直死の魔眼保持者・鬼方カヨコ 作:カヨコ大好き
Prologue
《0》
「ようこそおいでくださいました、先生。ミレニアムの誇る、全知全能たる水晶の花。ご存知、明星ヒマリです」
「………久しぶり。先生」
ミレニアムの一室、特異現象捜査部。
車椅子に乗った白色で彩られた美しい容姿をした少女は、儚げな笑み(本人曰く)と共に握手を求めてきた。
ミレニアムのハッカー集団ヴェリタスの元部長であり、現在の特異現象捜査部の現部長、明星ヒマリだ。
彼女の隣にたたずむ、ピンク色の髪と露出度の高い服を着た少女は和泉元エイミ。ヒマリと同じく特異現象捜査部の一員だ。
「“やっほー!ヒマリ。エイミ。忙しいところごめんね”」
「いえいえ。先生が私の力をお求めになるのでしたら、こちらも応えるのが
「まあ……私は部長の付き添いだからそんなに気にしなくてもいいよ」
ヒマリが楽しげに笑い、エイミが補足を加える。この僅かな会話の中にも二人の信頼関係を伺うことが出来る。
彼女の手を握り返しながら、先生は楽しげな笑みを浮かべた。彼からするとヒマリの飾らない姿勢は好印象であり、彼女と話すのは中々に楽しい。以前に起きたとある騒動以降、彼女とはある程度の頻度で会話を交わす仲だ。
ただ、今日訪れたのは彼女と雑談を交わすためではなく、彼女の全知とも言えるその知識を頼っての物ではあるが。
「……ご安心ください。秘密裏のご相談と聞いておりますので、この部屋には私と貴方、それからエイミの三人だけです。
盗聴の心配もありません」
なんといっても、特製のジャマーが大量に仕掛けられていますから。
そう気軽に話すヒマリに、先生はお一つ欲しいなぁと苦笑いを浮かべる。
「“ヒマリ。超能力ってさ、きみ、興味ある?聞きたいのはそのことについてなんだけど”」
「ふむ。超能力ですか。まあ、幾つももそれに対する論文を読んで、普通よりは理解しているとは思います……何分、未だに発展途上の分野ですからね。それはまあ…検証の余地ありと言うことですが、現時点でそれほど参考になるとは思いませんよ」
「“いやいや、全然大丈夫。僅かだけでも良い。私としては情報が欲しいからね”」
「…………私は余り役に立たなそうだね」
ヒマリの言葉に先生は楽しげに言葉を続ける。ヒマリはそれを瞳を細めて見つめた後、更に言葉を続ける。
エイミは自分の得意分野でなかった為か、何処か拗ねたようにそっぽを向いた。
「有名な超能力の可能性を示す逸話として、人間は脳の10%しか使用していないという物があります。」
「まあ……最近の研究では常に人間は眠っている時でさえ100%自身の脳を使用していると証明されたけどね」
「で!す!が!超能力はそれだけで“無い”と言い切るのも難しいというのも事実です。なんて言ったって証明されていないのですから。
例えば、セミナーの書記の彼女の瞬間記憶能力。
例えば、Cleaning&Clearingの01の彼女の直感。
前者の場合は海馬の記憶能力、若しくは大脳皮質の異常発達。または海馬の忘却能力の異常衰退。
後者の場合は右脳や尾状核の異常発達として説明は付けられますが、彼女達の能力も、見方によっては超能力と言っても差し支えはありません。なんなら、私やあの下水道の頭脳だって、脳の異常発達の結果かもしれない。」
「“まあ……確かに。ただ、私が調べたいのはどちらかと言うとPKが近いんだよね。パイロキネシスとかサイコキネシスとか。そっち系は厳しいかな。”」
「…………そうですねえ。可能性としては低いかもしれませんが、ティーパーティのメンバーの一人に未来予知を持つ生徒がいると聞いたことはあります。ただ、私からは何とも。」
「珍しいね。部長がそんなにあっさりと言うなんて。」
「当然です。これは先生が私を頼って来ていただいたのですから。
変に憶測を重ねるつもりはありませんよ。」
ですが、いずれ証明してみせますよ。とヒマリは言葉を続ける。
このロマンを求める姿は
「“………そっか。じゃあ、仮に超能力があるとしてさ、その人間はどうして超能力を持ってしまったのだと思う?”」
「……ふむふむ。では、チャンネルとして例えましょうか。先生、テレビは見ますか?平均的に、どのようなチャンネルを好んで」
「“うーん。そうだなぁ……7ちゃんとかはよく見るよ”」
「そう。それは一番視聴率が良いということですよね。人間の脳みそには、十二個のチャンネルがあるとしましょう。テレビを使用している時、同じ100%使用していると言ってもチャンネルが違えば、内容も出来ることも違ってくるでしょう?
