筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
三本剣のマルコはなんだかんだで子供には優しい
ノイシュヴァンシュタイン王国の片田舎、オルドン村。
朝から陰鬱な雨が続いていたその日、一人の余所者が村にやってきた。
身長は185センチ。見たところ体重100キロはゆうに超えそうな筋肉質な体躯。
軽装の皮鎧の上から羽織ったフードで半ば隠された顔は二十代後半に見える。
無造作に刈った黒い髪に、鋭い目つき。
何よりも異様なのは、その男は剣を三本背負っていた。剣士なら、その職業の誇り高さを示すように左腰に剣を一本下げるものだ。だが、その男は複数背中に担いでいるのである。まるで荷物のように無造作に。
村の入り口の門をくぐると、男は真っすぐに酒場に向かっていった。
『躍る子豚亭』と看板を掲げた目抜き通りの酒場には、まだ明るいせいか客の姿はない。
男は酒場の扉を開け、中に入ると真っすぐカウンターに向かっていった。カウンターの奥で開店作業をしていた初老の亭主は顔を上げた。
「おい大将」
入ってきた大男はカウンターに寄りかかると言った。
「この村のはずれにオドロ洞窟ってのがあったはずだ。そうだよな?」
亭主は驚いて目をぱちくりさせた。
一度も見たことのない顔。フードの中から覗く男の目は、愛想笑いもなければ、遠慮もない。絶対に農民や商人ではない。職人に近いが、それとも違う。
「あ...あぁ。たしかにそうじゃが。それがどうかしたかの?」
亭主は辛うじて答えた。すると男はその手に持っていた紙をカウンターの上に出した。地図のようだ。男は重ねて尋ねた。
「どこだ?道を教えてくれ」
亭主は唾を飲み込んだ。
「...そ...それはかまわんが...あんたそこに行ってどうすんじゃ?」
「稼ぐんだよ。他になにがある?」
男は無造作に言った。亭主はますます驚いて男を見つめた。
「...あ..あんた、賞金稼ぎか」
「ああ。見ての通りさ」
そこまで問答が進むと亭主はようやく事情を理解した。だが今度は心配げな表情でこう言った。
「...あの洞窟は...今まで五人死んどる。あんた腕に自信があるのかも知らんが、一人で行くのはやめといたほうがええ」
「おい、てめぇプロに向かって何を言ってるんだ?ぁ?」
その途端男の目が光った。亭主はビクっと肩を震わせる。それを見た男は少し語調を緩めると続けた。
「あんた、専門は料理と酒だろ?俺は魔物討伐が専門だ。あんたは道を教えてくれりゃいい」
だがそれでも亭主には十分だった。彼は頷くと慌てて地図の上に指を置いた。
「こ..この橋を渡って、山と山の間の谷道を一時間ほど登るんじゃ。岩のアーチが見えたところで左に折れればすぐじゃ」
「恩に着るぜ」
男は踵を返すとフロアを横切り、扉を開けようとしたが、そこで立ち止まった。
「....一杯飲んでから...って言いてぇとこだが暗くなる前に済ませてぇんだ。戻ってきたら盛大に飲ませてもらうからよ」
それを聞いた亭主は何度も頷いた。男は扉を開けて外に出ていった。
* * * * * * * * * * *
酒場から出ると、さっきまで降っていた雨は止んでいる。男は手にしていた紙に目を落とすと呟いた。
「...オーク一匹三万ルピー、親玉を狩れぁ三十万ルピー....ま、経費差し引いても上々だな...」
男は入ってきた村の入り口とは反対側に向かって歩いていった。すると、村の中央あたりに立った尖塔のある教会の周りに人だかりができている。
「こぉの泥棒猫が!今日という今日は許さんぞ!」
怒鳴り声が聞こえた。そして子供の悲鳴。さらには、鞭が鳴る鋭い音。
男は顔を上げた。周囲より頭ひとつ分高いその視点からは、群がる群集の中央で何が起こっているのかがよく見えた。
子供が一人、両手で頭を抱えながら座り込んでいる。その後ろで農夫らしき老人が縄を振るい、その子供の背に向かって打ち付けていた。
その子供は女児らしい。肩の辺りで無造作に切られた赤毛は土で汚れている。年のころは十歳を少し過ぎたくらいに見えた。
ビシッ...ビシッ...
