直死の魔眼保持者・鬼方カヨコ   作:カヨコ大好き

4 / 6
後三人だ……後三人で色が付く……
よければ高評価していってくださいね。

あと、余談なんですけどこの小説って一月から書いててこの前に1万7千字ぐらいの過去編を書いてたんですけど、なんか炎と影編でカヨコの過去が書かれそうなので、泣く泣く没にしました。(悲)


《1》

 八月の中途より少し前、私の先生としての活動もある程度軌道に乗ってきた。

 砂漠の学校の少女達の援助を行ったり、デカクラマトンという謎の人工知能の跡を追ったり、ゲーム開発部の少女達とどういうわけか廃墟を探索して、可愛らしい少女と出会ったり…………と息つく暇もない。

 そんなことを続けているうちに、いつの間にか世間では夏休みと呼ばれる季節に辿り着いた。

 まあ、このキヴォトスにそんなものがあるのかは分からないが。

 この場所では私の常識は通用しない。未知に適応するために重要なのは、疑い続けること。そして()()()()()()()()()。これを忘れるわけにはいかない。これをする為に、何からも逃げてはいけない。

 そんなことを考えているから、一日をあちらこちらに振り回され、終電を逃したが。…………まあ、気にしない。気にしない。

 今いるところは自宅から二駅程度しか離れていないから、そんなに歩いて帰ることには()()()()()()()困らない筈だ。

 さっきまで八月十日であった日付は、もう次の日である十一日に切り替わっている。

 午前零時過ぎ、夜の街を歩く。

 

「“こんなだったら、ワカモの厚意を断らなければ良かったかな………”」

 

 キヴォトスの治安は終わっている。

 生徒の一人一人が銃火器を携帯し、挨拶代わりに銃弾が飛び交う。

 そんな世界では、何の力も無い私みたいな一般人はあっという間に殺されて(死んで)しまう。勿論そんなことには()()()()()()でしたくない。だからこそ、私は今戦々恐々と道を歩いているのだが。

 街には既に人通りはない。自分の歩いている道は親子づれの多い住宅街だった筈なので、夜更かしをすることもなく眠ったのだろう。見習いたい勤勉さだ。

 先ほどまで降っていた雨はいつの間にやら止んでおり、ほんの少しだけ濡れたアスファルトだけが、そんなことがあったのだと証明してくる。

 夜の暑苦しさは中々のもの。恐らく30℃は優に超えている。夜の熱気と高い湿度がしつこいぐらいに私の肌に纏わりつく。スーツを脱いで、Yシャツだけになった後にネクタイを解き、僅かでも涼しさに身体が触れているように工夫する。

 夏の酷暑にウンザリしているそんななか、私の視界の端で何かが動いた。

 

「“─────うおッ!”」

 

 急に動いたソレに、情けの無い悲鳴を上げながらその場所を覗き込むと、そこには黒色のスーツ姿の少女が座り込んでいた。

 私はその制服に見覚えがある。確か、ゲヘナ学園の風紀委員の制服だ。警察官のような装いはよく覚えている。

 

「“ああ。えっと……”」

 

 私は少女に向けて声をかける。

 ゲヘナの校則や風紀委員の決まりについては良く分からないが、こんな時間にこんな場所に座り込んでいて良いとは思わない。

 何かしらのトラブルに巻き込まれたのか、それとも悪いことをしてみたい不良ちゃんなのか。

 どちらにせよ、ゲヘナの風紀委員にはある程度交流がある。とりあえず声を掛けてみる。

 もしもし、と話しかけてみると少女はゆっくりと振り返る。黒髪が綺麗な少女だった。

 

「─────……」

 

 彼女はこちらを見た後、暫しの間沈黙していた。

 

「“もしかして、声が出ないのかい?こんな雨の中にいたんだ。声帯炎になっても可笑しくはない。

 一応私は読唇術が使えるんだけど、唇だけでも動かせるかい?”」

 

