筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
「じゃ...そろそろ始めますかねぇ......」
マルコと名乗った青年は、収穫を始める農夫のような平静な口調でこう呟いた。その右手には無骨なロングソードが握られている。
青年と、相棒の少女ハンナは、洞窟の中の広場に散開した魔物どもにすっかり包囲されていた。
カンテラの薄明かりに照らされて浮かび上がるのは、吊り上がった目をして、口から牙の突き出たオークどもだ。たくましい体格に、手には粗い造りの鉈を持っている。
魔物どもは威嚇するように吠え声を上げると、手に持った武器を振り上げ気勢を上げ始めた。恐ろしい声が洞窟にこだまする。ハンナはそれを聞いて思わず唾を飲み込み後じさった。
だがマルコは一歩進み出ると無造作に剣を払った。
「う゛ぉ゛り゛ゃ゛!」
その瞬間。正面にいたオークの鉈と、腕と、頭部とが横に切断された。
かつては鉈だったものと、魔物の腕だったものと、その頭だったものが洞窟の床に転がる。
そして、そのオークの残った身体の部分がゆっくりと膝を突き、うつ伏せに倒れた。
魔物たちは仲間の突然の4に驚き、次に怒りの声を上げようとした。だが、次の瞬間だった。
「どぉり゛ゃ゛!」
青年が剣を縦に振る。隣にいたオークの身体が、頭頂部から鼠径部にかけて真っ二つに両断された。
「グぉり゛ゃ゛!」
青年はさらに、剣を横に振り抜いた。さらにその隣にいたオークの身体が腹から上下に分かれた。
マルコは同じペースで剣を振り回す。掛け声とともに鈍い衝撃音が響く。そして、またオークが真っ二つになり、崩れ落ちていった。
オークたちは狼狽し、後じさった。戦いが始まって数秒で何人も仲間を失った。そして、秒を一つカウントするごとに、犠牲者が増えている。
「ぉり゛ゃ゛!」
ドシュッ...
「ぉり゛ゃ゛!」
ドシュッ...
「ぉり゛ゃ゛!」
ドシュッ...
「―――――――何これ...。何なの?」
予備の剣を抱えながらカンテラを掲げていた少女ハンナは目をぱちくりさせた。そして心の中で呟いた。
――――なんか.....想像してたんと......違う――――
Aクラスの剣士と聞いて少女が想像したもの。
それは、軽やかで無駄のない足さばき。流れるような太刀筋。敵の攻撃を紙一重で躱す素早い身のこなし。そういったものだった。
だが、目の前の青年は、ただ前に進み出て、ただ剣を縦に、あるいは横に振っているだけ。
「せり゛ゃ゛!」
だが、その剣の途上にあるものはなんであれ、問答無用で二つにブチ割られた。
オークの武器。頭。胴体。その他すべて。
見たところ、そこには何の技術もない。ただの筋力であった。
なにより不幸なことに、オークという種族は膂力と耐久力には優れているものの、剣と剣を合わせて相手の攻撃を微妙に逸らす技術や、刃筋を見切って躱す動体視力を持つ者はほとんどいなかった。
なので、そこに居合わせたのが不幸としか言いようがない。
「ぉり゛ゃ゛!」
ドシュッ...
「ぉり゛ゃ゛!」
ドシュッ...
ところが、その時だった。
バキッ.........
洞窟の中に鋭い音が響いた。マルコの剣が折れたのだ。
「おいハンナ!二本目!」
しかし、青年は折れた剣を放り捨てると、慌てることなく少女に指示した。
「は.....はいっ!」
我に返った少女は、預かった剣のうち一本を青年に放り投げた。受け取ったマルコは、剣を抜くと再び振り回し始めた。
その姿は小麦を収穫する農夫....いや、畑から雑草を刈り取る農夫と大差なかった。
「ぉり゛ゃ゛!」
ドシュッ...
「ぉり゛ゃ゛!」
ドシュッ...
