「本日は登校後、入学式。そして寮に帰って入寮式を行う。入寮式の後に部屋に相部屋する新入生が来たら、自己紹介などをして寮のルールを教えてくれ。以上、解散」
私は部屋に戻って制服に着替える。内ポケットに杖の入ったローブに袖を通して、髪を結ぶ。ローブはいつも通り軽い。そして足取りはいつもよりも軽い。今日は入学式が終わったらすぐ部屋に戻れるのは嬉しいことだ。私はバッグを肩にかけ部屋を出て、寮の隣にある学校に向かう。真反対からは男子寮の生徒も歩いてきている。みんな浮かれ顔だ。
教室に入ると、男子も女子も久しぶりに会ってそれぞれの机で喋っている。私もよく話すクラスメイトの机に行く。みんなのローブは少し重くなっているように見えた。
「ナトは何か新しい魔法使えるようになった?」
「えっと……一つだけ」
「あーそう、なんだ」
机の上の空気感が重くなったのを感じる。みんなの私を見る目がうっすらと同情に変わっていく。うぅ、そんな目で見ないでよ。悲しみが大きくなるじゃん。そのまま誰も話さないままでいると、先生が来たのでみんな席に座る。私も重い足取りで自分の席に戻る。そして、冬休みの宿題を出す。基本教科に加えて、魔法基礎、魔物基礎と宿題のドリルが多すぎて全然遊べなかった。魔法の練習も習得も全然進まなかったし。
宿題を全部出し終えた後、入学式に出席するためにホールへ向かった。クラスメイトはみんな私と距離をとっている。まあしょうがないか。十七歳にもなって魔法が一桁台しか使えないなんて。一人で歩いて一人で席に向かって席に座る。しばらくして新入生が入場してくる。周りの男子は「あの子可愛い!」やら「あの子スタイル良い!」などと騒いでいる。これだから男ってのは。
『新入生代表挨拶。レイ・ムジーカ』
一人の白髪の女子生徒が舞台に上がる。髪は肩にかかるくらいの長さだ。彼女のローブには杖がたくさん入っていることがよくわかる。それくらい膨らんでいる。二十、いや三十? とにかくたくさんの杖を持っているだろうということがわかった。それに、ムジーカ? 確かその名前は……そう思っているうちに、彼女は一度お辞儀して話し始めた。
「暖かな日差しを浴びて、キクラの花が鮮やかな黄色で咲いています。今日このような良き日に、私たちはこの高等院
一つ下とは思えないほどの礼儀の正しさ。これは大物になる予感がするな。魔法使いとしてもモテる女子生徒としても。それぐらいの美しさと気品だわ。そして思い出した。確かムジーカって、この国の王家のファミリーネームだったはず。いや、絶対に王家のファミリーネームだ。そんな人が何でこんな庶民の学校に?
「魔法使いとしての正装であるローブを身にまとい、楽しい学校生活への期待で胸がいっぱいです。新しい仲間と共に、勉強も魔法も頑張って素晴らしい成績を取っていこうと思っています。私たちは三年間支えてくれる家族や先生一同への感謝を忘れずに生活していきます。先生方や先輩方の温かいご指導などこれからよろしくお願いします。これから寮での生活もよろしくお願いします」
大きな拍手が上がった。私もつられて拍手をする。彼女はもう一度お辞儀して舞台を下りてきた。待って、寮での生活? あの王族のあんなに美しい子が、あんなに汚い寮に? 待って待っておかしいって。
入学式が終わって寮に戻る。新入生も後々着いて、入寮式が始まった。寮長が五分ほど話すと、入寮式は終わった。毎年こんなもんだから、やっぱり入学式の日は最高だ。しかも、部屋に戻って新入生のことを待つだけだ。ってあれ? 誰か部屋にいるのかな?
「あっ、勝手に入ってしまってすみません。部屋に相部屋の先輩が待っていると聞いて来たのですが、いなくて。ナト・ヴォルフさんのお部屋ですよね?」
私の部屋には髪を結んだ少女が、荷解きをしていた。しかもめっちゃ可愛い。ローブの袖は長かったのか腕まくりしている。これもまた可愛い。彼女が立つとローブの中からジャラジャラと音が鳴った。身長は私よりちょっと小さいくらいだ。
「そうだけど。あなたは確か代表挨拶していたレ……ムジーカさんですよね?」
「ええ、レイ・ムジーカです。ファーストネームで呼んでください、ナト先輩」
にっこりと微笑みながら私に返事をしてくれた。私は天使と喋っているのかと錯覚した。これは確かに男子が騒ぐわけだわ。
「じゃあレイ……ちゃんって呼ぶわ。レイちゃんは何でこの学校に来たの? 確か王家の方よね?」
「そんなかしこまった言葉遣いしないでくださいよ。先輩後輩なんだからタメ口でお願いします」
先輩を敬う心まであるなんて。新入生と相部屋なんてめんどくさいだけだと思ってたけど、これはこれでいい。これから一年楽しくなれそ……あれ? なんかレイちゃんの目がトロンとしてきているような。
「この学校に来た理由はですね〜。……その前に座ってもいいですか? ちょっと疲れてきました」
彼女はちょこんと座った。正座をして、袖が落ちてきている。これもこれで可愛い。それにしてもどんどんまぶたが閉じかけているような……まぁ気のせいか。彼女は話を続ける。
「私がこの学校に来た、ふぁあぁ。理由はですね、ふぁあぁ。ふぁあぁぁあ……ちょっと横になっても?」
「別にいいけど、大丈夫?」
なんかレイちゃんすごい眠そう。一言言う度にあくびしてたし。やっぱり王族の方は子供でも夜中までお仕事とかあるのかしら。新入生代表の時のかしこまった顔よりも、こういう気だるそうな顔の方が好きかもしれない。
「大丈夫です。それでですね、理由というのは、むにゃむにゃ。親元を離れて、むにゃむにゃ。自由に過ごしたいと、むにゃむにゃ。思ったから、むにゃむにゃ。です」
絶対眠いんだな。むにゃむにゃとか初めて聞いたんだけど。あっ、よだれが出てきてる。拭いてあげよ。私は制服の袖でよだれを拭ってあげる。これでよし。なんかいいなこういうの。
「なるほどね、親元を離れたい、か。……眠いならベッドで寝ていいよ。あとでルールとか案内とかするから」
「そうですか。では、お言葉に甘えて。…………すみません、ベッドに運んでいただけないですか?」
まったく、可愛い後輩め。去年の先輩の言葉がやっとわかった。部屋に後輩ができたら、しかも手のかかる後輩ならなおさら、可愛がりたくなる。こういうのが人間関係に疲れて傷ついた私の心を癒してくれる。さてと、抱き抱えるか。おっと、ローブを脱がせないと。
「あっ、ありがとうございます。ローブはその辺に置いといてください」
「わかったわ」
ローブをコート掛けに掛ける。ローブの内ポケットには杖が入りきらなかったのか、自分で増やしたであろうポケットもあった。なんて才能。私のスカスカの内ポケットに何本か入れてあげたいくらいだ。さて、よいしょっと。あ、私の腕の中でレイちゃんが眠りかけてる。まずい、早くベッドに連れて行かなくちゃ。
「二段ベッドの上下どっちがいい?」
「どっちでも、大丈夫、です」
あぁっ、やばい、寝ちゃった! 私はレイちゃんを二段ベッドの下に寝かせた。って、あれ? レイちゃんの腕が離れない。ちょっ、顔近いって。抱きしめてくれるのは嬉しいけどちょっと力が強いかもだな〜。あっ、引きずり込まれた。ちょっと離れ、離れないんだけど。よし、よし、あともうちょっと。よし、やっと出れた。ちょっと怖かったな今の。まだ心臓がバクバクしてる。
十分もするとレイちゃんは起きてきた。まだ目をこすってはいるが、さすがに夕飯前には寮内の案内は済ませておきたい。私はレイちゃんが起き上がるのを支えながら話を始めた。
「じゃあまずルールから教えるね。細かいルールはルールブックを読んで。絶対に守るべきルールは三つ。朝の点呼には必ず来ること。食事には必ず来ること。お風呂に必ず入ること。何か質問ある?」
「朝の点呼っていつですか?」
「七時だよ」
私の言葉を聞くと、レイちゃんは露骨に嫌そうな顔をした。驚愕も混じったそんな顔だ。そんなに遅くからしか起きれないのかな。今までどうしてたんだろう。
「ちなみに何時からなら起きれるの?」
「九時です」
「学校始まるの八時半からなんだけど」
そして朝ごはんは七時半なんだけど。本当にレイちゃん今まで家でどうしてたんだろう。九時に起きてそこから朝ごはん食べたらほぼお昼なんだけど。大丈夫な家だったのかな。王家って意外とゆるいのか?
