直死の魔眼保持者・鬼方カヨコ 作:カヨコ大好き
あと質問なんですけど、詳しい設定とかって解説した方がいいですかね。型月の設定って結構複雑なので、ブルアカしかやっていない人だと難しいと思ったので。
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その日、サンクトゥムタワーでは連日に比べて早く。全ての仕事の片が付いた。
比較的早くと言ってもほんの一時間程度だが、その一時間は当人にとっては非常にありがたいものだ。
一時間早く仮眠を取れれば、身体に篭っている疲労も少しはマシになるだろう。
そう考えて、最早既に彼しかいないサンクトゥムタワーのオフィス内にて、彼はゆったりと眠った。
それは眠りに入るというよりも、終わると言った方が近かった。
*
【4】 /俯瞰風景
連日よりも早く活動の終わったサンクトゥムタワーの廊下を、先生は明かりも付けることなく歩いていた。
サンクトゥムタワーの部屋は硝子によって区切られており、夜になると鏡のように彼の姿をよく映した。
暗闇に映る彼の表情は暗く、何処か死人のよう。
本来なら爽やかな水色である筈の廊下の床は夜の闇と混ざり合い、どちらかと言えば紫に近しい色合いに変化している。
──── うなじの骨がシンと軋む。
廊下を歩き切り、エレベーターで屋上へと向かう。
静かな機械音と共に、世界が先生の足下へと落ちていく。
僅かな時間だけの密室。この一瞬だけは何者も彼の行動に関わることは叶わず、また彼も誰かに何かをするということも叶わない。
この小さな箱こそが、今彼の実感できる唯一の世界であった。
エレベーターが開かれ、サンクトゥムタワーの屋上が姿を現す。
シンプルながらも、何処か気品を感じるサンクトゥムタワーの内装とは裏腹に、屋上は酷くこじんまりとしていた。そこにあるのはヘリコプターが着地するようのヘリポートとシンプルな給水タンクだけ。
他は落下防止のフェンスはあるが、上に返しと呼べるようなものはなく、簡単に乗り越えて行けそうだった。
先ほどまでの明かりのない廊下が暗い闇とするのなら、そこからの景色は昏い闇だった。
視界いっぱいに夜の景色が流れ込む。
『学園都市、キヴォトスへようこそ。先生』
恐らく彼が初めて見ただろう、キヴォトスの景色。それがサンクトゥムタワーから俯瞰したその景色だった。
当時は昼だったが、今は夜。当然そこから見える雰囲気は一変している。
周囲よりもずっと高い場所にあるそこからの景色は確かに綺麗だったが、それ以上に何処か心細い。
────心臓が締め付けられて痛いほど。
まるで細い梯子に登って下界を眺めているかのよう。
夜の街はまるで深海のように真っ黒。そこかしこに灯る光は深海魚の瞳だろうか。
仮に、自分の視界が世界の全てなのだとすれば、世界は今眠りの中にあるのだろう。恐らくは仮染めの。惜しむらくは永遠の。
ゆっくりと落下防止のフェンスを乗り越えて、彼は屋上の蓋を目指す。
そこからの景色もまた絶景。
彼の視界の半分はサンクトゥムタワーのガラス張り。そしてそこにも映っている
下に見える大地までもが、酷く小さなものに見えた。
ああ。何と広くつまらない世界であろうか。
普段は圧倒される広大な街並みは、今やアマチュアサイズのフィギュアのよう。
今自分は飛んでいる。
不意に、そんな感覚が浮かんだ。
自分が何よりも自由で、何物にも縛られていない。そんな世界に自分は生きていたのだと彼は思った。
