筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
「久しぶりだな、騎士団『元』副団長アレクセイエフスキー」
雲の向こうから薄っすらと照らす月明りの下、男は片手で自分のフードをゆっくりと取り除けた。その顔は冷徹で無感情。碧い瞳が冷たく光る。
「....私もきみと同じように退団したのだ。貴族の腐敗に嫌気が差してね」
「.....君はッ...!」
ルーク修道士は片手でメイスをかざしながらも言った。相手は低い声で答える。
「そう。私だ。きみの元部下....」
「騎士団のナンバースリー......エマニュエル・ギュンター大尉。いや、剣の腕のみなら私と同等だった」
ルーク修道士が引き継いだ。
「光栄だ。アレクセイエフスキー。私にとってきみは目標とする男だったからな」
男は薄く微笑むと、両手を後ろで組みながらゆっくりと歩み寄ってきた。だがその他の男たちは手に持った筒を油断なくこちらに向けている。ルークはその動きを目だけで追いながらこう尋ねた。
「だが....君が教会過激派の一員だったとは知らなかったな。どういう変転があったのだ?」
「過激派だと?」
エマニュエルと呼ばれた男は眉をしかめた。
「そんな呼ばれ方は心外だ。我々こそ信仰の正道を実行しているのだからな。我々を過激派呼ばわりする者たちは、敬虔を装いながら実際は利得ばかりを追い求める輩に過ぎん」
「スーパータランチュラの岩山の麓で騎士団員を暗殺したのはきみたちだな?」
修道士が再び問う。だが相手は首を振った。
「それはご想像にお任せする。だが騎士団員などというものは正義の執行者などではなく、しょせん腐敗した貴族の傀儡だ。それは君自身一番良く知ってるはずだ」
「ああ知っている。もっとも...だからといって問答無用で殺そうなどと私は夢にも思ったことはないがね。君はまさか殺しを楽しむ性質があるのか?」
ルークは平静な声音でそう尋ね、首を傾けた。だがエマニュエルと呼ばれた男は鼻を鳴らす。
「我々の活動を趣味か何かと思っているのか?ならそれこそ大きな思い違いだ。アレクセイエフスキー、きみはまさか気づいていないわけではないだろう」
彼は人差し指を突き付けながら続けた。
「貴族、ひいては王家の腐敗こそが世に充満する悪の元凶だ。ならばそれを取り除くことこそが我らの務め。それをせぬなら、我らは神からなすべきことを成さずにいたという罪に問われる。もし君が今すぐ悔い改めて我らの仲間に加わらないならば....」
夜空に浮かぶ雲が風に流され急速に動いている。男は少し間を置いてから言葉を継いだ。
「アレクセイエフスキー、君も同罪だぞ」
「いや、悪いが私にはついていけないな、エマニュエル」
修道士は含み笑いすると答え、こう言った。
「我々は神ではない。復讐をされるのは神。裁かれるのもまた神だ。それは神学校で習う基本中の基本だろう」
「...その甘ったるい神学論理を利用することで教会は権力者と結託し、民への圧政に手を貸し、あまつさえ王族貴族を擁護さえしてきたのではないか。知らぬ存ぜぬを通すつもりか、アレクセイエフスキー?」
男は話を遮り、こうまくしたてた。その碧い目の奥には怒りの色が浮かんでいる。
「ならば聞く、エマニュエル。君たちは権力者たちを倒し自らが王位に就いた暁には完璧な統治ができると自負しているのか?」
ルークは冷静に問いかける。すると相手はやや言葉に詰まった。
「...む...それは....」
「エマニュエル、人間は神ではないというのは何重にも真実ではないか。王位を転覆した者が先の王より過酷な独裁者となる例など枚挙に暇がないだろう」
「だからといって現在行われている悪を放置しておいてよいと言うのか!」
修道士が淡々と言うのに対し、エマニュエルは拳を握って遮った。
マルコは会話に耳を傾けている振りをしながらも、黒衣の男たちとの距離を必死で測った。
全員五メートルは離れている。防御しながら突進すればひとり...いやふたりは倒せる。
だが総勢で十名。攻撃中に残りが毒の針を飛ばしてきたら防ぎようがない。
――――どうする...?どうする...?どうする...?――――
その瞬間だった。
――――ズゴゴゴゴゴゴゴ....ズゴゴゴゴゴゴゴ....――――
突然地鳴りのような音が響き始めた。横たわった巨漢ヨハネの口からだ。
マルコは一瞬驚きに囚われ目を丸くしたが、すぐに安堵すると呟いた。
「へっ...ヨハネのやつ...死んでなかったんだな」
だが青年は真顔に戻ると、今度は少女ハンナとアビゲイルとの距離を確認した。
ルークは負傷している。自分ひとりで女性二人を守るしかない。
「.....アレクセイエフスキー、きみには失望したよ」
やがてエマニュエルと呼ばれた男が静かに言った。
「それで結構だエマニュエル。私は人類が飽きもせず繰り返してきた幾多の過ちの一例として数えられたくはないからな」
ルークは答えた。だがその足にふと目をやったマルコは気づいた。ごくごく小さな摺り足で相手との距離を詰めようとしている。
「接近して私に一撃を加えようというのか、アレクセイエフスキー」
だがエマニュエルが言った。
「無駄なことだ。いずれにせよ私は死を恐れない。それによしんば成功してもここにいる部下たちが任務を遂行するだろう」
彼はそう言うと両手を後ろで組んだままゆっくりと下がっていった。
「さようなら、アレクセイエフスキー」
場の空気が剃刀のように張り詰める。ルークは僅かに膝を曲げた。攻撃準備の態勢だ。彼は小さな声で囁いた。
「マルコ。私が相手をする。きみはハンナ嬢とアビゲイル修道女を連れて逃げろ」
「馬鹿言わないでください。どこの世界に仲間を見捨てて逃げる剣士がいるんっすか?」
マルコは答えた。もはや腹は固まっていた。前を向いたまま片手を伸ばすと、ハンナの腕に触れてこう言った。
「防壁の準備しとけ。吹き矢くらいなら防げるだろ」
すると少女は無言でマルコの腕を強く掴むと、まず自分を指差し、次いでアビゲイルを指差した。
(うちがアビゲイルお姉ちゃんを守る。マルコお兄ちゃんは気にせず戦って?)
