某Goo〇leのAiにこんな世界観で前に進み続ける女の子とそれをみて曇る親友っていいよねと趣味で書いていたやつです。
茜色の夕日が差し込む放課後の美術部室には、油彩とテレピン油の少しツンとした匂いが満ちていた。
カンバスの前に腰を下ろした日和は、窓からの光を浴びながら、夢中で筆を動かしている。彼女が描く風景には、どこか見る者の胸の奥をぎゅっと掴むような、温度のある鮮やかさがあった。誰かの寂しさに寄り添うような、柔らかく真っ直ぐな色遣い。千紗は、日和の描くその絵が昔から好きだった。
だが、その繊細な筆遣いとは裏腹に、彼女の手元は昔から驚くほど危なっかしい。
「……日和、ちょっとストップ」
腕を組んで隣に立っていた千紗は、深いため息をつきながら割って入った。
「えっ、千紗ちゃん? どうしたの?」
「どうしたの、じゃない。足元見なさいってば」
千紗が顎で指した先には、蓋の開いたまま床に転がるコバルトブルーのチューブと、今にも日和の靴の踵で倒されそうな筆洗いのバケツがあった。
「わっ! うそ、いつの間に……!」
「筆に夢中になると周りが見えなくなる癖、何回言ったら直るの。まったく、制服に青い斑点をつけて帰る気?」
千紗は呆れ顔で腰をかがめると、汚れた絵具チューブを拾い上げ、手慣れた様子でティッシュを使って日和の手首についた汚れを拭き取ってやる。
「あはは……ごめんね千紗ちゃん。千紗ちゃんがいてくれないと、私、今頃全身ペンキまみれの怪人になってるかも」
「笑いごとじゃないっての。ほら、手出して」
文句を言いながらも、千紗の手付きは丁寧だった。
日和は絵を描くことに関しては素晴らしい感性を持っているのに、日常生活の手先は信じられないくらい不器用で、放っておくとすぐに絵具まみれになったり、大事なところで躓いたりする。そんな彼女の世話を焼くのは、千紗にとっていつの間にか日常の不可欠な一部になっていた。頼りない笑顔で「ありがとう」と微笑む日和の隣にいる時間が、千紗にとって何よりも居心地のいい場所だったからだ。
「……でも、いい色だね。この空」
千紗がカンバスを覗き込んで呟くと、日和はパッと顔を輝かせた。
「本当? この夕方の、昼と夜が混ざり合う瞬間を描きたくて……でも、難しいんだ。油断すると、すぐに夜になっちゃうから」
そのときだった。
ガタガタ、と部室の奥にあるスチール棚が小さく軋んだ。
地震かと思った千紗が眉をひそめた瞬間、棚の最上段に積まれていた木製の重い石膏像が、バランスを崩して手前へと大きく傾いた。下には、ちょうど道具を片付けようと屈んでいた後輩の部員がいる。
「危な――」
千紗が声を上げるより早く、風が切れるような音がした。
日和だった。
「――っ!」
普段の鈍くささが嘘のように、日和の身体は反射的に前へと飛び出していた。
後輩の背中を力任せに突き飛ばし、代わりに自分が倒れてくる石膏像の真下へと身を滑り込ませる。
ドガァン、と鈍い破壊音が部室に響き渡った。
「日和っ……!!」
千紗の心臓が凍りつく。飛び散った石膏の粉塵の中、日和は床に倒れ込み、左腕を庇いながら荒い息を吐いていた。
「ひ、日和! 大丈夫!? どこか打ったの!?」
「だ、大丈夫……ちょっと、腕が擦れただけ……あの子は、無事……?」
青ざめた顔で自分の痛みを堪えながら、日和はまず突き飛ばした後輩の安否を確認していた。その後輩が無事だと分かると、日和はほっと胸を撫で下ろす。その震える指先を見て、千紗の胸の底から激しい怒りと、それ以上の恐怖がせり上がってきた。
「……バカ! なんであんたが飛び出すのよ!」
千紗は思わず日和の肩を掴んで怒鳴っていた。
