筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
翌朝、マルコたち一行は宿屋で荷物をまとめながら今後の行動を相談した。
「次はスーパータランチュラの岩山っすかね」
床に地図を広げてマルコが言うとルーク修道士が頷いた。
「私もそれがいいと思う。ベーリンからは数時間の道程だ。早朝に出れば登攀を始められる」
「でも主要道路を外れてから長距離を歩くんではなくて?わたくしは修道院での労働で慣れてますけどハンナちゃんが大丈夫かしら」
「うち大丈夫だよ!」
アビゲイルが呟くと少女ハンナは元気よく答える。するとルーク修道士が言った。
「いや、実はそれほど岩山まで距離はないんだ。私は昔そこで蜘蛛を狩ったことがあるから道は覚えている」
「でも...逆に言うと人里に近いところに魔物がいるってことっすよね」
マルコが指摘するとルークは頷いた。
「その通りだ。だが人里に降りてきた例は今までないと聞く。だが油断はできないな」
準備が終わると、それぞれが武器と荷物を背負って宿の外に出た。
だが、一同はそこで面食らって立ち止まった。
朝の光を受けた表通りに、甲冑を付けた兵士たちが整列している。総勢百人は下らない。
そしてその真ん中にはあの男がいた。
騎士団長・アルブレヒトだ。
* * * * * * * * * * * * * * *
「.....こ...これはどういうことだ、アルブレヒト?」
呆気にとられた一同の中で一番最初にルークが口を開いた。すると相手は陰険な笑みを浮かべながら答えた。
「....アレクセイエフスキー、
騎士団長は指を上げると真っすぐにマルコ青年を指さした。
「お...俺?」
青年が素っ頓狂な声を上げる。だがすかさずアビゲイルが口を開いた。
「アルブレヒトさん、いい加減になさったら?ハインリッヒ家の威を借りてことを為そうとしても流石にここではあなたには分が悪いですわよ」
修道女は堂々と前に進み出ると続けた。
「冒険者の活動は魔物防止法15条および冒険者法2条から6条で認められた適法なものですわ。こないだみたいに深い森の中でどさくさに紛れてではなく、衆人環視の中で私怨に基づく不当逮捕を試みるおつもり?」
「さすがアビゲイル修道女だな。私が言おうとしていたことを全て先に言われてしまった」
ルークが苦笑いする。だが騎士団長は首を横に振るとこう告げた。
「いや、逮捕じゃあない。
アルブレヒトは続けた。
「
「け...決闘?」
マルコはますます素っ頓狂な声を上げた。
「そうだ。男らしく剣の技量を競い合い、負けたほうは勝ったほうに潔く頭を下げる。それだけのことだ。異存はないだろう?」
アルブレヒトは顎を上げて傲然と言い放った。だがマルコ青年は当惑して答える。
「あのさ...あんたは勝手に俺のこと恨んでるのかも知んねぇけど俺のほうでは決闘する理由なんてねぇんだけど」
すると騎士団長は鼻を鳴らした。
「ハンッ、きみはやっぱり田舎剣士だな。騎士道や剣士の心得というものをまるで分かっていない。剣士というものはな...」
彼は一歩進み出ると指を振り上げて熱弁した。
「剣士というものは、いつなんどき勝負を挑まれても応えられる心構えがなくてはならないのだ。これは基本中の基本だぞ」
「俺、初めて聞いたんだけど」
マルコは答える。だが騎士団長は譲らなかった。
「お前も剣士と名乗るなら、この決闘に応じる義務がある。もし応じないならきみの不戦敗だ。それならば以降、あのマリア嬢に話しかけることは禁止する。そしてきみは勝負から逃げた臆病剣士として今後ずっと噂されることになるのだ。それでもいいのか?」
「はぁ?なに勝手なことぬかしてんだよ。頭おかしいんじゃねぇのか?」
マルコ青年は目を丸くした。それでもアルブレヒトは執拗に言い続ける。
「わからないのか、『剣折りのマルコ』。男と男の勝負から身を引くような奴が女性を幸せにすることができるなどと思ってるのか?堂々と戦って勝利した者こそ彼女を自分のものにする権利があるのだ。古今東西、愛する女性のために男が戦うのは普遍的な営為だ。そうだろう?」
「あきれたひとですわね。まさかまさかここまでのおバカさんとは、わたくしが甘かったですわ」
アビゲイルが白目を剥きながら呟く。
「きみは黙っていろ、アビゲイル」
だがアルブレヒトは遮った。
「これは男どうしの話だ。きみには関係はない。それに聖典だの神だのもな。純粋に
朝の忙しい時間帯なのに、整列した兵士たちのせいで通勤で行きかう人々の列が遮られ始めている。彼らは皆困惑した顔をしていたが、アルブレヒトはまったく意に介する様子もない。
「さあ、マルコ!