容赦なく鞭の音が響く。男は群集を掻き分けると、農夫に近づいていって声をかけた。
「おい、爺さんよ」
「な...なんだお前は!」
老人は驚いて男を見た。だが、男の隆々たる体格を見てやや怯んだ様子だった。
「道の真ん中で拷問ショーなんて趣味悪りぃぜ。そんぐらいにしといたらどうなんだ」
男はボソっと言う。すると農夫の老人は目を丸くして少し黙っていたが、口ごもりながらも抗弁した。
「い...いや、この小娘がのぉ、儂の畑から果物を盗んだんじゃ。これで三回目じゃぞ。これまでは見逃してやっていたが...」
すると男は溜め息をつき、懐から銅貨を数枚取り出して老人に押し付けた。
「じゃあその果物代は払ってやる。放してやんな」
「い...いや...しかし...それじゃあ示しってもんがつかんわいのう..」
老人が戸惑いながら言うと、男は眉を上げ、こう続けた。
「そうかい、足りないかい。じゃあ...銅より鉄のほうが良かったか?」
農夫の老人はそれを聞いて目を丸くしていたが、やがてその意味に気づくと激しく首を振り、急ぎ足でその場を立ち去っていった。群集もやがて一人消え、二人消え、最後には男と少女だけが残された。
「やぁれやれ。随分とまぁ荒んだ村なんだな、ここぁ」
男は呟くと女児の前にしゃがみ込んだ。
「おい。大丈夫か.....?」
だが少女は手で頭を抱えたまま動かない。男はまた溜め息をつき、横を見ると言葉を継いだ。
「...盗みなんてのぁ割りに合わねぇぞ、嬢ちゃん。癖がついちまう前にやめ....」
「へへへッ.............」
途端に少女は両手を下ろし、満面の笑顔を浮かべて男を見返した。ニカッ...と音が出そうな笑顔だった。
「―――お兄ちゃん、見かけに寄らず優しいじゃん。ありがとね!」
* * * * * * * * * * * * * * *
「お...おい。お前、本当に大丈夫なのか?ずいぶん手ひどくやられてたみてぇだが...」
男は少女に言った。だが相手は元気よく立ち上がると服についた泥をパンパンと払い落とした。
「平気平気。ぜんぜん平気。なんでかわかる?」
少女は得意げに人差し指を上げる。男は首を傾げた。
「...さぁ?」
「...うちね、なんと...魔法使えちゃうの!」
「...ぁ?ごっこ遊びかぁ?」
少女の思わぬ宣言に、男は眉を歪めた。だが少女は構わず続けた。
「あ。うち、ハンナっていうの。お兄ちゃんは?」
「...俺?俺ぁマルコ」
するとハンナと名乗った少女は両手を後ろに組むと言った。
「ねぇ。マルコお兄ちゃん。うちのこと押してみて」
「はぁ?」
「いいから。ね?」
少女にせがまれ、マルコと名乗った男は片手で相手を軽く押そうとした。だが呟いた。
「あれ?なんか...ここ....壁みてぇになってるな」
「でしょでしょでしょでしょ?これがうちの魔法」
ハンナと名乗った少女はくるりと回ると、腰に手を当てた。
「だからね、うちいじめっこにどんだけ殴られても、大人たちからお仕置き受けても、全然平気なの。だって寸前で防壁張って止めてるから。凄いでしょ?」
「へぇ。だけど....盗みってぇのは感心しねぇな」
マルコは呟いた。それを聞いたハンナは両肩を落とした。
「そ..そりゃ悪いとは思ってるけど。でもお腹空いてしょうがなかったんだもん」
彼女は片足のつま先で地面を蹴りながら言葉を継いだ。その靴はボロボロだった。
「....うち、教会の孤児院に住んでるの。でもご飯は一日一回で、しかもメッチャしょぼいから、ときどき今日みたいに盗み食いしちゃうの。でも、バレたとき好きなだけ殴らせてあげてるんだからいいでしょ?」
「そういう問題....かねぇ」
マルコは肩をすくめると歩き出した。
