直死の魔眼保持者・鬼方カヨコ 作:カヨコ大好き
両儀式=湿度が高い、ツンデレ()
よって、鬼方カヨコと両儀式をガッチャンコしたら面白いのが作れるかな(安直)で作り始めました。
励みになりますので、高評価と感想よろしくお願いします。
【prologue】
それは、深夜の夜。
起床している者は殆ど存在せず、逆に目を覚まして活動している者は、キヴォトスの中でも有数の変人か危険人物だろう、暗い夜。
夜を照らす筈の月は新月としてその顔を覗かせず、ネオンライトの人工の光だけが暗闇を照らしている。
蒼光は目を焼くように強く。例えそれがどんなに僅かな遮蔽物であろうとも、確かな強い影を作り出してしまう程である。
そんな深夜の光の波の中に、少女が一人。高層ビルの屋上に立っていた。
こんな所に何故?
もし、この場所を生徒が目撃したのなら、そんな疑問を抱かずにはいられないだろう。
それほどまでにその場所は人目から離れており、そしてその場所は危険であった。
「───────」
少女の瞳は虚であり、何も映してはいない。
時折口から何かが溢れるが、それは意味のない文字列であり聞き取ることは叶わない。
少女は、瞳をそのまま遠くに投げかけたまま。
ゆっくりとその身体を、空中へと投げ出した。
グチャリと鈍い音が鳴り、悲鳴が夜の闇に木霊する。
キヴォトスで、落下による自殺が行われたのは、今年に入って四回目であった。
*
【1】
連邦捜査部S.C.H.A.L.E。
キヴォトスの行政組織・連邦生徒会を束ねる連邦生徒会長が失踪する以前に作られた、キヴォトスで暮らすあらゆる生徒の相談に応じ、同時に所属や学籍によらず不特定多数の生徒の協力を仰ぐことのできる、超法規機関。
六月にキヴォトスの外から顧問である先生を呼び寄せたばかりのその場所に、八月になったばかりの夜、事前に連絡もなく鬼方カヨコがやってきた。
「やあ。先生」
シャーレの一室から離れた一瞬の間に、いつの間にか現れた彼女はオフィスの机の上に座っていた。
彼女は突然の来訪にも関わらず、慣れた様子で挨拶をする。
「“こんばんは。久しぶりだね、カヨコ”」
先生は彼女の突然の訪問に驚いた様子を見せない。寧ろ、落ち着いた様子でコーヒーを淹れ出す始末である。
「酷いね。せっかく驚かすつもりで来たのに。ちょっとは驚いた様子を見せてくれても良かったのに」
「“慣れてるからね。連絡をしなくても、ちょっとお時間宜しいですか?って来る子は沢山いる。それに、互いに知らない仲じゃない”」
先生はゆっくりとコーヒーを彼女の前に差し出すと、革でできた柔らかなオフィスチェアを彼女の近くに差し出す。
カヨコはコーヒーをゆっくりと受け取り、チェアに腰掛けると、手にしたコーヒーを口に伸ばし、少しだけ含んだ後に怪訝げに表情を歪ませる。
「知らない仲じゃない……て、私たちは最近出会ったばかりだよ?」
「“?そうだよ?アビドスで助けてくれた”」
カヨコからの言葉に、先生は心の底から不思議そうな表情で彼女を見る。
そこに込められている感情は親愛のソレであり、カヨコに対する信頼が見て取れる。
*
私がキヴォトスを訪れた月と同月。
さっそくシャーレに入った連絡を元に私はアビドス高校対策委員会の少女達と協力をすることとなり、その時にカヨコに出会った。
詳細はプライバシーの為にカットさせてもらうが……
少なくとも、彼女のお陰で対策委員会は今も無事に活動を行っていると言っても過言では無く、私はそのことに深く感謝している。
*
「先生、聞いてる?」
「“あ!?ごめんごめん。えっと、何の話だったっけ?”」
考えごと……恐らくはアビドス砂漠での出来事について、ほんの少し意識を飛ばしていた先生はサッと正気を取り戻す。
「また、人が死んだんだってね」
