筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
「あいたたたた....」
痛みに呻くマルコ青年の背後で、アビゲイル修道女が祈祷を中断しながら言う。
「肩が完全に脱臼しておりましたわ。鎖骨も骨折。肋骨も数本ヒビが入ってましたけど、むしろこれで済んだのが幸いでしたわね」
「マルコ、体重200キロの巨漢に踏み台にされてまだ立っているなんて君も相当なつわものだな」
巨大
「っすかねぇ...」
返事をしながら当の巨漢ヨハネを顧みると、すでに治療を終え背嚢からパンを取り出してパクついている。
「っ...ったく事前に打ち合わせくらいしろっつうの」
マルコが言うと早速ヨハネが呟いた。
「打合せとはなんだ」
「いや...ぶっつけ本番なのが仕方ねぇっつうなら、せめて後で『すまねぇ』とか『悪かった』とか....」
「すまねぇとはなんだ」
だがマルコ青年は苦笑いしながら溜め息をつくと、こう言った。
「ま...しゃぁねぇか。元々こういう奴だし、こいつのお陰で倒せたんだもんな」
「うむ...いい具合に頭蓋の継ぎ目に斧が入ったようだ。いいセンスをしているよ、ヨハネ」
化け物の頭部を仔細に観察していたルークが言う。
「センスとはなんだ」
パンを咀嚼し終わったヨハネはそう答えつつも、ふと目の前に横たわったその化け物の巨体に興味を惹かれた様子で立ち上がった。近づくと、その腹や太腿のあたりをしげしげと眺めている。
「肉...多い」
「いや..やめておいたほうがいい、ヨハネ」
巨漢の意図を察したルークが首を振った。
「これはただの魔獣ではない。魔力で駆動されている要素があまりに多すぎる」
「魔力で‥駆動?」
祈祷の効き目で痛みが引いてきたのを感じたマルコが肩を動かしながら尋ねた。
「あぁ。ただの魔獣はあんな棘を飛ばしたりはできない。自分で言うのも奇妙だが....」
ルークは両腕を組み顎に手をあてながら言葉を探した末、こう言った。
「何者かによる『デザイン』...を感じるんだ」
「デ...デザイン?」
面食らったマルコが声を上げた。ルークは真剣な表情で続けた。
「そうだ。だからこいつの一部分を体内に取り入れたらその魔力も取り入れてしまうことになるかも知れない」
「じゃ...じゃぁ、ヨハネ自身が魔獣になっちまうってことっすか?」
巨漢が魔力を得て暴れ回る様子を一瞬想像してしまったマルコは背筋に悪寒を感じた。
「いや、必ずしもそうとは限らない。だが身体に変調が起きる可能性は高いと思う」
ふたりが会話している間も、巨漢はまだ物欲しそうに巨大
「やぁめとけヨハネ。病気になるぜ」
「病気とはなんだ」
「そりゃ、健康じゃなくなることさ」
「健康とはなんだ」
「...そ...そりゃ病気じゃないってことさ」
「病気とはなんだ」
「ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛やめろ!気が狂っちまう!」
思わず青年が叫ぶ。すると、恐々とした仕草で化け物の死体に近づいてきた少女ハンナが叫んだ。
「みんな見て!なんか光ってる!」
一同が注目すると、巨大
ルークは顔をしかめながらも化け物の死体に近づき、手を伸ばしてそれを引き出した。彼はそれを手拭いで拭き、掲げながら矯めつ眇めつ眺め、呟いた。
「こんなものは見たことがない。一体何なんだ?」
その瞬間だった。
「―――――それをこちらに渡してもらおう、アレクセイエフスキー」
男の声が聞こえた。
* * * * * * * * * * * * * * * *
一同が驚いて振り向くと、背後の木立の間に武装した兵士たちが並んでいる。その中央から、ひときわ輝く甲冑を身に着けた背の高い男が進み出てきた。年の頃はマルコより少し上だ。
「さあ、渡すんだ。大人しく従うなら悪いようにはしない」
「きみは...もしや...」
ルークは振り向くと訝し気な顔で問いかけた。
「...アルブレヒト....?きみはアルブレヒト・ウォルフガンク・フォン・ハインリッヒか?」