「あ……いえ、そう言うわけではないのです。申し訳ありません。えっと、貴方は……?」

 

 どうやらしゃべれはするらしい。

 それならば一安心ではある。

 

 とりあえず少女にはシャーレの職員証を見せておく。これで私の立場は分かるだろう。

 髪の短い娘だった。落ち着いた瞳をしていて、失礼ながら余りゲヘナの生徒とは思えない。

 どちらかと言うと、何処かのお嬢様学校の生徒のようだ。

 

「もしかして、先生ですか?」

 

 彼女の問いに頷いて答える。

 若しかしたら何か辛いことがあったのかもしれないので、慎重に受け答えを行う。

 

「“うん、そう。…………もしかして、私のことは知ってる?”」

 

 私の問いに、今度は少女が頷いて答えた。

 

「ああ、えっと…………どうしましょう」

 

 彼女は何処か言いずらそうな表情をしながら言葉を空回りさせる。私は言っても構わないという意思を込めて優しく頷いてあげる。少女はその意図を察してくれたのだろう。その口をおずおずと開いた。

 

「あの……風紀委員の足を舐めて、風紀委員と混浴をして、セクハラをした、伝説の妖怪?」

「“……ゴカイデス……”」

 

 少女の言葉に私は慌てて返した。

 なんて言うか、その……事情があったと言うか……無かったと言うか……

 と言うか、妖怪じゃないよ。仮に妖怪だとしても妖怪と言う名の紳士だよ。

 

「“いや…………ほんと大丈夫だから。君もどうしたの?此処はゲヘナからは遠いよ。電車を逃したかい?

 タクシーを呼ぼうか?”」

「すみません。いま一文無しで」

「“ハハハ……奇遇だね。私もだよ”」

 

 私の言葉に少女は目を丸くした。

 財布はすっからかんだし、大人のカードは無駄使いしすぎて暫くの間利用停止になった。

 こんなことを言うべきではないのかもしれないが、嘘はつけなかった。

 

「“えっと、じゃあ……家が近いのかな?”」

「すいません。家はもっと遠くて」

「“ははあ…………さては君、家出少女的なやつだなあ。

 まあ、高校生の頃とかはそういうこととかしたくなるよねえ。”」

 

 かくいう私だって、その時期には途端に遠くに行きたいと思い、誰にも何も言わないで一人でボランティアに参加して、インドまで行ったことだってあった。今思うと気恥ずかしい黒歴史というやつだ。

 

「そうですね。そうなってしまいますね」

 

 少女は俯いて、そう答えた。

 見れば少女はずぶ濡れだ。先ほどの雨に傘も持っていなかったのか、制服の端から水滴が滴っている。

 流石に先生としてこのような少女を放っておくわけにもいかない。

 

「“ねえ。君、今夜家来る?”」

「マジで妖怪じゃん。」

 

 通報されました。

 

 *

 

 道で出会った妖怪に連れられて、私は道を歩く。

 

「“大丈夫かい?手を怪我してるみたいだけど。”」

 

 彼はそう言ってハンカチを渡してきたが、私は傷は塞がっているから大丈夫だと伝えた。

 私は力を使うのに血を流す必要がある。

 それだけなら後に引かないように、鋭いナイフなんかを使えばいいのだが、マダムにブツリと意識を持って行かれている時は手を噛みちぎってしまい、そうなった場合は治すのに時間を食う。

 現在は私が主導権を握っているので問題は無いが、いつまた同じようになるとも限らないから気をつけないといけない。

 

「それが、貴方の正義ですか?」

 

 私がポツリと呟いたその声は、彼の耳には届かなかったのか、そのまま虚空へと消えて行った。

 

 

 

 翌日。家に上げた少女を見送った後、私はシャーレに向かった。

 私の勤めるビルには、定期的に様々な学園に所属している生徒が私の仕事を手伝ってくれるために当番として訪れてくれる。今日は一体誰なんだろうな?などと鼻歌交じりに廊下を歩いていると、ピンク髪の少女が目に入った。

