筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
「ほんの軽傷ですわ。本当につまりませんわね」
アビゲイル修道女は溜め息をつくと言った。肌脱ぎになったルーク修道士が微笑みながら答える。
「君の手を煩わせるほどのことはなかったかも知れないね、アビゲイル修道女。だが念のための治療、感謝するよ」
「あぁ~ッ退屈ですわッ。ボロボロになった冒険者から『聖女さまお願いします、助けてください!』って哀願されてこそやる気が出ようというものですのに....」
「いや、それもどうかと思うんっすけど...」
嘆き顔の修道女を見つめながらマルコ青年は呟いた。だが、彼は同時に、ルーク修道士の異様な肉体の形にも気づいた。
全身の筋肉が盛り上がっているだけではない。その密度が異様に高いのだ。
「ルークさん.....本当に無事なんすか?」
「ああ。大丈夫だ」
修道士は修道服を着てしまうと答えた。そしてこう言った。
「矢が刺さる瞬間に筋肉に力を入れて硬化させるんだ。それにより骨や臓器が損傷を受けることを防ぐ。マルコ、君も筋肉の量は人並外れて多いようだから、練習すれば体得できるかもしれない」
ルーク修道士は親しげに青年の肩を叩くと続けた。
「やってみるかい?最初は痛いかも知れないが」
「いや、いいっす。結構っす」
マルコ青年は呆れ果てて答えると、大剣を肩に担いだ。ヨハネのほうを見やると、やはり肌脱ぎになって地面に腰かけている。その後ろでアビゲイルが手を当てて祈祷をし、傍らでは巨漢の着ていたチュニックを少女ハンナが繕っている。
「――――体毛と皮下脂肪と筋肉が分厚つ過ぎてこちらも軽傷ですわ」
アビゲイル修道女がうんざりした顔で早々に祈祷を切り上げると言った。
「こいつ自身魔獣みたいなもんっすからね.....。そういやぁ、ハンナ。お前裁縫もできんのな」
「うん、できるよ。ヨハネおじさんの服ボタンとれちゃってたしボロボロになっちゃったから」
青年が声をかけると少女は作業しながら答えた。その流れるような手つきを見た青年は思わず言った。
「お前随分手際いいんだな」
「うん。だって仕事で慣れてるから」
「仕事?お前孤児院にいたんじゃねぇのか」
「孤児院で仕事してたの。一日の割り当てが決まってて、できないと物凄く怒られたわ」
ボタン付けが終了したのか、少女は巨漢のチュニックを手でパンパンと払うと立ち上がった。
「な....なんか本当に酷でぇ環境だったんだな」
「うちが絶対に戻りたくないって言った意味、わかってくれた?」
青年が呟くと、少女はそう言って巨漢に両腕を上げるよう指示し、苦労して服を着せていった。
「さぁ、休憩したらいよいよ取り掛かろう」
ルーク修道士がメイスを取り上げると言った。
「取り掛かる...って...本当にやるんっすね?」
マルコ青年が半信半疑で問うと、修道士は爽やかな笑顔を浮かべて応じた。
「ああ。ここは私に任せてくれ」
* * * * * * * * * * * * *
一時間後、マルコ青年はまたしても絶句した。
大ゴブリン砦が完全に消滅し、更地になっている。散らばった木材も薪にしかならないほど粉々に粉砕されていた。
「ぬ゛ぅ゛ん゛ッ゛!」
修道士の気合いの声が響くたびに、鈍い地響きが伝わってくる。土煙が上がり、斜面の一部が崩れる。
しばらくすると修道士が手招きしてきた。四人が近寄ると、彼は地面を指し示した。
「やはりあったよ。ここだ」
見ると、アナグマが通るような穴が斜面に空いている。その周囲には草が生えていて見えにくい。
「こりゃ気づかないっすね」
「ああ。だがゴブリン独特の匂いもする」
修道士はしゃがみ込むと鼻を効かせた。
「...で...ここをどうするんっすか?」
「見ていてくれ」
ルーク修道士は皆を下がらせると何度もメイスを振るって地面に叩きつけた。そのたびに地面が揺れる。数分後、地形そのものが完全に変わってしまっていた。修道士は満足げに汗を拭く。
