筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
「見逃すだと?ルカ、お前正気なのか?」
ヨーゼフが訝し気な顔をして声を上げた。停車した馬車の横には、下着一丁になった七人の盗賊が正座させられている。
アビゲイルは盗賊どもの頭領の前に座りその側頭部に手を当てて祈祷していたが、やがて満足げに溜め息をついた。
「どうにか耳がくっつきましたわ。切断から時間が経っていなかったのが幸いでしたわね」
「せ....聖女さまぁ...。このご恩は一生忘れません!」
頭領は額を地面にこすりつけんばかりの勢いで頭を下げる。
ルーク修道士はその光景を眺めながら言った。
「裁くのは神。復讐するのも神だ。ここで彼らを処断するのは我々の仕事ではないと思う」
「ケッ...馬鹿で世間知らずなのは相変わらずだな。まるで考えってモンが足りねェ」
ヨーゼフは吐き捨てるように言うと、言葉を継いだ。
「いいか、ここでこいつらを見逃せば、必ずいつか盗賊に戻る。第二、第三の被害者が出るぞ。だから俺が言っているのはこうだ」
御者は右手で手刀を作ると、左腕の肘辺りを斬る仕草をした。
「―――殺さねぇまでも、全員片腕を斬り落とす。そうすりゃ二度と悪さはできねぇ」
それを聞きつけた盗賊どもが震え始めた。失禁し股間を湿らせる者まで出てきた。
「だ...旦那!お許しくだせぇ!もう二度と...二度と悪さはしませんから!」
頭領が必死の表情で訴えかける。他の者どもも口々に哀願した。ルークは穏やかな口調でヨーゼフに言った。
「見ろ。人を悔い改めに導くのは裁きではなく憐れみだ。私はそちらに賭けたい」
「とんだ甘ちゃんだな。どっかの本に書いてあることをそのまま信じ切ってるってわけか。つくづく呆れるぜ」
だがそう呟いたヨーゼフはもはや盗賊どもには興味を失ったようだった。御者は彼らが脱ぎ捨てた皮鎧や武器をまとめて抱えると乱暴に馬車の荷台に放り込んだ。
「おいヨーゼフ、それを持っていく必要はないだろう」
ルークが咎めると、ヨーゼフは平然と答えた。
「売りゃ多少のゼニになる。俺はおめぇらと違ってもうSクラスでも冒険者でもねぇからな。チマチマ小銭稼いでいかねぇとならねぇ」
「だが我々はきみに十分な報酬を....」
「黙れクソ坊主」
修道士の言葉に被せるように吐き捨てると、御者は馬車の前部に戻って席に登った。だがアビゲイルは一列に並んだ盗賊たちにひとりづつ手を当てて祈っている。
そこへ、馬車の前に放置されていた丸太を捨てにいったマルコ青年と巨漢ヨハネが戻ってきた。
「おい尼さんよ。丸太も片付いたみたいだしさっさと出発するぜ。置いてくぞ」
男三人が馬車に乗り込むと、ヨーゼフがアビゲイルに声をかけた。だが彼女は無視して祈祷を続ける。結局全員の顔の傷が治ったところで彼女は祈祷をやめてゆっくりと立ち上がった。盗賊たちは何度も頭を下げながら急ぎ足で立ち去っていく。
「ッたく無駄な時間かけやがって。二日で到着しろって言ったのはあんたらだよな?」
ヨーゼフが横を向いて唾を吐きながら毒づくと、アビゲイルは澄ました顔で答えた。
「あら、ごめんあそばせ。もし遅れが生じたらわたくしの責任ですわね、ヨーゼフさん」
修道女は挑戦的な目で相手を見上げながら続けた。
「『汝敵を愛せ』とあるとおりですわ。それを行ったがゆえに責めを負うなら修道者として本望ですわね」
「なるほど、あんたもどっかの本に書かれてることを頭っから信じてるってわけか。とんだお花畑だな」
御者が嘲笑する。すると修道女は真顔に戻って反論した。
「聖典は他の書物とは全く異なるものですわ。すべて神の霊感によって書かれたものであって...」
「霊感?幽霊が書いたのか?そいつは面白れぇな。さぞかし魑魅魍魎がいっぱい出てくるんだろうよ。今度読み聞かせてくれ」
御者がからかうと、アビゲイルは目を剥いて言った。
「ええ。ぜひお読みして差し上げますわ。それは真理の言葉であって、たった一つの永遠の救いに至る道が示されておりますの。わたくし、あなたの迷える魂もまた救いを必要としていることがはっきりわかりますわ」
