筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
マルコたち一行は次のダンジョンへの出発前にまず銀行に立ち寄った。窓口でルーク修道士が用向きを告げると、すぐ別室に通された。偉そうな服装の職員が応接室で待っていた。
「大公さまから伺っております。ではこちらをどうぞ.....」
飛び切り仕立ての良い服装をした銀行員が、揉み手せんばかりの態度でルーク修道士に向かって袋を差し出す。マルコ青年が会話さえしたことがないような階層の人間だ。
「一千万ルピーおよび必要経費となります。お確かめを」
礼を言って受け取ったルークは顔色一つ変えないが、マルコ青年は心臓がドグンと跳ねるのを感じた。
――――....い.....一千万....ルピーだとぉッ!――――
修道士は傍らのマルコを顧みると無造作に袋を渡してきた。
「あとは頼む。私は武器も損耗していないし経費はゼロだ」
「は..はィィィィィィ...」
恐縮しながらマルコは袋を受け取り、中身を机に出した。黄色く輝く二十万ルピー金貨がゴロゴロ転がっている。
「俺が....四割。ヨハネが....四割。ハンナ...が...二割...」
青年が配分するなか、さすがのハンナも息を潜めて生唾を呑み込んでいる。
「....うそ...うちの取り分二百万ってこと?」
するとルーク修道士が咳払いした。
「ハンナ嬢。差し出がましいことだが...君の取り分は養父であるマルコに預けてはどうだい?君はまだ....」
「やだ!うちの稼ぎだもん!」
少女は頬を膨らませ、自分の分の金貨を握りしめた。
「う...うむ。気持ちは分かるが....」
修道士は困り顔だ。すると分配を終えたマルコ青年も言った。
「なぁ...ハンナ。お前、将来のために学費とかかかるだろ。パァッと使うんじゃなくちゃんと積み立てとくんだぞ」
「でも、うち、まずは魔法使いの杖買いたい!もう三つもダンジョン経験したんだからいいでしょ?」
「....あのなぁ」
青年は溜め息をついた。
「ガキのうちにこういう暮らしに慣れすぎると、お前二度と普通に戻れなくぞ。それでもいいのか?」
「だって...うちは魔法使いだもん。他の何かになりたいとかは思わないもん」
少女ハンナは顔を反らした。マルコは相手の肩にそっと手をかけると自分の方を向かせた。
「違げぇよ。魔法使いになるにしても、だ」
青年はひと息置くと続けた。
「ダンジョン探索以外は何にも知らねぇただ強いだけのバケモンみてぇなヤツになりたいのか?」
「それは....」
ハンナは顔を伏せた。アビゲイル修道女が口に手を当てると微笑んだ。
「もう、マルコさんったら...。守るものができると、男のひとって本当に成長するんですわね」
「成長とはなんだ」
ヨハネが呟く。すると修道女が答える。
「ヨハネさん。マルコさんのこと、これからもよぉくご覧になっててくださいな。きっとその意味がわかりますわ」
「大きく...なる。大人...でも」
巨漢がマルコの頭の先から足先まで眺めまわしながらまた呟いた。
「ちげぇよ。そういう意味じゃねぇよ」
マルコは苦笑いしながら打ち消した。
結局ハンナは経費を受け取ったあと取り分の大半を貯金した。一同は再び馬車を仕立て出発した。
「ダンジョン探索以外は何にも知らないただ強いだけの化け物....か」
ルークが車窓から外を眺めながら呟く。マルコは顔を上げた。
「え?」
「いや...マルコ。君は時として実に鋭いことを言う」
「そっすか?」
「そうだ」
ルークは微笑むと青年を顧みた。
「...私はかつて『粉砕のルカ』と綽名され、数え切れないほどのダンジョンを制覇した」
「...らしっすね。俺、冒険者になる前から噂聞いたことありますもん」
「だが.........」
修道士はまた窓の外を見た。その瞳には深い憂いの色が浮かんでいる。
「強いだけ...では救えなかったのだ。私は....」
ルークが消え入りそうな声でそう言ったのを聞いて青年は驚きに目を見開いた。
「ど...どういうことっすか?」
修道士は我に返ったように顔を上げると微笑んだ。
