筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
朝の明るい陽射しを受けながら急ぎ足で撤退していく騎士団を見送っていたマルコ青年とその仲間たちは、
しばらくするとやっと我に返り、装備を背負って出発した。
前回のように銀行で報酬を受け取ると、馬車を捕まえてズクセン方面に走らせる。半日ほどの旅程を終えると、遠くに背の高い岩山を望む牧歌的な地方に到着した。
「ここで降りよう」
ルークが言って馬車を止める。街路の周辺にある家屋はまばらだ。ところどころ針葉樹が生えた緑の斜面が尽きるところに灰色の険しい岸壁がそそり立っている。
「なんかすごくいいところじゃない?まるで絵本に出てきそう!」
暖かい陽気の中、少女ハンナが叫びながら走り回る。
「本当にこんな場所に魔物が?なんか妙っすね」
「昔からそうだった。岸壁を一枚越えれば雰囲気が一変するぞ」
マルコとルークは話し合いながらその後ろを歩く。
「スーパータランチュラって....やっぱデカイんっすよね、ルークさん」
「らしいな。私も噂でしか聞いたことはない。ただ、子分たちだけでも結構な大きさだから上級者を目指す冒険者にとってはこの場所は一つの登竜門なんだ」
「どんくらいっすか、その『子分』って?」
「ヨハネの体全体より大きい。腹の部分だけでな。脚の太さは丸太だ」
ルークは背後を歩く巨漢を見やりながら言う。それを聞いたマルコ青年は顔を上げた。
「じゃあ、脚の長さとかを含めたら............」
「ねえ、おじさん....それ、そもそも『子分』って言うの?」
話を聞きつけたハンナが顔を顰めながら振り返る。ルークは答えた。
「ああ。そうだ。スーパータランチュラの子どもたちだからな」
「それは傑作ですわね。アルブレヒトさんを是非連れてきたかったですわ。どんなお顔をなさるか見ものですわね。それとも失神なさるかしら?」
アビゲイルが口に手を当てて笑いながら言った。するとルーク修道士が咳払いした。
「アビゲイル修道女...差し出がましいことだが」
「何かしら、ルーク修道士?」
「きみは...アルブレヒトに対する嫌悪感を強く持ち過ぎているように感じる。あまりにも辛辣さの度が過ぎているような気がするんだ」
修道士はいつになく真剣な口調で続ける。
「確かに彼は褒めるところの少ない男だが...聖職者としてその態度はどうなのだろうか?」
「あら...それはいけませんでしたわね。聖典には『汝隣人を愛せ』とあるのに。気を付けますわ」
アビゲイルは含み笑いすると軽く受け流した。するとハンナも後ろ向きに歩きながら言う。
「うちもあいつ嫌い!だって弱い癖に威張ってんだもん。マルコお兄ちゃんの爪の垢でも煎じて飲めばいいのに」
「俺はどうでもいいだろ。それよりお前岩山登りなんて大丈夫なのか?途中で泣き入れるんじゃねぇぞ」
マルコ青年に言われると、ハンナはニカっと笑った。
「大丈夫大丈夫。だって孤児院時代は食べ物盗むのに家の塀乗り越えたり、屋根に登って追手やり過ごしたりとかしょっちゅうだったもん」
「ッたくしょうがねぇヤツだなお前も。畑の果物だけじゃなかったのかよ」
流石のマルコも呆れ果てて呟く。すると修道女が言った。
「ハンナちゃん。『汝盗むなかれ』ですわよ」
「はぁい。もうしませぇん」
しおらしく顔を伏せる少女ハンナにルーク修道士が声を掛けた。
「ハンナ嬢、罪を神の前で告白すれば、神は真実で正しい方だから必ず赦して下さる。悔い改めてこれからの生き方を変えれば神は受け入れて下さるんだ。たとえば聖典のある箇所では......」
修道士は次々と聖典を引用しながら悔い改めと信心の重要性を説き始めた。そうこうしているうち、一行は斜面の終端に行き着いた。目の前には高い岸壁が立ちはだかっている。
「あの...ルークさん。道案内のほう...お願いしていっすか?」
マルコがおずおずと声を掛けると、ルーク修道士は我に返って微笑んだ。
「おっと、失敬。若い魂に救いの必要性を説くのは私の情熱でね。つい夢中になってしまった」
修道士は背嚢から鉄の杭や小さな槌やロープを取り出して地面に並べ始めた。
「私が最初に登攀して杭を打ちロープを通す。君たちはその後でついてきてくれ」