なぜかハンナの心の声が聞こえた。マルコはゆっくりと頷いた。
「.....だが、人を斬るなどという重荷をきみに負わせたくはなかったよ、マルコ」
ルークは言った。こちらを包囲した男たちは手に持った筒の先の狙いをピタリと定め、その後端に口をつけている。
「じゃあ仲間を見捨た経験なんていう重荷はいいんっすか?」
マルコが言い返すと、修道士は笑って首を振った。
「それはその通りだ。やはり君は本質をよくわかってるな、マルコ」
――――ズゴゴゴゴゴゴゴ....ズゴゴゴゴゴゴゴ....――――
地鳴りのようなヨハネの
「...へへへ...。この仲間...。いろいろ苦労させられたけど楽しかったな、最高に」
「――――やれ」
エマニュエルの冷たい声が響いた。
* * * * * * * * * * *
その刹那。
上空に突然灯りのようなものが出現した。オレンジ色の炎だ。それが多数浮かんでいる。
黒衣の男たちは一瞬動作をやめ、顔を上げた。
―――――ドヒュッ...!ドヒュッ...!ドヒュッ...!ドヒュッ...!―――――
瞬時に炎の塊が上から降ってきた。吹き矢の筒を構えた男たちの黒衣がたちまち炎上した。
「あ...アチチチッ!」
「た...助けてくれぇッ!」
悲鳴を上げながら燃え上がる衣を脱ぎ捨てようとする刺客たち。
すると、次いで暗がりの中からどこからともなく雷の線が走ってくる。
―――――バチィンッ!バチィンッ!バチィンッ!―――――
やっとのことで上着を脱ぎ炎から免れた男たちが剣を抜く。だがその剣がたちまち雷で包まれた。
「な....なにがどうなってやがる?」
マルコ青年は武器を構えながらも驚きの目で周囲の光景を観察した。刺客どもは苦痛の叫び声を上げると武器を放りだし、次々とよろめいて倒れている。
「クソッ....!」
エマニュエルと呼ばれた男は素早く身を翻し、街路樹の間から建物の陰に滑り込んで姿を消した。
その他の男たちは路上に倒れ伏しながらも弱々しく蠢いていたが、
マルコがふと目を上げると、通りの向こうから足早に誰かが駆け寄ってくるのが見えた。
ルークもメイスを構え直した。だが、その者たちのシルエットは刺客どもとは違う。
マントを背中に身に着け、それぞれが杖を手にしている。男も女もいた。
その雰囲気は血生臭い剣士のそれではない。皆がまるで研究者然とした清潔かつ理知的な佇まいだった。
「ま...魔法使い!本物だ!」
少女ハンナが叫んだ。
新たに現れた人物たちは、倒れた刺客どもに各々近寄っていくと、彼らを縄で縛りその所持品を検査し始めた。まるで何度もリハーサルしたかのような手際の良さだ。
「あ....あのおじいちゃん!」
ハンナが人差し指を上げて再び叫ぶ。その視線の先には、マントを身に着け、杖を突きながら歩いてくる人影があった。
「――――ス...スレイマン閣下....!」
ルークが驚きに目を見開きながら呟き、次の瞬間素早く路面に片膝を突いた。アビゲイルもそれに倣う。マルコ青年はわけもわからないまま、同じように身を低くした。
それはあの老人だった。かつてハンナを巡ってマルコ青年と対決した、宮廷魔術師。
だが、老人はそんなことなど忘れてしまったかのような表情で悠々と近づいてくる。
「閣下...いったいなぜここに?」
修道士は恐る恐るの様子でそう尋ねた。
「なんのことはない。儂らもお主を尾行しておったのじゃ、アレクセイエフスキーよ」
スレイマン老人はそう答えると、満足げな顔で見回した。もはや刺客どもは手足を固く縛られて座らされている。しかも全員が自殺防止の猿轡まで嵌められていた。
「それは不覚ながら気づきませんでした...」
「当然じゃ。姿を消しておったのじゃからな。おい」
ルークが頭を下げると、スレイマン老人は刺客たちを調べていた魔法使いの数人に合図した。彼らは素早く歩み寄ってくると、修道士の腕に手を当て呪文を詠唱し始めた。
