筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
「―――知り合いから聞いた話です。あるとき、どうしようもなく素行の悪い七歳の男の子がいたそうです」
クラウデオ司祭は礼拝堂の祭壇の横にある講壇の後ろに立つとこう切り出した。会堂の席は既に満席だ。マルコたち一行は最前列に座を占めていた。
「仮に彼の名をハンスとしましょう。彼は盗み癖が酷かったそうです。友達の家に行っても、店に行っても手あたり次第に気に入ったものをポケットに入れてしまう。彼の母親は困り果てた末、司祭のところに息子を連れていくことにしました」
彼は少し間を置くと、顔を上げてこう続けた。
「その司祭は、大柄で、太っていて、とても威厳のある司祭でした。....おわかりですね、それは私ではありません」
クラウデオは自分を指さし、付け加える。
「...いや、誤解しないでください。太っていることが必ずしも悪いと言っているのではありませんよ」
小さな笑いが会衆の中から漏れてくる。堂内が静まると、彼はまた言葉を継いだ。
「司祭は、母親を部屋の外に出し、ふたりきりになると男の子にこう問いかけました。『ハンス、神はいったいどこにいる?』しかし男の子は驚いて目を丸くし、司祭を見つめましたがなにも答えません。そこで司祭はもう一度尋ねました。『神はどこに?』しかしそれでも男の子は何も言わず司祭を見返すのみでした」
クラウデオは人差し指を上げ、こうオチをつけた。
「最後にもう一度、司祭は大きな声で尋ねました。『神はどこだ?』すると男の子は怯えた様子で席から飛び出し、扉を開けると隣の部屋にいた母親の胸の中に飛び込みました。そして言ったのです。『ママ!司祭さまってば僕が神っていうモノを盗んだと思ってる!でも僕盗んでないよ!』」
ルーク修道士とアビゲイル修道女は口に手を当てて笑った。その隣にいたマルコは、わかったようなわからないような気がしつつも、なんとなく可笑しみを感じて含み笑いした。
クラウデオ司祭は続けた。
「聖典にはこうあります。『神は近くにおられる』と。では、神は実際どこにおられるのでしょうか?」
司祭は歩いて講壇の後ろからゆっくりと出ると、こう語り掛けた。
「目に見えない神の偉大なご威光は、被造物の中に見てとることができます。広大な星空。巨大な山々。波が寄せては返す広い海。そして数えきれないほどの種類の動植物。ですが、それらを通じて神の偉大さを実感することはできても、その神がわたしたちを愛し気にかけて下さっていることを知るのは、残念ながら難しいことです。しかし、聖典は語ります。その天地を作られた偉大な神が、神としての在り方を保つことにこだわらず、私たちに近づくために人間の姿を取って降りてこられた、と」
ふと巨漢ヨハネの様子を横目で見ると、目を開いて集中している。いつもの、何もワケがわかっていないような無表情ではない。
「天から地に下ってこられ、私たちの罪を贖うため身代わりの死を遂げられた救い主はその後蘇られました。そして、弟子たちの前に何度も姿をお顕しになったそうです。それはたとえ姿は見えずとも常に傍にいる、という真理を彼らに実感させるためです。事実、救い主はその後も彼らをお見捨てになりませんでした。彼は天に昇られたあと、予告どおり『助け手』を遣わしました。それが神の聖なる霊です。この神の霊が今も私たち信者を励まし導いてくださるのです」
そこまで話すと、クラウデオ司祭は首を横に振った。
「と....私は神学校で学びました。そしてもちろんこれらのことは真理です。偽りはありません。しかし私は知っています。痛みのさなかにいる人たち、苦しみや嘆きに打ちひしがれている人たち――『神はいったいどこにおられるのだろう?』という腹の底からの呻きにも似た心の叫びを上げるひとたちに、これらの話をしても必ずしも慰めになるわけではない、ということを」
司祭はそう言ってから沈黙した。聞いていたルーク修道士の表情が真剣になっていく。アビゲイルも微動だにせず司祭を見つめている。しばらくの沈黙が続くことで、会衆は一層静まり返って耳を傾けた。マルコも思わず固唾を飲むようにして続きを待った。
「...神はどこにおられるのでしょうか?答えはこうです。神は、ありとあらゆるところにおられます。神は、いつなんどきも私たちひとりひとりの傍におられます。しかし...救い主について、私たちがもう一つ知るべきことがあります」