やがて、最初は三十匹ほどいたオークどもは数えるほどになっていった。生き残りは急速に戦意を失いつつあった。
割に合わないからだ。剣を武器で受ければ、武器ごと真っ二つにされる。受けなければそのまま真っ二つにされる。相手の剣が身体のどこかに当たれば、その部分が丸ごと吹き飛ぶ。頭であれ、腕であれ、脚であれ。
魔物たちは悲鳴を上げながら撤退していった。だがその刹那だった。
――――ドシンッ...ドシンッ...ドシンッ...――――
洞窟の奥から軽い地響きが聞こえてきた。
普通のオークの足音ではない。もっと大型の魔物だ。
暗がりの中に、ギラギラと光る目が浮かび上がる。その位置からすると身長は二メートルをゆうに超えると思われた。
「お出ましになったか。あんたがオークの親玉だ。そうだろ?」
マルコは左手で額の汗を拭くと呟いた。すると、低い含み笑いが聞こえてきた。
「グフフフフフ.......少しは腕に覚えがあるようだな、人間め」
ぬうッと姿を現したのは巨体のオーク。その筋肉はオークの中でも並外れて隆々としている。そして、手には荒々しい造りの太い剣を持っていた。
「人語を介する年齢二百歳のオーク。通称オドロ山のグルマフ。あんたには賞金三十万ルピーがかかってるぜ」
マルコは剣の切っ先を突きつけると言い放った。すると巨体のオークは驚いたように声を上げた。
「なに?たった三十万ルピーだと?安値にも程があるわい」
彼は太い剣を構えると牙の突き出た唇を歪めた。
「なら、儂の真の恐ろしさを思い知らせてやる。貴様がそれを味わう最初のひと....」
「グぬ゛ぉ゛り゛ゃ゛!」
だが最後まで聞かずにマルコ青年は相手に跳び掛かった。
バキィ....ンッ!
剣と剣が衝突する音。そして、背後に控えていた少女ハンナは次の瞬間に見えたものに目を疑った。
マルコの斬撃を受けた巨体オークの剣が、根元から折れたのだ。
だがマルコの剣も衝撃に耐え切れなかったようだ。青年の剣も中ほどから折れ、本体から離れて吹き飛んだ刀身がカンテラの灯りを反射して煌いた。
だが、青年は気にする様子もなく、半分になった剣を振り抜いた。
「ずぉり゛ゃ゛!」
巨体オークの腹筋と腹膜が、文字通り吹き飛んだ。信じがたいといった表情で柄だけになった自分の剣を見つめていたグルマフは、力を失ったようにヨロヨロと後じさりした。
「ハンナ!三本目だ!」
マルコが叫ぶ。ハンナはハッとして顔を上げると、最後の剣を青年に向けて放った。
剣を受け取って抜き放ったマルコは、敵に歩み寄ると宣告した。
「じゃ、悪りぃがその首貰ってくからな」
「....剣の根元って...普通...一番...強い場所じゃよな?そうじゃよな?」
巨体オークは呟く。だがマルコは委細構わず剣を振り下ろした。
「ずぉり゛ゃ゛!」
剣が魔物の巨躯の肩から胸にかけて喰い込んだ。二度に渡る致命傷を受けたオークはがっくりと膝を突いた。
「どぅぉり゛ゃ゛!」
マルコが剣を横に振る。
バキィ....ンッ.....
