筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
「あら、どうかいたしましたかしら。職員さん?」
アビゲイル修道女は記入した登録用紙をギルド職員に渡すと、小首を傾げて微笑んだ。職員は書類に目を落とすと慌てて答えた。
「あ....え...あ...はいッ。では、お客さまのフルネームは...こちらの」
「――――アビゲイル・マリアンナ・ディートリッヒ・フォン・シュライバッハですわ」
修道女がにっこりと微笑む。それを聞いた職員は恐縮のあまり気絶しそうな顔で平伏した。
「は...はぃぃぃぃぃ」
カウンターの周囲にいた冒険者たちもざわめき始めた。
「シュ...シュライバッハ家って言やぁ名門中の名門だろ?」
「歴代大臣とか、ほとんどあの家系じゃなかったか?」
「な...なんでそんなご令嬢がギルド支部なんかにいるんだ?」
「で...ではシュライバッハさま。職種はいかがいたしましょ....えッ」
再び書類に目を落とした職員がまたも声を上げる。
「あ...あの...シュライバッハさま。聖女資格をお持ちということで。ですが......」
「そうですわ。なにか問題がおありでして?」
「いや...その...資格取得年月日が今から二十年ほど前なのですが...」
「ええ、そうですわ。わたくし十一歳のときに聖女資格を取得いたしましたの」
アビゲイル修道女と職員とのやりとりを聞いていた周囲の冒険者たちが囁き交わす。
「う...ウソだろ。聖女資格ってメチャクチャ倍率高いはずだぜ?」
「十一歳のときって....ほんの子供じゃないか」
会話を聞いていたマルコ青年とルーク修道士も、ほとんど目が点のようになっていた。
「.....わ...わかりましたシュライバッハさま。では職種は『聖女』......と」
「職員さん。相談がありますの」
職員が入力しようとすると、アビゲイル修道女はカウンターに肘を乗せて言った。
「は...はい。なんでしょう」
「わたくし、『剣士』で登録したいのですけど、無理かしら?」
「えっ.....け....剣士で...すか?」
職員は意味を理解できず固まってしまった。そして彼はアビゲイル修道女の姿を頭の先から眺めて絶句した。
修道女服に身を包んだ体躯は華奢で身長160センチほど。よく手入れされた艶やかなストレートの黒髪。
何をどうとっても『聖女』にしか見えない。逆に、『剣士』的要素など欠片も見当たらない。
「わたくし、恥ずかしいお話ですけど剣士に憧れてますの。せめて登録証だけでもと思ったのですけれど...ダメかしら?」
アビゲイル修道女はいたずらっぽい上目遣いで職員を見た。だが職員は冷静さを取り戻すとこう答えた。
「シュライバッハさま...残念ながら剣士登録ですと実績がないのでFランクからのスタートとなってしまいます。ですが聖女でしたら資格保持の時点で自動的にAランク登録となりますので...こちらのほうが....」
「わかりましたわ。人生うまくいかないものですわね」
説明を聞いたアビゲイル修道女は溜め息をつくと引き下がった。
* * * * * * * * * * * * * *
「さあ、やっと食事だな。まずは鋭気を養おう」
ルーク修道士は一同に声をかけた。修道士の先導で、一同はギルド支部の建物から出て近くの食堂に入った。
既に昼飯時を過ぎ、食堂は空いていた。席を確保してそれぞれが注文を済ませると、ルーク修道士は口を開いた。
「まず皆に聞いてもらいたい。このパーティのリーダーについてだが.....」
修道士は一同の顔を見回すと、こう言葉を継いだ。
「私はマルコ氏が適任だと思う。マルコ氏、引き受けてくれるか?」
「えッ.....ええッ.....ええええええッ.....?」
いきなりの意外な言葉に、マルコ青年は絶句して口を開けてしまった。
「じょ....冗談っしょ。だってルークさんSクラスでしょ?しかもパーティリーダーの経験なんか、俺ほとんどないし....」
「いや、私は十年以上のブランクがある。それに、ヨハネ氏との連携は君のほうが得意なはずだ。そうだろう?」
ルーク修道士は言った。それを聞いたマルコ青年は傍らに座った巨漢を見やった。
―――――た...確かに...こいつと連携できる人間なんてこの世に俺しかいなさそうだな.....―――――
「わたくしもマルコさんがよろしいかと思いますわ。だって剣士ですもの。パーティリーダーは剣士がなるって相場が決まってるんではなくって?」
修道女がテーブルの上に肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せながら言う。
「いや...それ、たぶんアビゲイルさんの思い込みっすよ...」
マルコ青年は言葉に詰まりながらも反論した。だが、ルーク修道士もアビゲイル修道女も既に決定事項のように確信に満ちた表情で頷いている。
かたや巨漢ヨハネは漂ってくるソーセージの匂いに鼻をヒクヒク動かしており、まったく会話に加わってはいない。
「わ...わかりました。じゃぁ俺が....」
マルコ青年は仕方なく答えた。ちょうどその時料理が運ばれてきた。
「では、祈りについては私が代表させていただこう」
ルーク修道士は手を組んで短く祈ると、十字を切って顔を上げた。
「さあ食べよう。リーダーが決まったことだし、細部を詰めようじゃないか」
「わ...わかりました......」
マルコ青年は料理を取りながらも、頭を必死で回転させた。パーティリーダーのすべき務めには何がある?作戦の立案?補給と宿泊の手配?