* * * * * * * * * * * * * *
「ど...どうしたもんっすかねぇ...」
マルコは後ろを向くとルーク修道士に相談した。
「木剣での試合形式ならばどうだろう?それなら怪我も軽い。なにより心配なのは....」
ルークは傲然と腕を組んで立つ騎士団長をちらりと見やりながら言った。
「おそらく君が真剣で本気を出したらアルブレヒトは一撃で死んでしまう。それはあまりにもまずい」
「そっすよね」
やがてルークは大声で言った。
「アルブレヒト、負傷を避けるため木剣試合として行うのはどうだ?君も自分が怪我をする場合だけでなく、相手に怪我を負わせた場合を考えてみろ。後味の悪いものだぞ」
修道士は言葉を継ぐ。
「それに万が一相手を死なせでもしたら、たとえ正当な決闘の結果であったとしても、相手の家族から恨みを買う。そのような禍根を防ぐにはやはり木剣試合が良いと思う」
それを聞いた騎士団長は鼻で笑った。
「フン!やはりそう来ると思ったよ。臆病者の田舎剣士らしい結論だな。だが....」
彼は両手を打つと部下たちに合図した。すると木剣を二本携えた兵士が走り寄ってくる。
「
頷いたマルコは、渋々ながら進み出ると木剣を受け取った。
だが、ルークが横から手を伸ばすと素早くそれを奪い取り、剣先から柄までじっと眺め、すぐにこう言った。
「この木剣はダメだ。経年劣化で木材に割れが生じている。他のを持ってきてくれ」
すると騎士団長の顔がみるみるうちに蒼白になっていった。
「い...言いがかりだ!どうせ試合が怖くて引き延ばそうとしているんだろう!」
「いや、ダメだ。それともアルブレヒト、不都合がないなら君のほうがこちらの木剣を使いたまえ」
ルークが言い向けると、アルブレヒトは顔を歪めながらしばらく黙っていたが、部下に再び合図した。
新たな木剣が持ち込まれる。マルコが受け取ったものをルーク修道士が点検し、今度は頷いた。
「これなら大丈夫だ。だが.....」
修道士はマルコの耳元に口を近づけると囁いた。
「おそらく彼は剣先だけを軽く当てて一本を主張してくるはずだ。長引くとそのチャンスを与えてしまう。だからいつもの君らしく最初の一撃で打ち取ることを期したほうがいい。剣士らしく戦うな」
「いつもの俺らしく....剣士らしくなく...っすか」
「そうだ。相手をオークだと思え。技術の競い合いなど考えるな」
「了解...っす」
マルコは木剣を握り軽く振ると、前に出た。
「お兄ちゃんガンバ!絶対勝てるよ!」
「ああ。ありがとな」
少女ハンナが声援を送ると青年は軽く微笑んで応えた。
いまや表通りは、そのど真ん中で騎士団長とマルコ青年が向き合い、それを円形に取り囲むように兵士たちが整列していた。通勤者たちはもちろん、車道を行きかう馬車までもが通行を遮られ、兵士たちに追い返されていく。
「団長、奴の初撃は受けぬが得策です。回避してカウンターを狙われるのがよろしいかと」
騎士団長の背後にいた兵士が小さな声で進言する。騎士団長は青い顔で木剣を構えながら頷いた。だがその手は震え、額には汗が流れている。
「私が立会人を務めさせていただこう」
ルーク修道士がふたりの真ん中に立ち、近づくよう促した。
「....では....はじめ!」
掛け声とともに、マルコが突進した。
「ぬ゛ぅ゛り゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ゛!」
顔を上げたアルブレヒトの顔が恐怖で引き攣る。間合いが詰まり、マルコが木剣を振り上げると、騎士団長は悲鳴に近い声を上げながら首をすくめ、自分の木剣を掲げて防御した。
―――――バキャッ....!―――――
激しい破壊音。木片が飛び散る。
アルブレヒトが掲げた木剣が真っ二つになると同時に、マルコの木剣も中ほどから折れる。
だが、次の瞬間マルコの木剣から折れ飛んだ半分ほどの刀身が回転しながら騎士団長の頭頂部を痛撃した。
―――――スコンッ!―――――
軽快な音が響く。アルブレヒトは自分の木剣を放り出すと頭を抱えた。
