筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
「いたぞ!」
森の中を風が吹き、霧が動き始める。視界が開け始めたその時、マルコが叫んだ。
周囲の木々の間に身を低くしていた何者かが一斉に立ち上がり、飛び掛かってくる。それは数え切れないほどの
「ぬ゛ぅ゛ぉ゛り゛ゃ゛ぁ゛!」
マルコは敵に向かって突進した。大剣を横に振る。
ドシュッ!ドシュッ!ドシュッ!
軌道上にいた狼たちに次々に刃がブチ当たり、たちまち数匹が真っ二つにされて息絶えた。だが次から次へと新手が迫ってくる。
「森を荒す魔物...倒す」
ヨハネが呟くと、その灰色の瞳が光る。
――――ブウンッ........!――――
斧の刃が空気を裂いて唸ると同時に、切断音が響いた。
スパスパスパスパスパッ.....!
五匹ほどの
「お......おいッ!危ねぇだろ!」
マルコ青年が大剣を振るって敵を倒しながらも叫ぶ。ヨハネもいつもの調子で応じる。
「...危ないとはなんだ」
会話にならない会話をしているうちに、背の高い木々が次々に倒れた。
―――――ギギギギギギギギギ.......ドシンッ!―――――
倒木の音、
すると、一本の木が後方に倒れていき、マルコは思わず肩越しに叫んだ。
「ルークさんッ!」
「ぬ゛ぅ゛ん゛ッ゛!」
だが修道士の気合いの声が聞こえるとともに、激しい衝突音が響く。地面に倒れ込んだはずの大木が吹き飛ばされるように真っ二つに割れた。
「私たちは大丈夫だ!攻撃に集中してくれ!」
「了解っす!」
巨大メイスを掲げた修道士が言うのに応え、青年は大剣を振り回し続けた。周囲の木があらかた無くなってしまったので、マルコの傍らで巨漢ヨハネは活き活きと斧を振るった。
ドシュッ!ドシュッ!ドシュッ!
スパスパスパスパスパッ.....!
切断音が響き、黒い血が飛び散る。だが脇から回り込んだ狼がルークたちに襲い掛かった。マルコは叫んだ。
「そっちに五匹!..いや六匹!」
「君たち、伏せていたまえ!」
修道士は言うと巨大メイスを振り上げた。アビゲイルとハンナは急いで身を低くする。
「ぬ゛ぅ゛ん゛ッ゛!」
凄まじい風圧で霧が吹き荒される。衝突音と獣の鋭い悲鳴が立て続けに響く。狼たちは一瞬のうちに頭や胴体を粉砕され倒れ伏した。
あまりの威力を目の当たりにした魔物たちが一瞬怯んだ。だが、背後から増援が次々と駆け付けてくる。敵は改めて五人を包囲すると、距離を置いて様子を見始めた。
「こっちを消耗させようって腹だ。そうはさせねぇ!」
マルコ青年は自ら突進すると大剣を振り抜いた。数匹が斬り裂かれて絶命する。ヨハネがそれに続こうとすると青年は振り向いて叫んだ。
「お前はそこにいてくれ!木を切らねぇようにするんだ!」
「木...切らない」
巨漢は頷くとマルコの後ろに回った狼を断ち割り、噛みついてきた個体を難なく振り払うと強引に斧で叩き潰した。
再び魔物たちの悲鳴が響き始めた。
だがその刹那だった。ルークの傍にいた女性陣ふたりを狙うように一匹の狼が唸りながら接近してくる。するとアビゲイルが進み出ながら腰の剣を抜き放ち、その頭部に斬りつけた。
――――ギャインッ!――――
魔物は鳴き声を上げた。だがまだ生きている。そいつは立ち直って反撃しようと身を屈めた。
「ぬ゛ぅ゛ん゛ッ゛!」
後ろから走り寄ってきた修道士が、アビゲイルの襟首を引っ張って下がらせるとメイスを振り抜いた。狼は玩具のように吹き飛ばされ木の幹に激突し息絶えた。
「アビゲイル修道女、勝手な真似は慎みたまえ!」
「で...でもわたくしだって戦えますわ!」
修道士が腕を伸ばし、アビゲイルを背後に押しとどめる。だが修道女は抵抗した。
「冒険者として訓練を受けていない君を戦わせるわけにはいかない!」
ルークはそう言いながらメイスのヘッドを突き出し、襲ってきた別の狼を粉砕した。さらに、横から来た個体を胴体ごと叩き潰す。
「わたくし幼い頃から剣術のレッスンを......!」
「稽古と実戦は違う!貸したまえ!」
修道士は荒々しく遮り、アビゲイルの手から剣を奪い取った。そして片手持ちのメイスを振り回して数匹を吹き飛ばすと、剣に持ち替えながら言った。
「そんなに戦いたければ私のメイスでも振っていたまえ!」