その時、青年の脳裏に電撃のようにある言葉が浮かんだ。
......報酬の分配だ。
「あ..あのぉ...ルークさん、アビゲイルさん」
青年は咳払いすると、おもむろに切り出した。
「まずは報酬の分配方法を決めちゃぁどうっすかね?」
「――――あぁ、私はいらないよ」
「........へ?........」
ルーク修道士が事も無げに答えるのを聞いて、マルコ青年はポカンと口を開けた。
「報酬なら私はいらない。そもそも修道士は教会から生活を保障されている。特段お金は必要がないんだ」
「.....え?....あ?...は?」
「報酬は君らで分けたまえ。心配はいらないよ。神は私の全ての必要を満たしてくださっている」
「は....はぁ。で...でもルークさん」
マルコは辛うじて唾を飲み込むとこう言った。
「こんな危険なことをやるのに無償なんて、大丈夫なんっすか?下手したら大ケガとか...」
「私は死ぬことを恐れてはいないよ」
またもルーク修道士は平然と答えた。その表情は穏やかだった。
「私は、ひとの命は神の手に握られているものと信じている。もし私にこの世での務めが残されているならば、私は生きながらえる。だが、私の時が来たら、私はこの世を去る。生きるにしても死ぬにしても、私は神のためにありたい。だから恐れはないんだ」
「.....わ....わかりま...し...た」
マルコ青年はもはや思考停止して頷くばかりだった。するとアビゲイル修道女が横から口を出した。
「マルコさん。わたくしも報酬はいりませんわ」
「.....へふぁッ?」
重ねての驚きに、青年は声にならない返事をした。
「理由はルーク修道士と同じですけど、それに正直な話...頂いても仕方ありませんもの」
「仕方ないって...どうしてっすか?」
「だって一千万ルピーなんてお小遣いですもの。わたくしの実家では」
「は...はぃぃぃぃぃぃぃ....」
マルコ青年はギルド支部職員と同じような表情になって平服するしかなかった。
「料理が冷めてしまいますわ。早くお食べになって?マルコさん」
修道女に促されて料理に手を伸ばす。傍らのヨハネを見ると、既に三人前ほどを平らげていて、マルコの皿をモノ欲しそうに眺めていた。
「追加で頼もう。何しろ経費は王家持ちだからな」
ルーク修道士がウェイターを呼び、パンと肉を山ほど注文する。マルコ青年は咀嚼しながらも心の中で反芻していた。
――――お...俺....本当にこのパーティのリーダーなんか務まるのか?―――――
* * * * * * * * * * * * * * *
一行はゆっくり食事を終えると市場を回って旅の物資を買い込んだ。食料、着替え、天幕、燃料その他が揃ってゆく。買い物が終わると、今度は馬車屋で大型馬車と御者を手配した。そしてトランクに荷物を積み込むと出発した。
「まずはベーリン郊外の『大ゴブリン砦』...っすかね」
マルコは座席の上に身体を落ち着かせると地図を広げた。ルーク修道士が言った。
「私も同意だよ。おそらくこの三人ならそれほど手こずらないはずだ。ただ....」
「ただ...何っすか?」
「ゴブリンというものはトンネルを掘る習性がある。だからゴブリンの総数や装備についてはギルドの情報を信用しないほうがいい。トンネルの中に増援がいたり、ヘタをすると他の巣と繋がっていることさえあるからな」
「さ...さすがルークさんっすね。勉強になります」
マルコは感心した。そして、あることを思い出して口にした。
「あ...あとルークさん。恥ずかしい話なんっすけど....」
「なんだね、マルコ氏」