「一歩間違えたら頭に当たってたんだよ!? 自分が大怪我するかもしれないのに、なんで……なんでいつもそうなの!?」
千紗の手が震えていた。日和を失うかもしれないという恐怖が、喉の奥を締め付ける。
日和は痛みに耐えながら、千紗の怒りを真っ向から受け止めるように、その瞳をじっと見つめ返した。怯えてはいる。肩も小刻みに震えている。だが、その瞳の奥には揺るぎない光があった。
「怒るのも無理はないよ。心配かけてごめんね、千紗ちゃん……」
日和は左腕の痛みを堪えながら、息を整えてはっきりと告げた。
「でもね、危ないって分かってたから。あの子が気づいてないのに、目の前で見ているだけの自分なんて、絶対に許せない。……怖かったよ。すごく怖かったけど、見て見ぬふりをして誰かが傷つくのをただ立って眺めてるなんて、私にはできないよ」
「……っ」
千紗は言葉に詰まり、唇を強く噛み締めた。
日和は自分の命を軽く見ているわけでも、投げやりに自己犠牲をしているわけでもない。人一倍怖がりだし、怪我をすればちゃんと痛がる。自分の命も、千紗との日常も大切に思っている。
だからこそ厄介だった。彼女を動かしているのは自己否定などではなく、「目の前の理不尽を絶対に許さない」という、あまりにも真っ直ぐで強すぎる正義感なのだから。
それは人として極めて美しく、正しい在り方だ。否定することなんて誰にもできない。
けれど、千紗にとってはその「正しさ」こそが、いつか日和を遠くへ連れ去ってしまうのではないかという、拭い去れない不安の種だった。
「……正しいのは、分かってるよ。でもね、私は日和が無茶をするのを見るのが嫌なの」
千紗は日和の震える左手を両手で包み込み、立ち上がらせるために肩を貸した。
「もう……本当に、目が離せないんだから」
「ふふ、ありがとう、千紗ちゃん。千紗ちゃんは本当に優しいね」
「あんたに言われたくないっての」
悪態をつきながらも、千紗は日和の温もりを確かめるようにしっかりと支えて歩き出す。
二人が美術部室を出て、夕暮れの廊下を歩き始めたその時だった。
カチリ、と世界のどこかで歯車が噛み合わないような、乾いた不協和音が鳴り響いた。
窓の外を見上げた千紗は、息を呑む。
茜色に染まっていたはずの街の空に、まるでガラスの表面に走るような「無数の亀裂」が、音もなく広がっていた。
「……千紗ちゃん、あれ」
日和が息を呑み、痛む左腕を押さえながら窓枠へ駆け寄る。
空の真ん中に、まるで巨大な鉄球を叩きつけたような幾何学的なヒビが入っていた。そこから覗いているのは暗闇ではなく、見たこともない廃墟の街や、深い水底に沈んだ街のシルエットといった「別の景色の残像」が、万華鏡のように明滅している。
頭蓋の奥に、不気味なノイズが直接響いた。
空の亀裂から、黒く濁った絵具をぶちまけたような「影」が、重力を無視して校庭へと滴り落ちる。影は地面に触れた瞬間、手足の長い異形の獣のような輪郭を結び、輪郭がブレるたびに周囲のアスファルトや植え込みが灰色に変質していった。
「校庭に、誰かいる……!」
日和が窓ガラスに額を押し付けるようにして叫んだ。
部活動の片付けをしていた生徒たちが、突然の異常事態に腰を抜かし、逃げ惑っている。その一人の背後へ、影の怪物がゆっくりと腕を振り上げていた。
「逃げて――っ!」
日和が窓を開けようと鍵に手を伸ばす。
「待って日和! あれは普通じゃない、下に降りちゃダメ!」
千紗はとっさに日和の手首を掴んだ。
だが、日和の瞳には先ほどと同じ強い光が宿っていた。恐怖で足がすくみ、呼吸が乱れている。それでも、彼女の身体は下へ向かおうと力を込めていた。