彼は仲間たちにこう言い置いて岸壁を登り始めた。慣れた様子で岩を掴んで三点の支点を保持し、要所要所に杭を打ち込んでいく。みるみるうちにルークは岸壁の頂上に達した。
「慎重に登ってくれ!自信がなければ背嚢に入っているカラビナを使うんだ!」
修道士が叫んでくる。マルコは仲間たちを顧みた。
「順番はハンナ、アビゲイルさん、俺、ヨハネっすかね」
「やった!うち一番!」
ハンナは嬉々としてロープに跳びつく。だが、青年は念のためカラビナを取り出してそれを彼女のベルトに固定したうえでロープを通した。
だが心配に相違して、少女ハンナはすいすいと登攀していった。アビゲイルも思いがけないような握力を発揮し登っていく。ほどなく、装備を背負ったマルコとヨハネも岸壁の上に到達した。
「すごぉいッ!いい景色!」
ハンナが叫ぶ。閑散とはしているが牧歌的で美しい村が眼下に見える。そしてはるか遠くには隣国の山々が広がっていた。
マルコは足元に広がる岩地を見ながら呟いた。
「岩山...っつっても平らなんっすね」
「正確に言えば岩棚だ。この平らなエリアの先にまた岸壁があり、段差状に登っていく。一番上にスーパータランチュラがいると言われている」
ルークはロープを回収しながら解説した。
「そこまで何時間くらいっすかねぇ」
「上首尾に行けば夕刻には到着できるだろうが、いつも同じ場所にいるとは限らない。そこが面倒なところだ」
「じゃあ...今日中は無理っすかね」
「ああ。むしろ登頂してから捜索に時間がかかることも見込んだほうがいいだろう」
マルコ青年は空を見上げた。日没までは少し時間がありそうだが、ルークの話を元にすれば遭遇までに日が暮れてしまう。
「ルークさん、麓村で宿取って出直しません?」
「うむ...だが残念なことに麓村に宿はないんだ。ここは
「じゃ....途中まで登ってから野営っすかね」
相談をまとめると一行は出発した。
* * * * * * * * *
ルーク修道士の言った通りだった。最初の岸壁は美しい景色を望む展望台のようなものだったが、その次に登った岸壁の頂上に立つと途端に空気が変わった。
草木は殆どなく、鳥さえも飛んでこない。
「なあるほど...こっから先は連中の縄張りってわけっすね」
「その通りだ。このパーティなら子分蜘蛛の一匹などどうということもないが、用心は必要だな」
ルークが答える。するとマルコは提案した。
「ルークさん、野営地、早めに設置しません?暗くなると面倒になるっすから。それに奴らの本拠に近づく前に一泊したほうが」
「賛成だ」
二人が相談をまとめると、男たちは天幕を張って焚火を起こし、女たちが料理をした。早めの夕食が終わると、マルコは以前のように通常の剣での素振りを行い、ルークが指導した。
「流石に覚えるのが早いな。実戦経験から先に積んだ生徒など私も初めてだよ」
修道士が言う。マルコは照れ笑いしながら答えた。
「なんかわかんねっすけど...ルークさんの教え方、分かりやすいっす。それのお陰っすよ」
「マルコお兄ちゃんカッコいい!普通の剣も似合う!すぐ折れそうだけど」
焚火の前にいたハンナが茶々を入れる。青年が手を振って黙らせ、素振りを再開すると修道士がまた言った。
「だが、剣の型も元をたどれば実戦経験から編み出されたものだ。だから君の師もまた私ではなくダンジョンや魔物、あるいは戦場であるべきなのだ」
「ダンジョンが俺の師..っすか....?」
「そうだ。出会った状況。敵。与えられた時間。それら全てが君の振るべき剣の軌道を決める」
ルークは手を伸ばし、青年の腕の位置を微調整しながらそう続けた。
「うわっ...なんか難しいとこ来ちゃいましたね」
「言葉にすればそうだ。だが実際には複雑ではない。簡単という意味ではもちろんないが」
やがて稽古が終わったころ完全に日が沈みあたりは真っ暗になった。焚火の灯りが照らす中、就寝しようとしていた少女ハンナが突如悲鳴を上げた。
「やだ!魔装具完全に電池終わっちゃってる!」
彼女は背嚢から取り出した腕輪を何度も叩いている。
「まぁお前は後方要員なんだし、敵も飛び道具持ちじゃないならいんじゃね?」
マルコが声をかけると、ハンナは狼狽した表情で顔を上げた。
「違うよ!ヨハネおじさんのいびき!これじゃ全員徹夜だよ!」
それを聞いたマルコ青年は背筋が凍りつく思いがした。