私は先生が考え事をしている間にコーヒーを飲み終えてしまったせいで、退屈そうにコーヒーカップの表面を手でなぞるぐらいしかやることがない。
「“死んでないよ。皆んな重症だけど、ギリギリで命は失わずに済んでる。
……まあ、高いところから飛び降りるなんて、死ぬと結びつけてもおかしくないかもしれないけどね”」
先生のその言葉は、普段の態度とは打って変わって毅然とした物であり、彼にとってそれは決して譲れない一線なのだろう。
死んでいると死んでいない。
確かに違う物……と言うよりは二律背反の概念として一般的に思われる二つの事柄だが、生憎と私にはそうは思えない。
私にとっては死は身近に潜んでいる物であり、死んでいないというのも、偶々死んでないからとしか言えないからだ。
「変な言葉だよ、“死にそう”なんて。死を齎らす因果なんて、探せばそこら中に転がっている。私たちが生きているのは偶々それに襲われてないだけだし。
……私からすれば、生きてるやつは皆んな死にそうだけどね」
「“カヨコ、一応言っておくけど彼女達と普通の人は違うよ。だって彼女達はその死を齎らす因果に襲われたんだ。襲われていない子とは、明確に違いがあると思うよ”」
先生は真面目な顔をし、机から乗り出して私の顔を覗き込む。どうやら、先生としては先ほどの発言はいただけなかったらしい。
……それも仕方が無いことか。
彼は私とは違うのだ。この、見るだけで目をつぶしたくなるような悍ましい物を見ているわけでは無い。
私は誰にも理解されない。それは、誰にとっても優しい先生でさえもだ。
「……違わないよ。全ての人間は余すことなく死に狙われていて、死へと続いている降りることの叶わないレールを歩き続けている。
そもそも、あんな奴等のこと、そんなに気にしているの?先生として助けられなかったから?少しは相談して欲しかったから?
先生、アイツ等は自殺したんだよ。
飛び降りたんだ。
確かに違うかもね。人が死に襲われ続けているというのなら、彼女達は勝手に自分から死に飛び込んだんだ。そこに責任は無い。
それなのにそんな顔をしてるなんて。私からすれば、馬鹿みたいだよ」
私は少しキツめに反論を行ってしまう。
少し、やり過ぎたかとも思ったが、私は先生に辛い思いをして欲しく無いのだ。自分から死ぬような救いようの無い奴なんて、一々心配したところでどの世界にも大量にいるのだから。
「“馬鹿みたいでもないよ。私にとっては大切な生徒、そんな生徒が自殺をしてしまうなんて、どうすれば止められたのか。
考えるのを辞める訳にはいかないよ”」
嗜める風でも無い、ごく当たり前のように放たれた強い言葉。どうやら私の気持ちは理解してもらえなかったらしい。
私はそのことを感じて、ため息を一つついた。
「……はあ。
悪かった、私が悪かったよ。そうだね。先生はそういう人だ。私の配慮が足らなかった。
謝るよ。ごめんね」
私の素直な謝罪に、先生の緊張した面持ちはようやく取れた。
「“うん、そうだね。
今度はお悩み相談の紙を出してみようか。
今までもやってたけど、やっぱり認知度が足りて無いのかな
……あ!!ごめんね。カヨコはこんな話を聞きに来た訳じゃ無いのに”」
そして次に出てくるのは物腰の柔らかな笑顔。
……うん。こっちの方が、彼には合っているだろう。
「まあ、私も大した話じゃないよ。先生、このサンクトゥムタワーに幽霊が出るって話。聞いてる?」
「“うーーん。私も聞いてるけど、それってホント?だって地上から此処の屋上まで、馬鹿みたいな距離があるんだよ。私だったら絶対見えないよ。やっぱり、キヴォトスの子じゃ視力も違うのかな”」
「さあね。ただ、少なくとも私は見えたよ。
今日来る時にね。」
これは三週間前から始まった、ちょっとした怪談だ。