「じゃあ、私がしばらくの間は起こしてあげるから。次は寮の案内するわ。着いてきてね」
「はい!」
うーん、いい返事。先輩する甲斐があるわぁ。私の隣で一緒に歩いてくれているレイちゃん。でも、ちょっと肩が近すぎでは? こんなもんなのかな。最近、人と一緒にいることないから距離感覚えてないや。寮の外に出ると、後輩を案内し終えて戻ってきた隣室のネイさんがいた。
「久しぶりです、ネイさん。今年もよろしくお願いします」
「あっ、久しぶりだねナト。今年もよろしく。あっ、その子が相部屋の子? 新入生代表の子じゃん。こんばんは」
「こんばんは、ネイ先輩。これからよろしくお願いします。あっ、ライさん。同じクラスでしたよね。これからよろしく」
ネイさんのとこの後輩ちゃんはライという名前なのか。ネイさんの後ろに隠れてオドオドしてる。まだ緊張気味なのかな。それにしても、さっきまでの気だるいレイちゃんはどこにいったのか。朝の新入生代表の時のようなお淑やかな優等生の顔をしている。眠そうな目もぱっちりと開いている。このギャップ…………良い。
「じゃあ私たちはこれで。まだ案内をしていないんです」
「そうなのね。じゃあまた夕食の時間に」
二人と別れてレイちゃんの案内を始める。廊下の角を左に曲がって階段を上る。下がると昇降口だ。それにしても、あのレイちゃんが背筋を伸ばしている。さっきまでの気だるげな感じが、もう完全に優等生ムーブだ。三階は、卒業を控えた一つ上の一人部屋なので、四階に上がる。
「三階には言っちゃダメだよ。卒業前の三年生はアグレッシブだから。誰彼かまわず魔法使ってくるよ」
「はい! わかりました!」
まだ誰も来ていない四階に元気のいいレイちゃんの返事が響く。
「左側が大食堂ね。朝夕の食事はここでする。右側が大浴場ね。露天風呂もあるよ」
「楽しみです! 一緒に行きましょうね」
いいいいいいいい、一緒に? あぁ、まぁ確かに初めてだもんね。一緒に行くべきか。ちょっと恥ずかしいと思った自分が今すごく恥ずかしい。自分の顔が赤くなっていくのを感じる。思わず顔を隠してしまった。
「じゃ、じゃあ、戻ろうか。まだ荷物片付けてないでしょ? 夕食まで部屋にいよう」
「わかりましたぁ!」
部屋に戻ってレイちゃんが靴を脱いで床に足を触れたその瞬間に床に倒れた。バァンと大きな音が響く。廊下にゾロゾロと人が出てくる気配がする。
「だっ、大丈夫レイちゃん?」
床に倒れたレイちゃんの手を引っ張って体を起こさせる。レイちゃんはすやすやと寝息を立てていた。よかったぁ。私はホッと胸をなでおろした。しかし、思いっきり頭からいったので、少しおでこを擦りむいている。治してあげよう。コート掛けにかけていた私のローブから杖を取り出す。基本みんな杖の形はザ・杖っていう感じの木の棒だけど、一クラスに四人くらいの確率で杖の形が全く別のものになる人がいる。私もその一人で、杖の形はナイフだから気をつけて魔法を使わないと。そういえば回復の魔法人に向けて使うの何気に初めてかも。人のためになれるの嬉しいな。私は命令して呪文を唱えた。
「治せ
ナイフの先端が光り出した。みるみるうちにレイちゃんのおでこの擦り傷が治っていく。良かったぁ。このくらいの軽傷なら基礎程度の魔法でも治せるけど、怪我がひどかったら治せなかった。さて、床で寝てるとお腹冷えちゃうしベッドに連れてくか。レイちゃんはまっすぐに寝ていたのですっぽりベッドに入った。おっと、さっきの音で誰か来たのかな。ドアを開けると、寮長がいた。
「寮長、どうされましたか」
「君の部屋から大きな衝撃音が聞こえてな。どうしたんだ?」
これは本当のこと言っていいのだろうか。「新入生が部屋に入った瞬間にリラックスしたのか、倒れるように眠りました」と。でもここで言ったら新入生代表としても王家としても、レイちゃんのメンツが立たなくなる気がする。誤魔化しとくか。
「転んでしまったんです。新入生が」
「入学早々そんなことがあったのか。新入生のケアはよくしておけよ。来月初めは毎年恒例のアレだからな」
私アレ嫌いなんだよなぁ。疲れるし、なにより人とずっと行動するっていうのが無理なんだよね。まあでも、今年はレイちゃんとやるわけだし、上手くやれそうかも。
「がんばります」
「よく言った。その息だ。騒音トラブルについては気をつけたまえ。それじゃあな」
寮長が歩いていったので扉を閉める。あとでレイちゃんに事情を説明して入学初日に怪我した人になってもらおう。いきなり部屋で倒れるように寝だした人よりはましだろう。それより、何で部屋に入るとこんなに気だるげなレイちゃんになるんだろう。あとで聞いてみよ。てか、荷物片付ける前に寝ちゃったじゃん。片付けておいてあげるか。
夕食の時間になったのでレイちゃんを起こす。なんかむにゃむにゃ言ってるが、全然聞き取れない。しょうがないのでおぶって廊下に出る。すると、すっと立ち上がって歩き始めた。私は思い切って聞く。
「何で廊下に出たらそんな優等生になるの?」
「私は王家の娘なので。公の場ではしっかりしなくてはなので」
「部屋の中では? 私の前では?」
「偉大なる母性の前ならいいんですよ」
私にはそんなに偉大なる母性があったのか……調子いいなぁ。もう。まぁでも確かに? あんなにめんどくさかった後輩の世話も、この可愛い後輩の前でならしたくなるというのはある。食堂に着くと、ネイさんが席を取ってくれていたので座らせてもらうことにした。
「席、ありがとうございます。ネイさん、今日の夕飯は何ですか?」
「今日は新入生祝いってことでギュウラのステーキだってさ」
ギュウラ。引き締まった赤身に程よい脂の肉。家畜として品種改良されたその魔物の肉は絶品だ。王家の食事では出ていたのかな?
