筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
「巨大熊?はてのぉ....ここのところ一週間は見かけんようになったのぉ。以前は畑を荒らすわ家畜は喰うわで大変じゃったんだが」
老人は答えた。ファロンの森に入って最初の村で聞き込み調査をしていた青年マルコと少女ハンナの二人は顔を見合わせた。
「移動したのかも知れねぇな....。爺さん、どっちに向かったか見当はつくか?」
「さぁ.....もしかすると山に帰ったのかも知れんが、詳しいところはなんとも...」
そう首を傾げた老人に礼を言うと、マルコとハンナはその場を離れた。みすぼらしい村の出口から、森の奥に向かって歩く。背の高い木々が太陽光を遮るせいか、地面に光が射し込まず薄暗い。
「こいつは思ってたより厄介だな。場所が最初から分かってるダンジョンと比べると、お目当ての魔物がどこにいるのか探し当てることから始めなきゃならんから面倒だぜ」
マルコ青年はぼやいた。だがハンナは上機嫌で応じた。
「大丈夫だよ。きっとすぐ見つかるって」
「お前根拠のねぇ自信ばっか大量に持ってんだな」
「だって...今の生活最高だもん!」
少女は言った。
「ご飯三食食べれるし、誰もいじめてこないし。しかも靴も新調できたんよ?もう夢みたい」
ハンナはつま先立ちになると、軽く飛び跳ねて両足を打ち合わせた。それを聞いたマルコ青年はやや口をつぐんだあと呟いた。
「...そうとうひでぇ環境だったんだな、前は」
「うん。でももう忘れた!さ、早く探そ?魔獣魔獣!」
ハンナは青年の腕を引っ張る。そうして二人は歩を進めた。
やがて、道は次第に登り坂になってきた。それと同時に周囲の木々がより太く、より高くなっていく。
空気はひんやりと湿っている。鳥の声さえもほとんど聞こえてこない。
「おそらく近づいてるのは確か....だろうな」
「だ..ね」
二人は言い合った。周囲には霧が立ち込め始めている。
やがてふたりは小さな川を越え、さらに奥地に入っていった。ゴツゴツした岩が木々の間に目立ち始める。まさに原初の森といった趣だ。おまけに霧がますます濃くなってきている。
「ん?...なんか匂うな」
マルコが呟く。彼は背負ってきた新品の剣三本のうちの一本を抜くと右手に構えた。
「た...たしかに匂うね。嫌な臭い」
ハンナも同意すると、手を伸ばして青年の左手を掴んだ。
「触んな。動きにくいだろ」
「あ...ごめぇん。ついつい」
注意されても少女は大して悪びれない。
「おい、こないだみてぇに予備の剣持ってろ。この霧の中待ち伏せされたら面倒だ」
「えぇ~。お兄ちゃんの重いんだけどぉ」
「なんでも雑用するって言ってたろ。それとも一人で帰るか?」
ひと悶着の後、ようやくハンナが剣を二本抱え、その前をマルコが用心深く前進していった。木々の影が濃く、足元の土は湿って沈む。青年は、数歩進んでは鼻をひくひくさせ、また数歩進んでいく。
「匂いを追っていきゃ奴さんの痕跡に行き会えるだろう。少なくとも糞とかな...。そっから辿って....」
マルコがそう言った瞬間だった。
――――ガサ...ガサ...ガサ...――――
急激な物音。青年は顔を上げ警告した。
「なんかいるぞ!防壁張る準備しとけ!」
その途端、目の前の霧の中から何かが飛び出してきた。
狼型の魔物・ワーグだ。
「どり゛ぇ゛い゛ッ゛!」
マルコは剣を横に薙ぎ払った。先頭の
「ハンナ!気を付けろ!」
叫びながら死体を払いのけ、後続の
「ヒイッ!」
だが別の
唸り声を上げながら
怯んだ
ドシン...ッ!