「へぇ。あんたがそう言うんだったらそうだろうよ。あんたの中では、な」
興味のなさそうな口調でヨーゼフが相槌を打つ。だがルークが客車の前部から顔を出しながら声をかけてきた。
「アビゲイル修道女。もういい、出発しよう」
それを聞いたアビゲイルは憤懣を押さえつけるように深呼吸すると足早に馬車の後部に向かい、乗り込んだ。するとヨーゼフが手綱を鳴らして乱暴に馬車を発車させた。
* * * * * * * * * * * * *
「――――ああいうお方を愛することこそ、修道者としての良い訓練ですわね」
少女ハンナの隣に席を占めたアビゲイルが誰にともなく呟く。するとハンナは彼女の顔を見上げて言った。
「アビゲイルお姉ちゃん真面目過ぎ。ああいうおじさんってまともに会話してちゃ疲れちゃうよ。もっとノリで行かないと」
「...ハンナ、おまえ良く知ってんだな」
それを聞いたマルコは苦笑いした。すると少女は胸を張る。
「だって、うちのいた町ってああいうやさぐれたおじさんばっかだったもん。こっちから何か言ったって駄目。だけど、相手の話をさんざん聞いてあげたあとで、さりげなく欲しい物を言うの。そうすると十回中三回くらいはくれるよ。機嫌いいときとか」
するとルークは幌に背をもたせかけ、目を閉じながら言った。
「彼は丸くなったほうだ。最初出会った頃はあんなものではなかった」
「丸くなるとはなんだ」
すると巨漢ヨハネが尋ねた。修道士は落ち着いて答える。
「怒ったり争うことをしなくなる、という意味だよヨハネ」
「丸く‥‥」
だがヨハネは理解出来ていない顔で御者の背中を眺め回した。
「俺は泥棒の息子なのさ」
話を聞いていたのか、ヨーゼフは前を向いたまま言った。それを聞いたマルコは思わず耳をそば立てた。
「俺の親父は大金持ち専門の泥棒でな。お袋はその三番目だか四番目の愛人だった。だが親父はどうしたわけか俺のことを気に入って、俺に壁の登り方から鍵の開け方まで基本を叩き込んでくれたよ。だがやがて親父は捕まって縛り首になった。そこで俺は考えたってわけさ」
馬車は快速に進んでいく。左右に広がるもの寂しい平原が後ろに流れていき、やがて前方に背の高い尖った山が姿を現した。
「俺にはまともな稼業は到底向いてねぇ。だが泥棒を継いだらいずれ捕まって縛り首だ。するとひらめいたのさ。人の家から金を盗むのも、ダンジョンから財宝を盗むのもおんなじなんじゃねえかってな」
「かくして『バーグラー』の誕生というわけだ」
ルークが引き取った。マルコは驚きとともに呟いた。
「俺‥バーグラーの実物見るの初めてっすよ」
「希少職種だからな。それにSクラスは後にも先にも彼一人だろう」
修道士が呟く。前方を見ると、背の高い山が次第に近づいて来るのが見えた。
「だから俺はああいうハンパな悪党どもを見ると無性に腹が立つ。奴らが何を考えているのかも手に取るようにわかる。ま...だから余計腹が立つんだな」
ヨーゼフはそう言って笑うと、義手を挙げて前方を示した。
「ほれ、お望み通りもうすぐ到着だ」
マルコは前方に目を凝らした。背の高い山の麓には、傾きかかった太陽に照らされた物寂し気な町が広がっている。
だが遠目で見た印象だけでも、異様さが伝わってきた。建物が傷み、あちこち崩れているだけではない。無秩序な増築を繰り返しているのか、各所に足場が林立しており、崩れかかった家屋の真上に新たな建物が鎮座している場所まであった。
「あそこで一泊っすね」
青年が何気なく呟くとヨーゼフは首を振った。
「いや、やめたほうがいい。町の手前で野宿だ」
「な....なんでっすか?」
マルコが尋ねるとルークが引き継いだ。
「あの町の宿屋は追い剥ぎと結託している。いや、町そのものが法の外にあると言っても過言ではない」
「な...なんなんっすかそれ」
青年が唖然として呟くと、アビゲイルが腕を組み顎に手をかけながら言った。
「ハイデルバーグ辺境伯の没後、この地方は統治者不在状態が続いたのですわね。でも本当に無法地帯と化してるとは驚きですわ」