先生の脳は、7チャンネル……つまり最も視聴率の高いチャンネルに繋がっているんです。それ以外のチャンネルは存在はしているが、見ることは出来ず、他のチャンネルに繋がることも出来ない。
一番皆が見ている番組……つまり常識でしょうか。その常識の中で生きて、生きられるのが7チャンネル。理解出来ますか?」
「……つまり、それが一番当たり感触ない生き方ってこと?」
「いえいえ。違いますよエイミ。それが一番良いんです。現在の常識、つまり一番視聴率にとって良いのが7チャンネルということ。
常識という壁に守られているからこそ、人は平和に暮らすことが出来る。
常識に生きて、常識という絶対法則に則って初めて意思疎通が出来る」
「“……んーと、じゃあ……他のチャンネルは平和じゃないの?”」
「どうですかねぇ
例えば3ちゃんねるは人間の言葉の代わりに植物の言葉を受信出来るとする。
例えば4ちゃんねるは自分の肉体の代わりに別の物体を操作できるとする。
このチャンネルがあったとしたら便利でしょうねぇ。ですが、このチャンネルには7チャンネルに流れている常識は無い。そのチャンネルにはそのチャンネル独自の
それで、今の時代を生きている人間の為のチャンネルは7チャンネルなのですから、4ちゃんねるを生きている人間は
「“つまり、7チャンネルを持っていない人間は精神異常者になるってこと?”」
「ええ。仮に3ちゃんねるしか持っていない人間がいたのなら、その人間は植物と会話できる代わりに人間と会話出来ない。結果として社会は精神異常者として病棟に隔離する」
「“そっか……でも、私はノアやアスナとも普通に会話できるよ”」
「それはそうでしょう。大抵の超能力者は、自身のチャンネルと同時に7チャンネルを持っていてそれを使い分けている。
分かりやすく言ってしまえば普通の人間として暮らしているのですよ。だからこそ滅多に見つからない。それが出来ないのなら、“狂人”になってしまう。
そう言った人間には、社会に居場所自体が無いのです」
「“ねえ、じゃあさ。いきなり自分の中に7チャンネル以外のチャンネルが現れたのなら……急に超能力者になってしまったのなら、どうなってしまうと思う?”」
先生は、少し躊躇いがちにその疑問を投げかけた。
ヒマリは、その意図を察したのか。顎に手を添えると言葉を選ぶかのように、控えめに次の言葉を続ける。
「……そうですね。生まれながらの超能力者というのは、生きながらチャンネルの切り替えというのも覚えていくものです。それこそ、言語を覚えるように。
ですが、いきなりチャンネルが生えてきた人間には、切り替えを行うのは難しいでしょうね。人間は生まれてから一定期間を過ぎると、言語の習得が困難になってしまう物ですから。きっとそのチャンネルから本来の7チャンネルに帰ってくることが出来なくなってしまうのではないのでしょうか。
チャンネルを満足に切り替えることも出来ず………狂人となってしまうかもしれませんね。それこそ………“殺人鬼”にだって」
ヒマリのその言葉は、先生には何かの警告のようにも受け取れた。
人間は、そんな簡単に生まれ持った“在り方”を変えてはならない。それが出来なければ排斥されるだけ。
そんな、歪んでいるようで当たり前の事実を。
「“………参考になったよ。ありがとう。
ところでヒマリ。私ちょっと前にアビドスに電磁バリア……知ってるかもしれないけど、電気による障壁を作る、ミレニアムの発明品……を大金叩いて持って行ったんだけどさ。
それを、仮にだよ?仮に触れただけで電気の壁を破壊したのなら、それはどんな超能力者だと思う?”」
先生の言葉にヒマリはうーん。と声を唸らせる。
「そうですね。実体の無い電気による障壁の破壊となると、流体を固体として捉えるか。
