筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
「ただいまぁ!おぉい、兄貴いるか?」
ファロンの森から一日南に下ったところにある農村、トアル村。夕暮れごろ、その村のはずれにある一軒の農家の前に、マルコ青年、少女ハンナ、そして巨漢ヨハネの姿があった。
青年が扉を開けるなり呼びかけると、竈の前で火を起こしていたガッチリとした体格の男が振り返る。年のころは三十半ばだ。
「マルコ!戻ったのか」
「お袋の具合はどうだ?」
マルコ青年は背中に背負った三本の剣を土間に下ろすと、尋ねた。兄らしき男は作業を中断して歩み寄ってくると答えた。
「良くなったり悪くなったりだな。咳はだいぶ収まってきたんだが...」
だが、彼は続いて家に入ってきた珍妙な取り合わせの二人を見て目を丸くした。
「おじゃましまぁす!ハンナでぇす。よろしくお願いしまぁす!」
まず十二・三歳くらいの少女が入ってきて、笑顔を浮かべて挨拶した。いっぽう、その後ろにいた業務用大型冷蔵庫のような体格の大男は一言も発しない。
「あ、そうそう。こいつらは俺の仲間だ。ハンナと...こっちがヨハネ。ちょっと世話になるが、よろしくな、兄貴」
マルコが紹介すると、兄と呼ばれた男は我に返って手を伸ばした。
「マタイだ。よろしく、ハンナちゃん、ヨハネさん」
「よろしくでぇす!」
少女はニコニコ顔で手を握り返したが、ヨハネは黙ったまま機械的に握手を返すだけだった。
「お袋、起きてるか?」
「あ...あぁ。顔を見せてやってくれ。喜ぶからな」
マルコが尋ねると、兄は答えた。青年は奥の扉を開けて寝室に入った。そこには初老の女性がベッドの上に横になっていた。
「お袋、帰ったぜ」
「おうおう....マルコかえ。顔を見せておくれ」
青年がベッドの横に腰かけると、老女は涙を流しながら喜び、手を差し伸べた。
「お袋、ちょっと痩せたんじゃねぇか?もっと食わねえとな」
「でも、あたしもあんたたちみたいに若くはないからねぇ....」
青年と母はしばらく会話していた。ハンナはそれを聞きながらも遠慮がちに寝室の手前で待っている。するとマタイがヨハネに話しかけた。
「お客さんと分かってればもうちょっと奮発したんだがな。今夜はジャガイモのスープで構わんか?」
「...」
ヨハネは小さく頷く。するとマルコが寝室から出てきた。彼は懐から重そうな袋を取り出すと、竈に向かう兄の手に押し付けた。
「これ、とっときな」
「なっ...マルコ!こんな大金をどうやって...」
マタイは驚いて声を上げた。マルコは言った。
「賞金さ。薬代とかいろいろかかるだろ?」
「し....しかし....お前、賞金稼ぎなんて危険な仕事をいつまで...」
「そりゃ身体が動く限りは続けるさ。剣を振れる限りはな」
「だ...だけど....マルコ」
兄マタイは首を振ると続けた。
「お...お前、剣術なんて一回も習ったことないだろ?本当に大丈夫なのか?」
「え.....?一回もって...?」
それを聞いたハンナが驚いて顔を上げた。
「ねぇマルコお兄ちゃん、それ本当なの?」
「あぁ。本当さ」
マルコ青年は答えた。
* * * * * * * * * * *
「―――俺が冒険者になったのは五年前さ」
マルコはテーブルに置かれたボウルからスープを掻きこみながら言った。
「親父が死んだあと、お袋は爪に火を点すような苦労をして兄貴と俺を育てた。だけど無理がたたって病気になっちまった」
彼は肩をすくめると続けた。
「けど、兄貴がどんだけ懸命に働いても小作農は収入のほとんどを土地代と税金で持っていかれちまう。思い余った俺は決心したんだ。賞金稼ぎになるってな」
ヨハネはパンを齧り、ハンナはスプーンを運ぶ手を休め真剣な表情で聞いていた。マタイは沈んだ面持ちで呟いた。
