筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
マルコたち一行はしばらく山頂で休憩したあと岩山の麓まで降りた。すると、ルーク修道士が提案した。
「念のため超巨大蜘蛛の死体を確認したい。万が一にも生きていたりしたら問題だからな」
それを聞いたマルコは噴き出した。
「いやいやいやいやいやいやいや。ひとの頭爆弾で吹き飛ばした後になに言っちゃってんっすか、ルークさん」
「笑いごとではない。ごく稀にいるんだ。頭部を失っても動き続ける魔物がね」
修道士は譲らない。その言葉に妙な説得力を感じたマルコは結局思い直し、こう言った。
「じゃあ、ヨハネが女性陣とここで待機。俺とルークさんで探しに行くってんでどうっすかね?」
「さんせい!うちここでゆっくりランチしたい!」
少女ハンナが一も二もなく叫ぶ。マルコ青年と修道士の二人は背嚢を下ろし、武器と登山用具だけを携えて再出発した。壁を登ると岩山の外周を巡るように捜索を開始した。
数時間後、山頂へ向かって切り立つように聳える崖の下でマルコとルークはそれを発見した。
超巨大な蜘蛛の死骸。だがそれは早くも腐敗を始めており、大量の蠅がたかっている。
ルークは顔をしかめながらも死体に近づいてその検分を始めた。それを見たマルコが声をかけた。
「ルークさん、もうよくないっすか?これで死んでなかったら誰もこいつを殺せねっすよ」
「いや....そうだな。だが気になることがあってね」
ルークはそう言うと超巨大蜘蛛の腹のあたりを点検し始めた。ほとんど船の船腹のように巨大だ。
「.....やはりだ」
修道士はそう言うと止まり、マルコから剣を借り受けると化け物の横腹をつつき回し始めた。
「何がっすか?」
「既に切れ込みを入れてある。鋭利な刃物を使ってね」
ルークが答える。マルコは驚き、口を押えながらも近づいた。
「見ろ」
修道士が剣の先で軽く押すと、超巨大蜘蛛の腹の節に沿って外科手術のように切創が出来ているのが分かった。しかも長い。
「誰....のしわざ.....っすかね?」
「わからん」
ルークはそう答えると化け物の腹から離れた。マルコは重ねて尋ねた。
「....騎士団っすかね?」
「この岩地では足跡も残っていないな」
ふたりは力を合わせ、苦労して化け物の超巨大な牙を引き抜くと、それを担いで仲間たちのところに戻った。
「遅いじゃん!もううちら退屈しちゃった!」
野の花を摘んでアビゲイルとともに花の環を造っていたハンナが叫んだ。見ると、座り込んだ巨漢ヨハネの頭に何重にも花の冠が被せられている。時刻は既に夕刻だ。
「みんな済まん。実は少々ムチャなんだが、頼みがあってね」
するとルークが口を開いた。
「なんっすか、ルークさん」
何気なくマルコが尋ねると修道士は言った。
「実は明朝までに首都に戻りたいんだ。どうしても聖体にあずかりたい」
「は...え?聖体?」
青年が呆気に取られて尋ねると、花の環を拵えていたアビゲイルが顔を上げた。
「そうでしたわ!なんてことでしょう。明日は聖日なのに!わたくしとしたことがうっかりしておりましたわ!」
「よし、すぐ出発しよう。馬車を捕まえるんだ」
ルークは歩き始めた。マルコは慌てて引き留める。
「い...いやいやいやいやいやいや。いくらなんでも無理っすよ。こんな田舎で辻馬車なんかいるわけもねぇし」
「では歩こう。急ぎ足で行けば....」
「い...いやいやいやいやいやいや。無理っす無理っす無理っす」
だがルークはどうしても譲らず、アビゲイルも彼に加勢する。結局、一行は麓の農家一軒一軒を回り、馬車を出してくれる者を募ることにした。
その結果、ルークが提示した百万単位の報酬を聞いた農夫が引き受けてくれることになった。
「でもルークさん....そのお金って....」
「悪いがマルコ、立て替えておいてくれ。あとで経費として大公閣下に請求するから」
「は...はい」
ルーク修道士の断固とした口調に押し切られ、マルコは大人しく同意してしまった。
「だんな方ぁ冒険者ですかい。きょうびはあんまり見なくなりましたけど、岩山の化け物は健在でしたかねぇ」
マルコから手付けの金貨を受け取った農夫は納屋から馬車を引き出しながら尋ねる。
「ああ。その母親を倒したよ」
ルーク修道士が何気なく答え、巨漢ヨハネが担いだ巨大な牙を示した。すると農夫は目を大きく見開き腰を抜かしたような声を上げた。
「た....倒したっ...て....旦那!」
「何か....問題でもあるかね?」
修道士が不思議そうな顔で尋ねる。だが農夫は首を大きく振ると答えた。
「な.....なんでもありませんです、旦那」
全員を荷台に乗せると農夫は馬に鞭を当てて出発した。農業用馬車だから乗り心地は悪い。ガタガタと揺れるなか、それでも疲れを感じたのか少女ハンナがウトウトし始める。マルコは彼女を自分の胸に抱き寄せ、その背中を軽く叩いて寝かしつけた。