「ムジーカさんのお家ではギュウラを使った料理は出ていましたか?」
「レイでいいですよ、ライさん。えぇ、私の家でもよくステーキで出ていましたよ。焼き加減はレアが好きでした」
「食堂の焼き加減は変えられないからね、レイちゃん」
ライさんも緊張が解けたみたいでよかった。四人で談笑していると、料理が運ばれてきた。サラダ、スープ、白米、そしてステーキ。いつもよりもちょっと豪華だ。「いただきます」を食堂全員で言った後に手を合わせて食べ始める。食べ始めてから何分か経ったとき、寮長が立った。何やら連絡事項があるらしい。ナイフとフォークを止めてそちらを見る。
「来月一日、例年通り『各部屋対抗模擬戦闘演習大会女子の部』を行います。一位になった部屋の方には素敵な景品が待っているので、ぜひ積極的に練習して一位をもぎ取ってください。以上です」
周りがガヤガヤと騒ぎ始める。みんな相部屋の後輩と作戦を話し始めたのだ。対してこっちの後輩は、静かに上品に夕食を食べている。こんな時でも周りに流されず食事している様はまさに王族といえるな。私も早く食べちゃおっと。
食べ終えて二人で部屋に戻る。ネイさんとライさんはまだ食べていたので声はかけなかった。部屋に戻ると今度は寝ずにレイちゃんが立っている。感激。部屋の中で立っているだと? 今日一日しか見てないけど、部屋の中で立っていられたなんて。やればできる子だな。
「さて先輩。私たちも作戦会議しましょう。目指せ優勝です!」
しかもやる気の入った言葉を発している。さすがは新入生代表。代表挨拶通り、素晴らしい成績を狙いにいくなんて。なんて志が高いのだろう。でもそれだけに申し訳ないな。私が、別に優勝とか目指さなくてもいいと思ってるやる気のない先輩で。ま、今年は可愛い後輩のために一肌脱いであげよっかな。
「そうだね。優勝目指して頑張ろう! まずは使える魔法を教え合おうか」
「えっと私の魔法は、炎魔法が十二、水魔法が八、風魔法が八、土魔法が十、氷魔法が四、精神魔法が一、防御魔法が三、飛行魔法が一、植物魔法が六、回復魔法が三、家系魔法が一の合計五十七種です。先輩は?」
おっ、多い! 本当に私の一つ下だよね? だって私の世代でも一番多くて二十とかで、先生でも多くて四十なのに五十七って、相当だよ? やっぱり王族は小さい時から英才教育とか受けてるのかな。それに比べて私ときたら……。
「私は、炎魔法が一、水魔法も一、風魔法も一、土魔法も一、飛行魔法も一、回復魔法も一、家系魔法は二の合計八種だよ。……ごめんね? 足引っ張っちゃうよね」
あぁ、レイちゃんの目も同情の色に変わってくんだろうなぁ。まあ、この歳になっても一桁台の種類しか魔法使えないなんて、まず魔法使い失格みたいなもんだし。しょうがないかー。はははははは、はぁ。後輩にも同情の目を向けられるかもしれないって思うと怖くて前向けないや。
「先輩? どうしましたか? 具合でも悪いんですか?」
「いや、やっぱり私って足手まといだよなぁって。私のこと気にせず戦っていいよ」
あれ? この発言ってレイちゃんが私を守ることが前提みたいじゃん。いやいや、後輩に守られてるだけでダサいのにそれをアテにしてるとか。先輩失格じゃん、私。
「先輩、私の目を見てください」
レイちゃんの手が私の顔を包んで上に向ける。レイちゃんは真面目な顔で私を見つめていた。眠そうでも、同情でもない目で、私の顔を見つめていてくれた。
「先輩。自意識過剰かもしれませんけど、多分私新入生代表、つまり首席なんです。だから、集団で来られるかもしれません。そうなったらさすがに勝てません。だから、先輩に守ってもらいたい。せっかく先輩とチームになれたのに、足手まといだなんて思いませんよ。一緒の頑張りましょう」
「レイ、ちゃん。……ありがとう。不甲斐ない先輩だけど精一杯守ってあげるね!」
「はい! お願いします。そうとなれば特訓ですね。たしか寮の地下室に訓練所がありましたよね。明日から一緒に練習しましょう」
私のことをそんなに考えてくれるなんて。レイちゃんには本当に頭が上がらないなぁ。「守ってください」かぁ。そんなこと言われたらものすごく張り切っちゃうじゃない。明日が楽しみですぐ眠れちゃいそう。でもその前に。
「そろそろお風呂いっちゃいましょうか」
「わかりました。準備します」
お風呂の準備を手提げのバッグに入れて二人で部屋を出る。周りの部屋からはぶつぶつと声が聞こえる。みんな作戦会議をしているのだろう。時々荒げた声が聞こえる。そのせいでか、お風呂に着いた時には誰もいなかった。もう九時だし、みんな入ったのかな? 服を脱いで大浴場に入る。扉を開けると、白い湯気が身体に押し寄せる。心なしか、果物のいい匂いがする。
「わぁ〜広いお風呂ですね。うちと同じくらいです」
「王族の人と同じくらいの大きさのお風呂ねぇ。そう考えるとちょっと気分が上がるね」
シャワーを浴びて、身体を洗ってからお風呂に入るのがマナーだ。果物の匂いがする石鹸を使って身体を洗う。なかなか泡立たなくて無駄に時間が経つこの時が、一番お風呂で嫌な時間だ。やっと泡立ったので、身体も髪も洗う。お風呂から桶でお湯を汲み、洗い流すと身体が綺麗になったことが肌でわかる。いや〜、気持ちいい。さて、レイちゃんはちゃんとやれてるかな。
「レイちゃん体洗えた?」
「全然この石鹸泡立たないです」
石鹸が泡立たなくてほっぺ膨らませてイライラしてる。優等生の顔から子供らしさが滲み出てきてる。隠せてないよ〜レイちゃん。私は石鹸を手に取って泡立ててから渡した。
「はい、これ使って」
「ありがとうございます」
レイちゃんは石鹸を受け取ると周りを見回した。私もつられて周りを見たが、誰もいない。私たち二人だけがこの広い浴場の中にいる。貸切状態だ。
「先輩、髪洗ってくれませんか。なんか体洗って疲れました」
「えっ? い、いいけど……」
私はレイちゃんの白髪に泡をのせて、指で揉み込むように髪を洗い始めた。だんだんと髪全体に泡が行き渡っていく。髪全体が泡に塗れたら、お風呂のお湯を桶に取って髪を流す。一回では流れ切らないので何度も流す。全て流し終えると、レイちゃんの白髪はツヤツヤでサラサラになっていた。
「じゃ、お風呂浸かろうか」
二人でお風呂に入る。レイちゃんは暑いのが苦手なのか、足を近づけて水面に当たったらヒュッと戻すを繰り返している。なんどか繰り返して、やっと肩まで浸かってくれた。
「家のお風呂と比べてどう?」
「すごい熱いです。でも、人と入るのっていいですね」
「でしょ〜?」
この良さに気づく人がまた一人増えた。そう。そうなんだよ。当たり前かもしれないけど、人とお風呂入るのって結構楽しいんだよ。仲良くなれば尚更。だから早く、もっと仲良くなりたいな、レイちゃんと。30分くらい入っていると、脱衣所の方が騒がしくなってきた。作戦会議終わりのみんなが来たのだ。私たちは上がることにした。
「そろそろ上がろっか」
「そうですね。上がりましょうか。っと、うわぁぁぁあ!」
レイちゃんが滑って転びそうになった。すかさず背中を支えてキャッチ。私の手がレイちゃんの背中に回って、顔が近づく。レイちゃんの顔が赤みがかっていることが見てわかる。のぼせてふらつくまで入らせちゃったのかな。なんか悪いことしちゃったなぁ。
「立てる? 大丈夫?」
「だっ、大丈夫です! あ、ありがとう、ございます」
レイちゃんは足早に脱衣所の方に向かった。私はその背中を追いかけた。脱衣所で寝巻きに着替えて、部屋に戻る。レイちゃんはベッドにたどり着く前に眠ってしまった。あとちょっと。ほんのちょっと足を上げてベッドの中に入るだけなのに。ベッドの端に寄りかかって眠っていた。仕方ないので、持ち上げてベッドに入れる。
次の日。朝の点呼の時間だ。私はレイちゃんを抱き上げて外へ連れ出す。するとレイちゃんはパッと起きてしっかりと立った。
「おはようございます、先輩。普通に起こしてくれればよかったのに」
「普通に起こしたよ? でも起きなかったからさ」
点呼は部屋の生徒が部屋の前に出て、寮長の話を聞くだけの作業だ。なので、黙って話が終わるのを待つ。案の定、すぐ終わったので、そのまま食堂に直行する。朝ごはんはいつもの食事に戻っていた。
「レイはこんな質素なご飯食べないよね?」
「あー、確かに食べたことはないですけど。みなさんと食べればなんでも美味しいですよ」
ライさん! そういうこと言わないで! 惨めになる! レイちゃん! そういうこと言わないで! カッコ良すぎる! それにしてもこの二人昨日の今日で随分と仲良くなるんだな。まあレイちゃんは優等生だし、それくらい普通か。
「いただきます」
「先輩、これすごい美味しいです!」
「そっかぁ。良かったよレイちゃん、お口にあって。たくさん食べな。おかわりもあるし」
「はい!」
うん。いい返事。いつもの朝なのに、いつもみたいにどんよりとしない。むしろ、清々しいくらいだ。こんなに可愛い後輩と朝ご飯を一緒に食べれるなんて。こんないい日が今まであっただろうか。ご飯を食べ終えて、二人で部屋に戻る。制服に着替えて、二人で学校に登校。やばい、今死んでも未練ないかも。……いや、大会で守るって決めたから死ぬのはだめだな。
「じゃあ、先輩。私はこれで」
「うん、いってらっしゃい。頑張ってね」
レイちゃんと別れて教室に入る。周りの視線が私に刺さって貫通するのを感じる。気分がすぐに下がったわ。まぁでも? 私には癒しのレイちゃんがいるんで? 今までは嫌だったこんな空気でもそんなに苦痛じゃないわ。それにしても昨日、レイちゃんに守って欲しいだなんて言われたことがもう。嬉しすぎる。
ぼーっとしたまま過ごした午前中。流石にまずいし、そろそろ真面目にしないと。そう思った矢先に目にしたのは、私を学校嫌いにさせた原因の男だ。名前はガスト・フィガロ。金髪でチャラチャラしてて、初恋の相手だ。一目惚れして、好きになって、頑張って喋って、仲良くなったと思って告白したら……振られた。理由を聞いたらヘラヘラしながら、
『魔法一桁台しか使えない女が俺と釣り合うわけないじゃん。適当に話してただけだし』
と言った。しかも、その日のことを周りに言いふらされて、私は一時期孤立した。今ではみんな普通に喋ってくれるが、あの時は誰に話しかけても同情か嘲笑の目をしたまま話してきた。それが原因で学校は嫌いだ。さらに気分を落としていると、ガストと喋っている女子生徒がいるのに気づいた。あれ? あれは……レイちゃんだ……。
なんでレイちゃんがあんな男と? もしかして口説かれてる? そうだったら、助けに行かないと……でも何て言って助ければ……。あれこれ考えていると、レイちゃんと目があった。あの目は助けを求めている目だ。確信できる。ここで助けなくて何が先輩なんだ、私!
