筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
――――スコォー..ンッ!スコォー..ンッ!スコォー..ンッ!――――
――――メリメリメリメリメリメリッ........ドシンッ!――――
翌朝。
巨漢ヨハネが大斧を振るい木々を倒していく音でマルコたちは目を覚ました。
一同は、昨日超巨大カラスに深手を負わせたあと、その場で宿営を張って身体を休めたのだ。アビゲイル修道女の祈祷の甲斐もあり、巨漢ヨハネの骨折はその夜のうちに治癒した。すると、巨漢は夜も明けやらぬうちから起床して斧を振るい始めたのである。
「ふあぁ~あっ...と。随分精が出るじゃねぇか、ヨハネ」
天幕から出てきて伸びをしたマルコが声をかけると、巨漢は作業の合間に答えた。
「この斧...いい」
「そいつぁ良かったなヨハネ。...ルークさん。ヨハネには作業続けてもらって、俺たちであのカラスの死骸探しに行きませんか?」
「賛成だ。早めに済ませて次に移ろう」
マルコが提案すると、続いて天幕から出てきたルーク修道士が頷いた。宿営を畳むと、化け物が木々をなぎ倒しながら逃げていった方向に向けて出発した。
だが、三十分ほども歩いたところで四人は思いもよらぬものを見つけた。
木立の中で無様に横倒しになった超巨大カラスの死体。既に腐敗が始まり蠅がたかり始めている。
そこまでは想定どおりだ。しかし、その周囲には甲冑を着て武装した兵士たちが倒れていたのだ。その人数は一個小隊ほどだった。
* * * * * * * * * * * * *
「な....ッ。こいつぁ一体...?」
マルコ青年は驚愕に目を丸くしながら周囲を見回した。
地面に倒れ伏した兵士たちは皆、良く磨かれた揃いの鎧を着ていた。賞金稼ぎやスカベンジャーには見えない。
「....騎士...団員のように見えるな」
ルーク修道士は手を伸ばし、後ろにいた少女ハンナの顔を反らさせながら答えた。マルコは振り向いて修道士の顔を見る。
「き....騎士団員?ってことは...」
「化け物の身体の中に埋もれている『何か』...。以前
用心深い表情で修道士が答えた。その時アビゲイル修道女がひとりの兵士の身体に駆け寄って跪いた。
「まだ生命がありますわ」
彼女は短くそう言うと、その兵士に手を置いて祈祷し始めた。マルコたちもその近くに寄ると、固唾を飲んで見守った。
小一時間ほども祈祷を続けると、やがて兵士は激しく咳き込み、呼吸を開始した。薄っすらと目を開いたが、その瞳はまだ焦点が合っていない。
「胸をひと突きされたんですわね。傷が奇跡的に心臓から逸れていますわ」
アビゲイル修道女は額の汗を拭くと、血まみれの兵士の顔を湿らせた布で拭き、水を飲ませた。
「...か...かたじけない、修道女。このご恩は.....」
兵士は弱々しい声で呟いた。だがアビゲイルは首を横に振ると言った。
「礼には及びませんわ。あなたは騎士団員ですわね?」
「そうだ....。私はヨアヒム・フリッツ・フンベルト伍長だ...」
「伍長、差し支えなければ教えて欲しい。誰に襲われたんだ?」
ルークも兵士の傍らに跪くと尋ねた。すると兵士はしばらく口ごもった後答えた。
「...わ...わからない。この場所に着いた途端、皆突然倒れたのだ。...私も気が付いたら....」
それを聞いたマルコとルークは顔を見合わせた。
「突然倒れたなんて....魔法かけられた...とかっすかねぇ...?」
マルコが呟くと、ヨアヒムと名乗った兵士はこう付け加えた。
「だが...気を失う直前に...誰かが近づいてきてこう唱えるのが聞こえたのだ....」
兵士の言葉に、四人は一斉に耳を傾けた。彼は続けた。
「....『神の名のもとに....裁きを...』と」
「これ以上喋ったら危険ですわ。引き続き祈祷いたしますから、皆さまは少し離れていらして?」
アビゲイル修道女が割って入る。ルークが考え込むような表情で腰を上げ、マルコ青年と少女ハンナも立ち上がった。
「一体なんなんっすかね?『神の名のもと?』。意味不明っすね」
困惑しながらマルコが尋ねる。ルークは答えず、顔を上げると超巨大カラスの死骸に近づいていった。
「ルークさん?」
青年が慌てて追いかけると、修道士は超巨大カラスの腹のあたりに顔を寄せていた。ハンカチで口を覆いながらも、武器の柄の先端で羽毛の密生した皮膚をつつき回している。
「やはりだ」
