筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
巨大生物ヨハネ、持病が快癒し満足する
「ルークさん、聖体拝受が始まったらヨハネに声を掛けるのはギリギリにしてください。で、あいつの番になったら俺が連れてきますから....」
マルコ青年が囁きかけるとルーク修道士が頷く。
「なるほど、その間に私が司祭に一枚だけを残してバンを片付けるよう言うわけだな。了解だマルコ」
―――青年が酒場で女給マリアを食事に誘った日の翌朝。
礼拝堂の中は早くも信者たちで賑わい始めていた。最前列に席を占めたマルコたち五人だったが、青年は落ち着かない気持ちだった。前回と同じ目には遭いたくなかった。
青年が小声でルークと作戦の打ち合わせをしていると、唐突にヨハネが顔を上げた。
「バン‥」
「ねえねえヨハネおじさん、今度うちが綴り方教えてあげるから、やってみない?」
するとハンナがすかさず割って入る。気を逸らされた巨漢は少女に質問し始めた。
「綴り方とはなんだ」
「字が書けるようになるってこと」
「字とはなんだ」
「A B Cのこと」
「A‥とはなんだ」
「後で紙に書いてあげるから。ね?」
その間にルークと小声で作戦の細部を詰め終わると、マルコ青年は労いの気持ちを込めて少女ハンナの肩を叩き、彼女もウィンクで応えた。それを見ていたアビゲイルは口に手を当ててクスクスと笑う。
「このパーティーもチームワークの良さが際立って参りましたわね。わたくし見ているだけで気持ちがいいですわ」
「アビゲイルさんも笑ってないで手伝ってくださいよ」
不満顔でマルコが漏らすと修道女はまた笑った。
「だってわたくし戦闘職ではなく治療職ですもの」
「あんなに剣術うまいのにどの口で言ってんっすか」
「あら、そうかしら?A級剣士のマルコさんに褒められるなんてわたくしも捨てたものじゃないですわね」
「そういう嫌味やめてくださいよ、アビゲイルさん。仲間なんだから」
「あら、嫌味ではありませんわ。もう街を歩いていてもマルコさんの噂を聞かない日はありませんわよ?」
「それもそれで困るんっすけどね」
やがて会話しているうちに司祭が祭壇の前に立ち、すぐに礼拝堂内は静まった。
前に立ったのは先週と同じ、クラウデオと呼ばれた司祭だ。まず司祭が祈り、その指揮で聖歌が何曲か歌われると、彼は聖典を取り上げて朗々と読み上げた。そして朗読が終わると、司祭は聖典を脇に置いてこう切り出した。
「...昨夜のことです。私は持病の頭痛にひどく悩まされましてね」
司祭は自分の側頭部に軽く手を当てた。
「あ..皆さん、もちろんご心配は無用です。今朝はもう治ったので。ですがあまりに痛みがひどいとき、私はこう思うことがあります。『こんなに痛む頭の部分など、取れて無くなってしまえばいいのに』と。ところが、ある日祈っていると、主がこうおっしゃったのです」
彼はゆっくりと歩き、講壇の後ろから出ながら言う。
「『お前は時々痛むからと言って私の造った身体にケチをつけるのか』と。私は答えました。『主よ。文句を言った私が間違っていました。ですが主よ、頭痛がするときはどうすればいいのでしょうか?』すると主は言いました。『痛む部分を気遣いなさい。お前自身が痛みを体験することがなくして、痛みに苦しんでいる信者を気遣うことはできないだろうから』」
司祭はそこで人差し指を上げ、問題を出すかのように会衆の方を向いた。
「そこで私は言いました。『わかりました主よ。では頭痛の体験コースはいつごろ修了させていただけるのでしょうか?』すると主はおっしゃいました。『それはお前次第だ。修了したいと言うなら、次は腹痛のコースになる。その次はひざ痛だ。それでいいか?』」
クラウデオは会衆を見回し、続けた。
「私は困り果ててこう尋ねました。『主よ、それらを避ける方法はないのですか?』すると、主はこうお答えになりました」
数秒の間を開けると、司祭はこうオチをつけた。
