雨しか降らない地下世界 作:向島
光一が十歳のとき、父に無断で、緩衝地帯へ手紙を置いたことがある。二〇三〇年の夏だった。
その頃の父はまだ「若かった」。見た目は五十くらいで、実際も五十代の後半だったはずだ。父は月に一度、夜中に台所の蓋を開けて降りていった。光一は布団の中で、その音をいつも数えていた。蓋が持ち上がる音、梯子の軋み、遠ざかる足音。父が上がってくるまで、だいたい一時間半。「絶対に降りるな」と言われていた。理由は教えてもらえなかった。
十歳の光一は、その夏、父が村の寄合で留守にしている二時間のあいだに、降りた。
素掘りの横穴は、子どもには広かった。しゃがまなくても歩けた。五十メートルを走って抜けて、あのドームに出たとき、光一は思わず立ち止まった。雨の匂いがした。床は乾いていた。それなのに、匂いだけがあった。夕立の直前の、あの匂い。
中央の石の台には、父が置いた箱が並んでいた。ビニールひもで縛った麻縄の束、乾電池、ラジオペンチ、それと、日本語の教科書が二冊。
光一はポケットから、折り畳んだ紙を出した。学校のノートを一枚ちぎったものだった。クレヨンで、こう書いてあった。
かみこ へ
ぼくは もりと こういち です
じゅっさい です
いつか ちじょうで かみこと あそぼう!
やくそくします
なぜ「神子」に宛てたのか、光一は今でもうまく説明できない。父が日誌を読みながら、ときどきその言葉を口に出していたからだ。神子。向こうで、この部屋に入れる特別な人間のことを、そう呼ぶらしい。父の口ぶりから、光一は勝手に「自分と同じくらいの年の子」だと思い込んでいた。
思い込みは、当たっていた。
光一は手紙を、教科書のあいだに深く挟み込んだ。父にばれないように。そして走って戻った。
*
三日後、父が日誌を持って上がってきた。そして、光一を殴った。一度だけ、頬を平手で。父が光一に手を上げたのは、後にも先にもその一度きりだった。
「降りたな」
光一は泣きながら頷いた。父は震えていた。怒りではなかった。あとで思えば、あれは怯えだった。
「お前は、あそこに入れる」
父はそう言って、座り込んだ。
「入れちゃったんだな。……なんてこった」
その意味を光一が理解するのは、ずっとあとになる。
父は日誌の束の中から、一枚の紙を抜き出して、光一の前に置いた。灰色がかった、粗い紙だった。
もりと こういち さま
わたくしは かみこ の あまね と もうします
ことし じゅうに に なりました
おてがみ うれしゅうございました
ちじょうで あそぶ やくそく かならず
あまね
光一は、それを畳の上に広げて、何度も読んだ。字が、きれいだった。自分よりずっときれいだった。
「返事、書いていい?」
父は長いこと黙っていた。それから、疲れた顔で言った。
「……一枚だけだ」
*
二回目の手紙が届いたのは、翌年の春だった。
こういち さま
おてがみ ありがとうございます
わたくしは 二十六になりました
水車の見まわりをしております
こういちさまは まだ十一なのですね
ふしぎです
やくそくは わすれておりません
十一歳の光一は、その紙を持ったまま、父に訊いた。
「どうして、こんなに大きくなってるの」
父は答えなかった。答えられなかったのだと思う。父自身、倍率を掴めていなかった。ある年は二倍で、ある年は五十倍だった。日誌の年号を並べて表を作ろうとして、父は何度も破り捨てていた。
三回目の手紙は、その年の冬に来た。字が、変わっていた。線が細く、震えていた。
こういち さま
わたくしは 六十三になりました
目がわるくなり 字がみにくくてもうしわけありません
水車の仕事は 娘にゆずりました
こういちさまは まだ 十一でしょうか
わたくしには こどもが三人 まごが五人おります
みな げんきです
ちじょうで あそぶ やくそく
わたくしは はたせませんでした
けれど このおてがみは 神殿におさめます
つぎの神子が つぎの神子が と つないでゆけば
いつか だれかが はたせましょう
どうか おげんきで
あまね
光一は、その手紙を持って、家の裏の茶畑に走って、そこで声を上げて泣いた。十一歳だった。一年半のあいだに、文通相手が十二歳から六十三歳になった。それがどういうことなのか、頭では理解できても、身体が追いつかなかった。
四通目は、来なかった。
*
その日から、光一は変わった。正確には、変わりそこねた。
