筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
「――――行こう」
クレタ島の岩山の上にあるクノッソス宮殿跡。
打ち捨てられて年数が経過したことを思わせる黒ずんだ廃墟の前に、マルコ青年、少女ハンナ、そして巨漢ヨハネは立っていた。
そして、マルコが先頭となって足を踏み入れると、予備の剣を抱えたハンナがそれに続き、ヨハネが斧を携えて最後尾についた。
四角い石を巧みに組み合わせて建てられてた宮殿に入ると、すぐにわかった。通路が複雑に曲がりくねっている。
だが、かつて建物の上にあった天井はあちこちが落ちて穴が空いているから、空からの光が時折射し込んでくるのが幸いだった。
「....迷わねぇように注意しねぇとな」
マルコは時折立ち止まり、これまでの経路を確認する。すると、少女ハンナがもったいぶった様子で咳払いした。
「エヘン...。実はですねぇ.......」
「んぁ?なんだよ、ハンナ。改まった口調で」
「じゃぁ~ん!ほら!クノッソス宮殿跡迷宮地図!」
少女は得意げな顔で羊皮紙を取り出した。
「ギルドの隣の書店で売ってたの!気が利くでしょ!」
「本物なのか?偽もんじゃねぇだろうな」
マルコは懐疑的な目で見る。だがハンナは叫んだ。
「本物に決まってるでしょ!一万ルピーもしたんだから。ちなみにこれ、経費で落ちるよね?」
「...ったく抜け目のねぇヤツだな。お前の取り分から差し引いちゃダメなのか?」
「ダメ。だってみんなのために買ったんだから。こんなとこグルグル回って時間を無駄にしたくないでしょ?」
「...時間とはなんだ」
ヨハネの呟きに、マルコ青年も少女ハンナも一瞬顔を引き攣らせて固まった。だが、マルコは何事もなかったかのように羊皮紙を取り上げると、歩き始めた。
「よし、右に行って.....そっから左.....また右...と」
* * * * * * * * * * * * * * *
「...も...もうすぐだね」
現在地確認のため立ち止まったマルコ青年の横からハンナが地図を覗き込み、生唾を呑み込んだ。地図上に赤い印がついた場所まであと僅かで到達すると思われた。
「奇妙だな。ダンジョンなのにここまで一匹も魔物に行き会わなかったぞ」
マルコ青年が呟く。ハンナは彼の顔を見上げて尋ねた。
「普通、違うの?」
「あぁ。ダンジョンっつうのは大物が奥にいる場合は小物が入り口辺りにいるのが定番なのさ。大物が食べ残したおこぼれをもらうためにな」
「そういえば、魔獣なのに一か所にいるってのもヘンよね。まるでここが自分の家みたいに」
「そこは俺も思った。とにかくこのミノタウルスってヤツは奇妙な点が多過ぎる」
そう呟くとマルコ青年は背中の剣を抜き放った。
「...ま、とはいえ狩っちまえば関係ねぇ話しだ。行こう」
その時だった。
――――ズン...ッ...――――
地響きとともに床が軽く振動した。
「い...今の何?」
ハンナが顔を上げた。
――――ズン...ッ...ズン...ッ...ズン...ッ...――――
再びの振動。今度は連続だ。天井から小石がパラパラと落ちてくる。マルコも一気に真剣な表情になった。
「奴さん....こっちが近づいているのに気づいたのかもな」
剣を握り直し、背後のヨハネを顧みた。
「俺が取り逃がしたときには頼むぜ、ヨハネ」
その刹那。
――――ズンッ..ズンッ.ズンッズンッ.――――
地響きと振動が高速で移動している。それは一旦近くまで来たかと思うと、離れ、そしてまた接近してきた。
「来るぞ!」
マルコ青年が叫んだ瞬間、通路の向こう側に大きな影が現れた。
頭部が牡牛。身体は隆々とした筋骨の半裸の男。
――――ヴモ゛ォ゛ォ゛ォ゛........――――
そいつは異様な唸り声を上げたかと思うと、鼻から湯気を噴き出し、足早にこちらに向かってきた。
だがマルコは驚愕した。
大きい。
近づけば近づくほど異様なスケール感だと分かった。もはや背の高さが三メートルはありそうだ。
「クソッ....」
先手を取るべくマルコはダッシュして接近した。ミノタウルスは片手を大きく振り上げながら襲い掛かってくる。
―――ヴゥンッ!―――
風を切るように唸る音とともに巨大な手が迫ってくる。
「ぬ゛ぅ゛り゛ゃ゛ッ゛!」
マルコもまた剣を払った。剣と化け物の手が激突した。
バキィンッ....!