日が沈んだ。農夫は座席の横にマルコの渡したカンテラを吊り下げ馬車を走らせ続ける。数時間の道程を終え、やっと首都に着いた頃には真夜中だった。
農夫に残りの報酬を渡すと、一同は馬車を降りて宿屋に入った。今回は三つの部屋を借り、ヨハネを離れた角部屋に押し込むと四人が二手に分かれ就寝した。
―――――超巨大蜘蛛の腹に.....切り創.....一体誰が...?―――――
遠くから遠雷のようなヨハネの
* * * * * * * * * * * *
翌朝、一同はチェックアウト時間ギリギリまで休んだ後宿を出た。表通りに出ると明るい陽射しが照らしてくる。マルコは伸びをしながら言った。
「ふあぁぁぁぁ、朝飯はどこで喰うっすかねぇ」
「いや、まず礼拝が先だ」
ルーク修道士が当然のように言う。マルコは面食らって尋ねた。
「は...はぇ?いまなんて.....」
「昨日言ったように、どうしても聖体にあずかりたい。礼拝に行こう」
修道士は以前訪ねた教会の尖塔目指して足早に歩き始めた。
「で...でも前回のときってもう今の時間帯終わりに近かったじゃないっすか」
「いや、第二礼拝がある。今行けば良い席に座れるよ」
アビゲイル修道女も全く迷うことなく修道士に追従していく。結局その断固たる勢いに押され、全員が教会に向かうことになった。
―――――ま...マジかよ。朝飯喰う前に?勘弁してくれ!―――――
だがマゴマゴしているうちに、一同は教会に辿り着いた。ルーク修道士が表扉を開け皆を入らせる。内部は閑散としていた。ちょうど第一礼拝の会衆が帰ったところらしい。
ルークとアビゲイルは嬉々として最前列に座を占め、マルコたちをその横に座らせた。
しばらくすると後ろの席にも信者が来て、次第に埋まっていった。また、司祭帽を被り長服を来た司祭や、無帽で長服だけを着た助祭たちがいそいそと準備を始めた。それを見ていたマルコの心中に緊張が込み上げてきた。
―――――ヨハネ...頼むぞ。今日は絶対やらかさないでくれよ...―――――
隣に座った巨漢を見ると、何ひとつワケがわかっていない表情だった。自分が大きな懸念の対象となっていることには全く気付いていない様子だ。その隣のハンナと目が合うと、彼女もやはり心配げな視線を返してきた。
やがて会堂の扉が閉められ、祭壇の前に司祭が立って祈りを捧げた。そしてオルガンの音とともに聖歌が何曲か歌われた。それが終わると、司祭が聖典を持って教壇の後ろに立った。
見覚えのある顔だ。見ていると、ルーク修道士が司祭に軽く手を振り、アビゲイルは頭を下げる。すると司祭のほうでも微笑んで頷き返していた。
「クラウデオ司祭だよ。彼の説教を聞くのは初めてだから楽しみだ」
ルーク修道士が小声で囁いてくる。アビゲイルも深く頷いて応えた。
―――――どんくらい時間かかるんだ?あぁ...早くメシ喰いてぇ―――――――
司祭が朗々とした声で聖典を朗読するなかマルコ青年は思った。だが、朗読が終わると、司祭はかけていた眼鏡を外し、会衆を見回して一瞬だけ怪訝な顔をした。
「おや...本日お越しの皆さんは.....」
そして彼はもう一度眼鏡をかけて会堂内を見回し、大きく微笑んだ。
「ああ、やはりいつもお越しの皆さまですね。さっき眼鏡を外して見たときは、なぜ今朝に限って美男美女ばかりなのだろうと思いましたが....」
そして彼は眼鏡を直し、聖典を脇に置くと、こう続けた。
「しかし、安心しました。こうして眼鏡をかけたので毎週来て下さるおなじみの皆さまのお顔がよく見えます。美男美女と.....まぁ....その...そうでない方も含めて、ですが」
するとルークが口に手を当てて含み笑いした。説教が始まるかと思いきや司祭は世間話をし始めた。
「私の父は今年九十になります。彼はこう言うのです。『ワシは母さんと結婚した直後は両目を大きく開いて彼女の顔を見つめながら会話したものじゃ。じゃが結婚して二十年後には薄目を開けて母さんの顔を見ながら会話するようになった。四十年後には片目をつぶって母さんを見るようになった。六十年経った今、ワシは年老いたイサクのように眼が霞んでおる。だが、これも神の恵みじゃ。お陰で生涯母さんを愛し続けられるからのぉ』....」
マルコは不思議に思った。一体なんの話をしているのだろう?だが司祭は言葉を継いだ。
「すると母は父にこう言い返します。『父さんや、あたしは結婚三日後にはあんたの腹を見ないことに決めたよ。だってビフォーとアフターで別人だもの。』すると父は言い訳するのです。『しかたないじゃろ。借りて来たタキシードのサイズが小さかったんじゃ。式の間中腹を引っ込めていて大変だったんじゃぞ』」
司祭は数秒間を置くと、会衆を見回しながらこう締めくくった。
「しかし、母はこう切り返しました。『そうかえ。じゃあ父さん、あんた髪の毛も誰かから借りてきたのかい?』」
すると会堂の中にドッと笑いが巻き起こった。マルコ青年はつられて笑いながらも驚きに満たされていた。礼拝中に笑うなど許されるのだろうか?
