筋肉三銃士が行く~筋肉は全て(の問題の7割くらい?)を解決する~ 作:nocomimi
大公と呼ばれた老人が発した言葉に、マルコの耳が奪われた。
「そなたを信用しよう...ルカー・ピオトル・アレクセイエフスキー。元・Sクラス冒険者のそなたが言うのならば、な」
――――なっ...ルークさんが...元・Sクラス冒険者?――――
マルコ青年はそれを聞いて驚愕に息を呑んだ。同席していたアビゲイル修道女も少なからず関心を持った様子で言った。
「それは興味深いですわ。わたくし、初めてお会いしたときから普通の修道士ではないと感じておりましたもの、ルーク修道士」
だが、修道士自身は静かにこう答えた。
「既に十年以上も前のことだよ、アビゲイル修道女。今の私はいち修道士に過ぎないし、そうありたいと思っている」
「自らの身分に関するそなた自身の内面的な捉え方などどうでもよい、ルーク修道士。王城としては、任務を遂行する能力を備えているかどうか。その一点以外には興味は持たん」
大公が遮る。
「その点で言えばしかし、そなた以上の適任者はおらんのも事実じゃ。若年にして騎士団副隊長にまで昇りつめ、さらには冒険者・パーティリーダーとして数々のダンジョンを制覇したそなた以外には、な。ルーク修道士」
するとルーク修道士はしばらく黙った後、口を開いた。
「承知しました、大公閣下」
「ふむ。最初から素直にそう申せば良いのに。ま、報酬は弾むでの。それ相応にな」
――――報酬?――――
大公が底意地の悪い口調で吐いたその言葉を聞いた瞬間、マルコ青年の心が動いた。
「一回の出動で一千万ルピー。消耗品などの必要経費、食費、宿泊費、移動費は全て別途支給のうえじゃ」
マルコ青年は驚きに目を丸くした。そんな好条件の依頼など想像したこともない。
「そこまでの好条件を出すということは....王家も相当追い詰められている、と解釈してもよろしいのかしら?」
するとアビゲイル修道女が美しい唇を僅かに歪めて呟いた。それを聞いた大公は眉をしかめて彼女を睨んだ。
「どういう意味じゃ、アビゲイル?」
「特段意味はございませんわ、大公閣下」
彼女は微笑むと誤魔化すように嘯く。
「―――具体的内容をお聞きしましょう、大公閣下」
ルーク修道士が促すと、大公と呼ばれた老人は満を持したように咳払いし、地図を卓の上に広げた。
* * * * * * * * * * * * * * *
「首都ベーリンからハンバルグ、ディッセルドーフ、フランツフルト、ハイデルバーグまでを結ぶ環状道路の建設...ですか」
ルーク修道士が呟く。大公は頷くと言った。
「そうじゃ。経済の発展は人とモノの移動をいかに支えるかにかかっておる。王家はこの幹線道路建設プロジェクトに総力をかけておる。既に数年を準備に費やしてきたのじゃ」
老人は自分の髭を指で捻りながら続ける。するとアビゲイル修道女が地図を覗き込みながら言った。
「あら...でもこのルートの途上って悪名高いダンジョンがいくつもございますのね。どうしてこんな経路を選んだのかしら」
「うむ。まさにそれじゃよ」
大公は相槌を打つと、重々しく口を開く。
「そのダンジョン群を、ルーク修道士、そなたの力で掃討し潰していってもらいたい」
「でも大公さま。ダンジョン群を回避して街道を建設したらいけないのかしら」
再び修道女が口を挟む。すると大公は答えた。
「そんなことをすれば工費も工期もかさんでしまうではないか。第一距離が伸びれば行き来に要する時間も増える。経済発展への効果も半減じゃ。アビゲイル、学のあるそなたならその道理はすぐにわかろう」
「無論わかりますわ。でもどうしてそんなに焦っているのかがどうしても気になりますの」
「焦ってなどおらん。ただ国家の行く末を考えての決定じゃ」
「大ゴブリン砦....大
大公と修道女が話し合っている間、ルーク修道士は地図を指で辿りながら呟く。
「どうじゃ。できるか?」
「最初の三つは確実にお約束できます。私にマルコ氏とヨハネ氏を加えたパーティなら攻略は容易です。ですが...」
ルーク修道士は慎重に言葉を探しながら続けた。
「それ以降はパーティ構成員の損耗の状況を見つつの攻略となりましょう」