「...じゃあ、町を支配してるのは誰なんっすか?」
マルコが疑問を発すると、ヨーゼフは言った。
「先住民さ。ドヴェルグ族だ。だが奴らも山の中にある財宝の相続権を巡って内部抗争を繰り返してるがな」
「ま...待ってください。じゃあ結局誰に話を通せばダンジョンに行けるんっすか?」
「ドヴェルグ族の族長、ドーリンがいいだろう。彼は話しの通じる相手だと聞く」
修道士が言うと、ヨーゼフは鼻を鳴らした。
「どうだかな。あいつも今じゃ衰えたって噂だぜ。そしたら他の氏族が横槍を入れてくるかもな」
「じゃあ...ヨーゼフさんはどうしたらいいと思うっすか?」
何気なくマルコが尋ねると御者は肩をすくめた。
「知るかよそんなの。交渉してダメなら忍び込むだけさ。昔の俺ならな」
御者は左手の義手を挙げてマルコたちを指すと続ける。
「だがおめぇらみたいな大所帯で女とガキまで連れてたらそれも無理だろ。ま、正面から堂々と行ってみたらどうだ?当たって砕けろってな」
「うちガキじゃないもん!ちゃんと役に立ってるんだからね!」
反射的にハンナが叫ぶと、御者は鼻で笑った。だがルークが言った。
「ヨーゼフ、彼女はダニエルの娘だ。魔力も頭脳も生き写しだぞ」
「へぇ、そいつぁ驚きだな。あいつの娘か」
ヨーゼフは珍しく目を見開いて振り向くと、また前を向いた。
「じゃ、せいぜい今度こそは死なせねぇようにするんだな、ルカよ」
それを聞いたルークは顔を固まらせながら黙り込む。マルコは溜め息をつくと呟いた。
「...じゃあ...野宿しながらじっくり作戦会議っすね」
* * * * * * * * * * * * * *
「そうそう。それで最後に、横に一本線を引くの。やってみて」
ハンナが巨漢ヨハネの膝の上で開かれたノートを指さしながら言う。ヨハネは覚束ない手つきでペンを握り、言われた通りに線を引いた。
「できた!できた!すごいヨハネおじさん!これで『A』の完成よ!」
少女は大袈裟に両手を叩くと歓声を上げた。
日没後、草原に天幕を立て焚火を囲んだ一行は、食事を終えると思い思いに寛いでいたが、少女ハンナは辛抱強く巨漢に綴り方を教えていた。巨漢ヨハネは自分が書いたものを不思議そうに眺めながら呟いた。
「A...とはなんだ」
「ABCの最初の文字よ。千里の道も一歩からって言うじゃん?」
「最初とは...なんだ」
「ええっとね.......」
少女ハンナは一瞬上を向いて素早く頭を回転させると、話題をすり替えた。
「おじさん貸して?いいこと教えてあげるから」
彼女はそう言って巨漢の膝の上からノートを取り上げ、彼の書いた文字の左側に素早く書きつけていった。
「J...О...H...と。お兄ちゃん、あとお願い!」
ハンナがそう言ってノートを渡してきたのでマルコは目を白黒させた。
「あと...ってなんだよあとって」
「続き書いて。この右側。ね?」
少女が囁く。やっとその意味を呑み込んだ青年は、下手くそな字で続きを書きつけた。
「ええっと...N...N...E...S...だっけ?」
「そう!できた!」
ハンナは大声を上げてノートを掲げた。
「見て!おじさんの名前だよ!ほら、みんなで力を合わせて書いたんだよ」
それを聞いたアビゲイルが笑顔を浮かべて拍手する。ルークもそれに倣った。だがヨーゼフは関心も無さそうな目でこちらを眺めながら片手に持ったスキットルから酒をチビチビと飲んでいる。
「...俺の...名前?」
巨漢が不思議そうに呟く。すると少女ハンナは何度も頷いた。
「そう。これを書ければね、色々できるようになるの。銀行でお金借りるとか。ね?」
彼女は名前を書いた頁を綺麗に切り取ると巨漢に渡した。
「記念に取っとく?それにこれをお手本にすれば練習できるし。ね?」
だが巨漢はそれを覗き込むと言った。
「これが...俺.......」
「いや、違げぇって。お前の名前さ」
「これが...俺.....」
マルコが慌てて訂正したが、巨漢はそう呟くと大事そうに紙片を抱え込んだ。ハンナと青年は目を丸くして顔を見合わせた。