横を見ると、ルークもアビゲイルも笑っている。しばらくして笑いが収まると司祭は咳払いして口を開いた。
「...男が女と恋に落ちると、彼はこう言うかも知れません。『君を愛している。君は美しいから』、と。ですが、そこで疑問が生じます。彼は、彼女が美しくなくなったら愛さなくなるのでしょうか?『あなたにはこういう美点があるから、私はあなたを愛する』――――多くの人は愛というものをそう考えます。しかし聖典に書かれた愛はそれとは大きく違うのです」
いつしか司祭は真顔に戻り、人差し指を上げて熱弁し始めた。
「『愛は寛容であり愛は親切』――――聖典にはこうあります。それは、寛容に値する人に対してのみ寛容であり、親切に値する者のみに親切であるという意味ではありません。本来であればそれに値しない者に与えられる無条件の愛。それがここに書かれた愛です」
司祭は自分の胸に手を当てると、訴えかけるように続ける。
「私たちがまだ罪びとであった頃、救い主はおん自らの犠牲により私たちを救い、その無条件の愛を示してくださいました。そしてその救い主がいま、命じておられます。『隣人を愛しなさい』『互いに愛し合いなさい』、と。だとすれば、私たちが人を愛する理由は、その相手に求めるのではなく、私たちの胸の中になければなりません。すなわち、この救い主の私たちへの大きな愛を覚え、それに感謝するがゆえに、この救い主の戒めに従うのです」
チラリと横を見ると、ルークは年代物のワインを味わっているかのように目を閉じて何度も頷いている。アビゲイルは祈るように両手を組みながら司祭を一心に見つめており、その目には涙が浮かんでいた。
反対側に座るヨハネの顔を見上げると、珍しく眠そうではない。腹も鳴っていないし放屁もしない。青年は心から安堵した。ハンナと目が合うと彼女も安心した顔で微笑みかけてきた。
―――――なんだ....これだったら最後までいられそうだな...――――――
青年は思った。やがて説教が終わると司祭は両手を大きく上げて会衆に起立を促した。
「救い主は、引き渡される前の夜こう仰いました。『これはあなたがたのために裂かれる私の身体である。これはあなたがたのために流される契約の血である』。この救い主が私たちのために払って下さった尊い犠牲を覚え、ご一緒に聖体の恵みにあずかりましょう」
信者たちが次々に立ち上がり、司祭の前に列を作り始めた。アビゲイルはマルコに近づいてくるとその手を引いた。
「さあ、マルコさんもご一緒に参りましょ?」
「え?俺...?でも普段大して信心してねっすよ?」
青年は驚いて言った。だがアビゲイルはグイグイとその手を引き続ける。
「でも、お生まれになった時洗礼はお受けになったでしょ?それなら資格はありますわ」
「あ....あんま覚えてねっすけど....」
ルークも巨漢ヨハネを立ち上がらせる。結局抵抗する暇もなく、マルコたちは信者たちの列に並ばされた。
列の先頭では、司祭の前に立った信徒がパンの切れ端を与えられ、それを有難そうに食べると、今度は助祭が渡した小さな盃に入った紫の液体を飲んでいる。
列が進み、マルコも司祭からパンを受け取った。食べてみるとそれはひどく乾いていて煎餅のように硬かった。だが盃を飲み干すと、中身は甘い葡萄酒だった。
後ろにいたハンナも司祭からパンを受け取る。だが彼女はそれを嚙みながら呟いた。
「なんかこれパサパサしてて美味しくない....」
「馬鹿。口に出して言う奴があるか」
マルコは少女に盃を受け取らせると、すぐに列の脇に立ち退かせた。するとハンナは盃を飲み干して言った。
「あれ?これ、葡萄ジュースだよ。お酒じゃない」
「それはそうですわ。助祭さまがちゃんと受け取る人に合わせて渡してくださるんですもの」
アビゲイルがそっと耳打ちする。ハンナは盃を助祭の捧げ持つ盆に返しながら呟いた。
