筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~   作:nocomimi

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スーパーシゴデキ聖女、大演説で地方の政治状況に影響を与えてしまう

ドラゴンを倒したマルコたちがまだ荒い呼吸を静めているうちのことだった。

 

ふと目を上げると、階段の上に突如として新たな集団が立っている。

 

マントを羽織り、杖を手に持った男女。

 

その中央には威厳のある白髭の老人。

 

宮廷魔術師スレイマンだ。

 

「検分せよ」

 

老人が静かに命令を下すと、マントを羽織った魔術師たちが急ぎ足で階段を駆け降りてきた。数人が手に白手袋を嵌め、口にマスクをつけると、階段の中途に横たわったドラゴンの死骸に群がって作業を始めた。

 

そして残りの数人が巨漢ヨハネに近づくと、手を当てて呪文を詠唱した。するとたちまち彼らの手が淡い光を発し始めた。

 

巨漢はわけもわからずされるがままになっていた。女性魔術師がその額から流れ落ちた血を湿ったハンカチで拭き取る。

 

「骨折や内臓損傷はありません。打撲と皮膚裂傷のみです」

 

その女性魔術師が報告すると、スレイマン老人はゆっくり階段を降りてきながら誰にともなく言った。

 

「損耗を出さずドラゴンを狩るとは、農民上がりのくせにやりおるわい」

 

それを聞いたマルコ青年は溜め息をついて呟いた。

 

「んだよ爺さん...。ずっと見てたんなら手伝ってくれりゃいいのに」

 

すると聞き咎めたスレイマンが顔を上げて面白そうに答えた。

 

「ん?ならば一千万ルピーの中から儂らの分け前も寄越すというのか?」

 

「あ...。いや...。サーセン。冗談です」

 

青年は頭を下げた。老人はハンナに近づいてくると手を伸ばした。

 

「ハンナ、ムチャをしたのう。怪我はないか?」

 

「ううん。うち、大丈夫。ちょっと疲れただけ」

 

少女は青年の腕の中から出ると、笑顔で老人を見上げた。スレイマンはその皺だらけの手を彼女の頭の上に置くと言った。

 

「魔力をあらかた使い切ったようじゃな。まだ帰路があるゆえ、儂ので補填してやろう」

 

「そんなことできるの、おじいちゃん?」

 

ハンナは驚いて叫んだ。

 

「まあじっとしておれ。少し体が火照るぞ」

 

老人は精神を集中するかのように真顔に戻り、しばらくハンナの上に手を置いていたが、やがて満足そうにこう言った。

 

「どうじゃ、回復を感じるか?」

 

「すごい....雷百発くらい余裕で撃てそうな気分...」

 

少女は驚きと喜びで顔を輝かせながら自分の手を見つめた。

 

その時だった。

 

「閣下。見当たりません」

 

ドラゴンの死骸を検分していた、補佐官らしき年かさの魔術師が階段を降りてくると報告した。

 

「臓腑のひとつにわたるまで確認したか」

 

「はい」

 

「頭部は?」

 

「確認しました。口蓋から手術を行い走査済みです」

 

老人が鋭い目で問うと、魔術師が答える。スレイマンは両腕を組むと顎に手を当てた。

 

―――あの宝石がない....?―――

 

意外に思ったマルコは呟いた。

 

「じゃああのドラゴンはただのドラゴンだったってことっすよね。素であんなに頭も良くて強いってヤバくないっすか?」

 

「よほど長寿だったのだろうな。数世紀生きれば魔物も言葉が操れるようになると聞く」

 

魔術師が回収した血まみれの剣とメイスを受け取りながらルーク修道士が答えた。

 

「ええい、うるさい。黙っておれ。考えがまとまらぬじゃろう」

 

するとスレイマンは手を振り上げてそう言い、また顎に手を当てて考え込んだ。マルコとルークは顔を見合わせ苦笑いした。

 

「アビゲイルさん、無事ですよね」

 

「当然だ。我々は財宝には一切手をつけていないし、ヨーゼフもいるんだ」

 

ふたりが声を抑えて会話していると、老人は突如として顔を上げた。

 

「財宝の下じゃ」

 

「は...。閣下、今...なんと...」

 

補佐官が驚いて尋ねた。

 

「財宝の下じゃ!探せ!探すのじゃ!早く!」

 

