筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
「あの...いくらアビゲイルさんでも無理じゃねっすか?いきなり王女さまに会うなんて」
乗合馬車を降りたマルコは、自分より先を足早に歩く修道女に声をかけた。
「迷っている場合ではありませんわ。悲しみの中にあるひとには時宜にかなった慰めが何よりも必要ですもの」
アビゲイルは言う。目の前には王城の巨大な城門が聳え立っている。城門の前に立っていた衛兵たちは彼女の顔を覚えているのか、近づくとたちまち直立不動となった。修道女が何事か短く話しかけると、兵士のひとりが敬礼し、急いで城内に駆け込んでいった。
「...いや...これでもし会えたら俺らとんでもねぇひととパーティ組んでたってことだよな」
「だよね。...でもうち、なんかアビゲイルお姉ちゃんならありうるかもって思い始めちゃった」
マルコ青年と少女ハンナは顔を見合わせ話し合った。だが、数分すると仕立てのよい服を着た執事が急ぎ足でやってきてこう言った。
「―――――お目通りできるそうです。こちらへどうぞ」
* * * * * * * * * * * * *
マルコ青年には現実感が感じられなかった。
王城の建物の中はチリひとつ落ちていないほど清掃されている。執事の先導で長い長い廊下を歩いた末に通された応接室には天井から豪奢なシャンデリアが吊るされ、壁には巨大な絵画が掲げられている。ソファは見たこともないような上等なビロード張りだ。
「おぉ...アビゲイルか。このたびは苦労であった」
奥の扉が開き、部屋に入ってきた老人が声をかけてきた。大公だ。アビゲイルは膝を曲げて挨拶するとこう言った。
「大公さま、突然押しかけたことお許しくださいませ。エリザベートさまのご失意いかばかりかと考えると居ても立っていられなくなりましたの」
「お前が来てくれたと聞いて姫殿下もお喜びじゃ。さ、奥へ。...ほれ、そのほうらも一緒に来い。武器はそこに置いておくのじゃ」
老人は慌ただしくマルコたちに指図する。青年は大剣を背中から下ろした。ルーク修道士と巨漢ヨハネもそれに倣う。大公が扉を開け、一同は恐る恐る奥の部屋へ進み出た。
マルコとハンナはその内部の様相に呆気に取られ、思わず周囲を見回した。
その部屋はさらに広大かつ豪奢な部屋だった。天井には目も眩むばかりの美麗な絵画が描かれ、その隅々にまで装飾が施されている。大きな窓には凝った形の窓枠が嵌め込まれていた。
だがアビゲイルはそれらには目もくれず、迷わず奥に向かって歩いていった。部屋の奥のソファには白いドレスを着て頭にティアラを被った少女が座っている。年の頃は十代終わりごろだ。修道女は彼女に歩み寄ると、膝を深く曲げて挨拶し、相手の手を取った。
「エリザベートさま。このたびは心からお悔やみ申し上げますわ」
「おぉ...アビゲイル。そなたが来てくれるとは...やはり持つべきものは友じゃな」
王女は顔を上げると、手で涙を拭いながら答えた。
「と...『友』って言ったよな?」
「い...言ったね。『友』って..」
それを聞いたマルコとハンナはまた顔を見合わせた。アビゲイルは続ける。
「お父上のような名君を失ったことは国民全体の大きな悲しみですわ。しかしきっと、その残された遺産のうえにノイシュバンシュタイン王国はますますの発展を...」
「いまさら世辞などはよい、アビゲイル。わが父は統治者としてはせいぜい中の上...いや、中の下くらいじゃった。それくらいはわらわにもわかる」
王女は修道女の手を握ったまま首を横に振ったが、顔を伏せると言葉を継いだ。
「じゃが...それでもわらわにとっては唯一の父親であった。.....わらわは心細うてならぬ。一体わらわのような若輩者がどうやってこの国を率いていけばよいのじゃ?」
「お気をしっかりお持ちくださいませ、エリザベートさま。殿下の周囲には命を懸けてもお仕えしようという忠臣たちが幾人もおりますではありませんか」
修道女が優しく微笑みながら言った。するとその背後に立っていた大公も口を開いた。