「ちぇっ。うちもお酒が良かったなぁ」
「バカ野郎、酔っぱらったらどうすんだ」
列から離れ席に戻りながら小声でマルコが叱った。
「大丈夫だよぉ、少しくらい」
「だぁめだ。大人になってからだ」
その瞬間だった。
「―――――パン...少ない」
巨漢ヨハネが呟く声がした。
* * * * * * * * * * * * * *
マルコ青年の背筋を強烈な悪寒が襲った。何かが起ころうとしている。
振り向くと、巨漢ヨハネが司祭から受け取ったパンをしげしげと見つめてる。
「さあヨハネ。それを食べるんだ」
横からルークが言うと、巨漢はそれを口に放り込み、当然のごとくの自然な動作でその手を司祭の脇にあった小机の上の盆に手を伸ばした。盆の中にはパン切れがまだたくさん残っている。
「.....!」
驚いたルークが反射的に巨漢の腕を掴んで引き留めた。
だが、力の差があるのか、ルーク修道士はジリジリと前に押されていく。
「パン...少ない」
「ぬ...ううううッ....」
巨漢の呟きとルーク修道士の呻き声が聞こえる。司祭と助祭は驚いて後じさりした。
「マルコ!手伝ってくれ!」
ルークが叫ぶ。マルコ青年は駆けつけると、巨漢のもう片方の腕を掴んで引き戻そうとした。
渾身の力を込めて巨漢をパンの盆から引き離す。だが一進一退だった。ルークとマルコは顔を真っ赤にし、汗だくになりながら巨漢を引きとどめていた。いっぽう、巨漢ヨハネの顔には汗も浮かばず、その呼吸も乱れていない。やがてふたりは少しづつ押され始めた。
―――――そうだ!膝カックンだ!―――――
その刹那マルコの頭に作戦が閃いた。成功すれば時間が稼げる。
「ルークさん!前おねしゃす!」
彼はルークに合図すると、巨漢の後ろに回った。修道士が前に立ちはだかりヨハネを押し返す。
青年は一瞬の隙を突いて巨漢の両膝に自分の両膝を押し付けた。
技が入った。巨漢の膝関節がガクッと曲がる。
だが、途端にマルコは気づいた。
これは自分を犠牲にする作戦だったのだ。
業務用大型冷蔵庫のような巨漢ヨハネの背中が上から倒れ掛かってくる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ?」
――――――ドス...ンッ――――――
* * * * * * * * * * * * *
気絶から目覚めると礼拝は既に終わっていた。
マルコはいつの間にか座席に横たえられていた。祭壇の前ではルークとアビゲイルが司祭と和やかに談笑している。
「あ!お兄ちゃん気が付いたよ」
脇に座っていたハンナが叫んだ。ルークが安心したように微笑むと、司祭にこう言った。
「すまなかった、クラウデオ。騒ぎを起こしてしまって」
「いいんだ、ルカ。それより君は普段恵みを受けていない魂をここに連れてきてくれた。そのことのほうがよほど重要だ」
司祭はそう言ってルークの肩を叩く。
「それはそうと君たちの任務は順調かね?」
問われたルークはマルコを指しながら答えた。
「ああ。目標を三つまで制覇した。優秀なリーダーのお陰だ」
「え...?あ...いやいやいやいや」
座席に座り直しながらマルコが首を振る。
「それは良かった。これからも成功を祈っているよ」
司祭が言う。マルコは大きく溜め息をついた。
「...ったくスーパータランチュラとの戦いよりキツかったぜ」
――――――グゥ..ウウウウウ......――――――
だが、背後から聞こえてきた音を聞いて青年は我に返った。巨漢がいつの間にか後ろに立っている。
「パン...少ない」
「悪かったな。さぁ朝飯だ」
青年は、司祭との話に興じている仲間二人に声を掛け、巨漢と少女とともに教会を出た。
「へっ‥‥リーダーねぇ」
通りを歩きながら彼は諦めたように苦笑し呟いた。
「.....まあ苦労が絶えねぇのは確かだな」