すると、背の高い男は気障な仕草で前髪を横に流し、傲然と顎を上げて答えた。
「いかにもそうだ。アレクセイエフスキー『元』副団長。元気そうでなによりだな」
「ということは...アルブレヒト。きみは今.....」
「そうだ。今や
ふたりの会話をマルコは驚きの表情で聞きながらも、立ち並んだ兵士たちに目を向けた。総数は百名を下らない。皆が剣や槍で武装していた。
―――――な...なんか剣呑な雰囲気だな....―――――
負傷の痛みは消え去ったものの、今度は背中を冷や汗が走り始める。
「さあ、それを渡すんだ、アレクセイエフスキー」
ピカピカ甲冑気障男はゆっくりと歩み寄ってくると手を差し出した。
「どういうことか説明してもらおうか、アルブレヒト」
ルークが言う。すると気障男は顔をしかめて遮った。
「おいおい、君は勘違いしているよアレクセイエフスキー。僕はもはや君の部下ではない。第一今の君はいち民間人だからな。それを踏まえて相応の対応をしてもらわねば困る」
「なるほど。騎士団長としての要請というわけか」
「そうだ。まあ本来僕が直接出向くようなことではなかったが、君らが尾行を追い返すなどという野暮な真似をしてくれたのでね」
「そうか....あれは君の手の者だったというわけだな」
ルークが納得したように頷いた。アルブレヒトと名乗った男はさらに進み出た。
「さあ、時間を無駄にせずに済まそうじゃないか。それを....」
「だが説明してもらわねばそれはできん。我々も依頼を受けて動いている。君たちと元の依頼主との間に利害の対立がないとどう証明できる?」
修道士が抗弁する。すると気障男は苛立った様子で答えた。
「まったく頑固な奴だな君も。我々は王家直属の騎士団だぞ?」
アルブレヒトと名乗った男は人差し指を相手に向けると言い放った。
「そもそも一般人は上の方で何が起こっているかなんてことは知る必要がない。大人しく従うんだ」
だがその刹那だった。ルークは手に持ったその宝石を落とし、メイスを思い切り振り上げた。
「ぬ゛ぅ゛ン゛ッ゛!」
凄まじい衝撃音。地響きと土煙。マルコたちは思わず両手で顔を覆った。
数秒後、土埃が収まったところで顔を上げると、修道士の足元には粉々になった宝石が散らばっている。
アルブレヒトと名乗った気障男は目玉が飛び出そうなほど目を見開き、口を開けながら言葉にならない声で呟いている。
「あ....あわ...あわ...あわ...」
「大公閣下は私に『潰せ』と仰った。だからその通りにさせてもらった」
ルークは再びメイスを肩に担ぐと平然と言った。やっとのことで我に返った甲冑気障男が叫ぶ。
「き...貴様!自分が何をしたか分かっているのか!」
「悪いが依頼主の意思は統一してもらわねば困る。もし依頼内容に変更があるのならそちらの内部で話し合ってから窓口である大公閣下を通じ正式に伝えてくれ。プロの冒険者として、それ以外のやり方は受け付けられない」
修道士は静かな、しかし断固たる口調で告げた。するとアルブレヒトと名乗った男はみるみるうちに顔を紅潮させ、唸るように罵った。
「ちょ...調子に乗りやがって!ただでは済まさんぞアレクセイエフスキー!....おい、こいつらを逮捕しろ!」
合図を受け、男の背後にいた兵士たちが前進してくる。少女ハンナがマルコに駆け寄ってきてその陰に身を寄せた。
マルコ青年は深呼吸をした。心臓が早鐘を打つ。目を閉じ、そして目を開けると、青年は大音声で呼ばわった。
「上等だぁ゛ッ゛!や゛ん゛の゛か゛こ゛ら゛ぁ゛!!」
その迫力に、兵士たちが一瞬動作を止めた。青年は大剣を肩に担ぐとこう言い放った。
「勘違いしてんのはそっちだぜ。俺らはどのAクラスパーティも倒せなかった化け物を倒したんだぜ?だとしたら.....」
マルコは傲然と顎を上げながらねめつけるように兵士たちを見回した。
「てめえらが束になったって俺らには勝てるわけねぇ。そうだろ?」
「な...何をぬかす!騎士団を相手に戦うなど正気か?」
甲冑気障男が叫ぶ。だがその顔には狼狽が浮かんでいた。
「それによぉ...今ここでお前らを皆56しにしたところで、ここは