 

「やあ。待っていたよ。先生。おじさん、ちょっとお昼寝しちゃってたよ」

「“─────ホシノ”」

 

 小鳥遊ホシノ。アビドス高校の三年生で、小柄な体格の可愛らしい女の子だ。

 

「“こんな所で待ってたの?事務所の方で待っていてくれたら良かったのに”」

「残念ながら、おじさんは方向音痴でね。事務所が何処にあるのか忘れちゃった。

 このビル広すぎだよ~」

 

 成程。確かにサンクトゥムタワーは広大だ。

 基本的に移動はエレベーターで行われるが、それだけで全ての階に行ける訳ではない。

 特定の階から階段を使わなければ行けない階もあるし、私でもどうやって行くのか分からない階もある。ただの大ビルのように見えて、戦国時代のお城のようにいりくんでいるのだ。

 

「"因みに事務所は47階だよ。覚えといてね”」

「いやいや。無理だよ。そんな何の変哲もない数字」

「“そんなことないよ。50までの素数の中で最大の素数だよ”」

「うへ~?」

 

 エレベーターを使って私たちは47階に向かった。

 事務所に入ると、いつもの青一色の事務所の中に不釣り合いな人物が一人。

 黒と白の斑模様のパーカーの少女の瞳が、ギロリとこちらの顔を覗いた。今日もやはり、彼女は眼鏡を掛けていた。

 

「─────ッ!!」

 

 彼女の姿を見た瞬間、先ほどまで眠そうな表情を見せていたホシノが、弾けるように目を見開くと気が付いた瞬間には私の前に背中を見せ、銃口を彼女に向けていた。

 

「“…………ホシノ、落ち着いて大丈夫だから”」

 

 優しくホシノに声を掛け、彼女に向けて声を掛ける。

 

「“ごめんね。カヨコ ただ、どうしてこんな所にいるの?”」

「…………自分の職場でしょ? そういうことは言わない方が良いんじゃない?

 それから………さっさとその銃口を下してくれない?小鳥遊ホシノ。私は何もしないよ」

「残念だけど、そうもいかないんだよねぇ。君が…………私の後輩にしたことを考えるとね」

 

 私の机を挟んで、ホシノとカヨコの間に火花が散る。

 まあ、アビドスでの一件を考えると、ホシノが彼女に警戒心を抱くのは仕方のないことかもしれない。

 

「“心配しないで。ホシノ

 前も言ったけどカヨコがアビドスを襲撃したのは依頼されたから。なんならその後には私たちを助けてくれたんだ。

 警戒する必要は無いよ”」

「どうかなあ。じゃあ、便利屋ちゃんに一応聞いておくけど、君はどうしてちょっと前まで敵対していたアビドスを助けたのかな?おじさんには、便利屋ちゃんが義理人情とかでそんなことをするとは思えないんだけど」

 

 私の言葉にもホシノは銃口を下げない。

 どうしたものかと私が困っていると、カヨコがため息を一つ吐いて口を開いた。

 

「カイザーと敵対したのは、クライアントが私を裏切ったからその落とし前を付ける為だよ。アウトローっていうのは、舐められたらお終い…………らしいからね。

 別に、義理人情がゼロだった訳じゃないけど」

「どうだろうねえ? おじさんの意見を言おうか?

 おじさんはさあ、カイザーの理事ともう一人の大人に出会っているんだよ。

 君が私たち(アビドス)を襲撃した時、君は何の重機も援軍も戦車も持ってないで、とてもカイザーの援助を受けているようには見えなかった…………ねえ、君のクライアントってさ、一体、誰のことなのかなぁ?」

「……………………。」

 

 うーむ。黙ってしまった。カヨコとの付き合いはそこまで長くもないが、彼女は自身に疑惑を向けられた際、言うことを全て言ってしまうとそのまま黙りこくってしまうという悪癖がある。

