ドラゴンクエスト―ダイの大冒険― 転生者の歩き方 作:amon
「そんな……馬鹿な……」
長い沈黙の後、ヒュンケルが絞り出す様に呟く。
「では、父の命を奪ったのはアバンではなく……ハドラーだったというのか……!?そしてアバンは、俺が父の仇と恨んでいる事を知りつつ……俺を、見守ってくれていたというのか……!?」
独白は段々と大きくなり、ヒュンケルは徐々に身体を震わせていく。
「っ、う……嘘だ……!嘘だあぁぁぁぁッッ!!!」
叫び、魂の貝殻を地面に叩きつけるヒュンケル。足元に転がってきた貝殻を、俺は拾い上げ、箱に戻した。
「俺は信じんぞ……!今更、今更こんな事が信じられるか!!」
「好きにしろよ」
「っ!?」
貝殻を納めた箱をカバンに入れ、俺は冷静にヒュンケルを見据える。
「魂の貝殻の内容が嘘か本当かなんて、俺はお前以上に分からん。正直、大して興味もないしな。俺は信じろとも、信じるなとも言わんさ。お前の自由だ。だが……」
腰の鞘から竜神王の剣を、ゆっくりと引き抜く。
「お前がまだ、魔王の手先としてパプニカ王国を攻め続けるというなら、俺は今ここでお前を倒す。俺は、元々その為にここに来たんだからな」
「ぬ、ぅぅ……ッ!」
何を思ったのか、ヒュンケルは剣を引き抜かず妙にゴツい鞘ごと持ち上げ、自身の頭上に掲げた。
「
ヒュンケルがその言葉を発した途端、鞘が解ける様に広がり、無数の金属の帯がヒュンケルの身体に巻き付いていく。鞘を構成していた金属帯は、ヒュンケルの身体を覆うと鎧へと変形し、忽ち全身甲冑の姿へと変貌した。
「ほう、面白い武器だな。鞘が鎧に変化するとは」
「これこそ大魔王バーン様から頂いた究極の鎧『鎧の魔剣』!!この鎧はあらゆる攻撃呪文を弾き返す……最強の武器であり、同時に最強の防具なのだ!!この鎧を纏った俺は、もはや完全無欠!!」
その話が本当だとすれば、ヒュンケルに対して呪文は無効……戦士の弱点である、呪文に対する防御力をあの鎧で賄っている訳か。しかし、完全無欠は言い過ぎだな。そんなもの、呪文を使わなければいいだけの話だ。
「いくぞッ!エイトッ!!」
ヒュンケルが兜の飾りを外すと、垂れ下がっていた部分が直結して元の直剣に戻る。本当に面白い武器だ、恐らくあれは状況に応じて剣の鞭としても使えると見た。
ヒュンケルは剣を振りかぶりながら向かってくる。重装備な見た目に反して実に鋭く速い踏み込み、人によっては消えた様に見えるだろう。だが、俺には足を踏み込む瞬間から剣を振り下ろすまでの動作の1つ1つまで、流麗なスローモーションの様に見える。
タイミングを合わせて弾き返すには、十分――。
「ぐあぁぁッ!??」
ヒュンケルの剣が振り下ろされる瞬間、俺も竜神王の剣を横薙ぎに振るい、ヒュンケルを身体ごと右横に弾き飛ばした。手に残る衝撃と重みは、ヒュンケルの戦士としての高い力量を物語っている。
「ぐッ!?くっ……!」
5m程転がる様にして、ヒュンケルは何とか体勢を立て直したが、俺を見るその顔には今までにない焦りと驚きの色がありありと浮かんでいる。恐らくは今の一撃で、俺との力の差を感じ取ったのだろう。ヒュンケルが弱い訳ではない、俺が……いやいや、転生時に貰ったこの身体が強過ぎるのだ。
「ば、馬鹿な……!?」
ヒュンケル自身のダメージはそう大きくはないだろう。剣と鎧に守られている……結果、その剣と鎧には無数の罅が入り、次の一撃は到底受けられないであろう状態になってしまったがな。
「こ、この最強の鎧が……たった一撃で……!?」
鎧のダメージは、そのままヒュンケルの精神のダメージと言っても良いだろう。なまじ高い力量を誇っていたが故に、その自信が砕けた時の精神的ダメージは大きく、その後は驚くほど脆くなる。
次の一撃で終わらせる――今度は俺が剣を振りかぶりながら、ヒュンケルに向かって踏み込んだ。
「ッ!?うおおおおッ!!」
「むっ?」
咄嗟にヒュンケルが掌を繰り出す動作をした途端、俺の全身に何か圧力の様なものが絡みつき、寸前のところで動きを止められた。
「はあ、はあ……!ふ、ふふふふッ……油断したな!」
「何だ、これは……?」
「『闘魔傀儡掌』!!この技は、暗黒闘気によって相手の全身の自由を奪う!!本来は躯共を操るのに使う技だがな……この技に掛かった今、貴様は俺の操り人形同然!もはや絶対に逃がさん!!」
「成程、これが暗黒闘気ってヤツか」
全身が冷たく、目の前がやや暗くなった感じがする。ヒュンケルの暗黒闘気が、俺の全身を覆い、縛っているという事なのだろう。まあ、種と仕掛けは分かった。この程度なら破るのは造作もない。
「むんッ」
腹の底に力を入れ、闘気を全身から放出する事でヒュンケルの暗黒闘気の呪縛を弾き飛ばす。
「なっ、何ぃ!?――ぐはッ!?」
驚いて硬直したヒュンケルのがら空きの胴に蹴りを叩き込む。ヒュンケルは壁まで吹き飛び、激突して跳ね返り、うつぶせに倒れ込んだ。
「ぐ……は……ぁ……ッ」
かなりのダメージを負った身体を震わせ、どうにか上体を起こそうとするヒュンケル。鎧は砕け散りインナー姿……防御力は格段に下がり身体も満身創痍……立ち上がったとしても、もはや俺に勝てる可能性は皆無。その事はヒュンケルが1番理解しているはずだ。
「ぅ、ぐ……ぅぅ……!」
それでも尚、立ち上がろうとする執念は一体どこから来るのか。俺に負けたくないのか?男としての意地か、或いは戦士として、一軍の将としての矜恃が敗北を受け入れないのか?
