筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
――――カァーン...カァーン...カァーン...――――
修道院の尖塔から夕の祈りの時間を告げる鐘の音が響く。
寝台に横たわったマルコ青年の傍らに少女ハンナが駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん....良かった。ほんとに....生きてくれてて...」
「心配かけたな....ハンナ」
取りすがってくる少女ハンナの頭をマルコはそうっと撫でた。するとアビゲイルと呼ばれた美しい修道女が言った。
「まだ応急処置をしたに過ぎませんわ。本当は一息に完治まで持っていきたかったんですけども生憎今日は患者さまが多くて....。明日から少しづつ治療して参りますわね」
「ううん。聖女さま!ありがとう...お兄ちゃんを助けてくれて。この恩は忘れないから!」
ハンナが振り向いて叫ぶ。すると美しい修道女はパンと手を叩いた。
「さ、申し訳ありませんけど病室にご移動願いますわ」
美しい修道女が手招きすると、戸口に身体をこじ入れるようにして大男ヨハネが入ってきた。彼はマルコを背負うと、助手の修道女に先導されハンナとともに建物の奥に進んでいった。
マルコ青年は窓のある病室の寝台に寝かされると、ヨハネに言った。
「なぁ....ヨハネ。頼みがあるんだ」
「頼みとはなんだ」
「やってほしいことがあるんだ...聞いてくれるか?」
「...なんだ」
マルコは少し間を置いた後切り出した。
「クノッソス宮殿跡にハンナと一緒に行って、ミノタウルスの身体の一部を取ってきてほしいんだ。それを持ってギルドに行けば賞金がもらえる」
青年は横たわったまま天井を見ながら続けた。
「....ハンナに取り分2割をやったら、残りは全部お前が持っていってくれ。俺はいらねぇから」
「...2割とはなんだ」
「詳しいことはハンナに任せるんだ。うまくしてくれるからよ」
「で...でもお...お兄ちゃん。どういうこと?」
少女ハンナが不思議そうに見つめる。
「俺...引退するよ」
しばしの沈黙が部屋を覆った。だが、大男ヨハネがボソッと呟いた。
「....引退..とはなんだ」
「冒険者をやめるってことさ」
苦笑しながらマルコが言う。
「俺は...大金を稼げばしばらくの間実家にいて兄貴を安心させてやれると思ったんだ。だが俺の考えは甘かった。それで俺だけじゃなくお前たちまでも危険に晒しちまったんだ」
真顔に戻ると青年はこう続けた。
「...俺は...リーダー失格さ」
「で....でも。お兄ちゃんが冒険者やめたら、うちはどこに行けばいいの?」
少女は青年の枕元に座ると尋ねた。
「ハンナ...お前さえ良ければ、うちに来てもいいんだぜ」
「そう言ってくれるのはうれしいけど............」
青年の言葉に少女は少し頬を赤らめて目を伏せたが、また顔を上げて言った。
「でも、うちはお兄ちゃんの実家を明るくする計画、忘れてないから!」
「ハンナ...お前....」
「お兄ちゃん、すぐに決めることないよ。治療しながらゆっくり考えて?」
ハンナはそう言って青年に微笑みかけると立ち上がった。
助手の修道女が清潔な寝間着やタオルを持って来ると、ハンナに手伝わせて青年の身体を拭き清め着替えさせた。そして水と少しの粥を青年に与えると出ていった。
ハンナとヨハネが見守るなか、マルコ青年は眠気を催し、目を閉じた。
――――『王家の負の遺産』?なんのことだ?―――――
青年の脳裏に、あの美しい修道女の謎めいた言葉が蘇る。だが疲れ切っていた彼はすぐに眠りに落ちた。
* * * * * * * * * * * * * * *
翌日からマルコのリハビリ生活が始まった。
身体中が痛むマルコは歩くことさえ難儀だったので、食事も寝床までヨハネが持ってきてハンナが食べさせていた。
「ハンナ、お前はちゃんと食えてるのか?」
介助を受けながらマルコが何気なく尋ねると、彼女は青年の口元までスプーンを運ぶ手を休めてピースサインをした。
「聞いてお兄ちゃん!この修道院、スープに毎回具が入ってるの!それに食後に果物まで出るのよ?」
「そ...そうかい」
「それにね、ヨハネおじさんってば何回も何回もお代わりしてるけど、毎回お腹いっぱいになるまで食べても平気なくらいたくさんお代わりがあるの。すごいでしょ?」
「へぇ...そいつはすげぇな」
「あとね、うちがお手伝いしてるときに失敗しても怒鳴ったりする大人が一人もいないの!信じられないでしょ?」