「―――――『なら、全く健康な人しかいない教会に行き、そこを牧しなさい。人数は‥そうだな。三人くらいだ』」
すると会衆から小さな笑いが巻き起こった。アビゲイルとルークも可笑しそうに顔に手を当てている。
「―――――さて、みなさん。教会とはどういう場所だとお思いでしょうか」
ひとしきりの笑いが収まると、司祭は講壇の後ろに戻って問いかけた。
「みなさん、教会というものは聖人ばかりが集う理想の場所だと思っておられるでしょうか。もしそうなら、残念なことです。むしろ.....それとは程遠い場所だと言わねばなりません。私からお勧めします。みなさん、どうか教会にそのような幻想を抱かないでください」
突然の告白に、会衆の何人かが戸惑いの表情を見せた。ルーク修道士とアビゲイル修道女は真顔に戻り食い入るように司祭を見つめている。クラウデオは咳払いをすると続けた。
「...教会というものはむしろ、何の取り柄もない、欠点だらけの、どうしようもない人間たちが集まるべき場所です。聖典を最初から順に読んでみればわかります。神に用いられ重要な働きをした人物たちの多くは、完璧な人間ではありませんでした。いや....酔っ払い、浮気男、怒りんぼう.....あるいは人殺しさえいたのです」
初めて聞くような話に、マルコ青年も思わず引き込まれ耳をそばだてた。傍らのハンナも真剣に聞いている。
「このことが示している真実はこうです―――そのようなどうしようもない人間であっても、いや、そんな人間だからこそ、神の恵みによって生きることができる。教会とは、そのことを再確認するための場所と言えます」
アビゲイルは祈るように手を組み、ルークもまた瞬きさえせずに司祭を見つめていた。司祭は少し間を置くとこう言葉を継いだ。
「ところが、完璧でない人間が大勢集まると、完璧でない状況が起こります。互いに意見が衝突し、他人が自分をどう扱うかで不満が湧き、相手を責め、あるいは『なぜ私がこのような目に遭うのか』という苦い思いが生じます。予告しておきましょう。それは必ず起こります。必ずです」
もはや静まり返った礼拝堂に司祭の声が響く。
「私もまた、司祭として告白します。私は完璧には程遠く、欠点だらけの人間です。ですが、私はよく知っています。この私もまた、神の恵みによってこの場所に立っていると。だからこそ、お願いします。どうか、あなたがたも、『完璧な人間になってから神の前に立とう』などと決して思わないで欲しいのです。そんなことをしていたら私たちはそれを果たせないままに年を取って死んでしまうでしょう」
すっかり話に引き込まれていたマルコ青年はふと横を向いて驚愕した。巨漢ヨハネが目を見開き、真剣に聞いているのだ。
「完璧な人間になろうなどとあがくのではなく、今すぐに、そのままのあなたでここに来て、神の恵みの中に入っていただきたい。なぜなら、あなたが神の目にかなう者とみなされるようにするため、まさにそのためにこそ、救い主は身代わりに犠牲を払ってくださったのですから。....しかし、それはもう一つのことを意味します―――自分以外の他の者も皆、同じように欠点だらけのまま神の恵みを求めてやってきているということです」
マルコは不思議に思った。巨漢ヨハネは、人の話を聞いていて分からないことがあれば必ず質問する。そうでないときは、全く聞いていないのだ。それなのに、今はまるで説教を理解しているかのような顔で黙って集中している。
「だからこそ、聖典には『互いに寛容を示し、愛をもって忍び合いなさい』とあるのです。これは意見の相違も衝突も争いもないという意味ではありません。それがあってもなお、互いがここに属していることを認め合い、愛をもってともに居続けるという意味なのです」
司祭はやがて説教を締めくくった。
「聖典にはこうも書いてあります。『もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶ』。私たちが互いの違いにも関わらず尊びあうことができるよう祈り、ともに聖体にあずかりましょう」
