勇者ブレイブ、最大の受難が待ち受ける。
前回依頼を達成したものの、海に落ちてしまった僧侶リリス。
ずぶ濡れのまま街を歩かせるわけにはいかない。
もう日も沈んでいる。
幸い、都合よく手頃な温泉宿が近くにある。
彼女はなぜ、沐浴をあんなにも嫌うのか…その真実に迫ろうとしていた。
「オトナ2名様ですねー二万になりますー。にしてもお二人さん、偉い格好ですなぁ。」
リリスは速乾魔法でとりあえず服は乾かしたものの、塩が固まって服がパリついている。
「実はちょっと海に落ちてしまいまして…。」
「あら、魔物の討伐依頼かい?」
「今ちょうど、大型のサメが海を徘徊していて、ほとんど漁にでれなくてね。」
「王都で有名な教会に、討伐依頼を出しに行かせたところなんだよ。」
「おばちゃん…もしかしてそのサメって…」
聖剣が光り輝き、映像が流れる。
そこには陸に打ち上げられたサメの姿が映っていた。
…この聖剣、持ち主の記憶であれば他人に見せられるらしい。
どうして、全部他人に見せられないんだ…歴代勇者たちの敗因が…風呂にはいらないせいです!
なんて言って映像が出たら、みんな納得してくれるのに!
「まぁ、コイツだよ…あんたもしかして勇者様かい?」
「ええ、今は王都に留まって、力を蓄えている最中で…。」
「まぁ!実はこの旅館の近くは、以前魔物が多くはびこっておりました。」
「ですが、その代の勇者様に手を尽くしていただいたおかげでここまで立派な漁村になりまして。」
「これもなにかのご縁です、ご要望ありましたらなんでもお申し付けください。」
その話聞き、目を輝かせる僧侶リリス。
「では、厚かましいお願いなのですが、個室のお風呂はございますか?」
「ええもちろん。ただ、温泉付きの個室が1室しか空いておりませんで…相部屋でもよろしいでしょうか?」
「ええ!もちろん、ありがとうございます!」
遠慮がちにもスッと要望を通す僧侶リリス…意外と強かで世渡り上手なのかもしれ…。
…待て。
今何といった。
相部屋でもいい。
つまり、俺の理性が試される。
そういうことか。
普通、こういうイベントは四天王とかが一天王になる頃合いで挟まるはずだよな…。
早すぎない?展開。
まだ序章よ、旅にも出てないよ。
序盤から宿は泊まるけど、カットされてるだけでああ言うのは大体2部屋取ってるもんだよ。
確かに、リリスと出会ったからもう3ヶ月は経った。
それなりに信頼関係は築けたとは思う。
だけど、急じゃない?
なんかこう、俺だけ意識してるみたいで恥ずかしいじゃん。
そんな俺の心の内など表に出せるわけもなく、部屋に通される勇者ブレイブと僧侶リリス。
「では、ごゆっくり。」
パタリと閉じた襖の音が、試合開始のゴングのように感じられた。
試される、勇者としての矜持。
しかし、ピンチはチャンスだ。
3ヶ月という時間をかけても、リリスの沐浴嫌いの理由は一行にわからなかった。
「あの、勇者様…。」
伏し目がちに話しかけてくる。
何だ、何と言われるんだ…。
「先にお風呂をいただいても…?海水は乾いてもベタついてしまって…。」
「アぁ、構わない。」
くっそ、声が裏返った、何を考えているんだ俺。
「俺は、大浴場のほうに行く。30分くらいしたら戻ってくるよ。」
「わかりました。」
脱兎のごとく部屋を後にする勇者ブレイブ、彼の早さはボタンを押しつづけたダッシュより速かった。
ーーーーーーーーーー
「あぁー生き返るー。」
大浴場で手と足を伸ばして入るというのはいいものである。
体力と気力や魔力はすぐに全快するかは分からないが、風呂はいいものである。
…冷静になって思えば、リリスは別に風呂にはいるのを嫌がっているわけではないらしい。
なら…俺の考えは杞憂だったんじゃないか。
あぁ、良かった。
単にステータスが高い、欠点のない優秀な僧侶がパーティーに入ってくれたんだ。
しかも、ちゃんと風呂に入るし、良識もしたたかさもある。
初期メンバーとして、きっとパーティーの中核を担ってくれるだろう。
それにしてもいい温泉だ、景色もいい、あんなに月も綺麗に波を打って…。
いや、波を打つわけないだろ!