「こんなの重くて持てませんわ!」
「じゃあ黙って見てるんだ!」
マルコは自分も大剣を振るいながらも、ルークが剣を振り始めるのを視界の隅に捕らえ、そして驚きに満たされた。
滑るような摺り足。その小さな動作で瞬間移動のように魔物に迫り、電光石火の袈裟斬りで
「キャアッ!」
その時一行の真ん中あたりにいた少女ハンナが悲鳴を上げた。囲みを突破した
「させるか!」
振り向いたルークが僅かに前傾姿勢をとり、地面を蹴る。一瞬で距離が縮まった。突き出された刃が身を屈めた少女の上をかすめ、魔物に突き刺さる。
――――キャイン!キャイン!――――
やがて生き残った
「.......終わったみてぇだな。全員無事か?」
マルコ青年が声をかけると、ルークが剣を血払いしながら答えた。
「私は無事だ。アビゲイル修道女とハンナ嬢も」
「わたくし自分で答えられれますわ。子ども扱いしないでくださいまし」
アビゲイルが気分を害した様子で言う。するとヨハネが呟いた。
「無事とはなんだ」
「よし、お前も無事だな」
青年は噴き出しながら言った。
ルーク修道士は剣の刃をよく拭ったあと、
「アビゲイル修道女...すまなかった。乱暴な態度をとってしまって」
相手に剣を渡すと、修道士は柔らかな語調で続けた。
「だが、戦場はゆっくり会話をしている時間を与えてはくれない。それだけは理解してほしい」
だがアビゲイルは剣を受け取りながらも不貞腐れた顔でそっぽを向いている。ルークは少し間を置くと相手を見つめて言葉を継いだ。
「君に....万が一にでも傷ついて欲しくなかった。それが君を止めた理由だ」
するとアビゲイルは剣を鞘に納め、唇を尖らせながら小声でこう抗弁した。
「傷ついたって、自分で治療できますわ。ご心配は無用でしてよ?」
「それはその通りだ」
ルークは一旦頷くと、相手の肩にそっと手を置いて言った。
「だが、分かってほしい。戦場で受けた傷は心の傷も伴うということを。それは君の力でも治せないはずだ。そうだろう?」
しばらくの沈黙のあと、アビゲイルがようやく頷いた。
「わかりましたわ、ルーク修道士」
すると、やり取りを見ていたハンナが突然声を上げた。
「ねぇ、アビゲイルお姉ちゃんとルークおじさんって、お似合いじゃない?」
「なっ‥何を言うんだ、ハンナ嬢!/なっ‥なにをおっしゃるの、ハンナちゃん!」
面食らった様子で二人が同時に叫ぶ。
「だって、ルークおじさん頭いいし、教養あるし、おまけにメチャクチャ強いからアビゲイルお姉ちゃんと釣り合うんじゃないかって。......でもちょっとコワいけどね」
少女ハンナはニンマリ笑った。だがルークは苦笑いして答えた。
「ハンナ嬢。アビゲイル修道女がもし修道の誓いをしていなければ、王族から求婚されていたっておかしくはない。それほどの家柄なのだよ。私などが釣り合うべくもない」
修道士は真顔に戻るとメイスを拾い上げながら続けた。
「それに修道の誓いというのは独身の誓いでもあるんだ。敢えて伴侶を持たず全てを神に捧げ尽くすという生き方そのものなんだよ」
「他はともかく、その点については全面的に同意ですわ、ルーク修道士」
アビゲイルが澄まして答えると言葉を継いだ。
「ま、わたくしはそもそも王族なんかと絶対結婚したくなかったがために修道の誓いをしたというのもありますけど......」
「えっ......それ本当?」
ハンナが目を丸くする。アビゲイルは舌を出した。
「今のはオフレコでお願いしますわね、ハンナちゃん。ともかくわたくし、今の生き方が気に入ってるんですの」
「でもねぇ、うち知ってるよ!」
だが少女は得意げに人差し指を上げた。
「『情が燃えるくらいなら結婚しちゃえ』って聖典に書いてあるんでしょ?もし、どっちかが本気の本気で相手を好きになっちゃら....どぉーすんのかなぁーッ?」
「『しちゃえ』とは書いてないがね...まあ..」
ルーク修道士は呆れ顔で頭を掻いた。アビゲイルは腕を組み、顎を上げて反論する。
「それは情が燃えてコントロールできなくなった人の話ですわ。少なくともわたくしにはあてはまりませんわ」
「無理しちゃって!」
ハンナが叫ぶ。だが、そのときマルコが近づいてきて少女の頭にポンッっと手を乗せた。
「おい、そんぐらいにしとけ。あんまり大人を困らせるんじゃねぇぞ」