スレイマンが大声で呼ばわる。それを聞いた魔術師たちは弾かれたように動き始めた。階段を急いで駆け降り、階下に到達すると、おのおのが手作業で金貨を掻き分け始めた。

 

「おい、お主らもボサっと立っておらんで手伝わんか!」

 

老人がマルコたちに言った。

 

「お...俺?」

 

「そうじゃ。早くせい!」

 

有無を言わさぬ調子で命じられ、マルコたちも階段を降りて捜索に加わった。

 

脛まで脚を金貨の中に埋もれさせながら、それを横に掻き分け、あの黒い宝石を探した。だが青年はふと横を見るとその手を止めた。

 

ハンナが金貨を掻き分けながら、周囲の様子を見まわし、それをひとつ、またひとつと自分のポケットに入れている。

 

マルコ青年は素早く手を伸ばすと、少女の腕を掴んだ。そして、相手を見つめながらゆっくり首を横に振った。

 

(もぉ...お兄ちゃん、こんぐらいいいじゃん.....)

 

(いや、だめだ。戻せ)

 

目だけで会話すると、結局少女はうんざりした顔で溜め息をつき、ポケットの中のものを床に戻した。

 

「ありました!」

 

部屋の中央あたりで捜索していた魔術師たちの声が上がった。目を向けると、金貨を掘り返してできた深い穴の底に岩盤が露出している。その中央に黒く光るものが見えた。

 

「おい、手を貸すのじゃ」

 

スレイマンが当然のようにマルコに命じる。青年はまた溜め息をつくと渋々顔でヨハネに合図し、ふたりして穴に近づいた。

 

穴底に降りると、岩盤にあの大きな黒い宝石がそれを包むような形の金具で固定されている。

 

マルコとヨハネはふたりで宝石に手をかけ思い切り引っ張った。何度か繰り返すとやがて岩盤に亀裂が入り、宝石を固定していた金具が丸ごと引き抜かれた。

 

「な...なんっすかねこれ」

 

思わず青年が言うと、老魔術師は黙って手振りで渡すよう指示してきた。

 

「...これが貴族どものもうひとつの手口じゃな」

 

マルコが穴から出て宝石を金具ごと渡すと、老人は言った。

 

「手口?...なんの手口っすか」

 

「...『魔力核』を任意の場所に固定する。するとそこが魔物にとっての恰好の餌場となるのじゃ。なるほど人を寄り付かせないための最高の番人じゃわい」

 

老人は答える。彼は部下たちに金貨の山を元に戻すよう指示すると、階段に向かいながら言葉を継いだ。

 

「ハイデルバーグ辺境伯はドヴェルグ族から山ごと奪った財宝を他人に渡さぬためこうしたのじゃろう。まったく嘆かわしいことじゃ」

 

「き...貴族ってやることエグいっすね」

 

マルコが呟くと傍らにいた巨漢ヨハネが尋ねた。

 

「貴族とはなんだ」

 

「...って説明しなかったっけか?つまり...なんつうか生まれつき偉れぇ連中さ」

 

青年が答える。スレイマン老人は補佐官を呼びつけると命じた。

 

「アザルヤ。ここを出たら別動隊を組織。これまで制覇したダンジョン全てを点検しろ。魔力計も持っていけ。固定された『魔力核』を見つけたら残らず回収するのじゃ」

 

「はっ」

 

補佐官が返答した。マルコたちも階段を登っていくと、老人は振り向いて言った。

 

「お主らが先に行け。儂らはあとから姿を隠して出る」

 

「了解っす」

 

青年は答え、仲間たちに合図した。

 

階段から廊下に出ると、マルコはすっかり寛いで大剣を肩に担いだ。するとルークが囁きかけてきた。

 

「マルコ、よくハンナ嬢に注意してくれた。私も気づいていたが、やはりきみが言ったほうがいいからな」

 

「へっ...ま、なんつうか...農民上がり特有の肝の小ささっすよ。俺、悪いことはいつか絶対バレるって思ってるんで」

 

顔を赤らめて青年が答えると、修道士は首を振った。

 

「いや、教育上どれほど益だったかは計り知れない」

 

「なんかふたりともうちの話してない?」

 

少女ハンナが青年に追いつくと恨めしそうにその腕を引っ張った。修道士が慌ててごまかす。

 