キヴォトスの中心に位置する連邦生徒会の本部のタワーに夜になるとその上空に人らしい姿が見えるという。なんでも飛んでいるらしい。正直話を聞いた段階では、どこぞの噂好きが広めたでまかせだとしか思っていなかったが、今日確認した感じそれは本当らしい。
交通事故で二年間昏睡状態にあった後、私はそういった『本来ありえないモノ』が見えるようになっていた。
あの野郎あたりに言わせると見えるではなく視える、つまり脳と目の認識レベルが向上しただけらしいのだが、そのカラクリになど興味はない。
「“へえーカヨコにも見えたんだ。じゃあ、もしかしたら噂はホントなのかもしれないね。
でも、なんでカヨコに見えたんだろ?やっぱり、メガネを掛けてるからかな?”」
眼鏡は関係ないと思う、と拗ねる私。
そんな私に彼は慌てて謝って見せる。
その仕草は温かで、邪気がない。だから彼にはそういったモノは見えにくいのだ。
私は何となく、気になったことを聞いてみる。
「ねえ、先生。
人はどうして飛ぼうとするんだと思う?」
彼はさあ、と首を傾げると、
「カッコいいからじゃない?ドラゴンボールとか私好きだったもん」
そんな馬鹿みたいなことをしれっと言った。
【2】 /鬼方カヨコ
八月の中途に差し掛かった夜。
私は夜を散歩していた。
夏の終わりにしては外気は蒸し暑い。
全く下がる気配のない猛暑に、テレビでは歴代最悪の酷夏だと、連日のように騒ぎ立てている。
バカらしい。歴代最悪など、毎年のように更新している。
世界は毎年のように酷くなり、それでも人々は生活している。
世界が滅んでしまうわけでも無いのに、何処に騒ぐ価値があるというのやら。
どんなに酷暑の中でも、月は青々と夜を照らし続けている。
どれほど世界が酷くなろうとも、月の満ち欠けは変わらない。
それはきっと、営みと同じだ。
家を出る時、目覚めてから掛け続けているメガネが曇った。
多分、外の暑さと異常に高い湿度のせいだろう。
曇った視界にも関わらず、私は歩むことを辞めない。
それでも見えている──── いや。
私が世界を曇りなく見るなんて、夢のまたユメだ。
*
深夜の中でも、私は歩けば人々と出会った。
コンビニでたむろする人間。
何かを探して、ぼんやりと歩く人間。
──── あと、それから。
「オイ、おまえゲヘナの人間か?」
一丁前に誰かに迷惑を掛けてくる人間だ。
私は彼女の胸ぐらを片手で掴むと、そのまま手を捻り彼女を回転させる。
「──── グフッ!」
頭を強く打ち付け、叩かれた犬のような呻き声を上げると、そのまま少女は動かなくなる。
何か私に不満があったのか。それとも唯の八つ当たりか。
いずれにせよ私には関係がない。私は、そこから意味を見出す事が出来なかった。
そもそも、こうして外を出歩いていることすら私には意味を見出せないことだ。
私は、大した意味も見出せずに以前の自分がやっていたことを模倣しているに過ぎない。
即ち、便利屋。
どういうわけか分からないが、私は以前は便利屋というよく分からない仕事をしており、そして今も続けているらしい。
二年前。高ニ学年へ進級する直前だった鬼方カヨコという私は、交通事故に遭ってそのまま病院に運ばれた。
雨の日の夜の事だ。
私は自動車に撥ねられたらしい。
幸い命に別状は無く、骨折もない軽度な事故だったという。その反面、ダメージは頭のほうに集中してしまったのだろう。以来、昏睡状態が続いた。
致命的な傷が無かったのが災いしたのか、それとも死を忌避するキヴォトスの風土故か。病院側も私を生かし続け、意識のない私の肉体はこれまた必死に生き続けた。
そうしてつい二ヵ月前、鬼方カヨコは回復した。
救急医学部は死者が蘇生するぐらいのショックをうけたそうで、なるほど、つまり私はそれぐらい回復が見込まれていなかったという事だった。