「そりゃ..良かったな」
そんな会話をしていると、ドアがノックされた。ふたりが返事をすると、扉が開いて男が一人姿を見せた。
「....おっと、お邪魔だったかな?後で出直したほうが良いだろうか」
三十代終わりくらいの修道士だった。短く刈り込んだ頭は若白髪で真っ白だったが、体格はがっちりとしていて、いかにも精力的な雰囲気だ。
「いや.....大丈夫っす。飯に時間かかっちまってすいません」
「私はルーク。君の世話をするために本土の修道院から呼ばれたんだ。よろしく、マルコ氏」
マルコが答えると、男は近づいてきてかがみ込み、軽く青年の手を握った。
「あ...よろしくおねしゃっす」
「君がヨハネ氏だね。ミノタウルスに止めを刺したのは君か?」
ルークと名乗った男は寝台の傍らの椅子に座ったヨハネに手を差し伸べた。大男ヨハネは軽く頷くのみだったが、修道士は愛想良くその手を握ると、今度はハンナに向き直った。
「それから、君がハンナ嬢だね。噂は聞いている。実によく働く少女だって修道女の間でも評判になっているよ」
「え...はい。どうも」
ハンナも恐縮して相手の手を握った。ルークと名乗った男は柔らかな仕草で手を差し出すと彼女に言った。
「...後は私が代わろう。もともと修道院というものは男女を分ける制度になっているからね。マルコ氏の身の回りの世話は私が引き受けさせて頂く」
「えっ...でもじゃあ、うちはお兄ちゃんと会っちゃダメなの?」
困惑した少女ハンナが尋ねると男は微笑んだ。
「そういうわけじゃあない。ただ、泊まる施設が違うというだけだよ。毎朝のミサや食堂で会うのは問題ないさ」
少女が戸惑いつつも納得したふうに頷き、座を明け渡すと、ルークと名乗った男は慣れた手つきで食事介助を始めた。
「...で...でも俺なんかのためにわざわざ坊さんが呼ばれるって...どういうことっすか?」
粥を食べながらマルコが尋ねると、ルークと名乗った男は答えた。
「先ほど言ったように、男性の世話は男性がするのが原則だが、この修道院は女性ばかりでね。それでこの話が来たのだが....」
男は少し含み笑いをすると続けた。
「だが...実のところ、私自身が希望したというのもある。君たちに是非会ってみたかったのだよ」
「俺たちに?」
面食らってマルコが尋ねると、ルークと名乗った男は言った。
「マルコ氏、君は自分たちが何を成し遂げたかを理解していないようだ。島民は皆君らに感謝している。君たちは英雄だ」
「.....英雄とはなんだ」
黙っていたヨハネが呟く。すると、ルークと名乗った男はやや驚いた様子で目を見開いたが、すぐに笑顔になって説明した。
「大きな偉業を成し遂げた人物のことさ。君たちは....」
「....偉業とはなんだ」
「...あ、ルークさん。こいつ、ずっと森の奥で暮らしてたんで、文明ってモンを知らないんっすよ。まぁ、困ったらスルーしちゃって大丈夫っすよ」
マルコが説明するとルークと名乗った男は続けた。
「アビゲイル修道女から聞いたんだ。あのミノタウルスは長きにわたって島民たちにとっての宿痾だった。数百年に渡ってね」
「す....数百年?」
驚いたマルコとハンナは同時に叫んだ。
「私も詳しくは知らないが......」
そこでルークと名乗った男は声を潜めた。
「ミノタウルスは当時の王家によって意図的にあの場所に置かれたらしい。そして彼を宥めるため島民は供物を捧げ続けた。だがそれでも猛り狂うミノタウルスを鎮めるために人身御供さえもが行われたと聞く」
「...王家とはなんだ」
その時、再びヨハネが呟いた。それを聞いた一同は目が点になった。
「お...おいおいヨハネ。まさか王家を知らないはずねぇだろ!...あ痛たたたッ」
上体を起こそうとしたマルコが痛みに呻く。やや驚きながらもルークと名乗った男が尋ねた。
「ノイバンシュタイン王家は五百年前から我が国の元首だよ。聞いたことはないかね?」
「....それは誰だ」
それを聞いた修道士は数秒の間黙っていたが、やがて大声で笑いだした。
「はーッはっはっはっはっ....!これは傑作だ。ミノタウルスを倒した英雄は王家の存在さえ関知せず、我が道を行く...か」
「笑いごとじゃねぇような気がするんっすけど....。そのうちこいつ不敬罪で打ち首にならないといいんっすけどね」
食事を終えたマルコがぼやいた。
* * * * * * * * * * * * *
一週間もするとマルコは立って歩けるようになった。アビゲイルと名乗ったあの美しい修道女は、時折訪ねてきては短く祈祷して去っていく。不思議なことに、その度ごとに身体に力が漲り、回復が一段階進んだような気分になるのだった。