こんな世界があるのなら、いっそ……
「──── そういうの、やめて欲しいな。ホントに」
静寂に包まれた空間に、酷く響く声がした。
教会の神父の説教のように、強くハッキリとした、ソレでいて何処か湿度を感じる声だった。
先生が何処までも広がる世界に
彼女だけに見えていた繋がりが切断され、先生はばったりと音を立てて地面に倒れ込む。
鬼方カヨコはそれを見届けた後、彼を動けないようにフェンスに縛り付けて固定し、そのままゆっくりと視界を上へと向ける。
空は、どこまでも広がっている。
眼下の街並みに対するように、夜空の冴もまた際立っていた。
街を深海とするのならこちらは海面だろうか。空にまばらに広がる星々は、乱反射する水面のよう。
月は穴、夜空という黒い画用紙に穿たれた、一際大きな穴としか見えない。
かつて月は異界の門として扱われたというが、その事実もほんの少しだけ、この光景を見ていると納得できた。
巨大な満月。狂気とそれ以上の何かを内包したソレを背景に、一つ人影が浮遊していた。
周囲に八つの人型を伴って。
*
夜空に浮かぶ人型は女の物だ。
ドレスと見紛う白色の美しく、何も無い服。腰まで届いた黒髪。何処か薄く感じるヘイロー。全てが儚げな雰囲気を発している。
年齢は十八といったところであろうか。もっとも幽霊に生物としての年齢が当てはめられるかは、甚だ疑問だが。
白い女は、しかしながら幽霊と言うには確実であり。実体を持ってそこに存在していた。どちらかと言えば、幽霊と言えるのは彼女の周囲を浮遊している少女達の方だろう。
泳いでいるように周囲を浮遊している少女達は、何処か形と呼べる物が小さく。時折透明となっている。
今、私の頭上にあるのは白い女と、ソレを守る少女達だ。
それは、決して悍ましいとは言えず。どちらかと言えば。
「うん。──── たしかに、これは魔的だ」
嘲るように私は呟いた。
この美しさは人間のものではなく、どちらかと言えば人を惑わす神話の怪物のソレだ。
墨髪は美しく、絹糸を一本ずつ
「なら、殺さなくっちゃ」
私の呟きにようやく気がついたのか。女は下界にいる私を見下ろす。
四十メートル上空のサンクトゥムタワーの最上階の、さらに四メートル程上空。
私と彼女の視界が初めてぶつかる。
交わす言葉は無く、掛ける言葉も必要無い。
────初めまして。ずっと、お前を殺したかったよ。
ただ、殺意を込めた。
「─────── 」
女もまた、殺意を込めて私を見下ろす。
指先は私を指し示し、そこにもまた殺意がある。
私の視界は僅かに揺れ、私の足はタタラを踏む。女はソレを見て僅かに微笑み、私の中に感情が刻まれる。
それは、嘗て女を見た際の暗示のような小さな物では断じて無く。私の意識に、明確に“飛ぶ”という意思が刻まれるような感じだ。
初めてにも関わらず、ずっと飛んでいたかのような感覚。
だが、私はソレを以前のように頭を振りかぶると身体から完全に消し去ってみせた。
「─────── 」
女はソレを見て訝しんだのだろう。さらにその力を強くする。私の意識に刻まれる意思も、飛んだという感覚から、“飛べ”という命令に変わっていた。……飛べる。自分は飛べる。昔からそれは自由に。安らかに。笑うように。私は飛んでいた。昨日も、そして今日も。こんなつまらない箱庭を抜けて。私は飛んでいた。早く行かなくては。何処に?早く?急いで?