 これ以上会話を続けても平行線だと感じてしまうのか、それとも誤解を解くことにそれほど頓着していないが故なのか。その心中は私には分からない。

 ……ただ、これ以上、無理に会話をさせるべきではないとも思った。

 

「“…………ごめんね。行こうか、ホシノ

 カヨコもまた後で。”」

 

 そう言って、私はホシノを連れてその場所を後にする。

 カヨコは唇を何度か開いたり閉じたりした後、もうすることはないと言わんばかりに、彼女が腰につけた音楽プレーヤーに繋がれたイヤホンを、両耳につけた。

 

「“確か、ゲヘナの風紀委員から依頼が来ていた。今日はそれをしようか。ホシノは、事務作業よりも荒事(そっち)のほうが、性に合ってるでしょ?”」

 

 

「……ごめんね。先生、気を使わせちゃって」

「“いやいや。今のはただ、タイミングが悪かっただけだよ。寧ろ、謝るのは私の方。

 もう少し早く止めていた方が良かった。

 …………全く情けない。後悔先に立たずとはこのことだね。

 でも、いつかホシノとカヨコにも仲良くなってほしいとも思ってる。 これは本心だよ”」

 

 ゆっくりと扉を閉める。

 上手くいかないという自己嫌悪を感じながら、扉を閉める直前に、カヨコが私に向けて放った言葉………唇の動き………を思い出す。

 音は聞こえなかったが、読唇術で彼女が何を言っていたのかは読み取れた。

 

『 エ デ ン 条 約 に は 手 を 出 す な 』

 

 それが、何を意味しているのか、その時の私にはまだ分からなかった。

 

 *

 

 先生とホシノが、事務所を離れてからカヨコは自身のスマートフォンを操作し、何処かへと連絡を取る。

 

「悪いね。 先生に、細かいことまでは伝えられなかった」

『おや?それは珍しい。まさかとは思いますが、先生が貴方との会話を拒否したのですか?』

「まさか。 ちょっと私を疑っている奴と出会った。それだけだよ」

 

 誰のせいでだか、と付け加えるようにカヨコは電話先に皮肉を飛ばす。が、電話先の男はその皮肉を理解出来なかったのか、それとも敢えて無視したのか。クツクツと笑みを漏らすだけに留めてしまう。

 これ以上ないほどに不愉快だとカヨコは思った。

 

『まあ良いでしょう。その調子で二つ目の依頼の方もお願い致します。』

「…………一応聞いておくけど、今回のことは二年前に関係しているんだろうね?

 また、アビドスみたいなことになったのなら、今度こそ覚悟してよ。 社長達が帰って来たときに、会社に下種じみた噂が伴っていたら、私は顔向け出来なくなる。」

 

 何故ならば、【カヨコ】はそんなみっともないミスはしないから。絶対に。確実に。

 

『それは間違いなく。そも…………ククク。

 アビドスの一件も、貴女の成長を促すという意味では、意味のあったことですよ。

 まあ、暁のホルスを手に入れたかった。という思惑がほとんどだったのは否定しませんがね。』

「……………………チッ」

 

 男の悪びれない姿に、そして未だに良心の呵責のある自分自身に、カヨコは苛立ちを浮かべる。自分は彼女たちを取り戻す為に()()()()()と誓った筈なのに。

 

『話を戻しましょう。昨晩の事件についてですが─────』

「それはもういいよ。大体わかったから」

『ほお─────まだ事件の概要しか話していませんが、それで十分ですか。ククク…………察しがいいですね、貴女は』

 

 男の含みを持たせた声が、カヨコの耳に届く。

 カヨコは昨晩の七時から八時にかけて起こった、地下カフェでの傷害事件の結果しか聞いていない。だというのに彼女はそれでどのような事件なのかを理解したという。

 それは鬼方カヨコが、こちら側に近づいている証明に他ならない。

 

『被害者のパターンと不審人物のリストアップによって、大体の犯人の目星は付いています。貴女の仕事は彼女の捕獲。場合によっては()()についての知っていることの尋問』