彼は父のように、向こうを「育てる」ことができなかった。日誌を読むのは好きだった。夢中で読んだ。だが、父のように赤ペンで採点することが、どうしてもできなかった。「軸受けは青銅にしろ」と書けば、向こうでは数十年が動く。その数十年のあいだに、誰かの一生が終わる。光一は、そう考えると手が止まる子どもだった。
そして、そういう人間のまま、大人になった。
会社では、言いたいことを三回飲み込んでから、四回目に語尾を濁して言う男になった。取引先の無理な納期を断れず、自分で工場に泊まって仕上げた。上司の理不尽な指示に反論できず、そのくせ、頼まれてもいない検査工程を勝手に増やして不良品を止めた。
鉄工所を継いでからも、それは変わらなかった。値切られれば下げてしまうくせに、直しは必ず全部ばらしてから始める。だから儲からない。
「森戸さんは押しが弱いけど、仕事は落とさないんだよな」
そう言われていたことを、光一はずっとあとになって、退職の日の色紙で知った。
*
父の晩年は、静かだった。九十を過ぎたあたりから、父は緩衝地帯へ降りなくなった。降りられなくなったのではない。降りたくなくなったのだ、と光一は思っている。代わりに、父は日誌ばかり読んでいた。積み上がった百年ぶんの日誌を、最初から順に読み返していた。
ある冬の夜、父は日誌の一冊を膝に置いたまま、光一を呼んだ。
「光一。座れ」
炬燵の向かいに座ると、父は日誌のある頁を開いて、こちらに向けた。そこには、系図が描かれていた。いちばん上に、こう書いてあった。
初祖 森戸光博
光一は、その下に伸びる線を見た。枝分かれし、また分かれ、頁の端まで届いて、次の頁へ続いていた。
「……これ」
「俺の子だ」
父は、天井を見ていた。
「分断から四十年目だ。向こうでは、何百年か経っていた。あの部屋に、女が来た。……いや、来させられたんだ。あいつらは、俺の血が要ると考えた。あの部屋を越えられるのは俺だけだった。だったら、俺の子なら越えられるんじゃないか、とな」
「越えられたの?」
「越えられた。だが、全員じゃない。何十人に一人だ。その一人を、あいつらは神子と呼ぶことにした」
光一は、あの三通の手紙を思い出した。自分が十一歳のとき、六十三歳になっていた女の子。あれも、父の血を引いていたのだ。遠く、薄まった血を。
「……お父さんは、それでよかったの」
父は、しばらく答えなかった。それから、こう言った。
「よかったわけがあるか」
灯油ストーブが、こぽ、と鳴った。
「俺はな、光一。あそこで神様だった。俺が箱を置くと、向こうでは町ができた。俺が図面を降ろすと、向こうでは学問が生まれた。俺が三ヶ月焦らすと、向こうでは百年、みんなが俺を待った」
父の指が、系図の上をなぞった。
「気持ちよかったんだ。最初は、可哀想だと思ってやってた。三人、俺が誘って連れて行った学生がいた。あいつらに水をやらなきゃと思って、砂と活性炭を置いた。それだけだった。……それだけだったのに、いつのまにか、俺は日誌の続きが楽しみで仕方なくなってた」
「国に、言おうとは思わなかったの」
言った瞬間に、光一は後悔した。父の顔が、こわばった。
「思ったさ」
低い声だった。
「五年目に一回。十年目に一回。二十年目にもう一回。書類まで作った。封筒に入れて、切手も貼った。その封筒を、俺は三度、燃やした」
父は湯呑みを両手で包んだ。
「俺はな、国に名前を出されて、家の前に三日間カメラが並んだ人間なんだ。判を押しただけの技官が、全国放送で悪者になった。お袋は、その二年後に死んだ。……あそこへ行けば、また同じことになる。取り上げられて、封じられて、そのうえで、俺が悪者にされる」
「……」
「そう思うと、封筒が持てなくなるんだ。手が動かない。理屈じゃない。あれは、病気みたいなもんだ」
光一は、何も言えなかった。父は、湯呑みを置いた。
「けどな、光一」
そして、初めて、光一の顔をまっすぐ見た。
「もし俺が、一回目で国に言ってたら、どうなってたと思う」
「……わからない」
「大掛かりな調査が入っただろうな。学者が何百人も来て、金が何千億も動いて、あいつらは、もっと早く助かってたかもしれない。少なくとも、四千人が窒息する前に、換気の理屈は届いてたかもしれない」
日誌の頁が、めくられた。七十三頁にわたる、四千二百十一人の名簿。
「俺は、あいつらに──」
父は、そこで一度、言葉を切った。