「ガスト……くん。うちの後輩がどうかしましたか?」
「あ? お前に関係ないだろ。それよりレイちゃん、今日お昼一緒に食べよ。奢るからさぁ」
こいつ……馴れ馴れしくレイちゃんに話しかけやがって。目の前で嫌な顔されるのが見えないのかよ。あー、なんかすごいムカつく。今すぐはっ倒したい。
「いや、今日は先輩と食べるので。すみません」
え? えぇ? レイちゃんっ! レイちゃんが……レイちゃんが私に抱きついて! 可愛い。やばい、表情筋が緩む。真剣な場面なのに笑っちゃう。
「へぇ〜そうなんだ。じゃあさ、三人で食べようよ」
ガストが私たち二人に近づいてくる。三人でだって? レイちゃん目当てなの見え見えだっつーの。これだから男は。全員が全員じゃないけど、もっと自分の気持ち抑えてくれないかな。私はレイちゃんを背に、睨みつける。
「来ないでください」
「ガスト先輩。はっきり言って興味ありません」
二人で集中攻撃。ガストはローブの内側に手を入れたけど、すぐにやめた。舌打ちしてどこかに行く。やった、勝った。しかも、レイちゃんを守れた。久しぶりに人のために動けた気がする。人を助けられたらこんな気分いいんだ。
「あの、ありがとうございます。えっと、お昼一緒に食べませんか?」
「うん、いいよ」
あ〜、レイちゃんが離れちゃった。でも、まだくっついててとは言えないし。くっ、まだ温かみが残ってる。この温もりをずっと取っておきたい。そんなこんな思いながら、食堂に着く。食堂はたくさんの人でごった返していた。端の席に座る。列に並んで、別々に料理を買いに行く。食堂に入ってからずっと鼻に届いてた匂いの食べ物。よし、カレーにしよう。買って、席に戻ると、レイちゃんからもカレーの匂いが。
「あれ? 先輩もカレーですか? お揃いですね」
『お揃い』! いい言葉だなぁ。二人で手を合わせて食べ始める。口に含むとドロッとしたカレーと熱々のご飯が絡み合う。ちょっと辛いけど、耐えられない辛さでもない。普通に美味しい。二人とも同時に食べ終わった。レイちゃんの顔を見ると、ルーが口の周りに。ハンカチを取り出して、拭いてあげる。
「はしたないですよ、王族さま?」
レイちゃんの顔がみるみる赤くなる。恥ずかしがってる、恥ずかしがってる。これは行幸だわ。優等生の優等生らしい顔が恥ずかしくなって赤くなってるのは、なかなか見れない。希少すぎる。
「あ、ああ、ありがとうございます……じゅ、授業が始まってしまうので、これで!」
周りの人の目が点になっている。まだ授業開始まで十五分もあるんだけどなぁ。あ、お皿片付けずに行っちゃったな。片付けておいてあげよ。教室に戻って、いつもの顔に戻る。授業をパーっと受けて、体感三十分くらいで放課後になった。寮に戻って、部屋に荷物を置く。レイちゃんはも帰っていたらしい。ここにはいないってことは、地下室の訓練所に行ったのかな。部屋でぐーたらせずに。そんなことできるんだ、レイちゃんが。
地下室に入ると、中心にうつ伏せになっている人が。やばい、医務室に連絡しないと! あれ、先に意識の確認だっけ? とにかく助け……あれ、これは。床に広がる長くてサラサラした白髪。ひっくり返すと、天使の寝顔が現れた。なんだ、レイちゃんか。
「んん……先輩?」
「レイちゃん、ここ、地下室。周りに人来ちゃうところだよ。ほら、起きて。公の場ではしっかりしなきゃなんでしょ?」
スッと立ち上がれたが、まだふらふらしている。そんなになるほど学校疲れるかなぁ。
「学校って疲れますね。今までずっと家にいたからダラダラしてましたけど、こうも人前に立って優等生することが大変だとは。地下室に近づくにつれて緊張の糸がほつれちゃいましたよ」
優等生するってそんな大変なんだ。緊張の糸を張るのは確かに体力使いそう。偉いな〜そうやって疲れることも進んでやれて。王族の子も大変なんだな。これはもう、レイちゃんが部屋でダラダラしてても怒れないなぁ。元からだけど。
「さて、先輩の家系魔法を見せてください。」
「えっと、一つは見せるとかできなくて、もう一つはここじゃわからないと思う。レイちゃんって感覚共有魔法使える?」
「使えますよ」
「じゃあ、私の視界を共有して見て」
目に違和感が走る。共有魔法は変な感覚がするが、こうしないと私の魔法はわからないと思う。レイちゃんと向かい合って使う。私はナイフの形をした杖を取り出した。片刃で、よく斬れるナイフなので、慎重に。
「見せろ
私の目に映るレイちゃんがダブって見える。青白くて透明なレイちゃんが見えている。その青白い透明なレイちゃんの髪は今とは違って左に流れている。
「先輩、これ何の魔法ですか?」
「ちょっと横に向かって走ってみて」
レイちゃんの青白い半透明な姿が、走る動きをしている。連続して並ぶ静止したレイちゃんの姿。これが私の魔法で見える世界だ。走り出したレイちゃんが半透明な姿と重なる。半透明なそれはレイちゃんと重なるたびに消えて、レイちゃんの進む先に違う動きをしている形で現れる。魔法を止める。
「これが私の家系魔法の一つ。三秒後の未来ね。目に映るものの三秒後までの一連の動きが半透明になって見えるの」
「未来視ってことですか? すごいじゃないですか! 神に匹敵するレベルですよ」
いやぁ、照れるな〜そんなこと言われたら。でもね、この魔法には欠点があるんだよ。
「未来視なんだけどね。三秒後までしか見えないし、見えても私の反射神経じゃ避けれないんだよね」
そう。何を隠そうこの私、運動が大の苦手である。なので、攻撃が来ることを事前に見えていても避けられずに当たってしまう。運動しようとは思ってるんだけどなかなかできなくて、つい問題をそのままにしてた。今になってこんな大きな問題になって降りかかるとは。恨むぜ、昔の私。
「これ継続型ですよね。魔力どのくらいあるんですか、先輩は」
「あー、そういえば最近測ってないや。測ってみるか」
地下室の隅っこの小さい檻に数匹いる、ハコガエル。名前の由来は、ハコガエルの舌をつまんで何分かすると、舌の先端からつまんでいた人の魔力量に合わせて大きさの変わる光る箱が出てくることからだ。一匹取り出して、舌をつまむ。時間がかかるので雑談タイム。
「レイちゃんは卒業したらどうするの? 魔法使い? それとも王族に戻って家を継ぐの?」
「いえ、家は弟が継ぐので。私は多分王家のための魔法使いの軍に入りますかね。もしくは結婚させられます。先輩は?」
「私は魔法使いになって、冒険かな」
ちゃんと将来見据えてるんだなぁ。冒険とか、子供っぽい夢言っちゃった自分が恥ずかしい。でもそうなるとレイちゃんとは気軽に会えないなぁ。って、卒業しても繋がりがあるかわかんないし。何考えてんだろ。キューブが出てきた。それは、私の身長を超してもまだ大きくなった。結果、キューブの大きさは床から天井までピッチピチになった。デカすぎるでしょ。
「こんな魔力量あったんだ、私。知らなかった」
「すごいですね。これならさっきの魔法は少なくとも大会中はずっとやれますね」
えー。まぁ、確かにできるけど。できるならやっといたほうがいい程度だしなぁ。
「もう一つの魔法も見せてくれませんか?」
「よし、じゃあ外に行こうか」
二人で外に出た。カンカン照りの晴天で、雲はどこにも見当たらない。今日のこの空がこれから自然に曇りや雨になることは断じてあり得ない。私は杖を構える。両刃のナイフで、先端は丸くなっている。
「じゃあ、やるよ。代われ
突き上げた私のナイフの真上。そこに向かって黒い雲が集まっていく。太陽は隠れて、一気に暗くなった。次第に、ひんやりとした空気が漂ってきた。雨が降る。一応、小雨にしておこう。
「え、こ、これは……天気を変えた? こんなの応用性ありすぎ、強すぎますよこんなの。ちなみに持続型ですか?」
「ううん、単発。一回に込める魔力量で持続時間が増える」
しばらくすると、雲はみるみるうちに中央から順に穴が空いていった。雲が消え、雨が止み、元の天気に戻った。寮の窓の方から何人か今の動きを見ていた人たちが顔を出した。やばい! 寮長にバレたら怒られる。
「じゃ、そろそろ夕飯だし、食堂行こっか」
レイちゃんは空を見つめたまま動かなかった口をぽかんとあけて突っ立っている。しょうがない。引きずってくか。私はレイちゃんの手を握って引きずっていった。食堂に着くともう全員揃っていた。ネイさんが取っておいてくれた席に縮こまりながら座る。明らかに怒っている寮長が立ち上がった。
「あー、皆さんに大事なお話があります。今日、ついさっきに寮の前で大規模な魔法を使った人がいました。何か知っている人は後ほど私の部屋に来てください。それでは、いただきます」
みんなで手を合わせて、いただきますと言った。だが、私の心臓はバクバク音を鳴らしていたので、その大きな声すらも聞こえなかった。すぐさま夜ご飯を食べ終えて、部屋へ戻った。あっ、レイちゃんのこと忘れてた。見に行かなきゃ。お風呂セットを持って食堂に向かう。
食堂に着くと、レイちゃんは食べ終わっているのに席から立っていなかった。ネイさんやライさんが見てるのにだらけてるのかな? いや、これは疲れてるだけか。肩を揺さぶる。
「レイちゃん、起きて。お風呂行こ。着替えとか持ってきたから、さっと入って寝ちゃお? ね?」
「あとごふん……」
「その五分でお風呂入ったらいくらでも寝れるから」
結局、手を引いてお風呂に行った。服を脱がして、お風呂に入る。数人いたが、ふらふらして眠そうなレイちゃんを誰もあの優等生だとは気づかなかった。軽く体を流して、すぐに着替えさせる。部屋まで抱き抱えて行って、ベッドに下ろしてあげる。さーてと。寮長の部屋行くかぁ。流石に何も言わないのはまずいもんなぁ。
寮長の部屋のドアをノックする。足音が聞こえないのでいないのかと思っていたが、出てきた。
「入れ。なんで魔法を使ったのか話せ」
部屋の中に入る。何も散らかっていない、落ち着いた部屋。いかにも大人って感じの部屋だ。さすが寮長。
「えっと、今度の大会に使うためにレイ……さん、と練習しようと思って。魔法の実演をしました」
「ほう」
乾いた返事。うわー、絶対怒ってるじゃん。そりゃ周辺の皆様にはご迷惑をおかけしたけれども。だってそういう魔法なんだから仕方ないじゃないですか。よし、こういう風に言い訳しよう。さぁ、言うんだ私!