けたたましい警報音で我に返る勇者。
なんかよくわからんが、とりあえず武装だ。
風呂から手早く上がり、次元の狭間から聖剣を取り出し、目にも留まらぬ速さで服を着た。
一歩歩く間に服装を変えるなど、勇者なら造作もないことだ、服の記憶を読み込む間など必要ない。
「おばちゃん!今のはなんだ?」
「魔族でございます!この旅館は創立期から古の勇者様によって結界で守られております。それに衝突したのでしょう。」
「どうか、魔族を祓っていただけないでしょうか?」
「もちろんだ。必ずここを守ろう。」
勇者は外に向かって走り出した。
ーーーーーーーーーー
リリスは…入浴中だろう。
女性は準備に時間がかかる。
ここは俺一人でなんとかしなくては。
探知に引っかかった魔族は1体だ、かなりの手練れか無鉄砲か…どちらにしろ只者ではない。
警戒しなくて…海岸線に…浮いている、尻尾が。
レベルは…見えない。
隠蔽魔法だろう、力量を見誤ると即死は免れない強さの魔族だ。
だが…俺は勇者で、後ろは街だ。
にげることは、できない。
ザパァと波をきり裂き、沈んでいた魔族が現れた。
長くて赤い髪に、魔族の特徴である十字の入った瞳…外見は人間とほぼ変わらない、17.8の少女だ。
「くそっ、なんで勇者がこんなところに…。」
こっちの台詞だ、人語を操る人型の魔族といえば大体幹部クラスだろ。
「おい、何が目的だ、使い切れなかったポイント消化のための温泉旅行か?」
「すぐにギフト券に交換したわ!いや違う…ある目的があってここに来た、探し物だ。」
「探し物?」
「あぁそうだ、長年探して…今日ついに…ついにこの辺だとわかったんだ!」
「なんだ、お前も指輪を海に投げ込んだのか?」
…軽口で時間を稼げ、即死しなければ回復魔法でリリスに治してもらいながら戦える。
ヒーラーなしで大型と戦うなんて無茶な真似はできれば避けたい…。
「何の話だ?今頭をぶつけて機嫌が悪いんだ、丁度いい、お前を倒せば憂さも晴れて魔族としての格も上がる。」
そう言うと魔族は、腕を横一閃に振る。
勇者は即座に身を屈めた。
伸びた爪が勇者の頭上を掠め、背後の岩場が3枚におろされる。
やはり、魔族の爪といえば伸びて斬れ味がいい。
爪が特徴の魔族なら引っ掻き攻撃、モーションも予想しやすい。
間合いを詰めるか、魔法で攻めるかだが、魔力に抵抗力がありそうだ、そんな気がする。
間合いを詰めようと、足に力を入れたその時だった。
髪が引っ張られるような感覚…咄嗟に土魔法で避雷針を生成する。
直後、雷鳴と共に生成した避雷針が粉々に砕け散った。
なんでだ!赤髪だぞ、普通は火だろ火!
なんで、「我以外の四天王は前座よ。」とか言いそうなやつが使ってくる雷系の魔法なんだよ!
「チッ、お前良い勘してるな。」
言い終わるか終わらないかくらいで、姿が消え…赤い線が足元に入り込む。
勇者は咄嗟に飛び、真下に入った魔族の肩を踏み台にしながら、剣で一閃する。
だが、明らかに浅い、掠った程度の手応えしかない。
パリパリとした音とともに赤い髪が逆立つ。
こいつ、この見た目で近接も強いのかよ…。
「あぁ!まただ!なんで!なんでこの技、命中率高いのに当たらないの!普段は9割当たるのに!」
俺に分身はない、普段より小さくなってもいない。
だが、後一撃、そんなときほど、当たらない。
焦れた魔族が、掌を天に掲げると同時に勇者の顔が熱を帯びる。
赤い髪に相応しい火球が、月が見えなくなるくらい大きくなっていく。
「勝ったな。帰って風呂入るか。」
読めさえすれば、反発する属性の魔法を当てて相殺する、ディスペルは容易だ。
しかも相手は頭に血が上って視野が狭くなっている。
後ろから、魔法で強化した波に気づくのが遅れ、再び海水を被った。
浜に打ち上げられ、のびる魔族をバインドで拘束する。
こいつには何が目的なのか聞き出さねばならない…。
「勇者様!」
戦闘終了と同時にリリスが駆けつける。
突如、赤い魔族が簀巻きにされながら跳ね回る。
…エビのように…。
「リリ…!」
言い終わるか終わらないかのタイミングで、エビが海へと帰ろうとしている。
あっ…やめたげて、跳ねてる、跳ねてるよリリス。
赤いその子、ボールみたいに海面で跳ねてる。
治しながら跳ねさせないで…ビーチボールは普通、海面では跳ねないの。
一旦治しても、全然やってることえげつないからね…。
ハッと我に返る勇者。
「リリス、その子は知りあ…」
「バレては、仕方ないですね…。」
「私は魔王の娘、リリス。」