青年の剣が真っ二つに折れるとともに、巨体オークの首から血が噴出した。頭部が皮一枚でつながっている。オークの首領はしばらく膝立ちのまま揺れ動いていたが、やがて大きな音を立ててうつ伏せに倒れた。
「....ふう。やっとくたばったか、魔物め」
青年はタオルを取り出して顔を拭いた。だが、少女ハンナは聞いた。巨体オークの口が震えるように動き、ぼやくような呟きが漏れるのを。
「....お...お前のほうが....よっぽど...魔物じゃわい...」
* * * * * * * * * * * *
「――――オーク二十五匹と賞金首のグルマフ討伐で、締めて百五万ルピーになります」
地方都市ケーニッヒのギルド支部。青年マルコは職員が対応するカウンターに片肘をつき、少女ハンナはカウンターに手をかけ目を輝かせている。
職員はずっしりとした賞金の袋をマルコに向かって差し出すと、言葉を継いだ。
「それから、オルドン村の村長から感謝の言葉が届いています。農民たちを長い間苦しめていたオークどもがいなくなったと喜んでおられますよ」
「そりゃよかったな」
マルコは興味なさそうな口調で相槌を打つと、賞金の袋を懐に押し込もうとした。だがその時ハンナが叫んだ。
「待って待って待って待って!うちの取り分は?」
「取り分だぁ?んなのあるわけねぇだろ。第一あの後村の酒場でたらふく食わせてやったろ?で十分じゃねぇか」
青年は眉を歪めた。だが少女ハンナは両手を後ろに組み相手を上目遣いで見つめながら言った。
「でもさぁ...うち、お手伝いしたじゃん。剣もカンテラも持ってあげたし、道案内だって...」
「んなの子どもの遣い程度だろ。普通なら食事支給だけでも御の字だぜ」
相手にせずカウンターから離れようとするマルコの太い腕に、少女ハンナが取りすがる。
「でもでもでもでも!うち、万が一の時には魔法防壁でお兄ちゃんを守ってあげられるよ?いざという時の保険として役に立つでしょ?」
「保険?いじめっ子のパンチとか爺さんの鞭防げるくれぇじゃダメダメ。修行してから出直してこい」
「魔物の攻撃だって防げるってばぁ!なんだったら次のダンジョンでやってあげるからぁ!」
少女はマルコの腕をグイグイ引っ張りながらせがみ続ける。
「だから、お兄ちゃんの儲けの2割でいいから。ね?」
「2割?っざっけんな」
青年は吐き捨てたが、少女は全くめげる様子もない。
「じゃ1割!ほかの雑用も全部やってあげるから。ね?ね?ね?ね?」
それを聞いたマルコは目を逸らししばらく考えていたがやがて呟いた。
「じゃ1割だ。その代わりこき使うから覚悟しとけよ」
少女ハンナの目がみるみるうちに輝いていく。
「いえぇーい!やったぁー!」
彼女は拳を突き上げるとピョンピョン飛び跳ねた。マルコは慌てて彼女を押しとどめると、カウンターの隅に行って賞金を分け始めた。
「百五万から、剣代が一本十万ルピーで三本三十万を引いたら、ええっと...」
マルコが指を折りながら暗算に苦闘しているとハンナが即座に口を挟んだ。
「七十五万でしょ。その一割は七万五千。うち、計算早いでしょ」
少女が期待に満ちた笑顔で見上げるなか、青年は溜め息をついて貨幣をつかみ、相手のほうに押しやった。
「ほらよ」
「わぁい!やったぁー!こんな大金生まれて初めて!」
少女はハートマークが浮かびそうな瞳で手の中の貨幣を見つめた。
「靴買い替えて...それから服も買っちゃお!それからそれから...」
「おいマルコ。うっせえぞ!お前のガキだろ!黙らせろ!」
すると、カウンターに向かっていた他の剣士たちから罵声が飛んできた。青年は目を白黒させながら呟いた。
「いや....俺の...じゃ...ねぇんだけど....なぁ」
* * * * * * * * * * * * * * *
「冒険者に....登録...ですか?」
カウンターの向こうの職員は眼鏡の奥の目をぱちくりさせながら少女を見つめた。
「うん。登録したいの。お願い!」
「で....職種は何を...........」
「魔法使いで!」
ハンナは元気よく答える。その後ろでマルコ青年は太い腕を組みながら懐疑的な視線を投げかけていた。
「ということは....魔法学校の生徒さんですね。では教授からの推薦状を...」
職員が答える。だが少女は首を振った。
「ううん。独学だから学校は行ってないの」