「だって……」
「よくやった! 今まで無気力だったお前がそんなに大会に情熱を持つなんて! 私は感動したぞ! ただ、これからは許可を取るようにしろよ」
寮長の両手が私の両肩をバンバン叩く。え? 怒られる流れじゃないの、これ。いや、怒られないならそれでいいんだけどさ。よかったぁ。
「では、これで。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
部屋に戻ると、レイちゃんがベッドから出ていた。寝相悪すぎる。かわい。ちょっとお腹見えてるし。冷えちゃうって。ベッドに戻して布団をかける。私も二段ベッドの上にのって寝た。
次の日、二人で点呼に行く。今日はちゃんと起きてくれたけど、すごい眠そう。目を擦ってあくびをしている。そんなに人前で優等生になるのがキツいならもうさらけ出しちゃえばいいのに。あっ、でもこの可愛い顔が他の人に見られるのは嫌かも。この気だるげな可愛い顔は独占したい。そんなこと思いながらも、寮長の点呼の連絡に耳を傾ける。その連絡は今までで一番驚いた。
「えー、なんと例年は夏に来るはずの
みんなの顔が微笑みに変わっていく。誰も声を出して喜ばないけど、内心ガッツポーズしてるはず。だって私もそうだから。対してレイちゃんは……まだ眠い顔してるな。というか、まだ状況飲み込めてなさそう。一回部屋に戻って二度寝させてから教えるか。
部屋に戻って、ベッドに戻す。レイちゃんはすぐに寝た。窓の外はもう強い雷雨が降っている。それに混じって時々変なものも降っている。今降っているのはーーナイフだ。たくさんのナイフが降り注いでいる。その光景に私は夢中になった。
「先輩? 何見てるんですか。ていうか、朝ごはんは?」
あっ…………天気に夢中で忘れてた。やばい、あと二分で始まっちゃう。まさかレイちゃんに言われて思い出すなんて。早く行かなきゃ。ダッシュして、階段を駆け上る。昨日に引き続き、ご飯に遅刻しかけるなんて。
ネイさんとライさんが私たち二人を見ている。心配している顔だ。
「ナトは別として、レイみたいな優等生が二回も遅刻しそうになるなんてね。なんかあった?」
「えっと〜勉強していたら、遅くなりました。先輩は外を見てました。外で何があったんですか?」
「雨に混じってナイフが降ってたの」
「えっ、怖いですね、それ。迂闊に外は出れないな〜」
「レイは点呼の時寮長の話聞いてなかったの? 外に出ちゃダメって言ってたじゃん」
ライさんが痛いところをついてくる……絶対いつかバレそう。もう今からバラしたほうがいい気がする。でも、「誰も知らないレイちゃんの素顔を知っている」っていう優越感がなぁ。
「あっ、そうだった」
みんなで朝ご飯を食べる。今日は珍しくご飯と漬物だけだ。美味しいんだけど少ないんだよなぁ。レイちゃんも私もすぐに食べ終わったので、そのまま地下室に直行する。未来視の魔法を研究するのだ。
「先輩。避けるのではなく、防御魔法を展開してみては? 先輩のその魔法は魔力量によって勝負が決まるので、なるべく一点だけを狙いましょう」
「わかった。やってみる。見せろ 三秒後の結末」
「では行きます。燃えよ
レイちゃんから十個くらいの炎の弾が放たれる。小さい弾なので、威力は小さいが速い。しかも、レイちゃんのコントロールセンスによって、自由自在に動くらしい。だが、そんなものは私の目の前では無意味だ。半分くらいの弾はまっすぐ来るので真正面に防御魔法を展開。もう半分は右半身の脇腹一点に集中してる。魔力をギュッと込めて防壁を構える。あれ? 今やったら軌道変えられちゃうくない? もっと直前にやるべきだった。
しかし、炎の弾は軌道を変えずにそのまま当たった。つまり、見事に防げたのだ。なんで? 防御魔法の場所わかってるならそこからずらせばいいだけじゃん。もしかして手を抜かれたのかな。
「すごいじゃないですか先輩! ちゃんと全部防げてますよ。しかも防御魔法名称及び命令詠唱破棄! 全然すごいです!」
「私は杖の形を活かして近接戦闘もするからね。少しでも軽減するために練習したの」
ああ、父親とやった近接戦闘の練習を思い出す。父さん、剣が重すぎて私の防御魔法全部砕くんだもんなぁ。おかげで私もできるようになったけど、その技。しかもそれ覚えたら、「道場を継げ!」とか言い出すんだもんなぁ。私は魔法使いになりたいんだっつーの。
「それより、手は抜かないでよ。防御魔法見えたのに軌道変えなかったでしょ」
「それなんですけどね。なんかコントロール効かなかったんですよ」
真剣な顔。真剣な眼差し。本当のこと言ってるっぽいけど嘘ついてるとしか思えない。だってレイちゃんみたいな才能がそんな失敗起こすわけないもん。演技力すごいなこの子。
「次は私からやるよ。って言っても、近接攻撃しか出来ないけど」
「大丈夫です! 私も詠唱破棄の防御魔法の練習したいので」
私は未来視の魔法の杖をローブにしまって、飛行魔法の杖を取り出す。柄の部分からはナイフの刃ではなく、六角形の棒が出ている。切れないが、当たると痛い。
瞬間的に最高スピードを出して一瞬で詰め寄る。さて、魔法が展開される前を狙うか展開されたあとを狙うか。まぁ、未来視できないし後者かな。全身に展開された防御魔法。球状になっていて、中にいる人を繭のように守っている。私は真正面から刃。いや、棒を当てた。お父さんいわく、防御魔法の壁に対して垂直に力を加えれば砕けるらしい。
しかし、レイちゃんは私の当てたところにさらに厚く壁を張ってきた。これじゃ、砕けない。別のところを当てないと。ってあれ? 球状だったはずの防御魔法から腕みたいなのが出てきてる。これは、カウンターか?