「いや、なんでもないんだハンナ嬢」

 

「ルークおじさん嘘つくの下手過ぎ!」

 

ハンナはもう片方の手で修道士の腕をはたいた。

 

「もういいじゃねぇかハンナ。それよりダンジョンあとひとつだぜ。今後の進路考えなきゃな」

 

マルコが言うとヨハネが顔を上げた。

 

「進路とはなんだ」

 

「これから何をするかって話さ」

 

「何を....」

 

「お前はどうすんだヨハネ。今後も賞金稼ぎを続けるんだったら付き合うぜ」

 

「........」

 

巨漢は答えずに考えているようだった。廊下を突き当たると、男三人で力を合わせて岩の扉を引っ張る。やがてそれがゆっくりと動き、外の光が見えてきた。

 

――――だが、戸口から出て何気なく眼下の斜面を見下ろしたマルコ青年は驚愕した。

 

* * * * * * * * * * * * * * * *

 

「泥棒め!」

 

「恥を知れ!」

 

「王家のイヌめ、今すぐ降りてこい!」

 

今立っている岩棚の下の斜面に、数百名にのぼる群集が群がっている。皆、罵声を上げながら拳を突き上げていた。

 

「うそ!アビゲイルお姉ちゃんが...!」

 

少女ハンナが悲鳴を上げて口を押えた。

 

目を凝らすと、群集の中心には後ろ手に縛られ、上半身に縄をかけられたアビゲイルが引き立てられていた。その傍らには同じように拘束された御者ヨーゼフがいる。

 

「ルーク修道士とやら!貴様の企みなどとうに見破られておる!降伏し全てを白状しろ!」

 

群集の中から大音声で呼ばわるものがある。

 

声の主は右手に持った剣を振り上げながら前に出てきた。

 

「今すぐ武器を捨てて降りてこい!もし従わぬなら人質の命はないものと思え!」

 

それは初老の族長、ドーリンだった。怒りに歪んだ表情で族長は繰り返した。

 

「聞こえぬのか!今すぐ武器を捨てい!」

 

「族長!それは誤解だ!我々は約束通りドラゴンを倒した。財宝には手をつけていない!」

 

ルーク修道士が叫び返す。だが族長は鼻で笑い、また叫んだ。

 

「しらじらしいことを言うな。貴様らのあとから魔法で姿を消した連中が入り込み、一緒になって金貨を漁っていたのを部族の者が目撃したのだ」

 

「そ...それは違う!調べてもらえばわかるはずだ。財宝を奪ってはいない!」

 

修道士が答えた。だが族長が手を上げると、人質の周囲にいた者たちが一斉に剣を抜いた。そのうちふたりがそれぞれ人質の首元に刃を突きつけ、険しい表情でこちらを見た。

 

ルークとマルコは顔を見合わせた。青年は巨漢に合図すると大斧と小斧を地面に置かせ、自分も武器を置いた。修道士もメイスを落とし、剣をストラップごと外した。

 

四人は慎重な足取りで岩棚に刻まれた階段を降りた。群集の険しい視線が一斉に向けられている。

 

「族長、これは誤解だ。確かに我々のパーティとは別の者たちが中に入ったのは事実だが...」

 

ドーリンに近づきながら修道士が釈明する。だが族長は聞き入れなかった。

 

「まだシラを切るか。我々を欺くためでないならなぜ姿を隠す必要がある?」

 

その時だった。人質を囲んでいた男たちの中から悲鳴が上がった。

 

目を上げると、ヨーゼフがいつの間にか縄なしで立っている。その左腕の義手からは細長い刃が飛び出ていた。近くにいた数人のドヴェルグ族の男が胸や首を押さえながらよろめいていた。

 

「尼さん、伏せてろ!」

 

御者は言うと、今度は右手を振り回した。縛られたままのアビゲイルが地面に身を投げ出すと同時に、何かが風を切る音がした。ベルトだ。たちまちさらに数人が顔面に手をやって蹲った。

 

「おい、お前らは自分でなんとかしろよ!」

 

ヨーゼフはマルコたちに叫ぶと、地面に落ちた剣を拾い上げた。

 

「貴様ぁ...ッ!殺せ!殺せ!」

 