「そうですとも姫殿下。このフリードリヒめも、命尽きるまでお支えいたします所存ですぞ」
「そうか...」
それを聞いた王女は涙を拭いながら顔を上げた。だがアビゲイルは立ち上がると大公に耳打ちした。
「ちょっと大公さま。縁起の悪いことはおっしゃらないでくださいな。大公さまのご寿命はもうそんなに長くはないでしょう?」
それを聞いた大公は一瞬額に青筋を浮かべたが、やがてうんざりした顔で黙り込んだ。修道女は王女に向き直った。
「しかしエリザベートさま。いまは国政のことはお忘れくださいませ。悲しみの極みにあるときこそ、必ず神が慰めを与えてくださいますゆえ」
「...そういえばアビゲイル、お前も幼い頃弟を亡くしたそうじゃな。さぞつらかったであろう」
王女とアビゲイルの会話はなかなか尽きなかった。マルコは豪奢な内装を眺め回しながら何をするでもなく待っていたが、巨漢ヨハネは広い窓から見える庭をぼんやり眺めている。
「...馬...」
巨漢が呟く。それを聞いたマルコが目を上げると、よく手入れされた芝生の広がる庭に、驚くほど美しい白い馬がいるのが見えた。その近くには馬丁らしき男がいる。だが、どうやら馬は世話をされるのを嫌がっているのか、馬丁が手を伸ばして触れようとするたびに激しく首を振り、走り出そうとする。馬丁は手に握った手綱を必死に引くが、御することができずに引っ張りまわされていた。
「...そうじゃ。そのほうらは、噂の『筋肉三銃士』と『魔法少女』じゃな?そうであろう?」
今さら気づいたかのように王女が言った。マルコは慌てて居住まいを正す。だがルーク修道士が慣れた様子で膝を屈めて先に挨拶した。
「心からお悔やみ申し上げます、姫殿下。修道士のルークと申します」
「...え...えっと...俺、マルコっす。剣士っす」
続いて青年がぎこちなく挨拶した。そしてさりげなくヨハネの顔を見上げる。だが巨漢は先ほどと変わらずぼんやりと窓越しに馬を眺めていた。
「ハンナでぇす。お目にかかれて光栄でぇすお姫さま!」
少女ハンナがぴょこんとお辞儀する。マルコは慌てて巨漢の袖を引いて注意を促した。
「おい、名前だよ!名前を言えって!」
「名前...」
ヨハネは不思議そうに青年を見返した。だが王女は微笑むと自分から声をかけた。
「お前は『カチ割りのヨハネ』じゃろう。知っておるぞ。ミノタウルスを倒したとか」
王女は立ち上がると巨漢の前に進み出た。
「わらわからも礼を申そう。王家の負の遺産を片づけてくれたこと、感謝するぞ」
マルコ青年はパニック状態になりながらも、必死で巨漢の腕を引いて跪かせ、耳打ちした。
「...な...なんか気の利いたこと言えよ!『市民として当然のことをしたまでです』とか!」
「染みができた...?」
巨漢が問い返す。マルコはますます焦った。
「い..いや。それが難しかったら『もったいないお言葉、ありがたき幸せです』とかでもいいから!」
するとルーク修道士が頭を下げながら述べる。
「恐れながら姫殿下。この男、ながらく森にひとりで住んでおりましたもので、言葉にやや不自由するところがあるのです。しかし根は善良な者ですので、なにとぞご容赦くださいますよう」
「よいのじゃ。それよりお前たちは王国のために命を削って戦ってくれておるそうじゃな。十分な労いになるかわからぬが、しばらくここで寛いでおくれ」
王女は答えると大公に命じた。
「フリードリヒ。この者たちに食べ物と酒をもて」
「はっ...」
老人は部屋の隅で控えていた執事に手ぶりで指示した。執事が出ていって数分すると、色とりどりの豪奢な料理が盆に載せられ運ばれてきた。酒の瓶と上品なグラスもだ。
王女とアビゲイルは世間話に興じ始めた。マルコはルークと一緒に料理をつまみ、少女ハンナはフルーツを口に放り込む。だが巨漢は食べ物を咀嚼しつつも、馬が気になって仕方がないようだった。
「...馬...怯えてる」
ヨハネはまた呟いた。マルコはそれに気づいて問いかけた。
「お前、馬詳しいのか?」
「詳しいとはなんだ」
「いや、なんつうか...お前もしかしたら動物の気持ちとかもわかるのかって思ってな」
