忍夜想曲者<しのびよるおもいはくせもの>   作:雀野夜靄

1 / 5
第1話 戸隠学園

 此の国には、歴史に記されない者達が居る。

 

 風を呼び、水を手繰り、火を灯し、雷を奔らせ、土を動かす。

 獣を其の身に宿し、影に潜む者達。

 

 彼らは時に人を守り、時に人を殺し、時に神を鎮め、時に神に取殺され、人知れず其の血と技を現代まで繋いで来た。

 

 世間は、其の存在を知る由も無い。

 されど忍びは今も、夜の帳の向こうに居る。

 

 

 君か代も我かよのすゑも久方のあまくたります神そまもらん

 

 

 

 風は凪いでいた。

 僕、風見宙飛(かざみそらと)戸隠(とがくし)学園の正門前で、小さく息を吐く。

 これから始まる高校生活も、このように平穏であればと願うが、そんな甘い考えは自分でも信じられなかった。

 

 風が止んだことで聞こえる周囲の音は、鳥の囀りや遠くの沢の流れ、後は気の早い虫達が飛び回る羽音くらいで、人の立てる音は殆どない。

 二百人以上が在籍する学校の入学式がこれから始まるとは思えないほど、辺りは静まり返っている。

 

 長野の山奥にひっそりと佇む戸隠学園は、表向きは防衛大学附属学校の一つである。

 しかしその実態は、忍の養成機関として戦国時代に設立された戸隠塾を前身に持ち、通常の高等教育に加えて、忍術の訓練も密かに行うという特殊な場所だ。

 

 

 

 退屈な入学式と普通の(だと思われる)授業が終わり、午後からは忍術の授業が始まった。

 初日の授業は、己の性質に応じた忍術――固有属性忍術の出力訓練である。

 

 焦茶色の髪を後ろで一つに結んだ、蛇のような吊り目の少女、勿朽流華(くちなりゅうか)

 僕は彼女と班を組むことになった。

 

 被験体となった僕は、両手で的となる藁で編まれた案山子(かかし)を保持する。

 

「じゃあ、行くよ」

 勿朽が感情の乏しい声と共に鮮烈な水流を繰り出した。それは、案山子越しに僕を容赦なくずぶ濡れにする。

 

「次は、僕の番だね」

 そして僕が試される番となる。

 

 受け手となった勿朽へ、意趣返しをしたい気持ちはあった。

 僕はゆっくり息を吸い込み、静かに手を掲げ、眼を瞑った。

 

 その時、心の奥から這い寄るような暴風を幻視する。

 

(この力《かぜ》を制御できる程に、僕は強く無い)

 結局、僕の術は勿朽が持つ案山子の藁を揺らし、彼女の後ろ髪を少し巻き上げるのに留まった。

 

「終わり……?」

 術の結果だと認識されるかも怪しい程のそよ風に、彼女は怪訝そうな顔をする。

 

 途端、僕の顔が熱くなる。

 無言で頷く僕に向けられた勿朽の冷たい視線が胸を抉る。

 

(まあ、取り返しのつかない事になるよりはましか……あの頃みたいに)

 悔しさと情けなさが入り混じる中で、僕はそう自分を慰める。

 

 自らの内に吹き荒れるこの風を、いつか制御できるのか。

 僕は、そんなことを想っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。