振り向いた族長が激昂し命じた。御者と修道女を囲んだ男たちが武器を構えて詰め寄る。だが、ヨーゼフは斬りかかって来た者を難なく躱すと片手持ちで一刀のもとに斬り捨てた。

 

「ヨーゼフさん!殺してはいけませんわ!」

 

アビゲイルが顔を上げて叫ぶ。だが御者は無駄のない剣捌きでもう一人を斬り伏せながら答えた。

 

「んなこと言ったって無理だろこの状況じゃあよ!」

 

「じゃあわたくしが治療します!縄を解いて!」

 

修道女が言う。御者は三人目を斬り倒しながら、義手の鉤の先端で器用に隠しポケットからナイフを抜き、アビゲイルの足元に落とした。

 

「マルコ!行こう!」

 

ルーク修道士が叫ぶと、背後の光景に気を取られていた族長の部下のひとりにタックルした。青年も後に続くと、手近にいた部族の男の顎を殴りつけた。

 

だが、横から剣を振り上げたもう一人が襲ってくる。すると後ろから雷の筋が飛んできてその男に命中した。

 

「マルコお兄ちゃん!うちが援護する!」

 

それはミニチュア魔法の杖を構えた少女ハンナだった。

 

「グッジョブだハンナ!」

 

そう叫んだマルコ青年は目の前で倒れた男の足首を掴むと、左右に思い切り振り回し始めた。『肉の棍棒』に殴られた男たちがたちまち吹き飛んでいく。傍らのルークは奪った剣を巧みに操り、襲ってくる者どもの手首や指を正確に断ち切っていった。

 

「ええい!射殺せ!射殺せ!」

 

業を煮やした族長が叫んだ。群集の中から弓矢を構えた数人が進み出て、ヨーゼフに狙いを定めた。その足元では、アビゲイル修道女が御者に斬られた者たちに手を当てて一心不乱に祈祷している。

 

だが、驚くべきことが起こった。

 

群集の中から七人ほどの男たちが走り出てきて、弓矢を構えた者たちに一斉に体当たりしたのだ。

 

七人の男たちは弓兵に馬乗りになり散々に殴りつけて気絶させると、今度はアビゲイルの近くに走り寄ってきた。その中央にいたのは、スキンヘッドでいかつい体格の男だ。

 

男たちはアビゲイルを守るように立ちながら一斉に手に持った武器を構えた。

 

「ヴォイツェクめ!貴様裏切るのか!」

 

族長が驚愕の面持ちで叫ぶ。だが、スキンヘッドの男は叫び返した。

 

「なんとでも言えドーリン!俺たちはこのひとを守る!」

 

「おい、お前...もしかして本当に改心したのか?」

 

さらに数人を斬り倒しながらヨーゼフが不思議そうな顔で尋ねる。だがヴォイツェクと呼ばれた男は答えた。

 

「違げぇ!盗賊もやめてねぇしてめぇへの恨みも忘れてねぇ!だが俺たちは聖女さまのご恩を忘れるほど落ちぶれてもいねぇんだ!」

 

族長の怒りの号令を受け、たちまち全群集が押し寄せてきた。だが盗賊たちはヨーゼフを加えた八人でアビゲイルを囲み、獅子奮迅の戦いを見せた。

 

だが、盗賊たちは戦いには慣れていないようだった。何度も斬撃を喰らいながらも、必死で足を踏みしめ剣を振り回している。

 

「あなたはもしかしてあの...!頭領さんですわね?」

 

今さら気づいたかのようにアビゲイルが顔を上げた。頭領は答えた。

 

「聖女さま!このヴォイツェク命に代えてもお守りします!」

 

「ご無理はやめて!お逃げになって!」

 

悲痛な声で修道女が叫ぶ。だがその時、またしても異変が起こった。

 

岩棚の上から、多数の雷が一斉に放たれたのだ。

 

* * * * * * * * * * * * * * * 

 

凄まじい電撃音と空気が震えるような衝撃。一瞬にして十名以上の部族の男たちが倒れた。

 

見上げると、ダンジョン入り口のある岩棚の上にマントを羽織った魔法使いたちが整列している。その中央に立ったスレイマン老人が叫んだ。

 

「制圧しろ!ひとりも逃すな!」

 

魔術師たちは杖を差し上げ、雷を速射していく。アビゲイルに押し迫っていた者たちがまるで紙人形のように呆気なく倒れていく。

 

