筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
地下広間の床に積まれた金貨の山を割るようにして出現した魔物の姿を見て、マルコたちは息を呑んだ。
長い首が曲がりくねりながらもたげられる。その先端には角の生えた頭部。口吻には鋭い牙が並んでいる。
やがてドラゴンは水から上がった獣のように身体を振ると、残りの金貨を砂埃のように吹き飛ばした。
マルコたちは思わず腕で顔を覆った。礫のように吹き付けてくる金貨の雨が収まると、恐るべき魔物の全貌が目の前に現れた。
背中には禍々しい形に折り畳まれた一対の翼。その関節部分に生えた長槍のような鉤爪。
鯨のような胴体の下には逞しい両脚。その足先に破城槌のような三本爪。
ドラゴンは首を高く持ち上げ、マルコたちを傲然と睥睨しながら言った。
「――――冥土の土産に味わわせてやろう。本物の苦痛と恐怖。身を焦がすような後悔と自己嫌悪をな!」
「...俺とヨハネが行きます...。ルークさんは後衛を」
マルコは大剣を握り直すと呟いた。腹の底から湧き上がる煮えたぎるような憤りはまだ衰えていない。
――――――ふざけるな。俺たちがいまここで終わらせてやる――――――
だが、意外なことにドラゴンはそのまま動かなかった。その筋張った巨大蜥蜴のような顔には余裕たっぷりの表情が浮かんでいる。
「ルーク...か。貴様は一番最後に殺すことにしよう」
魔物は呟くように言った。
「守るべき仲間を一人づつ目の前で焼き殺され、絶望と失意の中で貴様の命も果てよう。だが...」
それを聞いたルーク修道士の顔が固まった。マルコ青年は驚きに満たされて魔物と修道士の顔を交互に見やった。
「...その涙の最後の一滴が流されるまでは...生かしておいてやろう。儂が見たところ...貴様は失敗者だ。そうだろう?」
修道士の額に汗が浮かび始めた。メイスを握るその指が軽く震えている。
――――――まずい。話が長引けば長引くほど不利になる―――――――
マルコ青年は悟った。
「ヨハネ!挟み撃ちだ!」
そう叫ぶとマルコは前に進み出た。だが、その瞬間にドラゴンが背中の翼を大きく羽ばたかせた。
――――ブォォォッ...!――――
突風のように空気の塊が押し寄せる。吹き飛ばされた金貨も礫のように襲ってきた。
身を低くしてそれを凌ぎ、必死で顔を上げる。
だがその瞬間には既に魔物は宙に浮かび上がっていた。
火炎攻撃か?それとも空中からの突進か?
マルコ青年の頭は忙しく回転した。だが、敵の姿を見た青年は違和感を感じた。
尻尾がまだ、金貨の中に埋まっている。
予感が電撃のようにマルコの脳裏をよぎった。
「ハンナ!」
振り向いて叫ぶ。それとほぼ同時に、金貨の山の中から大蛇のような尻尾が飛び出し、横殴りに一同を襲った。
それをモロに喰らったヨハネが丸太を当てられたかのように殴り倒された。だがルークが少女ハンナの前に立ちはだかり、メイスを振り上げる。
しかし、尻尾は独立した生き物のように曲がりくねる。修道士のメイスの一撃が空振りし、尻尾が彼を飛び越えた。
だが、驚いたことに少女ハンナは既にそこにはいなかった。尻尾はルークの隣の空間を鞭のように打つと、再び曲がりくねりながら戻っていった。
マルコ青年がふと傍らを見ると、いつの間にか少女ハンナが立っている。全力でダッシュしたのか、肩を上下させていた。彼女は唾を飲み込むと顔を上げて大声で叫んだ。
「あんたの考えなんて全部お見通しよ、おバカなトカゲさん!どうせうちを真っ先に狙ってたんでしょ?」
マルコは片手を伸ばすと彼女を押しとどめた。
「バカ野郎!前に出るんじゃねぇ!」
「面白い...小娘め。ならば我が炎の力...とくと味わうがいい!」
ドラゴンは言った。魔物は羽ばたいて空中に留まりながら、首を高くもたげて大きく息を吸っている。
その胸のあたりに、硬い鱗の間から赤い炎が仄かに立ち昇る。そしてその炎が急速に広がって喉の辺りにまで達した。