やがて修道士は呟いた。マルコも顔をしかめ、蠅を手で追い払いながらも彼の指さすものに目を凝らした。
「切り創だ。それも長い。鋭利な刃物でつけられたものだよ」
ルークはそう説明すると、マルコに向き直った。
「スーパータランチュラの腹につけられていたものと同じだ。我々はずっと追跡されていたわけだ」
「で...でも...騎士団じゃないなら一体誰....が?」
そこまで問いかけてからマルコ青年は首を振って言葉を継いだ。
「い...いや、そもそもなんで騎士団が化け物の身体の中のものを探し回ってるのかも、俺らよく知らねぇっすよね。もういったいなにがなんだかわけわかんねっすよ」
「...私も同じだ。だが、今回騎士団を襲った者たちが誰か、ということなら多少の見当はつく」
修道士はメイスの柄をよく布で拭くと、遠くを見ながらそう言った。
「...『教会過激派』...ですわね」
すると、いつの間にか近くに来ていたアビゲイル修道女が引き継ぐように言った。彼女は柔らかい草の上に横たえられた兵士を指さした。
「容態は安定しましたわ。でも清潔な宿に連れていって数日間休ませる必要がありますわね」
「教会?過激派?....いったいなんなんっすかそれ」
驚いたマルコ青年はキョトンとした顔で尋ねる。少女ハンナもただただ目を丸くしてした。するとアビゲイルが溜め息をついてこう言った。
「...ルーク修道士。あなたがお話してあげてくださるかしら。わたくしはもう気が重くて語る気にもなれませんわ」
「...わかった」
修道士は頷くと、少し間を置いてから口を開いた。
* * * * * * * * * * * * * *
「王国歴560年頃出現した教会内の派閥に、聖典の布教よりも当時の社会問題への対応を最優先に掲げる一派があった。それが『社会派』だ。だがその『社会派』の中でもさらに過激な一派があった」
そう話しながらルーク修道士は超巨大カラスの足先の鉤爪に手をかけ、それを引っ張りながらマルコに顔を向けた。
「よし、マルコ。根元に切れ込みを入れてくれ。...そうだ...いいぞ」
マルコ青年は言われたとおりに大剣を鋸のように使い、硬い魔物の足の指に深い傷をつける。修道士は唸り声を上げてしばらく格闘した後、巨大な爪を一本化け物の指から折り取った。
「....彼らは『社会正義』の名のもと、公職者の汚職や不正の糾弾を教会の第一の務めと任じるようになった。そして、その目的のために教会会議をヤジと怒号で牛耳り、議事進行を自分たちの意に沿うように変更させた。それが『教会過激派』の走りだ」
「は...はぁ....」
マルコ青年は耳に入ってきた情報を処理しきれないままに相槌を打つ。ルークは巨大な爪の端々についた血や汚れを布で拭きながら、淡々とした語調で説明を続けた。
「だが、『教会過激派』は日常の地道な教会活動を重視する司祭や聖職者たちから反感を買うことになった。そして彼らの陳情により当時の教皇や司教たちはようやく重い腰を上げ、過激派から議事進行権を奪回した。そして彼らの巻き起こす嵐は収まったかのように見えた。だが...それはうわべだけだった」
「うわべ...ってことはまだいろんなところにいるってことっすか?」
半分ほども理解できないままに青年が質問すると、修道士は短く頷いた。
「『教会過激派』草創期に活動をしていた者たちの多くは今や古株で、司教や教区長に昇進しているんだ。私が聞いた話では....彼ら自身は過激活動には従事していないが、教会外の反王政勢力と結託しているらしい。そして陰に陽に援助を与えていると聞く」
「愚かしいことですわね。『神の国の正義』が今すぐに来ないなら、自分たちの手で来させてしまおうなんて....。まるで自分が神にでもなったみたいな度し難い高慢さですわ」
するとアビゲイルが吐き捨てるように言う。ルーク修道士は少し黙っていたが、やがてこう言葉を継いだ。
「私としては、民の暮らしを改善するためには王族貴族の横暴や贅沢を糺さなければならないという彼らの理屈は理解できなくはない。だが、そのためにどんな手段でも使って良いとは決して思わない」
「ルーク修道士。反王政派と手を組むということの意味をお忘れかしら?そもそも聖典によれば民の上に王を置くのは神ですわよ。神が置いた王位を覆そうとするのはそれ自体大罪ではないかしら?」
アビゲイルが横から口を出す。それを聞いた修道士は何も言い返さなかった。彼は魔物の巨大な爪を青年の肩に乗せると、ポンとそれを手で叩いた。