「...俺の甲斐性がないのがいけなかったんだ。本当ならお前を学校にやるぐらいのことは...」
「いいのさ兄貴。俺みてぇな奴は学校なんか行ったところで馴染めねぇに決まってる。それにギルドが冒険者に払う賞金は無税だからな。頑張れば頑張るだけ潤うんだ。俺には一番合ってるよ」
マルコが言うと今度はハンナが尋ねた。
「ねぇ、でもマルコお兄ちゃん。剣術も習わないでどうやって剣士になったの?」
「鍛冶屋の裏庭に捨てられてた赤錆だらけの剣を拾って、通りがかりのパーティに何度も頭下げて入れてもらったのさ」
マルコはスープを掻きこむ手を休めると答えた。
「ダンジョンに入ったらひたすら剣を振り回した。剣が折れたら、オークやらゴブリンの武器を奪って振り回した。それも折れたら、最後は奴らの死体をつかんで振り回した。それでなんとか凌いだよ」
それを聞いたハンナは目を白黒させた。マルコはまたスープを飲みながら続けた。
「そうやって剣を折りながらダンジョンアタックを繰り返すうち、少しづつランクも上がってったよ。でも、それと同時に、俺と組んでくれる奴は減っていった。Aランクに昇格したころには、もう誰も俺とは組んでくれなくなったってわけさ」
「ど...どうして?お兄ちゃん、確かに荒っぽいけど、メチャクチャ強いじゃん...」
ハンナは食べるのも忘れて不思議そうに問うた。するとマルコは言った。
「そりゃ、ひたすら目の前の物ブチ割るしか能がねぇからさ。他の職種との連携もできねえし、ある時なんか気絶した仲間の武器を無理やり振り回してそのまま折っちまったこともあったさ。あんときぁ顰蹙買ったなぁ....」
「そんな....うち、お兄ちゃんこそ最高のパーティリーダーだと思ったのに..どうして嫌われちゃうのかわかんないよ」
少女が言うと青年は顔を反らして手を振った。
「よせよ。俺はただの農民あがりの剣士もどきさ。知恵も技術もねぇ。だから冒険者仲間から尊敬もされてねぇんだ」
「でも..でも!」
少女はガタリと音を立てて立ち上がり叫んだ。
「お兄ちゃん、うちが
彼女は少し声を落とすと言葉を継いだ。
「うちに仕事と誇りを与えてくれたのもお兄ちゃんだもん。他のみんながどう言うかは知らない。でも、うちは絶対マルコお兄ちゃんについていくもん」
「ハ...ハンナ....お前...」
思わぬ言葉にマルコは驚いた。だが、そこにマタイが口を挟んだ。
「だけど、マルコ。万が一ってこともあるじゃないか。例えばもしお前がケガをしたらどうするんだ?」
「そ...それは...」
マルコ青年は目を伏せた。
「そうなったら元も子もない。どうだ、帰ってきて一緒に畑をやらないか?そりゃ稼ぎは少ないが、少なくとも大ケガしたり死ぬことはない」
兄の言葉を聞いたマルコは少し黙っていたが、自信なさげに抗弁した。
「で...でも...薬代はどうすんだよ。それじゃお袋がいつまでも良くならないじゃねぇか」
「それは俺がなんとかするよ。二馬力でやれば、少しは実入りも増える。それでやりくりすれば多少の余裕は出るだろう」
「だ..だけどそれだけじゃねぇ。俺がこの仕事を続けたい理由はもう一つあるんだ」
兄が言い終わる前に、マルコは顔を上げた。
「兄貴、お前いつまで独り身でいるつもりなんだ?もう三十も過ぎてるのに、いい人がいてもお袋のことがあって遠慮しちまうんだろ?」
「マ...マルコ。何を言うんだ」
慌てた兄を真っすぐに見つめてマルコは言った。
「俺は、この家を明るくしてぇんだ。お袋にも、兄貴にも自分の望みを諦めながら生きてほしくはねぇんだ。だから俺は......」
「マルコお兄ちゃん..やっぱりうちの思ってた通りだった」
するとハンナが言った。その目には涙が光っていた。