「補充が必要なら随時リクルートしろ。報酬の増額が必要なら言え。じゃが.....」
大公は事も無げに言い放った。
「期間は一か月。それ以内に終わらせるのじゃ」
「い....一か月...」
それを聞いたルーク修道士はやや驚いて言葉を失った。
「やっぱり焦ってらっしゃるのね、大公さま」
するとアビゲイル修道女がいたずらっぽく笑った。
「焦ってなどおらんと言うておるに。しつこい娘じゃな」
「焦ってますわ。だってダンジョン群の存在は長きにわたって周知でしたのよ?そして道路建設に数年の準備期間がありながらダンジョン群は放置されてきた。それはつまり....」
修道女は顔を傾けると人差し指を上げた。
「....ギリギリまで『悪い知らせ』を御前会議に上げずにいた誰かさんが、土壇場になって建設スケジュールを守るために都合良く使える民間人が必要になった...ということではないかしら?」
「それは邪推じゃ。そんなものではない!」
大公は顔を赤くして声を荒げる。だがアビゲイルは皮肉な口調で言った。
「ま、高額報酬の裏にはえてして事情があるものですわ。貴族のやり口に詳しくない皆さまにも、そのことはきちんとご説明するべきではないかしら、大公さま?」
「いい加減にしろアビゲイル!いくらそなたでも聞き捨てならんぞ!」
とうとう老人は怒鳴りだした。
「オホホホ...言い過ぎでしたかしら。お気を悪くしたら謝りますわ、大公さま。でも...」
修道女は悪びれた様子もなく続ける。
「あまりお怒りになりますと血圧が心配ですわ。大公さまのご健康のためにも、このアビゲイル、以後は余計な口は慎むようにいたしますわ」
老人は腹に据えかねるといった表情だったが、それ以上は何も言わなかった。
見ていたマルコはいまや別種の驚きに満たされていた。このアビゲイルという修道女。あまりにも大公への態度が気安過ぎる。
――――――この女も、いったい何者なんだ?――――――
「――――大公閣下。念のためお尋ねしますが、バックアップとして騎士団の出動はお考えではないのでしょうか?」
するとルーク修道士が尋ねる。その口調は、もはや戦闘行動を前にした士官のようなテキパキした早口に変わっていた。
すると大公は答えた。
「いや、今回騎士団は出さん。もし損耗したら王国の沽券にかかわるでの」
「了解しました、閣下」
修道士は短く答えたが、マルコ青年はふと疑問を感じた。
騎士団でさえ手を出せないようなヤバイ仕事。そんなものが自分たちに回ってこようとしている。
――――常識外れのバカ高い報酬も、その危険度に応じて、ということなのだろうか――――
「あのぉ....すいません。それって...俺たちは損耗していいってことっすか?」
おずおずとマルコが尋ねると、大公は
「うむ。無論じゃ。そのためのそなたらじゃからの」
―――う...『うむ』じゃねぇだろ....ッたく....―――
苦い顔でマルコは目を伏せた。
「アビゲイル修道女、君に頼みがある」
するとルーク修道士が修道女に向き直った。
「君にも同行してほしい。無論後方支援という形で構わない。ダンジョンから最寄りの町で待機してもらい、負傷者が出た場合の応急処置を....」
「お断りしますわ。誰がそんな詰まらない仕事を引き受けるとお思いなの、ルーク修道士?」
だが美しい修道女は気だるげな様子で答えた。そしてこう言葉を継いだ。
「ダンジョン内部までわたくしも連れて行って頂けるのでなければ、このアビゲイル決してお引き受けは致しませんわ」
意外な言葉にルーク修道士は絶句した。修道女は首を傾け、こう締めくくった。
「お分かりかしら?条件はそれだけですわ」
「わ...わかった、アビゲイル修道女。ではダンジョン内部まで君にも同行頂こう」
気を取り直したルーク修道士は言った。
* * * * * * * * * *
「剣...また予備買っておかねぇとな....」
マルコ青年は鞘に入った武骨なロングソードを客船の手荷物置き場に転がすと呟いた。だが傍らのヨハネは、これから船に乗るというのに腰には小斧をつけ、手には大斧を後生大事に抱えている。