「ぐうぅぅ……!!」
いや、そんな感じではないな。剣を杖代わりにしてやっと立ち上がったヒュンケルの目から、初めにあった暗い濁りが消えている気がする。
「はあ、はあ、はあ……え、エイト……!」
荒い息を吐きながらもヒュンケルはその目に闘志を燃やし、両足を踏ん張り、剣を構えた。右手に持った剣を後ろに引き絞り、左手で俺に狙いを付ける切っ先を支えるビリヤードに似た構えだ。
「それがお前の奥の手か?」
「ふぅ、ふぅ……そうだ、アバンを討つ為に、俺が独自に編み出した必殺剣……!これが……俺の最後の技だ!!」
決死の覚悟、といった顔だな。あんなボロボロの身体でまともに撃てるものなのかは正直疑問だが、ヒュンケルはこの一撃に己の全てを込めるつもりだろう。避けることも、技そのものを潰すことも簡単だが……どっちにしろ無粋か。
「いいだろう」
俺も剣を構え、迎撃の体勢を取る。
「来い……ヒュンケル!!」
お前の覚悟、受け止めてやる……!
「……ふ」
一瞬の事だったが、ヒュンケルは笑った。憑き物が落ちた様な、晴れやかな笑みだった。
それもすぐに戦士の顔に戻る。闘気が高まり、満身創痍のはずなのにそれを感じさせないほどに構えが安定する。初めに斬り掛かって来た時より、遥かに強く感じる……吹っ切れたかな?
俺も半端な気持ちでいると危険だ。慢心は捨てて……全力でヒュンケルを倒す!
「『ブラッディースクライド』ォォォッ!!!」
「『ギガスラッシュ』ッッ!!!」
ヒュンケルが真っ直ぐに繰り出したドリルの様に螺旋回転する闘気の刺突と、俺が横薙ぎに繰り出した闘気の斬撃がぶつかり――俺の『ギガスラッシュ』がヒュンケルの『ブラッディースクライド』を斬り裂いた。
「――――ッ!!」
全精力を使い果たしたヒュンケルに避ける力など残っているはずもなく……『ギガスラッシュ』の斬撃は、ヒュンケルの胴を斬り裂いた。
「がはッ……!」
裂傷からの出血と吐血によって血塗れとなったヒュンケルが、仰向けにばったりと倒れる。俺はその側に歩み寄る。
「ゴボッ!ガハッ!はあ、はあ……」
見るからに致命傷、放っておけばあの世行きだろう。
「はあ、はあ、ぐっ……お、俺の、負けだ……」
息絶え絶えに、ヒュンケルが口を開く。
「はぁ、はぁ……殺、せ……」
「……今、楽にしてやる」
「ふ、ふふ……」
さっきも見た晴れやかな笑みを湛え、ヒュンケルがそっと目を閉じる。俺はその場で膝をつき、ヒュンケルに手を翳す。
「『ベホマ』」
「な……っ!?」
回復呪文の光がヒュンケルを包み込み、傷はほんの数秒で塞がった。そして、完治したヒュンケルは信じられないものを見る様な目で俺を見ながら起き上がる。
「な、何故だ……!?何故、敵である俺を助ける……!?」
「俺は楽にしてやるとは言ったが、殺してやるなんて一言も言ってないぞ」
「ッ、情けを掛ける気か!?」
「情け、か……」
まあ、間違いではない。詰まる所はそういう事だ。
「こうする理由は幾つかあるが、そうだな……強いて言えば、俺の目にはお前が『助けてくれ』と言ってる様に見えたから、かな?」
「な、に……?」
「上手く言えんが、魂の貝殻を聞いた後のお前は、まるで迷子の子供の様だった。どっちに行けばいいのか分からず、立ち尽くし、不安と恐怖に苛まれて泣き叫ぶ子供……そんな感じだった」
「……っ……」
「あの様子を見てしまうとなぁ……他の個人的な理由も合わさって、お前を殺す気になれなかった。お前を治した理由は、そんなところだ」
「ッ……!」
俺が理由を言い終えると、ヒュンケルは項垂れ、肩を震わせる。
「……どうした?」
「ッ……殺される事より、情けを掛けられる方が……俺の心を切り刻む……!」
その時、ヒュンケルの顔から滴が零れたが……見なかった事にする。
「丁度いいじゃないか。生きることが辛いと言うなら、それがお前への最大限の罰になる」
「ッ……俺の、負けだ……!力だけでなく、心においても……俺の完敗だ……!」
「伊達に歳は喰ってない、ってな」
軽口で雰囲気を入れ替え、ヒュンケルの手を掴み立ち上がらせる。