「...思わぬ時間を喰うが、人命第一だ。あの兵士を宿屋まで運ぼう。いいか?」
「...了解っす」
* * * * * * * * * * * *
負傷した兵士をルークが背負い、一行は宿営のあった場所まで戻った。巨漢ヨハネは既に広大な森の大部分の面積にのぼる木々を切り倒していた。マルコは額の汗を拭いている巨漢に声をかけた。
「ずいぶん頑張ったな、ヨハネ。休憩したらどうだ?」
「根株....抜く」
「いやヨハネ、そこまでする必要はないだろう。それに予定外の事項が生じたから早めに出発する必要があるんだ」
ルークが負傷兵のことをヨハネに説明する。そしてほどなく一行は森から街道に出た。
幸いなことに、街道には王国領土を東西に行き来する荷車が時々行きかっていた。次の地方に向かう荷馬車が通りがかると、マルコたちは荷馬車の主に金貨を渡し荷台に同乗させてもらった。
日没頃、一同は田舎町に着き、そこで宿屋を見つけた。一泊した翌朝、ルーク修道士は宿屋の主人に十分な数の金貨を与え、兵士が回復するまでの食事と宿泊の世話を託した。
「ニーダーズクセン地方まで今日中に到達したい。そして一日休憩後ダンジョンを攻略し、翌日首都に戻れれば上出来だ」
宿を出ると修道士は気もそぞろな様子で呟く。アビゲイル修道女も相槌を打った。
「そうですわね。聖日の前夜はバタバタせずにゆっくり心を整えたいですもの」
「....ヘイヘイヘイヘイ。じゃあできるだけ急いで行くっすね」
もはや慣れてきたマルコはぞんざいな口調で返す。街道で再び荷馬車を捕まえると、一行は西に向かって進んでいった。
やがて日没が近づいた頃荷馬車は市街地に入っていった。町の灯りも多く、道も整備されている。
「ブルーメン市だ。『幽霊大学』はここにある」
馬車から降りると修道士が荷物を下ろしながら言った。
「ねえおじさん。それってどんな大学なの?もしかして出席しなくても卒業させてくれるとか?」
無邪気な口調で少女ハンナが尋ねるとマルコが武器を下ろしながら言った。
「なわけねぇだろ。幽霊が出る大学跡地って意味さ」
「えぇっ....ほんとに幽霊出るの?そういうのは..うちちょっと....」
それを聞いて少女は初めて怖気づいた素振りを見せた。するとアビゲイルが笑って言った。
「ハンナちゃん、幽霊なんて世の中にはいませんわよ。いるのはきっと魔物ですわ」
「確かに目撃談では幽霊というより骸骨が多いそうだ」
修道士が荷物と武器を担ぎながら補足する。マルコはそれを聞いて噴き出した。
「...幽霊より骸骨が多い...ってどゆことっすか」
「実態のない魔物ではなく、アンデッド系がメインということだ」
修道士が説明する。それで青年は納得した。
「なるほどっす。...強くはなくてもしつッこい連中ってことっすね。了解っす」
「どうする、ハンナ嬢。アビゲイル修道女と一緒に待機しているかい?」
修道士が歩き始めながら言う。だがハンナは数秒考えた後首を横に振った。
「ううん..。うち、やっぱ行く。だって、うちが役に立てるかもしれないし」
「へっ....。強がりな奴だな。怖がって泣いたら俺が即宿に連れ帰るからな」
マルコが少女の頭をつつくと、彼女は頬を膨らませて青年を睨んだが何も言わなかった。
「...従って、攻略は彼らが活発になる日没後のほうがいい。そのほうが大量の敵を一度に狩れる」
宿屋の看板を見つけたルーク修道士がそちらに足を向けながら言った。青年はそれを聞いて絶句した。
「えっ....暗くなってから...っすか?」
「まあ、面白ろそうですわね。わたくしワクワクして参りましたわ」
アビゲイルが両手を組んで目を輝かせる。マルコは呆れて首を振りながらも言った。
「....でもアビゲイルさんなら絶対怖がらなさそうっすね」
「当たり前ですわ。わたくし修道女ですもの」
アビゲイルが得意そうに胸を張る。青年は不思議に思った。
「な...なんか関係あるんっすか?」
「ひとたび神に身を捧げてしまえば怖いものなんて何もなくなりますのよ。ねえルーク修道士?」
「....あ...あぁ。その通りだよ、アビゲイル修道女」
ルークは苦笑いで応えた。やがて一同は宿に落ち着いた。別部屋に押し込められたヨハネの遠雷のようなイビキが聞こえてくる中、マルコは布団に入ってしばらくすると修道士に尋ねた。
「...ルークさん...」
「なんだ、マルコ?」
「騎士団と....その...『教会過激派』って...どっちもあの宝石を探してるんっすよね、きっと」