クラウデオ司祭は講壇の後ろに戻り、再び口を開く。
「それは、彼が人の姿をとって以降、身代わりの死に至るまで、病、痛み、苦しみ、飢え、渇き、誘惑...それら全てを経験されたということです。私たちはしばしばこう思います。『神がいるなら、なぜ私たちを苦しみから救い出してくれないのか?』しかし、ぜひ知っておいて下さい。...神は私たちをそれらから救い出す前に、ご自身がまず味わわれることを選んだのです」
司祭は次第に熱を帯びた口調になっていった。
「私たちの誰かが苦しんでいるでしょうか?ならば、全く同じ苦しみを味わった神ご自身が傍に寄り添ってくださっています。神は私たちを引き上げるより先に、まずご自身が私たちのいる低いところに下ってきてくださるお方なのです。そして...いいですか、ここからが大事です」
クラウデオは一呼吸を置くと、会衆全体を見回し、こう言葉を継いだ。
「私たちはしばしば人生において病、傷、愛する人の死...そういった苦しみを味わいます。しかし、その後同じような苦しみを味わっている隣人に出会うかも知れません。もし私たちがその隣人に寄り添い、慰めるとき、私たちは知らずして救い主の歩んだ道を辿っていることにならないでしょうか?」
マルコがふと気づくと、少女ハンナがいつの間にか手を伸ばして彼の手を握っていた。司祭は声を張り上げた。
「『神はどこにおられる』のでしょうか?神は近くにおられます。神は私たちの苦しみを完全にご存じであり、私たちが苦しむとき寄り添っておられます。―――しかし、神をもっと近くに感じたいでしょうか?それならば、救い主の足跡を辿ってください。自ら苦しみを受けたことのある者として、苦しんでいる隣人に寄り添い慰め手を差し伸べて下さい。あなたがたがそうするとき、救い主の愛があなたを通じて現れるはずです。あなた自身も、そしてあなたが助けたその人自身も、それを見ることになるのです」
説教を終えると司祭は両手を上げて会衆を招いた。マルコたちも立ち上がった。だが、青年はもはやルークと会話を交わすまでもなく前回と同じように動くことに決め、聖体拝受を待つ信者の列があらかたはけるのを待った。
ところが、何気なく列に目を向けたマルコはすぐ近くにいた人物の姿に仰天してしまった。
黒いマントを羽織り、長い髭を生やした老人。スレイマンだった。
「じ...爺さん...」
老人は、覚えず呟いた青年をジロリと見ると答えた。
「なんじゃ、儂が信者だと都合が悪いか?」
「いえ、んなことねっす。サーセン」
慌てた青年が頭を下げる。老人がパンを受け取って食べ葡萄酒を飲み、列から戻ってくると、ルークが立ち上がって律儀な語調で挨拶した。
「閣下、その節は援護頂き感謝します」
老人は何でもないという風に手を振った。
「いや、結局はアビゲイルが騒動を収めたようなものじゃからな。儂は出番なしじゃった」
「スレイマンさまがいて下さってこそですわ...。ところで閣下は王城の教会にはいらっしゃらないのですわね」
「あそこでは儂は肩身が狭いからのう。では執務があるでの」
修道女が水を向けると老人は短く答え、踵を返した。
「おじいちゃんも結構苦労してるんだね」
ハンナがその後ろ姿を見送りながら呟く。老人が去るとマルコはようやく冷や汗を拭き、巨漢ヨハネに声をかけた。
「ヨハネ、そろそろ並ぼうぜ」
だがヨハネは返事をせず、会堂の後ろのほうに目を向けている。
何ごとかと思いマルコも視線を向けると、非常な高齢と見える老婆が杖を突きながら列に加わろうとしている。だが広い会堂の後ろから前に辿り着くまでには時間がかかりそうだった。
青年は立ち上がって老婆に近づくと声をかけた。
「ばあさん、俺の手に掴まるか?」
「おやお兄さん、ご親切なことだねぇ...。この頃はどうも膝が痛くってねぇ」
老婆は皺くちゃの顔をほころばせながら答えた。だがその時、いつの間にかやってきていた巨漢ヨハネが彼女の前にしゃがみ込んで言った。
「俺が...運ぶ」
「え?」
マルコが驚いて巨漢を顧みる。彼は繰り返した。
「俺が...運ぶ」
老婆もまた目を丸くして巨漢の顔を見上げたが、やがて躊躇いながらもこう言った。
「そ...それならお言葉に甘えようかねぇ。こんな老いぼれを抱っこしてくださるって言うなら...」
