筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
「....専属御者を雇うん‥っすか?」
「そうだ。六つ目のダンジョンがある南西部ハイデルバーグまでは遠いからな」
マルコが尋ねるとルークは言った。五人は教会を出て朝食を済ませると表通りを歩いていた。向かう先はギルド本部だ。
「でも、なんで馬車屋じゃなくってギルド本部なんっすか?」
「ああ。...その理由だが...........」
マルコ青年の質問に相槌を打つと、修道士はこう説明した。
「まずダンジョンの周辺地帯に危険が多い。魔物と遭遇する可能性だけでなく治安が極めて悪いんだ。大金を積んでも普通の御者は二の足を踏むだろう。だがギルド経由なら話は別だ。後方支援の職を探している荒事に慣れた元冒険者を紹介してもらえるはずだ」
「ハイデルバーグの離れ山って..そんなヤバい場所なんっすね」
青年は言った。ルークは頷くと、歩きながら言葉を継いだ。
「それに我々は尾行されている。味方からも敵からもな。万がいち、敵方から襲撃され乱戦になった場合も、戦闘経験のある御者とない御者では反応が全く違う」
「....忘れてましたよ。そもそも俺たちの置かれた状況そのものがヤバいってことっすよね」
マルコ青年はうんざりした顔で溜め息をついた。
「マルコさん、なにごとも経験ですわ。わたくし、結構この状況をエンジョイしてますのよ?」
アビゲイル修道女が親し気に青年の肩を叩く。だがマルコは答えた。
「そもそもアビゲイルさんの肝の太さが異常なんっすよ」
「...それはうちも同意かも」
ハンナも含み笑いしながら言った。だが修道女はどこ吹く風で嘯く。
「言いましたでしょ、マルコさん。ひとたび神に身を捧げてしまえば...」
「へいへい。怖いものなんて何もなくなる....っすよね?」
マルコ青年はやる気のない声で引き取った。そうこうするうちに一行は壮麗なファサードのある建物の前に出た。
地方都市にある支部とは比べ物にならないほど巨大な二階建ての建築。窓から垣間見える内装も格段に上等だ。
「...さすが...首都って感じっすね」
「気負うことはないよマルコ。ギルドとしての機能は支部と同じだ。あとは売店が充実しているくらいだよ」
マルコの呟きに答えながら、修道士は先頭に立ってドアを開け中に入っていった。
だが続いて内部に入ったその瞬間。青年は違和感を感じた。
賑わっていた建物内部があっという間に静まり返る。そこここに立っていた冒険者たちがこちらを振り返り、じっと見ている。
「な...なんだってんだよ?俺らお尋ね者じゃねぇぞ」
困惑したマルコが思わず言うと、あちこちから囁き声が上がった。
「な....なぁ。あいつらって噂の....」
「『筋肉三銃士』...だろ?」
「見ろよマルコの剣!デケェなんてもんじゃねぇぜ」
「あれでキメラの首をぶった斬ったのかぁ...すげぇな」
「クソッ...俺もはやくああなりてぇぜ」
ルークは全く聞こえていないかのようなそぶりで真っすぐにカウンターに向かう。だがマルコ青年はその後を追いながらも驚きに目を丸くして周囲を見回した。現実が現実ではないような気がした。
ヒソヒソとした囁き声は続く。
「なぁ見ろよ、『粉砕のルカ』もいるぜ!」
「なんでもスーパータランチュラをタコ殴りにしたんだってよ!」
「狂ってやがらぁ...全盛期と変わってねぇな」
「マルコにパーティリーダーやらせながら剣術も教えてるんだってよ?」
「『伝説の男』が次の伝説を育てる...ってか。クウッ...ムネアツじゃん!」
カウンターに近づくと、奥から職員が声をかけてきた。
「これはこれはアレクセイエフスキーさま。本日はどのようなご用件で?」
「ああ。求職者を探しているんだ」
何気なく修道士が言う。すると、カウンターの周囲にいた冒険者たちが一瞬黙り込み、互いに顔を見合わせると、今度は猛烈な勢いで五人のところに押し寄せてきた。
「俺、剣士なんっすけどどうっすか?マルコさんと被らないように小物は一手に引き受けますよ!」
