筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
「そう。右、左、右、左。もう少し踏み込むんだ」
ルーク修道士の指示に合わせてマルコが剣を振る。持っているのはドラゴンスレイヤーではなくアビゲイルから借りた(返してもらった)普通の剣だ。
すっかり霧の晴れた森には朝日が射し込んでいた。宿営の焚火の前にはヨハネが寝ぼけ顔で座り込み、その背中をハンナが掻いている。
巨漢が呟いた。
「上。...もっと上」
「こっち?こう?」
「....」
巨漢が短く頷く。少女ハンナは岩盤のように広い巨漢の背中を掻きながら言った。
「ヨハネおじさん筋肉つきすぎて背中掻けないんだね。不便だよね、筋肉あり過ぎるのも」
開けた場所で稽古を続けるルーク修道士とマルコ青年の傍にはアビゲイルが立っていて、二人の様子を眺めている。満足気な顔になった巨漢の傍を離れたハンナが近づいていくと、修道女はうっとりとした表情で言った。
「ご覧なさいな、ハンナちゃん。あのマルコさんの真剣かつ初々しい目つき。ルーク修道士の厳しくも慈愛に満ちた声」
ハンナも目を向けると、修道士は青年に対してステップを交えた左右袈裟斬りを教授していた。確かにアビゲイルが言った通りだった。マルコはいつになく真剣な目つきで剣を振り、ルークは足の運び、剣の角度、視線の取り方などを的確に説明する。
アビゲイルは溜め息をついた。
「あぁ...なんて麗しいんでしょう。わたくしももし男に生まれていたら、ああいった麗しい師弟関係や兄弟愛に恵まれていたかもしれませんのに...」
「アビゲイルお姉ちゃんって....もしかして腐女子とか?」
何気なくハンナが尋ねると修道女は首を横に振った。
「腐女子ではありませんわ。わたくし一概に腐女子を否定することはいたしませんが。わたしくは...そうですわね。おそらくブロマンス萌え症候群とでも分類されますわね」
「ブロマンス萌え?」
「ブラザーフッドとロマンスをかけあわせた造語ですわ。ああやって切磋琢磨し、尊敬しあい、時にぶつかりあって、最後には共闘して敵を倒す。心が揺さぶられるような尊く熱く胸がキュンとなるような関係性...。あぁ、自分自身で経験できないのなら、わたくしせめてこのお三方の行く末を最後まで見届けたいですわ」
アビゲイルは身をくねらせて熱弁する。だがハンナが尋ねた。
「でもヨハネおじさんはそのどこに入ってるの?」
「あらハンナちゃん。気づかなくって?ヨハネさんは既にマルコさんと兄弟同然の仲ですわよ。あの誰にも馴らすことのできない巨獣のようなヨハネさんがマルコさんの指示どおりに行動したのを昨日あなたもご覧になったでしょう?」
修道女の言葉を聞いてハンナはハッとした。
何を話しても根源的質問しかしてこなかった巨漢が変わりつつある。
「...ほんとだ!やっぱり...やっぱりマルコお兄ちゃんって最高のパーティーリーダーなんだ...!」
「ですわね」
「――――よし、今日はここまででいいだろう」
修道士がそう言いながらマルコとともに宿営に戻ってきた。
「初回にしては色々な技を覚えて頭が一杯になってしまったかも知れない。分からないことがあったらいつでも質問してくれ、マルコ」
「あざぁっした、ルークさん」
「だが忘れるな、マルコ。今日教えた型は絶対ではない」
修道士は立ち止まって青年を顧みた。
「君は規格外だからこその強さがある。君の大剣も、君の筋肉の出力も規格外だ。だから、君自身が君に合った型を編み出す必要がある」
「俺自身の型....っすか」
「そうだ。ドラゴンスレイヤーは長く重い。今日教えた型では扱えない。足運びや腰の使い方では多少参考になるかも知れないが。だが君は実戦を通して身に着けた君なりの戦い方があるはずだ。それを磨くんだ」
「り...了解っす」
「お兄ちゃん、自信持って!」
ハンナがそう叫んで青年の腕に飛びついた。アビゲイルが微笑む。
「オホホ...わたくしおふたりの関係性も好きですわよ、ハンナさん」