その攻撃の凄まじさに度肝を抜かれたのか、ドヴェルグ族の男たちは勢いを失い麓に向かって後じさりし始めた。

 

「この蛮族どもが!いい加減にせんか!」

 

額に青筋を浮かべスレイマン老人が絶叫する。老人が自分の杖を差し上げると、その先端に炎の塊が現れ、みるみるうちに膨張していった。

 

ものの数秒で、その炎の塊が直径十メートルほどにまで膨らんだ。その場にいた者は皆唖然として言葉を失い、動きを止めた。

 

「降伏せい!それとも地獄の火で焼き殺されたいか!」

 

スレイマン老人が再び叫んだ。ドヴェルグ族はみな顔に恐怖を浮かべている。すっかり戦意を喪失した様子だった。

 

だが、その時アビゲイルがすっくと立ちあがった。その足元では、ヨーゼフの剣を喰らって倒れた数名の男たちが息を吹き返し蠢いている。

 

「スレイマンさま!おやめになって!」

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * 

 

「スレイマンさま。もう十分ですわ。おやめになって」

 

アビゲイルはそう呼びかけると、迷いのない足取りで岩棚に歩み寄り、刻まれた階段を登っていった。

 

「これ以上の争いは無用ですわ。わたくしに話をさせてくださいまし」

 

丁寧な言葉遣いではあったが有無を言わさない語調だった。修道女が階段を登り切る頃には、面食らった顔をしたスレイマンの杖の先端に浮かんだ炎の塊は小さく萎んでいた。

 

「アビゲイル、なにを申すのじゃ。お主は殺されかけたんじゃぞ」

 

呆気に取られながらも老人が言う。だが修道女は無視して片手を出した。

 

「スレイマンさま。『魔力核』を回収されたのですわね?わたくしにそれを貸してくださるかしら」

 

「そ‥そんなものどうするんじゃ」

 

「いいから貸して下さいな」

 

アビゲイルは老人の懐に強引に手を突っ込むと、黒く光る宝石状の石を取り出した。

 

彼女は斜面のほうに振り向くと、それを高々と掲げ、大音声で呼ばわった。

 

「ご覧なさい!これこそがハイデルバーグ辺境伯がこの山にかけた『呪い』の正体ですわ!」

 

斜面に群がっていたドヴェルグ族の男たちが一斉に顔を上げた。だが、数秒すると二、三人の男たちが罵声を上げ始めた。

 

「やはり泥棒じゃないか!」

 

「俺たちの山から盗んだな!」

 

「堂々とそれを見せつけるとは不届き者め!」

 

それを聞いたアビゲイルは落ち着き払って呼びかけた。

 

「ドーリン族長、あなたにお伺いしますわ。あなたはこの宝石がいったい何でどこから来たか、お答え出来て?」

 

「...い...いや。見たこともない...」

 

族長は驚いて答えたが、すぐ気づいたように慌てて言い直した。

 

「だが我らの山にあったものなら我らのものだ。貴様らに渡す筋合いなどない!」

 

「あら、それならご先祖伝来の宝の目録を調べてご覧なさいな。きっとどこにも載ってはおりませんわ」

 

アビゲイルは確信に満ちて言い放つと、こう言葉を継いだ。

 

「この石の正体をご存じないなら、教えて差し上げますわ」

 

彼女は一層声を張り上げた。

 

「―――かつて三百年前大魔物戦争が集結した後、魔物たちが残していった魔力を秘めた石。それが貴族たちの手に渡ったのですわ。そのひとりである辺境伯は、奸計を弄してあなたたちの父祖からこの山を奪ったあと、溢れる財宝を誰にも渡さないためにこの石をこの山に置いた――――」

 

アビゲイルは一息を置くと続けた。

 

「そして彼の思惑通り、この石の魔力に引き寄せられて魔物がやって来た。そして彼の死後も長きに渡って山に人を寄せ付けず財宝を『守り』続けてきたのですわ。―――『盗むな』『隣人から貪るな』。これらの戒めに真っ向から逆らった辺境伯の罪は、きっと死後の復活の時に神が正しく裁かれますでしょう。......」

 

その場にいた誰もが息を潜めるようにして修道女の言葉を聞いていた。すると彼女は再び声を枯らさんばかりに叫んだ。

 