 

 カヨコはそう、とただ答える

 内容は簡単。犯人を捕まえて、尋問する。

 

「それで、そいつが二年前と関係あるっていう根拠は?」

『事件の被害者には銃火器の類では考えられない…………獣によって付けられたとしか思えない幾つもの傷跡が付けられています。そのような傷跡は、普通の人間によって付けられたとも思えず、そしてこのような事態は前例がない。 間違いなく【彼女】の仕業です。

 どうします? 状況から判断するに、今回の存在不適合者はかなり危険のようですが』

「愚問だね。そんなの、答えるまでもない」

 

 言って、カヨコは歩き始める。

 

『性急ですね。 そんなに恋しいですか?カヨコさん』

 

 カヨコは何も言わない。

 

『相手の顔写真と経歴を送りましょう。 手掛かりもなしに探すつもりですか?貴女は』

 

 そんな彼の言葉に、カヨコはハッキリと答えた。

 何処か、男を信用しないという意思を込めて。

 

「必要ないよ。その子はきっと、私の同類。─────だからきっと、顔を見れば分かる」

 

 カヨコはそう言うと、スマートフォンの通話を切った。

 後に残ったのは、衣擦れの音と冷酷な眼差しだけであった。

 

 

 

 仕方がなくシャーレを飛び出した後、私とホシノはゲヘナ学園を訪れていた。

 ゲヘナの食堂が、風紀委員の指定した待ち合わせ場所だ。

 

「“ホシノはゲヘナに来た事はあったの?”」

「…………えっと。そんなにかなぁ?学校の運営で忙しかったからねえ。」

 

 彼女の加入しているアビドスは、元々は現在の三大学校にも並ぶ巨大な学校であったが、諸事情によって大量の借金を抱える羽目になり、さらに不当な高利を吹っ掛けられたことによって今までは首の回らない状態であった。

 私が介入して以降は利子も現実的な範囲で抑えられ、僅かではあるがシャーレの当番に参加出来る余裕もできた。 ただ、その際の衝突によって、カヨコとは今もギクシャクした関係が続いている。

 一応、カイザーからホシノを救出するところを見ていてくれたシロコ達は、まだ関係は柔らかいが、()()()()()()()()ところしか見ていないホシノとは未だに関係が悪い。

 

 仕方がないとは思いつつも、ほんの少し物悲しくも思う。もう少し私が上手くやれたのではないか、そう思わないこともない。

 

「ごめんね。おじさんも、大人げないとは思っているんだけど。どうしても許せないんだ。」

「“そうだね…………ホシノが謝ることはないよ。本当に”」

 

 二人で気まずい会話を続けていると、こちらに向けて歩いてくる気配を察知し、私は勢いよく振り向いた。

 

「“─────イオリかい!!”」

「うわぁ!いきなり振り向くな!」

 

 私が振り返った先にいたのは、銀髪と鋭い瞳が素敵な少女だ。

 銀鏡イオリ。風紀委員の二年生だ。アビドスでの一件ではホシノの救出には、協力してもらった恩がある。

 

「“あれ?イオリ………風紀委員………

もしかして、今日の依頼ってイオリからだったのかい?”」

「…………違うよ。アコちゃんだよ。

 …………悪いけど、私も詳しくは知らないんだ。アコちゃん、このことは秘密裏に処理したいらしくてさ。私にも詳しいことは教えてくれてないんだ。悪いけど、着いてきてくれないか?」

「“へえ。アコがねえ。珍しい”」

 

 アコは基本的に物事は自分で処理したがるタイプだ。

 その為に他の風紀委員を巻き込むようなことをしても、私のような部外者に頼るなんてことはしない筈だ。ふーむ。結果的にだが、ホシノが当番の時に来たのは、正解だったかもしれない。

 

「“ホシノ、悪いんだけど………”」

「構わないよ。おじさん、こういったことは得意だからね」

 

 その言葉を聞き届けると、私はホシノと共に付いていくことにした。

 