「食料その他の必要品は本土に着いてから調達しよう。それからギルドに立ち寄って情報収集もしたい」
ルーク修道士は巨大メイスを肩から下ろし、手荷物スペースに立てかけながら言った。港に横づけされた客船はゆっくりと揺れている。朝の太陽光が頭上から照り付け、海面に反射して目を射る時間帯になった。
だが、その時だった。
「マルコお兄ちゃん!」
港に通じる街道を少女が駆けてくる。全速力で走っているのか、顔が赤く、呼吸も荒い。
「マルコお兄ちゃん!ひどいよ!どうして何も言わずに行っちゃうの?」
彼女はやっと艀まで辿り着くと、両手を膝につきながらも上目遣いで青年を睨んだ。
「...悪りぃな。お前も来たがるって思ったからよ」
マルコはバツの悪そうな顔でそう言い訳した。
「だけど安心しな。一か月で終わる。終わったらまたここに戻ってくるから」
「やだ!うちも一緒に行く!うちはお兄ちゃんの相棒だもん!」
彼女は艀と船を結ぶ橋に足を踏み入れると
「お客さま、困ります。チケットをお持ちでないと........」
横に控えていた添乗員が慌てて押しとどめた。するとルーク修道士が前に進み出た。
「ハンナ嬢。すまない...君の兄さんをこんなふうに連れ去ることになってしまって...」
修道士は続けた。
「だが、約束する。マルコ氏は必ず君のもとに連れ帰る。どうか待っていて欲しい」
「そういう問題じゃないの!お兄ちゃんはうちがいないとダメなの!」
少女ハンナは声を限りに叫んだ。添乗員が押し返そうとするのを、どうにかしてすり抜けて橋を登ろうと悪戦苦闘している。
「ハンナ。お前は修道院にいてくれ。だって飯も食えるし、大人たちは優しいんだろ?だったらそれが一番じゃねぇか」
マルコ青年は添乗員の肩を叩いて横に退かせると、少女ハンナの前に身体を屈めて目線を合わせた。
「お前が幸せになるんならそれが俺にとっても本望だ。それに、これから攻略するダンジョンは今までのとは違う。本物の修羅場だ。子供が行くようなところじゃねぇ」
「でも....!でも....!でも....!」
少女ハンナは目に涙をためながら声を上げる。するとマルコは言った。
「いいか、俺らがこれからやる仕事はただの賞金稼ぎじゃねぇんだ。『国の捨て駒』ってヤツになりに行くんだ」
彼は少し言葉を探すと、こう続けた。
「俺はお袋と兄貴のために敢えてこれを選んだ。だが、お前はまだ子供だ。まず自分の幸せを最初に考えるのが子供の役割だ。お前の気持ちは嬉しいけど、お前を同じ危険に晒すわけにはいかねぇんだ」
「出港時間となります。客席にお戻りください。お見送りの方は桟橋の手すりの向こう側へ....」
添乗員が告げる。少女ハンナは、桟橋まで半ば強引に押し戻された。だが彼女は柵に両手をかけてじっとこちらを見つめている。するとアビゲイル修道女が呟いた。
「わたくし、こういう場面には弱いですわ。あぁ...ハンナちゃんを連れていけたらどんなにか心が和むでしょうに」
「そいつは無理な相談っすよ、アビゲイルさん」
マルコは答えた。
「あいつを怪我させたり死なせたりしたら、俺は一生後悔します」
「わたくしが治療して差し上げてもですか、マルコさん?」
そう尋ねられ、彼は修道女に向き直った。
「治療しても、受けた心の傷は変わらないっすよ」
マルコはそう言うと、小声でこう言葉を継いだ。
「いや、アビゲイルさん。あんたの腕は超一流だ。でも叩きのめされた心が治るかどうかは...別の話だ」
「それは確かにそうですわね。人の傷ついた心を癒せるのは神のみですわ」
修道女が答える。やがて船員たちが号令をかけ、帆柱にかかったロープを引っ張り始めた。帆が張られ、風を受けた船がゆっくりと進んでいく。
「マルコ氏、君は正しい選択をした」
ルーク修道士がマルコ青年の肩を叩く。
「君の予測する通り危険は大きい。無論、君とヨハネ氏の実力があれば大抵の魔物は討伐できるだろう。だが脆い子供を守りながらとなれば難度は倍増する」
「....っすね」
青年は力なく言った。船は港から洋上に出た。遠く、霞の向こうに本土の海岸線が見える。到着までは数時間の距離だ。
「.....」
傍らにいるヨハネは、無言で港のほうにじっと視線を向けている。マルコがそちらを見ると、少女の姿がポツンと桟橋に残っていた。