鋭い音とともに、金属片が宙を舞う。マルコの剣は中ほどで真っ二つになった。
「お兄ちゃん!二本目!」
ハンナが叫びながら予備の剣を放り投げる。それを受け取ったマルコは言った。
「これで決める!お前らは下がってろ!」
見ると、ミノタウルスは片手の手首に深い斬り傷を負っていた。血が激しく噴き出すのを押さえようとしている。だが、彼はそうしながらも目を上げ、マルコを睨みつけていた。その瞳は憤怒に赤く燃えていた。
「だぁ゛り゛ゃ゛ッ゛!」
マルコは突進するとミノタウルスの腹に剣を突き刺した。肉が硬い。だがそれでも青年は思い切り剣をこじ入れた。
――――ヴモ゛ォ゛ォ゛ォ゛..!――――
怪物はまたも異様な呻き声を上げると、無事なほうの腕を振り回した。マルコは身を沈め辛うじてそれを躱すと、今度は剣を横に払った。
「どぁ゛り゛ゃ゛ッ゛!」
バキィンッ....!
またしても鋭い音が響く。折れた剣の破片が天井の穴から射し込む光を受けて煌めいた。
「なにッ............」
半分ほどになった剣がミノタウルスの腰骨の辺りに食い込んでいる。だがマルコが飛び退ろうとした時にはもう遅かった。
―――ヴゥンッ!―――
化け物の巨大な手の一撃を喰らったマルコが吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「お兄ちゃん!」
ハンナが叫ぶ。その時だった。
――――ズシンッズシンッズシンッ―――
大斧を構えたヨハネが怪物に走り寄り、思い切り武器を振り下ろした。
――――ドシュッ......!――――
激しい衝撃音。ミノタウルスの片腕が肘から切断され、ゆっくりと宙を舞う。化け物の上腕の切り口から黒い血が噴出し、そこらじゅうに撒き散らされた。
ヨハネがさらにもう一撃を加えようと斧を振り上げた時だった。
ミノタウルスは信じられないほどの耐久力を見せた。無事なほうの手を伸ばし、むんずと斧の柄を掴んだのだ。
化け物は片腕のまま激しくヨハネを押し始めた。さしものの巨漢も少しづつ後退していく。ミノタウルスの鼻から湯気が噴出し、異様な唸り声が小刻みになっていく。
だがヨハネもまた唸り声を上げながら押し返した。その顔が真っ赤になり、肩や胸や腕の筋肉がみるみる盛り上がると、チュニックのボタンが弾け飛んだ。
「ぬ゛お゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛!」
雄たけびを上げたヨハネが押し戻す。今度はミノタウルスがじりじりと後退していった。ヨハネはここを先途ととばかりに押し迫ると、化け物を壁に追い詰めた。
「どぁ゛り゛ゃ゛ッ゛!」
ヨハネは喉から血が出そうなほどの叫び声を上げた。下がれなくなった化け物の顎を斧の頭で突き上げる。まるで巨岩が激突したかのような音とともに、ミノタウルスの頭がグラリと揺れた。
「ぬ゛お゛り゛り゛り゛ゃ゛ッ゛!」
風を裂いて唸る音とともに斧が振り下ろされる。
凄まじい衝撃音とともにその刃がミノタウルスの頭部を二つに割り、さらに首を二つに裂き、胸の半ばまで到達してから止まった。
もはや化け物は力を失っていた。彼はしばらくの間ゆらゆらと揺れ動いていたが、やがて背後の壁にもたれかかり、ずるずると崩れ落ちていった。
薄暗いダンジョンの廊下で、ミノタウルスの動かぬ身体から湯気が立ち昇り、ヨハネは激しく肩を上下させている。
だが、ハンナは倒れたマルコの傍に跪き、彼の頭を抱えながら哀願するように叫んだ。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!しっかりして!」
「...す...すまねぇ....しくじっちまった...」
青年は擦れ声で答えた。だが、声は弱々しく、口からは血が流れている。
「ヨハネおじさん....お願い!お兄ちゃんを町まで....」
少女がヨハネを顧みる。巨漢は頷くとしゃがみ込み、マルコ青年の身体を背負うと立ち上がった。
「わ....悪りぃなヨハネ....面倒かけちまって........」