若しくは……私達には見えていない現象が見えている…………と言った所でしょうか」
「“そっか、ありがとう。今日は本当にありがとう。またシャーレにいつでも遊びに来てね。エイミと一緒に”」
「はい。楽しみにしていますね」
「…………じゃあね。先生」
/1
まるで長い眠りから目覚めたかのような、不鮮明な意識からの急速な覚醒。
意識の覚醒に伴う膨大な情報に振り回されるように、何処か上の空のまま。
秋葉は部屋の中にいる。
周囲には無数の人の気配が漂っている。
但し、そこに敵意はなく。ただ静かに跪いているだけだ。部屋には電気も付いていないので、その姿を見ることは叶わない。
あるのは静かな恐怖心。それだけが、自身の周囲に満たされていた。
「はあ───────」
冷たい空気を思い切り吸い込み、そしてそのまま息を吐く。仕事を抜け出してまでこんな所に来ていた。仮にそのことがバレてしまったのなら、きっと“彼女”に叱られてしまう。
そこまで考えて、彼女はブルリと大きく揺れた。
確かにダメなことをしているが、それでもこれは必要なことだから。そう、誰に聞かせるでもなく言い聞かせる。
そこまでして、ようやく彼女は周囲を見渡した。
ここは地下に作られた喫茶店だ。
半年程前に経営難を理由に放棄され、以降はヘルメット団の縄張りとして利用されている。
……部屋の隅には乱暴に追いやられたパイプ椅子がある。……部屋の様々な場所に、使ったままそのまま放置されたと思われる薬莢が転がっている。……コンビニで仕入れてきた簡易食は食い散らかされて、容器が山積みになっている。
そうした色々な怠惰の形が、醜悪な
部屋に充満する濁った臭いに、秋葉は不快感を露にする。
ここは廃墟。キヴォトスにおいてはありふれた、これ以上の使用を許されない終わってしまった場所。
ここでまともな物といえば、彼らが持ちこんだアルコールランプの匂いだけだろう。
「なんて、醜い…」
彼女は吐き捨てるようにそう呟くと、そのままゆっくりと部屋を歩く。
彼女の意識は未だに本調子ではない。
彼女の手に入れた“ソレ”は銃火器を使うよりもずっと意識を集中させられることを強いられ、常に全力疾走の後のような倦怠感を連れてくる。
彼女は傍に気絶していた少女の手を持ち上げる。少女の手には腕時計が巻かれていた。
時計の時刻は午後八時。
自分が気絶してから一時間しか経っていない。
「ああ。どこにいるんでしょう…」
彼女はそう言って周囲に倒れ込んでいる少女達の顔を一人一人ゆっくりと覗き込んで確かめていく。
淡々とした、書類作業以上に単純作業なその行為を、秋葉は心の底から愛おしく感じていた。
やがて、目的の生徒を見つけた後、彼女は深い笑みを漏らした。
「これで、あともう少し…………」
そういって彼女は自分の手にした書類をペラペラとめくっていく。
その書類には幾つかの生徒の写真と個人情報が載せられており、そして幾つかの生徒の写真の顔面にはその存在を否定するかの如く、赤い
その書類の中から、秋葉は一つの書類を取り出した。
ぼんやりと夢見心地の表情のまま、秋葉は机の上のランプに火を灯す。
ほう、と音を立てて炎が彼女の手にした書類を浮かべあがらせる。
書類には様々な情報が纏められており、右上には気だるげな表情をした少女の写真が貼られている。
「─────鬼方、カヨコ」
それが、次に彼女が狙う女の名前。
ああ、あと一人だ。あと一人ですべてが終わる。
感謝しよう。この力をあたえた運命と、残るすべてに。
彼女は、そう思うとゆっくりと掌を合わせる。
炎によって浮かび上がった彼女の表情は、黒くあらゆる感情が抜け落ちたかのような無表情だった。
だが、ブツンと彼女だけにしか聞こえない音が鳴った瞬間。彼女の頬は吊り上がり、僅かに笑っていた。