「来るぞ!俺の後ろに!」
マルコ青年は叫ぶと、大剣を盾のようにかざして身を低くした。
―――――ゴォォォォォォォッ!―――――
途端に、視界が黄色くなったような気がした。恐ろしい熱気が襲ってくる。
極太の炎の筋が、大剣の刀身にぶち当たって左右に分かれていく。
だがその勢いの凄まじさでマルコはジリジリと後方に押されていった。
さらに、大剣がみるみるうちに赤熱していく。その柄にも熱が伝わり、両腕に嵌めていた鉄製の籠手も信じられないほどの熱を帯び始めた。
―――――クソッ...あと何秒もつか...?―――――
青年がそう思った瞬間だった。後ろにいたハンナが片手を伸ばしてマルコの大剣の刀身に裏から触れた。
すると、刀身が奇妙な振動を発し、それを中心として透明な円形の盾のようなものが現れた。
炎の筋が押し返され、上下左右に散っていく。足元に積まれた金貨が溶け始めている。
「ハンナ!無茶すんな!」
マルコが叫ぶと、少女は叫び返した。
「大丈夫!魔装具も使うから!」
彼女はそう言いながらもう片方の手を伸ばし、右手首に嵌めた腕輪についたボタンを押した。
ブウン...と音がし、マルコたちの前方にさらに大きな半球形の透明な壁が現れた。炎の筋との間の距離が開き、マルコの大剣の赤熱が少しづつ収まり始めた。
だが火炎攻撃はさらに続いた。ハンナの腕に嵌った腕輪から警報音が鳴り始めた。ボタンについたランプが激しく点滅している。
「ハンナ!」
マルコ青年は再び叫んだ。だが、火炎の筋が少しづつ細くなり、その勢いが弱まってきている。
やがてハンナの腕輪のランプが消え、大剣の前に形成された防壁も消滅した。それと同時に、ドラゴンの口から噴き出る炎も消えた。
「ハンナ.....大丈夫か!」
マルコ青年は大剣を片手持ちすると少女の身体を抱えた。少女はよろめきながらも足を踏みしめ、顔を上げた。
「大丈夫。それよりお兄ちゃん、あいつを倒して!」
「愚か者め!炎を凌いだくらいで儂を倒せるとでも...」
だが、空中のドラゴンはそう叫んだ瞬間、何かに気づいたかのように顔を上げた。
その頭上から落下してくるものがあった。
修道服。その手には巨大なメイス。
ルークだった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「ぬ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ん゛ッ゛!」
ルーク修道士は落下しながら前方宙返りし、両手に握ったメイスのヘッドをドラゴンの額に叩きつけた。
――――ドゴォッ...ン!――――
凄まじい衝撃音。
不意打ちを受けた魔物が、一瞬白目を剥いた。
打撃を終えた態勢のまま、修道士は相手の頭部の上に身軽に着地し、武器を振り上げもう一撃を放った。
「ぬ゛ぅ゛ん゛ッ゛!」
再びの衝撃音。二撃目を受けた魔物は高度を失いつつも、反射的に頭を左右に振り始めた。ルークは跳躍して金貨の山の上に降りると、転がって衝撃を吸収し片膝をついた。
「ルークさん!...あの足場から...!」
マルコは驚きと喜びで叫んだ。修道士は肩を上下させながらもニヤリと笑って答える。
「ヨハネの受け売りだ。‥だがドラゴンとなるとさすがに一撃で粉砕は難しいな。追撃が必要だ」
羽ばたきをやめたドラゴンは金貨の山の上に無様に着地し、半ば茫然としながら目を回している。
「よし、俺も行きます。ハンナは安全圏にいろ!」
マルコ青年はそう叫ぶと駆け出した。
「ぬ゛ぅ゛り゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ゛!」
大剣を下段に構え、怪物に向かって殺到していく。
だがその瞬間、濁っていたドラゴンの目の焦点が合った。トカゲのような目がマルコに向けられる。
――――来る....!――――
青年の頭脳に警報が鳴り響いた。
翼の関節部分についた爪か?それとも足の鉤爪か?