現実からの逃避。大空への憧れ。重力の逆作用。地に足がついていない。無意識下の飛行。行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう、行こう
───────行け。
「冗談」
もう、目眩さえしない。
「飛ぼうなんて、そんな憧れは、私の中にはないんだ。生きてる実感がないから、生の苦しみなんて知らない。ああ、本当はおまえの事だってどうでもいいんだ」
───────それは唄うような呟き。
私はメガネを外して、女の肩に一つ、足に二つ。そして胸に一つの“死”を
狙うのなら、胸が良いな。アレなら即死だろう。この女が現像であろうと何であろうと。
生きているなら、神様だって殺してみせる。
私は右手にナイフを、左手に愛銃を構える。
ゆっくりと、私は歩みを進める。
「─────── ッ!! 」
女の形相が変わった。彼女は更に力を込めて私に“意思”を投げつけてくる。言葉が通じたのなら、彼女はこう叫んでいたのだらう。
落ちろ、と。
私はソレを無視して駆け出した。
まるで従順な従者のように、彼女の周囲を泳いでいた少女達が私に迫る。
私は銃弾を放つ。が、それは引っかかることもなく少女達を突き抜けていった。
私は愛銃を仕舞うとナイフだけを掲げる。
あの少女達には意思が込められている。
飛ぶという、実感の伴った意思が。
それは彼女達にとって、私を外に繋げる武器であり、同時に彼女達を空へと繋げているアンカーでもある。狙うなら、そこが良いだろう。
私は一太刀で先頭の少女の繋がりを断ち切ると、返す刀で二番目の少女を叩き切る。
両者は夜に溶けるように闇に消える。
─────少女達が向かって来る。
「生きることの
私の声は中空に残留する。
きっと、私は誰にも理解されないだろう。私のような“眼”は誰一人として持っておらず、私という実感も無い。
だから、生きることなんて私には興味がない。
「でも、あの人を連れて行ってもらうのは困る。止まり木にしたのは、こっちが先だから」
私はそれだけを告げると、大地を蹴り飛ばす。
地面を蹴った刹那、世界から音が消えた。肺の中の空気が圧縮され、内臓がふわりと浮き上がる独特の感覚。視界の端を、逆さまの街灯と透明な少女達が光の尾を引いて流れていく。体を小さく丸め、自らが回転の軸となった数分の一秒。視線が再び水平を取り戻したとき、足裏に確かな大地の感触が戻ってきた。
私は少女達を飛び越えた。
「─────── ッ!! 」
女は逃げる。
私のいる屋上から、私の届きようもないと思っている空へ。
彼女にとって、空はそれだけの安全地帯。若しくは自分だけの家なのだろう。
まあ。関係ないんだけど。
「………。」
私はサンクトゥムタワーから飛び降りると、ガラス張りの壁を水切りのように蹴り続け、重力に導かれて加速していく。
落ちているのか、飛んでいるのかは分からない。
目の前に旋回して戻ってきた少女達が二人いるが、もう私には遅かった。
回転するようにナイフを払えば、少女達は掻き消える。
私は隣のビル。大体十メートル下の屋上に女の姿があるのを確認すると。壁を、ガラスが割れんばかりに強く踏み込み、飛翔した。
酷く、世界がよく見えた。
小さくて、それでも退屈はしない世界。
「飛んでみるのも、偶には悪くないかもね」
視界の先、私と女の間には巨大な灰色の給水タンクが見える。
私は愛銃を引き抜くと、それに向けて銃弾を乱射する。
三発目の銃弾が炸裂した時、タンクは弾け飛び中の水は溢れ出し、屋上は忽ち水面へと変わる。
スライディングをするように私は水面と化した屋上に着地する。
水は弾け飛び、水しぶきの一滴一滴に私が映る。
その全てが、女の死を見つめている。
「─────── ッ!! 」
女は逃げた。
再び、空へ。
既にそこには殺意と呼べる物はなく、ただ恐怖だけが染み付いている。
……だが、もう遅い。
私の方が女より速い。こんな遠くに逃げていた彼女に追いつけたのがその証拠だ。