するとマルコは咳払いしておもむろに口を開いた。
「と..ところでルークさん、さっそく質問なんすけどいいっすか?」
「無論だ。なんだ、マルコ?」
「あの.....ルークさんってなんで剣じゃなくってメイスにしたんっすか?」
「そう!うちも思った」
青年の言葉にハンナが弾んだ声で同調した。
「剣振ってるときのルークおじさん、カッコよくてヒーローみたいだったよ。ね?アビゲイルお姉ちゃん?」
「ま...そうですわね。技量が優れているのは認めざるを得ませんわ」
なぜかアビゲイルはそっぽを向く。だがハンナは無邪気に修道士の顔を見上げた。
「おじさん、どうして剣じゃないの?」
「それは効率が悪いからだよ。それ以外に特に理由はない」
修道士は平然と答えた。
「こ.....効率...っすか?」
マルコは戸惑って尋ねた。
「そうだ。効率だ」
「何の効率..っすか?」
「破壊だ」
「破壊?」
頭がついていけず青年は困惑した。すると修道士は地面にしゃがみ込み、落ち葉を払いのけると数式を書き始めた。彼は顔を上げると言った。
「いいかい、マルコ。衝撃というものは運動量、すなわち重量とスピードを乗じたものだ。それは知っているね?」
「知らないっす....。そ...そうなんっすか?」
「だとすれば武器は重量があればあるほど強い衝撃を与えられる。そしてコンパクトでありながら重量が重いのがメイスだ」
修道士は立ち上がって自分のメイスを拾うとそのヘッドを示した。
「このメイスは50キロほどだ。まあ私の体感では5キロほどだが。このメイスは剣に比べると25倍程度の衝撃を与えられる計算になる」
「....そ...そうなんっすか?」
「先日説明した破壊理論を元にして、私は私なりの経験から破壊は切断よりも粉砕のほうがよりダメージ効果が大きいと結論した。だから冒険者になってからはほぼこのメイスだけを使うようにしているよ」
「....そ...そうなんっすか?」
「それにマルコ。剣では建造物を破壊することはできないだろ?」
「いや..普通何の武器でも無理と思うんっすけど」
マルコは言った。だがルークはそれを聞かず、こう続けた。
「建造物破壊は冒険ではたびたび必要になる。例えば開かない扉があったとき、君ならどうする?」
「ま..まぁ木の扉なら破れますけど、石とか岩のガッチリしたやつだったら...鍵を探すとか...」
マルコが口ごもっているとハンナが横から言った。
「解錠魔法って手もあるよ!うちまだ知らないけど」
だがルークは答えた。
「答えは、『粉砕』。その一択だ」
そして続けた。
「ダンジョンの入り口から、最奥部まで、途中に立ちはだかるものは全て魔物であろうと扉であろうとトラップであろうと全て粉砕し、ボスを倒し、戻ってくる。私は最短時間でそれを行うことを心掛けてきた。一日に三つダンジョンを制覇したこともあったよ」
「....そ...そうなんっすか?」
講義が進むにつれ、もはや口を開く者はルーク以外一人もいなくなった。感嘆していたというより呆れ果てていたからだ。
「....やっぱルークおじさんが一番怖いね」
ひと段落すると、ハンナがげんなりした顔で呟いた。
* * * * * * * * * * * * * *
一同は宿営を畳むと、峡谷を渡って森を抜けた。不思議な事に帰路は一匹も
夕刻市街地に戻り宿屋で宿泊すると、翌朝五人は馬車を捕まえて乗り込んだ。
「一旦首都に戻って休憩したほうがいいっすね。俺たち三人は平気だとしても、アビゲイルさんとハンナは根詰めねぇほうがいいから」
シートに身体を落ち着けるとマルコが言う。するとハンナが叫んだ。
「うち、平気だよ!」
「わたくしも平気ですけど、マルコさんの判断が正しいと思いますわ」
アビゲイルが言う。横からルークも同調した。
「私もそう思う。今のところスケジュールは順調だ。期日までまだ間がある」
「ルークさん、あとダンジョンいくつでしたっけ」
「五つだ」