子牛ほどの大きさの
だが次々と新手が襲ってくる。
「こんにゃ゛ろ゛ぉ゛ッ゛!」
マルコは右手の剣を手あたり次第に薙ぎ払い、撃ち漏らした敵には左手に掴んだ
鈍い衝撃音とともに魔物の身体が分断され宙を舞い、かと思うと『肉の棍棒』に吹き飛ばされた
やがて数秒が経過すると、到底勝てないと悟った魔物たちの群れは踵を返して逃げ始めた。
マルコが左手に持った
「おい!ハンナ!大丈夫か!」
青年が駆け寄ると、少女は頭をさすりながら片手でピースサインをした。
「あいてて...でも見た?火炎で
「バカ野郎!心配かけやがって!」
マルコは怒鳴ると、傍らに落ちていた
「ご...ごめん。でも自分の身はちゃんと自分で守るから.......」
青年はしばらくの間荒い息をついていたが、やがて深呼吸すると少女に言った。
「おい。お前はやっぱりちゃんと魔法学校に入れ。確か全寮制で成績が良けりゃ学費も免除って聞いたぞ」
「えぇ~っ。また机に向かって授業とか、意地悪なクラスメートとか、もううんざりだよぉ。うちは行きたくない」
ハンナは泣き声を上げた。だが青年は譲らなかった。
「なぁ。本来お前レベルの魔法使いは、職員が言ってたみたいに低難度から始めて経験積むんだぞ。それか剣士から僧侶まで大勢抱えた大型パーティで無給のインターンやるとかな。いずれにせよ、俺とペアで高難度魔物に挑戦なんて無謀もいいとこ....」
だが、マルコはふと喋るのをやめた。話しているうちに、風が吹いて霧が晴れ始めたのだ。
視界が開けていった。目の前の木立の中に、ぽっかりと開いた空き地がある。
そして、その空き地の真ん中に巨大な『何か』があった。
「ね...ねえ。あれって何?」
ハンナがそれを指さして呟いた。マルコは足を踏み出し、空き地のほうに向かって歩を進めた。
だが、途中で足元に転がっていた倒木にふと目を下ろし、彼は驚愕して立ち止まった。
人の胴ほどもある太い木が、ヘシ折られている。
左右を見回すと、同じように折れた木が何本も倒れている。
その途端にマルコは気づいた。
これは、人工の広場ではない。
木立の中で、想像もできないほど巨大な力を持つ何者かが暴れたことで、木々が倒されてできたのだ。
その『広場』の中央に転がっている小山のようなものに近づいたマルコは思わず息を呑んだ。
それは、真ん中から綺麗に両断された獣の死体だった。
腐敗し始めているのか、真っ黒な毛皮の間からはみ出た臓物や肉に大量の蠅がたかっている。
「ど...どうやら....こいつがその『グラトニィベア』...みてぇだな」
その場に片膝を突くと、マルコは手配書に描かれたスケッチとその死体を見比べ、呟いた。
「じゃあ...さ..さっきの
ハンナが小声で応じる。
「...だな」
マルコはそう言うと立ち上がった。
「無駄足だったな。誰がやったか知んねえが先ぃ越されちまった」
だが青年は腕を組むと首を捻った。
「だが妙だ。身体全体が両断されてる以外、頭とか手とかはそのままだ。賞金稼ぎなら切断して持ち帰るはずだ。解せねえな」
それを聞いたハンナは目を輝かせ、マルコの袖を引っ張った。
「ねえ、だったらマルコお兄ちゃんが倒したことにすればいいじゃん。そうしようよ。そうすればうちら大金持ちだよ?」
「ばぁか。んなのバレたらギルドから追放喰らうぞ。商売あがったりだ」
「そっかぁ....」
少女は残念そうに顔を伏せた。マルコは踵を返した。
「ま、とにかく今夜泊まる場所を探そう。
* * * * * * * * * * * *
霧は晴れてきたものの、今度は太陽が急速に傾いていく。
マルコ青年と少女ハンナは、川のところまで戻ると、下流に向かってそれを辿り始めた。
「川の近くには民家があったりするもんだからな」
「でも...こんなとこに住む人って相当な人嫌いなんじゃ?」
「かもな。だが逆に客が珍しいからって歓待してくれることもあるぜ」
二人が会話しながら歩いていると、やがて川沿いに小さな空き地が現れた。
今度は人工の空き地だ。開けた場所の奥に、粗末なログハウスが建っている。その傍らには丸太が山のように積まれていた。
マルコはほっと溜め息をついた。日没までもう時間がない。
「よし、ここなら申し分ない。住人を探そうぜ」
青年は言うと、ログハウスの扉に近づいていった。
その途端に、唐突にその扉が開いた。
中から出てきた人影を見たマルコは一瞬固まってしまった。
戸口を一杯に塞ぐその体格。185センチあるマルコよりもさらに一回り大きい。
何よりも目を奪ったのはその異様なほど広い肩幅と胸板の厚さだった。
業務用大型冷蔵庫がそのまま立っている。そう形容しても言い過ぎではない。
さらにその男の顔は一面髭で覆われていて、灰色の瞳を持つ両目の上にかかった極太の眉毛が、侵入者を訝しむかのように曲げられている。
「....なんだ」
その男は、口を開いた。地鳴りのような迫力の声だった。
マルコはしばらくの間ポカンとしていたが、慌てて口を開いた。
「あ...あぁ。俺たちぁ怪しいモンじゃねえんだ。冒険者でね。ほら、魔獣が暴れてるって聞いてたもんだから....」
青年はそう言うと自分と後ろに立った少女を指さした。
「俺はマルコ、こっちはハンナ。んでちぃと頼みがあるんだが...一晩泊めてくんねぇか?」