「なんか...誤解させちまったみてぇだな」
「―――マルコ、ドヴァルグ族との交渉は神経を使うだろう。私に任せてもらってもいいか?」
ルークが近寄ってきて青年の横に腰かけるとそう言った。
「ルークさん、でもそいつらって俺らがドラゴンをブッ倒すって言ったら単純に喜ぶんじゃねぇんっすか?」
マルコが胸に浮かんだ素朴な疑問を口にする。すると修道士は首を振った。
「いや、逆だ。彼らの関心事はドラゴンの穴に埋もれている財宝だ。時価で数兆ルピーは下らないという」
「ちょ...兆?」
青年は目を丸くした。
「彼らはもしドラゴンが倒れたら王国中...いや世界中から財宝目当ての略奪者が押し寄せてくると警戒しているんだ。だから我々の申し出も容易には信用しないだろう」
「....つまり、他人に取られるよりドラゴンに押さえられてるほうがましってことっすか?」
「そういう連中さ。その財宝ももともとあいつらが掘り出したモンだからな」
ヨーゼフが横からそう言うとまたスキットルを口に運んだ。マルコは戸惑いながらも尋ねた。
「じゃあ...なんつって説得します?」
「腹を割って話すしかあるまい。だが彼らの複雑な政治的立場に配慮が必要だ」
「政治...的...立場ってなんっすか」
修道士の言葉にマルコが質問する。すると今度はアビゲイルが言った。
「ドヴァルグ族...国を持たない民族ですわね。採掘と金属加工に類まれな才能を持ちながら、内部抗争が災いして弱体化し、彼らの領土は長らく王国の属領となっていたのですわ」
「よくわかんねぇけどなんか...面倒臭そうな連中っすね」
マルコが呟くと、修道士が引き取った。
「アビゲイル修道女の言った通りだ。彼らは王国側の人間を信用しない。その不信感は常軌を逸していて、王国を信用するくらいならむしろ追い剥ぎや盗賊と手を組むほどだ」
「王家から統治を任されたハイデルバーグ辺境伯の死因も怪しいものですわ。彼らによる毒殺や暗殺の噂が絶えませんもの」
アビゲイルが付け加える。マルコ青年は憂い顔で溜め息をついた。
「なんか...魔物討伐以前にメッチャクチャ問題が山積みなんっすね。じゃあルークさんに任せるっす」
だが、その時奇妙な物音が聞こえてきて一同は顔を上げた。
背の高い山のほうからだ。
麓にある町には夜の灯が無数にまたたき、ぼんやりとした光を放っている。
だが、それとは別に夥しい数の灯火がこちらに向かってきているのだ。
それが接近するに従って、馬の嘶きも聞こえてきた。一頭や二頭ではない。数十頭だ。
「ルカ、来るぜ。逃げるなら今のうちだな」
ヨーゼフが平静な口調で言った。するとルーク修道士は数秒考えたあとこう答えた。
「...いや、逃げれば怪しまれて二度目に会ったとき交渉の糸口が掴めなくなる。このまま会見しよう」
「え...?来るって...その何とか族の連中っすか?」
「おそらくそうだ」
マルコが尋ねると修道士は答えた。その表情は戦闘前のように引き締まっていた。
やがて無数の足音が接近してきた。それにつれ、手に手に松明を持った群衆の姿が見えてきた。
皆、顔中に髭を生やし、髪も伸び放題だ。小柄だが筋骨逞しく、粗い麻の服を着て、片手に松明、もう片方の手に棍棒や剣を持っている。
そしてその中心には馬に乗った者たちの隊列があった。馬上の男たちも同じような服装だったが、先頭にいる者はひと際眼光が鋭い初老の男だった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
マルコは思わず大剣を手にして立ち上がった。だがルーク修道士が片手を上げて制し、目で合図してくる。青年は迷いながらも武器を下ろした。
群衆はやがてマルコたちの宿営をぐるりと取り囲んでしまった。その数は数百だ。
修道士は相手を迎えるように進み出て、マルコがその後ろで女たちを守るようにさりげなく位置取りした。ヨハネはぼんやりとした表情で周囲を見回している。そしてヨーゼフは相変わらず腰かけたままスキットルから酒を飲んでいた。
「...名乗れ、よそ者よ」
馬上の者たちの先頭にいた初老の男が呼ばわった。