「動物...。飼い主の気持ち、移る」
巨漢が答えた。すると部屋の扉が開き、先ほど庭にいた馬丁がしずしずと入ってきた。
「大公さま...申し訳ありませんです。どうしても言う事を聞きませんで....」
馬丁が平身低頭の様子で大公に言った。老人は驚いて尋ねた。
「なんじゃ、そちは馬丁であろう。馬を馴らすなど造作もないことではないのか」
「そ...それが...何かに怯えているみてぇに暴れちまって....」
「いかがなさいまして、大公さま?」
アビゲイルが問うと大公は困り果てた様子で答えた。
「姫殿下のご気分が少しでも晴れればと思って白馬を取り寄せてみたのじゃ。じゃが馬というのも存外難しい動物じゃのう」
「馬...怯えてる」
巨漢はまた繰り返すと、馬丁に申し出た。
「俺...手伝う」
「へ?へぇ...。そりゃどうも」
馬丁は驚きつつも、巨漢を伴って部屋から出ていった。マルコたちが窓から外を眺めていると、放たれた白馬にヨハネと馬丁が近づいていくのが見えた。
馬は一瞬だけ逃げ出す素振りを見せた。だが、巨漢が歩み寄って手を伸ばすと、嘘のように鎮まり、されるがままになった。ヨハネの巨大な手で首筋を撫でられ、気持ちよさそうに自ら鼻先を摺り寄せている。馬丁はポカンと口を開けてその様子を眺めていた。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「―――お姫様、ちょっと元気になって良かったね」
ハンナは歩きながらマルコ青年の顔を見上げた。廊下の窓から眺めると、王女を乗せた白馬が広い庭を駆けまわっているのが見える。王女の顔には楽しげな笑みが浮かんでいた。
「ヨハネとやら、おぬし任務が終わったら王城付きの馬丁にならぬか?」
感心しきりの表情をした大公が後ろから巨漢に声をかけた。だがヨハネは不思議そうな顔で振り返った。
「馬丁...とはなんだ」
「『なんですか』だろ!」
マルコが慌てて訂正する。だが大公は気を悪くした様子もなく続ける。
「馬丁でなければ庭師でもよい。どうも姫殿下はおぬしのことを大層気に入られたご様子じゃ。どうじゃ、考えてみんか?」
「....」
巨漢は考え込むように沈黙したが、数秒するとこう言った。
「森...心配。放っておくと...荒れる」
「大公閣下。この者はもともと森を守る木こりだったのです。お話は大変ありがたいのですが、故郷の森を手入れする務めもありますゆえ」
ルーク修道士が代弁する。
「そうか。残念じゃの...」
老人は答えると、思い出したように手を叩いた。
「そうじゃそうじゃ。肝心のことを忘れておったわい。任務のことじゃ」
マルコたち五人が立ち止まると、大公は告げた。
「これから王国は一週間の服喪期間となる。さすがにその期間中にダンジョンを攻略させるわけにもいかぬゆえ、そなたらの任務の期限も一週間延長することにする」
「まじっすか?そりゃありがてぇっす」
マルコは思わず本音を漏らした。大公が奥の間に戻っていくと、青年はほっと溜め息をついて額の汗を拭った。
「まじ冷や汗もんでしたね。ルークさん、ナイスアシストっす」
「私も内心ビクビクしていたよ、マルコ。だが姫殿下が心の広いお方で助かった」
マルコと修道士は言い合った。だが肝心の巨漢ヨハネは自分が皆の心配の種であったことなど全く気付いていない様子で、髭についたパン屑をつまんで食べ始めた。
「一週間も期限が伸びるなんて拍子抜けですわね」
「うち、かえって熱とか出しちゃうかも!」
アビゲイルとハンナも口々に言う。
「ま、しばらく都でゆっくり英気を養うっすかね」
マルコは提案した。五人はゆっくりと廊下を歩いていった。
だが、正面から見覚えのある人影が近づいてくる。
マントを羽織り、魔法使いの杖をついた白髭の老人。宮廷魔術師スレイマンだ。
「あ...どもっす」
すれ違いざまマルコ青年が頭を下げた。だがスレイマンはそれを無視すると、片手に持った紙片を青年の手に押し付け、足早に去っていった。
「なんだあの爺さん」
マルコは怪訝に思いながらも紙片に目をやった。すると、『十五分後、城の門の裏』と書いてある。