ごく穏やかな語調だった。だが少女は驚いて相手を見上げ、渋々ながら頷いた。
「はぁい..........」
* * * * * * * * * * * * * * *
一行は魔物の死体の散らばったその場所から少し移動して休憩した。それぞれ背嚢から食料を取り出して食べ、元気をつけると再び歩き始めた。
「大
「私も噂でしか聞いたことはない。だが一説では
マルコが何気なく尋ねると後尾にいたルークが言った。青年は前方を警戒しながらも呟いた。
「メス狼ってわけだ。そりゃ子供たちを殺す冒険者を憎むわけっすね」
「だがそれだけではない。異様な体格、パワーさらには魔力さえも持つというもっぱらの話だ」
「へぇ....じゃあ」
マルコ青年は肩越しに相手を見るとニヤリと笑った。
「このドラゴンスレイヤーがどんだけ通じるか楽しみっすね。何しろ小物は一発で終わりっすから」
「油断は禁物だ。敵の手のうちが読めないうちは慎重に戦うべきだと私は思う」
「了解っす」
ルークの道案内で数時間進むと日没が近づいてきた。男たちが天幕を張って焚火を起こし、アビゲイルとハンナが手際良く夕食を作る。夕食が済むと、三人の男が交代で見張りをして夜を明かした。
「二日目っすね。今日明日に出会えるといいんっすけど」
朝食を済ませて出発すると、マルコが言った。間にヨハネを挟み、用心深くメイスを構えながらルークが後ろを歩く。相変わらず霧が濃い。
「そうだな。小物たちは昨日の大損害を受けて奥に逃げたはずだ。もし奴らが母親に知らせていたら向こうから近づいてくるかも知れない」
「そいつぁ好都合っす」
マルコは答えた。
「それはそうと...マルコ」
「何っすか?」
呼びかけに何気なく答えると、修道士は改まった口調で告げた。
「君は早くもリーダーとして役割を果たし始めている。あとはもっと自信を持ちたまえ」
「そ....そっすかねぇ」
むずかゆいものを感じながらも青年は返事をした。
「でも...ルークさん。俺、やっぱ欠けてるものがあるっす」
「なんだ?」
「やっぱ剣術習うべきなんじゃないかって。俺みたいに振り回してたら、一人だったら守れても、守るのがふたりになったら多分無理っす」
「ふむ.....」
マルコの言葉にルークは相槌を打った。
「.....ルークさん...あとで俺に剣術...教えてもらえませんか」
青年が思い切って言うと、修道士は数秒黙った後口を開いた。
「わかった。君が必要と感じるなら教えよう。だがマルコ、私は感じている。君は規格外だからこそ強いとね」
「そ...そっすか?」
「あぁ。覚えるにしても、君の持っている良さを殺さないよう修練する必要がある。それは覚えておきたまえ」
会話をしているうちに、一行はいつしか巨大な峡谷の前に着いた。
「ミュンヒハウゼン峡谷だ。橋は天然木を倒した即席のものしかないから足元に気を付けるんだ」
ルークの案内で岸壁を慎重に降りると、川の上に倒れた木の上を渡り、対岸をよじ登る。そこから先は同じような霧の漂う暗い森だ。マルコは進みながら言った。
「奴さんに会ったらルークさんはふたりを守るのに徹してください。基本俺とヨハネでやるんで」
「了解した。私にはアビゲイル修道女を抑えるという仕事もあるからな」
ルークが悪戯っぽく言うとたちまちアビゲイルが口を挟んだ。
「ちょっと、聞き捨てなりませんわねルーク修道士。わたくし一度納得したことを蒸し返すような面倒くさい女ではありませんわよ」
「じょ...冗談だ。気を悪くしたら謝るよ、アビゲイル修道女」
修道士が慌てる。だがその時だった。
――――オオオオオオオオオ~....ンッ――――
狼の遠吠えが空に響いた。一匹だけだ。だが、一同は顔を上げた。
あまりにも、音が低く、ザラザラしていて、かつ音量が巨大過ぎる。一瞬にしてただならぬ雰囲気を感じたマルコ青年は顔を引き締めた。
「奴さん....っすね」
「我々が橋を渡った途端に....ということはマルコ。これは強敵だぞ」
ルークが言う。青年は尋ねた。
「どしてっすか?」
「きっと奴は我々が峡谷のこちら側に来るのを待っていたんだ。退路を断つため...」
その刹那、森の奥から振動音が聞こえてきた。
――――ドシッ...ドシッ...ドシッ...ドシッ...――――