「マルコお兄ちゃんはとっても優しいひとだって。だから...うちも手伝う!この家を明るくするために!」
「...家...明るい」
すると、パンを咀嚼し終わったヨハネが、テーブルの上の燭台を見つめながら呟いた。
「ち...違うよヨハネおじさん。うちらが言ったのは例えだから」
「例えとはなんだ」
説明するとまたヨハネが尋ねた。それをまた説明しようと少女が苦闘しているのを見ながら、マルコは腕を組んで思案していた。
――――なんとかして兄貴に心配をかけずにお袋の治療費を稼ぐ方法はないものか―――
* * * * * * * * * * * * * *
翌朝。
「おはよう、ヨハネおじさん!」
ハンナは家から出て伸びをすると、家畜小屋から出てきたヨハネに呼びかけた。大男は軽く頷くのみだった。
「ようヨハネ。家畜小屋で寝てもらって悪かったな。お前の体格だとスペースが必要だと思ってな」
少女に続いて家から出てきたマルコが言う。だがヨハネは気にも留めていない様子で呟いた。
「藁...柔らかい」
「えっ...ヨハネおじさんだけ家畜小屋?」
ハンナは驚いて顔を上げる。
「ちょっとぉ!お兄ちゃん!その扱いひどくない?仲間なのに...」
するとマルコは急いで少女の耳元に口を寄せて囁いた。
「お前はもう寝てたから知らなかったかも知んねぇがな...なにしろ
「そ...そうなんだ...」
ハンナは驚いて目を丸くした。
すると、ヨハネは家畜小屋の脇にあった切り株の上に置かれた小斧に目を止めた。巨体を屈めてそれを拾い上げると、矯めつ眇めつ眺めている。
「お、薪割りでも手伝ってくれんのか?ヨハネ」
それを見たマルコが薪用の木材の束を抱え上げてヨハネの前に置いた。
「この斧...良い」
ヨハネはそう言うと、おもむろに木材のひとつを摘まみ上げ、切り株の上に置いた。そして片手で軽く斧を振るった。
スパンッ!
快音を発して木材が真っ二つになる。ヨハネの動作はまるで小枝でも振るっているようなものだった。
「凄い!面白そう!うちにもやらせて!」
ハンナが両手を差し出す。ヨハネはその手の上に斧を置いた。だが少女はその途端よろけた。
「お..重ッ。なにこれ?」
「おい、ヨハネ、気を付けてくれ。誰でもお前みたいに力があるわけじゃねぇんだぞ」
マルコが慌てて少女を支えた。ヨハネが呟く。
「重いとはなんだ」
「重いは重いだよ。いくらお前だって持ち切れねぇくらい重いもんってあるだろ?」
「...........」
会話はそこで途切れた。マタイが家の中から呼びかけてきた。
「おぉい、朝飯ができたぞ!」
* * * * * * * * * * * *
朝食が終わると、ヨハネはまた表に出て薪を割り始めた。そして一度小斧を振るごとにそれをしげしげと眺めている。
畑に出ようと支度を整えたマタイが声を掛けた。
「悪いな、お客なのに働かせてしまって」
「この斧...良い」
ヨハネはまた呟いた。兄に続いて出てきたマルコが大男に言った。
「おいヨハネ、そんなに気に入ったなら買い取ったらどうだ?カネ一杯持ってるだろ?」
「..買い取るとはなんだ」
するとマタイが慌てて手を上げた。
「いやぁ、そんな使い古しにカネを出してもらうなんてことはできないよ。気に入ったなら持っていって構わない。ただ.....」
彼は家の裏手に広がる森を示した。
「あそこあたりをもう少し開墾しようと思っててね。ヨハネ、君が手伝ってくれたら一日で終わると思うんだ。それが終わったら持っていってもらうって条件でどうだ?」
「....」
するとヨハネは軽く頷いた。
話がまとまると、マルコ青年と少女ハンナはバケツを持って家畜小屋に入っていった。
「山羊の乳しぼりなんてうち初めて!」
「言うほど簡単じゃねぇぞ。まあ見てろ」
青年は山羊の一頭の傍らに身を屈めて乳を搾り始めた。だがすぐ眉を顰めた。