「なんだこりゃ。謎解きか?」
青年が戸惑って呟く。ハンナも覗き込んできた。
「おじいちゃんってばツンデレだね。マルコお兄ちゃんとお話がしたいんだよ、きっと」
一行は書かれていたとおりに建物から出て城門の裏まで行くと待った。
すると、梟が一羽地面に降り立ってきた。マルコたちを見つめると、まるで道案内するかのように数メートル飛び、再び地面に降りてこちらを見る。
「魔法使いは梟をよく使う。ついて行ってみよう」
ルークが言った。五人が後をつけていくと梟は前庭の端に彼らを誘導し、やがてどこかに飛び去っていった。
「結局...俺らをどこに連れていくつもりだったんだろ?」
マルコ青年は目の前に立ちはだかる城壁を見上げながら困惑して呟いた。
だがその瞬間、ただの城壁だと思っていた石壁に唐突に四角い戸口が開いた。
「お主ら、こっちに来い」
押し殺した呼び声がする。戸口に立っていたのはスレイマン老人だった。
* * * * * * * * * * * *
「――――急げ。誰にも見られてはいないな?」
「は...はい。多分」
老人は声を潜めて言う。マルコは面食らって答えた。スレイマンは手招きし、暗い戸口に五人を入らせると、手を上げて呪文を詠唱した。すると戸口が一瞬にして石の壁で塞がれた。
「今灯りをつける」
老人が言って数秒後、その手に握られていた魔法使いの杖の先端からボウッとオレンジ色の光が発せられた。
そこは五メートル四方ほどの殺風景な部屋だった。簡素なテーブルの周りに椅子が六脚ほど置かれている。
「座れ」
スレイマンは手近の椅子に腰かけると促した。全員が腰かけると、宮廷魔術師はおもむろに口を開いた。
「...お主ら、何が起きたかは知っておろうな」
「は...はい。王様が亡くなったんっすよね。いまお姫様を慰めに行ったとこっす」
マルコが答えた。するとスレイマンは最後まで聞かずに尋ねる。
「それが何を意味するかはわかるか?」
「...貴族たちの勢力図が一気に変わる可能性がありますわね」
アビゲイルが代わりに答える。その顔はうんざりしたような倦怠感に満ちていた。だが老人は真剣な表情で言葉を継ぐ。
「勢力図どころの騒ぎではないぞ、アビゲイル。『魔力核』を虎視眈々と狙っている連中が動きを速める。それも国中が喪に服している間にな」
マルコたちは真顔になって口を噤んだ。老人は続けた。
「お主らも今後一層用心せよ。尾行も増える。それに『魔力核』を持つ魔物を倒したあと漁夫の利を狙っての襲撃を受けるやも知れぬ。覚悟しておけ」
そして一同を見回すと、スレイマンはこう告げた。
「加えて、そのような事態に至っても今後儂は援護できぬ。わが魔法部隊は最悪の事態に備えねばならぬからじゃ」
「最悪の事態、と申されますとスレイマン閣下、それは一体...どのような?」
ルーク修道士が尋ねる。するとスレイマンは押し殺した声で続けた。
「...可能性は三つある。一つは姫君が狙われる可能性。もう一つは我が方が保管中の『魔力核』が狙われる可能性。そしてもう一つが.....」
少し間を置くと、スレイマンは言った。
「―――過激派が『魔神兵士』の製造を始める可能性じゃ」
「ま...『魔神兵士』の製造?」
マルコは素っ頓狂な声を上げた。老人は一層顔を近づけてくると言った。
「...よいか。今現在過激派の手元には『魔力核』が少なくともひとつある。それを人間に埋め込み『魔神化』させた場合のリスクは計り知れない。本人自身が人格を失い制御不能となる危険があるからじゃ。だが大学跡地での逮捕劇で大きく勢力を減らした奴らは焦って乾坤一擲の策に出てくるかも知れん」
それを聞いたマルコは背筋に冷や汗が流れるのを感じた。スレイマンは懐から巻き物を取り出しながら言った。
「従って儂は王城と都の防衛に集中せねばならん。お主らの任務はただひとつ―――」
巻き物がテーブルに広げられる。それは王国の地図だった。魔術師はその一か所に指を置くと続けた。
「七つ目のダンジョン、ニルンベーグの鉱山に潜む巨大ゴーレムを倒し、その体内から『魔力核』を回収し持ち返ること。目立たぬよう、今夜すぐに発て。よいな?」