呻くようにマルコが言う。だがハンナが声をかけた。
「しゃべっちゃダメ!今...今病院に連れてくからね!」
地図を手にした少女ハンナの先導で迷宮を抜けると、一行は急ぎ足で山を下りた。
* * * * * * * * *
「病院....病院....」
山道から港町の通りに入ると、少女は目を左右に泳がせながら呟いた。だが、あるのは酒場、魚屋、八百屋、貸舟屋、売春宿....。病院らしきものはどこにも見当たらない。
「すみません!病院ってどこですか?お兄ちゃんが大ケガしちゃったんです!」
思い余った少女ハンナは、通りがかりの町人にのべつ幕なしに声をかけ始めた。
「....困ったのうお嬢ちゃん。ここは島じゃから、いるのは薬師くらいで、大きな病院はないんじゃよ」
一人の老人が憐れみの籠った目でハンナを見ながら言った。
「そういう怪我人を診られる病院に連れていくには本土に戻らんとならん。だけど船がのう....」
「おじいさん、次の船っていつ出るんですか?」
焦燥感に駆られたハンナが飛びつくようにして尋ねる。
「それがのぉ...船は一日二度しか出んのじゃ。もう今日の午後の便は出てしもうたから、明日まで待たんと....」
「そ....そんなぁ.....」
それを聞いた少女は目を大きく見開いた。張り詰めに張り詰めた緊張の糸が切れてしまったかのように、彼女はヘナヘナと路上に崩れ落ちた。
「そ....そんな...そんな.....そんなぁ.....」
ヨハネの背に背負われたマルコはもはや虫の息だった。口から流れる血も止まらない。時折目を開くものの、その焦点も合っていなかった。
少女ハンナは少しの間肩を震わせていたが、やがて大声を上げて泣き始めた。
「......ぅ゛....ぅ゛....ぅ゛..ぅ゛ぅ゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ンッ!」
「お゛...お゛兄゛ち゛ゃ゛ん゛が死゛ん゛じ゛ゃ゛う゛ぅ゛ぅ゛ッ゛!」
彼女は滝のように目から涙を迸らせながら叫んだ。
「どぉ゛し゛ょ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッぉ゛ッ!お゛兄゛ち゛ゃ゛ん゛が死゛ん゛じ゛ゃ゛う゛ぅ゛ぅ゛ッ゛!」
騒ぎを聞きつけ通行人が幾人も立ち止まり、周りを取り巻いた。その中で、少女ハンナは路面に身を投げ出すように伏せ、両手を組んで必死で祈り始めた。
「か゛...神゛さ゛ま゛...お゛願゛い゛し゛ま゛す゛ぅ゛ッ゛!どう゛か゛お゛兄゛ち゛ゃ゛ん゛を゛....助゛け゛て゛ッ!」
泣き声と請願をごちゃ混ぜに口から吐きながら、のたうち回るように祈り続けるハンナに、町人たちが声をかけた。
「お...お嬢ちゃんや、お嬢ちゃんや、泣かないでお聞きなさいな」
一人の老女がハンナを助け起こすと言い聞かせるように言った。
「あんたらは運がいいよ。今ちょうど修道院に聖女さまがおいでになっているのさ。癒しの奇跡の力を持つ聖女さまがね」
「ほ..ほんとですか?」
泣き止んだハンナが顔を上げた。老女は港町の建物の間に聳え立つ尖塔を指さした。
「ほら、あれが修道院の塔だよ。お優しい聖女さまのことだから、きっとあんたのお兄さんの怪我も治してくださるから。ね?」
一縷の希望が胸に湧いてきたハンナは立ち上がり、ヨハネを顧みた。
「おじさん!行こう!」
大男は僅かに頷いた。ハンナが駆け出すと、彼もマルコを背負って後についていった。
* * * * * * * * * * * * * *
「えッ.....なにこの人数!」
修道院の扉を開けた瞬間、ハンナは息を呑んだ。
廊下に並べられた椅子にずらりと人が座っている。
具合が悪そうに咳をする女性。足に添え木を当てた若者。やせ細った老人。
廊下の一番奥に『祈禱室』と表示のついた部屋がある。だが、扉からその部屋までの間には数十人の病人や怪我人たちが順番を待っていた。
それを見たハンナは一瞬悲嘆に眉を歪めたが、すぐに拳を握って呟いた。
「絶対...絶対....お兄ちゃんを助けるんだもん!」
