間。
編集さんの目に。
再び桃色の光が灯る。
手が勝手に動く。
「ひ、ひきょ、」
編集さんは。
口元だけで笑った。
「あなたの推理は」
「間違ったところも多かったです」
「面白い部分もありました」
「私が特に気に入ったのは」
「私自身は未使用品だとは」
「一度も言っていないのに」
「勝手にそう思い込んでいたところ」
「あれは大間違いです」
「どういうことか」
「分かりますか?」
「あなたの言うところの」
「《サキュバス》の」
「《フェロモン》を」
「たあっぷりと吸い込んだ」
「危険な下着が、あなたの目の前に」
やめ……!
それ、今言わないで……!
「んおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおお♡」
「おほおおおおおおおおおん♡」
私は痙攣の止まらない身体のまま、薄れゆく意識の中で編集さんの言葉を聞いた。
「……油断しましたね」
「馬鹿なオス」
「私はちゃんと」
「さっさと祓い手のところへ持っていきなさいと」
「言ったでしょう?」
「正体を見破ったところまでは正解でしたよ」
「証拠品を手に入れたのに逃げず」
「その危険性を正しく認識できず」
「勝ち誇ったのが不正解でしたね」
「私が否定するたびに嬉しそうに戻ってきて」
「ずいぶん長く遊んでくれましたね」
「残念でした」
「サキュバスを追い詰めたつもりで」
「最後まで手の中で転がされていたのは」
「あなたの方でしたね」