いや、どちらでもない。
その刹那、金貨の山から大蛇のような尻尾が飛び出してきた。地面を這うような低さで薙ぎ払ってくる。
跳躍して避ける?いや、金貨に足を取られていて、できない。
その刹那、マルコ青年は大剣を床に突き立てると、思い切り地面を蹴った。
武器の柄を握ったまま、そのまま逆立ちして大剣の上に身体をピンと伸ばす。
――――ガキィ...ン!――――
大剣の刀身がドラゴンの尾に激しく叩かれるも、既に青年の身体は敵の攻撃を乗り越えていた。大剣が床から抜けると同時に身体を前方に半回転させ着地すると、マルコはさらに走り寄って距離を詰めた。
「喰ら゛え゛ぇ゛ッ゛!」
渾身の力で大剣を薙ぎ払う。鈍い音とともに、魔物の腹から黒い血が飛び散った。
ドラゴンが苦しみの呻き声を上げた。マルコはすかさず剣を引き思い切り突きを放った。
硬い鱗を強引に引き裂くようにして造られた傷に、大剣の刃が深く喰いこむ。
ドラゴンの口から苦痛と屈辱と怒りの入り交じった咆哮が漏れた。魔物は片方の翼を手のように使い、マルコを払いのけた。
吹き飛ばされた青年は金貨の斜面の上を転がった。だがすぐに立ち直ると武器を構え直した。
顔を上げると、しかし、ルーク修道士が既に魔物に殺到していた。
「ぬ゛ぅ゛ぅ゛ん゛ッ゛!」
気合いの声とともに跳躍し、振り上げた武器を叩きつけるルーク。
――――ドゴォッ..!――――
マルコが拵えたばかりのドラゴンの腹の傷に、メイスの巨大なヘッドが喰い込んだ。
口から黒い血を吐き始めたドラゴンが後じさりながら、片方の翼についた鉤爪を振るって修道士を襲う。
「ぬ゛ぅ゛ぅ゛ん゛ッ゛!」
だが、それを読んでいたかのように、ルークはメイスを撥ね上げて迎え撃った。
―――――バキャッ....!―――――
破壊音とともに鉤爪がへし折れる。修道士はさらに押し迫り、容赦ない追撃を加える。棘のついたメイスのヘッドを何度も腹の傷に叩きつけられ、ドラゴンはまたも苦痛の叫びを上げた。
魔物はルークに背を向けると、翼を羽ばたかせて飛び上がった。
「よくも....このしみったれた虫けらどもめ!」
怒りに燃えて呪詛を吐くと、ドラゴンは低空で羽ばたきながら向きを変え、両足の爪を交互に突き出した。
「ぬ゛ぅ゛ん゛ッ゛!ぬ゛ぅ゛ん゛ッ゛!ぬ゛ぅ゛ん゛ッ゛!」
だがそのたびごとにルークがメイスを八の字に振り回す。二種類の巨大な武器が接触し、鋭い音とともに火花が散る。接触のたびに魔物の爪は先端から割れ、削られていった。
「許さん!許さんぞ!」
業を煮やしたドラゴンは、高度を下げて降り立つと、大きく開けた口で修道士に噛みつこうとした。
――――バグ.....ン......――――
地下広間に恐ろしい音が響いた。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「ルークさん!」
マルコは叫びながら駆け寄ろうとした。だが、次の瞬間目の前に繰り広げられた光景に驚いて足を止めた。
喰われそうになったルークが、縦にしたメイスをつっかえ棒にして凌いでいるのだ。
ドラゴンの大きな顎に鋼鉄の武器が挟まっている。化け物は必死でそれを嚙み砕こうする。だが、極太のメイスは軋み音を上げながらもその形を保っている。修道士はその柄を両手で支え必死で押さえつけていた。
だが、その次の瞬間マルコ青年はさらなる驚きで目を丸くした。
ルークはメイスの柄から手を離すと、腰の剣を抜き放ちながら敵の口の中に飛び込んだのだ。
数瞬後、ドラゴンは新たな苦痛の咆哮を上げながら首を大きく左右に振り始めた。
「痛い!痛い!痛い!やめろ!」
口にメイスの挟まったまま魔物が懇願する。その牙の間からちらりと見えたのは、剣で魔物の口蓋の中を滅多刺しにする修道士の姿だった。
その時視界の隅で何かが動いたのに気づいて目をやったマルコは思わずニヤリと笑った。
倒れていた巨漢ヨハネがゆっくりと立ち上がったのだ。
「ヘッ...。お前がこんなことでやられるわけがねぇと思ってたんだ。行くぞ!」
「悪い竜...倒す!」
マルコが声をかけると、巨漢は呟いた。顔中が血だらけだったが、その口調には計り知れないほどの怒りが込められていた。
ふたりは同時にダッシュした。苦しみ悶えるドラゴンに走り寄ると、修道士がその口の中から脱出しつつも、牙を手でつかんでしがみついていたところだった。
「最後の餞別だ!」
ルークはそう叫ぶと、ドラゴンが首を振って自分の身体が浮いた瞬間にその片目に剣を突き立てた。魔物がさらなる痛みに悲鳴を上げいっそう激しく首を振る。
魔物の片目に剣を残したまま吹き飛ばされたルークは、受け身を取って転がり立ち上がるとマルコたちに目配せした。