「俺、弓矢も使えますよ!投げナイフも得意っす!」
「どけよ!俺なんかなぁ、剣魔法使えるんだぜ!」
目を輝かせた男たちが自分を指さしながら口々に言い立てる。マルコはますますの驚きに目を白黒させた。
「みんな、悪いが今回募集するのは戦闘職でも治療職でもない。御者だ」
だがルークが振り返って大声で言った。それを聞いた男たちはキョトンとした顔になり、そして空気が抜けたような様相で引き下がっていった。修道士は職員に向き直った。
「聞いた通りだ。御者を探している。それも戦闘経験の豊富な元冒険者がいい。特殊な求人だが、あたってもらえるか?」
「は...はい。かしこまりました、アレクセイエフスキーさま」
職員は返事をすると水晶端末に向かって鍵盤を叩いた。そして結果を印字した紙を差し出した。
「条件に合う候補者はこちらかと。個人情報保護のため、候補者を絞ったらリストはご返却ください」
「わかった、ありがとう」
ルークは礼を述べながら紙を取り上げた。だが、リストを走査していたその目の動きがすぐに止まった。
「さっそく良さそうなのがいたんっすか?」
「..................ああ」
マルコが横から覗き込むと、ルークはようようの間を開けてから返事をした。だがそれきり何も言わない。
青年はルークを見た。だが彼は心ここにあらずの様相だった。
「ルーク....さん?」
問いかけると、修道士は数秒経ってから顔を上げ返事をした。
「ああ。ちょうど適任者がいた。うってつけの人物だよ」
「どれっすか?」
青年が尋ねると修道士は一つの名前を指さした。
「ヨーゼフ・シュトルム。彼なら大丈夫だ」
「もしかして知り合いっすか?」
「ああ。知っている」
マルコが尋ねるとルークは短く答えた。そしてカウンターから付箋を取り、リストに書かれた住所を転記して剥がすと、紙を職員に返却して踵を返した。
だが、帰ろうとするとマルコたち一行は冒険者たちの群れに阻まれた。
「マルコさん!...あの...サイン頂けますか?」
「ルークさん!俺、子供のころから憧れてたんです!」
剣士らしき若者たちが手帳とペンを差し出してくる。かと思うと、別の若者たちがアビゲイルとハンナを指さしながら囁き交わした。
「うわぁ...見ろよ!聖女アビゲイルの実物!イイ女だよなぁ...」
「しッ..!気をつけろよ。怒らせたらメチャクチャ怖いって噂だぜ」
「魔法少女ハンナってホントに子供だったんだな!まさに神童だぜありゃ」
「お...俺...実はグッズ持ってんだ。サインもらおうかな.....」
五人の周囲には人だかりができ、その場は混乱状態に陥った。
「みんな!申し訳ない。今の任務にはタイムリミットがあるんだ。悪いがゆっくりしている時間はない。通してもらえるか?」
ルークが叫ぶ。すると冒険者たちは徐々に鎮まり、渋々顔ながら道を開けた。
その刹那だった。扉が勢いよく開かれ、外から入ってきた剣士らしき少年がヨハネに声をかけた。
「ヨハネさん!『カチ割りのヨハネ』さんですよね!あの...良かったらサインを...」
だが少年から受け取った手帳とペンを手にした巨漢はしばらくの間そのままの姿勢で固まっていた。
「その...できれば....『ルドルフに』って書き添えてもらえると...」
赤面しながら少年が続ける。だが巨漢はおもむろに口を開いた。
「サインとは.....なんだ」
* * * * * * * * * * * *
「いい?まずこれがAね」
走行する馬車の客車の中で巨漢と向い合せになりながらハンナが言った。その膝の上にはノートが開かれている。彼女は大きく文字を書くとそれを巨漢に示した。
「矢じり..」
ヨハネが呟く。だがハンナは首を振った。
「違うの。これがAっていう文字」
「文字とはなんだ」
「文字を組み合わせて言葉にするの。一個だけじゃ意味ないけど、集まると意味ができるの。ね?」
そう言いながらハンナはもう一度Aをノートに書いた。だが巨漢は言った。
「...山..」
「違うってば。AはABCの最初なの」