マルコが尋ねると修道士が答える。青年は頷いた。
「じゃあ相当長丁場っすよね。ハンナ、気合い入れ過ぎて後でプッツンするより今休んどいたほうがいい」
「はぁい」
少女が素直に答えると、馬車は首都への道を急いだ。途中食事と休憩を挟んで日暮れ前に到着すると、一行は街路にあった酒場に入った。
「あぁ...俺とヨハネはビール。ハンナはオレンジジュースだな?ルークさんとアビゲイルさんは飲まないんでしたっけ」
「そうだ。お茶を頼む」
「わたくしもですわ」
「じゃあ、あとは飲みながらぼちぼち決めてくんで...」
マルコがそう言って女給の顔を見ると、相手が突然訝し気な目で見返してきた。二十代半ばの黒髪で勝ち気そうな女だった。彼女は口を開いた。
「ねぇ、あんたってさぁ」
「な...なんだよ」
青年が戸惑っていると、女給は尋ねた。
「あんたってひょっとして『剣折りのマルコ』?」
「あ..あぁ。そうだけど」
「ねぇ、突然で悪いけどサインくんない?」
女は紙ナプキンをテーブルから取ると、エプロンからボールペンを取り出して言った。
「えッ...サ....サイン?」
マルコは目を丸くする。するとハンナが両手で頭を抱えて絶叫した。
「ヒィィィィッ!とうとう来ちゃった!マルコお兄ちゃんモテ期到来!」
「ごめんね、そうじゃないの」
黒髪の女給は微笑むと続けた。
「あたしの弟が冒険者マニアでさ。毎日うるさいのよ。『剣折りのマルコってすっげぇんだぜ!オークなんか一撃で真っ二つさ。剣すぐ折るけど』ってあたしに言ってきて。ちょうどお嬢ちゃん、あんたくらいの歳さ」
そう言われたマルコはドギマギしながらも答えた。
「あ...いいぜ...だけど....」
青年はルーク修道士のほうをチラリと見ながら言葉を継ぐ。
「弟さん、俺なんかよりそこのルークさんのサインのほうが喜ぶんじゃねぇのか?何しろ....」
そこまで言いかかった瞬間、ルークがマルコの脛を強く蹴飛ばしきた。驚いて相手の顔を見ると険しい目つきで首を横に振っている。何かを察したマルコは思い直してこう答えた。
「わ...わかったよ。ペン貸しな」
紙ナプキンの上に下手くそな文字を書き連ねて女に渡すと、相手はにっこりと微笑んで礼を言った。
「ありがと。きっと弟喜ぶわ。あんたにはあたしから一杯奢るからさ」
「おう。ありがとな」
マルコは去っていく女給に手を上げて応えた。
「とうとうお兄ちゃんにも春が来た!どうしよう~」
ハンナが感に堪えない様子で呻く。だが青年はうんざりして呟いた。
「バァカ。俺のファンじゃねぇって言ってたろ」
だが少女は真剣な顔で身を乗り出す。
「お兄ちゃんこそわかってないよ。あれは切っ掛け。切っ掛けに過ぎないのっ。デート誘ってほしいに決まってるじゃん。だってA級って二十人くらいしかいない選ばれた男なんでしょ?」
「A級はA級でも俺はゲテモノさ。逆ナンなら普通もっとちゃんとした冒険者に声かけるだろ」
「もぉッ」
ハンナは焦れったい様子でテーブルを叩いた。
「お兄ちゃん、いい加減にすれば?その変な自己卑下。だって昨日も特定討伐魔獣のデカい奴倒したんだよ?そのパーティーリーダーなんだよ?」
「倒したのはヨハネだろ」
マルコが言うとアビゲイルが口を挟んだ。
「そのヨハネさんに戦闘中指示できるのはマルコさん、あなただけですわ」
「私も同意だな」
ルークも頷く。我が意を得たとばかりに少女ハンナがニンマリと笑った。
「ねっ?じゃ、まずは名前聞いてみなよ。その反応でうちが先行きを占ってあげるから」
「な...名前ねぇ」
青年は溜め息交じりに答えた。
「お待たせ」
女給が盆に載せて来た飲み物をテーブルに置き始めるとマルコは咳払いして口を開いた。
「あ..あのさ。俺マルコってんだけど」
すると相手はキョトンとした顔で青年を見つめた。
「...知ってるわよ。だってサインももらったし」
「あ...あれ?」
一瞬混乱した青年に、横からハンナが囁く。
(バカ!お兄ちゃんの名前はいいの!相手の名前聞くの!)