「あ痛たたたたたたたた......」
「え...ええっと....こういう場合どうすんだ?」
マルコ青年はことの成り行きに当惑しながらも、半分になった自分の木剣に目をやって呟いた。だが彼は気を取り直してそれを振り上げ、相手を叩こうとした。
だが騎士団長が片手で自分の頭を押さえながらもう片方の手を上げて制止した。
「待て!これは無効試合だ!剣が二本とも折れたんだ、勝負なしだろ?」
「た...確かにそうだな。だがアルブレヒト...」
横からルーク修道士が口を出した。
「古代の剣士たちは剣が折れても相撲・レスリング・ボクシングなどで戦い続けたと聞く。どうだアルブレヒト、このまま木剣なしで続行しては?」
「え...ッ...え...ッえ...ッ」
それを聞いた騎士団長はみるみるうちに震え始めた。目の前に立つマルコ青年の体格を見上げるその瞳には狼狽の色が広がった。
「い...いや、もう一度互いに木剣を持って勝負だ。お...おい!」
すると先ほどの兵士たちが駆け寄ってきた。その手にはルークが却下した古びた木剣一本しかない。
「なんだ!おい、もう木剣がないのか!」
「申し訳ありません団長。武具屋はまだ開いておりませんので...」
団長の叱責に兵士が平身低頭した。
するとアルブレヒトは思い余ったように叫んだ。
「じゃ...じゃあ真剣で勝負だ!」
* * * * * * * * * * * * * * *
「これは困ったことになったな....」
道の端に青年を引き寄せたルーク修道士が深刻な顔で呟く。マルコも言った。
「俺...嫌っすよ。人殺したりするの」
「当然だ。かと言っていまの君の技量では...」
修道士は溜め息をつく。
「真剣を使ってなおかつ相手を殺さず制圧するのは困難だ」
「無理っす。絶ェッ対無理っす」
「ねえルーク修道士。あれほど臆病なアルブレヒトさんが真剣勝負を申し込むなんて奇妙じゃありませんこと?」
すると後ろから近づいてきたアビゲイルが言った。
「確かにそうだな。あの木剣への細工といい、彼は最初から木剣試合に持ち込み、マルコの木剣が折れたところで一本を取るつもりだったとしか思えない」
ルークも呟く。
「わたくしの見立てではこうですわね」
アビゲイルは指を立ててこう言った。
「彼はマルコさんが人間の血を流すことを好まないお優しい方だってことを知っていて、つけこもうとしているんではないかしら?」
「つまり、マルコは絶対に本気を出さない...いや、出せないと承知の上で、だと?」
修道士は眉を歪めた。
「だとしたらあまりにも卑怯過ぎるな。元上司としての私の贔屓目もこれで完全に消え去りそうだ」
「それに彼はハインリッヒ家の嫡男ですわ。もし決闘の結果とはいえ負傷や死亡させるようなことがあったらハインリッヒ家は総力を挙げて相手を社会的死に追いやるでしょうね。偽証、虚偽裁判、証拠のでっち上げ。全ての商業活動からの遮断。社会インフラからの追放。やり方はいくらでもありますもの。当然、常識のある人間ならそこまでの事情をすぐ察して、身を引くでしょうね。割に合いませんもの」
「困ったな、マルコ」
修道女の言葉を受け、ルークは青年を顧みた。
「.....どうだ、マルコ。悔しいがここは辞退したらどうだろう。こんなことで任務が中断してしまったら元も子もないだろう」
マルコは俯いて溜め息をついた。その胸中には言いようのない怒りが渦巻いていた。
――――――ふざけるな.....。ふざけるな.....。ふざけるな.....。――――――
「いえ..俺..やります」
「マルコ...今なんと?」
ルークが驚いて尋ねる。マルコは言った。
「俺、やります。アビゲイルさん、剣貸してください」
「だがマルコ、君は本当に...」
修道士の言葉に被せるように青年は答えた。
「相手、殺さないようにやります。怪我もさせません。約束します。だから任せて欲しいっす」
ルークは当惑してアビゲイルを見る。修道女は何かを了解したように腰の剣を抜くと青年の手に渡した。
「マルコ....」