「申し訳ないことを、したのかもしれん」
かもしれん、だった。したのだ、とは言わなかった。最後まで言わなかった。父はそういう人だった。自分を断罪しきる強さも、自分を許しきる強さも、どちらも持っていなかった。
その二年後、父は死んだ。百十歳だった。葬式の届け出のとき、役場の職員が三度、生年月日を確認した。光一は三度とも、うまく笑えなかった。
*
それから、四十年が過ぎた。
光一は、父のやり方を、半分だけ受け継いだ。物は運ぶ。これは徹底した。銅線を買い、刃物を買い、ゴムを買い、本を買った。会社の給料も、鉄工所の売上も、貸した田畑の賃料も、祖父母から継いだ土地の地代も、全部そこへ流し込んだ。
だが、採点はしなかった。日誌の上申欄に丸をつけ、余白に短く返事を書くだけ。技術の順番を決めない。焦らさない。頼まれたものを、頼まれた通りに、可能な限り多く。
その代わり、光一は余計なものを入れるようになった。歯ブラシ。爪切り。入浴剤。使い捨てカイロ。安いボールペン。夏祭りで買った線香花火。
日誌には、そういうものの記録が、妙に丁寧に残るようになった。
「花火」と称する火具、賜る。
燃焼を伴うため、慎重に扱うべしと技術局は申したが、
神殿の判断により、大瀑布の風下にて、一度だけ点じることを許す。
三万余の民、これを見る。
多くの者が泣く。理由を問うに、答えられぬ者多し。
光一は、その頁を読んで、炬燵で三十分ほど動けなかった。そして翌年、線香花火を八百箱、買い付けた。
*
塔の記録が日誌に現れたのは、三十年ほど前だ。はじめは、ただの観測用の櫓だった。次の期には、それが二十層になっていた。次の期には、専用の合金が開発されていた。次の期には、塔の建設に反対する一派と推進する一派で、議会が割れていた。
日誌の文体が、少しずつ変わっていった。技術局の淡々とした報告のあいだに、別の筆跡が混じるようになった。筆圧が強く、荒い字。
地上への到達は、我らの権利である。
我らの祖は、地上より来たり、地上に見捨てられた。
これは帰還であり、報いである。
光一は、その頁を読むたびに、胃を押さえた。上申欄には、あいかわらず、こう書いてあった。
一、被覆導線 可能なかぎり
彼らは、光一が渡した線で、塔の中に神経を通していた。
*
そして、その日が来た。十一月の火曜日。光一は鉄工所にいた。昼で、事務机で握り飯を食べながら、隅に置いた古いテレビをぼんやり見ていた。
『──速報です。神奈川県西部の旧第二トンネル観測所で、職員三名が負傷』
光一の手から、おにぎりが落ちた。
『──施設内部の鉄扉が破壊されており、警察は何者かが侵入したものとみて。……なお、現場には日本語で書かれた紙が残されており』
画面が切り替わった。潰れた鉄扉が映った。厚さ十センチはある防護扉が、内側から外側へ向かって、花びらのようにめくれ上がっていた。そして、その脇の壁に、白い紙が一枚、貼られていた。
我ラヲ見捨テタ地上ノ者ヘ
報イヲ返シニ来タ
握り飯は、油じみたコンクリートの床に落ちたままだった。拾う者はいない。この工場には、もう光一しかいない。
内側から。鉄扉が、内側から破られていた。つまり、あの裂け目を、誰かが通り抜けたのだ。塔が、届いたのだ。
光一は、三時にシャッターを下ろした。今日の仕事は、もう手につかなかった。
軽トラのハンドルを握りながら、彼は必死に考えた。これから、どうなる。国が動く。自衛隊が来る。学者が来る。テレビが来る。そして、家の下の穴が。……見つかったら、どうなる。
百年間、誰にも言わなかった。父も、自分も。その百年のあいだに、光一は向こうへ、旋盤の使い方を渡した。合金の作り方を渡した。ネジの規格表を渡した。真空管の原理を渡した。制御工学の教科書を渡した。核物理学の入門書を、図書館の除籍本の束に混ぜて、確認もせずに渡した。「本 何にても」と書いてあったから。
峠の待避所で、光一は車を停めた。ハンドルに額をつけて、しばらく動けなかった。後ろから来た軽自動車が、心配したのか一度速度を落とし、それから追い越していった。光一は誰にともなく「すみません、大丈夫です」と口の中で言った。大丈夫では、なかった。
家に着いたのは、夕方の五時過ぎだった。真っ暗な庭に軽トラを停める。玄関の鍵を開ける手が、震えていた。
台所の灯りをつけて、光一は立ち尽くした。冷蔵庫の脇。電子レンジの空き箱が、どけてある。床下収納の蓋が、開いていた。