「あ...あのさ、姉さん名前は?」
改めてマルコが口を開くと、黒髪の女給はにっこりと微笑んで答えた。
「あたしはマリア。月曜日から木曜日までシフト入ってるから。よかったらまた来て」
彼女が去っていくと、ハンナはガッツポーズを何度も繰り返した。
「お兄ちゃん!脈あり!間違いないよッ!」
「なんでわかるんだよ」
「だってシフトの曜日教えるなんて!しかもサラっと!異性として見てなきゃやらないよ普通!」
「そんなもんかねぇ...」
マルコが言うと、ハンナはいつになく真剣な顔で答えた。
「うち、お兄ちゃんの春を来させるから。お兄ちゃんの家を明るくする計画の一環として」
「よせよ、そんなの。やんなくていいよ」
「いいよじゃない。はぁい、決定!」
* * * * * * * * * * * * * * *
一行は食事を済ませるとマルコとヨハネがしばらく飲み続け、アビゲイル、ルークとハンナは茶飲み話に興じていた。
「よし、そろそろ行くっすか?」
マルコが腰を浮かせ勘定書きを手にすると、店の入り口で言い争う声がする。
「ねぇいい加減にして。客なら客でいいの。席に座って注文して。うちの店ができるのはそれだけだから」
マリアと名乗った黒髪の女給がこちらに背を向けて誰かと話している。肩を怒らせ両手を腰に当てていた。
「そぉんなつれなくしなくたっていいじゃないか、
相手が気障な口調で答えた。どうやら三十歳くらいの背の高い男だ。いかにも高価そうな仕立ての服を身につけ、手には派手な花束を持っている。
「僕はそもそもこんなランクの低い....いや失礼、大衆的な店で飲食はしないよ。だがその中にひっそりと咲く一輪の美しい花....マリア、君に用があるんだ」
「注文しないんならあたしの方じゃあんたに用はないから。出てって。今すぐ」
女給が断固たる口調で言う。だが男は懲りもせず続ける。
「その凛とした表情も僕の心をくすぐるのさ。あぁマリア。君を幸せにしてあげたい。今すぐに」
「あんたが家に帰ってくれるか、席に座って注文したあとずっと黙っててくれたらあたしはすぐに幸せになるわ」
「そんな言い方はないじゃないかマリア。それに、僕が誰だか知っているだろう?」
「あんたが誰だろうがあたしには関係ない。あたしは酒屋経営者の娘。それだけよ。だからこの建物の中ではお客以外に用はないわ」
女給はうんざりした様子で首を振り軽く足を踏みしめた。マルコは相手に近づくと、そっと声をかけた。
「とりこみ中悪ぃ。お勘定頼むわ」
「あ、待った?ごめんねマルコ!」
マリアは振り返るとすぐ笑顔になり、青年から勘定書きを受け取ってレジに向かった。
だが、先ほどまで彼女を口説いていた背の高い男が舌打ちした。
「おい君、ずいぶん無礼なことをしてくれるじゃないか。仮にも僕が彼女と話しているときに....」
「兄さん、忠告しておくぜ。見苦しい真似はやめな」
だがマルコは財布を取り出しながら低い声で言った。金をレジ台に置きながら相手をジロリとねめつける。
「相手が嫌がってるのがわかんねぇのか?恥かく前に退散したほうがいいぜ」
「僕に向かってそんな口の利き方は聞き捨てならないな。君はどうせどこの誰とも知れない平民の....」
だが互いに顔を顔を合わせて相手を見た二人の男たちは、次の瞬間息を呑んで目を丸くした。
長い間の沈黙が流れた後、ふたりは同時に口を開いた。
「お....お前は騎士団長!/ お....お前は『剣折りのマルコ』!」