「でも、あそこに人がいるんだよ! このままじゃ――」
そのとき、二人の間の空間がふわりと歪んだ。
空気中から滑り出るように現れたのは、白く滑らかな質感を持った、奇妙な小動物のような姿の端末だった。感情の起伏を一切感じさせない、丸い真紅の瞳が、二人の少女を順番に捉える。
『個体識別:少女B――未来分岐容量、極小。観測対象外として除外』
端末は千紗を一瞥しただけで、何の値打ちもないガラクタを見るように視線を外した。そして、その首を日和の方へと向ける。
『個体識別:少女A――未来分岐容量、特級極大値。……素晴らしいね、適合体を確認したよ』
端末は穏やかで親しみやすい声色で、さらりと言葉を紡いだ。
「ねえ、君はあの侵食を拒絶して、この現在を守りたいかい? もしそう望むなら、僕と契約してほしいんだ。君がこれから歩むはずだった“未来の可能性”を担保にして、この時空へ切先を前借りするんだよ」
「未来を……前借り……?」
日和が呆然と呟く。千紗は本能的な悪寒を覚え、日和の前に身体を割り込ませた。
「なんなのあんた! わけのわからないこと言ってないで、どっか行きなさいよ!」
千紗の怒声に対しても、端末――クオンは小首を傾げ、悪びれる様子もなく平然と返す。
「わけがわからないのかい? 困ったな、極めてシンプルな取引だよ。……それに、怒っても無駄だよ、少女B。君にはこの宇宙の維持機構に差し出せるほどの分岐した可能性が存在しないんだ。君の未来は最初から狭く閉じてしまっている。君はただの観測点に過ぎないんだからね」
「なっ……!」
「でも、彼女――少女Aは違う。彼女の未来には無数の選択肢と、それを成し遂げうる莫大な意志の芽が満ちている。これほど上質なリソースは滅多にないよ。……さあ、少女A、どうするんだい? 君が躊躇している間にも、あの校庭の子はあと四秒で剪定世界の残滓に呑まれちゃうよ。存在ごと消えてなくなってしまうんだ」
淡々と、まるで明日の天気を告げるかのようにタイムリミットを突きつけてくるクオン。
千紗は日和の腕を両手で強く抱え込んだ。
「日和、聞いちゃダメ! こいつ、絶対にまともじゃない!」
「……千紗ちゃん」
日和は千紗の手を、そっと、けれど決してほどけないような力で握り返した。
その手はひどく冷たく、細かく震えていた。怖いのだ。目の前の白い生き物も、空の亀裂も、自分の未来を差し出すという言葉の意味も、全てが恐ろしいはずだった。
それでも日和は、千紗の瞳を真っ直ぐに見つめて、困ったように微笑んだ。
「ごめんね、千紗ちゃん。……でも、私、やっぱり目の前で誰かが消えちゃうのを見過ごすなんて、できないよ」
「日和――!!」
日和がクオンに向けて手を伸ばしたその瞬間、空気を切り裂くけたたましい金属音が響き渡り、校庭の影の怪物を両断する紅蓮の閃光が奔った。
轟音とともに校庭の土煙が高く舞い上がり、窓ガラスがビリビリと激しく震える。
先ほどまで生徒を追い詰めていた影の怪物は、その巨大な胴体を真っ二つに両断され、黒い飛沫を上げながらアスファルトの上でのたうち回っていた。
その怪物の頭上に、ふわりと軽やかに降り立った影が一つ。
「――まったく、ギリギリセーフ! ちょっと、間に合ってよかったぁ〜!」
陽気で少し気の抜けた声が、夕暮れの校庭に響く。
長い黒髪を後ろで束ねた少女――七海が、身の丈ほどもある巨大な長剣を軽々と肩に担ぎ直していた。ブレザーの制服を綺麗に着崩し、大人のような落ち着いたスタイルをしているのに、胸元のリボンが派手に曲がっている。