 *

 

「アコちゃーん。入るぞ」

 

 ガチャリと音を立てて、イオリが扉を開いた。

 こじんまりとした部屋の中心、書類が山みたいに地層を形成している机を前にして、アコは書類作業を続けていた。

 

「ありがとうございます。イオリ。

 申し訳ありませんが、直ぐに出て行ってくれませんか? 風紀委員の業務が貯まっているでしょう? そっちを処理してください」

「ああ。分かった。あんまり無茶はしないでくれよ?」

 

 それだけを伝えると、イオリはそそくさと部屋を後にした。ゲヘナはキヴォトスの中でもトップクラスの治安の悪さを誇る、まさに無法地帯だ。基本的に風紀委員は人手不足。だから風紀委員の中でも強い部類のイオリは、直ぐにでも現場に配置したいのだろう。

 

 要件を尋ねると、彼女は顔を顰めた。

 

「“うわー。どうしたの?アコ。隈ができてるじゃないか”」

「…………これですか?昨日、万魔殿の連中が馬鹿みたいな仕事を投げて来ましてね!

 なんですか!今日までに風紀委員の人数と犯罪率の来年までの推移を纏めろって!風紀委員の人数の増加が、犯罪率の増加を促している疑いがあるって…………逆でしょ!!犯罪率が増えてるから風紀委員も人員を多く補充してんですよ。絶対この資料を纏めたら、後であーだこーだ…………」

 

 ああ…………勝手にヒートアップして話が明後日の方向に行ってしまった。

 今、彼女は昨日雨が降ったことや秘書が帰って来ないことまで私のせいにしてる。このままでは日が暮れてしまうので、私は彼女に話を振った。

 

「“えっと…………ストレス発散がお望みかな?

 それだったら、()()やっちゃう?”」

 

 そういって私は親指を上に向けて弾く動作を数回する。それを見た瞬間、彼女は顔を真っ赤にして声を荒げた。    

 

「そんなわけないでしょう!私を馬鹿にしているんですか!」

「“いや、だって…………なんで私を呼んだのかなんて、聞いてないし…………

 アコが私に頼みごとをするなんて、珍しいな~って思っただけでさ”」

 

できれば本題に入ってくれると嬉しいな~なんて、適当に話題を反らす。

 

「…………なんですか?私だって状況次第で先生に頼ったりしますよ。馬鹿にしてるんですか?

 っていうか、その子は何なんですか?誰ですか!二人きっりて言っておきましたよね!」

 

 …………ホシノは見たことあるでしょ。アビドスの一件でちらっと。

 

「…………ん?ああ、どうも。どうも。おじさんは小鳥遊ホシノと言いまーす。

 今日のシャーレの当番でね。ちょーっと先生に頼まれたから着いてきたの」

「“実力は確かだし、口も堅いからさ。少なくとも、荒事ではあるんでしょ?それも風紀委員としては手を出しづらい。だったら、私としてもホシノが居てくれると助かるんだけど”」

 

 私が両の手を擦り合わせながら、アコにお願いするとアコは渋々と言った様子で頷いてくれた。

 

「…………もう分かりましたよ。好きにしてください」

「“あはは。ありがと…………”」

 

 その後のアコの話は、穏やかではない話ではあった。

 ほんの少し前から発生している猟奇的傷害事件。その事件の犯人を捜してもらいたいが、その事件が他の学園で起こっていることなので、超法規的機関であるシャーレの力を借りたいとのことだ。

 

「“うーんと、犯人を捜したいっていうのはいいんだけどさ。なんでアコが犯人を捜したいの?被害者に知り合いでもいたの?”」

「…………まあ、そんなものです。申し訳ないですけど、オフレコでお願いしますよ。」

「“─────ホシノ。ちょっと…………”」

「おっけー。じゃあ。おじさんは外でお昼寝でもしてるね~」

 