「ま...まじかよ。そいつぁ確かに....おおごとだな」
「おおごととはなんだ」
すると、もじゃもじゃの髭についたパン屑を指でつまんで口に放り込みながら巨漢が呟いた。
「久しぶりのご発言ですわね。看過できない、対処すべき問題ってことですわよ」
アビゲイルも憂い顔で答える。ルークも腕を組んで唸った。
「こ...これは困ったな。何かいい方法はないものか」
一同は話し合いの末、巨漢ヨハネをベースキャンプに残し、そこから百メートルほど離れた場所に新たな宿営を設けることにした。するとアビゲイルが提案した。
「わたくしも見張りに立ちますわ。そうすれば三人で歩哨兼ヨハネさんの安否確認ができますでしょ?」
「やむを得ないな...そうしよう。だがアビゲイル修道女、異変を感じても自分で戦おうとしないでくれ。必ず我々を起こすんだ」
「あら、とっくに承知してますわルーク修道士。わたくし一旦納得したことを蒸し返すような面倒な女ではないとご説明しましたわよね?」
ルークが念押しするとムッとした様子でアビゲイルが返答した。それを聞いたハンナが呟く。
「もおルークおじさん、空気読むの下手すぎ。もっとアビゲイルお姉ちゃんのこと褒めてあげればいいのに」
だがそんな会話をよそに、見張り番を免除された巨漢は焚火の横で毛布にくるまって目を閉じた。そして残りの四人が距離を取ってもう一つの宿営を整えたころ、それは聞こえてきた。
―――――ズゴゴゴゴ....ズゴゴゴゴ....ズゴゴゴゴ....―――――
遠雷のような音が岩壁に反射して響き渡る。ルークが言った。
「だが耳元でやられるよりははるかにマシだ。このまま就寝しよう」
「っすね。俺、ここであいつのほうも見張ってます」
最初の当番になったマルコは大剣を肩に担ぐと天幕に引っ込んだ仲間たちに言った。
* * * * * * * * * * * * *
「おふた方....どうか起きてくださいませ!大変なことに...」
アビゲイルの情けない声と、揺り起こす手でマルコは目覚めた。見張りの順番は一番手がマルコ、二番がルーク、三番目が彼女だったのだ。青年は一気に眠気から覚め、跳ね起きると尋ねた。
「ど...どしたっすか?」
「ああ...どうしたらいいのかしら。わたくしの責任ですわ」
まだ周囲は暗い。アビゲイル修道女が座り込み、顔に手を当てて嘆いている。早くも起きていたルークが腕を組んで呟いた。
「では...目を離した数十秒の間にヨハネの姿が消えていたのだな?」
「え...ええ。本当にほんの短い時間でしたのよ?」
「と....とにかく探すっすよ。あいつのことだから簡単に魔物に喰われたりするはずないっすから」
すっかり意気を落とした修道女をマルコが励ます。
だがその時目をこすりながら天幕から出てきたハンナが言った。
「ねえ、でもあの音....なぁに?」
―――――ズゴゴゴゴ....ズゴゴゴゴ....ズゴゴゴゴ....―――――
以前より遠くなってはいたが、やはり同じように遠雷のようなイビキが聞こえてくる。
「奇妙だ。どうしてイビキだけは今までと変わらず聞こえるのだろう?」
ルークが訝し気な顔をして言うとアビゲイルがやや安堵した表情で答えた。
「そうですわね。もしかして夢遊病か何かで歩いてるだけでしたら安心ですけど....」
―――――ズゴゴゴゴ....ズゴゴゴゴ....ズゴゴゴゴ....―――――
だが少女ハンナはしばらくの間両手を耳の後ろに立ててあたりを見回したあと、突然叫んだ。
「あっち!」
一同は彼女の指すほうを見たが、薄暗い夜空を背景に立つ岩壁しか見えない。ハンナは天幕に飛び込み、マルコの背嚢からカンテラを取り出すと走り始めた。
「おい、一人で行くんじゃねぇ!」
「でもヨハネおじさんが危ないかも!」
青年が声を掛けると少女は叫び返す。マルコは舌打ちして後を追い、ルークとアビゲイルも続いた。
少女ハンナは近くの岩壁の下に立つと、カンテラを高く掲げた。ぼんやりとした灯りに照らされた先、岩壁の中途に何かがあるが、はっきりとは見えない。
だが、夜明けが近づいてきたせいか、周囲にも徐々に光が射し込んできた。そうして見えてきた光景に、一同は驚愕した。
巨漢ヨハネは身体中をグルグル巻きに縛られ、十メートルほど上方の岩棚に寝かされていた。