「いや....何でもないんだ。ともかく、私は君をリーダーに指名して良かったと思う。強いだけではリーダーは務まらないからな」
「そ....っすかねぇ」
「ああ。君には人を思いやる心がある。それこそが必要な資質だ」
それきりルークは黙り込んだ。馬車は快速に進んでいく。車輪が石畳を蹴り客車が規則的に振動するなか、一行はいつしか市街地を出て農村地帯に入った。
道中、休憩や食事を挟みながら走り続けると、やがて馬車の前方には鬱蒼とした森林地帯が現れた。時刻はもはや夕刻だ。そして森林の手前には街区が広がっている。
だが、首都に比べると格段にみすぼらしい。建物も道路も傷みが進んでいる。
「ハンバルグの森林地帯入り口だ。ここで宿を取ってはどうだろう」
ルークが言う。マルコは頷いた。
「そっすね。晩飯喰って鋭気を養ってから明日アタックっすね」
一同は馬車を降りると近くの酒場に入っていった。
* * * * * * * * * * * * * *
店に入ると、食べ物の匂いとタバコの匂いと酒の匂いが一体となって漂ってくる。ハンナが思わず顔をしかめた。
「あまり適切ではないが...この村では選択肢はなさそうだな」
修道士が溜め息をつく。客席を見渡すと、客層の悪さが一目で見てとれた。
冒険者が多い。だが、その装備や服装はあまり手入れされていない。髪も髭もボサボサで、武器を床に転がしたまま飲んだくれている。
「冒険者だけじゃなくスカベンジャーもいそうっすね。それか兼業かな?」
「
マルコとルークが話し合っていると、酔客の中から声が上がった。
「おい見ろよ、イイ女じゃねぇか」
「それにメスガキまで連れて、なんなんだこのパーティは。えぇ?」
下品な笑い声が広がる。
「よぉシスターのねぇちゃん。俺と一緒に飲もうぜ。んでその後は俺の宿の部屋に来いよ。たっぷり楽しませてやっからよぉ」
皮鎧を着た赤い顔の大柄な男がジョッキを振り上げながら叫ぶ。
「なぁ、そんなしみったれたパーティにいねぇで俺たちのところに来いよ。毎日イイ男よりどりみどりだぜ?カマトトみてぇなツラして、どうせ床上手なんだろ?」
「ん?ねぇちゃんシスターの癖に剣まで下げてどうしたんだ、えぇ?剣士ごっこか?だけど俺の『剣』のほうがよっぽど太いぜ。こっち来て見てみなよ、ほら」
同じ卓にいた酔客たちが声を合わせた。
それを聞いたアビゲイルが優雅に微笑んで腰に手を当てた。
「あら、この剣でございますか?この剣は本物でございますわ。何のために提げているかといえば...」
その瞬間、彼女の目がクワッと見開かれ、ギラリと光った。
「―――あなたがたのような汚らわしい無礼者の首をチョン切るためですわ」
「なっ......」
男たちは一瞬驚いて黙り込んだが、叩きつけるようにジョッキをテーブルに置くと立ち上がった。
「このクソアマぁ!礼儀ってもんを教えてやろうじゃねぇか」
「あら...文明そのものを知らない野蛮人の口から礼儀って言葉を聞くなんて、驚きですわね。それとも空耳かしら?」
アビゲイルはますます煽る。だが三人の酔客が押し迫ってきたときマルコが前に出た。
「おい、このひとに用があるんだったらまず俺を通しな」
「あぁ?なんだてめぇ」
酔客のひとりが凄む。だが、他の者たちのうちの一人が怪訝な顔をして青年を見つめた。
「お...おい、こいつ『三本剣のマルコ』じゃねぇか」
「おうよ。俺の名前知ってるなんて勉強してんじゃねぇか。だったらわかるだろ」
マルコは傲然と顎を上げた。
「万年Dクラスのスカベンジャーなんかお呼びじゃねぇんだ。隅で大人しく飲んでな」
「なにッ......」
すると男たちは顔を真っ赤にして悔しがった。そのうちの一人が指を突き付けて怒鳴った。
「へッ...Aクラスっつったって剣術も知らねぇドヘタクソじゃねぇか。俺たちに一人で勝てるとでも思ってんのか?」
「剣術?...そうさな。俺ぁ習ったことねぇよ。だがわかんねぇんだったら教えてやる」
マルコは顎を引くと腕に力を入れた。途端に上半身の筋肉が膨らみ始めた。やがて皮鎧の袖が裂けそうになるほど腕が膨らみ、胸当てもメキメキと音を立て始める。酔客たちは思わず息を呑んだ。青年は低い声で言った。