「これで当面はトンネルが使えなくなるはずだ」
「じゃ、任務完了っすね」
「それにしても、大洪水に見舞われたあとみたいですわね....」
アビゲイル修道女が砦の跡地を見回して呟いた。
「ルーク修道士、あなたに壊せないものなんてないって本当かしら?ギルドで誰かが噂しているのを聞きましたわ」
「壊せないものなどないと豪語するつもりはないが...そうだな。例えば教会堂なんかも一時間ほどで壊せると思うよ」
修道士が生真面目に答えると、修道女が睨んだ。
「悪い冗談はおやめになって、ルーク修道士。それとも三日で建て直せると仰るなら話は別ですけど」
* * * * * * * * * * * * * *
一同は里に戻り、馬車に乗ると首都を目指した。数時間の道程を経て市街地に着くと、そこで食事をして宿を取った。
ところが翌朝マルコ青年が起床すると、ルーク修道士とアビゲイル修道女の姿がない。
宿の部屋を出て廊下や便所を探しても見当たらない。
部屋に戻ってハンナを揺り起こすと、彼女は寝ぼけまなこでこう言った。
「はふぁぁぁ....そう言えばアビゲイルお姉ちゃん、教会行くって言ってたよ」
納得したマルコ青年だったが、一時間ほど待ってもふたりは戻って来ない。チェックアウト時間が近づいてきたので、青年はやむ無くヨハネも起こし、荷物をまとめて宿を出た。
三人は宿を出ると、表通りに立ち並ぶ建物群の中から尖塔を探し出した。そしてそれを頼りに教会の表扉を見つけ中に入る。
すると、聖堂の中は静まり返っていた。
蝋燭が灯された静謐な雰囲気の中、ずらりと席についた信徒たちが頭を垂れている。祭壇の前で祝祷を唱える司祭の声が朗々と響いてきた。
マルコ青年は来たことをすぐに後悔した。しかも、後列の席についていた信徒たちが顔を上げ、こちらを振り向いてジロリと睨んでくる。
マルコは少女ハンナと巨漢ヨハネに合図し、すぐに跪いた。
だが、何分経っても祝禱は終わらない。そんなにたくさん祈ることがあるとは青年には想像もつかなかった。
しかも、まだ朝食を食べていないから、空腹で頭がフラフラする。
すると、背後にいた巨漢ヨハネの腹がグウゥゥゥゥゥ..と鳴り始めた。
マルコの頭に修道院での悪夢が蘇った。
笑うまいと表情筋と腹筋に力を込めると、それらが自らの意思に反して引き攣ってきた。傍らの少女ハンナを見やると、跪きながらも泣き笑いの表情で助けを求めるような視線を送ってきている。
そしてまたもヨハネの腹がグウゥゥゥゥゥ...と鳴る。それに続いて「プスゥ...」という放屁の音まで聞こえてきた。
―――――ダメだ、もうこれは以上耐えられない―――――
そう思った瞬間に、司祭がアーメンと唱え、会衆が顔を上げた。
ホッとしながら顔を上げると、信徒たちが立ち上がって出口に向かうなか、
最前列からルーク修道士とアビゲイル修道女が進み出て司祭の方に向かって歩いていくのが見えた。
「ルカ!もしかして‥ルカか?」
すると司祭は驚いた様子で声を上げた。
「クラウデオ!やはりきみだったか!」
修道士は彼に近づくと、大きく腕を広げて抱擁した。司祭は抱擁を返しながら嬉しそうに言う。
「驚いたよ、久しぶりだな。卒業式以来じゃないか」
「クラウデオ、司祭に叙任されてたんだな。おめでとう。首都の教会で司祭なんて君は用いられているな」
「君がどうしているか気になっていたよ、ルカ。首席卒業者なのにその後なんの知らせも入ってこなかったからね。今頃司教になっていてもおかしくないのに」
「やめてくれ、クラウデオ」
修道士は恥ずかしそうに顔を伏せた。
「私には修道者が似合っていると思うんだ。もちろん司祭職に召されることがあったら躊躇いはしないが.....」
マルコ青年は『笑ってはいけない』責め苦の時間が終わりを告げたことに安堵しながら三人に近づいていった。すると、クラウデオと呼ばれた司祭が気づいたように視線を上げた。
「ルカ、この方たちは友人かい?」
「あぁ、そうだ」