すると修道士はしばらく考えていたが、やがてこう尋ね返してきた。
「あの宝石の正体が気になるのか、マルコ?」
「...気になるっすね」
青年がそう言うと、修道士はこう即答した。
「気持ちはわかる。だが我々が知る必要のない事項だと私は思う。むしろ首を突っ込まないほうがいい」
「...つまり...お偉方のケンカに巻き込まれるから...ってことっすか?」
「その通りだ」
相手の答えを聞いてマルコは黙り込んだ。
青年は自分の両腕を枕にしながら思い返していた。
巨漢ヨハネがミノタウルスを倒し、自分が重傷を負ってアビゲイルの治療を受けた日。その日以来、あらゆることが思いもかけない方向に動き始めている。
―――俺は兄貴を楽にし、お袋を治し、ハンナにまともな暮らしをさせたいだけだ―――
――――それなのに今俺たちはとんでもないことに巻き込まれそうになってる――――
黒雲のような不安が胸の奥底から湧き出てくる。傍らにいるルークを見ると既に寝息を立てていた。
「怖いものなんて何もない....か。ッたくうらやましいぜ」
青年はそう自嘲気味に呟くと、寝返りを打った。するとしばらくして瞼が重くなり始め、やがて彼は眠りに入っていった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
翌朝。一同は起床すると、宿に荷物を預けたまま町を散策した。朝食後もアビゲイルとハンナは甘物を食べ歩きし、男三人はそれに付き合いながらも武器屋や道具屋を見て回る。
「ベーリンには劣るが悪くないな。さすが古来からの商業都市だ」
「でも....スーパードラゴンスレイヤーの研ぎをやってくれそうな店は無ぇっすね、たぶん」
話し合いながら歩いていると、ルークは時折り背後を気にしている。それを見たマルコは彼の耳元で囁いた。
「ルークさん...尾行が来てるんなら、こんなのんびり散歩してて大丈夫なんっすか?」
それを聞いたルークはさりげなくマルコの肩を抱くと囁き返した。
「だからこそさ。今日は出撃しないフリをして夜間こっそり行こう。それでどうだ?」
「なるほど...。了解っす」
相談がまとまると、修道士は一同を連れて菓子屋に入り、大量のドーナツを買った。その足で今度は道具屋に行き、買い込んだ菓子を袋から出して丸ごと店員に渡した。
「差し入れだ」
「だ...旦那...こりゃいったいどういうことで?」
すると、驚く店員にルークは耳打ちした。
「カンテラを四つ頼む。予備の油入れもだ。ちなみにあとで誰かが来て我々のことを尋ねても黙っていてもらいたい」
ただならぬ雰囲気を感じた店員は面食らいながらも頷く。マルコが料金を払い、菓子の袋にカンテラと油入れを詰め込むと何食わぬ顔で一行は店を出た。
「皆、宿に戻っていてくれ。それからマルコ、金貨を一枚貸してくれないか」
修道士が言う。言われたとおりに金貨を渡し、青年が他の三人を連れて宿に戻ると、一時間ほど後でルークも宿に戻ってきた。
「下水掃除夫を買収したんだ。『幽霊大学』までの地下の通路を教えてもらったよ」
そう言うと、修道士は一枚の図面を示した。マルコは呆気にとられるばかりだった。
「ば...買収って....いいんっすか?聖職者がそんなことして....?」
だがルークは気に留める様子もなく平然と続ける。
「当然ながら領収書は貰えなかった。済まないが貸しにしておいてくれ、マルコ」
「い...いいっすけど.............」
その後、一同は修道士の勧めに応じてそれぞれの部屋で休憩した。だがマルコ青年は落ち着かなかった。大剣を床に置き、布で磨きながら時折窓の外を見やる。日が傾いていくにつれ、心の中の不安は膨らんでいった。
遠くから、別部屋で仮眠するヨハネの
やがて日没後一時間ほどすると修道士は目を開けた。互いに目配せすると、二人は部屋を出て残りのメンバーに声を掛けた。五人は武装を整えて宿の厨房に入り、驚く料理人たちの間を抜けながら裏口に出た。
「ここから地下に降りよう」
周囲を警戒しながら、ルークがマンホールの蓋を開ける。マルコがカンテラを片手に滑り込み、ヨハネが苦労して穴に巨体をねじ込む。アビゲイルとハンナも続き、最後に修道士が静かに蓋を締めながらついてきた。
底まで降りると、カンテラの薄明かりに照らされて下水管が向こうまで続いている。
「行こう」
「...了解っす」
ルークに促され、マルコ青年は暗闇の中に足を踏み出していった。