「じゃな。俺はもう行く。盗みもほどほどにしとけよ」
「あ...待って待って待って待って!」
ハンナと名乗った少女は男を追いかけた。
「ねぇねぇねぇねぇ、マルコお兄ちゃんって剣士でしょ?」
「あぁ。だ」
「ねぇ、もしかしてこれからオドロ洞窟に行くとか?」
「んぁ。よく知ってんだな」
気のない返事をするマルコの周りを付きまといながら、少女は申し出た。
「ね。うちも連れてってよ。うち、冒険者になりたいんだ!」
するとマルコは心底うんざりしたような顔をして立ち止まった。
「あのなぁ。これぁ仕事なんだよ。ガキの遊びじゃねぇんだ」
「知ってるよそんなの。魔物を討伐してお金もらうんでしょ?」
ハンナは得意そうに胸を張る。するとマルコは首を振った。
「魔物は子供だからって容赦しねぇ。いや、むしろ子供から先に狙うんだ。お前さんみてぇなのを守りながら戦うなんてまっぴらごめんだぜ」
「なんで?だってうち、自分の身くらい自分で守れるよ。見たでしょ?」
「あ......」
男は一瞬言いくるめられそうになったがすぐに真顔に戻った。
「いやいやいや。魔法防壁ごと吹き飛ばされたら同じことだろ。それにこれから行くダンジョンは...」
するとハンナは人差し指を突き出した。その先端からいきなり炎が噴き出し、喋っていたマルコは思わずのけぞった。
「いえーい。成功!」
少女はケタケタと笑った。マルコはさも忌々しそうに舌打ちすると、また歩き始めた。
「...宴会の余興にはいいかも知んねぇが、その程度の炎じゃゴブリン一匹倒せねぇよ。魔法学校で修行するかなんかして、大人になってから出直しな」
「やだ。ねえ、お兄ちゃんうちと組もうよ」
少女は悪びれることなく言う。それを聞いたマルコはまた立ち止まり、額に青筋を浮かべながら腰をかがめ、少女に人差し指を突きつけた。
「あ...の...なぁ。お前冒険者ナメてるだろ。ダンジョンは遊園地じゃねぇんだ。とっとと帰れ」
「やだ」
ハンナはたじろぐことなくマルコの目を真っすぐ見つめていた。彼女の青く澄んだ瞳は揺れていた。それを見たマルコは思わず口をつぐんだ。
「やだ。うち孤児院嫌い。先生も。『呪われた子』とか言ってくるし。クラスメートもみんなうちのこと化け物扱いするし」
少女の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「お父さんもお母さんも冒険者だった。でも二人とも死んじゃった。住んでた家も取り壊されちゃった。でも、うち....せめてお父さんとお母さんが何をしてたのか知りたい」
マルコは黙り込んだ。ハンナは震える声で続ける。
「...毎日毎日上っ面の言葉だけのお祈りと、クラスメートの意地悪と、意味のない勉強の繰り返しばっかりはもう耐えられないの。自分がなんで生まれてきたのか、なんのために生きてるのか、知りたいの」
彼女に男に近づいて両手を組むとその顔を見上げた。
「そのためにはお父さんとお母さんとおんなじ、冒険者になりたい。ううん、ならなきゃダメなの。.....絶対。だから...お願いッ!」
* * * * * * * * * * * * *
いつしか空に立ち込めていた雲の切れ間から、午後の陽光が差し込んできている。田舎道の両側に広がる畑を吹き抜ける風で、一面に植わった麦が揺れていた。流れる川の水も陽光を反射している。大柄な剣士と小柄な少女の奇妙な二人組は橋を渡り、山に向かって歩いていた。
「...クソッ...。なんでこうなるんだよ」
マルコと名乗った青年は歩を進めながらも首をかしげた。だがその隣では、少女ハンナが上機嫌で鼻歌を歌っていた。そして、新たな相棒の背に担がれたものを見てふと気づいたように声を上げた。