「私はルーク修道士。こちらは私の仲間たちだ」
ルークは柔らかな声で返答する。だが初老の男は検分するように目を細めてマルコたちを眺めまわした後、こう言った。
「盗賊どもから報告があった。強い男に一瞬で無力化された、とな。お前たちか?」
「それは俺さ。久しぶりだな、ドーリンの旦那」
ヨーゼフが気軽な調子で義手を挙げた。すると初老の男は片眉を上げながら呟いた。
「...『バーグラー』...。貴様か。また分け前をねだりに来たのか?」
「その節はどうも。だが今日俺が来たのは別件でね。単なる案内人みてぇなもんさ。あと詳しいことはそこの坊さんに聞いてくれ」
御者はそれだけ言ってしまうとまたスキットルを口に運んだ。初老の男はルーク修道士に向き直ると厳しい口調で問うた。
「貴様、冒険者か?それとも王国の手の者か?」
「...我々は王家の命を受けてここに来ている」
修道士がそう答えた瞬間、周囲を囲んだ群衆が一斉に武器を持ち上げた。皆、その目が憎悪と警戒心で見開かれている。
「バカが。正直に答えりゃいいってもんじゃねぇぞ」
ヨーゼフが独り言を言った。だが修道士は顔を上げると大声で続けた。
「聞いてくれ族長。我々は財宝には興味がない。ドラゴンを倒したいだけだ」
ルークは言葉を継ぐ。ハンナがマルコ青年の傍らに来ると、その腕にすがりついてきた。
「貴殿らの苦悩の歴史は私も知っている。だが貴殿らの将来がどのように帰結するのであれ、ドラゴンはいずれ倒されねばならないのではないか?」
修道士は反応を伺うように間を空けると、言葉を継いだ。
「我々が王家から命じられたのは魔物討伐のみ。それが終わったらすぐに退散する。貴殿らに迷惑はかけん」
「それを信じろと?」
ドーリンと呼ばれた初老の男は馬に乗ったまま傲然と修道士を見下ろした。
「三百年前、王家が全く同じことを言った。この地方の魔物を打ち払い、平和をもたらしてやる、とな。その甘言を信じた我が父祖たちは牢の中で朽ち果てた。そこから我らの苦難が始まったのだ」
「貴殿らの歴史には同情する。だが今の状態があるべき姿だとは言うまい。貴殿らはその財宝に指一本触れられないばかりか、あの穴からいつドラゴンが出てくるのかと怯えているのではないか?」
修道士も反論した。すると初老の男は怒りを発し声を荒げた。
「よそ者に指図はさせん。後悔する前に立ち去れ。次は容赦はせんぞ」
すると武器を構えた群衆がジリジリと距離を詰めてきた。マルコ青年は困惑して周囲を見回した。
その瞬間、アビゲイルが口に手を当てて含み笑いした。
「ドラゴンを頼みにして財宝を守ろうなんて、とんだ臆病な族長さまですこと。呆れ果てますわね」
一同が驚いて注目するなか、彼女は言い放った。
「何ッ....」
ドーリンと呼ばれた男は目を剥いて修道女を睨みつける。だがアビゲイルは相手を真っすぐに見返しながら追い打ちした。
「もう一度言いますわ。あなたはむしろ魔物の脅威から解放され自由になることを恐れてらっしゃるのではなくて?そんな情けない根性では、ドラゴンなんかいなくたって誰かの奴隷にしかなれませんわよ」
「.....お...女ぁ...」
族長は額に青筋を立てながら呻く。すると修道女は人差し指を上げ、落ち着いた口調で言った。
「言った通り、わたくしたちは魔物退治以外には興味はありませんわ。そのことを証明するためにわたくしが.....」
彼女は少し間を置くと続けた。
「あなたがたの人質としてここに留め置かれる。残り四人がダンジョンを攻略し、ここに戻ってきたら解放していただく。それでどうかしら?」
「おいおい尼さんよ、それじゃここで待機してる俺まで人質みてぇな扱いになっちまうだろ」
するとヨーゼフが迷惑そうな表情で顔を上げた。
「ふん...人質2名をここに置く...というわけか」
だがしばらくの後、冷静さを取り戻した族長が呟いた。
「よかろう。ダンジョン探索を認める...ただし」
だが彼はすぐに険しい表情に戻ると、こう続けた。
「少しでも怪しげな素振りを見せたら、ひとりづつ順に処刑する。よいな?」