彼女の周囲の少女達も、既に遥か彼方に置き去りになっている。今から追いついたとて、その時は全てが終わった頃。
急速に、私は彼女との距離を詰める。
「落ちろォォォォオオオオッ!!」
初めて、女の声が聞こえた。
それは、彼女の見た目とは変わらず、ある意味では予想通り。
それは、多くの人間を飛び降りさせた怪物としては、全くの想定外。
酷くか細げで、儚い声だった。
その徒労を完全に無視して、ハッキリとした声で、私は言い返した。
「
急速に接近した女の胸に、ナイフを刺す。バターに差し込むように、酷くアッサリと入り込んだ。ほんの少しだけ意外で、ほんの少しだけ私は恍惚とした。
女は胸を刃物に刺されたショックでか、ビクンと打ち上げられた魚のように痙攣すると後はそのまま動かなくなった。
私は、その死体を無造作に掴むとそのまま、屋上の外。夜の街の只中へ放り投げる。
落ちる瞬間にすら、黒髪がたなびくような現実的な動きは一切見せず、ただ理外の外の怪物として女は消えていった。
「……はあ。」
私はため息を吐き、鍵の掛かっていた扉を“殺す”とそのままその場所から去った。
私の頭上には、未だに少女達が浮遊している。
*
【5】 /落下少女
胸に刃物が刺されて目が覚めた。
とんでもない衝撃だった。このキヴォトスであんなにも簡単に人を殺せるなんて。
きっと彼女は、こんな場所に産まれるべきでなかった、産まれる場所を間違えた異常者なのだろう。私よりもずっと。
彼女の動きには無駄がなく、骨と骨、肉と肉の間を何かに引っかかることなく貫通した。
その、恐ろしいまでの一撃。
全身に駆け巡った、今まで体験したことのない“恐怖”。
心臓を突かれ、消えていく私の感覚。
痛みから逃げられる筈なのに、私はその感覚の方が、ずっと恐ろしくて堪らなかった。
それは例えようのない恐怖であり、また逃れようのない享楽だった。
あの時の感覚は忘れたくても忘れられず、今でも私は布団の中でガタガタと震えている。
救護騎士団の方々に絶対に助けて欲しいと縋りついた時よりずっと強い恐怖。
私はこれから、一生逃れることはないだろう。
*
……ガチャリ。とドアが開くような音がした。
ああ。そう言えば、今日は彼が訪れるという話を聞いていた。……興味が無い。というわけでは無かったが、この予定に関しては私は考慮する必要が無かった。彼は、今日は訪れることは出来ないと思っていたから。
開かれたドアからほんの少しだけ光が差し込む。ああ、今はお昼なのか。私は初めてそう考えた。
この病室にあるのは、自分のベッドと外から入る時の為の扉、あとそれから陽光を遮るためのクリーム色のカーテンだけ。それ以外の情報は、それがどんなに小さくても私には簡単に見つけることが出来る。
ほんの少しの動作だけで、こんなに必死になるなんて。私は外に恋をしていると言ってもいいのかもしれない。
「“えっと……連絡くれてありがとう。
私は、まあ先生と言えば良いかな。えっと……■■霧絵ちゃん……で、いいんだよね?”」
病室から入ってきた“彼”。世間一般的に先生と呼ばれる、このキヴォトスにやって来た大人。
病室だから声を抑え、けれども同時に鋭い風のように、真っ直ぐよく響く気持ちの良い声が聞こえた。
なんとも意外だと思った。キヴォトスにいる大人は誰も彼もが自分の欲望に従う碌でなし集団だが、この大人はそれとは違うのだと、この一瞬で理解できた。
だけど、同時にそれは想定内でもあった。
一度だけ、ほんの一度だけだが、私は彼を以前に見たことがあった。
ここではない、ゲヘナの病院。
私がゲヘナで倒れて、その後トリニティに引き渡されるまでのほんの数日の間にたった一度だけであったが、私は彼を見ていた。
その時と今抱いている感情は、きっと同じだ。
もう二度と見ること等は叶わない。そう諦めてしまいながらも。時折人の目を盗んではつい、つい見てしまう。夜空の星に手を伸ばしている時と