司祭が両手を上げると、会衆が立ち上がった。マルコとルークは打ち合わせ通り動いた。マルコが巨漢ヨハネを列の最後尾に並ばせる。そして彼の順番が来る直前にルークが助祭に合図しパンを片づけさせた。
一枚残ったパンを手渡された巨漢は侘しそうな表情でそれを食べ、盃の葡萄酒を飲むと席に戻っていった。
ところが、司祭が最後の祝祷を始めると、ヨハネは突如呟いた。
「.............痛い」
「...え?どこがだよ、ヨハネ」
怪訝に思ったマルコが思わず尋ねた。
「...............膝」
巨漢は答えた。少女ハンナも顔を上げた。
「いつからなの、おじさん?」
「もう....ずっと......」
ヨハネは答えた。ルークもまた祈りを止め心配そうに巨漢を眺めている。
「確かに...これほどの巨体を支えていれば膝が故障してもおかしくはないな」
修道士が言った。ハンナが手を伸ばして巨漢の膝をさすりながら問うた。
「どれぐらい痛いの?」
「.......ものすごく」
「ずっと我慢してたの?」
「.....」
少女が重ねて問うとヨハネは短く頷いた。
「――――もうヨハネさんったら。早く言ってくださればよかったのに」
するとアビゲイルが見かねたように立ち上がり、巨漢の前に跪いて手を置いた。
修道女が祈祷を始める。近くにいた会衆たちも顔を上げて不思議そうな視線を投げかけてきた。
するとやがてクラウデオ司祭も祝祷を止め、成り行きを見守り始めた。意外な展開に信者席からざわめきが起こった。
だがしばらくすると、変化が起きた。
普段は何かを訝しむかのように太い眉を曲げている巨漢が、心から満足そうな笑顔を浮かべたのだ。
「.........痛く....ない」
「よかったですわ。慢性痛って生活の質そのものに影響してしまいますから、悩んでいる方は多いんですわよ。また痛んだらいつでもわたくしに...」
アビゲイルがほっと溜め息をついて立ち上がったとき、クラウデオ司祭が大声で叫んだ。
「――――みなさん、ご覧なさい。『一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶ』。私たちは今まさにその実践を目にしたのです」
会衆たちが立ち上がって拍手を始めた。感極まって涙を流している者さえいる。
急に注目の的になったマルコは驚きと困惑で目を白黒させた。アビゲイルはうんざりしたような苦笑いを浮かべ首を振る。だがルークは感嘆の表情を浮かべ修道女を見つめていた。
「...ま、よくわかんねぇけど良かったな、ヨハネ」
マルコは親し気に巨漢の肩を叩き、ハンナも嬉しそうに彼の腕に手をかけた。だが、当の巨漢本人はいつもの何もワケがわかっていない表情に戻り、髭についたパンの欠片をつまんで食べ始めた。
その瞬間だった。
礼拝堂の扉が大きな音を立てて開かれた。
振り返ると、開いた戸口に武装した制服姿の男たちが立っている。その中央にいた士官らしき男が呼ばわった。
「――――近衛衛士隊だ。この教会を捜索させてもらうぞ!」
* * * * * * * * * * * * * * * * *
「近衛衛士隊だ。全員、その場から動かないでいてもらいたい。これから捜索と聴取を行う」
士官が座席の列の中央に設けられた通路を足早に進みながら再び呼ばわる。
「そ...捜索?一体どういうことだ?」
「衛士隊が教会を?そんなの聞いたこともないぞ」
「まさか.......俺たち信者も取り調べされるのか?」
驚きのあまり呆気にとられていた会衆が、困惑顔で互いに囁き交わし始めた。だが士官は周囲を見回すと有無を言わさない口調で念押しした。
「繰り返すが、信者の皆さまもその場で動かずにいてくれたまえ。これから一人一人の氏名と連絡先を確認させていただく」
だがその時、アビゲイルがすっくと立ち上がって声を上げた。