「避けてくださいね、先輩」
その腕は私に向かって振り下ろされた。しかし、ここで避けるなんて良い考えじゃない。振り下ろされた手に杖を突き立てる。繋がっていた防御魔法がパリンと音を立てて砕けた。
「それは予想できなかった……」
レイちゃんが倒れる。杖をローブにしまって、両手を空けて受け止める。片腕を膝裏に、もう片腕を肩に回す。王族の娘だし本物のお姫様抱っこか。寝てるだけだけど起きそうにもないな。よし、抱き抱えたまま、出るか。誰にも会わないことを願います。
良かったぁ〜。誰にも会わずに部屋まで戻って来れた。三年生の部屋の扉から音が鳴った時はどうなるかと思ったけど、誰も出て来なかったし大丈夫でしょ。レイちゃんをベッドにのせる。あ、私も眠くなってきた。ベッド上行くのめんどくさい。レイちゃんの隣で寝ればいっか。どうせ明日は点呼ないし。レイちゃんより先に起きれば大丈夫でしょ。さて、お隣失礼しますっと。私はレイちゃんの隣に寝た。窓の外からは金属が壁にぶつかる音が聞こえる。
「ふわぁあ。先輩? まだ寝てるんですか先輩? ってえぇ!」
「どうしたのレイちゃ……あ」
起きたら、レイちゃんに抱きついていた。いや、別にこれは意図的にやったわけじゃなくて……いやちょっと嬉しくもあるんだけど。私に抱きつかれたままのレイちゃんの顔が真っ赤になっていく。私の顔も熱くなるのを感じる。これはちょっと恥ずかしい、かも。二人の中に流れる静寂。気まずい。あったかい。やっぱり気まずい。
「あの、今日って学校無いですよね」
「そうだけど」
「二度寝、してもいいですか」
「いいけど……」
「おやすみなさい」
あ……寝ちゃった。どうしよう。怒っているかな。とりあえず手を離さないと……って、離れないんだけど! レイちゃんの手ががっちり掴んでる。怒ってるの? 怒ってないの? まあ、まだ時間あるし、とりあえず私も二度寝するか。
二度寝して、起きた。時計はもう十四時を指している。まずい、そんなに寝てたのか。レイちゃんは……まだ寝てる。今日一日は起こさずにいてあげるか。お風呂になったら起こそう。私はレイちゃんから腕を離して、ベッドを出る。外を見ると、今度はヤケドクガエルが降っていた。体表にある毒に触れると火傷のような痛みが引き起こされるそうだ。これもいいな。私の天候を変える魔法は、天候と認知すればどんな天候にでも変えられると魔導書にあった。だから、私はこの怪嵐を天候として魔法で操りたいのだ。そのためのバリエーションを増やそうと今日は一日窓を眺めていようと思ってたんだけど。思ってたんだけどなぁ! 思わず、寝ちゃった。
ふと、ドアの隙間から紙が入ってくる。寮長の家系魔法だ。紙には「本日より、怪嵐の影響でお風呂が使えません。各自水魔法で衛生管理をお願いします」と書かれていた。全部屋に手書きで送ってるのか。大変だな。私水魔法でお風呂みたいなことできるかなぁ。やってみるか。体に膜を貼り付ける感覚で水をまとって、炎魔法でお湯にする。よし、よし。あとは、風魔法で乾かす。よし! 成功だ。レイちゃんも起こすの悪いからやってあげよ。今日は早めに寝るかぁ。
次の日、そして大会前日。朝起きるとレイちゃんが一人でに起きていた。信じられなくて思わず二度寝しようとしたが、レイちゃんに起こされた。顔を見ると一切笑っておらず、目が光ってなかった。
「おはよう。一人で起きるなんて偉いね」
「……朝ごはん行きますよ」
え? 私の言葉無視? ひどいよ、レイちゃん。そんな子だった覚えはありませんけど。昨日何も食べてないので食堂について行く。本当は問い詰めたいけど、体力残ってないし。食堂に着くと、向かい合わせに座った。レイちゃんは一言も喋らない。「めんどくさくて喋りたくない」じゃなくて、「私と喋らない」という感じがする。悲しいよ先輩は。そのまま黙食を貫き通して、部屋に二人で戻った。
部屋に戻ると、レイちゃんはクッションも使わずに床に正座した。なんで? あのレイちゃんが正座できてたなんて。いや、王族だから当たり前ではあるんだけどさ。なんか気に障ったかな。やっぱり一昨日の夜、勝手にベッド入ったの怒ってるのかな。
「明日の作戦会議します。明日は、始まったらすぐに会場に九つの魔法陣を設置しに行きます。私の家系魔法で、魔法陣内の物体を転移させます。次に、設置し終えたら一つの魔法陣の近くに潜伏します。最後に私の炎魔法における最高火力の爆裂魔法をそれぞれの魔法陣に転移させて遠距離から倒します。以上です」
私は拍手した。完璧な作戦じゃないですか。私の入る隙のない完璧な作戦。さすが優等生レイちゃん。やればできる女だね。
「先輩には潜伏中に近くに来た敵の処理を頼みます」
「わかった」
良かった〜。私にもちゃんと仕事があるんだ。今年こそはちゃんと誰かの役に立てるんだ。いや、でも自分の魔法の力も試したいんだよな。どうしよう。頼んでみようかな。
「レイちゃん」
「何ですか」
「私の天候の魔法も使いたいんだよね。私はこの怪嵐を多分だけど起こせる。だから、これ使って広範囲攻撃もしたい。ダメかな?」
ん? レイちゃんの目に一瞬光が戻ったような。気のせいかな? 口元もちょっと弧を描いてる気がしなくもない。機嫌直ってきたのかな。
「良いですよ。では、私達は常に防御魔法を展開というわけですか?」
「うん、そうなるね。まぁ基本的には私が二人分の防御魔法を展開する形になるかな。最高火力ってことはそれなりに魔力消費もするでしょ」
レイちゃんの顔が普通に微笑みの顔に戻ってきてる。この微笑みが「怒」なのか「楽」なのかはわからないけど。とりあえず、目に光は戻ったし、良かった〜。どうする? ここで聞いてしまうか? 何で機嫌悪かったの、って。いやー、怖いなぁ。でも、このままモヤモヤしたままでいるのはな〜。
「レイちゃん。なんで今日機嫌悪かったの?」
「それは……………………………………………………からですよ」
「レイちゃん。はっきり言って?」
この上ないほどの説教ムーブを醸し出すぜ。これで言ってくれないのなら諦めるしかない。あいにく、これ以上後輩を追い詰めるなんてこと、私にはできないからね。
「……先輩が、二度寝から起きたら横にいなかったからですよ」
レイちゃんがそよ風のような小さな声で言った。もちろん私の耳には届いている。え? 横にいなかったから? 怒ってたのってもしかしてそこに? えっ、横にいたのは逆に嬉しかったの? 待って、整理できない。
「えっ、それってどういう……」
「これ以上乙女に言わせないでください!」
あぁ、ふて寝しちゃった。えー、私も乙女なんですけど? まあ、そこは良いとして。うーん。嬉しかったって謎だな。とりあえず今日どうしよう。嬉しかったってことはもう一回やってってことに繋がるのか? いやでも、えぇ? とりあえず間をとって床で寝るか。
朝起きると、レイちゃんに抱きつかれたまま床で寝ていた。あれ? 昨日ベッドで寝てたじゃんレイちゃんは。何でここにいるの? あっ、てか今日は点呼ある日じゃん。早く出ないと。私はレイちゃんに抱きつかれたまま廊下に出た。廊下に出た瞬間。廊下のひんやりとした朝の空気に触れた瞬間にレイちゃんは起きた。
「おはよう」
「おはようございます。今日の大会、頑張りましょうね」
抱きついていたことは見事にスルーしたね。流石に寝相悪いじゃ誤魔化せないよ、あれは。別に言ってくれれば一緒に寝てあげたのに。可愛い後輩の頼みは断れない人間なのを自負してるからさ。おっと、寮長が来たみたいだ。他の部屋からもぞろぞろと人が出てくる。みんな徹夜したのか、目を擦っている。が、その目は明らかにレイちゃんを敵視していた。やっぱレイちゃん対策か。
「今日は大会だ。みな、全力を出して戦え。学校中の誰もが目にするぞ。気を引き締めてくれ。場所は戦闘演習場『肆の間』で行う。以上、解散」
みんなぞろぞろと部屋に戻っていく。私はネイさんと目が合った。こっちに向かってくる。
「ナト、レイ。今日は敵同士だ。会ったら全力で潰す。な、ライ」
「はい、もちろんです。レイ、ナト先輩。本気でよろしくお願いします。ナト先輩、怪嵐の前のあの雨は先輩の魔法ですよね。先輩の凄さよく分かりました。あれ、間近で見れるの楽しみにしてます」
「ライさん、ネイさん。絶対勝ちます」
レイちゃんは眠くて喋れなかったが、少なくとも「全力で戦う」という意思は持った顔をしている。これならちゃんと戦えるかも。四人とも手を振りながらそれぞれの部屋に二人で戻った。私とレイちゃんは制服に着替えてローブを羽織り、演習場に向かった。演習場「肆の間」は森だ。本物の木が森のようにずらっと並んでいる。
全員が集まり、大会開始の合図である法螺貝が鳴る。実況は前年度優勝者の寮長、アクハ・ヴィーンが行うらしい。校長先生の長い開幕挨拶を聞き流して、いよいよ本番だ。レイちゃんの方を見ると手が震えていた。私はそっと手を握ってあげた。
「さぁ、始まりました。各部屋対抗模擬戦闘演習大会女子の部。実況は私アクハ。解説は?」
「寮顧問及び、魔法学の教員である私ラスト・ブラームが行います」