「ハンナ...仲間」
「そうさ。あいつも仲間さ」
巨漢の呟きにマルコも答えた。
「...だけど、傷つけたくないから敢えて置いていくこともある。それも仲間さ」
「傷つくとはなんだ」
「俺みてぇな目に遭うことさ」
それを聞くと巨漢は珍しく直ぐに理解したようで、それ以上質問しなかった。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
「ギルドで用事を済ませてから食事にしよう」
本土の港町に着くと、ルーク修道士は言った。四人は上陸すると、人込みを掻き分けてギルド支部の建物に向かった。
扉を開けて中に入ると、ルーク修道士は真っすぐ窓口に向かう。職員が顔を上げた。
「何かお困りでしょうか?」
「抹消された登録を復帰したい。手続きをお願いできるかね?」
「かしこまりました」
職員は直ぐに水晶端末に向かい、鍵盤を叩き始めた。
「お名前をフルネームでどうぞ」
「ルカー・ピオトル・アレクセイエフスキーだ」
「はい...ルカー.........ッえッ?」
職員の手が突然止まる。彼は顔を上げると眼鏡の奥の目を見開き、もう一度問うた。
「す..すみません。も...もう一度お伺いしても、よろしいでしょうか?」
「ルカー・ピオトル・アレクセイエフスキーだ。綴りを言ったほうがいいかね?」
ルーク修道士は柔らかな語調で繰り返す。だが、職員は額に汗を浮かべたまま無言で鍵盤を叩く。そして出力結果を読み上げた。
「あ...あのぉ....ルカー・ピオトル・アレクセイエフスキーさま...Sクラス冒険者でパーティリーダーの....ルカー・ピオトル・アレクセイエフスキーさまでよろしい...ですね」
「元...だよ。今はいち修道士だ。だが、事情があってまた登録を復帰したいんだ」
「か...かしこまりました....」
すると、その名を小耳に挟んだのか、周囲のカウンターやソファにたむろしていた男たちがヒソヒソ話を始めた。
「お...おい、聞いたか?」
「ルカって言えば、あの『粉砕のルカ』...だよな。ひところそこらじゅうのダンジョンを総浚いして有名になった...」
「い....今は坊さんになってたんだな。だけどまた復帰するなんて....こりゃただごとじゃないぞ」
「あ...あの...アレクセイエフスキーさま。王家から特別要請が来ておりまして。既にアレクセイエフスキーさまの登録は回復されております」
「そうか、ありがとう。ご苦労さま」
職員が答えると、ルーク修道士は頭を下げた。すると横からアビゲイル修道女が顔を出した。
「よろしくて、職員さん?」
「は...はい。なんでしょう」
「わたくしも冒険者登録したいのですけど」
するとルーク修道士が頷いた。
「確かに君も登録したほうが良いな、アビゲイル修道女。登録しておけば共済金で保険に入れるし、行方不明になったときの捜索もかけてもらえる」
「で...ではこちらの書式にフルネームをどうぞ」
「わかりましたわ」
修道女は職員が差し出した紙にスラスラと達筆で記入し、それを優雅な手つきで押し戻した。
受け取った職員はそれを見てまた固まってしまった。今度は、先ほどより時間が長い。
「どうかいたしまして、職員さん?」
アビゲイル修道女は小首を傾げて微笑んだ。職員は再び書類に目を落とすと慌てて答えた。
「あ....え...あ...はいッ。では、フルネームは...こちらの」
「――――アビゲイル・マリアンナ・ディートリッヒ・フォン・シュライバッハですわ」
修道女がにっこりと微笑む。それを聞いた職員は恐縮のあまり気絶しそうな顔で平伏した。
「は...はぃぃぃぃぃ」
「な...なぁルークさん。どうしてあんなに職員がビビってるんっすか?」
マルコが尋ねると、ルーク修道士は驚きも冷めやらぬ表情で答えた。
「こ...これは私も迂闊だったよ。全く気づかなかった」
「何がです?」
「アビゲイル修道女は、シュライバッハ家の出身だ。つまり――――」
重ねて問うと修道士は感嘆に首を振りながら続けた。
「王位継承権こそないが、王家に最も近い貴族家―――いわゆる御三家のひとつだ」