すると、魔法使いたちの手が薄く輝き始める。その光がルークの血まみれの腕に吸い込まれていくと、修道士の顔色が少しづつ回復していった。
一方、ほかの者たちは横倒しになったキメラの巨体に歩み寄っていった。ひとりが小刀を取り出しその腹に当てて切開すると、別の者が手術器具のようなものを取り出して内部を探り始めた。
「閣下.....これは...治癒魔法...ですわね?」
ルークの傍らに近付いてきたアビゲイルが驚きの表情で言う。するとスレイマン老人は頷いた。
「そうじゃ。アビゲイルよ、お主の腕前のほどは聞き及んでいるが、なにぶん時間が勿体のうてな」
老人は自分の髭を捻ると言葉を継いだ。
「アレクセイエフスキー、聖職者のお主としては魔法治療は好かんじゃろうが、ともかく早いところ話がしたい。儂の車に来い」
* * * * * * * * * * * * * * *
「な...なんてぇ豪華な馬車だよ....」
マルコ青年は思わず呟いた。
五人は大学の構内から出ると、大通りに停められていた四頭立ての巨大な馬車に乗せられたのだ。
客室は完全に屋根のついた八人乗り。座席はビロード貼りのソファ。
しかも、車輪にサスペンションがついているらしく、発車しても殆ど揺れない。
走行速度は速く、夜の町の灯りが恐ろしい速さで背後に駆け抜けていく。
ちなみに魔法治療を受けて目覚めたヨハネは自分の足で馬車に乗り込んだが、座席に身を預けた数秒後には寝落ちしてしまった。
「さすがに金持ちは違げぇぜ。別世界だな...。いい暮らししてやがるぜ」
誰にともなくマルコが呟くと、聞き咎めたスレイマン老人は吐き捨てるように言った。
「バカモンが。儂が贅沢のためにこの馬車を使ってるとでも思ったか。これだから無知な農民上がりは困る」
「え....?」
慌てて青年が顔を上げると、スレイマン老人は続けた。
「儂がこの馬車を使っているのは移動中も執務するためじゃ。見ろ」
斜向かいに座った老人は座席の下を指さした。そこには本や書類がビッシリと並んでいた。箱に入ったペンやインク入れ、さらには魔装具らしき物もごちゃごちゃと詰め込まれている。
「いったい宮廷魔術師の仕事をなんだと思っとる。日が暮れると寝る農民とは違うんじゃぞ」
「わ...わかりました。サーセン」
反論もできずにマルコが縮こまると、ようやく老人は気が済んだのか、今度はルークに向かって口を開いた。
「アレクセイエフスキー。お主、もう気づいておるな?」
老人は人差し指を上げると、五人の全員をひとりひとり指さした。
「お主ら...とんでもないことに巻き込まれおったな。よく今まで生きておったわい」
だがその時だった。
――――ズゴゴゴゴゴゴゴ....ズゴゴゴゴゴゴゴ....――――
地鳴りのような
スレイマン老人は出鼻を挫かれたかのような表情で眉を歪めて巨漢の寝顔を睨みつけた。それを見たマルコ青年は突如腹の底から湧き上がる笑いの衝動に襲われ、思わず下を向いて自分の腿をつねった。
「...ええい。まあよいわ」
だが老人は首を振ると、改めて言った。
「お主ら。まずは自覚せい。お主らは今、国中の勢力から狙われているのじゃ。いや....連中が狙っているのはお主らというより、お主らが倒した魔物の身体の中にあるものじゃがな」
「閣下...恐れながら。ではその『魔物の身体の中にあるもの』とは一体...」
ルークが遠慮がちに口を挟む。すると老人は面倒くさそうな顔をしつつもこう答えた。
「ふん?知りたいか。知りたいなら教えてやる」
彼は座席の下から本を取り出すと、その頁を操り、両手で開くと五人に示した。
「『魔力核』じゃ」
「『魔力核』....?」
ルークとアビゲイルが同時に声を上げた。老人は続ける。その手にある本のページには正八面体のような宝石が描かれていた。
「魔力核。これを多く保有するものこそが覇権を得る。そういう代物じゃ」