「てめえらブチのめすのに剣術なんかいらねぇってことだよ」
「くッ....」
三人の酔客が怯む。その時だった。
「みんな、聞いてくれ」
ルーク修道士が声を上げた。酒場に似つかわしくない爽やかでよく通る声に、その場は一瞬静まり返った。だが他の席にいた客がすぐに不満の声を上げた。
「坊さんの説教かぁ?信心の話なら間に合ってるぜ」
「いや、違うんだ」
修道士は答えると、近くのテーブルに置いてあった兜を手にとった。
「これは冒険者の間で人気のある合板づくりの鉄兜だ。廉価で長持ちするからね。だが、私は多少値が張っても一体成型の兜を買うことをお勧めする。なぜなら....」
まるで大学で講義を始める教授のような口ぶりだった。客たちはみな怪訝な顔でルークを見つめた。
「なぜなら合板の継ぎ目はリベットや板で補強されてはいても、大きなストレスには耐えられないからだ。たとえば....こんなふうに」
修道士は兜を両手で挟んだ。
次の瞬間。
――――パアンッ!――――
酔客たちは皆驚愕に息を呑んだ。修道士の両手の中で、兜がペチャンコに潰れている。継ぎ目は全て吹き飛び、成型前の鉄板に戻されたかのようだ。
次に修道士は手の中にあった兜のなれの果てをまるで紙屑を丸めるように丸め始めた。数秒すると、兜は直径五センチほどのスクラップ鉄に変わっていた。
「以上だ。ご清聴感謝する」
ルークはその鉄の塊をそっとテーブルに置くと丁寧に一礼した。
酒場の空気は完全に凍りついた。酔客たちは誰一人として声を出せない。ジョッキを持つ手が震えている者もいた。
「なんか...この三人の中で一番怖い人って、ルークおじさんかも...ね」
皆がテーブルに落ち着くとハンナが声を低くして言った。
「それは心外だなぁ。私はできるだけ事を荒立てずにトラブルを納めようとしただけだよ」
ルークは心底傷ついたような顔で答える。だがマルコは呟いた。
「でも...鉄兜を握りつぶせるってことは人間の頭蓋骨も...ってことっすよね」
「それはそうだよ」
修道士は手を上げてウェトレスを呼びながら事も無げに言った。
「人間の頭蓋骨も一体成型ではなく継ぎ目がある。その継ぎ目から割り出した破壊ポイントに一定以上の力を加えれば必ず粉砕に至る。あ...いや....」
そこまで言った後彼は慌てたように付け加えた。
「人間の頭蓋骨に限らない。基本は魔物も同じだ。だからこの理論を使えば効率良く魔物を狩ることだって....」
「いや、理論っつうか力技にしか見えねぇっすけど」
「なんだかんだそういうとこが怖いんだよね」
マルコとハンナは言い合った。やがて注文を通すと、料理が運ばれてきた。
食事をしていると、次々と新たな客が入ってくる。やがてルーク修道士は顔を上げると、マルコの顔を見、そして背後の席に座った男たちにそっと顎をしゃくった。
「やはりそうだ」
「何が...っすか?」
「ベーリンにいた時全く同じ組み合わせの連中を見た。服装は違うがね」
「え...........」
マルコは一瞬絶句したが、すぐ言葉を継いだ。
「び...尾行ってことっすか?」
「ああ。間違いない」
修道士が言うのを聞いて青年は腰を浮かせた。
「じゃぁ俺がブチのめしてきます。それで懲りるっしょ」
「いや、ここではまずい。出たあと私が話す」
「話す...っすか?」
一行の食事が終わって外に出ると、ルーク修道士はマルコに合図し、他の三人を表通りの宿に連れて行くよう指示した。
宿で手続きを済ませ、仲間たちが部屋に落ち着くと、青年は酒屋の前に取って返した。だがすぐに、こちらに歩いてくるルークと行き会った。
「どうにかお引き取り頂けたよ」
修道士は微笑む。二人は宿への道を肩を並べてゆっくり歩いていった。
「また目の前で兜かなんかブッ潰して脅したんっすか?」
マルコが冗談めかして言うと修道士は首を振った。
「まさか。嫌なことを言わないでくれ」
そして溜め息をつくと、自分に言い聞かせるように呟いた。
「まぁ王家特命案件なんていうものは昔からロクなものではなかった。大抵監視もつく。それは分かっていたんだがね」
「えっ.....」
それを聞いてマルコ青年は絶句した。