修道士は手を伸べて示しながら言った。
「まずは紹介しよう。アビゲイル修道女だ。クラウデオ、君も聞いたことがあるかも知れないが、癒しの奇跡の賜物を持つ、いわゆる『聖女』だよ」
「はじめてお目にかかりますわ、クラウデオ司祭さま」
優雅に膝を曲げてアビゲイルが礼をすると、司祭は破顔一笑して腰をかがめ、彼女の手を取った。
「光栄だよ、アビゲイル修道女。お名前は何度も伺っている。教会のために行ってきた君の尊い働きについてもね」
「全ては神のお力ですわ。わたくしはその通り良き管となれるよう心掛けているだけですの」
ふたりがにこやかに挨拶を済ませると、ルーク修道士はマルコたちに向き直った。
「ああ...そしてこちらは剣士のマルコだ。それから斧使いのヨハネ。そして......」
ルークは少し考えると、少女ハンナを指して続けた。
「マルコ氏が養女として世話をしているハンナ嬢だ」
「そう?なんかうちがお世話してあげてるような気もするけど」
ハンナが両手を頭の後ろで組みながら嘯くと、マルコ青年は驚いてズッコけ、アビゲイルは口に手を当てて笑った。
「オホホ...確かにそうとも言えますわね」
「わ...笑いごとじゃねっすよアビゲイルさん!」
「ルカ、どうだ?司祭館に寄っていかないか?積る話もたくさんある」
司祭が提案する。するとヨハネの腹がまたグウゥゥゥと鳴った。
「おぉっと、気が利かず済まん。友人の皆さんも交えて一緒に朝食もどうだい?」
司祭は言い直す。一座は顔を見合わせて微笑み、頷いた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「そうか.....魔物を狩るという特別任務を王家から.......」
クラウデオ司祭は頷くと言った。修道士は食事の手を休めると答えた。
「大公閣下は二つのことを仰ったよ。私の賜物を用いないでいるのは神から与えられたタラントを埋めたままにしているのと同じだ、と。そして教会を守護する王家を守ることもまた教会の益になる、とね」
ルークは躊躇いがちな調子でこう続けた。
「...迷いがなかったわけではない。だが私は別の意味でも迷っていたのだよクラウデオ。今までずっと、ね」
「別の意味...とは何だい?」
クラウデオ司祭が尋ねると、修道士は言った。
「....まさしく大公閣下が指摘した通りのことさ。人々を苦しめる魔物を取り除く力がありながら、それをせずにい続けるのは果たして正しいのか...」
修道士は深い思索の色を瞳に浮かべながら続ける。
「神への奉仕と修道者としての生活は間違いなく喜びに満ちている。だが一方で私はずっと考えていたのだ。私は果たすべき務めを果たしていなかったのではないか、とね」
広い食卓の上には質素ながら温かい朝食が並べられている。マルコ青年とヨハネはパンとスープを黙々と口に運び、アビゲイルとハンナはガールズトークに花を咲かせている。
「きみのその悩み、私は深く共感するよ、ルカ」
クラウデオは司祭帽を取ってテーブルの隅に置くと言った。
「教会は人々の魂の苦しみには手を差し伸べられる。だが、実際の民の苦しみはそれにとどまらない。果たして我々聖職者は高みに留まってそれを傍観していていいのか。私は長い間自問してきたよ。きみと同じようにね。そして、微力ながら自分にできることを、と思いながら働いてきた」
司祭は腰を浮かせて手を伸ばすとルーク修道士のそれを握った。
「ルカ...君のような者がもっと多ければ、この国はもっと良くなるだろうな」
「クラウデオ.....」
「約束する。私に多くの力はないが....君と心は同じだ。協力できることがあれば何でも言ってくれ」
「ありがとう、クラウデオ」
食事が終わると、司祭は帽子を被り直して立ち上がった。そして五人の客を見送って司祭館の出口まで来たが、ふとルーク修道士に声をかけた。
「ルカ、ひとつだけ...いいか?」
「なんだ、クラウデオ」
修道士が振り向くと、司祭は声を低めて言った。