「困りましたねぇ...それだと登録は.....」
渋る職員に向かってハンナは身を乗り出す。
「ねえ、確か冒険者検定試験一発合格すれば登録できるって話じゃなかった?」
「そ...それは確かにそうですが...筆記に加え模擬戦など実技も含まれてますし..」
「うちできるから。受けさせて!受験料も払えるから!」
少女の勢いに押し切られる形で、職員は試験室のほうに彼女を案内していった。それを見ていたマルコはソファに腰かけると呟いた。
「....ま...今はやりたいようにやらせてやるか。本気で怖い思いしたら考え直すだろ」
だが、一時間ほど経つと満面の笑みを浮かべながら少女が戻ってきた。
「いえーい!合格。Cランクで登録できるって」
「んなぁ?」
青年は思わず腰を浮かせた。少女は誇らしげにVサインを突き出す。
「お....お前、カンニングとかしてねぇだろうな」
「してないしてない。だって魔法体質って生まれつきじゃん?できない人が誤魔化せるわけないでしょ?」
「そ...それもそうか」
答えを聞いた青年は座り直した。だがハンナは舌を出すと続けた。
「孤児院で給食のオカズを盗むときとか、テストの時とか、掃除をやったフリでサボるときとかしょっちゅう活用してたんだ。だから上達したんだけどね、魔法」
「やっぱカンニングしてるじゃねえか」
「でも魔法そのものは誤魔化してないよ。魔法で誤魔化すテクニックが上手いだけで」
「わかった。めんどくせえからもういいや」
「ハンナさん、カウンターにお越しください」
職員が言った。スキップしながら少女がカウンターに駆け付けると職員が書類を差し出した。
「ではお名前の記入と登録料を」
「はいはいっ.......と」
少女が手続きをしている間、マルコ青年は掲示板の前に立ち、貼り出された討伐依頼案件を眺めている。
「お....山中の遺跡にゴブリン五十匹と首領の賞金首。悪くねぇな」
青年はチラシを掲示板から引き剥がすとカウンターに向かった。
「おい、この案件詳しく教えてくれ」
すると、少女の手続きを行っていた職員が顔を上げた。
「はい、ただいま.....」
だが彼は何かに気づいたかのように手を止めた。
「あぁ...マルコさん、Aランクの方とCランクの方がパーティを組む場合、その実力はBランク相当とみなされますので、こういった高難度のダンジョンはご紹介が難しくなってしまう可能性が....」
「なんだそりゃぁ?」
マルコは素っ頓狂な声を上げる。そしてうんざりしたように首を振ると呟いた。
「んじゃ意味ねぇじゃねぇか。俺やっぱソロに戻るわ」
「えぇー!待って待って待って待って!」
書類を記入していたハンナが振り向いて声を上げた。
「なんだよ」
「うちの防壁があればマルコお兄ちゃん仕事が楽になるでしょ?絶対うちがいたほうがいいって」
「ガキの防壁なんか当てにできるか。何度も言わせんな」
「焚き火も一発で火がつくよ?野営して料理するときとか
「そういう問題じゃねえっつうの!」
「あのぉ、ダンジョンはダメでも、山野を徘徊している高難度魔獣なら、遭遇戦になりますから実質ご紹介にランク制限はないので‥そちらはいかがでしょう」
二人が言い争っていると、職員がおずおずと口を出した。するとハンナが両手を打った。
「それ。それでいこ」
「リーダーは俺だぞ。なんでお前が決め‥」
「はい決まりぃ!」
苦い顔のマルコをよそに、ハンナは職員が印刷して差し出した書類を手元に引き寄せた。
「ファロンの森にいわゆる巨大魔獣のグラトニィベアが出没しているという情報が入っています。特別討伐指定個体ですので賞金は二百万ルピーがかかっています」
「へえ、そいつは豪勢だな」
マルコも興味を引かれた様子で書類を持ち上げる。だが職員は念を押した。
「ただ、マルコさん。いかにAランクのマルコさんといえども、巨獣は相当の難度です。無理だと思ったらすぐに諦めて引き返すことをお勧めします」
「そういうときのためにうちがついていくんじゃん。ね、お兄ちゃん?」
ハンナは自信たっぷりで口を挟む。マルコは書類を乱雑に畳んで懐に仕舞うと少女に告げた。
「よし、いいだろう。一日宿で休んだら明日出発だ」
「りょーかい!あいあいさー」
ハンナも勢いよく答える。
だが、二人はまだ知らなかった。
のちに彼らは、ある意味で魔獣を遥かに凌ぐほど恐ろしい、ある『存在』に遭遇することになるのである。