やがて、マルコは食堂に出て皆と一緒に食事をするようになった。ある朝食事をしていると、ルークと名乗ったあの修道士が声を掛けてきた。
「マルコ氏、君はだいぶ回復してきたが、すぐに冒険に戻ったら身体が悲鳴を上げてしまうだろう。そこで提案なんだが、他の修道者と同じ生活をして身体を慣らしてはどうかね?」
「....同じ生活...っすか?」
「そうだ。まぁ、冒険者である君にとっては大した負担ではないと思うよ」
修道士はそう言うと説明し始めた。
「朝は五時半起床、三十分の祈りの後、六時からミサだ。その後朝食となる。そして午前中は労働だ。昼食の後、祈りの時間を挟んで午後は慈善活動だ」
「け...結構忙しいんっすね」
「ちなみに夕食後は自由時間だが、個人的に聖典の学びや祈りに費やす者が多い」
「み...みなさんマジメなんっすね」
「もちろんついてこれる範囲で構わない。やってみるかね?」
「わ....わかりました」
マルコがそう答えると、修道士は彼を修道院の裏庭に連れ出した。
「我々男性の仕事は農作業が主となるんだ」
修道士が指し示す先では、大きく開けた区画でヨハネが鍬を振るっていた。
「あれ?あいつ、いつの間に....」
「彼はいまや貴重な戦力だよ」
マルコが呟くと修道士は笑った。
「修道会は献金に頼らず自主採算での運営を目指しているが、ここは女性ばかりで畑が手つかずだったものでね。君も手伝ってくれると有難い」
「農作業は得意っす。農民の出なもんで」
「それは神の配剤だ。早速取り掛かろう」
修道士がマルコにも農具を渡すと、二人はヨハネと合流して鍬を振るい始めた。
「―――労働というものは全て祈りに繋がるんだ。単純な作業に見えても、それを神に捧げるつもりで行えば心に喜びが溢れてくるよ」
「はぁ...そんなもんっすかね」
修道士が言うと、マルコは手を動かしながら答えた。幼い頃から慣れた作業とはいえ、なまった身体でぶっ続けではできない。傍らを見ると、ヨハネは実に手際よく土を耕している。
「ヨハネ、お前ずいぶん上手いんだな。本職の農家みてぇだぞ」
「....畑...少しやる」
大男は言葉少なに答える。太陽を浴びながら額の汗を拭くと、しかし、マルコ青年の心中に鬱積していた挫折感と苦い失望感が少しづつ晴れていくような気がした。
三人の男が並んで耕したことで作業は大きく進んだ。放置されていた荒れ地は見違えるほど良く耕された畑に変貌していく。
だが、開けた区画を半分ほど耕したところで、マルコは農具の先端が硬いものに触れるのを感じた。
「なんだこりゃ?」
鍬を操って土を取り除けると、岩が顔を出した。それも五メートル四方はありそうな巨岩だ。
「ルークさん。ここ、どうします?」
マルコが言うと修道士が近づいてきた。
「掘ッ返してからロープをかけてどけるにしても、午前中には無理っすね。明日、村の人たちも呼んで....」
「いや、待ってくれ。私が何とかするから」
修道士は事も無げに言う。マルコは目をパチクリさせながら尋ねた。
「何とかする....って。どうやってっすか?」
「作業を続けていてくれ。すぐ戻る」
ルーク修道士はそう言い置くと修道院の建物に入っていった。
しばらくすると、彼は何かを手にして戻ってきた。
よく見ると、彼が持っているのは鋼鉄製のメイスだ。それも特大サイズだった。修道士はそれを慣れた手つきで携えると急ぎ足で畑に入ってきた。
「少し下がっていてくれたまえ」
修道士はそう言うと、マルコが土を取り除けて露出させた岩の上に立った。
――――一体何をするつもりだ?―――――
マルコ青年は怪訝な顔で見つめ、ヨハネも作業の手を止めて興味深そうな目で眺めている。
そして修道士はにわかにメイスを振り上げると、思い切り岩に叩きつけた。
「ぬ゛ぅ゛ん゛ッ゛!」
凄まじい衝突音。そして地響きのような振動。
まるで畑が砲撃でも喰らったかのように、土埃が盛大に上がる。
埃を吸い込んで咳き込んでいたマルコは、視界が開けてきたときに見えたものに驚愕した。
巨岩が、粉々に砕けている。
そして、修道士はメイスを横に置くと、地面にかがんで岩の断片を取り除き始めた。
「悪いが君たち、岩の破片を隅まで運んでくれないか?」
爽やかな笑顔を浮かべながら修道士が言う。
「わ....わかりまし....た」
マルコ青年は手押し車を持ってくると、大男ヨハネとともに細かく砕かれた岩を取り除いて運び始めた。
だが、青年の胸中にはある疑問が去来し始めた。
――――――この男....一体何者なんだ?――――――