修道士が驚きと心配を顔に浮かべ青年の背中を見送ると、アビゲイルが微笑んで言った。
「なんとなく読めましたわ。マルコさんの作戦」
「本当か、アビゲイル修道女?」
修道士に彼女は答えた。
「ルーク修道士、あなたも彼を信頼なさったら?だってマルコさんって....」
アビゲイルは軽くウィンクして言う。
「規格外のお方、でしょ?」
* * * * * * * * * * *
マルコ青年と騎士団長は再び道の真ん中で向き合った。
ルーク修道士がその間に立ち、両手を上げた。
「では、両者正々堂々と戦うことを期待する。はじめ!」
今度はアルブレヒトが突進し、マルコに斬りかかった。
「ていッ!やぁッ!」
全く腰の入っていない、ごくごく軽い斬撃だ。だがそれでも当たれば切れる。マルコは必死で剣をかざしてそれを防御した。鉄と鉄が衝突する音が街路に響く。
「どうした『剣折りのマルコ』!逃げてばかりじゃないか!」
勢いづいた騎士団長が剣を中段に構えて叫んだ。
だが次の瞬間、彼は相手の行動に目を丸くした。
マルコが自分の剣を横に投げ捨てたのだ。
アスファルトに剣が転がる騒々しい音が収まると、マルコ青年は相手に向かって一歩前に進み出た。
「お...お前...何を考えてるんだ?剣を捨てるなど...」
「斬れよ」
驚愕の表情で呟くアルブレヒトに、マルコは言い放った。
「斬れよ。斬りてぇんだろ?」
「え...あ....いや....」
マルコは戸惑う相手にさらに近づいた。
「突きでもいいぜ。心臓はここだ。早くやれよ」
「あ...いや....」
もはやアルブレヒトは完全に呆気にとられ戦意を失っていた。その剣先がマルコの胸に軽く当たった。
「やれ」
騎士団長は目を剥いて息を呑んだ。その膝が震え始めた。顔の血色がみるみる悪くなる。
「.......やらねぇんならこっちから行くぜ」
マルコ青年は自分の胸の前にあった相手の剣を両手でむんずと掴んだ。
周囲を取り巻いていた観客たちからどよめきが起こった。
「な..なにをするんだ!放せ!」
慌てたアルブレヒトが叫び、剣を引こうとする。だがそれは万力で挟まれたように動かなかった。
「ぬ゛ぐぐぐぐぐぐぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛.....」
憤怒の表情で唸りながらマルコが両手に力を入れた。その顔が真っ赤になり、肩や胸の筋肉が盛り上がる。やがて着ていたチュニックのボタンが次々と弾け飛び始めた。
「ぬ゛お゛り゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ッ゛!」
腹の奥から絞り出すような気合いの声。
――――――バキィ...ンッ..!――――――
鋭い金属音。飛び散る金属片が午前の太陽光を反射して煌いた。
アルブレヒトの剣が三つに分かれた。マルコ青年は肩を上下させながら、手の中に残った金属片を道端に投げ捨てた。
その場を完全な沈黙が覆った。迷惑そうな顔をして道の端を通り抜けていた通行人たちまでもが立ち止まり、目を丸くして見つめている。
「ぼ......
騎士団長が残った柄を握りながら茫然と呟く。
マルコは無言で立ち尽くしていた。額の汗を拭うとようやくのことで呼吸を鎮める。
するとルーク修道士が横からやってきて告げた。
「どうだアルブレヒト、今度こそは無効試合とするわけにはいくまい。このまま続行しては?」
「ぞ...続行?」
我に返った騎士団長が素っ頓狂な声を上げる。ルークが微笑んだ。
「男らしい殴り合いだ。互いに思い切り殴り合ってから友情を育む例だってあるぞ」
「はぁ?こいつと友情なんて無理っすよ絶対」
マルコが吐き捨てる。だが修道士は首を振った。
「決めつけるな、マルコ。人間というのは変わることのできる生き物だ。今はこんな奴でも、何かの切っ掛けで......」
だがそう言いながら修道士が顔を上げると、アルブレヒトの姿は既になかった。
そして、表通りの遥か向こうには駆け足で撤退していく騎士団の後ろ姿が見えた。