すると、髭もじゃ冷蔵庫男は数秒黙った後尋ねた。
「....泊める...とはなんだ」
それを聞いたマルコは落胆し軽く溜め息をついた。
「どうやら歓迎されてねぇみてぇだな...。ま、無理にとは言わねえ」
そうして青年が相棒ハンナのほうを振り返ったときだった。少女が飛び出さんばかりに両目を大きく開き、ログハウスの壁を指さしている。
「お..お兄ちゃん....あれ....」
マルコはふと彼女の視線の先に目を向けた。
そこにあったのは、超巨大な斧だった。刃の部分だけで人間の胴体ほどはある。
そして、その刃の端にはわずかに黒い血がこびりついていた。
青年は思わず近づくと、その刃に顔を近づけた。よく見ると、黒い獣の毛も何本か付着している。
「その斧は俺のだ」
髭もじゃ冷蔵庫が声を掛けてくる。マルコは慌てて立ち上がり、振り向いて尋ねた。
「な...なぁ。もしかして...グラトニィベアを倒したのって...あんたか?」
「それはなんだ」
男が尋ねる。マルコは言葉を探した。
「なに...って。そりゃ、バカでかい熊だよ。この辺りで暴れてたんだろ?」
「熊は俺が倒した」
すると男は言った。マルコは驚きに口を開けてしまった。傍らのハンナを見ると、彼女も同じ顔をしていた。
「....お...おい兄さんよ。じゃあなんであいつの死体を放置してるんだ?討伐証明を持ってけば大金持ちだぜ。賞金どんだけかかってるか知らねぇのか?」
辛うじてマルコが言葉を継ぐ。だが男は答えた。
「...賞金とはなんだ」
「なッ...賞金目当てでさえねぇのかよ」
マルコが絶句すると、髭もじゃ冷蔵庫男は斧を掴み、丸太の山のほうに歩いていった。
「...あいつは森を荒す。だから倒す」
男は静かに言うと、丸太に手を伸ばした。
マルコはさらに驚愕した。男が片手で丸太を掴んでいたからだ。その指先が鋼鉄の器具か何かのように木の肌にがっちりと喰い込んでいる。
男はそうして取り上げた丸太を地面に放り出すと、その上に斧を振り下ろした。
まるでバターを切るように丸太が切断される。男が斧を振るたび、みるみるうちに丸太が細切れになっていった。木片が雨のように飛び散り、周囲の地面に積もっていく。
「.....『倒す』って思っただけで倒せるっていう相手じゃねぇと思うんだけどな...」
マルコは茫然自失のさまで呟いた。ハンナは彼の腕の後ろに身を寄せながら言った。
「お兄ちゃん...このおじさんって...ほんとに人間?」
だがマルコ青年は何かに気づいたかのように顔を上げた。そして髭もじゃ冷蔵庫男に声をかけた。
「な...なあ兄さん。あんた名前は?」
「...ヨハネ」
男は斧を振る合間に短く答えた。マルコは相手に近づくと持ち掛けた。
「なあ、ヨハネ。どうだ?俺と組まねえか?」
すると男は手を止めて振り向いた。
「...組むとはなんだ」
「俺と一緒に賞金稼ぎをやるのさ。儲けさせてやるぜ?あんたと俺だったら高難度ダンジョンも巨大魔獣もより取り見取りだ」
マルコの意図を察したハンナも慌てて声を上げた。
「そ...それにねそれにね、今だったら可愛い魔法少女のハンナちゃんがお手伝いしてあげる特典つき!凄いでしょ?」
「お前は魔法少女じゃねぇだろ」
「いいの、細かいことは!」
二人が言い争っていると、ヨハネと名乗った大男は腕を組んで少し考えていたようだった。マルコは彼に向き直るとこう締めくくった。
「...ま、すぐに決める必要はねぇが、考えてみてくれよな。あんたなら年収が今の十倍どころか、二十倍以上.....」
「年収とはなんだ」
「...年収って...カネだよカネ。一年で稼ぐカネがどんだけかっていう意味だよ」
だが大男の口から続いて出てきた言葉。予想もしない質問に、マルコは絶句した。
「‥‥カネとはなんだ」
* * * * * * * * * * * * *
マルコはヨハネに説明した。
都市部においては貨幣が流通しており、それとの交換で生活に必要な物資を入手できること。
そして魔物を狩る冒険者に対してはギルドが賞金を支給しており、危険と引き換えに高額の収入を得られること。
そのように言葉を尽くして説明した後、マルコはこう言って相手の肩を叩いた。
「....というわけだ。あんたも今よりずっといい暮らしができるってことさ。悪い話じゃねぇだろ?」
するとヨハネと名乗った男は不思議そうな顔で尋ねてきた。
「いい暮らしとはなんだ」
もはやマルコ青年は言葉を失った。
会話が通じない。概念が理解されていない。価値観が伝わらない。
「ねぇお兄ちゃん...このおじさん、もしかしておカネとか興味ないひとなんじゃない?」
ハンナが諦め顔で横から囁いてきた。だがマルコは思った。
――――こんな男を逃す手はない。俺にふさわしい相棒は、こいつしかいない――――
マルコ青年は熱心に説得を続けた。そして、日が沈む頃、ヨハネはようやく首を縦に振った。
「――――森を荒す魔物、倒す」
「よし、よく言ってくれたぜ!じゃあ、明日俺たちと一緒にギルドに登録に行こうぜ」
マルコは嬉し気に手を叩いた。ハンナもほっと安堵の溜め息をつく。
だが、このふたりは知らなかった。
このヨハネという男を加えたパーティは、やがて国を揺るがすほどの大事件に巻き込まれていくのである。