「ねえ、マルコお兄ちゃんはなんで剣三本も持ってんの?」
「ぁ?あぁ...これはなぁ、なんつうか........」
「二刀流とか双剣ならわかるけど、三刀流なんてうち聞いたことないし。お兄ちゃんひょっとして足で剣持てるとか?」
「んなわけねぇだろ。まぁ...予備だよ予備」
青年はそう答えると、懐から地図を取り出して相手に押し付けた。
「おい、お前地元なら知ってるだろ。案内しな」
「りょーかい。アイアイさー」
ハンナは上機嫌で地図を受け取り、顔を上げて目の前の道と照らし合わせ始めた。
「こっちこっち。あの洞窟ね、昔っから有名なんだ。昔貴族が村娘と心中した嫡男の死体を隠したって」
「んぁ?なんだよそりゃ」
「よくある話じゃん。許されない恋に燃えた若い二人がいてさ、でも親は世間体が悪いからってそれをひた隠しに.....」
少女は喋りながら男を先導していく。そのうちに、二人は山道を中腹まで登り、目印の岩までたどり着いた。
「で、左ってわけか」
「そ。もうすぐ到着」
男が呟くと少女は答えた。そしてニンマリと笑いながらマルコの顔を見上げた。
「ねぇマルコお兄ちゃん。いざってときビビったりとかしないでしょうね?」
「んぁ?んなわけねぇだろバカやろ」
男は短く答えると背中から剣を一本抜いた。無骨で質素なロングソードだった。
「...ちなみにお兄ちゃん何クラス?」
「はぁ?何クラスって...Aだけど?」
それを聞いたハンナの顔色が変わった。
「う....うそ。お兄ちゃんまだ二十代...だ...よ...ね?冒険者始めて何年?」
「ん?...あぁ。五年くらいかな」
何気なく答えたマルコは、分岐を曲がって真っすぐ歩いていった。そして思いついたように振り返った。
「そうだ、ハンナ。もひとつ仕事をやる」
「い...いえっさ。何?何をやればいいの?」
半ば茫然としていたハンナが顔を上げる。マルコはストラップを外すと、背負っていた剣二本を少女に差し出した。
「予備の剣を持っててくれ」
「う...うん。いいよ....けど重っ」
山道は曲がりくねり、次第に細くなっていく。そして道の両側に聳え立つ岩壁のせいで、空は晴れているにもかかわらず陰鬱な雰囲気になってきた。
「....あれだな」
マルコが言った。道は行き止まりに突き当たっている。そこに巨大な洞窟がぽっかり口を開けていた。
「おい、これも持っとけ」
マルコは自分のポーチから取り出したカンテラに点火するとハンナに手渡した。少女はどうにか二本の剣を抱えながらもそれを持った。
洞窟の中に入ると途端に空気がジメジメし始めた。カンテラの頼りない薄明かりに照らされた穴を進んでいく。
「匂うな。いるぜ」
マルコが囁く。やがてふたりは突如として大きく開けた部屋に出た。カンテラの光も届かないほどの奥行と幅だ。
だが、向こうに光るものがいくつも見える。二つが一組になってギラギラと輝く何か。
目だ。
―――――グフッ...グフッ...グフッ...――――
唸り声とともに、それらが動き始めた。
「...あ...あれ...魔物?」
ハンナが擦れた声で囁く。マルコは剣を試すように一振りした。
「オークだな。二、三十匹はいる」
たちまちガサガサと足音が響き、魔物どもが散開してこちらに近づいてきた。灯りが届くと、その吊り上がった目、牙の突き出た口が判別できた。たくましい体格に、手には粗い造りの鉈を持っている。
魔物どもは威嚇するように吠え声を上げると、手に持った武器を振り上げ気勢を上げ始めた。その恐ろしい声が洞窟にこだまする。ハンナはそれを聞いて思わず唾を飲み込んで後じさった。
だがいっぽう、マルコ青年は収穫を始める農夫のような平静な口調でこう呟いた。
「じゃ...そろそろ始めますかねぇ......」