「衛士隊長。どういうおつもりかしら?このわたくしに説明していただけないかしら」
すると彼女に気づいた士官が驚いた表情で立ち止まった。
「あ...アビゲイルさま!まさかここにいらしたとは....」
修道女は士官にツカツカと歩み寄った。その表情は般若のように険しい。
「衛士隊長。礼拝が法律で保護されているのはご存じですわね?それとも、まさか王国刑法188条説教妨害罪および礼拝所不敬罪を白昼堂々犯すつもりでいらっしゃるの?」
「し..しかしアビゲイルさま。我々は既に裁判所から捜査令状も受けておりまして...」
士官は圧倒されたように後じさりした。だが修道女は相手に人差し指をつきつけ、容赦せずまくしたてる。
「たとえ法律で許されていても、神聖なる礼拝を邪魔することはこのアビゲイルが許しませんわよ。それともこのわたくしを本気で怒らせるとどういうことになるか、その身をもって体験してごらんになりたいかしら?」
「そ...そう申されましても...。我々は王城からの命令で....」
その時クラウデオ司祭が祭壇の前から足早にやってきて割って入った。
「アビゲイル修道女、いいんだ。ここは私に任せてくれ。捜査に協力しよう」
「でも...司祭さま。よろしいんですの?こんな乱暴狼藉を許してしまったら...」
「いや、私の判断でそうさせてくれ。『上に立つ権威に従え』と聖典にある通りだ」
司祭の言葉を聞いて、アビゲイルは渋々ながらの表情で引き下がった。
* * * * * * * * * * * * * * *
続いて入ってきた衛士たちが、信者たちを立たせて整列させると一人づつ聴取を始めた。
「司祭、この男をご存じか?」
隊長が一枚の似顔絵をクラウデオ司祭に差し出す。すると司祭は言った。
「....確か....この方は....」
彼は顎に手をあててしばらく考えていたが、やがて声を上げた。
「ああ。エマニュエル氏ですね。エマニュエル・ギュンター氏だ。覚えていますよ」
近くにいたルーク修道士の顔がそれを聞いて一気に引き締まった。マルコもまた驚いて司祭を見る。隊長は厳しい口調で問いかけた。
「なるほど、では司祭どの、ギュンターとの付き合いがどれくらいあったのか話していただきたい。まず最後に会ったのはいつ頃のことです?」
ルークはアビゲイルと目線を交わすと、横から割って入った。
「待ってくれ隊長。本格的な聴取をする前に弁護士への依頼を許可すべきだろう」
「いや、いいんだルーク。私は隠すべきことは何もない」
司祭は手を上げて修道士を遮り、衛士隊長に向かって言葉を継いだ。
「このギュンター氏は確か...騎士団員だったはずだ。数年前に辞めたと聞きましたがね。武人でありながら聖典にお詳しいので私も良く覚えていたのですよ。ですがそれ以来お会いしていませんね」
「本当かね?最近もここに出入りしていたという目撃証言がある。嘘をつくとためにならんですぞ」
隊長が畳みかける。だが司祭は平然と応じた。
「それは出入りしていても不思議ではありませんね。そもそも教会は全ての人に開かれているのですから」
クラウデオは微笑むと、ゆっくりと自分の両手を前に出した。
「...たとえ犯罪者であってもです。その人に神の前で悔い改める機会が万分の一でもある限り私は扉を閉ざしませんよ。それが罪だとおっしゃるなら、どうぞ逮捕なすってください」
それを聞いた隊長は返答に困り、口ごもってしまった。彼は続けて二、三の質問をすると、諦めて踵を返し、信者たちへの聴取を終えた部下たちを引き連れて帰っていった。
* * * * * * * * * * * *
「..災難だったなクラウデオ」
ルーク修道士が司祭の肩を叩いた。だが司祭は首を振った。
「教会というものは世の権威の下にはいるが、完全に従っているわけではない。このような迫害に遭うのは覚悟の上だよ」
「どういうことだ?」
修道士が怪訝な顔で尋ねる。
だが司祭は一瞬謎めいた笑みを浮かべると、ゆっくりと歩きながら祭壇の脇の扉へ去っていった。