そして私自身も、それほど大げさではないけれど、ある衝撃を受けていた。
自身に確証が持てない、とでも言おうか。
自分の今までの記憶というヤツがどうもおかしいのだ。
簡単に言うと、自分の記憶が信用できない。これは過去の事柄が思い出せない、という記憶障害......俗に記憶喪失と呼ばれるものとは違う。
奴いわく、記憶とは脳が行なう銘記、保存、再生、再認の四つのシステムだという。
『銘記』は見た印象を情報として脳に書き込む事。
『保存』はそれをとっておく事。
『再生』は保存した情報を呼び出す、つまり思い出す事。
『再認』は再生した情報が以前のものと同一かどうかを確認する事。
この四つのプロセスの一つでも出来なければ記憶障害となる。無論、それ以外にもそれぞれの組織の細やかな故障が重なったが故の全体への被害。といった物も考えられるが、私はそれほど細やかな物でもない。
簡潔に言ってしまえば、私には再認の能力が失われていた。
私は私が見てきた記憶を問題無く保持しており、またそれを取り出すことも出来る。
私が出来ないのはただ一つ。
私の記憶を私の物と認識することだけ。
それが出来なかった結果、私は鬼方カヨコとしての自覚と記憶を持ちながら、当人とは言い難い状態にある。
記憶が自身の物と認識出来ない。まるでそれが誰か別人の物としか認識できない。
今回の行動もそうだ。
私は便利屋として仕事を行っているが、それは私自身の確たる意思による物ではなく、偶然の流れ。若しくは私がそれ以外の生き方を知らないからに他ならない。
私にあるのは、鬼方カヨコとしての自覚の無い記憶だけ。
そうである以上、私は
例え私が“私”に戻ることなど不可能だとしても。
それ以外の生き方など、この鬼方カヨコは知らないのだから。
*
随分と歩いた気がして顔を上げると、そこは件のサンクトゥムタワーであった。
そのビルは連邦生徒会の中心であり、ニヶ月前にはテロによる占拠が行われたにも関わらず、相変わらず巨大な灯台のように灯りを灯し続けている。彼は、今も働いているのだろうか。
ふと、その事が気になって部屋のある箇所を覗いてみるが、その辺りになると既に視力の限界で、ぼんやりと“ついている“という認識が出来る程度であった。
時刻としては午前の二時。
ワーカーホリックの気がある彼だとしても、もう眠る時間。
「───────── 。」
予想していた通り、少し待つとポツリポツリと付いていた光が、兆候と共に一つ、また一つと消えていく。
この時間まで働いていたのはご苦労様と言いたいが、もう少し早くしてくれても良かったとも思う。
この後の仕事は、私が行うのだから。
「……はあ。」
やおら、ため息をつき。掛けていたメガネを外す。
「───────── ッ」
そうなれば私は苦痛に歪むこととなり、そのことを自意識の淵に追いやって仕事を行う。
「……いない」
サンクトゥムタワーの最上階を睨んでみるが、そこに特殊な“何か”は浮かび上がってこない。
どうやら今日は、ハズレクジの日らしい。
無駄手間であったことに不満を持ちながらも、私はメガネを掛け直す。
やはり疲れるな。自分の身体の悲鳴を感じながら、そのことに私が答えることはない。
仕方がない。そうして引き上げようと、私は振り返って来た道を巻き戻る。
視界の先にあるのは、同じ高さのようなビル群だ。
どれも、サンクトゥムタワー程ではないが高く、見上げ続けていると首が痛くなってきそうだ。
色も皆同じで、一律に灰色。若しくは水色に近い色合いをしている。
ヤツによるとこれは社会的な統一感を促す為らしく、人々は本来競い合う筈の全く関係ないビルにすら、合わせざるを得ないらしい。
全く、一体これの何処が自由なのだろうか。