「あなたは、私の味方?」
私は胸に抱いたこの恐怖がどうしようもなく抑えられず、気がついたら口から言葉が溢れていた。
「“ ─────勿論”」
私の疑問に、彼は真っ直ぐな答えを返した。
ああ、眩しい。この部屋には太陽が無い筈なのに、彼の言葉には酷く熱が篭っている。
この言葉になら、裏切られていい。
いや、そんなことになれば、私は自身の首を掻き切ってしまう。
二律背反の感情が私の中に産まれる。
「貴女は、鬼方カヨコの味方?」
私はゆっくりと彼に尋ねる。
彼は、予期せぬ名前が出たからか。一瞬静寂に包まれた。だが、それも一瞬のこと。
「“ …………勿論”」
そう同じ答えが、間も無くして返ってきた。
酷いな。そう思いつつも、私に何かを言い返すつもりはない。彼女の方が、彼に親しいのは……
「私ね、彼女に胸を刺されたの」
「“ ─────へ?”」
再び、彼の言葉に動揺が混じった。
だが、それも直ぐに春の夜の夢のように消えてしまうのだろう。
私は此処で色々なモノを見て来たから、そういうことだって理解出来る。
「─────見て」
だからせめて、その一瞬を仮染めの永遠のものにしてしまおうと、私は彼に覆い被さる。
どうやらこんなことになるとは思っていなかったらしいが、腐っても私はキヴォトスの人間だ。病弱でも、このくらいは出来る。
動揺する彼の表情が見える。
分かっていないようだが、私は悪人だ。
多くの子を空に呼んで、彼も呼んだ。今更この程度、躊躇う理由は無い。
私は胸を
あんなにも遠くにいたのに、僅かな繋がりを辿って、彼女の一撃は私の胸に届いた。
私の胸には、青痣のような。不気味な紋様が浮かび上がっている。
きっと、今もズキズキと痛むこれは、一生私の身体を蝕むのだろう。
「ねえ?怒らないの。私は彼女にこんなに酷いことをされたの。」
これは、ほんの少しの我儘だ。
彼が彼女に抱いている信頼は、この程度で揺らぐ訳がない。きっと、凄い怒るだろう。彼女がそんなことをする訳ないと。それが分かっていながらほんの少しでも、嫌な記憶でも、私のことを彼に記憶していて欲しかった。
「“うーーん。まあ、これだけだとね。私はよく分からないから。後でカヨコにも話を聞かないと”」
だけど、彼の口から出た言葉は全くの予想外で。
「怒らないの?私は、貴女の大切な子を悪く言ったのに」
「“……カヨコも大切だけど。君も大切だよ。だって、二人とも私の大切な生徒だから”」
彼は、何も臆せずに隠さずにそんな言葉を続ける。
「“ほら、寒いでしょ?震えてるよ。服を着なよ”」
寧ろ、そんなことを言う始末だ。
酷いなあ。
「先生、私ね二ヶ月前に倒れてから。ずっと外の景色を見ていたの。
それしか、やることが無かったから。もう、自分が外に出れることは難しいって言われてたから。これが何年も何年も続くんだな。って絶望してたの」
……それがどうしてあんなことになったのか、私には分からない。
「先生は、ずっと外を眺めていた事がある?
何日も何日も、意識が途絶えてしまうまで見つ
め続けた事が。
...私は外が嫌いで、憎くて、恐かった。ずっと上から見下ろしていた。そうしていたらね、いつか目がおかしくなったの。ちょうどあそこの中庭の空にいて、地面を見下ろしているようになった。体と心はここにあって、でも目だけはそこにある感覚。多分、幽体離脱みたいな感覚が一番近かったと思う」
「“それって、君が視力を失っているのと関係がある?”」
驚いた。私は誰にも言っていなかったのに、彼はそのことに気がついていたのか。
「そうよ。だんだん世界が白くなっていって、やがて何もなくなった。はじめは真っ暗やみになったのかと思ったけど、何もなくなったのよ、目に見えるものはね。
でも、私には大した問題じゃなかった。だって、私の目は空にあったから」
彼は、私の言葉をポカンと聞いている。こんなに嘘みたいなホントを簡単に信じるなんて、彼は詐欺師から好かれてしまうのではないだろうか。