 呼びかけるとそれだけで意図を察してくれたのか。ホシノはひらひらと手を振るとそのまま席を外してくれた。バタリと音を立てて扉が閉まると、アコはグッと顔を近づけてきた。

 

「ありがとうございます。理由、聞きたいんですよね?」

「“話したくないなら、別にいいんだけど”」

「別にそんなことは無いですよ。っていうか、先生は理由を聞いた方がやる気を出すでしょう?」

 

 そういって彼女は話を始めた。

 

「二年前、箝口令が敷かれていて一部の人間しか知りませんが、とある大事件が起きました」

「“大事件?”」

「その、悪いですけどこれは先生といえども教えられません。というか、私が言いたくないです。あの事件、ちょっと忘れたものにしたくて」

「“んー…………まあ、無理強いはしないよ。”」

 

 なんだろうか。と気になりはしたが、本人が話したがらない以上私から聞く理由はない。

 本人が嫌がっているのなら猶更だ。

 

「…………ありがとうございます。一応言っておきますけど、私から聞いたなんてヒナ委員長にはいわないでくださいよ。」

「“あはは。了解”」

「…………それでその事件の解決のため、風紀委員、並びに当時の万魔殿はあらゆる手を使いました。

 ヴァルキューレとの協力。そして、潜入捜査。」

「”潜入捜査?”」

「…………はい。ほとんどの人が反対していたんですけど。当時の風紀委員長が押し通して。

 それで、ほとんど成果は得られず、なんなら数多くの裏切り者すら産まれました」

「“えーと、裏切り者って?”」

「文字通りですよ。潜入した組織に、逆に引き抜かれちゃって。風紀委員を、ゲヘナを裏切った連中です。その、最近まで何処で何をしているのかも分からなかったんです。」

「“ん?()()?あのさ、もしかしてなんだけど、知り合いって”」

 

 私が尋ねると、アコは笑みを浮かべた。何処か、遠くを見るような目で。

 

「ようやく気が付きましたか?そうですよ。傷害事件の被害者。その全員が、元々ゲヘナの風紀委員に所属していながら、最終的に潜入の任務を捨て、ゲヘナを捨てた…………ゲヘナの裏切り者たちですよ」

 

 *

 

『気を付けてください。先生。

 件の風紀委員長ですが、どうにもキマリ物に手を出してトリップしてしまったらしくて…………現在話を聞けない状態なんです。偶然ならいいんですけど、もしかしたら…………

 危ないと思ったのなら、直ぐにでも依頼は切り上げていただいて構わないので。』

 

 私が部屋を離れるとき、アコはそんなことを言っていた。

 何と言うべきか、中々にきな臭い。今回の事件ではなく、彼女が隠そうとした“二年前の事件”について。私としては生徒の願いは出来る限り叶えてあげたいと思う。だが、それは全ての願いというわけではない。

 

 私が思うに、願いというのは大きく分けて二つある。

 一つは正しく、自分や周囲の利益の為の願い………言ってしまえば肯定的な願いだ。

 もう一つは自分の不利益を気にせず、他人の利益のため、助言を願いに似た言動で出力する、否定的、若しくは受動的な願い。

 

 今回の彼女の願いはどちらなのだろうか。

 もし、これが私の身を思っての受動的な願いだというのなら………申し訳ないが首を突っ込ませてもらう。無論、彼女を傷つけない範囲ではあるが。

 

 兎にも角にも、先ずはホシノと合流させてもらおう。

 そう思いながら歩き始めたとき、私は一人の風紀委員とすれ違った。

 彼女はまるで私が存在していないかのように、私の真横を止まることなく歩いていく。

 

「“ああ。良かった。家出は終わりにしたんだね”」

 

 本人に聞かせるわけではなく。かと言って他のだれかに伝えるわけでもなく。私はそう呟き、再び歩き出した。

 

「ちょっと、ネロ!!今まで何処に行っていたんですか!!!」

「…………申し訳ありません。アコ行政官」

 

 背後から聞こえる会話を、聞き流しながら。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。