これではまるで、鳥籠、檻、牢獄。
いずれにせよ自由が無い。
皮肉なものだ。人間は自由を謳っているにも関わらず、実態としては社会としての箱庭を作り上げ、そこに閉じ篭もることを良しとしている。
────飛んで行けたら、何処まで楽だろうか。
こんな箱庭なんて、用済みとして切り捨てて誰も縛られることのない空。
そこに行けたら何処まで楽しいだろう。
いっそのこと、このまま……
「───────── ッ」
そこまで考えて、私は頭を振りかぶってその感情を外へと追い出した。
今のは、“鬼方カヨコ”に無かった感情だ。
少なくとも、鬼方カヨコは箱庭の中で仲間と生き、猫を戯れに撫でるようななんてことのない生活を望んでいた女だ。
こんなことを望む筈もない。
「ああ。こりゃ骨だ」
そう確信して呟いた瞬間、グチャリと鈍い音が鳴る。
振り返ってみれば、少女が一人血を流して倒れている。
周囲の少女が甲高い悲鳴を上げ、その少女を囲んでいく。
落ちてきた彼女は何処から来たのだろう。私は周囲の気配を理解していた。
四方、左右前後に人はいなかった。
つまり彼女は、上から
背後の騒ぎは大きくなり、私の背後では騒ぎは半ば狂乱に近しい物になっていく。
私はその騒ぎを無視し、少女が落ちてきたであろう、上を見上げる。
うなじの骨がシンと鈍る。
その錯覚、若しくは直感に従って私はメガネを外す。
不思議と痛みは感じない。
「ああ。ちゃんといるんだ」
不快であったが、見えるのは仕方がない。
話に聞いた件の少女は、月を背にしてもたれるようにサンクトゥムタワーへと飛行していた。
*
【3】 /大人との会話
理想とするのは、導だ。
自分が何処を飛べば良いのか分かっていない無数の蝶達。
私は彼らが正しく飛ぶ為の導。
だが、上手くいかない。
必死に目の前を飛んでいても、彼等の
弧を描いて落ちていく。
足掻くような、苦しむような落ち方はまるで折れた百合の花のよう。
一緒に行くことが出来ないのなら、せめて一緒に落ちて行こう。
だが、それすらも不可能だった。
その蝶に着いて行こうとした頃には、既に大量の蝶達が道に迷っていた。
少し迷って私は再び、そちらを目指す。
何とも哀しい気持ちになった。
……誰かの気配を感じて私は視界を広げる。
瞼が凄い重い。睡眠が足りていない証拠だ。だが、せっかく私を訪れてくれたその子に話すことなく帰すのは申し訳ない。そういった使命感を抱くといつの間にやら睡魔のことはどうでも良くなる。そうして、私はぼんやりとした視界から少女の姿を目に入れ。
「“……リンちゃん?”」
「人のことを見間違えるなんて、良いご身分だね」
その声を聞いて私は、慌てて起き上がる。
「“カヨコ、ごめん見間違えたッ!!どうにも雰囲気が似ていたから……”」
私の言い訳を聴き遂げると、カヨコは眉を下げて哀れみにも似た感情を見せる。
その表情は何処か強張っており、一面の氷の大地のようだ。
「私に似ているなんて、言わない方が良いよ。その子に失礼だ。それとも、先生は眼鏡だけで生徒を判断してるの?」
彼女の言葉に、私は返事に困る。
彼女の言うことは半分正解だからだ。
確かに私は、彼女の眼鏡も判断材料にしたが、それだけが全てという訳ではない。私は眼鏡を含めた全体の在り方を見て、その子の雰囲気を判断したのだ。
言ってしまえば、カヨコの雰囲気はリンちゃんに似ている。眼鏡を掛けていることは勿論。それ以外の落ち着いた雰囲気も、二人には共通していた。
彼女は私の困った空気を察したのか、私を気遣って話を変えてくれた。
ただし、どちらかと言うとキラーパスに近い物を。
「昨日もまた、一人落ちたんだってね。これで七人目だ。」
彼女のした話はきっと、昨日に起きた自殺騒ぎなのだろう。