少女は背後にいたヨハネに合図すると、足早に廊下を進んでいった。祈祷室の前まで来ると、若い修道女が一人、クリップボードを持って立っていた。
「すみません!うちのお兄ちゃんが怪我したんです!治してください!」
ハンナは相手の目を真っすぐに見上げて叫んだ。だが、修道女は困惑した表情で答えた。
「お..お嬢ちゃん、患者さんは皆さん並んでもらってるの。申し訳ないけど....」
「急患なんです!すぐに手当てしないと死んじゃうかも知れないんです!どうかお願いします!」
少女はそう言って頭を下げると、一歩前に進んで付け加えた。
「もし治してくださったら、お礼にどんなことでもします!うち、この修道院で一生下働きします!」
相手の勢いにタジタジとなった修道女の背後で、静かに扉が開いた。そして、中から老人が一人、嬉し気に腰をさすりながら出て来た。
「聖女さま...このご恩は一生忘れませんですじゃ」
「―――お大事になさってください」
老人が言うと、女の声が部屋の中から聞こえた。扉の間から見えたのは、齢二十代後半から三十代初めくらいの美しい修道女の横顔だった。
「聖女さま!聖女さま!お願いします!お兄ちゃんを治して!」
それを見たハンナはズイと身を乗り出すと、大声を上げた。するとその美しい修道女は机に向かって何事か書きつけをしていたのを中断して立ち上がり、廊下に出てきた。
「ちょっと...困ります。順番は守っていただかないと....」
廊下にいた助手らしき修道女が少女ハンナを押しとどめる。だが、部屋の中から出てきたその美しい修道女は、調べるように無言でハンナを、そしてその横にいた大男ヨハネと彼に背負われたマルコを見やった。
彼女の視線が、瀕死のマルコを背負った大男ヨハネが後ろ手に持っていた斧の刃に止まった。そして彼女は呟くように言った。
「あなたがた...クノッソス宮殿跡地へ?」
「え...あ....はい...」
虚を突かれた質問に戸惑いながらもハンナは答えた。
すると美しい修道女は助手に向き直った。
「マリアテレザ修道女。患者さまのリストを」
そう言われた助手は我に返り、慌てて手にしていたクリップボードを相手に渡した。美しい修道女は素早くそれに目を走らせると、ペンを取り出して印をつけ始めた。それが終わるとクリップボードを返し、早口で指示した。
「印をつけた患者さまには診察は明日になると伝えてくださいな。ただし高飛車にならずに丁重に説明なさい。クノッソス宮殿跡地でこの方々がしてくださったことを話せば、納得してくださるはずですわ」
「え.?..あ....は....はいッ....。わかりました、アビゲイル先生」
助手は戸惑いながらも返事をすると、急ぎ足で廊下を駆けていった。アビゲイルと呼ばれた美しい修道女はハンナに手招きした。
「こちらへ。患者を寝台に」
美しい修道女に続いて祈禱室に入ると、大男ヨハネがマルコをそっと横たえた。
だがハンナは息を呑んだ。
マルコの顔はもはや土気色だった。顔を近づけると呼吸も途切れ途切れになっている。
「お......お兄ちゃん!しっかりして!今治してもらえるから!ね?ね?」
「頸椎骨折。肋骨骨折。肺座礁。脳震盪。内臓にも損傷多数....」
ハンナは青年に取りすがり、悲痛な声で呼びかける。だが美しい修道女は全く平静な声でそう呟くと、ハンナとヨハネに向き直った。
「あなたがたは外に出てください。これから祈禱を行いますわ」
「え...でもうちも一緒に....」
ハンナが言うと、美しい修道女はぴしゃりと被せた。
「外においでください。あとはわたくしにお任せを」
有無を言わせない口調に圧倒され、ハンナは思わず口を閉ざした。そして大男ヨハネを連れて廊下に出ると、美しい修道女は素早く扉を閉ざした。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
「神さま神さま神さま神さまどうかどうかどうかどうかどうかお兄ちゃんを治してくださいお兄ちゃんを治してください.......」