「終わりだ!」
マルコは大剣を振りかざして殺到した。だが、距離を詰めて振り抜こうとした瞬間に、魔物は翼を広げて羽ばたき、ふわりと浮き上がった。
――――――逃げるつもりか?―――――
大剣を構えながらも青年は思った。ドラゴンの顔はもはやマルコたちに向けられてはいない。部屋の中を探すようにして見回している。
――――――まさか.....?―――――
青年も顔を上げ周囲を見回した。
階段の途中にハンナがいる。
胸の中に急激に嫌な予感が込み上げてきたマルコは思わず叫んだ。
「ハンナ!逃げろ!」
だがそれと同時にドラゴンが動いた。蛇さながらの素早い動作で身をくねらせると、あっという間に階段に飛び移った。慌てて踵を返して逃げようとするハンナ。だが魔物は翼を両の手のように使い、器用に少女を後ろから捕えた。
「動くな!愚か者どもめ!」
ドラゴンはマルコたちに向き直ると叫んだ。その鉤爪はほとんどがへし折られていたが、それでも非力な少女を押さえつけるには十分なようだ。ハンナは叫びながら身悶えした。
「離して!離してよ!」
ドラゴンは勝利を確信したかのような表情で宣言した。
「全員武器を捨てろ。さもないとこの娘を.....」
「おバカなトカゲ!こんなんでうちらを倒せると思ってるの?」
だが少女ハンナはそう言うと片手を上げた。その手にはミニチュア魔法の杖が握られている。
「
ハンナが叫ぶと同時に、その先端から飛び出た雷の筋が魔物の片目に突き刺さった剣の柄に当たった。電流が剣の柄を伝って走り、ドラゴンの眼窩から内部に流れ込む。
「あがッ.....」
脳が痺れたような顔で一瞬動きを止めたドラゴンの翼の中から、少女は転がるように飛び出て階段を駆け下りてきた。
「ハンナ!ハンナ!」
マルコ青年も階段を駆け登ってハンナを迎えた。その後ろから巨漢ヨハネも続いた。
「人間どもめ...!呪ってやる!いつかこの代償は払わせてやるぞ!」
満身創痍のドラゴンはそう叫ぶと後退りしながら階段を登り始めた。だが巨漢ヨハネが大斧を左手に持ち替え、腰から小斧を抜き放つとそれを投げた。
回転しながら高速で飛行した小斧が、無傷なほうの魔物の目に命中した。
―――――――ズシャッ....!――――――
小斧の刃に抉られ視力を失ったドラゴンはたまらず顔をのけぞらせた。そしてこちらに背を向けると、右往左往するように手探りし始めた。出口を探しているが、パニックに陥って果たせない。
「悪い魔物....逃がさん!」
マルコが階段を降りてきたハンナを抱き止めると同時に、ヨハネが大斧を振り上げながら魔物に追い迫る。
「ぬぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ!」
唸りを上げて空気を裂く斧の刃がドラゴンの胴体を薙ぎ払った。
――――ドシャッ....!――――
鱗が飛び散り、黒い血が噴き出した。深手を負った魔物がよろめく。
「ぬぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ!」
さらなる一撃。とうとうドラゴンの腹から臓物が飛び出てきた。だが巨漢は手を休めなかった。何度も何度も振り下ろされる斧。
* * * * * * * * * * * * * * *
そしてしばらくの間続いていた打撃音が、唐突に止んだ。
「...」
巨漢ヨハネは少しの間呆然と立ち尽くしていたが、やがて大斧を放り出すと階段を降りてきた。けたたましい金属音とともに、巨漢が足音を響かせながら近づいている。その足取りは心なしか慌てていた。
「ハンナ...心配」
ヨハネはそう言いながら、マルコが抱き止めていた少女に手を伸ばした。
「うちは大丈夫だよ、おじさん。心配してくれてありがとね」
少女は微笑むとそう答えた。
だがマルコは雷に打たれたような驚きを感じた。
「ヨハネ...お前...わかるのか?」
「ハンナ...心配」
巨漢は何度も何度も同じことを口にする。ハンナは巨漢の手を掴むと自分の頬に押し当ててながら言った。
「前にうちが教えたの。心配ってどういうことか」
「...最高のチームワークだったな、マルコ.....」
ルーク修道士が階段を登りながら話しかけてきた。マルコは振り向いて頷き返すとこう応じた。
「でもルークさん。ひとつ言っていいっすか?」
「なんだマルコ?」
「ドラゴンの口の中に自分から飛び込んでいくなんて、やっぱルークさんが一番イカレてると思いますよ」
それを聞いた修道士は数秒間考えたあと、苦笑いして答えた。
「ふっ.....そうかも知れんな、マルコ」