自殺と言っても、少女達は死んでいる訳ではない。キヴォトスの人間は銃弾に撃たれても“痛い”で済むぐらいには頑丈なので、高所からの飛び降りでも一応、幸いなことに一命を取り留めてはいる。ただ、高いところから飛び降りていると言う行為はそれ以外の目的を見出すことは出来ないので、便宜上自殺として扱われている。
私としては、未だに原因を掴むことが出来ずに生徒が傷つくのを黙って見ていることしか出来ない。中々に苦しい話題だ。
彼女はオフィスのコーヒーメーカーを勝手に使用したのか。黒々とした液体で満たされたカップを口に運んでいた。
「“うん。私としては早く原因を特定したいんだけど、それも上手くいかなくてね”」
私の言葉に、彼女は表情を変える。
「原因って?自殺の原因なんて様々でしょ」
ああ。そう言えば彼女には伝えていなかった。私が見出した共通点。……そう言うにはただの推理だが。少なくとも、眉唾物では無いと思っている。
少女達には関連性が無かった。学園も違ければ、趣味趣向も交友関係も違う。
全くの別人でしか無い彼女達だが、逆に言えば、それがある種の共通点といえた。
「……ああ。何の関連性も無いことが共通点。随分とトンチを効かせたね。確かに、何の共通点も無い子が一定の期間に続けて自殺するのは、不思議だね。
特に
彼女は外を眺めていた。
彼女は以前、自殺した少女達は死に飛び込んだと評した。彼女にとってはそのことが許せなかったのだろう。
彼女は不慮の事故で二年間も昏睡状態だったのだから。
「“それだけじゃないよ。
彼女達は遺書も何も書いていなかった。
七人も自殺したのにだ。”」
遺書とは極論を言えば未練であり、そして飛び降りという行為を取った少女にとって最も重要な一点であると言える。
とても抱えきれないほどの未練を抱えて自殺する誰かが、せめて自分の
遺書の無い自殺。
そういった場合の自殺は、この世に何の未練も無い“誰か”がこの世を去るという行為の為だけに行う物。この場合は遺書を残すどころか人に見つかることもなく行われて、数ヶ月後に本人かどうかも分からない残骸が見つかる。と言ったケースもある。これこそが完全な自殺だ。
だが、今回の自殺は完全では無い。
飛び降りたという結果によって、直ぐに少女の行動に多くの人間が注目し、心を痛める。
飛び降りという手段はその手段自体が遺書を連想させる。遺書を読んでもらうことこそが、その自殺の本当の理由と言っても良いかもしれない。
飛び降りという手段を通して、自分が社会に抱いていた……不安、怒り、無念のような物を放出するのだ。
だが、今回の事件に於いて遺書は一つとして見つかっておらず、ただ飛び降りたと言う結果だけが横たわっている。
それが一件だけならそうした物として扱うが、それが何件も続いたなら話は別。何かしらの作為的な物を感じるのだ。
ならば、考えられる可能性は二つ。
①何者かが彼女達の遺書を持ち去った。
②彼女達は突き落とされた。
そのどちらかと言うことだ。
「成程、先生は犯人がいるってことに気がついたんだね。」
カヨコはそんな私に、一切抑揚のない声で言葉を続ける。
彼女は椅子の上に深く座り、背もたれに強くもたれかかっている。いつの間にか眠ってしまいそうだ。
「“ごめん。私の話に無理矢理付き合ってもらうような形になっちゃった。”」
気まずげに話す私に、カヨコはゆっくりと立ち上がると飽きてしまったのかオフィスの外へと向かってしまう。
その中で、彼女は矢継ぎ早に何故か言葉をこちらに向けた。
「うん。そうだね。この事件には犯人がいる。
でも、これは自殺だよ。」
その言葉に私は疑問を持つ。犯人がいるのに自殺?それは可笑しい。それは矛盾している。