「あの...ルークさん。今、『昔から』って言いましたよ...ね?」
「ああ。そうだ」
修道士は短く答えた。青年は重ねて問う。
「つまり、冒険者だった頃....に?」
「ああ。何度も受けたよ」
「それって...どんな仕事....っすか?」
恐る恐る尋ねると、修道士はしばらく黙った。だが、宿の前まで来ると言った。
「あまり誇れないものも混じっていた。まぁ詳しくはいずれ後で話すよ」
* * * * * * * * * * * * * * *
宿の部屋に入ると、五人はいつもの部屋割りで就寝した。翌朝起床し装備を整えて外に出ると、どんよりと曇った天気だ。霧も出ている。
「
「目標は親玉の大
返事をしながらも、マルコは背中に食料を詰め込んだ背嚢を背負った。ヨハネとルークも同様の装備を背負う。
「これまでに報告された遭遇地点は私の頭の中に入っているよ。そこを中心に回って行こう」
「さぁすがSクラスっすね」
ルークの言葉に青年は口笛を吹いた。
「だが、それは犠牲者が出た地点という意味でもある。心しておいてくれ」
修道士がメイスを肩に担ぎながら言うと、マルコは腕を組んで考えた後こう言った。
「じゃぁフォーメーション決めるっす。俺先頭、ヨハネ二番手。ルークさんがアビゲイルさんとハンナを守ってもらえますか?」
「どうしてうちがマルコお兄ちゃんの傍じゃないの?」
早速ハンナが文句を言う。だが青年は答えた。
「はぐれた時の対策さ。ルークさんが守り、俺とヨハネが攻める」
「つまり、ルーク修道士が母船、マルコさんとヨハネさんが高速攻撃艇、というわけですわね」
アビゲイル修道女が言う。するとルークが懐から小さな笛を二つ出しながら言った。
「万が一この二隊が離れたときの合図として使おう」
「用意いいっすね」
マルコは感心しながら笛を一つ受け取った。修道士はウィンクで応えた。
「
五人は街道から離れ、森に入っていった。
針葉樹が密生した森は、朝からの霧もあいまって黒く鬱蒼とした雰囲気だ。
マルコが先導して木々の間を歩きつつ、後尾のルークが時折方向を指示する。
数時間かけて森の奥に足を踏み入れるにつれ、異様な雰囲気が漂ってくる。霧はますます濃くなり見渡せる範囲が狭くなってゆく。
少女ハンナがいきなり悲鳴を上げて修道士の袖にしがみついた。
「ねぇおじさん...あれって...骸骨?」
見ると、木の根元に白いモノが落ちている。骨だ。
「冒険者だ」
修道士は答え、そうっとハンナの目の前に掌を差し出し、その顔を反らさせた。
「で、ああいう死体の服と装備を剝ぎ取って売るのがスカベンジャーってわけさ」
先頭からマルコが振り返って説明するとハンナが呟いた。
「ひどい。遺体を家族に返すのは無理かも知れないけど、せめてそうっとしておけばいいのに」
「そろそろ小物が出てきてもいい頃だな」
修道士がメイスを肩から下ろしながら言った。マルコも背中から大剣を下ろして両手に握った。
「あいつら...霧に紛れて接近して来るんっすよね」
「その通りだ。音が聞こえたとしても木立に囲まれていると方向を特定しづらい。用心してくれ」
修道士の言葉に青年は静かに頷いた。五感を研ぎ澄ましながら、速度を落として前進する。風もほとんど吹かず、濡れた落ち葉を踏みしめる自分たちの足音だけが聞こえてくる。
「ハンナ嬢。私から離れないでくれ。魔装具の用意もしておいたほうがいい」
ルークが小声で言うと、ハンナは生唾を飲み込みながら黙って頷いた。
その時だった。
―――パキッ...―――
小枝が踏みしめられ折れる音。だが方向が掴めない。
マルコは立ち止まると大剣を持ち上げた。
―――ガサッ...―――
再びの物音。落ち葉が擦れあう音だ。
「来るっすね。始まったら俺とヨハネが削ります」
マルコが落ち着いて呟くと、後尾でルークも応じた。
「ああ。防御は任せてくれ」
沈黙の時間が続く。霧の手前に見える木立の間には動く者の影は見当たらない。
だが、その刹那だった。風が吹き、霧が動き始める。視界が開け始めたその時、マルコが叫んだ。
「いたぞ!」
周囲の木々の間に身を低くしていた何者かが一斉に立ち上がる。それは数え切れないほどの