寮長ってあんな明るくて社交的な喋り方できるんだ。なんか勝手に喧嘩腰っぽい威圧感を与える喋り方しかできないのかと思ってた。寮長の重圧に耐えるためだったのかな。二年生の時と同じ喋り方に戻ってる。やっぱりこっちの方がしっくりくるな。
「さてさて、ラスト先生! 本日の注目選手は誰でしょうか。」
「やはり、一年首席のレイ・ムジーカや二年首席ネイ・グラントなどでしょうか。あとは、私の姪っ子のライ・ブラームですかね。家系魔法も基本魔法もできているのでね、みなさん」
「そうですね〜。首席だったり、学内に親戚がいたりすると家系魔法を知られている場合が多いので、いかにそのハンデを減らすかといったところでしょうか。さて、大会開始が近づいて参りました。本日、来賓として国王ヴィクトル・ムジーカ様が来ておられます。本日は無礼講とのことですので、礼は省略いたします」
えっ、国王ってことはレイちゃんのお父様ってこと? だからこんなに震えてて汗もかいてるのか。私は両手でレイちゃんの頬を包んで顔をこちらに向ける。
「緊張してるの? その時は私を見て。微笑み返してあげるから」
「……分かりました。ありがとうございます」
緊張が解れたみたいで良かった〜。最高のコンディションで大会には臨まないとね。それにしてもレイちゃんのお父様か〜。初めて見た気がする。目とかレイちゃんにそっくりだなぁ。
「さぁ、準備が整いました。みなさん、ここからは治癒魔法の使えない世界ですよ。生死が一枚の壁でしか仕切られていない世界です。それでは、国王様。魔法をお願いします」
レイちゃんのお父様の掌から無数の魔法陣が演習場の空に放たれる。数的に一組一つの魔法陣って感じかな。これなら最初に敵と出会うことはないってことか。よく考えられてるなぁ。しかも、演習中に死ぬくらいの傷を負っても、医務室のキール先生の家系魔法で藁人形が肩代わりしてくれるんでしょ? さすがに肩代わりした後は反動で気絶するらしいけど。気絶した後も国王がその魔法で回収してくれるし。それなりにすごい大会なんだな、これ。
魔法陣が私たち二人の足元に展開される。数秒後、あたりは暗い緑一色の森だった。転移した時の記憶無いんだけど。てっきりトンネルに入るみたいに転移するのかと思ってた。魔法陣に触ったらすぐに移動するんだ。
「よし、先輩。設置しに行きましょう」
「ん。周り警戒しとく。見せろ
レイちゃんの体が動く道筋が見える。なるほど、二秒後に走り出すのか。追いつけるかなぁ。心配だなぁ。二秒して二人で走り出す。この演習場には等間隔に九本の大きな木が植えられている。そこの根元に設置する。
中央の九本目に設置し終わった。誰にも会うことなく設置できたのが幸いかな。それにしても何でこんなにいないんだろ。もうたくさんの人がやられちゃったのかな。戦闘音はほぼ聞かなかったんだけどな〜。
木の上で二人枝の上に並んで潜む。肩が触れて、太ももも触れる距離。人の熱を感じる。ここ数日ずっとレイちゃんとこのくらい近いところにいる気がする。……横顔凛としてるなぁ。ほぼ授業中みたいなものだもんな。こんなに近くで真面目に頑張る人を、それも後輩を見ることになるなんて思わなかった。だって去年は別行動で、隠れてばっかで、気づいたら同じ部屋の先輩が優勝してて終了だったもん。
「代われ
ナイフの雨が降る。これでとりあえず何も遮るものがない場所にいた人たちは森の中に入ってくるだろ。さぁ、レイちゃん。やっちゃってください。
「爆ぜろ
レイちゃんが魔法陣に杖を投げたと思うと、正面の大きな木の下から爆風が込み上げてきた。煙が上がって、爆発と炎が見えたと思うと、大きな爆発音が響いた。杖を中心に爆発するらしい。爆発が止まると、魔法陣から杖が飛び出たので、レイちゃんがキャッチした。あ、森から人来た。戦るか。
次の瞬間、反射的に胸を反って剣を避けた。腕を後ろに動かしてレイちゃんを押し倒す。目と鼻の先に片手剣の切先が見えた。あっぶない、ギリギリすぎ! 視界に入った瞬間に目ぇ疑ったもん。一秒後くらいに剣が頭の上に上げた女子生徒の半透明な姿が見えたんだけど。人間の脚力じゃないって。しかも枝の半分切れてるんだけど。私たち二人の体重乗せても折れなかった枝だよ? 腕力も凄すぎる。身体能力強化する魔法かな。
さてと、レイちゃんもちゃんと着地して木から降りたはいいものの、どうやって戦おうかな。あの剣が杖なのか、はたまた違うのか。魔法の詳細もわかんない。何もわからないまま戦うのはキツイな。とりあえず、私が前衛で戦ってレイちゃんに後ろから魔法撃ってもらうか。
「レイちゃん、魔法よろしく! 私は前で戦うから」
「はい、援護します!」
後ろから動く炎の弾が飛んでくる。相手は防御魔法を使って防いでいる。私は、未来視魔法の杖であるナイフを右手に、飛行魔法の杖であるナイフの形をした棒を左手に構える。左手で防御魔法を砕くと右手のナイフですぐに追撃する。相手はすぐに剣で防ごうとするが、レイちゃんの炎の弾を弾くので精一杯なのか、体を逸らして避けている。が、無駄だ。それは見えている。
相手が右腕を逸らした先にナイフを突きつける。血が飛び出て、私の腕につく。腕についた瞬間、激痛が走った。血液が手の形に姿を変え、私の腕を掴んでいる。こいつ、血液のくせに握力強すぎ……凝固してるのか? もしかして相手の魔法は血魔法か? ってことは先輩のカミラ先輩かな。剣術もやってたのね。まずい、右腕の血が止められて握力なくなる。早く倒さないと。相手防御魔法の三秒先の隙は……右半身の方が薄いかな。
「レイちゃん! 右半身狙って!」
「分かりました! でも先輩、口で言っちゃいましたね!」
しまった。言っちゃった。防御魔法右半身に集中されたらこっちが大きい隙作っちゃう。今のうちに左半身に猛攻を……ってあれ? まだこっちに防御魔法残ってる。しかも堅いほう。おかしいな。なんで動かさなかったんだ? 炎の弾が先輩の防御魔法の壁に当たって砕く。クリーンヒット。大きい隙。もらった。正面から先輩の心臓にナイフを突き立てる。抜くと、先輩は息を吹き返したが、気絶していた。転移魔法で救護室に飛んでいった。レイちゃんと二人で顔を見合わせてハイタッチした。
「ナイスコントロール、レイちゃん!」
「先輩もナイスです! 指示完璧でした! トドメを差すのもかっこよかったです」
そんなことないよ! レイちゃんに指示したけど敵の目の前で言っちゃったし。敵の魔法多分受けちゃったし。とりあえず血は水魔法で流すか。ふぅ、綺麗さっぱり。
「そういえば、なんで私が言っちゃったのに防御魔法変えなかったんだと思う?」
「この前も言ったじゃないですか。魔力のコントロールが乱れて上手くいかないんですよ」
あれ本気だったんだ。てっきり手加減してると思ってたのに。今まで使った二人がそう言うんだからきっとそうなんだろうな。ってことは、未来を見るだけじゃなくて、見た未来を確定させてるってことでもあるのかな。何それ、強すぎじゃない? 不変のものを確定させるって神か? 神なのか、私。そんなことを思っていると突如、寮長の明るい声が演習場に響く。
「さぁーみなさん! 残るところ二組となりました。というわけで、演習場『壱の間』に転移します」
私たち二人の足元に転移の魔法陣が描かれる。転移された場所は演習場「壱の間」。割と広めの平野で、遮蔽物が何もない。そこに私たち二人に向かい合うように立つ二人が。ネイさんとライさんだ。とうとう私たち四人が残っちゃったか。
「レイ、ナト。全力で戦うって約束覚えてる?」
「もちろんですよ、ネイさん。全力で勝ちます!」
静かに戦いの火蓋が切られた。レイちゃんの爆裂魔法は使えないから、とりあえず私は天候を変えようかな。いや、でも対して有利には動かないか。じゃあ、何すればいいんだ、私。二人も三秒以内に動く様子はないし。
「レイちゃん、魔法準備して。私が今回も前衛で戦うから」
「はい、了解です!」
レイちゃんの後ろから、無数の氷の刃と炎の弾が生まれてくる。二属性同時展開はまぁ余裕か。私はできないけど。とりあえず、ネイさんの魔法が厄介だし、先に倒すか。確か家系魔法が守護者だったかな。なるべく早めに倒して防御を削りたい。私一人の犠牲でネイさん一人倒せるならこっちが有利に傾くはず。ネイさんに向かって飛び出した。二秒後、頭、胸、腹のそれぞれの正面に防御魔法が展開される。薄いところは、腕かな。腕狙いで行くか。右手にナイフ、左手に棒を持つ。棒の方で防御魔法を砕くそぶりを見せながら、腕に刃を突き立てる。よし、これでいこう。防御魔法展開された。が、腕にはやっぱり展開されない。腕に刃をかけて、右腕を切り落とせた。血が吹き出ない程に素早く斬れた。後ろに下がって、体勢を整える。すぐに追撃が来た。水の刃が私にだけ向かってくる。レイちゃんの方は……ライさんが戦ってるのか。レイちゃんにはあっちに集中してもらって、私はこっちで相討ち狙うか。
水の刃が、尽きた瞬間を狙ってすぐに近づく。今度は致命傷を狙いたいんだが、なかなかキツイかな。ここは、防御魔法を砕かずに、上から……ってそういえば。なんでネイさんは家系魔法を使わないんだ? もしかして私誘われた?