もし、仮に誰かに突き落とされたのならそれは他殺だし、誰かに唆されたのなら、それは自殺教唆になってしまう。少なくとも犯人がいる時点でそれは自殺とは言えないだろう。彼女の意図が、私にはよく分からない。
「そうだよ。でも、自殺という意味が使えるのかも疑問だね。自分から飛び降りたことを自殺と呼ぶなら、それはやはり自殺だろうし、コンビニに行くみたいに行動して予期せず落ちてしまったのなら、それは事故」
彼女はそう言って私を見据える。
眼鏡の奥の、夜の光のような青白い瞳がハッキリと見える。
まるで吸い込まれてしまいそうな、ブラックホールのような光。
「先生は、これは自殺と事故。
どっちだと思う?」
「“残念ながらハッキリとは言えないよ。
時々忘れちゃうけど、大人になると思ったこと全部言えなくなっちゃうんだ。
それに、私は私のやることをやるだけ。
明日はトリニティの病院にお悩み相談に行くんだ。”」
私の言葉に、カヨコは再び顔を大きく顰める。今までも何度かあった行動だが、この時はほんの少しだけ違った。
彼女の瞳。そこに現れる感情が、“呆れ”ではなく“哀れみ”に思えたのだ。
「窮屈だね。先生って」
彼女の言葉は、不思議とオフィスの中に響いて私の耳に力強く残った。
*
「……ただいま」
私は便利屋の事務所に戻ると、ゆっくりとソファーに寝っ転がる。
今日も“夜更かし”をするつもりなので、出来れば昼寝をしておきたい。
そんな意図による物だった。
だが、何事も上手くはいかないようで、耳障りな音が私の耳に入る。
「もう、寝てしまうのですか?
出来れば昨日の報告をして欲しいのですが」
それは、私が聞こえるのを期待していた。明るくか、悪戯っぽく、若しくはたどたどしい物ではなく、ゆっくりと落ち着いた物であった。
その落ち着きは何処か鼻につき、早々に終わらせてしまおうと言う気持ちを私の中に生じさせた。
「見えたよ。でも、やっぱりサンクトゥムタワーじゃない。その近くを飛んでいた。ねえ、一応聞いておくけどアレは一体何なの?」
私の言葉に、ソイツは暫し困ったような声を上げる。耳を凝らせばどう説明すべきか……と悩んでいる声が聞こえる。
私は丁度良い所にあった机を蹴り上げ、さっさとしろと催促を送る。
「そうですね。憶測ですが、彼女も最初は“飛行”の部類だったのでしょう。」
相変わらずだが、コイツの声は何処かタバコの煙に似ている。
若々しくもあるが、その記号すらもいつの間にか白に溶ける蜃気楼のように曖昧。
そんなある種の儚さが男の声には感じられた。
「鬼方カヨコさん。高所からの風景は何を連想させると思いますか」
男の突然の質問に私は顔を顰める。
高い所に行ったことなんて、滅多に無いぞ。
多分、サンクトゥムタワーとか……サンクトゥムタワーだけだな。それ以前にも高所に登った記憶はあるが、それは私の物と認識出来ない記憶だ。
ここ二ヶ月程の間に……つまり私が向かったと実感出来る高所はサンクトゥムタワーぐらいの物だ。
「さあ。綺麗とかじゃない?大体の綺麗な名所って山の上とかだし」
私の言葉は男のお眼鏡に適ったらしく、オオ。と小さく感嘆する声が聞こえる。
そうして、視線は窓の外へと向けたまま言葉を発する。
「ええ、その通り高所から見下ろした景色というものは壮観です。
例えそれがなんて事のないビルの屋上から眺めた物だったとしても、人はそこから感動を得ることが出来ます。」
ここでソイツは、ですがと言葉を切る。
なんだ。間違っていたのなら一々感想を漏らすな。時間をかけるな。私は早く寝たいんだ。
「高所から得られる感情はただ一つ。
それは遠いですよ。日常と非日常の隔たり。
人間にとっての世界とはその人間が行き、また俯瞰することが出来る範囲のみ。
普段なら端から端まで理解する事の叶わない街の狂乱ですら……
そうですね。例えばサンクトゥムタワーから見たのなら、何も気にならなくなるのではないのでしょうか。