「それで満足してたら良かったのにね。
私は“誰か”を求めた。私は見えていたけど孤独だったから。それを共有出来る誰かが欲しかった」
「“それって……”」
恐らく真相に気がついて、何かを口にしようとする彼の唇に、私はゆっくりと人差し指を当てる。まだ、裁いてほしくなかった。まだ、私の告解を聞いていて欲しかった。
「やり方は簡単なの。ただ呼ぶだけ。それだけで、人は来てくれた。きっと、放置していたら肉体が死んでしまうけど。皆んな空に行く時はそんなことを気にすることもなかった。」
本当は、多分皆んな意識が無かったんだ。飛べるのは私だけ。皆んなはただ、無意識の無重力に従っているだけだった。
「それでね、昨日貴方も呼んだの。キヴォトスには色んな人がいるけど。特別…貴方だけは
そうしたら、彼女を怒らせちゃって。私は刺されちゃった」
「“……大丈夫?震えてるよ”」
先生に言われて、初めて気がついた。
私は凍えるように震えている。勿論、それが寒い訳じゃないのは私だって分かっている。
私はそれを手で制すると、その先の言葉を続ける。
「……ごめんなさい。
取り返しのつかないこと、私は沢山しちゃったから」
それだけ言って、私は啜り泣いた。本当に情けのないことだが、今更なことだが、私は彼にだけは嫌われたくなかった。
私がゲヘナの病院で、不安に駆られてどうしようもなかった時、彼を見た。
彼は私ではない誰かに会う為に毎日のようにそこを訪れていた。その顔が、とても真剣だったから。その顔が、余りにも
「空には果てが無いから、きっと何処かに私が傷つかないで自由に生きられる世界があると思っていたの。そこに、貴方と一緒に行きたかったの。……ごめんなさい。
嫌いになったでしょう?」
私は卑怯な人間だから。ここで嫌いだと否定してもらわないと、私はまた彼に迷惑をかけてしまう。だから、せめてここで嫌いだと言って欲しかった。これ以上、彼に嫌いだと思われたくなかったから。
「“嫌いになんて、ならないよ”」
だけど、彼は真っ直ぐな声で私に告げた。
「“だって、君も私の生徒だから。
……それに、辛いよね。誰もいないこんな部屋にずっといるなんて。私だったら、辛くてどうにかなってしまうかも”」
彼はそう言いながら、私を優しくベッドの上に戻してくれる。
「“でも、だからって今回みたいなのはダメ。だから、代わりに私が話を聞くよ。
……毎日、は難しいかもしれないけど、出来る限り”」
「ダメよ。私、悪い子だからきっとまた同じことをしてしまう」
「“そうならないように。私が話し相手になるんだよ。
……大丈夫。どんなに辛くなったとしても、私は必ず君のそばにいるから”」
その言葉を聞いて、私の涙は決壊した。先ほどまでの弱々しい啜り泣きではなく、誰にも見せられない。グチャグチャの涙。
誰にも見せたかなかったソレを見た彼は、そのまま日が暮れるまで、時間が許すまで、私の話を聞いてくれた。
「毎夜、眠る前に朝になって目が覚めるのかって怖かったんです。明日は生きているのかって怯えてた。眠ったら、もう起きる体力はないんじゃないかって、怖くて怖くてたまらなかったんです。
わたしの虚ろな日々は、死の匂いしかなくって。けれど生きていくには、その死の匂いだけが頼りで。
私はこれから、どうしていけば良いんでしょうか?」
それが、お悩み相談のスタートだった。
*
【epilogue】
「バカだね」
日も暮れた夕暮れ。
赤い空を見上げながら、鬼方カヨコは病院から出て来たばかりの彼に向けて言葉を放った。
「“ありゃ!?カヨコ!何してるの?”」
驚いた様子の彼に、彼女は何も言うこともなくその場を立ち去ろうとする。
「“ちょ、ちょっと待って……”」
慌てて彼女を止める彼に、カヨコはため息を一つ吐くと、細めた瞳を彼へと向ける。
「まさか、自分を殺そうとした相手にすら手を差し伸べるなんて。私からすればイカれてるとしか言いようがないよ」