「AB...とはなんだ」
「AからZまで二十六個の文字を覚えれば、全部の言葉を書けるようになるの。すごくない?」
ハンナは笑顔で辛抱強く語り掛ける。だが巨漢は理解できていないようだった。
「あ!じゃあ、おじさんのサインだけまず教えてあげるね」
少女はそう言うとノートに大きく書いていった。
「J..О..H..A..N..N..E..S、と。これ覚えとけば次にサインせがまれたときとか...」
「サインとは....なんだ」
「サインって、おじさんの名前を文字にしたものなの。ね?」
「....」
すると巨漢は黙り込んだ。やはり理解できていない様子だった。
「ハンナ、そんぐらいにしとけ。車ン中で勉強してっと酔うぜ」
マルコが横から口を出した。だが少女は不満顔で抗弁する。
「だって、おじさん今まで文字も習わなかったなんて可哀そうじゃん。孤児のうちでさえ書けるのにさぁ」
「気持ちはわかっけどよ。でも、ヨハネが必要としてるかどうかはわかんねぇぜ」
「お兄ちゃんってば冷たい!今朝司祭さまの説教聞いたばっかなのにもう忘れたの?」
青年の何気ない言葉に、ハンナは猛反論する。
「なんだ、おまえやけにあの司祭さんに心酔してんだな」
マルコが混ぜっ返すと少女はノートを閉じながら答えた。
「だって、仲間以外では初めてだから。教会のひとなのにうちが魔法使いだって知ったうえで人間扱いしてくれたのって」
「そっか....」
青年はそれ以上言葉を掛けられなかった。やがて馬車が止まり、ルークが降車した。マルコたちも続いて出ると、修道士は荷物をトランクから下ろし、御者に金を払って馬車を発車させた。
「なんか......表通りと雰囲気違うっすね」
マルコは周囲を見回しながら言った。
周囲に立ち並ぶ建物は明らかに傷んでいる。街路には失業者らしき男たちがそこここに立ち尽くしていた。
「住所はこの建物だ」
ルーク修道士は目の前に建った石造りのアパートを指さした。壁があちこちひび割れ、割れた窓ガラスが紙で補修されている。
「行ってくる。そこで待っていてくれ」
修道士はそう言うとアパートの表扉を開けて中に入っていった。だが一分もしないうちに出てきた。
「いないっすか?」
「ああ。留守のようだ」
「じゃあ帰ってくるまで待つっすか」
マルコとルークが会話している間、ハンナは巨漢ヨハネを座らせて再び綴り方の授業を始めた。するとアビゲイル修道女が口を開いた。
「ねえルーク修道士、そのお方ってお歳はいくつくらいでいらして?」
「歳.....?ああ、私より五つ上だ」
「あら、引退にはちょっと早い年齢ですわね」
ルークが答えると、アビゲイルは思案するように顎に手を当てた。
「もしかして...そのお方、お怪我をなされたとか?」
「よくわかるな、アビゲイル修道女」
驚きの表情で修道士が呟く。修道女は得意そうに胸を張った。
「わかりますわ、修道士...。危険を冒して富を得んとする冒険者の
「ああ。後方支援職でさえ通常の仕事よりも報酬は段違いに高額だ。引退冒険者が御者や運搬係に手を挙げるのは決して珍しくないことだよ」
ルークは通りに目を向けたまま応じる。そうして数時間が経過した頃、寂れた街路の向こうから物音が近づいてきた。
馬車だ。
一頭立ての粗末な小型馬車で、幌さえもついていない。
御者席には、白髪交じりの髪を長く伸ばし顔中に髭を生やした中年男が座っていた。
ルーク修道士は立ち上がると馬車に向かって大きく手を振った。
すると馬車は五人の前まで来てから停車した。だがマルコは御者の左手に目を引かれた。
前腕がない。その代わり、金属製の大きな鉤のようなものがついている。
「ヨーゼフ、久しぶりだな」
ルーク修道士は馬車に近づきながら言った。だが御者は返事をせずに手綱を車体に引っ掛けると、ゆっくりと席から降りてきた。
だがその動作を見ていた青年にはすぐ分かった。
体格は小柄。だが身体中に神経が張り巡らされている。
―――――こいつ、強えぇぞ、きっと―――――
「ヨーゼフ、今日来たのはほかでもない....」