廊下を右に左に歩きながら、少女ハンナは息継ぎする暇も惜しんで呟いていた。
だが、大男ヨハネは廊下に置かれたソファに窮屈そうに座り、彼女を無言で目で追っている。
ふと視線に気づいたハンナは立ち止まって相手を見上げた。だがヨハネの顔は全くの無表情だった。
「....ねえヨハネおじさん、マルコお兄ちゃんのこと心配じゃないの?」
「...心配とはなんだ」
返事を聞いたハンナは溜め息をついたあと、説明した。
「相手のことを思うと辛くて辛くて胸が締め付けられるの。それを心配っていうの。だって仲間でしょ?」
「.....仲間とはなんだ」
それを聞いたハンナは、罵声を上げながら足を踏みしめようとするのをすんでのところで思いとどまり、肩を落とした。
「なんだじゃないでしょ...。見損なった。冷たいひとなんだね」
「...冷たいとはなんだ」
少女ハンナは数秒間黙っていたが、軽く首を振ると訴えかけるように相手に言った。
「おじさんだって、誰かと一緒に冒険して、一緒にご飯食べて、一緒に危険を乗り越えたりしたら情が移るでしょ?」
「....情とはなんだ」
「だからさあ、大事に思ったりとか、いなくなってほしくない、とかよ。思うでしょ?」
言葉を尽くした少女の説明を聞いた大男ヨハネはしばらく無言になった。
少女ハンナはもう一度溜め息をつくと、再び祈りに戻ろうと廊下を歩き始めた。だが、唐突に大男ヨハネが呟いた。
「仲間......倒さない」
「......それだけ?」
ハンナは目を上げると尋ねた。大男は軽く頷いた。
「仲間......倒さない」
* * * * * * * * * * * * * *
――――カァーン...カァーン...カァーン...――――
修道院の尖塔から夕の祈りの時間を告げる鐘の音が響く。
マルコ青年は少しづつ目を開けた。ぼやけた視界の中、視線を動かすと、清潔な部屋の中、自分が寝台に横たえられているのがわかった。
ふと傍らを見ると、驚くほど美しい女が自分の顔を覗き込んでいる。
その女は修道女服を着ていて、歳の頃は自分より少し上だった。
「...お目覚めになったようね。ご気分はいかが?」
女が問いかけてきた。マルコ青年は身を起こそうとして身じろぎした。だがたちまち鋭い痛みに襲われて呻いた。
「痛ッ....」
「まだ動いてはいけませんわ。応急処置をしたに過ぎませんもの。もう少ししたら病室に移動していただきますわ」
「....尼さん....ありがとう。この恩は忘れねぇ...」
マルコ青年は擦れた声で礼を述べた。すると女は微笑んで答えると、立ち上がった。
「癒しの奇跡は神の賜物ですわ。わたくしの力ではございませんの。感謝は神に捧げてくださいな」
「わ...わかった。俺もこれからは信心するよ....」
マルコが言うと、女は振り返って尋ねてきた。
「一つだけお聞きしたいのですけど、よろしくて?」
「あぁ...なんだ?」
「あなたがたはクノッソス宮殿跡地の怪物を倒したのですわね?」
「あぁ、俺じゃねぇけどな。倒したのは相棒のヨハネさ」
マルコが答えると、女は首を傾げてもう一度確認するように尋ねた。
「...では本当にあの怪物は死んだのですわね?」
「...あぁ。間違いねぇ。...ヨハネの斧で頭から胸まで真っ二つだったからな」
青年が答えると、女は少しだけ目を見開いた。そしてマルコに背を向けると、しばらくの間黙っていた。
だが、やがて彼女は細かく肩を震わせ始めた。
「どうしたんだ、尼さん?」
マルコが尋ねる。すると修道女は含み笑いを漏らし、次いで片手を口に当てながらも抑えきれない笑い声を上げ始めた。
「オーッホッホッホッホッ....あぁ、なんて愉快なんでしょう!あの怪物を...まさかあの怪物を本当に倒すなんて!」
「ゆ...愉快...?」
マルコ青年は戸惑って尋ねた。すると女はようようのことで笑いを納め、青年に向き直った。
「えぇ、愉快極まりないですわ。いいこと、よくお聞きになって?」
美しい修道女は人差し指を立てるとこう言った。
「あなたがたはこの島を救った...そして王家による『負の遺産』を取り除いたのですわ」