「....ん?なんか今日は出が悪りぃな」
「お兄ちゃん、最初ドヤ顔してたクセにできないじゃん!」
「い...いや。本当に様子がおかしいんだ」
マルコが山羊の顔を見上げると、目の下にクマができている。
「もしかして...ヨハネの
「そ...そんなに?」
驚いてハンナが顔を上げる。マルコは答えた。
「あぁ。まるでオークの大群が押し寄せてきたときの足音みたいだった」
「じゃ...じゃあ山羊さんもとんだ災難ね」
二人は乳しぼりを早々に切り上げ、全ての家畜の世話を済ませてしまうと家畜小屋から出た。
だが、そこで茫然と立ち尽くすことになった。
裏手の森が消滅しているのだ。
そして森のあった場所の手前には、農夫マタイが魂の抜けたような有様で突っ立っていた。
「....こ...これ...どういうことだよ」
マルコは目を丸くして呟いた。見ると、森があった場所の一番奥から、巨大斧を肩に担いだヨハネが悠々と歩いてくる。
「...開墾、済んだ」
マルコとその兄はしばらくの間言葉を失っていた。だがマルコ青年が最初に口を開いた。
「お...おいヨハネ。開墾って言ったってただ木を切るだけじゃダメだぜ。根株を引き抜かねえと....」
「い...いや、いいんだマルコ」
兄マタイが手を上げて押しとどめる。
「ヨハネさんがそれもやってくれたんだ....。その....根株に手をかけて...メリメリメリって」
「メリメリメリッ?」
マルコ青年と少女ハンナが同時に声を上げた。そして信じられないといった様子で顔を見合わせる。ヨハネは満足げに呟いた。
「...斧、貰う」
* * * * * * * * * * * * * * * *
「よし、次の仕事はこれで決まりだな」
地方都市・ボンッのギルド支部。マルコ青年は掲示板からチラシを引き剥がすと指で弾いた。
「クレタ島のミノタウルス。クノッソス宮殿跡地に拠を構える大型魔獣だ」
「特別討伐指定個体のクセに一か所に留まってるなんて、珍しいね」
ハンナが横から覗き込む。だが、近くにいた剣士たちが声をかけてきた。
「おいマルコ、そいつぁお前には荷が重いんじゃねぇのか?オークの親玉みたく簡単にはいかねぇぜ」
「それに今までAクラスが十人以上アタック失敗して死んでんだぜ?だいいちそんなガキ連れてんのに高難度魔獣狙うなんて無謀過ぎるぜ」
それを聞いたハンナが叫んだ。
「ガキじゃないもん!うちだってちゃんと仕事してるもん!」
「まぁ言わせとけ、ハンナ。お前もランクが上がりゃ誰も文句言わなくなるさ」
マルコはチラシを畳んで懐に仕舞うと傍らのヨハネを顧みた。
「それにヨハネ、魔獣だったらお前の得意分野だろ?」
「.....」
大男は黙っていたが、野次を飛ばしていた剣士たちは彼の巨岩のような体格を見て口を閉ざした。
「賞金五百万。上手くすりゃ今年は早くも仕事納めだ」
マルコはそう言うと出口の扉を開け、少女ハンナと大男がそれに続いて出ていった。
* * * * * * * * * * * * * *
一行は港から船に乗った。数時間の航海で、すぐに美しい浜を持つ大きな島に着いた。赤茶色の屋根を持つ家々の中に教会の尖塔が見える。だがその背後には険しい岩山がそびえている。
三人は港町で宿を取り、翌朝早く出発した。数時間かけて岩山を登り、小高い部分に出る。
やがて、眼下の町を見下ろすように建てられた宮殿の廃墟が見えてきた。だが打ち捨てられてから年月が経っているようだ。壁が黒ずみ、所々崩壊している。
「...なんか、ヤバイ雰囲気だね」
ハンナが呟く。マルコ青年は答えた。
「だな。だからこそ稼げるってヤツさ...行こう」
マルコが先頭、少女ハンナがそれに従い、大男ヨハネが斧を携え最後尾を歩く。
そして、三人は廃墟に足を踏み入れた。