修道士が相手の前に立って口を開く。
その途端、ヨーゼフと呼ばれた男は右の拳を振り上げ、体重の乗ったフックを相手の顎に叩きつけた。
骨が鳴る音が通りに響く。修道士は衝撃で頭をのけぞらせると、後ろに数歩よろめき尻餅をついた。
「ルークさん!」
マルコは叫んだ。だが修道士は手を挙げて青年を制すると、顎を片手で撫でながら立ち上がった。
「ずいぶんな挨拶だな、ヨーゼフ」
ルークは腹を立ててもいなさそうな口調で言う。だが相手は低い声でこう答えた。
「てめぇ何しに来やがった?」
ヨーゼフと呼ばれた男は人差し指を突きつけると続けた。
「今すぐ失せろ。殺されねぇうちにな」
「今日来たのは仕事の依頼だ。専属御者を探している。報酬は弾む」
「仕事だぁ?」
修道士が平静な口調で言うと、男は眉をしかめた。だがルークは続けた。
「率直に言ってきみはカネを必要としているはずだ。そうだろ?」
「ケッ...舐めやがって」
ヨーゼフと呼ばれた男はそう吐き捨てると、金属でできた自分の左手を持ち上げた。
「俺が引退に追い込まれたのも元はといえばてめぇのせいだ。そうだろ?」
男は血走った目を見開くとルークを睨みつけながら言葉を継ぐ。
「...それで今度は半端仕事を恵んでくれるだぁ?てめぇの親切心にはありがたくて涙が出らぁ。坊主だけに偽善は一人前なんだな、え?」
「それについて言い訳をするつもりはない。だが、今は仕事の話をしたい。受けるのか受けないのか、それだけ聞かせてもらおう」
修道士が応じる。するとヨーゼフと呼ばれた男は数秒間黙っていたが、やがて押し殺した声で言った。
「...いくらだ?」
「前金が百万。成功報酬にあと百万。期間は十日間だ」
「百五十と百五十だ。ビタいち文負けられねぇな」
するとルークはマルコの顔を見た。青年は少し考えたあと、おずおずと首を縦に振った。
「成立だ」
ルークが宣言すると、ヨーゼフと呼ばれた男はまた口を開いた。
「ちょっと待て。今回も『王家特命案件』なのか?」
「その通りだ。ダンジョンを二つ、十日以内に攻略する」
「ケッ...ふざけやがって。相変わらずロクでもねぇ仕事ばっか持ってきやがる」
御者はまた吐き捨てた。だがそう言いながらも彼は御者席に戻り、マルコたちに手で合図した。青年が戸惑っているとヨーゼフと呼ばれた男は怒鳴った。
「なにボサっとしてやがる。早く乗れ」
「え?あ...うっす」
マルコは我に返ると、巨漢に合図して客車に荷物を詰め込み、自分たちも乗り込んだ。だがギュウギュウ詰めだ。
「大型馬車を借りなきゃなんねぇ。王家の費用持ちならせいぜい奮発させてもらうぜ」
ヨーゼフと呼ばれた男は誰にともなく呟くと、馬に手綱を当てて発車させた。
* * * * * * * * * * * * * *
馬車は貧民街を走り抜けると、やがて表通りに入った。周囲の建物が高速で後ろに流れていく中、マルコ青年は何度もルーク修道士の顔を見た。だが修道士は前を向いたまま口を閉ざしている。
「あの...ルークさん」
青年はやっとのことで口を開けた。するとルークは小さな声で言った。
「ああ。わかってる。いずれ話そうと思ってたんだ」
修道士は軽く溜め息をつくと、言葉を継いだ。
「私の犯した過ちについてな。私が一度引退を決意した理由でもある」
「....てめぇの判断ミスのせいでパーティは全滅寸前に追い込まれた」
すると御者席にいたヨーゼフが前を向いたまま口を挟んだ。
「...もっとも、あれも『王家特命』だったからな。ギルドを経由してねぇ案件だから事の顛末が噂になることもなかった。だが...」
ヨーゼフは肩越しにチラリとマルコたちを見ると、こう続けた。
「てめぇの新しいダチどもには伝えといたほうがいいんじゃねぇか?何しろ命を預け合う仲間なんだからな」
「そうだな」
ルークはもう一度溜め息をついた。マルコは息も潜めたまま耳を傾けた。ハンナとアビゲイルもじっと修道士を見つめている。
やがてルークはボソボソと語り始めた。
「――――あれは...十年と少し前のことだった」