そしてそれでもなお安らかにイビキを立てながら眠っている。そしてそのすぐ隣には巨大かつおぞましい蜘蛛型生物がいた。
それはまさしくルーク修道士が描写した通りの大きさだった。
腹の部分だけで、巨漢ヨハネの身体全部より大きい。その頭部には人の頭ほどの目玉がいくつも並んでおり、八本の脚はそれぞれが丸太のように太かった。
「ど...どうしよう!ヨハネおじさんが食べられちゃう!」
「おい!ヨハネ!起きろ!」
ハンナが顔面蒼白になり、マルコが必死で怒鳴った。だが巨漢は眠ったまま動かない。巨大蜘蛛は奇妙な鳴き声を立てながらゆっくりとその獲物に迫っていく。
すると少女ハンナが踵を返してまた駆け出した。そしてすぐに戻ってきた。手に短い棒のようなものを持っている。
「な...なんだよそれ?」
「ミニチュア魔法使いの杖。素手よりよっぽどマシだから」
マルコが尋ねると少女ハンナはそう答え、両足を踏みしめて右手で持ったその棒を差し上げると、軽く左手を添えた。
「な...なにをするつもりだ、ハンナ嬢?」
ルーク修道士が驚いて尋ねる。だが少女はそれを遮った。
「黙ってて!集中してるんだから!」
少女ハンナは目を大きく見開き、岩棚の上に眠る巨漢を一心に見つめている。ミニ杖を持つ手が軽く震えていた。
「も....もしかしてハンナお前....」
マルコ青年が言いかけた瞬間、少女は呪文を詠唱した。
「
その刹那、細くはあったが雷の筋が棒の先端から飛び出した。それは真っすぐ上方に飛んでいき、岩棚の上で寝ている巨漢ヨハネの頭部に命中した。
大きな衝撃音が響き、途端に巨漢のもじゃもじゃの髭と髪の毛が全て逆立った。そして次の瞬間、ヨハネは目覚めたのか少しづつ身じろぎし始めた。
「おじさん!起きて!起きて!」
再びハンナが叫ぶ。すると、獲物が逃げそうなことを悟ったのか、巨大蜘蛛が素早く動きヨハネの上にのしかかった。
「ヨハネ!」
マルコとルークが同時に叫んだ。
* * * * * * * * * * * * * *
―――――キシャァァァァァッ!―――――
蜘蛛が奇妙な鳴き声とともに口を大きく開いてヨハネに喰いつこうとする。
仲間たちは息を呑んだ。アビゲイルは悲鳴を上げて顔を覆う。
だが、その刹那、化け物の動きが止まった。
暗がりのなか目を凝らすと、巨漢が寝たまま両手を伸ばし、相手の牙を素手で掴んでいた。上半身を縛っていた糸はいつの間にか切れて周囲に散らばっている。
「キシャァァァとはなんだ」
巨漢の地鳴りのような声が響き渡った。そこには明らかに眠りを邪魔された者特有の抑えがたい苛立ちが含まれていた。
―――――キシャ....キシャ?―――――
戸惑うように化け物が鳴き声を上げ、身じろぎする。だが動こうにも二本の牙を万力のように押さえられているらしく、どれだけ脚を動かしてもその場から動くことはできなかった。
「....キシャァァァとはなんだ」
もう一度巨漢の声が聞こえた。そしてその次に信じがたい音が聞こえた。
―――――ブチブチブチブチッ!―――――
マルコと仲間たちは茫然とした。化け物が悲鳴を上げて口から血を吹き出し、痛みにのたうち回り始めるのが見えたからだ。
いっぽうのヨハネは何事もなかったかのように自分の手の中にあった蜘蛛の牙を投げ捨て、身体を縛っていた糸を引きちぎって立ち上がると、
無造作に目の前の化け物の脚を掴んで、
一本づつ引き抜き始めた。
―――――ブチッ!ブチッ!ブチッ!ブチッ!―――――
半数ほどの脚を失ったところで、巨大蜘蛛は鋭い悲鳴を上げて跳ねるように岩棚から飛び降りた。そして恐慌状態で残りの脚をバタつかせながら暗がりの中に逃げ込んでいった。
「おじさん!大丈夫なの?」
「ヨハネさん...良かったですわ!」
ハンナが喜びの叫びを上げ、アビゲイルは胸を撫でおろした。
ところが次の瞬間またしても信じがたいことが起こった。
巨漢はゴロリと横になると自分の腕を枕にし、そして数秒後寝息を立て始めたのだ。その安らかな寝息はまたしても遠雷のようなイビキに変化していった。
―――――ズゴゴゴゴ....ズゴゴゴゴ....ズゴゴゴゴ....―――――
夜明けの光が射し込むなか、マルコはじめ一同はしばらくの間ポカンと口を開けて沈黙していたが、やがて申し合わせたかのように天幕のほうに帰っていった。