青年は唇の端を曲げてニヤリと笑うと、手に持った大剣を掲げた。
「このドラゴンスレイヤー....そういやまだ人間の血は吸わせてなかったぜ。どんな色になるのか楽しみだな」
それを聞いた甲冑気障男の顔がみるみるうちに血の気を失っていった。
「あ...あわ...あわ...あわ....」
彼は口を開けながら言葉にならない声で呟いている。背後に立っていた部下たちも顔に狼狽を浮かべながら団長に近づき、小さな声で進言した。
「...団長...この男の言う通り...戦闘になれば犠牲は避けられないかと...」
「この男『剣折りのマルコ』です。剣は自己流ですが乱戦を最も得意とするとか..」
やがてアルブレヒトは振り向いて叫んだ。
「せ...戦略的撤退だ!」
「撤退。列を乱さず急げ!」
下士官らしき者が命令を復唱する。兵士たちは踵を返すと急ぎ足で離れ始めた。
だがアルブレヒトと名乗った気障男は去り際にもう一度こちらを一瞥した。その目に粘着的な恨みが籠っているのを見てとったマルコは背筋に悪寒を感じた。
だが、兵士たちの姿が影も形も見えなくなると、マルコは大きく溜め息をついて座り込んだ。
「――――ふう。小便チビるかと思ったぜ」
* * * * * * * * * * * * * * *
「お兄ちゃん、だいぶ無理してたでしょ。指先震えてるの、見えちゃった」
地面に座ったマルコの肩を揉みながら少女ハンナが言った。青年は頷くと呟いた。
「俺...人間と戦ったことなんか一度もないしな....」
「それに越したことはない。人を斬るなんてことは経験しないのが一番だ」
ルークがそう言うと今さらのように苦笑いした。
「しかしマルコ。君の演技力には脱帽だ。まさかこんなやり方で危機を打開するなんてね」
「そ...そっすかね」
照れ笑いした青年が頭を掻く。マッサージを終えたハンナが振り向くとアビゲイルを尊敬の目で見上げて叫んだ。
「そういえばアビゲイルお姉ちゃんゼンゼン怖がってなかったね。やっぱ肝座ってるぅ!」
「そうかしら?ま、逮捕されても貴族特権で即釈放ですし、うろたえるようなことではありませんわ」
修道女が即答する。マルコは座ったままズッコケた。
「き...貴族特権っすか....」
「それにあの男ヘタレですもの。ちょっと脅しつければすぐ逃げるってわたくし最初から知ってましたわ」
「え...お姉ちゃんあのひと知ってるの?」
驚いたハンナが目を丸くする。
「だって幼馴染ですもの」
「え゛え゛~゛っ!」
マルコとハンナが同時に叫んだ。ルークが気付いたように顔を上げる。
「そ...そうか。そういえばハインリッヒ家も御三家のひとつだったな」
「そういうことですわ。幼いころよく社交の場でお会いしましたけど、とッんッでッもッなッいクッソガキでしたわよ」
眉一つ動かさず修道女が毒を吐く。彼女は片手で振り払うような仕草をすると続けた。
「思い出したくもありませんわ。顔を合わせれば自慢話。女子には意地悪。口は臭い。おまけに神への穢しごとさえ口にするもんですから、わたくし思わず庭で捕まえたでんでん虫をあいつの顔の前に突き出してやったんですの。『御覧なさい。これも偉大な神の被造物ですわよ』って。そしたらあいつどうしたかとお思い?」
アビゲイルは口に手をあてて可笑しそうに言葉を継いだ。
「泣きわめいて腰を抜かしたんですのよ。そんな男に戦闘の指揮なんかできるとお思い?だからわたくし、ちょっと脅してやればすぐ引き下がるって思ってましたの。マルコさんグッジョブでしたわ」
「だ...だがそれは子供の頃の話だろう、アビゲイル修道女?」
ルークが戸惑った声で尋ねる。だが修道女は答えた。
「三つ子の魂百までですわ。それにルーク修道士、あなたが副団長時代、あの男はビリッケツだったのではなくて?」
「い...いや...。元とはいえ部下の悪口は言いたくないが....」
「正直におなりなさいなルーク修道士。戦闘のときは乱暴なくせに普段は外面を繕うのがあなたの悪い癖ですわよ」
強烈過ぎるツッコミを受け、ルークは溜め息をついた。
「み...認めよう。...私の部下だった頃、彼は一番下だった」