ヨハネはそうっと手を伸ばすと、まるで赤子を抱き上げるように老婆を抱き上げ、聖体拝受の列まで連れていき、慎重な手つきで床に下ろした。
「ありがたやありがたや...」
老婆は巨漢に礼を述べると、司祭からパンを押し頂いて口に入れ、長い時間をかけて噛み砕くと葡萄酒の盃を飲んだ。
巨漢ヨハネは自分もパンを食べ葡萄酒を飲むと、再び老婆をそうっと抱え上げ礼拝堂から出ていった。
「...あ...あいつ....」
その後ろ姿を見送りながら、マルコ青年は驚きのあまり口も利けないほどだった。ハンナも自分の番を終えて戻ってくると、目に涙を浮かべながら青年の手を握った。
「...私は自分の目が曇っていたことを思い知らされたよ、アビゲイル修道女。彼のような者が最も神の国に近いのかもしれないな」
「そうですわね、ルーク修道士。何の知識もない分、教えを素直に受け止めますものね」
ルークとアビゲイルも感慨深げな表情で話し合っている。そして会堂を満たしていた信者たちがあらかた去ってしばらく経つと、巨漢が一人で礼拝堂に戻ってきた。
「あのばあさんを送ってやったのか?」
「...」
マルコが尋ねると巨漢は短く頷き、呟いた。
「膝痛いと‥辛い」
「君たちには驚かされてばかりだな」
すると片付けを終えたクラウデオ司祭が声をかけてきた。
「いつも素晴らしい説教でとても恵まれますわ、司祭さま」
「いやあ、毎週月曜から土曜は頭を抱えてるよ。そしていざ説教してみると、今度は司祭である私が君たちに教えられている状態さ」
アビゲイルの褒め言葉に謙遜すると、司祭はルークの肩を叩きながら言葉を継いだ。
「実は君たちのために毎日祈っているんだ。危険な任務についているそうだからな。こうして聖日ごとに会うことが出来て何よりだよ」
「クラウデオ、そのことなんだが」
ルークは遠慮がちに口を開いた。
「君に尋ねたいんだ。もちろん答えたくなければ構わないが」
「なにかね、ルカ?」
司祭が言うと、ルークは真剣な顔で尋ねた。
「きみは‥エマニュエルの行方について、何か知らないか?」
修道士は口ごもりながらもこう説明した。
「実は我々は彼に会ったんだ。つい一週間前にね。だが彼は以前とはすっかり変わってしまっていた。彼の過激思想に同意しない我々を殺そうとしたのだ。スレイマン閣下が介入して下さらなかったら無事では済まなかったろう」
ルークは少し間を置くと懇願した。
「クラウデオ、知っていたら教えてくれ。彼がいまどこにいるのかを。彼にはせめて尊厳あるかたちで処断を受けて欲しいのだ」
司祭は相手の顔を見つつも何も言わない。ルークは言葉を継いだ。
「裁判にかけられれば彼の主張を公に述べることもできる。だが私が一番見たくないのは彼が狩りの獲物のように追い立てられた末に殺されるところなんだ」
修道士はそこまで言うと口を閉ざした。するとしばらくの間を開けたあと、クラウデオ司祭はこう尋ね返した。
「ルカ、たとえ知っていても私が教えると思うかね?」
それを聞いたルカは言葉を飲み込むように黙り込んだ。クラウデオは続ける。
「私は司祭だ。信徒たちに関わることは神以外の誰にも打ち明けることはない。それは学びを共にした君も理解してくれているはずだ」
「そうだ‥‥な」
絞り出すようにルークが相槌を打った。マルコは会話の行方にハラハラしながら見守っていたが、ふと異変に気づいた。
礼拝堂後部の扉が開き、入ってきた数人の男たちが足早に近づいてきている。
* * * * * * * * * * * * * *
本能的に嫌な予感がしたマルコは身構えた。だが距離が近づいてみると、武装はしていないことが分かった。先頭に立った男は手帳を取り出すと、アビゲイルに歩み寄り、慣れた様子で話しかけた。
「アビゲイル・マリアンナ・ディートリッヒ・フォン・シュライバッハ修道女ですね?私はベーリン日報主幹記者のラインハルト・シュニッツェルです」
「あら、わたくしがそうですけど。新聞記者さんが何のご用かしら?」
修道女が向き直ると、男は続けた。
「アビゲイルさん、最近まで南西部ハイデルバーグのドヴェルグ族の町にいらっしゃいましたね?そのことで少しお伺いしたいのです」
記者はペンを片手に取ると尋ねた。
「昨日ドヴェルグ族の使者が王城を訪れ、講和通商条約の締結を提案したのですが、我々の取材によればその陰にはアビゲイルさん、あなたによる説得があったとのことです。詳しく話していただけませんか?」