「ナト、私の勝ちだ。我が矛となれ
ネイさんの背後からぬるりと鎧を被った騎士が出てくる。手には大剣が握られている。三秒後、私の頭に振り下ろされる。到達する前に地上には戻れない。ってことは、相討ち覚悟で倒すか、受けるか、受け流すしかないってことか。受けるのは無理だから受け流すか。父さんに習ったことしっかり思い出せ。ナイフを寝せて構える。三秒後、ナイフに剣が当たった。その瞬間、斜めにずらして、剣を受け流す。見事、そのた大剣を受け流せた。大きな隙を見せたネイさんの頭に振りかぶる。後頭部と頭のてっぺんは、守護者が守ってるのか。で、顔は普通に魔法か。じゃあ、首に差し込むか。
「我が盾となれ
やっぱり未来は変わらない。私が見た通りの未来だ。防御魔法も、守護者も守ってない隙間。首の横にナイフを突き立てる。ブシュッと音を立てて血が吹き出した。ナイフを引き抜くと、傷が治るが、気絶した。守護者に守られたまま、ネイさんの体は転移した。よし、レイちゃんの方を助けにいかないと。
レイちゃんとライさんはほぼ互角の戦いをしていた。ライさんは高火力で押し切って、レイちゃんは数で押し切ってる。このまま見てたい気持ちもあるけど、勝負だもん。勝たなきゃ。ライさんに向けて走り出す。こちらをふいに向いたライさんと目が合った。戦いの目が一瞬悲しみを浮かべたが、すぐに戻った。そしてライさんが新しい杖を取り出した。あれは家系魔法か? 確かライさんの家系魔法はラスト先生と同じなんだっけ。てことは……ヤバいじゃん。強すぎるんだよな、あれ。
「導け
空から星が降ってくる。大きな大きな星。それが、私たち三人の頭上に落ちてくる。どうやって避けるんだこれは。デカすぎて未来見えないし。二秒後に、加速し出した。あと、三秒で地上に到達する。中心。中心から砕けてるってことは、そこを突けば安全ってことか。私は無我夢中でレイちゃんの手を引いて、到達地点のど真ん中に向かう。あと一秒。滑り込んで、レイちゃんだけが真ん中に辿り着く。私はギリギリで転んじゃった。私の全身に星の重みがのることを感じる。つ、潰れる。痛い。足が動かないのを感じた。足だけじゃない。全身の感覚が薄れてきた。レイちゃんは砕いてすぐにライさんに魔法を放った。
「穿て 」
ライさんの心臓に突き刺さるのを見て、私の意識は途絶えた。
「……ぱい。先輩、起きてください。あ、起きた」
目を開けると、私を揺さぶるレイちゃんが見えた。そっか、私死んだのか。死んで、生き返って、気絶してここに来たのか。はぁ〜一気に疲れがどっと来た感じがする。もう今日は一歩も動きたくない。扉が開いて、寮長が入ってきた。
「二人とも元気そうで何よりだ。まぁ、何はともあれ元気そうでよかった」
「これが元気そうに見えますか……」
「ハハハ、まあ確かにな。さて、エキシビションマッチだ。私と戦え」
何を言い出すんだこの人は。大会で疲れてるって言ってんじゃん。今本気出せとか無理でしょ……おや? おやおや? 疲れが取れていく感じがする。
「私の家系魔法である、疲れ消しだ。消しているのは疲れだけだが、今はこれで十分だろう」
レイちゃんと二人で演習場「壱の間」に入る。観客席の方からは拍手や応援が聞こえる。あっ、ネイさんとライさんの声も聞こえる。よし、やるか。
「レイちゃん、今回も援護よろしくね」
「はい! 頑張りましょう!」
私は前衛として走り出した。先輩が二秒後に杖を構える。よし、横に避けるか。刹那、目の前に炎が広がった。青く煌めいて、燃え盛る炎。瞬間的に私の体は包まれた。そして、倒れた。倒れながら後ろを見ると、レイちゃんも炎に包まれたまま倒れた。
再び、医務室のベッドで目が覚めた。本気出しすぎでしょ、寮長。手加減してくれてもいいと思うんだけどなぁ。ドアのノックが鳴る。寮長が入ってきた。
「二人とも、お疲れ。まだまだ修行が足りんな」
「本気出しすぎですよ寮長! もっと弱気でやってくださいよ」
「ハハハハハ! 私のは魔法の才が無いからな。いつでも本気じゃないと勝てないのだよ。元相部屋のお前ならわかるだろ?」
「元、相部屋? 先輩と寮長が? ってことは先輩は去年も優勝したってことですか?」
逃げ回ってただけだけどね。気づいたら優勝してたって感じ。
「さて、ナトは来年の寮長に決まったな。それ相応の生活をしろよ。……それにしてもあんなに可愛いかった後輩がもうこんな立派になって。先輩は嬉しいよ」
寮長が私の頭を撫でながらハグしてくる。怪我の後のハグはちょっと、く、苦しいかも……でも来年自分もこういうことしそうな未来が見える気がして拒絶しにくいなぁ。
「距離感近すぎじゃないですか」
「なんか言った? レイちゃん」
「いえ、何も。寮長は先輩が好きなんですか?」
え、何その質問。後輩と寮長に取合いされる感じ? ちょっと嬉しいような、恥ずかしいような。
「ん? 好きだよ。ナトのことだーいすき」
「へぇ」
レイちゃん? 人殺しそうな目をしてるけど。いつもの明るいレイちゃんに戻って! レイちゃんの頬がぷくっと膨らんでいる。赤くなっている。
「私の恋敵ってことですか」
「レイ、なんか言ったか?」
「いえ、何も」
何もじゃないでしょ! 「恋敵」って聞こえたんだけど! えっ、レイちゃんが私にそういう感情を抱いてるってこと? どうしよう。恋って聞いて今さら意識しちゃってる自分が恥ずかしい。え、だって一緒に寝たりとかって普通なんじゃ……え〜、もしかしてそういうことだったの。どうしよう。そう考えたらレイちゃんが余計可愛く見えてきた。
「じゃあ私はこれで〜」
寮長が手をひらひら振りながら出ていった。私はレイちゃんの方を向けずにいた。二人きりの個室だから余計に意識しちゃうじゃん。
「先輩」
「な、ななな、何?」
「手、繋いでください」
あ〜、さっきの発言聞いてからそういうの聞くと可愛すぎるから。もう、見てらんない。あ〜私も好きなんだけどレイちゃんのこと。好きすぎるかも。手を繋ぐ。グッと力を入れて、もう離れないようにした。廊下から足音が聞こえる。二人分。
「先輩。手を見てください」
手を見る。固く繋がれた手。あれ、私まだ魔法使ってたんだ。青白いのが重なってる。
「まだ繋がれてますか」
えっと、それはどういう……あ、そういうことね。ははーん。さては独占欲強めだなレイちゃんは。私も人のこと言えないけど。
「もちろん。三秒後もレイちゃんと手を繋いでるよ。君と二人で一緒にいるよ」
レイちゃんが微笑む。私も微笑み返した。ドアから、ネイさんとライさんが入ってくる。それでもまだ、私たち二人の手は繋がれたままだ。