本来なら人間として得られる程度の世界しか持たないという認識が、狂うのですよ。
自分の周囲にある四方十メートルの自らの箱庭と自分の前にある四方十キロメートルの箱庭。よりリアルに認識できるのは前者ですが、本質的にはどちらも同じ箱庭。
なぜか。それは実感がつねに本人の周囲から得られる情報に優先される物だからだからですよ。
ここに知識としての理性と経験としての実感が摩擦し、やがてどちらかがすり減り、意識の混乱がはじまる。
あの住所にわたしの家があるなんて想像しなかった。
知らなかった。
これではまるで知らない街だ。なんだか、違う世界に来たかのよう。
それこそが俯瞰という見方の力なのです。
自身でも制御する事の叶わない、全知感。」
随分と詩的なやつだ。何分語っているんだ。
私は起承転結で言うところの結を知りたいと言うのに、これではまだ起や承です。なんて戯言を言いかねない。
「─────で?つまり?」
「彼女達は見方を変えたのです。
十メートル四方の壁のある世界から、端から端まで認識できる広い世界へ。
彼女達を多くの人間は飛び降りと言いましたね。それは違う。彼女達はそれこそが自分の世界だと認識出来ないまま。彼女達は飛び立ち、そして……未だに降りてきていないのですよ」
成程。彼女達にとってこの世界は狭すぎたと言うことか。とある楽園の話を思い出す。その楽園はとても素晴らしい世界であるが、素晴らしすぎる世界であるが故に辿り着いた者は帰りたいと思えない。
その結果、楽園の外の世界の人間の認識として彼等は永遠に姿を消してしまうのだが、それが彼女達にとっての空だったのだろう。
それなら、合点が行く。
私があの時、サンクトゥムタワーの上空に見た少女の影は一つではない。
私が見たのは、
「面倒な話だね。その結果私はこんなに走り回っているっていうのに」
「そう言わずに。先ほども言いましたが、高所から俯瞰するということは、それだけ認識が狂うということ。恐らく彼女達は一種の狂乱状態にあったのではないでしょうか?」
迷惑なことに変わりはないな。
空に行きたいなら、勝手にやれば良い。
だが、その結果として私に面倒ごとが周りなんで来ているのだから。
「じゃあ、いつ終わるんだろうね。」
私の言葉に、ソイツは変わらないテンションで答える。
「最初に飛び降りが確認されたのは、トリニティでした。それから何度も目撃証言と自殺者を出しながら、“ソレ”は何処かを目指している」
そう言って男は私に折り畳まれた地図を投げつけてくる。
何でアナログなんだ。今の時代、こう言う時は大体データだぞ。
私は慎重に破かないように、そのボロ紙を引き延ばす。
そこには幾つもの小さな点と大きな赤い点が書き込まれていた。
「小さな点は目撃された場所。赤い丸は自殺者が出た場所を表しています。
最初は目標も無く、彷徨い歩いていた彼女ですが、今では一つの目標を見つけたらしく、牛歩ながらそこへ向かって歩いている。」
男の言う通りに地図を見てみると、確かに最初は目撃証言はまばらに様々な場所に位置しているが、最近は一つの場所に集中している。
だからこそ、あんな噂が流れたのか。
たった一つの目撃証言が流れた程度で幽霊騒ぎなど起こるはずもない。
精々見間違え程度で終わる筈。
一つの地点で複数の目撃証言があったからこそ、人はそれを真実として扱い、そしてそれが噂になる。
「サンクトゥムタワー…」
私の面倒な声が冷たく響いた。
恐らくだが、今夜が峠だろう。私が確認した限り、その狂乱とやらは日に日に強くなっている。
もし、今夜私が眠って過ごしたのなら。
サンクトゥムタワーで、初めての死人が出るだろう。
面白かったら、高評価お願いします。
感想ください!(乞食)