「でしょ?」
勝ち誇ったようにアビゲイルが腕を組む。
「なんかいろいろ読めてきましたわね。ハインリッヒ家は昔から軍事部門の長を務めるのが習わしですもの。シュライバッハ家が行政、レーベンハイム家が商業を司るように。縁故主義丸出し人事もここまでくるとすがすがしいですわね」
「だ‥だがそう決めつけるのは早計ではないかアビゲイル修道女。アルブレヒトは私の退団後一念発起して修練を積んだのかも知れないぞ」
ルークが言うと、アビゲイルはフンと鼻を鳴らした。
「とぉんだ甘ちゃんですわね、ルーク修道士。じゃああなたが騎士団時代、団長になれなかったのは何故かしら?」
「そ‥それはわからない‥が」
相手が言葉に詰まるとアビゲイルは一気に畳み掛けた。
「ルーク修道士、当時の団長はあなたより強く、機略に富み、統率力があったのかしら?だとしたら合点が行きますけど」
「そ‥それは‥どうだろう」
ルークは言葉を濁す。アビゲイルは皮肉な表情で続ける。
「理由はただひとつですわ。ルーク修道士、あたなたは遥か東方の辺境貴族の出。ハインリヒ家の派閥にも属していないからですわ。どうせあなたのことですから騎士団時代御三家の社交パーティにも一度も顔を出さなかったんじゃありませんこと?」
ルークは面食らった顔で呟いた。
「社交パーティ?そんなもの存在すら知らなかった」
「ダンジョン探索のパーティではありませんわよ。お酒を片手にお偉方に媚を売るほうのパーティですわよ。一応お教えしときますけど出世には必須ですわよ。ま、どんだけ出席しようと結局血筋には勝てませんけどもね」
「よ‥世の中そんなものなのか?」
修道女の言葉にルークは深刻な顔で腕を組み俯いた。ハンナも困惑して呟いた。
「あ..アビゲイルお姉ちゃん、なんか社会の裏知り尽くしちゃってる感じ?うち、あんまり知りたくなかった‥」
すると憐れむような表情でアビゲイルが言う。
「あらごめんあせばせ。でも、そういったクッソ下らないあれこれから逃れるなら修道女になるって生き方もありますわよ」
「か‥考えとく」
ハンナが答えると、マルコが突っ込んだ。
「おい、お前修道女になるったって信心してねえと意味ねぇだろ」
「その通りだ。マルコ、結局君が一番常識人だな」
ルークが苦笑いした。
一同は化け物の死体から離れた場所で宿営を張った。奇妙なことに、立ち込めていた霧が嘘のように晴れ、夜空に星が見えるようになった。天幕で寝る段になると、壊れかけの魔装具をハンナがヘアピンを使ってどうにか修理した。
「魔力電池を一回取り出してから振ってもう一回嵌めると動くことがあるの」
ハンナは電池入れの蓋部分を嵌め込んでパンパンと叩くと言った。驚いてマルコが尋ねる。
「お前...なんでそんなこと知ってんだよ」
「うちがいた孤児院の前ってダンジョンに行く通り道だったでしょ?時々壊れた魔装具が捨てられてたから、拾って修理したりとかして。大抵ダメだったけど、たまぁに動く奴があったりして、結構勉強になったんだ」
少女ハンナは微笑むと、毛布を被ろうとしているヨハネに腕輪を渡した。
「はい。寝る前にスイッチ押してね」
「スイッチとはなんだ」
「この丸いとこ。灯りがつくまでグイって」
巨漢が頷くと、ハンナは皆に手を振ってから女子用天幕に入っていった。
マルコが最初の見張りに立つと、男子用天幕に入ったルークが呟いた。
「ここまでは...順調だったな、マルコ」
「っすね」
「....明日、やってみよう」
「何をっす?」
「剣術の稽古だ」
それを聞いてマルコは居住まいを正した。
「お...おねしゃす、ルークさん」
「私は...君には必要ないと思っているが、それで君の自信がつくならばな」
ルークは微笑むと横になった。
「マルコ、君は気づいていないのだろうが、君はこのパーティを率いるための力を備えられている。神によってね」
「...よくわかんねっす」
「いいさ。詳しくは明日だ」
修道士がそう言って目を閉じると、青年は顔を上げて夜空を見た。そして呟いた。
「...よくわかんねぇけど...前に進むしかねぇ.....か」