「俺、アタック前に剣を二本ほど買っておきたいっす。いっつも折れるんで」
「ベーリンに知り合いの鍛冶屋がいる。腕利きだからこの機会に紹介しておこう」
「すぃません。助かります」
話を進めていると、アビゲイル修道女が振り向いて窓の外を見ながら言う。
「ねえお二方。トランクの蓋、閉まり切っていないんじゃありませんこと?」
「む?私が最後に閉めたはずなんだが...........」
ルーク修道士も振り返って言った。彼は手を上げて馬車を停めさせると、扉を開けて外に出た。
「おかしいな。留め金の具合が悪いのか?」
修道士がそう言いいながらトランクを開ける。だが次の瞬間彼は驚きに目を見開いて固まった。
「じゃあん!ハンナちゃん参上!」
少女の声がした。マルコ青年が振り向いて後部を見ると、トランクの中の荷物の間に、ハンナがすっくと立っている。
「お...おい!お前何やって....!」
マルコ青年は扉を開けると転がるように外に出て、少女ハンナに詰め寄った。
「だってうちがいないとお兄ちゃんダメなんだもん。それにヨハネおじさんだって、うちがお世話してあげないとでしょ?」
ハンナは全く悪びれる様子もない。ルーク修道士は半ば感心したように呟いた。
「驚いたなハンナ嬢。いったいどうやって?」
「あの後、お兄ちゃんたちと会ってた偉そうなおじいさんの行列にバッタリ出くわしたの。それで後をつけたら、自分の船持ってたらしくて。で、乗せてもらったの。‥‥無断でだけどね」
少女は鼻の下を指先で擦った。
「で、こっちの港についたあと真っ直ぐギルドに行ったの。それで職員さんに聞いたらやっぱマルコお兄ちゃんたち来たって。で、近くの馬車屋さんに行ったら丁度出発する寸前だったから飛び乗ったの」
得意そうにそう言うと、ハンナはぴょんと地面に降り立った。
「うち、絶対役に立つから。ね?いいでしょ?」
ハンナが両手を組んで見上げるとルーク修道士は困惑した顔で頭を掻いた。
「しかし...どうしたものかなぁ」
「ダメだ!ダメに決まってるだろ!」
マルコは叫ぶ。ところがアビゲイル修道女が客車の扉を開けて出て来ると言った。
「わたくしは連れていくのに賛成ですわ。相当の頭脳と行動力がなければここまで来れませんもの」
「でしょでしょでしょ!さすがアビゲイルお姉ちゃん」
得意げに胸を張るハンナ。だがマルコは腕を組むと顔を背けた。
「いや....俺はリーダーとして認められねぇ。ダメなものはダメだ!」
「マルコさん、様々な異なる能力と性格を持つメンバーがいてこそ、チームは強くなりますわ。リーダーに必要なのは、それをまとめ上げる度量の大きさですわよ」
言い聞かせるように修道女がマルコの肩に手を置いた。ルーク修道士も呟いた。
「...聞いたところによるとハンナ嬢。君には魔法の素質があるとか...」
するとハンナは無言で人差し指を上げた。次の瞬間炎の塊がメラメラとその先端から燃え上がる。少女は自慢げに片眉を上げると一同を見回した。すると修道女が言った。
「わたくし思っておりましたの。このパーティはパワー系に偏り過ぎてるって。違う能力も取り入れたほうが良いのではなくって?」
「でも...アビゲイルさん。こいつはまだ子供っすよ?」
「そうですわね...でも」
修道女は真顔になると言葉を継いだ。
「だからこそ、ハンナちゃんには唯一信頼する相手であるあなたの存在が不可欠なのだと思いますわ」
「....そういうこと。だからもう置いてっちゃダメ。わかった?」
少女ハンナは恨めし気な目でマルコ青年を見上げると、とどめを刺すように言った。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「ハァ。なんでこうなるんだか」