「ですが!あなたがたも今のままでは彼と全く同じ道を辿ることになりますわよ!それでもよいのですか?」

 

「...ど...どういうことだ。この山も財宝も元々我々のものだぞ。なぜあの簒奪者と同じ運命を辿るなどという事がありうるのだ」

 

それを聞いた族長が当惑した顔で問い返した。

 

「―――それは、あなたがたが財宝の奴隷となっているからですわ」

 

声を戻しながらアビゲイルが答える。そして再び叫んだ。

 

「ご覧なさい、あなたがたの町を。子供たちの教育に気をかけている者がひとりでもおりまして?女たちが水を汲み洗濯する川の水を家の近くに引こうとする者は?男たちが荷車を引いて行き来する道路を平らに均そうとする者はどこにいるのかしら?」

 

彼女は矢継ぎ早にまくしたてると、クワッと目を見開き、修羅のような形相で畳みかけた。

 

「そしてあなたがたはドラゴンを倒すことよりも、よそ者を山に入れないことを優先した。あなたがたの心を占めているのは、子供たちの未来でも女たちの笑顔でもない。財宝が再び奪われることへの恐怖。ただそれだけではないかしら?」

 

それを聞いた族長は考え込むように目を伏せた。アビゲイルは声を落とすとこう結論した。

 

「あのドラゴンを『財宝の守護者』として受け入れていたあなたがたに、果たして彼から自由となったいま財宝を正しく扱うことができるかしら?闇雲に財宝を抱え込むことのみに専心し、村人の福利を気にかけないならば、あなたがたの命運はそこで尽きますわね」

 

ドヴェルグ族の男たちはすっかり黙り込んでしまった。やがて族長が呟くように言った。

 

「...今回の件は不問に付す。その石を持って今すぐに立ち去れ」

 

「お断りしますわ」

 

アビゲイルは即答した。驚いた族長が彼女を見上げると、修道女は言った。

 

「ここに倒れている怪我人を全員治療するまではわたくしは出ていきませんわ。おわかりになって?」

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

翌日の午後。

 

ヨーゼフが手綱を鳴らし、馬車が出発した。だが速度はゆっくりとしている。

 

五人が乗った客車の幌の開口部からは少しづつ離れていくドヴェルグ族の町が見える。

 

客車の床の真ん中には、アビゲイルが横たわって寝息を立てていた。ルーク修道士が彼女に毛布を被せながら、感に堪えない様子で呟く。

 

「...彼女は真に信仰のひとだ。そうは思わないかね、マルコ...?」

 

「難しいことはわかんねっすけど...。でもメッチャカッコよかったっす」

 

傍らに座った青年が漏らすと、ハンナも頷いた。

 

「うちもそう思った。惚れ直しちゃった」

 

「ヨーゼフ。信仰というものがどういうものか、きみにも少しは見えたのではないか?」

 

修道士は顔を上げると御者の背中に声をかけた。だがヨーゼフは手綱を操りながら、うんざりしたように左手の義手を上げた。

 

「見えたって?ああ、見えたさ。もうコリゴリだな。その尼さんとふたりきりになるのは」

 

「どういうことだ?」

 

意外な答えに目を丸くしながらも修道士が尋ねる。御者は言った。

 

「その尼さん俺たちが縛り上げられていた間中ずっと同じ話を繰り返しやがるのさ。なんでも『救い主が処刑されるとき、その左右に罪びとが一人づつ縛られていて、ひとりは罵ったがもうひとりは救いを受け入れた。だからあなたも救いを受け入れなさい』だとさ」

 

それを聞いたルーク修道士はしばらく目を白黒させていたが、やがて大笑いした。

 

「さ...さすがだ。さすがはアビゲイル修道女だ」

 

「ま、もう二度とあんな目には遭いたくねぇな。だったら、ルカよ。おめぇとふたりきりで過ごすほうがまだマシってもんよ」

 

御者は愚痴るように言う。馬車はゆっくりと平原に入っていった。巨漢ヨハネは誰にともなく呟いた。

 

「アビゲイル...寝てる」

 

「ああ。徹夜で治療したから疲れてるのさ。邪魔せずにおこうぜ」

 

青年は巨漢の肩を叩くと、自分も腕組みをして馬車の幌に寄り掛かり、目を閉じた。

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