地面が軽く揺れる。それとともに振動音が急速に近づいてきた。
「俺がまず初撃をブチ当てる!ヨハネ、奴の動きが止まったら止めを頼む!」
マルコは両足を踏ん張り、大剣を両手で構えた。背後のヨハネも頷き大斧を持ち上げる。
霧の向こうに巨大な影。見上げるほどの高さ。
―――――ブワァァッ........―――――
巻き起こる風で霧が吹き散らされる。
その中から姿を現したのは超巨大な
体高五メートルはある。巨大な牙の光る口の上にはランランと輝く目。首には地獄の番犬のような棘のついた首輪。
――――ドシッ...ドシッ...ドシッ...――――
木々の間をこじ開けるように接近してくる化け物に、しかしマルコ青年は自ら突進していった。
「ぬ゛ぅ゛ぉ゛り゛ゃ゛ぁ゛!」
大剣を振り上げると、敵の脚目掛けて一気に振り抜く。
――――ドシュッ!――――
手応えがあり、黒い血が飛び散る。だが、巨大
「クソッ!」
青年は大剣を掲げて防御した。
巨大
「バカでかすぎて距離感が狂っちまった!もっと踏み込まねェと!」
青年が叫んで剣を構え直す。だが、その時改めて敵を見上げたマルコは違和感を感じた。
巨大
その瞬間後尾にいたハンナが叫んだ。
「お兄ちゃんこれ使って!」
少女が魔装具の腕輪を投げる。振り向いたマルコがそれを受け取り、
「スイッチ押して!」
ハンナが叫んだと同時に、修道士が少女とアビゲイルの袖を掴んで木陰に引き入れた。訳も分からず腕輪についていたボタンを押す。その途端に、巨大
――――――ヒュンヒュンヒュンヒュンッ――――――
硬化した棘が雨あられと降り注ぐ。だがマルコ青年の周囲だけが透明の壁に包まれているかのように、棘が弾かれて周囲の地面に落ちていく。
「ま...魔力ってこれのことかよ!」
青年はふとすぐ後ろにいたヨハネを顧みた。両腕で顔面を防御していたが、それでも体中に棘が刺さり続けている。
「ヨハネ!大丈夫か!」
「...痛い」
叫ぶと巨漢が答えた。マルコは呟いた。
「クソッ...あいつが痛いって言うことは相当だ。いくらヨハネでも永久には耐えられねぇ」
だが、その瞬間奇妙な音が聞こえてきてマルコは視線を下ろした。魔装具の腕輪のスイッチが赤い光を点滅させ、信号音を鳴らしている。
「おいハンナ!なんかピーピー言ってるぞ!これ大丈夫なのか?」
マルコが叫ぶとハンナが木の陰から顔を出しながら叫び返す。
「魔力切れ!一度に使い過ぎちゃったからだよ!」
「なにぃぃぃぃぃぃぃッ!」
やがて腕輪は音を発するのをやめ、煙を上げ始めた。青年は慌てた。
「どうする...どうする?」
だが一しきりの棘の連射が終わった。
「させるか!」
マルコは腕輪を投げ捨てると、剣を振り上げて突進した。
「ぬ゛ぅ゛ぉ゛り゛ゃ゛ぁ゛ッ!」
傷ついた敵の脚目掛けて深く踏み込み剣を薙ぎ払う。
――――ドシュッ!――――
手応えがあった。
――――ドシンッ.....――――
化け物が無事なほうの前脚でマルコを踏みつける。青年は辛うじて剣を両手で掲げて受け止めた。凄まじい重量だ。
「゛ぅ゛ぉ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!」
マルコは顔を真っ赤にして耐えた。両腕の筋肉が盛り上がり、皮鎧の下に着ていた鎖帷子が裂けていく。胸当てもメリメリと押し広げられ、やがて弾け飛んだ。
「ヨハネ!今だ!」
青年は肩越しに振り返り叫んだ。すると背後からドシンドシンと重い足音が近づいてくる。
「頼んだぞ――――えっ」
次の瞬間に斧の一閃と決着を期待していたマルコは戸惑った。
ヨハネの足音が突然消えたのだ。
――――そして肩に凄まじく重い一撃を受けたのを感じ、マルコは呻いた。
「グハァッ!?」
だが顔を上げたとき、彼は理解した。ヨハネはマルコの背後で跳躍し、その肩を踏み台にしてジャンプしたのだ。
「ぬ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ!」
巨漢の野太い雄たけびと桁違いに激しい衝突音が響く。
マルコの目の前に巨漢が着地し、地響きがした。そして、大
「森を荒らす魔物...倒す」
もはや動かぬ化け物の額に深く食い込んだ大斧を引き抜きながらヨハネが呟いた。