「何がギリギリセーフよ、ばか七海! 遅いっての! あともう一秒遅かったら、そこの一般人が剪定滓の餌になってたじゃない!」
校舎の屋上から、鋭い叱責の声とともに飛び降りてきたのは、小柄なツンとした顔立ちの少女――凛だった。華奢な体躯に似合わない二丁の短機関銃を構え、着地の反動を一切感じさせない無駄のない動きで怪物の残骸へ銃口を向ける。
「あはは、ごめんごめん、凛ちゃん。途中でね、美味しそうなクレープ屋さんが目に入っちゃって……あ、でもちゃんと一般人は結界の外へ退避させたよ?」
「任務中に買い食いしようとしてんじゃないわよ! ……チッ、まだ蠢いてる。とっとと消し炭にしなさい!」
凛の怒声と同時に、七海が肩の力を抜き、目を細めた。
その瞬間、彼女の周囲の大気が陽炎のように揺らぎ、千紗の目には、七海の後ろに「何年も過酷な戦場を生き抜いた熟練の剣士」の幻影が一瞬だけ重なって見えた。
「――……おやすみ」
シュン、と空気を裂く鋭い風切り音。
七海がただ一太刀、空を撫でるように長剣を横薙ぎにしただけで、アスファルトごと怪物の残骸が幾何学的な光の粒子となって爆散し、跡形もなく掻き消えた。
校庭の怪異が消滅すると同時に、空のひび割れもゆっくりと塞がり、夕暮れの茜色が静かに街へと戻ってくる。
「ふぅ……一件落着! あ、制服に煤がついちゃったかも」
七海は長剣を光の粒子へと戻し、ぽんぽんと自分のスカートを払う。先ほどの圧倒的な気迫は霧散し、いつもの少しドジそうな笑顔に戻っていた。
一方、凛は深く息を吐くと、ポケットからスマートフォンを取り出し、画面に視線を落としながらせわしなく指を動かしていた。何かに追われるようなその横顔には、七海の屈託のなさとは対照的な、ぴりついた緊張感が漂っている。千紗がその様子を目で追っていると、凛はふと視線に気づいたのか、不快そうに眉を寄せてスマホの画面を手元で隠し、胸ポケットへとしまい込んだ。
「……ねえ、マスコット。また勝手に余計な勧誘してたんじゃないでしょうね」
凛の冷たい声に対し、クオンはふわりと宙に浮き上がった。
「やあ、七海、凛。仕事が早くて助かるよ。でも、余計だなんて心外だな。彼女――少女Aは、君たちよりもずっと膨大な可能性を秘めている。この世界線を維持するための、極めて優秀な新しいリソースなんだから」
「ふざけないで。これ以上、一般人を巻き込むなって言ってるでしょ」
凛が鋭く睨みつけたその時、校舎の廊下の奥から、カツカツと規則正しい革靴の足音が響いてきた。
現れたのは、黒いスーツを身に纏った数人の男女だった。
その胸元には、精緻な歯車のバッジが光っている。
「そこまでにしてもらおうか、クオン」
先頭に立つ眼鏡のスーツの男性――榊原が、静かに、だが深い苦渋の滲む声で告げる。
「ここは我々『観測補導局』が引き継ぐ。……君たち二人は、まずは報告を」
「はーい、お疲れ様です〜。あ、局長、今日の夕飯の経費って出ます?」
「出るわけないでしょ、このポンコツ! ……ったく、行くわよ」
七海と凛がスーツの大人たちに促されて校舎の裏手へと去っていく中、榊原は美術部室のドアを開け、千紗と日和を見つめた。その瞳には、子供を巻き込んでしまっていることへの拭いきれない罪悪感が色濃く宿っていた。
「……君たちが無事でよかった。だが、話を聞かせてもらわなければならない。君たち二人とも、だ」
千紗は日和の肩を抱き寄せ、警戒心を露わにしながら大人たちを睨みつける。
だが日和は、痛む腕を押さえながらも、静かに、そして真っ直ぐにスーツの大人たちを見つめ返していた。
日常の輪郭が音を立てて崩れ去り、彼女たち運命の歯車が、いま確実に回り始めた...