「教会を守護する王家を守ることが教会の利益につながる...と大公は言ったそうだな。だが、その言葉...額面通りに受けるべきではないと私は思う」
「どういう...ことだ?」
修道士は戸惑った声で問う。司祭は囁くように続けた。
「王家は厳密な意味での教会の守護者ではない。王家は王家の利益で動く。あまり信用し過ぎると煮え湯を飲まされるぞ」
「き...君は大胆なことを言うなぁ、クラウデオ」
ルーク修道士は苦笑いしたが、司祭はそのまま踵を返すと奥の間に去っていった。
* * * * * * * * * * * * * *
司祭館の建物を出ると、一行は表通りに戻って歩き始めた。
「次は...大
「そうだな。遭遇戦になる。根気がいるな」
マルコ青年とルーク修道士が話し合っていると、アビゲイルがふと声を上げた。
「そういえばクラウデオ司祭さまはきっと『社会派』でいらっしゃいますわね。だって首都教区の司教たちはほとんどが『社会派』ですもの。『教会派』は少数派ですわ」
「アビゲイル修道女。私はその分け方は好まないな。同じ救いの良い知らせを伝えることに邁進する仲間たちだ。そこに『社会派』も『教会派』もないはずだ」
作戦の相談を中断し、ルークが答えた。
「それは見方によりますわ、ルーク修道士」
アビゲイルは微笑むと横目で相手を見やった。
「聖典の良い知らせを伝えるよりも、社会に実際的な救済をもたらすことを志向し、そのための政治的・経済的影響力の増大を目指すのなら、立派な『社会派』ではなくて?」
「実際的な救済は魂の救いには及ばないかも知れない。だがそれが人々の悲嘆を慰め、痛みを和らげるのは事実だ。そしてそのためには多少の財力なり政治力も必要となる。何が悪いのか私にはわからないな」
ルーク修道士は首を傾げる。するとアビゲイルはこう切り返した。
「修道士...。教会は『神の力』を伝え、それを知らしめ、世に現すのが第一の務めではないかしら?政治的・経済的力を蓄積し活用することで志を遂げるなら、それは世間の商業組織や何かと変わりませんわ」
「それはそうかも知れないが...」
ルーク修道士は言葉に詰まった。アビゲイルは畳みかける。
「考えてもごらんなさいな。わたくしが持つ『癒しの奇跡の賜物』―――これは願って得たものでも努力して身に着けたものでもなく、神から一方的に与えられたものですわ。そしていつなんどき取り去られるかもわからなくってよ?神は与え、神は取られる。わたくしもただの器に過ぎぬ以上、時が終わったら舞台から立ち去るのみですわ」
修道女は前を向いて言葉を継いだ。
「それは神に奉仕する者皆同じ。持っているもの以上を望むのは貪りの罪に陥る一歩手前。そう言ったら言い過ぎかしら?」
「この国随一の金持ちの家から出たきみがそれを言うのもどうかと思うが...」
ルーク修道士は含み笑いすると続けた。
「だがその君自身、他に比べようもないほど多くの病人や怪我人を救ってきたのも事実だな」
「アビゲイルお姉ちゃん...毎日廊下一杯に並んだ患者さんの相手してたもんね」
ハンナが思い出しながら呟く。ルーク修道士は口調を改めて締めくくった。
「だがアビゲイル修道女。君は少し辛辣に過ぎる気がする。人は試行錯誤する生き物だ。何が神の御心かを祈り、探りながらも回り道をしてしまうことも多い。そのひとの心が間違っていなければ、私は寛大に受け入れるべきだと思うが」
「...あら、そうかもしれませんわね。諫言この心に留めさせていただきますわ」
アビゲイルは優雅に頭を下げる。
「あのぉ...そろそろ作戦決めて出発しません?」
マルコ青年が声を掛けると一同は我に返った。ヨハネは髭に付着していたパンの欠片に気づいたのか、指先でそれを摘まんでは口に放り込んでいる。
だが、その時ルーク修道士が立ち止まった。
「.....妙だな」
「どうしたっす?」
青年が声を掛けると、修道士は眉を顰めて呟いた。
「いま一瞬誰かに尾行されている気がしたんだ..。気のせいかも知れんが」