「“うーーん。でも、彼女には誰かが手を差し伸べなきゃいけなかったから……”」
彼の言葉にも、彼女は態度を改めない。
……世間一般的に自己犠牲は正しいものだし、その行為は英雄的と評価されるだろう。
だが、それは彼女にとっては違う。彼女にとってはいくら正しくても立派でも、死を選ぶのは愚かなこと。誰かの為に命を捨てるなんてことは、大馬鹿物のすることだ。
彼女の見た死は恐ろしく孤独で、そこに生の何かが入り込む隙間はない。
全て無くして只の孤独に堕ちる。
これ程にまで恐ろしい事象を彼女は知らない。
生に意味を見出せずとも、死を恐ろしいと思う感情だけは、誰の心にも根付いている。
だから、彼女は許せなかった。そんな事実も知らないで、死に飛び込んでしまう人間のことが。
「“……カヨコが納得出来ないのも分かる……というのも可笑しいか。私はカヨコみたいな目にあったことはないから。カヨコの気持ちを真に理解することは難しい。勿論彼女のことも。
………でも、これが私の仕事だから”」
先生の言葉に、カヨコは相変わらずの訝しんだ表情を見せる。だが、それ以上先生の行動について、何かを言うということもなかった。
「好きにしたら」
そう言って、彼女はその場所を後にする。
その背中に、先生はほんの少しだけ気になったことを尋ねる。彼女はネコのように、神出鬼没で。次またいつ出会えるのかは、誰にも分からないから。
「“ねえ、カヨコ。
もしかして、心配してくれてたの?”」
何と無く、彼女が最近シャーレを良く訪れていたのも。彼女が今この場所にいるのも。“そういうこと”なのではないかと先生は予想していた。期待していたと言っても良い。
不意に、彼女の歩みが止まった。
彼女は一体何を言うのか、先生にすら分からない。
「そう言えば、あの子の胸の傷は気にしないで良いよ。
病は気からっていうのとは違うけどさ、きっと前を向ければ回復する。もしかしたら、病もね」
だが、彼女の口から出て来たのは肯定でも否定でもない事後報告。それが、まるで最後の清算のようで、ほんの少しだけ寂しい。
「“……そっか、ありがとう。カヨコは優しいね”」
もう、彼女は何もいうこともなく道を歩んで行った。
彼女の口から何か反論が出てくることも無い。華やかな明かりと雑踏、賑やかな車のライトとエンジン音。溢れかえるような人波と雑多な音。彼女はその隙間を縫うようにして、あっという間に進んでいく。
彼女の身体は闇に溶けるように、夜の街の喧騒に消えて行った。
/ 境界式
先生と別れてから、事務所にたどり着いたのは一時間ほど歩いてからだった。
事務所の場所はそんなに遠くは無いが、私からすると、余り立ち寄りたく無い場所だから。どうにも行くのは二の足を踏んでしまう。
「……ただいま。」
その言葉を放って、私は事務所の扉を開く。
当然、返事はない。
……そこは、既に終わってしまった場所だった。
壁紙は黄ばんで端から剥がれ落ち、隅にはカビの斑点が点在している。
至る所に埃が落ちており、掃除が行き届いていないのをありありと語っている。……本当だったら、私がしなければならないのに、私は最近幽霊騒動で忙しかったから、掃除もできていない。
部屋の奥にかけられた、『一日一悪』の粗末な額縁がよく調和している。
「……社長も、ムツキも、ハルカも。
何処に行っちゃったんだろうね」
私の投げやりな問いに対する返答は、返って来るわけがなかった。
*
それは、深夜の夜。
起床している者は殆ど存在せず、逆に目を覚まして活動している者は、キヴォトスの中でも有数の変人か危険人物だろう、暗い夜。
夜を照らす月は満月としてその顔を覗かせ、ネオンライトの人工の光と共に夜の暗闇を照らしている。
蒼光は目を焼くように強く。例えそれがどんなに僅かな遮蔽物であろうとも、確かな強い影を作り出してしまう程である。
そんな深夜の光の波の中に、一つ。
小さく光が灯った。
何もかも失い、それでも尚抗い続ける、少女の灯した光が。