「説得‥なんてわたくししましたかしら。身に覚えがありませんわ」
とぼけた口調でアビゲイルが答える。だが別の記者が言った。
「使者によれば、アビゲイルと名乗る修道女が王国側とドヴェルグ族のとの武力衝突を止め、さらには負傷者を徹夜で治療したというのです。それに感銘を受けた族長が講和の決断をしたとのことでした」
「アビゲイルお姉ちゃん...いくらなんでもスゴ過ぎない?なんかもう国ひとつくらい動かしちゃってる....」
それを聞いた少女ハンナは、驚愕と尊敬と畏怖の入り混じった目つきで修道女を見上げた。
「わたくしはただ神の通り良き管となれるよう努めているに過ぎませんわ。実はあのとき、何をしゃべったかもよく覚えておりませんの」
アビゲイルは柔らかく微笑むと答えた。だが記者たちは熱心に食い下がる。
「そこをなんとか...。例えば、キーワードのひとつふたつくらいでも構いません」
「武力衝突を止めた方法は?その時の状況でご記憶のことをお教えいただけませんか」
だが修道女は言を左右にしてはぐらかし続けた。三十分ほどが経ち、根負けした記者たちがようやく退出していくと、アビゲイルはうんざりしたように言った。
「どうもマスコミの方って苦手ですわね。何をお答えしてもどうせ切り抜いて好きなように書かれるのが目に見えてますもの」
「いや、でもなんかもうあしらい方が慣れちゃってませんか、アビゲイルさん」
マルコも驚きの目で修道女を見ながら言う。彼女は肩をすくめた。
「だって、親とか親戚が取材を受けてるのを子供の頃から見てきましたもの」
クラウデオ司祭の姿は既に会堂内にはなかった。マルコたちは礼拝堂から出ると、通りをゆっくりと歩いた。午前の日差しが眩しい。昼時には早かったが、マルコ青年は提案した。
「あのぉ...。皆んな。もしよかったらあの酒場に...」
「はい出たぁ!マリアお姉ちゃんに逢いにいくんでしょ!さんせい!」
即座に少女ハンナが叫ぶ。青年は慌てて言い訳した。
「ち...違げぇよ。料理が旨いからランチにもちょうど良いって思ったからよ...」
「照れないで、お兄ちゃん!うち応援してるんだから。うちだけじゃないよ。ルークおじさんもアビゲイルお姉ちゃんも応援してるでしょ?マルコお兄ちゃんのこと」
「そ...それは...そうだな、ハンナ嬢」
「わたくしももちろんですわ。でもルーク修道士、妙に歯切れが悪いのはなぜかしら?」
ルークの語調にアビゲイルが突っ込む。修道士は言葉に詰まりながらも答えた。
「そ...それは修道者が恋愛を応援するというのも奇妙な話だと思ってしまって...ね」
「もぉ‥だからあなたはダメなんですわ、ルーク修道士」
アビゲイルは溜め息をつくと腕を組んだ。
「よろしくて?もし司祭になったらあなたは生涯を通じて何十回となく結婚式を司式することになりますわよね。違いまして?ルーク修道士」
「そ...それはそうだが...」
「生涯独身の司祭がそうやって他人の結婚を後押しすることに異議を唱えるひとがいまして?」
「い...いや。いないだろうな」
修道士が答える。するとアビゲイルは傲然と顎を上げて畳みかけた。
「ならば修道者であるあなたにとっても同じではなくて?もちろん不純な交際はいけませんわ。ですがもしマルコさんが純粋な気持ちで聖典にある通り救い主が教会のために自らを捧げたようにご自分を捧げ、夫婦の関係をもって救いの真理をあかしするならば、むしろそれを応援するのは聖職者の義務とさえ言えるのではないかしら?」
「ちょっとちょっとちょっとアビゲイルさん、勝手に話し進めないでくださいよ!」
慌てたマルコは叫んだ。だがアビゲイルは譲らない。
「あら、わたくし何か変なこと申し上げたかしら。マルコさんは交際するなら真剣に交際なさいますわよね?あのアルブレヒトなんかとは違って」
「いや、そもそも付き合えるかどうかもまだわかんねっすけど...」
マルコは困り果てて呟いた。だが、その時表通りのほうから叫ぶ声が聞こえた。
「王国市民に告ぐ.....!...崩御された...!」
それを聞いた一行は顔を上げた。叫ぶ声は馬車か何かで移動しているのか、高速で動いている。
「なんっすかね?」
「王城からの緊急の通告だろう。気になるな」
マルコが立ち止まり、ルークが耳を澄ました。
すると、それはもう一度聞こえてきた。今度ははっきりこう言っていた。
「――――国王陛下が崩御された!全市民は喪に服すように!」