「ヒュンケル、お前にはこれから俺と一緒にパプニカ王国に来てもらう。1つのけじめとして、パプニカ王の前に出頭し、罪の裁きを受けろ。拒否権はないぞ」
「……ああ、それは俺も望むところだ。罪は償わねばならん……」
「あと、地底魔城は完全に潰させてもらう。文句はないな」
「っ、待ってくれ!せめて、部下達を解散させてもらえないか?不死の骸とはいえ、今日まで俺に仕えてくれた者達なんだ……滅ぼすのは偲びない」
『ヒュンケル様、その必要はございません』
俺が却下する前に、別の声がヒュンケルの頼みを否定した。振り返ると、執事服に身を包んだ腐った死体がそこにいた。確かモルグとかいったな。
「モルグ……」
『失礼ながら話は全て聞かせていただきました。立ち聞きの無礼をお許し下さい。そして、ヒュンケル様……どうぞ我らの事はお気になさいませぬよう』
「何だと?」
『軍団長たるヒュンケル様の敗北は、我ら不死騎団の敗北と同義……ここで仮に生き延びたとしても、敗走した我らが軍団とした再編される事はまずありますまい。ならばせめて、魔王軍六軍団の一角として華々しく散るのがよろしいかと……』
「……生き恥を晒すより、死を望むと言うのか」
『我らは元より死者の成れの果て……ここで果てるとすれば、それも天命でございましょう』
「……分かった」
そう言って頷くと、ヒュンケルはモルグを正面から見据える。
「今日まで、よく仕えてくれた。礼を言うぞ、モルグ」
『勿体無いお言葉です。ヒュンケル様、どうかお達者で』
「ああ……」
そうして別れの言葉を交わすと、ヒュンケルは俺の傍に戻ってくる。
「待たせたな」
「中々良い部下じゃないか」
「……ああ」
これから失う忠臣の事を、これ以上話しても仕方がないだろう。ヒュンケルの肩に手を置く。
「じゃあ、外に出るぞ。『リレミト』」
瞬間の転移――一瞬で目の前の光景と空気が変わり、俺とヒュンケルは外へ出た。ここは、俺が初めに潜入したコロシアムか。どうやら『リレミト』でダンジョンから脱出すると、初めに入った場所に転移する様だ。丁度良かった、ここならマグマに干渉し易い。
「ヒュンケル、これから地底魔城を潰す。一旦、あの崖の上に移動するぞ」
「分かった」
「『ルーラ』」
『ルーラ』で、コロシアムを眼下に望む崖の上に瞬間移動する。この距離なら、地底魔城の死火山が噴火しても巻き込まれる心配はない。
「ここにいろ」
ヒュンケルに言い付けてからもう1度『ルーラ』を使い、俺だけコロシアムに戻る。
マグマの位置は既に把握済み、後はそのマグマに俺の魔力を送り込んで活性化させ、地上まで誘導すれば死火山は噴火する。
「『マグマ』」
地面に手を付き、特技を応用しつつ実行――すぐに地鳴りが響き、地面が揺れ始める。マグマは俺の誘導に従って地上へと駆け昇り、岩盤を突き破って地上へと噴出した。
「おっと!」
マグマの噴出が増えたところで、俺は『ルーラ』でヒュンケルがいる崖に戻る。
「……お前は、大地すら操れるのか?」
「まあ、ある程度な」
「……恐ろしい男だ」
「ほっとけ、必要がなければやらんよ」
そんな受け答えをしつつ、俺もヒュンケルも、溶岩に呑まれていく地底魔城を見つめていた。俺は単純に自分のした事の確認というだけだが、ヒュンケルの内心は複雑だろう。あそこは、ヒュンケルの故郷……父バルトスとの思い出が残る場所だ。
思い出、か……。
「……ヒュンケル」
ふと思い出し、カバンから魂の貝殻の箱を取り出して、ヒュンケルに差し出す。
「……魂の貝殻」
「これはお前が持っていろ。親父さんの形見だ、今度は捨てるんじゃないぞ」
「!……すまない。ありがとう……」
そう言って、ヒュンケルは魂の貝殻を受け取った。
色々とあった所為で、やたら長かった様に感じるが、一先ずこれでパプニカ王国の危機は去ったか。一件落着……には少し早いな、まだヒュンケルの裁きが残っている。パプニカ王やレオナなら、事情を知れば悪い様にはしないと思うが、果たしてどうなるやら……。
とにかく一旦、任務完了だ――。