馬車が再び出発し、マルコ青年は座席の上で腕を組んで溜め息をついた。隣にいる少女ハンナは上機嫌で鼻歌を歌っている。
「冒険~♪冒険~♪ダンジョンで冒険~♪」
「お気楽なもんだぜ、ったく。ビビって小便チビるような目に遭わねえとわかんねえのか?」
マルコ青年は呆れた顔で呟いた。するとルーク修道士が口を開く。
「ハンナ嬢、つかぬことを尋ねるが...」
「なぁに、ルークおじさん」
「魔法体質は遺伝すると聞く。君の両親のうちのどちらかも魔法使いだったのか?」
「よぉく聞いてくれましたぁ!」
ハンナは顔を上げると叫んだ。
「うちね、両親とも魔法使いだったの。スゴいでしょ。....でもね」
最初は勢い込んでいた少女は、すぐに声を小さくして目を伏せた。
「三歳のときふたりとも死んじゃったの。うち、それから教会の孤児院に入れられて...それからは本当に嫌なことばっか。もう二度と戻りたくない」
「魔法使いを毛嫌いするのは教会の伝統的体質みたいなものですわ。ハンナちゃんがどう扱われたかを思うと胸が痛みますわね.......」
アビゲイル修道女が呟く。ルーク修道士は重ねて尋ねた。
「するとご両親が亡くなったのは十年前...くらいか」
「そう。なんで?」
「いや....なんでもないんだ」
修道士は考え込むように窓の外を眺める。そこで会話は終わった。
日が暮れるなか、一同は首都に到着した。空が暗くなっても街路には多くの灯りがまたたいている。
五人は一旦宿を取った。だがそこで頭の痛い問題が持ち上がった。
部屋分けだ。
「....ヨハネと同室になったら...絶対寝れねぇぞこりゃ」
マルコはフロントで呟いた。そして職員に言った。
「三部屋頼んます。できれば一つは角部屋がいいんっすけど」
「なんで?お兄ちゃん。二部屋で十分じゃん」
ハンナが背伸びしながら横から口を出す。
「いや、ヨハネ専用の部屋がいるだろ」
「あ...お兄ちゃん。それなら大丈夫。うちに任せて」
「はぁ?」
「いいからいいから」
マルコは言われるままに部屋を取り、一同は荷物を運び込んだ。
夕食が終わると、アビゲイル修道女が立ち上がった。
「ではそろそろ先に休ませていただきますわ。わたくしとハンナちゃんと二人でゆったりと一部屋使わせて頂くなんて申し訳ないですけども」
「ううん、アビゲイルお姉ちゃんは一部屋使って?うちマルコお兄ちゃんとヨハネおじさんの間で寝るから」
少女ハンナは笑顔で答える。マルコは尋ねた。
「なぁ...ハンナ。お前が言ってたさっきの『任せて』って....なんか策があるのか?」
「いいからいいから。ね?」
やがて四人が毛布を並べて寝ると、案の定ヨハネが
するとハンナはポケットから腕輪を取り出し、巨漢の腹の上に置いた。
その途端、
「ギルドの隣の魔装具屋さんで買ったの。戦闘用強化魔法防壁って音も通さないんだって。しかもオフタイマーつきなの」
少女は得意そうに言うと、自分の毛布を被った。ルーク修道士が啞然としながら呟く。
「...確かに君は早速役に立ってるな、ハンナ嬢」
「あ!そうだ。これ十万ルピーもしたんだから。ちゃんと経費にしてもらえるよね?あ...あとそれから」
ハンナは思い出したように跳ね起きると、付け加えた。
「うちの取り分も前と同じでいいよね?それともルークおじさんとアビゲイルお姉さんの分も考えて計算しなおそうか?」
「....い....いや。いい。今までと同じだ」
マルコは答えた。そして少女の頭に手を置くと小さな声で言った。
「置き去りにして悪かった.......。謝るよ。だからもう寝ろ。な?」